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帰ってきてもファンタジー!?  作者: 月見ココア
試験編 第一章「テストは利用するもの」
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04-06 更けていく夜

書けば書くほどうちの主人公が悪い奴に見えてくる不思議(汗)





彼女の行動にはさしたる目的があったわけではなかった。


それでもしいて理由をあげるなら少し気になったからだろう。


シンイチはテスト中に偽ラブレターを送ってきた者達を誘き出すと言ったのだから。


しかし彼はこのテストに初参加。実力は疑っていないが別の事で困っているかもしれない。


彼女が大幅な減点を覚悟で試験領域から離れたのは恩返しのチャンスだと思ったからだ。


あの過酷な環境で今も耐えているクラスメイトを思うと申し訳なさを強く感じているが、


助けてもらっておいて未だ何も返せていない彼に対してのそれの方が大きかった。


しかし上空から覗いてみれば不審な人物たちの影はなく彼自身は何も困っていない。


よくよく考えてみればあの事件の裏を早期に見抜いて対応していた少年である。


柔軟性や発想力という点では自分より優れているのは比べるまでもなかった。


それでも盾スキルを桶のように使われたのには目を疑ってしまったが。


されどあそこまで適応できるなら彼女は戻ってもよかったはずだ。


あるいは生徒達が自由に動きやすい夜中に再度来れば良かった。


彼か彼にあの手紙を送っていた者達が動くならその時間である可能性が最も高い。


けど彼女はその場に割り込むように突如として降り立った。


その理由を彼女自身いまいちよく理解しないまま。





ただ────彼の隣に立っていた少女のことがどうしてか目についたのだ。






───────────────────────────────────────────





その光景は本人達以外にとってはかなり奇妙に映っていた。

日が落ちたあとキャンプよろしく川辺でたき火を囲んでいる姿は別段おかしなものではない。

ただそこにいるのは学生服の少年(シンイチ)狐耳の少女(ミューヒ)青い縦ロールの少女(アリステル)狐のような生物(ヨーコ)

