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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【BL注意】駄犬とDQN

七夕と駄犬とDQN

作者: 水下たる

【ボーイズラブ小説です】

苦手な方はご注意ください

 深夜、新宿区某所、駅前のコンビニ。


 深夜の駅前のコンビニは忙しい時とそうでない時が目に見えてわかる。なぜなら最寄駅の利用客が大半を占めるからだ。都心JR駅ナカ・駅チカにあるコンビニは乗車前の客が、郊外の私鉄駅前にあるコンビニは降車後の客がよく利用している。

 このコンビニは、JRの駅じゃなくて地下鉄駅前にある。客は主に地下鉄利用者、それから近隣の労働者と住人。

 深夜は、というと、深夜営業の居酒屋やカラオケ店の深夜シフトのバイト、カタギに見えない男たち、水商売の人間と夜の街で遊び呆けている人間がよく利用するのでけっこう忙しい。

 まったく暇だ、なんてことはめったにないが、それでも一時くらいは、一息つける時間帯がある。


 終電待ちの客が慌ただしく去っていき、立ち読み客を除き店内に客がいなくなったことを確認したケーイチは、レジに腕をつき、監視カメラに映らない角度に顔を伏せ、ぐわっと口をあけてあくびをした。


「ケーちゃん。大丈夫? 寝てないの?」


 隣のレジから心配そうな声が掛かった。ケーイチと同じ、赤いコンビニ制服の金髪男。大きな目をくわっと開け、大きな鼻をひくひくさせている。そうでなくても顔のパーツ全部が大きくて動物的だ。


「うー。まーな、ここ数日徹夜でレポート書いてたかんなー。まじだりー」

「今回真面目にやってんだ。エラい」

「何、ナメてんの? オレずっと真面目よ? オレ以上の真面目くんいないでしょ」

「それはどうだろー。自主休講三分の二くらいやってたじゃんか」

「ロクローてめぇ、自分のこと棚にあげんなよ。隣いただろうが。共犯だ共犯」

「……うはは、マジでケーちゃんお疲れだ。おれのこと怒んないの?」

「あ? あー、ケーちゃんって呼ぶんじゃねえ。ブン殴ってやる……後で」

「後で?」

「今、力入んねーから」


 ケーイチは身体を動かすのすら億劫だ、と言わんばかりのスローモーションで、自分のライトブラウンの髪を掻きあげた。


「ケーイチ、ちょっと寝てきたら? 今暇になったし、おれひとりで何とかなるから」

「うるせーバカ。おまえがオレに命令すんじゃねえっつーの。平気だ――っふ」


 再度大きくあくびをすると目尻に生理的な涙が浮かび、鼻奥がむずむずした。ごしごしこするとみっともなく肌が赤くなるのが分かっているので、目尻と鼻を押さえるようにして耐えた。

 と――横からの視線を感じる。


「そんなに眠そうなのになあ……」


 ロクローがじーっとこちらを見ていた。これは心配そーな目じゃねーな、とケーイチはピンと来た。『あれ』から半年、一向に変化の兆しのないロクローの諦めの悪さにげんなりする。

 が、何も言わなかった。直接的な被害を被ったなら蹴りのひとつでもお見舞いするが、ロクローが心配してくれたのは事実なのだ。それに眠かった。

 ケーイチの脳内ではさっきの「ケーちゃん呼び」の件と清算して、後日殴ればいいかという結論になった。


「うるせぇ、テメーは在庫チェックでもしてろバカ犬」


 ケーイチは緩慢な動作でしっしっと手を振り、ロクローをレジから追い出した。上から目線の命令に、ロクローは従順だった。反抗するそぶりも見せない。

 ケーイチよりも図体の大きなロクローがいなくなるとレジが驚くほど広くなった。代わりに、金髪のガタイのいい男が小さく身体を丸めて商品棚をちまちまと確認している。いつ見ても面白い。


 ふわふわの短い金髪にぱっちりした目に大きい口のロクローは、ケーイチの実家のゴールデンレトリーバーと似ている。ケーイチのことが大好きで、撫でてもらうのが大好きで、脳足りんのアホであり、構ってもらいたがりなのも合致する。

