静かなる闘い
仁は刀をギースの首目掛けて、思い切り振った。ギースはそれを後方に飛んで避けると、仁の顔面を狙ってストレートを放った。仁も同じように距離を離すことで攻撃を防ぎ、両者はしばらく無言の中、静かな闘いをしていた。
一方が攻めれば、一方が退き、両者の様は、正に一進一退の攻防だった。
「くうう・・・・」
「うりゃああああ」
ギースは後退すると見せかけて、強烈なドロップキックを仁の顔面に放った。仁はそれを刀で咄嗟に防ぐが、勢いまでは止められず、コンクリートの床を足で削りながら、大きく後ろに下がった。
「はあ・・・・はあ・・・・」
時間が掛かれば掛かるほど、人間である仁は疲れてしまう。その分、ギースはどんどん有利になっていくのだ。つまり早々に決着を着けなければ、仁に勝機は無い。しかし、頭でそう理解していても、能力を差し引いての実力ですら、ギースには頭一つ分ぐらい及ばない。どうしても、正面からの打ち合いになると、仁の方が攻撃を多く受けてしまうのだ。
「そら、吹き飛べ」
ギースは右足で思い切り地面を踏んだ。同時に彼の周りに小さな竜巻のようなものが出現し、仁を大きく吹き飛ばした。
「ぐう・・・・」
持っていた刀を手放し、仁は地面の上を転がっていた。ギースはその様子を楽しそうに見守っていると。今度は、彼に背を向けて、傾いたビルの目の前まで行き、突然、両手をビルに向かって突き出した。
それはまるでテレキネシスのように、ビルを地面から引き抜くと、フワフワと上空に向けてゆっくりと浮かせた。そして自分も上空へ飛び立つと、ビルを横向きにして、両手で支えていた。
「おい、冗談だろ・・・・」
巨大なビルの影に仁の体はすっぽりと隠れてしまっていた。ギースは両手でビルを持ち上げると、地上にいる仁の姿を見て笑った。
「もう飽きた。何も貴様に合わせて接近戦に付き合う必要も無いのだ。こいつで決着を付けてやる。内臓ごとぺしゃんこにしてな」
ギースは勢いを付けて、横向きになったビルを、仁に向かって投げ飛ばした。
「うおおおおお」
仁は両手を広げると、落下しているビルの前に立ちはだかった。
「馬鹿め。自ら死に迫るか」
「やるしかねえ」
仁の瞳は、ビルの壊れやすい場所を見ていた。つまり殺界を用いて、ビルを破壊しようと狙っているのである。殺界は水などの形の無い物や流動的な物を破壊することはできないが、ビルのような形が決まっている無機物を破壊することは、非常に得意だった。
「潰れろ」
「うおおおおおお。来い」
仁は両手を前に突き出して、ビルの赤く光る場所を目掛けて、拳による突きのラッシュを浴びせた。
「くそ・・・・間に合わないか」
仁はビルの下敷きになると、ビルが倒壊した衝撃により、周囲に砂埃が巻き上がった。
「やったか。あれでは死体すらまともに確認できないかな?」
ギースは勝ち誇ったように言うと、手足をブンブン振り回しながら、まるで燥いでいる子供のように、ビルの残骸へと歩み寄った。
「ジンよ。我が倒すべき敵よ。貴様は所詮、私には遠く及ばないということだな。そして、貴様亡き後は、私が、私のためだけの城を、この世界に打ち立ててやる」
ギースはビルの残骸を退けて、仁の憐れな死骸を確認しようとした。そしてビルのガラスの奥から漏れている白い光を見つけ、ゆっくりと顔を近付けた。
「何だ・・・・?
ギースは一瞬、戸惑っていたが、すぐにそれが何であるのか理解し、すぐにその場から離れようとした。しかしすでに一歩行動が遅かった。白い光は、刀の刃先であり、それがギースに向かって跳んで来ていたのだ。彼はそれを手で叩き落とそうとしたが、一瞬の油断が命取りとなり、彼の首元に白い刃が真っ直ぐに突き刺さってしまった。
「な・・・・に・・・・?」
ギースは刀を跳ね返すこともできず、そのまま背後に倒れた。そして血走った眼でビルの奥を見つめていると、瓦礫と砂埃の中から、傷だらけの仁がゆっくりと姿を現した。