正体や事情を知らないと風景との違和感を覚え、知っていると奇妙に思える組み合わせだ。


「ほい」


「ありがと! あむ、あつっ、はむっ、うん、おいしい!」


「そりゃどうも。ほれ、炙っただけのリリクだがいるか?」


「はい、いただきます……はむ、んぐ、あ、美味しい。

 それにテーブルの上に出てくるのとはまた違った味わいがありますね」


「そりゃ良かった。あむ、うん。久しぶりにしてはうまく焼けた」


「え、もしかして毒見させられたのボクたち?」


「わ、わたくしも!?」


「ちっ、バレたか」


「ひ、ひどい!」


「あんまりですわ!」


「キュキュキュ」


そんな他愛のない軽口の言い合いが風向きゆえか聞こえてくる。

焼いた魚は鮎のそれとよく似ており、炙った果実は資料通りに肉の食感がある。

夜空の下で彼ら三人と一匹はそれらを面白がるように食していた。そして。


「楽しそう、だな?」


「ええ、すごくね」


同じようにそれらを食していた1-Dはその光景に半ば以上唖然としていた。

彼らからすれば天上にいる学園ツートップ相手と同級生が談笑しているのだから。

片や入学時から常に1位であり続けている十大貴族の一つを背負う本物のお姫様。

片や可愛らしい容姿とは裏腹に破天荒な噂が多い笑顔の破壊者こと狐耳の獣人少女。

方向性(ベクトル)は違えど一般人の感性を持つ彼らには近寄りがたい雰囲気を二人は持っている。

事実そのために彼らは川辺に陣取っているシンイチ達から離れた森側に野営していた。


「今更だけど欠片も緊張もしてないよな、あれ」


「分かっていたけどまじまじと見るともう異常よ、あれ」


そんな彼女たちを隣りに座らせて平然としているあの男はなんなのか。

これまでと今日の一件で普通ではないのは分かっていたがより際立っている。


「両手に花ではあるんだろうけどさ。

 あんなすごい人に挟まれると居心地悪さが勝つぞ、絶対」


「そういえば巨大な輝獣を前にしても平然としてたしな。

 異世界で少しでも暮らした奴ってあれぐらいじゃ驚かないのか?」


遠巻きに観賞しながら彼の見様見真似で処理して焼いた魚や果実を食していく。

同じ事をするのには抵抗があったがそんなプライドよりも空腹と疲れが勝った。

おかげで現在彼らにはシンイチを考察する程度の余裕が戻ってきてもいた。


「私はそれより今日のって後々テストと受け取ってもらえるかが心配よ」


「………言うなよ。俺も振り返るとすごくおかしいと思ってるんだから」


昼までのそれは結果こそ悪かったが試験といえた内容ではあった。

午後も課題そのものは無難な内容の試験だったが常に試験官が口を出していた。

その時は彼らも切羽詰っていたためにそれを深く考える余裕がなかったが、

こうして落ち着いて、空腹も満たされてしまうと疑問に首が傾く。


「で、でもおかげでなんか今日わたしたちすごくなかった!?」


されど一人の女子生徒が興奮気味に語ったこともまた同じぐらい感じている。

これまでの授業で感じていた閉塞感が一気に取り外されたような感覚さえ覚える。

ダメだといわれていた自分達。何がダメなのか理解できないまま過ごした二ヶ月。

その意味をテストという名の“彼の授業”で感覚的に1-Dは察し始めていた。


「まあな。

 必死だったのもあるがあいつになんかいわれるとスッと動けるというか」


「ああ、俺もそんな感じ。うまく言葉にはできねえけど、

 先生にこれまで言われてた事がなんとなくわかったような……気がする」


「武器を振るってるだけって奴な。

 多分だけど、イメージと身体の動きが初めて一致したんだと……思う」


それでも自信の無さがあるのは上位クラスに届いていないと分かっているから。

だが入学してからの二ヶ月で初めて得た強くなった実感は彼らに笑みをもたらしている。


「何そのいい加減な表現………まあ私も似たような感じだけど」


「ふふ、けど初めて輝獣と戦ったわりには思ったより緊張しなかったよね?」


「そりゃ午前にあんなのと戦わされたらDランクぐらい冷静に見れるわよ」


「いやお前は最後とんでもない悲鳴あげてたじゃないか」


「あんなでかいセミが飛んできたら誰だって悲鳴ぐらいあげるわよ!!」


思い出させるなと怒声をあげる女子を見て、苦笑へと変化してしまったが。

けれどその中の一人はふと、小首を傾げながら思い浮かんだ疑問を口にした。


「ハハハ………ん、あれ?

 それってつまりさ、あいつがBランクと戦わせた理由ってそういうこと?」


「そういうことって、どういうこと?」


「だ、だから! 俺達に輝獣を慣れさせるためっていうか。

 とんでもないの相手させてその後を楽にさせるためっていうか……」


適切な表現が浮かばないのか尻すぼみになっていくが周囲の顔はハッとしている。

アレが無ければ果たして自分達はDランクとはいえ今日のように戦えたのか。

あったおかげで適度な余裕と緊張を今日の自分達は持てていたのではないか。


「あいつは俺たちの実力を見るためみたいな事をいっていたけど?」


「………それも見てたんじゃない?

