狼に恋した少女
ある村に娘がいた。
金色に輝く頭髪は腰までのびる。大きな青い瞳は見るもの全てを魅了する。手足はすらりとのびて傷一つない。控えめに主張する胸元は彼女にあっていて美しい。
男性だけでなく、女性、子供、動物達にまで愛される彼女は隣の村に知れ渡る程であった。
トレードマークは白い髪留め。無垢な彼女を表しているようでとても人気であった。
そんな彼女は狼までをも魅了した。
ある日、彼女は自分の誕生日ケーキの為に野イチゴを摘みに山に出かけた。
野イチゴが採れるのは険しい山の中。しかし、彼女は軽やかにスキップしながら山を登って行く。
「らんらんらーん、らんらんらーん♪野イチゴ、野イチゴ採りましょうっ明日は私の誕生日~♪16のぉ誕生日~♪」
歌声は山全体に響いた。暗い山道も彼女の歌で明るく活性化してきた。
まさに、その時。
ある狼が彼女の歌を耳に入れた。
ああ、なんて美しい。俺の傷を癒してくれる。ずっと一緒にいたい。そうだ。拐えば良いのか。
狼はそんな事を思いながら彼女に近づいた。
「やあ、貴女の歌声は美しいね」
「まあ、こんにちは。話す狼さんなんて初めて見たわ。お褒めにお与り光栄です」
スカートの端を摘まんで軽く会釈。
「…貴女は狼が怖くないのかい?」
「ええ、勿論。狼さんは優しい雰囲気だもの」
そっかと狼は呟いた。
鋭く尖った爪。長く伸びた鬣。大きな口には鋭利な牙。暗い闇のような瞳。全身汚い泥に覆われた毛をまとう。人はそれを見て泣いて逃げた。
だが、彼女はどうだ。
逃げも、恐れもしないで狼の前に立っている。更には狼の事を誉め始めた。
「その長い尖った爪は素敵ね。何でも切れちゃいそう。ふわふわの髪の毛も羨ましいわ。私はストレートだから貴方に憧れるわ。その、大きなお口だったら何でも食べれそうね。狼さんって本当に素晴らしい人なのねっ」
目を輝かせて言う彼女を狼は見つめる。
独りで生きてきた狼は嘘を見抜くのが上手だったが彼女の言葉は全て本心であった。
なんてことだ。こんなに純粋な少女がいただなんて。どうしても彼女を側におきたい。ずっと一緒にいたい。
更に狼の恋心は強くなっていった。
「そうだ。野イチゴを採りに来たんだろう?」
「狼さんにはお見通しなのね」
「貴女がさっき唄っていたのを聞いてね」
「お恥ずかしいこと。そう、野イチゴを採りに来たのよ」
「俺が野イチゴの沢山採れる場所を知っているからついてこないかい?」
「まあ、本当なの!是非、お願いするわ」
「…おう」
まさか、すぐにOKを出すとは思ってもいなかった。野イチゴ採りを口実に誘拐するつもりだったのだが、すんなり出来そうだ。
「狼さん、狼さん」
「なんだい?」
「ここはなんだか薄気味悪いわ」
「それは悪かった。もう少しで着くからね」
「…でも、こんな洞窟の奥に野イチゴなんてあるの?」
「あるよ」
「もう暗くなってしまうわ。お婆様が私の帰りを待ってるから今日はもう野イチゴを採らなくて大丈夫…ね、帰りましょう?」
「何を言っているんだ?」
「え?」
彼女がきょとんと目を丸くする。どこか不安気に狼をみた。
「貴女はもう家に帰さないよ」
「じ、冗談が過ぎるわ。狼さん…嘘でしょう? 」
彼女の清らかな瞳に大粒の涙が溜まっていく。それはどんどん溜まっていって、ついに。狼の一言で溢れ出した。
「嘘じゃない。俺は、狼だからな 」
「ぅう…っ…ひぃん…お婆様ぁ… 帰りたい…会いたいよぉ…ぅ…っ」
「…」
狼はこうなるのを理解していたが実際目の前で泣かれると心にくるものがあった。愛した少女だから尚更。
帰してやろうじゃないかと良心。ダメだ、彼女は無理矢理俺の奴隷にするのだと悪心。二つが争い醜く戦った結果、悪心が勝利した。
「…無理だ。帰せない」
「酷い…酷いわ…」
「狼を信用するからだ…」
「ぅう…」
大粒の涙で頬をくしゃくしゃにして俯く彼女を見れなくて洞窟の手前まで出てきた。
