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ユイ

海からの帰り道、疲れたのか珍しくユイが眠ってしまう。

今まで幽霊になってから寝ている姿を見たことなんてなかったのに、よほどはしゃぎつかれたんだろうな……

俺は乾いたタオルをユイの膝の上にかける。

「むにゃ……コウヘイくん、大好き……」

俺の夢でも見ているのだろうか。



そういえば、ユイは最近俺としか接触していない。

誰かに会うとか、誰かの夢枕に立つとか、そういうことが全くなかった。

純粋に俺・俺・俺、俺しか見ていなかったはずだ。

外出も避けていたし、買い物も俺一人で行くことが増えていた。


このままでいいのか?

疑問が頭をよぎる。


もっと人と接触すべきではないのだろうか。


俺はそう考え、ユイに提案する。

「お父さんもお母さんも、ねーちゃんたちも、一度会ったから充分なんじゃないの?」

「そこをさ、もう少し柔軟に考えてさ、ちょーっと顔だけ出すとかさ」

「うーん……」

ユイが腕を組んで悩む。

「もう言いたいことは特にないしなぁ……」

「そこを、なんとか、こう、ひねって」

「ま、じゃあ顔だけだしとくわぁ」


八月の半ばの話だった。


R・R・R……

俺に電話がかかる。

『コウヘイくん?おばさんだけど』

ユイの母親からの電話だ。

『昨日ユイがまた枕元に出てきてね、幸せだから……って』

「あ、そうですか」

返事だけ聞いたら俺はなんて冷たい人間なのだろう。

『それがね、お父さんにもお姉ちゃんたちの枕元にもユイが出てきて、同じことを言ったらしいの』

興奮気味に話す母親。

「俺のところにも来たっすよ」

と返事をしておく。

すると母親は、

「お盆前だから、ユイが戻ってきてるのかもね」

と泣きながら言う。


さすがに俺も騙している感がしたが、話を合わせておくことにした。


「盆……か」

もうすぐ、ユイがいなくなって三年が経ってしまう。


ユイは

「お母さんからだった?」

と携帯の内容を聞きたがった。

俺が話して聞かせると、

「やっぱりね!お母さんそういうの信じやすいもん!」

と笑った。


絵の完成は間近なときのことだった。



ユイがまた成長した。

今度は俺が最後に会った、コンタクトにウェーブヘアなユイがそこに立っていた。


俺は懐かしさのあまり、ユイに駆け寄ると、抱き締めた。

「ちょっ、コウヘイ、痛いって」

笑って言うユイに、俺は懐かしさが込み上げてきて、泣いた。

男泣きに泣いた。



しばらくして、ユイが濡らしたハンカチを持ってくると、目元を冷やす。


「ごめん、いきなり泣いて」

と謝ると、ユイはいつもの笑顔で、

「気にすることないって。私も実際ウルッときちゃったし」

と言う。


「絵がね……」

ユイがゆっくり喋り出す。

「絵がね、もう少しで完成しそうなんだ……」

「うん……」

「あたし、多分ね、多分だけど……」

ごくり、と唾を飲み込む。

「絵が完成したら、消えちゃうと思う」

やっぱり。

やっぱりそうなんだ。

俺は満足と絶望とにはまったような気持ちになる。

「そう……か。お前が満足出来たなら、俺はそれでいいよ」

ユイを抱き締めて言う。

この時間は元々はなかった時間だから。

俺が望んだからできた時間だから。


ユイにも無理をさせたかもしれない。


「成仏か……」

俺の口が勝手に開いていた。

「うん、成仏。やり残したことはない」

ユイもそう言う。


絵が完成するまでの一週間、俺たちは濃密な時間を過ごす。

買い物にもたくさん行く。

ドライブにも行く。

たくさん抱き合った。

夜は抱き締めたまま眠った。


そうして迎えた絵の完成日。


「あと、ここ塗り足して、終わりね」

とユイが言う。



俺たちは久しぶりにキスをした。

ユイが帰ってきてから、一度もしなかったことだ。


「コウヘイ、ありがとう。コウヘイと会えて幸せだったよ」

「ユイ……!!いかないでくれ」

「私もいきたくないよ、でも仕方ないんだよ」

「ユイ……愛してる」

「あたしもだよ……コウヘイ、ずっと愛してる」

そういうと、ユイは最期のひと塗りを終えた。


透明になっていくユイの身体。

抱き締める俺。

いつしかその感触はなくなり、自分の腕だけが残された。

「ユイーーーッ!!!」

俺は叫んだ。

近所迷惑なんて考えもしなかった。

ただただ、叫んでは泣き暮れた。


それは、奇しくも、ユイの亡くなった日だった。

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