 いまになって気付いたんだけどさ。

 あたしらの班分け、前衛向きと後衛向きが偏ってないんだよね」


「あっ……マジだ」


全員が周囲を見回しながら班分けの構成を思い出して愕然とする。

いくら落ちこぼれのDクラスといえどそれでも得意不得意はある。

武器を持って動くのが得意な前衛向きの子やスキルを放つのが得意な後衛向きの子。

3人ずつの10班とはいえ、いい加減な班分けではどちらかに偏った班が出る。

それがないということはバランスを考えての編制だったのだと考えるしかない。


「あのさ、言おうか言わないか悩んだんだけどさ。

 この食い物もあいつが取り方を見せてくれなかったら取れなかったよな?」


「あんな風にスキルを使ってもいいなんて思ってもいなかったからな。

 授業以外では基本使用禁止だったし普通の使い方以外は考えた事もなかった。

 あれ無しじゃ例え取れたとしても全員が満足できるだけの量だったかは………」


難しかったはずだと全員が声にはしなかったが確実に思っていた。

おまけに“見えるような位置”で下処理をやって火を起こして焼き始めた。

それも含めてこの場にいる全員が使える下級スキルをふんだんに使って、だ。


「うわっ、なんかいま背筋ゾクッてした!」


訳も解らず背中に氷塊が滑り落ちるような寒気を感じる。

今日起こったことは間違いなく代理試験官がやったことである。

ならば彼の思惑通りになっているのはある意味において当然のことだ。

理屈ではそう解っても掌の上で転がされた事への畏怖と不快感は消えない。


「あいつもしかして教官とか指揮官とかの適正めっちゃ高いんじゃねえか?」


「ああ、ガレストにもいるって聞くわね。ステータスは低いけど頭いいって人」


ステータスの高さにおける優劣や分担はあくまで戦闘職に限られた話だ。

そしてどの世界であろうとも強い者だけで軍を構成するのは無理がある。

補給や斥候、整備といった後方支援を行う者や全体指揮を取る者も必要だ。

ガレスト軍にも当然存在しており、また必ずしもステータスが高いとは限らない。

実の所、低い方が職業選択の幅という点においては有利に働くケースが多い。

花形の戦闘職が注目されているためにあまり地球では知られていないのだが。


「あっちでそういうの学んでたってこと?」


「指揮の授業とか2年生からだもんな。それ以外する気ないって奴?」


彼が帰還者だと知っていてもどういう過程で戻ってきたのかを彼らは知らない。

表向きのそれすら騒動の種になりかねないと担任教師までで止められている。

だから1-Dはその得体の知れなさを“そういうこと”にしておきたかった。


「どうでもいいよ」


ただ一人、それを疲れ切った顔で切り捨てた生徒の声に全員の視線が集中する。


「ヤマナカ?」


「俺はそれよりも明日なにされるかの方が気になるよ、はぁーー……」


盛大な溜め息と共に吐き出された不安は一気に他の生徒にも広がった。

とんでもない無茶から今日は始まった。ならば明日はどんな目に合わされるか。

一気に顔を青ざめていく彼らは互いに目を合わせて心を一つにして一斉に頷いた。


「もう寝よう!」


「ええ! せめて体力だけでも回復させたいわ!」


輝獣避け(フィールドバリア)はもう張っておいたから今夜一晩はOKなはず!」


「「「「じゃ、おやすみなさい!」」」」


そしてクモの子を散らすかのように彼らは各々のテントに潜り込んでいった。

余程今日のことが、ひいては彼の存在がトラウマになってしまっているらしい。


「…………一応これで貸し借り無しだからな、代理試験官」


最後に残ったヤマナカは苦虫を噛み潰したような顔で誰にでもなく呟く。

一挙手一投足すべてが気にいらない相手だが、助けられたのもまた事実。

この程度とはいえ援護をしないという選択肢を彼は取りたくは無かったのだ。

だが明日もまた無茶苦茶なことを言い出したら噛みついてやると息巻いて、

火の後始末をすると彼もまた自分のテントに入って眠りにつくのだった。

ただ自分が皆を誘導した手段が彼と同じだと気付くのはまだ先の話である。






そうして1-Dが一人の生徒の誘導もあって寝床に入り込んだ頃。


「───というかさ。いいかげんボクつっこんでいい?」


三人と一匹の食事が一段落ついた辺りでミューヒはにこやかな表情で確認をとった。


「なにがですの?」


「いいんじゃないか、別に」


「許可が出たので……それでは、こほん」


意図を理解せず首を傾げる少女と苦笑しながら理解している少年。

それぞれの発言を受けて彼女は居住まいを正して咳払いすると一気に吠えた(・・・)


「いきなりどうしてここにやってきたのかなアリちゃんは!?

 そのくせいつのまにイッチーと親しげになってるの!?

 少し前まで無視されてたのすっごく怒ってたよね!?