 いや、もうひとつ共通点がある。

 ロクローはケーイチの犬だ。半年前にそういうことになった。


 半年前、ケーイチとロクローの関係にヒビが入った。ロクローが悪いわけでも、ケーイチが悪いわけでもなかった。ちょっとした考え方の相違――それはきっと一生埋まることがないかもしれない溝だった――で、ケーイチがロクローを受け入れられなかった。

 一度絶縁寸前までいったが、なんとか妥協点を探りあい、『ロクローがケーイチの犬』になる、ということで決着した。そうしないとロクローが引け目を感じてことあるごとに謝り続けるに違いなかったからだ。

 いや、それはケーイチの自己弁護の論理だったかもしれない。ケーイチは、ロクローをまだ受け入れきれてないのだ。図体がでかくて、力では絶対敵わない男のことを。

 そのくせ、手放すのは惜しいと思っている。


「ねえねえ、ケーちゃん。見て見て、これかわいいよ」

「突然なんだよ。ケーちゃん言うんじゃねえ。試してんのか? お?」


 しばし雑談なしで真面目に働いていたと思ったら、ロクローが突然デカい声を出して吠えた。

 うるせーな、と文句を言いつつ、ケーイチは煙草のカートンを数える手を止めて振り返った。なにかを手に抱えて、ロクローが駆け寄ってくる。背後にぶんぶんと力いっぱい振る尻尾が見える気がする。


「ねねね、これかわいくない? このゼリー、織姫と彦星が乗ってるよー! やっべー超うまそーでかわいいとか超スゲーこれ」

「……はあ?」


 ロクローの持ってきたのはタピオカゼリーだった。

 七夕をモチーフにした商品で、ピンクとグリーンの星型の砂糖菓子が生クリームの雲の上で寄り添うように立っている。タピオカ混じりのぶどう色のゼリーが、まるで天の川の夜空のように見え――なくもない。見えると断言することは口が裂けてもできない。

 商品として成り立つクオリティだというのはわかる。だがそれだけだ。ケーイチにとっては凝ったコンビニデザートのひとつでしかない。

 今の自分の顔をマンガで表現するなら、くだらねえ、と大きく文字を書くだけでいいんじゃないかなとケーイチは思った。


「だから何だよ。かわいいとか女子かてめぇ。テメーみてえな女子いらねえよ」

「大丈夫大丈夫、おれ男だから。男として好きなだけだからさ。これ今日のおやつに買いまっす」

「……へいへい」


 男として好きだ、という言葉に一瞬反応が遅れた。ちっと内心舌打ちをして、今日のおやつとやらをレジに通してやった。乱暴な手つきになってしまったが、ロクローは気づかない様子でありがたそうに受けとった。


「ケーイチ、今年の七夕は晴れるかなあ?」

「バーカ、晴れても降ってもあいつらには関係ねーよ、年中雲の上なんだから」

「でもおれたちも織姫と彦星、探したいじゃん」

「おれたちもって何だよ。一緒にすんなよ。一年ぶりに会った恋人の邪魔してやんな。子どもに見せれねーことしてんだよ」

「うは! 言うね。ロマンチックな話しよーと思ってたのに」

「無理無理。おまえとオレじゃ一生無理。そうだろ、ロック」


 カウンター越しに、見上げるほどの身長差があるデカい図体の男に笑いかけてやった。眉が困ったように寄せられ、大きな目がぱちぱちと瞬きが繰り返される。

 数十秒後、ぶわっとデカい耳が赤くなって、ケーイチはぎょっと目を丸くする。


「おいテメェ、何を想像したんだ。ボケ」

「し、してない! 想像してないよ!」

「必死に否定すんじゃねーよ。したっつってんのと同じなんだよ。オラ素直になれよ。ああん?」

「も、黙秘権! 黙秘権だよ。せ、精神の自由と宗教の自由だよ!? 想像したっていいじゃん。治安維持法だよ」

「言いたいことはだいたい分かるが、ちょっと違えだろ。アホ」


 ツッコんではみたものの、どこがどう具体的に違うのかを指摘しろと言われたら、ケーイチも黙秘を貫くが。


「ロクロー、オレの言うことが聞けないか? おまえ、オレの犬だろ」

「……う、だ、だってケーイチ……おれ、ごめん」

「オレの犬がオレのことを好きなのは当然だろうが。何怯えてるんだ」


 ケーイチと同じようにロクローもまた半年前の傷が癒えていないのだ。ケーイチはなんとなくそれが分かって、優しい声を出してやる。ロクローのためではなく、専ら自分の平穏のためであったけれど。

