僕はなにも出来ない
何気ない何かをしたら、自分の世界が変わるような出来事が起こってしまった。そんな始まりの物語が僕は好きだ。自分が求めたことではないのに、世界からそう望まれたかのように何か大きなことが始まる。
そんなことに巻き込まれてしまえたらいいと、僕は生れてから何度も思った。通っている学校の扉をあけると異世界が広がっていたとか、偶然助けた女の子が実は重大な秘密をもっていたとか。
考えてみると、そんなことはあり得ないのにと苦笑してしまうようなくだらない希望をよくも持ち続けてきたものだ。だから僕は、そんな物語の主人公たちとは大違いに、些細な何かをしてみるたびに、こんな平穏なんて消え去ってしまえと願い続けてきた。今でもこうして願い続けている。空から女の子は降ってこないだろうか、何か不思議な才能に目覚めはしないだろうかと。そんな現実がありもしないことなんてとうに分かり切っていたのだけどね。それでも僕がくだらない何かに人生を費やしていると、いつか神様が僕をこの世界から見限って、そんな現実があり得る別の世界へ放り出してくれるんじゃないだろうかという期待を捨てきれていない。
とはいえ、例えそういった世界に放り出されたところで、僕はその世界の常識に染まってしまった瞬間にこんなくだらない世界は、なんて言い出すに違いない。結局、どんな世界のどんな存在であれたところで、その世界を楽しめるかどうかは本人次第なのだ。自分の世界が変わって、それがきっかけで周りの世界のすべてが変わっても、僕はせいぜい死体の第一発見者程度の立ち位置にしか居られまい。決して名探偵の場所になんて立っていられないのだ。そこに居られるのはもっと別の、例えば、このくだらない世界へさえも必死に立ち向かおうと出来る人だけなのだ。
僕は世界が変わることだけを求めて自分が変わろうとは決して考えもしなかった。何をどう頑張ったところで自分は今の自分以上の何者にもなれない。何かに向かって努力することで、それが直接自分の手で突き付けられるなんて自殺みたいなものだと思っていたから。何かを成せないという恐怖は誰だって味わったことがあるに違いないけれど、僕はそれから逃げ続けていつまでも変わろうとはしなかった。死ぬ瞬間になるまで自分の人生がいかに無駄であったかさえ、本当の意味で知ることは出来ないのだ。
自分から変わることが出来なければはたして、他人に変えてもらわねばなるまい。そのままの自分ではどうしようもないのだったら、自分を変えてしまえる誰かに出会ってしまうという、この世界でもあり得る偶然にすがらねばなるまい。だから僕は変わってしまった現状をありのまま受け入れるほかないのだ。変化を求めていた僕に偶然とはいえ彼らはそれに応えてくれた。だから僕はそれに感謝すべきなのだろう。恨んではいけないのだろう。憎むことさえできないのだろう。僕はもうどうでもよくなってしまった。