Episode27:気付く
賭けにも負けた俺はその日、一日中元気がなかった。
あの後、3時間目に英語を返してもらったのだけど、
点数なんて既に何点か忘れてしまっている。
赤点だった事はしっかり頭に刻まれている。
まったく予想できないペナルティーの恐怖と、
一ヶ月もの間、双葉の僕となる屈辱感が俺の元気を奪っていた。
そして、今から桜井さんとの約束がある。
正直に言えば今日はやめてほしかった・・・
でも、約束したんだからしょうがない事である。
一度は断ろうと思ったがそれすらもめんどくさかった。
そういう事で俺は今、桜井さんが待っている正門へと向かっていた。
「遅くなってごめん」
正門前に行くと予想通り既に桜井さんはそこにいた。
「私も今来たところよ」
そんなお決まりの返事を聞いてから俺達は歩き出した。
「急に呼び出したりしてごめんね」
桜井さんが突然そう言った。
「別にいいよ、どうせ暇だしね」
「そう、ありがとう」
「いいって。それより何の用だったの?」
「用ってほどでもないんだけどね。気になった事があって」
「気になったこと?」
「うん。壬柳君もう気付いた?」
「気付いたって何に?」
「私が前言ったこと。気付いてないだけって」
「そういえば言ってたね」
「うん。それに気付けた?」
「いや・・・っていうか考えてもいないし」
「・・・・・・・」
「その・・・ごめん。深く考えない方がいいって言われたから」
「別に謝る事じゃないわ」
「あぁ・・・」
「教えてあげようか?」
「え?」
「私があなたの気付いてないこと教えてあげようか」
「桜井さんが俺に?」
「そうよ。あなたが知りたいならね」
「知ったらスッキリするのかな?」
「それはあなた次第ね。悩むかもしれないしスッキリするかもしれない」
「・・・・・・・・」
「良く考えた方がいいかも知れないわね」
「・・・・・・・・」
「自分で考えるのも悪くはないと思うわよ。
あなたは知ってるのよ。ただそれを認めようとしないだけ。
だから何かきっかけがあったらそれを認め気付くことができるわ」
「俺は知ってるのか・・・」
「えぇ」
「だったら教えてくれ」
「いいの?もっと考えたら」
「いいよ。悩むのは好きじゃないしさ」
「それがあなたらしいわね」
「どうも」
「あなたが気付いてないことは・・・」
「・・・・・・」
「あなたが秋月さんを好きになってるって事よ」
「俺が・・・双葉を?」
「えぇ。それがあなたが気付いてなかった事」
「・・・・・・」
確かにそうなのかもしれない・・・
双葉との関係がぎくしゃくし始めた辺りから感じていた。
今まで双葉に抱いていた感情が変わっているんじゃないかと。
西条さんとの話を聞いた時、一番それを感じた。
そして双葉とはもう元には戻れないのだろうと感じた時も。
今思えば・・・双葉はいつも俺の側にいた。
そして、これからもずっと変わらないままだと思っていた。
だから気付けなかったのかもしれない。
双葉との距離が離れて何かを感じても違和感だとしか思えなかったんだ。
日常が少し変わっただけでその内慣れたりするんだろうと思った。
でも違ってたのか・・・
多分・・・俺はずっと双葉が好きだったんだ。
今ならそう思える。きっと俺はずっと双葉が好きで、もちろん今も・・・
ここまできて俺の思考は止まった。
その後は考えたくなかった。
考えても無駄だった。もう遅い・・・
「そうだな・・・俺は、双葉が好きだったんだ」
「気付けたみたいね。自分の気持ちに」
「あぁ、ありがとう」
「お礼は必要ないわ。それがあなたの為になったなんていえないもの」
「・・・・・・」
「聞かない方がよかった?」
「いや・・・でも、よく分からない」
「そう」
「でも、後悔はしてないと思う」
「あなたらしいと思うわ」
「・・・・・・・」
「じゃあ、私は行くわね」
「あぁ」
俺の返事を聞いてから桜井さんは来た道を戻っていった。
「そういえば家の方向逆だったんだ。俺が送っていくべきだったのに」
俺のその呟きは暗い夜の空に吸い込まれていった。