邪悪なる男
時は少しだけ遡るが、ジャスティス達がジョーカーの襲撃を受けていた頃、ジン達は老婆を撃破し、その他の刺客も次々と撃破、ジャスティス達とは違うルートから、黒いビルへと向かっていた。
「ジャスティス達は先に向かっただろうな」
「何とか合流できれば良いのだけれど」
「難しいですわね。最悪なことも想定しませんと」
ルミナスは悪臭と騒音の飛び交う街中を歩きながら、ふと眼を閉じた。自分がここまで来た理由は、ただ単に復讐のためだけではない。弱い自分と決別するため、自分の宿命を変えるためだった。
1か月前、ルミナスは父と母を同時に失った。燃え盛る館の中から、一人の男が姿を現した。そしてルミナスの方を向いて笑ったのだ。
「何がおかしいんだああああ」
ルミナスは温厚な彼らしくなく、顔を真っ赤にすると、男に向かって拳を振り回して襲い掛かって行った。しかし、男はそんなルミナスを見て、静かにほほ笑むと、彼を館の外に向かって突き飛ばし、自身も館の外に出た。
「うああ。殺せ。僕を殺せ・・・・」
ルミナスは震えながら、眼に涙を溜めていた。ボーイソプラノの高く澄んだ声が震えていた。少女のように美しい容貌がクシャクシャに歪み、視界までもが同じように歪曲していた。
「くくく、君はこの家の子供だったか」
男はゆっくりとした口調で言うと、ルミナスの瞼にそっと触れた。
「私が憎いだろう。ならば撃って来い。君には才能があるようだ。私の追い求める才能がね。今ので分かった。是非、私とお話をしようじゃないか」
男の声は優しかった。父と母を殺されているというのに、ルミナスの眼は、男を見てうっとりとしていた。
「私はギースというんだ。君の名は?」
「ル、ルミナス」
「ルミナスか。よろしく頼むよ。僕は才能豊かな人が大好きでね。君のことだよ」
ギースはルミナスの腕を掴むと、強引に自分の方に寄せた。そして彼の小さな品の良い顎を手でそっと持ち上げた。ルミナスは頬を紅色に染めて、瞳を潤ませていた。不安と期待、畏怖と尊敬の眼差しだった。
「どうだ。一つ提案だが、この際両親のことなど忘れて、私の物にならないか?」
「え?」
「私の所有物になるのだ。一生贅沢ができるぞ。好きな物を食べて、好きなだけ遊ぶのだ。勉強も労働も無しだ。君は何も考えずにいれば良い。ただ、私に忠誠を誓ってくれればな」
ギースの言葉は説得力があり、ルミナスは、彼は神なのではないかと錯覚し始めていた。
「ああ、ギース様」
「フフフ、来るのだルミナスよ。可愛がってやるぞ」
今思い出しても鳥肌が立つ。ルミナスは心も体も惜しみなくギースに捧げていた。ギースのためならば人だって殺せる気がしたし、あられもない姿だって見せられた。ルミナスはギースの前でだけ囀ることを許されており、彼は時に優しく、時に激しくルミナスを愛した。汗に濡れ、自分のものとは思えないような声で悶えた。ギースと言う男はルミナスに天国を教えてくれた。毎日悩みも無く、泣くこともない。だが、今になって分かるのが、それは決して天国では無かったということ。悩みがあるからこそ、生きているのであり、悩みこそが生の証だったのだ。
「ルミナス行くぞ」
「うん」
ルミナスは眼を開けて現実を直視した。目的の黒いビルがついに姿を現したのだ。