 それに仮にも特別科のクラス委員がこんな所で油売ってていいの!?

 いつも一緒の従者筆頭ペアがよくこんな行動許したよね!?

 ううん、絶対許さないと思うからアリちゃん黙ってやってきたよね!?

 しかも余所のエリアで食事して過ごしてるのって本当は減点行為だよ!?

 そしてなにちゃっかりイッチーの隣に座ってるかな!? しかもけっこう近い!!」


「ひゃあっ!?」


「おおっ、ノンブレス」


怒涛の勢いで疑問の叫びを叩きつけられ本人は驚くが少年は賞賛していた。

主に息継ぎ無しでそこまで言い切った点に関してなのが微妙であるが。

ちなみにどうしてか彼女の横で食事していたヨーコは苦笑を浮かべている。

“ああ、ついにここでも始まるのか”と呆れと感心を覚えた表情で。


「ル、ルオーナさん、わたくしは別にこれまで怒ってなどいません!

 ただ色々と戸惑っていただけで……それに親しげだなんてそんなまだ……」


誤解ですと訴えながら照れたように頬を染めたのを見てヨーコは小さく拍手する。

自分に向けられた物と勘付いた少年は舌打ちと共に睨むが彼女は肩をすくめるだけ。


──さすが主様、いつも通り手が早い!


──やかましい! 茶化すんじゃない!


──はいはい、私は静かにしてますよ


そんな無言の応酬があったとか無かったとか。


「…………へぇ、ボクの質問でまず気になるのはそこなんだ?」


しかしそんな主従の攻防には気付かず感心したように彼女はそこを突いた。

あれだけ怒涛の勢いでいくつも放った疑問の中で彼女が一番に反応した事実は大きい。

常と変わらずニコニコとしているが知らずその声には不機嫌さがにじんでいた。


「ふえっ!? いっいえっ! だって最初にした質問は!」


「どうしてここにきたのか、だよ。アリちゃん。

 でも、うん。その反応で他の質問もだいたいわかったからもういいや。

 驚いたけどアリちゃんも女の子だったんだね、ボク嬉しいよ」


「な、なんですかそれ! 勝手な解釈で納得しないでください!