洞窟の奥に彼女を置いて夜空を眺める。
「嫌われたよな」
彼女を自分のものにしたいあまりに急ぎ過ぎて誘拐してしまった。鼻先に熱いものを感じる。
「…泣いてるの?」
後ろから石の動く音が聞こえたから、まさかとは思っていたが彼女だ。泣き止んでやってきた様だ。
「…泣いてなど」
ふんっと鼻をならす。
「でも…ほら」
彼女が狼に近づいて頬を拭った。小さな手がきらきらと輝く。本当だ。俺は泣いているのだ。
「…何故泣いているのだろうな。ところで、俺に近づいて良いのか?」
「近づいちゃダメなの?」
「そ、そう言う訳じゃないが。俺は狼だし貴女を誘拐したわけだから…」
「そうよ。貴女は狼で私を誘拐したんでしょう?それならぐちぐちうだうだは止めなさいっ。誘拐ならきっちり監禁しなさいよっ」
「はい…」
「ほら。ちゃんと私を監禁しなさい!」
手を広げて狼を見つめる少女。
「貴女は不思議な人だな」
「何処が?」
「…うむ。何でもない。もう、監禁しないんだし帰って良いぞ」
「嫌よ」
「へ?」
「洞窟の奥を見てきたけど、貴女一人で寂しいんでしょ?そうそう、落ちていたお人形よれよれで沢山狼さんの毛がついていたわ。アレ毎日抱いて寝ているのね?狼さんが悲しくならないようにあのお人形さんの様になりたいの。ダメ?」
「さっきお婆様に会いたいって言っていただろうが。俺の所にいたら会えないんだぞ?」
「お婆様はきっと今日あったことを全て聞いたら<何でアンタはその狼さんと一緒にいなかったんだい!?寂しい人がいるのを見過ごしてはいけないんだよ。さあ、戻りな>って言うと思うの。だから私は帰れない」
「そっ…か…まあ、貴女がいたいなら好きなだけいれば良い」
「うん、いるよ!そして貴女を幸せにするの!」
可愛らしい笑顔で言った。
そして、狼と美少女の不思議な同棲が始まった。
同棲して一週間がたった頃。
「狼さん、狼さん」
彼女が手を後ろで組んで胸を協調する姿勢でくねくねしている。
「何かあったのか?」
「ふふふ…ジジャーン!」
突然彼女が狼の目の前にあるものを突きつけた。それは、あのボロボロの人形だった。いや、今はボロボロではない。綺麗になっていた。
「お、俺のくまたんが…!」
「くまたんっていうんだ?」
「お、おう…どうやって綺麗にしたんだ?」
「縫ったの!針が落ちてたから」
「おう…にひひ…ありがとな」
「そんなに好きだったんだね、このお人形。そんなに喜んでくれて嬉しいよ」
「大切なものだからな。そうだ、もう食料も尽きる頃だから少し狩りに行くよ」
「そうだね。洞窟の中にあったお肉もうなくなるものね。その狩りに私もついてっちゃダメ?」
「ダメだ。狩の時の俺は理性がないからもしかしたら貴女を…だから、ダメだ」
「そうよね。なら、早く帰ってきてね?」
「ああ、勿論。じゃあ…」
「いってらっしゃい」
彼女は狼を笑顔で見送った。その後、何が起こるとも知らずに。無垢な笑顔で。
「ふふ~ん」
狼はスキップしながら狩に出掛けていた。柄にもないのは自覚している。それでも収まらないこの鼻唄は今の現状が楽しいから。
狼の俺が毎日笑顔でいれて。
狼の俺が独りじゃなくて。
狼の俺が帰る場所を見つけて。
狼の俺が守りたいと思える人が出来た。
幸せ過ぎたんだ。幸せが続き過ぎたからこの後もずっと続くと思っていた。それは、過信だった。
「これぐらいで十分か?」
鹿を仕止めて持ち帰る途中。声が聞こえた。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
響き渡る人間の声。これは、彼女だ。頭がそう判断するよりも先に足は動いていた。
仕止めた獲物は置いて彼女の事だけを考える。転んでしまったとか、針で指を刺してしまったとか。そんな事であって欲しい。もしかしてハイエナ?他の狼?それとも?
