レッキングヒルズ
仁は、ルミナスとの再会を喜ぶ暇も無く、最後の聖剣を自らの手で抜いた。これで全ての世界が聖剣から解放されたのだ。
「これからどうする?」
仁がジャンヌに訊ねたその時、突然仁達の目の前に、何処から現れたのか、真っ黒なリムジンが姿を現した。リムジンの運転席側の窓が開き、スーツ姿の白髪の老人が外に顔を出していた。彼は人の良さそうな顔で、仁達に向かって手を振っていた。
「あれは自動車ですね」
ジャンヌはリムジンを見てそう言った。このパーティーで自動車を知っているのは仁とジャンヌだけなので、他の連中は、リムジンを馬車か何かだと勘違いしているらしかった。
「後部座席にお乗りください。あなた方をレッキングヒルズにご案内します」
老人はそれだけ告げると、後部座席の扉を開けた。仁は無言にそれに乗り込むと、警戒していたジャンヌ達も後に続いて、リムジンの中に入って行った。
「私はギース様の執事をしております。コーマと申します。ギース様のご命令で、あなた方をレッキングヒルズ、つまりギース様のお住まいへと案内するように仰せ付かりました。どうぞ、足を伸ばしてください。冷蔵庫に冷たいドリンクを用意しておりますので、ご自由にどうぞ。ああ、それとも音楽でも聞きますかね。テレビゲームもありますよ」
ギースはともかく、ジャスティスを始めとする、他のメンバーは皆、キョロキョロと落ち着かない様子で車内を監察していた。リムジンの中には赤いカーペットが敷かれており、天井は金箔で塗られ、ピカピカと光っていた。まるでバブル全盛期のような雰囲気に、ジャスティスやルミナスなどは、完全に
に呑まれていた。
仁は冷蔵庫を開けると、中から缶コーヒーを取り出してフタを開けた。
「ジン。毒が入っているかも知れません。その容器を渡してください」
ジャンヌは仁から缶コーヒーを受け取ると、眼を赤く光らせて、その中身をじっと睨み付けていた。
「呪文・トレースアイ」
ジャンヌは缶コーヒーを仁に渡すと、自分も冷蔵庫から同じ飲み物を出した。
「どうやら安全なようですね。カフェインぐらいしか検出されませんでした」
「ね、ねえ。僕も何か飲みたいよ」
ルミナスは仁の服の裾を引っ張った。
「自分で開けりゃ良いだろうが」
「あの箱ってどうやって開けるの?」
「ああ、もう面倒だな」
仁は冷蔵庫を開けると、オレンジジュースの入った缶をルミナスに渡した。すると、またも彼は眉をひそめて、缶を仁に返した。
「開けて」
「おい。マジで言ってんのか。そんなことまで俺にやらせるのかよ」
仁は缶のフタを開けると、ルミナスに渡した。今度こそ彼は満足したのか、嬉しそうにオレンジジュースを飲み始めた。
「おい、運転手の爺さん。なんでこんなに優遇してくれるんだ?」
「おほほほ、それはギース様の仁徳ゆえですよ。ギース様はあなた方を高く評価しておられます。ぜひ会いたいと仰っています」
「ほお、俺には興味無いがな。ギースって奴がどんな奴だろうと。俺らはそいつをブッ飛ばすだけだ」
「中々に威勢が良いですな。次元の壁を越えるので、シートベルトをしてください」
リムジンは空間を突き抜けると、乱気流に呑みこまれたかのように激しく揺れた。
「ええ、もう平気ですよ。揺れまして申し訳ない」
リムジンは次元を越えて、旅の終着点、レッキングヒルズに到着した。仁達は眼を瞑って、今までの旅路を思い返していた。
(結奈待ってろよ・・・・)
(後悔はない。人間に転生して、この者達と一緒に闘えるのだから)
(シュトレーン家の娘として、わたくしは負けられませんわ)
(お父様、お母様見ててください。僕はもう逃げません)
(僕は真の勇者だ。それをこの闘いで皆に知らしめて見せるぞ)
(ピピッ、充電完了)
それぞれの想いを乗せて、リムジンはレッキングヒルズの入り口に静かに停まった。