 わたくしは特別科のトップとして全生徒の様子を見回ろうと自主的に!」


「うんわかってるよ。そういうことにしておくね!」


「っ~~~!!」


実際それが周囲を誤魔化すためのお題目であったのは否定できないのだが、

彼女の全く信じていない態度での恩着せがましい口調にはなぜか屈辱を感じる。

感情が沸騰しかけるがそれこそ相手の思う壺だとギリギリで抑えて息を整えた。


「ふうぅ……わかりました。好きにお受け取りなさい。

 確かに推察通りリゼットやオルトを納得させるのにくたびれましたが、

 それも自分の目で皆のことを見て回るため。その中でも彼は最も不慣れ。

 わたくしが気を回して会いに来ても何も不自然なことではないのです。

 ええ、そうですとも! 学園トップのわたくしが負うべき当然の責務ですわ!」


そして自信満々に何も問題もなければ他意もないと言い切った彼女なのだが、

あまりに言い訳染みた言葉を使っているが彼目当てで来た事を告白してしまってもいた。

自ら掘った墓穴に気付かずにどうだと本気で胸を張る姿に思わずミューヒは吹き出してしまう。


「ぷっ、ふふっ、あははっ! 嘘でしょ、あのお嬢様をよくもまぁ!」


実力はあるが典型的な高飛車のお嬢様にしか見えなかったのに。

何をどうやったらそんな彼女をここまで壊せてしまえるのか、と。

そんな言葉を裏に隠して原因であろう少年に意味ありげな視線を向ける。


「…………そこで俺を愉快げに見るな。

 以前がどうだったか知らんが根っ子はこういう奴だろうが」


傲慢なお嬢様を気取るにはあまりに生真面目で自分に疎い少女。

それが彼女の素だと少年はなんでもない事のように淡々と語った。


「アハハ、あっさり言うよねぇ。ボクも誰も気付かなかったのに」


「え、え、お二人とも何を仰ってるのですか?」


「ああ、ううん、なんでもないよ。

 でもねアリちゃん。そういうことならもう帰ってもいいんじゃない?」


先程まで声に乗っていた不機嫌さはどこにいったのか。

心底楽しそうに笑いながら誤魔化しつつも彼女の発言の穴を突いた。


「イッチーはこういう場の方にこそ慣れてるみたいだし、

 ある意味スキルの“使い方”はもしかしたらボクたち以上かもしれない。

 少なくともテスト期間中特別科の上級生の手はいらないんじゃないかな?」


「そ、それは………ってそれならあなただって同じでしょう!?」


痛い所を突かれたと言葉に詰まりかけた彼女だが相手もほぼ同条件だと勘付く。

けれどその程度でこの狐娘は動揺することもなく常の笑顔で即座に言葉を返す。


「ボクは正式なお世話係だし、今日の合格点はもう取ってるもん。

 ちゃあんとこういう行動に出ることの許可も先生から取ってるし」


「それも同じです!

 ランキング上位者の責務ならわたくしにもありますし合格も許可もとりました!」


「…………なぜだろう。どっちも教師を笑顔で脅してる光景しか浮かばん」


勝負になっていない言い合いを横目にどちらにも聞こえないように呟く。

むしろ彼女らに強く言われて否といえる教師はそれこそフリーレぐらいだろう。


「へぇ、アリちゃんそこまでしてイッチーに会いたかったんだぁ」


「───っっっ!? なんでそうなるんですか!!??」


「わっ、真っ赤!」


笑うミューヒと顔を赤くするアリステルの様子はどちらが上手か如実に語っている。

勝負になっていないのは完全にミューヒの方が相手の反応で遊んでいるからだ。

シンイチも分かっているが止めに入ることも間に入る事もしていない。

元よりムキになって必死に応戦している少女は見て楽しむものなのだから。


「……キューイ」


「そんなジト目で見るな、悪趣味なのは自覚してるよ」


ただ改善する気がないのだと態度で示す主人に彼女は小さく溜め息をこぼす。

調子が戻ってきているのはいいがそれに振り回される者の事を思うと肩を落とす。


「ふざけないでください!

 わたくしは純然に責任感からここにいるのです! 決して私情などではありません!」


「ええっ~違うの?」


「ち・が・い・ま・す!」


「なら、本当にもう帰ってもいいんじゃない? だってさ──」


一方だけがヒートアップしていく言い合いの中、狐娘は軽やかな動きで、

そして恐ろしく自然な動作を見せて何の遠慮もなくシンイチの隣に座った。

既にアリステルがいる場所とは反対の位置から挟み込むように。


「っ! ちょっとルオーナさん!?」


それだけならばアリステルとて驚きこそすれ目くじらをたてることはなかったろう。

しかし彼女はあろうことか彼の腕を取ると身体を寄せながら躊躇なく抱きついたのだ。


「──ボクはイッチーと一緒にいたいなぁ、って気持ちもあってここにいるんだよ」


「…………」


取った手の指に自らのそれを絡ませて恋人同士のような繋ぎ方をしながら微笑む。

それにどこか勝ち誇ったような笑みが込められていたのは果たして気のせいか。

不思議とそれをやられた側のシンイチはどうしてか無反応を貫いていたが。


「ちょっ、え、な、なにを……は、離れなさい!

 このわたくしの前で、しかも試験中にそのようなふしだらな真似は許しませんよ!

 だいたいもう充分に一緒にいたでありませんか。次はわたくしです!」


それらが癪に障ったのか。あるいは最後に漏れた言葉が本音か。

身を乗り出すようにしてシンイチを挟んで彼女に鋭い視線を送る。

しかしミューヒはそれを見ずに間にいる彼の顔を見ながら皆に聞こえるように囁く。


「ねえ、義務感だけで来てる子なんて放っておいて、ボクと夜の森を散歩でもしない?」


「へ、ふえっ!?

