透明な恐竜
階段の上に黒い人影が立っていた。口元を歪めて、悪意ある視線でジャスティス達を高みから見下ろしていた。極度の緊張。ジャスティスもジャンヌも久しぶりの感覚だった。全身からは止めどなく汗が流れるし、口の中はカラカラで、まるで砂を含んでいるようだった。
「ようこそ・・・・」
人影は一言告げた。あまりにも重々しく威厳のある声だった。それは20代そこらの若い男性の声色のはずが、まるで全てを見て来たかのような説得力があった。
「ギースだな・・・・」
ジャスティスは消え入りそうな声で告げた。それが精一杯だった。声が震え、真っ直ぐに立っているのが辛い。ソレは、そんなジャスティスを見切ったかのように、優しく透き通るような声で言った。
「我が名を覚えてくれているとは嬉しい限りだ。それに、ジン達はいないな。少数でここに乗り込んで来るとは勇気がある。ジン達もこちらに向かっているようだが、一等賞は君らだな」
ギースは階段に座ると、ジャスティスの顔をじっと見つめた。
「ぐ・・・・な、何だ?」
「今、後悔したろ。ジン達がこっちに向かって来ていると聞いて、彼らを待って合流すれば良かったと後悔しただろう?」
「そ、そんなこと・・・・」
図星だった。この男は何でも御見通しなのか。ジャスティスは額の汗を服の袖で拭った。
「そんなに怯えて、後悔している精神状態で、この私と闘えるのか?」
「うう・・・・」
「何を怖がっているのだ。私は君とお話がしたいだけだよ」
ジャスティスは手摺に捕まると、体をくの時に曲げながら、虚ろな目でギースを見ていた。日影のせいで彼の顔までは見えなかったが、その口元だけは見ることができた。彼は明らかに笑っていた。
「私は君に何もしていないぞ。何故怖がる。何故私を本能的に恐れるのだ。ほら、こっちに来い。もっと自分を大事にしろ。悪の魅力を教えてやる。私の元に来れば、何も怖くない。毎日好きなだけ食べて寝て、将来の不安も、悩みも無い。本当の幸福を教えてやる」
「うああ・・・・」
ジャスティスは何も言えなかった。ジャンヌの心配そうな視線がチクリと背中を刺した。
「本当に、お前に従えば。僕は・・・・」
「良い面になってきたな。良いぞ、私の元へ来い」
「世迷言を」
ジャンヌは話に割り込むと、ギースに向けて右手を向けた。そして唱えた。
「呪文・ファイヤーボール」
ギースの体を火の玉が霞めると、彼は突然姿を消した。
「き、消えた・・・・」
ジャンヌが戸惑っていると、リンが突然、ジャスティスとジャンヌに向かって叫んだ。
「二人とも、天井危険」
二人はリンの言葉に無意識に廊下に出ると、揃って半開きのドアの中に入った。
瞬間、何かの咆哮とも思しき声とともに、不気味な咀嚼音が二人の背筋を凍らせた。
「何だ。リン。リンンンンンン」
扉の先は巨大なホールになっていた。ジャスティスの叫びはホールの中で響くだけだった。しばらくすると、扉が突然、粉々になり、リンの下半身が、無造作にホールに投げ込まれた。
「ああ、そんな・・・・」
ジャスティスは腰を抜かしていた。彼の目の前には、正体不明の足跡がいくつも付いていた。まるで恐竜が歩いたかのように、床が窪んでいたのだ。