なくしたくない。彼女は俺の光で、天使で、唯一俺が愛した人。何故俺の足はこんなにも遅いのだ。速く…速く…風の様に彼女の元へ。
「……!?」
たどり着いたその先にいた彼女は。恐らく彼女の村の人々。そいつらが彼女を羽交い締めにしていた。
「ヴォアアァァァァッ!!」
鳴いた。彼女が悲しそうに叫ぶ。
「狼さんっ…逃げてっ」
「逃げない!貴女を助けるっ」
再び鳴いた。
「な、何だ!?あの狼人間の言葉を話しているぞ!」
「あんなのに誘拐されたていたのか。可哀想に…絶対に仇はとるから!」
「仇なんて要らないっ!お願いだから私から狼さんを取らないで!」
彼女が綺麗な髪を乱して叫ぶ。大量の涙を流している。
「監禁されておかしくなってしまったんだね…君は僕が直してあげるから!アイツを殺すよ!」と人間の男。
「嫌だ!狼さんは、殺さないで!殺すなら私を…!」
「それはダメだ!貴女は死んではいけない。貴女は人間で俺は狼。元々一緒にいてはいけなかったんだ。だから、その人たちと帰りな」
「…嫌だよ。狼さんと今離れたら…狼さんと二度と会えなくなってしまうもの!」
「会えるから。会おうと思えば会えるんだよ。だから…帰ってくれ」
「つべこべ言うな!煩い…煩いっ煩いっ!」
人間の男が叫ぶ。
そして、狼に銃口を向けた。
「死ね」
汚い言葉と共に弾は吐き出された。ゆっくりと狼の心臓を目標に近付いていく。
死ぬ。狼はそう決意した。しかし。
「ダメ!!」
彼女が狼を守るように前に飛び出した。
赤く。
流れ落ちる。
液体。
「かぱっ…」
口から出た液体。
全部。
赤くて。
狼の視界は赤に染まった。
これは誰の血?
ああ。
狼の血だ。
「狼さんっ!?」
倒れた狼を抱き締めて彼女が叫んだ。彼女が飛び出すのは遅かった。既に弾は狼の心臓へと届いていた。
それでも、狼は彼女が自分を守ろうとしてくれたことが嬉しかった。
「貴女には…笑顔が似合う…っ…よ…」
「嫌だ、嫌だよ…狼さん、逝かないで。置いてかないで。狼さんのこと大好きなの…っ…ひっく…」
「ありがとう…誰かに愛されたのは貴女が最初でさいごだよ…愛したのもね…」
「狼さん…愛しているわ…」
「…来世では一緒になれたら良いな…」
「うん…うんっ…狼さん…」
狼の瞳からも涙が溢れていた。その涙は暖かくて優しい涙だった。
「貴女に会えて…本当に幸せだった…」
彼女に向かって微笑んで、目を閉じた。
「狼さん…?狼さん?」
揺するが目を開けない。もう、二度と開かないのを理解しても尚、彼女は狼の肩を揺らし続けた。彼女の言葉に返事することなく狼の魂は消えていった。
その後。彼女は狼の遺体を焼いて骨として村に持ち帰った。変わらず美しかった彼女との再開を皆喜んだが、彼女は笑顔を見せることはなかった。妻になることもなく狼が亡くなった10年後の同じ日に若くして亡くなった。
彼女の最期の顔はこれまでに見たことのない程安らかな笑顔だったそうだ。
<来世では一緒になれたら良いね>
憐れな狼の最期の言葉を実現すべく神がそれよりもずっと先の時代に狼を人間として転生させたのは、まだずっと先のお話。
一応ファンタジー物なんですが…ファンタジーですよね?
狼が人間の言葉を話しているからファンタジーですよね?
ファンタジーか恋愛かで5分程悩んだのですよ。
これであっていることを信じたいと思います。
できれば、これの続編書きたいですね。
まだ終わってない連載とかあるのですが…←
それでは。
ありがとうございました。