 よ、よよ夜の森をっ、ふ、ふふ二人っきりで、散歩………ふっ、不潔です!」


「あらー? 何を真っ赤になってるのアリちゃん?

 ボクはただ一緒に散歩しよって言っただけだよ。

 いったいぜんたい何を考えちゃったのかな座学トップのお嬢様は?」


「─────っっっっ!!」


少女と少女の言い合いは本当に勝負になってない。

一方の誘導する言動がうまいというべきか。一方の想像力が逞しいというべきか。

前者はおかしそうに笑っているが、後者は顔を赤くして悔しげに唇を噛んでいた。

よく見れば鋭く相手を睨んでいる瞳が若干濡れているのが見て取れる。

女同士の駆け引きに免疫がないのか今にも泣きだしてしまいそうである。


「そこまで」


「え?」


それを見て、まるで審判のような厳かさで彼は彼女にストップをかける。

虚を突かれた隙をついて器用にするりと彼女から腕を解放すると額を弾いた。


「っいた!?」


「俺の真似をするなら泣かすまでやるのは感心しないぞ」


「………えええ、叱るのそこ?」


「わ、わたくし泣いてなどいませんよ!?」


指で弾かれた額を痛そうにさすりながらその中身に目が点になるミューヒ。

彼のからかい方を真似たのは事実だがまさか加減を叱責されるとは思わなかったのだ。

その影でアリステルが涙声で叫んでいたが幸か不幸か聞いているが誰も反応しなかった。


「あとな」


「え、あ、ちょっと!?」


くすりと笑ったシンイチは乱暴に彼女の頭をぐしゃぐしゃ撫でまわした。

髪も狐耳も関係なく頭ごとシェイクするかのように彼はそれを続けた。


「イッチー、まっ、わっ」


「震えるぐらい苦手なら悪乗りで自爆するんじゃねえよ」


「っ! あ、あ、ううっ」


そうして呆れながらも気遣う声で小さく呟きながらその手を指差す。

自らの意志で彼の腕を掴んだはずのそれはどうしてか小刻みに震えていた。

怯えではないのは少女の頬に僅かに赤みがさしているのを見れば分かる。

それは決してたき火の灯りに照らされているからだけではないだろう。


「………なるほど、そういうことですか。

 人を散々からかっておいて、あなたも随分とウブなようですね?」


「あ、あは、あははっ………」


耳聡くそして目聡いお嬢様の反撃にさしもの狐娘も乾いた笑みをこぼすしかなかった。


「いってやるな。提案そのものは悪くないと俺も思うからな」


「提案?」


微笑を浮かべながらやんわりと彼女の反撃を止めると静かに立ち上がりながらいう。

そして何の事だと訝しむアリステルに向けて手を差し出すと柔らかな声で誘った(・・・)


