成仏する?
ユイが成仏する――
つまりはユイが……いなくなる……
そういうことだ。
8ヶ月も一緒に暮らしていれば、いなくなるなんてそんなこと、考えることもなかった。
でも、ユイがここにいるということは、何かしらこの世に未練がある可能性が高い。
未練があるというのは、ユイにとってもいいことではないはずだ。
俺もここから一歩、進まねばならないということだ。
俺はいつもユイに甘えてきた。
生前も、死んだあとも。
ユイに甘えて、自分はそれでいいんだ、と、思い込んできた。
ユイが好きだ。
今でも変わらず好きだ。
でも、だからこそ成仏させてやるべきじゃないのか?
俺の心は揺れた。
今こうして一緒に朝ごはんを食べる、これも幸せ。
一緒の布団に寝る。
これも幸せ。
幸せは数え上げたらキリがないほどたくさんある。
ユイの香りは俺を安心させてくれる。
冷たいけれど、抱き締めたときの感触は今すぐにでもはっきり思い出せる。
男の事情ってやつのときだけ、部屋から出てもらう。
これは生身の人間だから、仕方がない。
生理現象なのだから。
それ以外はユイ・ユイ・ユイ。
俺の全てはユイがいて成り立っていた。
ユイがいなかった二年間を思い出そうとするが、霧がかかったように、思い出せない。
これだけユイに染まっているなら、いっそユイとずっと暮らしていけばいい。
俺はそれも考えた。
でも、ある日突然ユイが成仏したら?
それを考えると怖くなる。
今だって、ユイが描いた絵のおかげで俺は暮らしている。
自分で考えても、そこまでユイに頼ってたら、俺はこのまま何も出来ない人間になるんじゃないか、とも怖くなる。
何日も、眠れぬ夜を過ごした。
ゲームをしているユイにばれないように、寝息をたてるふりまでした。
ある朝起きたら、朝食の支度をしながら、ユイが言った。
「一週間と3日」
「え?」
「もう一週間と3日、まともに寝てないでしょ?」
「えっ……気づいてたの?」
「あったりまえじゃない!すぐにわかるわよ、そんな嘘」
「そっかぁ……ははは」
「ははは、じゃなくて、何をそんなに悩んでるの?」
「いやー、俺まだ内示こないし、教員落ちたかなって!!」
「そんな嘘すぐにわかるんだから。で、何を悩んでいたのよ?」
「……どうしても言わなきゃダメか?」
ユイは後ろから抱き締めてきて呟いた。
「私の……ことなんだよね?」
「!!」
「コウヘイのことは、隠してたってすぐにわかるよ。顔に出るもん」
ユイは食卓を挟んで前に座った。
「もしかして、私が成仏しないかって悩んでるの?ピンポーン図星でーす」
ユイは俺を元気付けようと、おどけて明るくいったけど、俺は明るくなんてなれなかった。
「あたしさ、聞いちゃったんだ。後輩ちゃんがコウヘイのこと好きッて話。」
俺はうつむく。
「付き合うなら、ちゃんと消えるから、安心してね!」
俺の拳はぶるぶると震えた。
「あたしが邪魔だったら、遠慮せず、いつでも言っていいんだよ!」
とうとう我慢ができなくなり、拳で机を殴った。
ユイは怯えるように部屋の隅の方へいく。
「俺は……俺が知りたいのは、いつまでお前といられるかなんだよッ!!」
「あたしと……?」
「そうだよ、だってお前、いつ消えてしまうかわからないじゃないか!」
俺は泣いた。
久しぶりに泣いた。
おいおいと、嗚咽しながら泣いた。
いつしか、ユイが隣に来て俺を抱き締めていた。
ユイの冷たい手で、俺の涙を一滴を拭い去るとユイは言った。
「そうだね……いつかいなくなってしまうかもしれない。でも、その日まで泣いて過ごすより、笑って過ごしたいじゃん?」
「そんなごどっ、わがってるけど、でもッ」
「私は泣いてるコウヘイも好きだけど、笑ってるコウヘイの方が好きだな」
その日は1日なにもできず、ただユイに甘えるように抱かれていた。