決戦。ギースと仁その5
ギースは路地裏から顔を覗かせているレベッカを見ていた。そしてゆっくりと彼女の元へと近付いて行った。対するレベッカも、シルバーブレッドの引き金に指の腹を乗せている。
「そんなに警戒しても無駄だぞ。ルミナスは既に始末した。次は貴様が始末される番だ」
「さて、どうかしらね」
レベッカの額に汗が滲んだ。近距離からの一撃ならば、弾かれないのではないかというある種の賭けに出ようとしていたのだ。
「そんな狭い所で何をしているんだ?」
「さあ、休んでいるだけかもしれませんわよ」
「下らんな。私に恐れるものなど存在しない。こちらから出向いてやろう」
ギースは路地裏に向かって歩いた。両者の距離は2メートルほど離れていた。もう少し、もう少しだけ接近して来れば、シルバーブレッドの弾丸を浴びせることができる。レベッカの全身に嫌が上にも力が入る。
「ふう・・・・」
呼吸を整えて、ゆっくりとシルバーブレッドを持ち上げる。ギースはレベッカの行動を警戒するどころか、全く気にも掛けていない様子だった。それだけ自分の能力に絶対の自信があるのだろう。
「来てやったぞ」
ギースはレベッカの隠れているビルの壁に手を突いた。レベッカの眼が急に鋭いものに変わった。
「今だ。そこだ」
レベッカはシルバーブレッドをギースの目の前に出した。両者の距離はすでに数センチのところにあり、上手く行けば命中は確実だった。
「馬鹿め。銃弾は俺には当たらん」
レベッカのシルバーブレッドから弾丸が放たれることは無かった。見ると、彼女の右腕にシルバーブレッドの銃口が突き刺さっていたのだ。
「ああ・・・・」
「そんなに近くで撃とうとするからだ。貴様の拳銃ごと反射したせいで、このような現象に陥っているのだ。しかし驚いたぞ。拳銃ごと反射してしまうとはな」
ギースはレベッカの頬を思い切り殴り付けると、彼女の体は錐揉み状に、路地裏の奥へと押し戻されて行った。
「ああ・・・・ごほ・・・・」
レベッカは吐血しながら、腕に刺さったシルバーブレッドを引き抜いて、コンクリートの床の上に落とした。もう駄目だと、彼女が諦めかけていたその時だった。彼女の中にある生きようとする力が、あるいは彼女を取り囲む宿命が、彼女に昔の記憶を思い出させた。
今から10年前の話である。まだ幼い少女だったレベッカに、彼女の父はあることを教えていたのだ。そしてそれは、二人が家の裏庭にいた時のことだった。
「レベッカよ。私は後どのくらい生きられるかな?」
「え?」
父は父らしくない弱気な言葉をレベッカに聞かせた。多感な彼女はすぐに眼に涙を溜めて言った。
「嫌だよ。お父様死んじゃやなの」
「ははは、別に今死ぬわけじゃないよ。言いたいのは、どんな物にも終わりがあるということさ。どんなに頑丈でも、どんなに健康でも、形がある以上、いつかは無くなる運命なんだ」
レベッカは置き石の上に座ると、退屈そうに首を傾げていた。その動作が可愛らしいのか、父は少しだけ頬を緩ませていた。
「少し難しいかも知れないが、聞いて欲しいんだ。我々シュトレーン家には、守るべきある技術があるんだ。お前の姉さんにもすでに話したことだ。それは「殺界」というもので、あらゆる形の終わりを視覚的に捉え、破壊する技術だ。これは魔法とは違う。ある、秩序を持った集まりには、必ず綻びが存在している。しかし人間はそれを見ることは不可能だ。我々はできる。殺界という技術は、形の終わり、生命の終わりを、物理的に捉えることを言うんだ」
父の話は難しく、当時のレベッカには理解できなかったが、数年後には、自宅の書庫でレベッカは、殺界の真髄を自らの意思で学ぶことなる。
殺界は全ての形に存在している、そして全ての形には終わりがある。形の終わりの部分を「壊れゆく場所」と呼ぶ。例えば、ここに新鮮な肉があるとする。それを何日も放置しておけば、いずれは腐ってしまうだろう。その中で、最初に腐り始める場所は最初から決まっているのである。そしてその腐り始める場所こそが、肉の壊れやすい場所なのだ。全てのものには寿命があるのである。