 ロクローはケーイチが大好きだ。友達としてという意味ではなく、性的な意味でそうらしい。半年前に元・親友が告白してきたとき、ケーイチは拒絶し、そして妥協点としてロクローは犬になった。

 ロクローはケーイチの精神的な奴隷だ。それは犬になったからじゃなくて、ケーイチのことを好きになったときからだ。惚れたら負けなんてよくよく言われているみたいに、ロクローはケーイチに逆らえない、下の立場にいるらしい。だから、「好きになってごめんね」と謝る。


 悪いことじゃないだろう、とケーイチは思う。自分が受け入れられないだけだ。ごめんと謝られる筋合いはない。好きになること自体に罪があるみたいにふるまうロクローにイライラする。


「分かんねえなら死ね」

「いっ、生きるよ!」

「だからパクんなっつってんだろ。バーカ」


 カウンターを上げてロクローの腕をひっぱって中に入れた。少しだけ背を伸ばしてわしわしと両手で金の髪を掻いてやった。もふもふする柔らかくてコシのある触感は、実家のゴールデンレトリーバーにそっくりだ。


「てめぇのことだから、どうせオレのことでも考えてたんだろう。なあ。おまえオレのこと大好きだもんな?」

「う……うん。おれ、ケーちゃんが好きだよ。大好き」

「知ってるわボケ。それとケーちゃん言うなカス。欲求不満抱えてメンドーなのは犬もヒトも変わんねえな。――わかった、おまえの妄想をホントにしてやろう」

「えっ!? ええっ!? してくれるの?」

「あー、してやるよ」


 もふもふから解放してやると、ロクローは顔まで真っ赤にして涙を浮かべていた。一心不乱にもふもふしてしまったせいか、その髪はひどい有様だった。

 やりすぎたかな、とケーイチは思ったが、自分のように髪型にこだわっているわけでもなければ、帰宅途中の美人OLにアピールする気もないだろうから、放っておくことにした。


「ロマンチックな話すりゃあいいんだろ」

「えっ? ロマンチックな話?」


 間抜けな顔になって、きょとん、とロクローが目を瞬かせた。


「テメーがしたいっつったんだろうが。あー、ちょうどいいからかわいいかわいい言ってた織姫と彦星の話でもしてやるか。織姫と彦星の話ってのは説がいくつもあんだけど、ひとつは『身分違いの悲恋』。ひとつは『喋る牛無双』で……」

「え、えーと? ……ケーイチ、なんでそんな星の話詳しいの」

「あー? 知らねえより知ってるほうが女にモテるからに決まってんだろ。それ以外にあんのか」


 ピロンピロンと入り口が鳴り、いかにもお水な美女二人組が来店した。ささっと髪型を正し、ケーイチは営業用の微笑みを浮かべた。


「いらっしゃーませー」

「……い、いらっしゃいませ!」


 ケーイチからワンテンポずれてロクローが挨拶した。やけくそ気味なのが気にかかる。そんなに女が嫌いだったかとケーイチは不思議に思う。

 美女たちはカウンター内の二人に思わせぶりな視線をくれた。が、すぐさま目をそらしそそくさと店内に入っていく。失敗したか、とケーイチは残念に思ったが、隣を見て彼女たちが逃げた理由に気がついた。


「もうひとつあんぞ。――結婚したとたん、織姫がダラダラ自堕落生活してっから『ちゃんと仕事しろ』ってハナシが? 仕事しねえクズが一年に一回しか恋人に会えないのは自業自得だろ?」


 ケーイチはロクローの腹に肘鉄をお見舞いした。番犬がごとく美女を睨みつけていたからだ。


「何、オネーサマ方にガンつけてやがんだよ。仕事しろ。ああ? オシオキすんぞ?」

「ケーちゃんが悪いよー! うわーん」

「な、何だよ。オレは何もしてねーだろ。むしろしてやっただろ、おまえのモーソー現実にしてやった優しいご主人様に向かって何言ってくれちゃってんの」

「違うよ! おれはご主人様とちゅーがしたかったんだよ! ちゅー以上も!」

「ばっ、このクソ犬! デケー声で中学生みたいなコト抜かしてんじゃねえ」


 ロクローの口を慌ててふさいだが、後の祭りだった。店内にいる客全員が、生温かい目で二人を見ていた。

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