決裂と覚悟
センは大きく跳躍すると、ギースの頭上に剣を振り下ろした。
「ふん、愚か者が知るが良い」
ギースは素早く剣を引き抜くと、片手でそれを自由自在に操り、センの攻撃を受け止めた。
「ぐぐぐ・・・・」
センが両方の剣でぶつかっているのに対して、ギースはそれを片手の剣一本で受け止めている。これほどまでに力の差が歴然としているのも珍しい。そして明らかにセンの方が額に汗を浮かべており、余裕が無いように見えたし、実際に余裕が無かった。
「少し、頭を冷やせ」
ギースは剣を握っていない左手に力を込めた。すると突然、その手の平に白い煙が立っていた。城内の気温が一気に冷え込んだ。それは冷気だった。
「呪文・ディープフリーズ」
ギースは手の平の冷気をセンの鳩尾にぶつけた。バリバリッと何かが破けるような音とともに、センの体が鳩尾から全身へと順番に凍ってしまった。それは例えるならば氷のオブジェであり、彼は立ち尽くしたままの姿勢で動かなくなってしまった。
「ふん、他愛の無い奴だ。このような田舎者がいると、我々も実力行使でいかなければならないな」
ギースはリオンをチラッと一瞥すると、部下と一緒に踵を返して馬車に乗りこんだ。そして帰り際に一言告げた。
「一週間以内だ。今日から一週間以内に、我が国に降伏するという旨を書類にして、使いの者に渡せ。鳩に付けて運ばせても良いぞ。くくく、ふははははは」
実に100年ぶりとなる深い絶望がディタールにやって来た。エクスダスは軍事国家である。武力で叶う相手ではないことは誰もが言わずとも知っていた。
「お湯掛けたら治るかな」
リオンはカチコチになっているセンの体を手で叩いた。センは二人の兵士に担ぎ込まれると、そのまま城の外に置かれていた。日光に当てて溶かすという原始的な方法を取るつもりらしい。
「近いうちにエクスダスが攻めて来るでしょう。如何しますか?」
「皆はどうしたい?」
リオンはこの世界に来て初めてかも知れない真剣な眼差しで周囲を見た。
「私達の決めることではありません」
リリィはリオンをじっと見据えながらそう言った。
「では、僕の意見に従ってくれるんだね」
「もちろんです」
「じゃあ、僕は降伏しようと思う」
リオンの言葉に城内の誰もが耳を疑った。元々から人望の薄かった国王ではあったが、日頃から彼を慕っているリリィもこれには呆れていた。センが聞いたら、何と言うだろうか。きっと半狂乱になってリオンに詰め寄ることだろう。
「し、しかし・・・・」
「僕の意見に従うのだろう」
誰も異論を唱えられる者などいない。中には使える主人を間違えたと、王を眼の前にしてそんなことを嘆く者さえいた。リオンはジェイの方をチラッと見たが、彼は全く表情を変えてはいなかった。最早、人々の信頼は王ではなく、その補佐役ジェイに集まっていたので、リオンとしても彼の異見は聞いておきたかった。
「君はどう思う?」
「私ごときが政治に口を出せば死罪に値しますが。敢えて申し上げるとすれば、王のご判断は正解であると思います」
「ありがとう・・・・」
リオンは静かに王室を後にした。そして城の物見台に上ると、見張りの兵士を休憩させて空を見つめていた。
「リオン様」
リリィが毛布を手に抱えてやって来た。
「冷えるといけませんから・・・・」
「まだ昼だよ」
「私も冷静に考えましたところ、リオン様のご判断は正しいと思い直しました。確かに、このままエクスダスを敵に回しても、傷付くのは民衆です。勝てない戦ほど無駄なものは無いと思います」
「済まない。僕は、僕は王様なんかじゃないんだ。ただのしがない男さ。毎日同じ事の繰り返しにうんざりせず、ずっと植物のように生きて来た。親に逆らったことだって無かった」
「はい・・・・」
「僕は元の世界に帰りたい。君は信じないだろうが、僕のいた世界とこの世界は違うんだ」
「いえ、私は信じます。信じたいです」
リオンはリリィに抱き付くと、彼女の胸に顔を埋めて泣いた。彼女はそれを拒みもせずに、彼の背中に手を回して、彼のしたいようにさせていた。
「リリィ・・・・」
いつの間にかリリィを仰向けにして、その上にリオンは覆い被さっていた。そして彼女の顔をじっと見つめた。忙しくて顔なんてほとんど見ていなかったが、間近で見る彼女の顔は美しかった。スッと通った鼻筋に、水晶のような碧眼、長い睫毛。全てを自分が独占したかった。