物の輪郭
仁の木刀はギースの前で砕けてしまった。ギースは仁の鳩尾にパンチを喰らわせると、そのまま、崩れかけの建物のショーウインドウのガラスに、彼を吹き飛ばした。
「がは」
仁はガラスを割って中に突っ込むと、すぐに起き上がり、建物の入り口のドアから、外に戻った。その手には、瑞々しく光る日本刀が握られていた。
「吹き飛ばされた先が骨董品店だったとはな。こいつを少しの間借りるぜ」
「そんな物を用意しても私は倒せん」
「どうかな?」
「ならば来るが良い」
仁は刀を握り、ゆっくりとギースとの間合いを詰めて行った。先ほどのハリケーンの中、一瞬だけ、倒壊したビルの一部に、赤い光が見えた。それが、レベッカの言っていたことなのか。仁にはまだ分からなかった。
「物の輪郭だな」
仁は、ギースと空間の間にある、線のような物を捉えようと目を凝らした。物をただ見るのではなく、その先にある、物の寿命を見るのである。
仁の瞳が僅かに赤い光を捉えた。
「何だ。これは」
周りを見ると、そこら中に赤い斑点のような光がいくつも浮かび上がっている。レベッカの顔にも、まるで蕁麻疹のように、赤い光がいくつも間隔を開けて点在している。そして、それは足元に広がるコンクリートの床にも、ビルの壁にも点が浮かんでいる。
「殺界か」
仁は刀を構えて、試しに足元の光を刃先で突いてみた。点にひびが入り、同時に、あれだけ頑丈に見えたコンクリート全体に、蜘蛛の巣のようなひびが広がっている。もう少し強く突いて、点そのものを破壊したらどうなるのだろうか。考えても試す気にはなれなかった。
「覚悟しろよギース」
「ふん、さっさと掛かって来い」
仁はコンクリートの床を蹴って、ギースも元に走った。そして、刀で彼の脇腹にある、赤い光を斬り裂いた。ギースには、攻撃を避ける必要が無いという、甘えが存在している。当然、彼の攻撃を回避しようとはしなかった。
「な、何?」
驚いたのはギースの方だった。彼の脇腹には、仁の刀が深々と刺さっている。仁はそれを押し込むと、そのまま引き抜いた。
「がは」
ギースは脇腹を押さえて、少し後ろに下がった。殺界の力にまだ慣れていないのか、ギースの赤い光を破壊することはできなかった。しかし、それを差し引いても、仁がギースに与えた、精神的ダメージは大きい。
「ば、馬鹿な。何故だ?」
「これでようやく同点だな。次こそ仕留めるぜ」
戦意充分な仁とは裏腹に、レベッカには気掛かりなことがあった。それは、殺界の技術を彼が完全に体得していないことだった。殺界は物体の寿命に終止符を打つ技術。しかし、彼の渾身の一撃は、ギースにダメージは与えていても、彼を仕留めるほどの威力は無かった。
「うおおおお、来い蛆虫が」
ギースは怒りの咆哮を上げると、拳を握り締め、仁の顔を殴り飛ばした。
「ちっ」
仁はビルの壁をバネにして踏み留まると、そのまま勢いを付けてギースに飛び掛かった。そしてギースの首を狙って刀を思い切り振った。