怒りのリオン
エクスダス帝国とは、ディタールの遥か北に存在している、ユートピアン大陸最北端に位置する軍事国家である。その帝国の中心部にある巨大な城は、別名、鉄獄と呼ばれている。
「陛下、失礼致します」
ギースは皇帝の前で片膝を突くと、両手を一つに組んで頭を深々と下げた。
「おお、ギースか。面を上げい」
「はっ」
ギースは顔を上げると皇帝をじっと見据えていた。皇帝は締りの無い小太り体型で、人の良さそうな柔和な顔立ちをしていた。とても軍事国家のトップとは思えない狸のような外見であるため、表舞台に立つことは少ない。それが彼を傀儡たらしめている理由でもあった。
「私に兵をお貸しください。ディタール領に侵攻致します」
ギースの言葉に皇帝は一瞬、ギョッとしたが、彼に全幅の信頼を寄せている皇帝なので、すぐにそれを許可した。しかし一名だけそれを認めない者がいた。
「待って下さい。ディタールは不戦を訴えています。ここで我が国が攻め入れば、我が国は民衆達にどうみられるでしょうか?」
「た、確かにクルスの言い分も正しい・・・・」
皇帝はクルスの意見に考えを変えたのか、少し不安そうな顔をしていた。それを見てギースは内心イラついていた。
(くそ、無能なデブが。黙って俺の言うことを聞いていれば良いんだ)
「ギースよ。やはりそちの提案は・・・・」
「待って下さい陛下。我が国がどうなるというのです?」
ギースの疑問に、クルスが代わりに答えた。
「後世まで暴君として汚名を残すのは陛下なのだぞ」
「クルス殿。後世に残るのは常に勝者の歴史です。歴史の勉強をするとき、一々敗北者から真剣に学びますか。答えはノーだ。勝者だけが輝けるのが歴史だ。勝者になれば正義なのだ。勝てば正義だ」
「貴様、世迷言を」
クルスは拳を強く握り締めていた。同じくギースも憎悪の籠った眼でクルスをじっと見据えていた。
「二人とも止めよ。今回は先に進言したギースに任せておこう。クルスよ。お主は下がって良い」
「なっ、陛下・・・・」
クルスは酷く意気消沈していた。それを見てギースは口元を歪めていた。
「クルス殿。悪いが陛下のご命令だ。下がれ」
「く、くそ・・・・」
クルスは無念と言わんばかりに項垂れると、そのまま広間を後にした。
(そうだ。貴様は俺の言うことだけを聞いていれば良いんだ。そうすれば、貴様は安心してカタチだけの皇帝として幸せになれる)
ある日の深夜のことである。ある騎馬隊の一団が集落に押し寄せて来た。そして眠っている民のことなど忘れているかのように、民家に次々と火を放った。火はあっという間に紅蓮の炎へと成長し、次々と無垢な人々を焼き殺していった。
「パパ・・・・ママ・・・・」
まだ幼い少年が、既に事切れている父と母の体を必死に揺すっていた。そこに赤い十字架の紋章を肩に付けた兵士が一人現れた。
「すぐに両親に会わせてやる」
兵士の刃が鮮血に染まった。地獄の宴は夜通し行われていたが、そこに今度は別の騎馬隊が現れた。それはディタールの紋章である。青い星を旗に付けていた。騎馬隊の先頭にはリオンが、その左右にはリリィとレイナがおり、後からジェイが続いていた。すると、リオンの前をセンが通過した。彼はディタールの斬り込み隊長なのである。
ディタールの騎馬隊とエクスダスの騎馬隊が、赤く染まる集落を背景に対峙した。両者とも武器を構えたまま殺気立っていたが、互いに攻撃を仕掛けようとはしなかった。そこにリオンが騎馬隊の先頭まで駒を進めた。同時にエクスダスの方からもギースがやって来た。
「どういうつもりですか・・・・」
「どういうつもりとは?」
リオンは、あの穏やかな彼にしてそんな顔をするのかと、周りが驚くほどに瞳を尖らせて、怒りに満ち溢れた表情をしていた。それに対してギースは冷静だった。いつもの涼やかな表情を保っていた。
「私達は降伏すると伝えたはずだ。それなのにどうしてこんなことを・・・・」
「貴様らが猪狩りに出るのと同じさ。対象が変わったに過ぎん」
「そうか・・・・」
リオンの眼が赤く染まった。瞬時に剣を引き抜いた彼は、ギースに向かって斬り掛かったのである。
「ぐぐぐ・・・・」
「ほう、俺に向かって来るか。ただの蛆虫では無いようだな」
「黙れ、ダマレ、ダマレ」
リオンは一旦距離を取ると体勢を立て直して、ギースに向かって行った。馬同士が激突し、二人は何度もぶつかっていた。一騎打ちである。周りの者もその姿に見惚れていた。
「うおおおおお」
「このクソが、俺と対等に渡り合うだと・・・・」
リオンは叫びとともに、剣を思い切り振り上げた。その時だった。彼の剣が何かを斬った。それが何であるか理解するには、一瞬の時間が必要だった。
「え?」
「ば、馬鹿な・・・・」
リオンの剣には血がベットリと付着している。そしてボトッとギースの右腕が地面に落ちた。彼は右肩から血飛沫を上げながら落馬した。