ファイナルラウンドその1
ギースはうつ伏せになると、そのまま地面を這いずりながら、仁と反対の方向にゆっくりと進み始めた。
「ば、馬鹿な。何故、反射できなかったのだ。がは、ごほ、まずいぞ。奴が来てしまう」
「ほれ、俺はここだぜ」
ギースの目の前には仁が立っていた。いつの間に追いついてのだろうか。彼はギースの顔を右足で蹴り飛ばすと、勢いよく転がる彼を、さらにゆっくりと追い詰めて行った。
「地面を這いずるのがお似合いな野郎だぜ。ほら、立てよ。距離が離れていたので、殺界がきちんと発動していない」
「殺界だと・・・・?」
「ああ。俺もまだよく分からないのだが、形のあるモノを破壊する能力らしい。それも頑丈さなどに関係無く」
殺界は物体や生き物ならば誰もが持っている寿命を、形として見て、それを物理的に破壊する技術である。仁はそれを理屈ではなく、本能で理解していた。形あるモノはいつかは壊れる。何故だか分からないが、殺界を扱える者には、モノの寿命や終わりが、赤い光の点として見えるらしい。
「さあて、お前の命を終わらせるか。首元にある赤い光にはひびが入っている。恐らく、あともう一発叩き込めば、仕留められるはずだ」
「がは・・・・。ううう、私は死なん」
「そうだかな」
仁はギースの顔をさらに右足で蹴り上げると、さらにそれを走って追撃した。
「くそ、私が足蹴にされるなど・・・・」
ギースはフラフラと立ち上がると、喉に刺さっている刃を抜いて、仁に向かって投げた。
「当たるか」
仁はそれを拳で叩き落とした。ギースはその隙に、自らビルの中へと突っ込むと、そのまま仁から逃げるようにして、地面を殴り付け、巨大な砂埃を空に巻き上げた。
「目つぶしのつもりか?」
ギースは砂埃の中に入ると、そのまま勢いを付けて、街の中心部へと向かった。
「野郎・・・・」
仁も同じようにギースを追って街の中心へと走った。
「フフフ、来いよジン・・・・」
ギースはビルの立ち並ぶ、交差点の中心で立ち止まると、クルリと仁の方を振り返った。
「ようやく諦めたか」
「諦めるか。少し違うな。ここに来たのは、ある物が欲しかったからだ。さっき、逃げる途中に、大工からくすねたこれをな・・・・」
ギースの両手には釘が何本も指の間に挟んであった。彼はニヤニヤと笑みを浮かべると、仁の緊張した表情を見て、さも愉快そうにしていた。
「少しだけ頭が冷えたか。こいつを見て、お前は冷や汗を掻いただろう。今からすることを想像してな」
「来い。全部撃ち落としてやる」
「さっきビルを投げてみて分かった。お前の能力も、さっき言っていた殺界も破壊という面に置いては最強だが、果たして回避という面では、どこまで活躍してくれるかな?」
ギースは釘を何本か宙に向かってパラパラと放り投げると、それらが仁の方を向いて、空中に固定された。
「ジャッジメントの応用だ。自分の方向に釘を一度向けることによって、ジャッジメントの反射能力が発動し、貴様に弾かれた釘が飛んで行くのだ。果たして、8本もの釘を何本完璧に避けられるかな?」
仁は歯を食いしばって、両手の拳を強く握り締めた。
「そら、喰らえ」
「うおおおおお」
8本の釘が同時に、仁に向かって放たれた。彼は両手を顔の前でクロスさせると、その釘を全て両腕に刺した。
「ぐうう・・・・」
地面にポタポタと真っ赤な鮮血が流れる。仁は腕に刺さった釘を一本ずつ引き抜くと、その場に蹲った。
「はあ・・・・はあ・・・・」
「今度は16本だ」
ギースは16本の釘を空に向かって放り投げた。先程と同じように釘は空中で固定され、釘の先端がギースの方に向いていた。
「こいつを反射してやるぞ」
「賭けに出るぜ・・・・」
仁は立ち上がると同時に、血の付いた釘を一本だけ拾った。
「そんな釘で何ができるのだ」
「はあ・・・・はあ・・・・。御託はいいから、掛かって来いよ」
「ふん、負けず嫌いめ。ならばそのまま死ぬがよい」
ギースが釘を一斉に発射すると同時に、仁も一本の釘に力を込めて、ギースに向かって飛ばした。
両方の釘が互いにすれ違い、凄まじい勢いで直進して行く。
まるで西部劇のような緊張感。仁は両手を腰の位置に降ろすと、眼を瞑って、運命に身を任せることにした。果たして、ギースの釘は仁に到達する前に、地面の上に落ちてしまった。
「き、貴様・・・・」
仁はゆっくりと眼を開けた。そこには脇腹に釘の刺さったギースが、唇を青紫色に震わせて、仁のことを見ていた。同時に、ギースの脇腹から青白い煙が発生し、消しゴムで書いたものを消すかのように、彼の脇腹を抉り取ってしまった。
「が、がは・・・・」
「これが殺界か。お前の脇腹にあった赤い光を完全に破壊した。破壊された部分は二度と元には戻らないだろう。それが寿命だからだ。例え、回復魔法を使ってもな。この世でもあの世でも、宇宙でも無い。何処かに行ったから」