「一緒に夜の散歩でもしない?」


「え……え?」


「はい!?」


突然のそれに彼女らそれぞれが目を剥いた事など気にもせず彼は微笑んだ。

平々凡々としか言いようがない顔を持つ彼だが、それゆえなのか。

柔和な笑みを浮かべるとその相貌はかなり優しいものに見えてくる。

ただ一匹それを見て、自身の顔を前足で覆って天を仰いだ生物がいたが。


「減点覚悟で俺を気遣って来てくれた相手に簡単な食事だけってのも悪いからな。

 楽しませられる自信はまるでないが、良ければ少し散策でもしないか?」


「あ、え、そ、そんな気を使わずともよろしいのですよ……」


その無言の嘆きは少なくともその笑みで真正面から見詰められた彼女には届かない。

言葉の上ではやんわりと遠慮しているのだが差し出された手を頬を染めながら見詰めている。

もう一人の少女でさえ、どうしてそんな流れになったのかを理解できずにいた。


「ちょっ、ちょっと待ってイッチー。

 つかぬ事を聞きますが、アリちゃんどこに連れ込む気?」


「つっ連れ込む!?」


「え、あの辺りの森の………奥の方か」


「奥!?」


そういって彼が指差した方角を見てミューヒは─誰かの叫びは無視して─訝しむ。

そちらはもうDランクの試験エリアではない。別ランクのエリアのはずである。

しかしますます訳が分からないと彼女が首を傾げている間に彼は次に進んでいた。


「それで、ダメ、かな?」


少し困ったような不安がっているような表情を浮かべて再度誘う。

まるでこれ以上は誘わないと暗に告げてきたようなそれに慌てて彼女は手を取る。

傷一つないわりには硬く、細いわりに頼りがいがあると知っている手をしっかりと。

その所作はさすが名家のお嬢様といえるほど堂に入ったものであった。が。


「そうですわい。折角のお誘いを断るのも無礼でありんす。

 お受けすることは別段やぶさかではないのでありまするでございます」


「わぁ、すっごい平静を装ってるんだろうしイッチー聞こえてないだろうけど、

 いまアリちゃんさ、すっごいおかしなガレスト語を喋ってるよ」


「大丈夫、日本語としてもだいぶおかしいから問題ない」


「……あるんじゃないかな、それ?」


最新の翻訳機ですら修正できないほど彼女はかなり言葉を間違えていたらしい。

彼女は無感動な声で呆れていたがシンイチはそれを笑いながら見詰めている。

唯一言った本人だけがそれに気付かずに手を握ったままその先を促した。


「エ、エスコートはお任せしますわ」


「かしこまりましたよお姫様、それでは」


「っ、特別ですわよ?」


手を引かれる形で立ち上がった彼女は差し出された腕にわが身を寄せて歩きだす。

美女と野獣ほど不釣り合いではないが姫と平民ぐらいの落差は存在する。

ただ姫の方が緊張しきっているのに平民が妙に落ち着いているのがおかしいが。


「………異性に誘われるのも腕を取るのも初めてじゃないでしょうに」


呆れた声色のまま彼にぴたりとくっついて歩く姫の後ろ姿を眺める。

アリステルの立場上ガレストの社交界で似たような事を幾度も経験しているはずだ。

それでも挙動がおかしくなっているのは相手を異性として意識している証拠であろう。


「本当に、いつ、どこで、どうやって、落としたわけ?」


アリステルの変装もあの場に彼がいた事も知らない彼女はそこがかなり謎であった。

とはいえ様々な意味で動向を見ておきたい二人が固まって動いているのは事実。

ならば自分はどうすべきかとまだ数歩先しか離れてない彼らを見ながら考える。


「……ふっ」


それをまるで見越したかのように肩越しに彼は振り返って笑みを浮かべる。

ミューヒが思わず呆然と思考停止に陥りかけてしまうほど、とんでもない笑みを。


「……まーじーでー?」


先程までの好青年の見本のような笑みはどこに消えたのかと彼女は訴えたかった。

傍目に分かるほど目に邪まな色を混ぜて口角だけを釣り上げて笑う彼はどこまでも邪悪。

はっきり言おう。任務云々以前に同じ女として止めるべきだと頭で警鐘が鳴った。


「イッチー、何をしにいく(・・・・・・)気?」


慌てて跳び上がるように追いかけるも平静を装って質問を投げかける。

この時点で彼女の目に彼は贔屓しても女の子を暗がりに連れ込む男にしか見えない。

だが誤魔化しを懸念した答えは意外にもすぐに返ってきて、まだ甘かったと頭を抱えた。


「ああ、じつはな。この辺によく分からない反応があってな」


「は?」


そういって彼が指差した先に浮かび上がったモニターに周辺地図が映る。

そして隣接エリアで赤く点滅する複数の光点が徐々に近付いている事を示していた。


「ま、さか………アリちゃんストップ! こいつ君を使う気まんまんだよ!?」


それだけでそこで何らかの問題か騒動が起きているのだと容易に想像できる。

そこへアリステルを連れて行くというのだからその意図は至極簡単な話だ。

この学園においての問題はたいてい彼女の一喝で止められる可能性が高い。

だからこそ、待て、と彼女はアリステルに訴えたのだが。


「やだ、どうしましょう!

 一応着替えてはいますけど湯浴みはしてませんのに。

 いきなりこんな……積極的に、ああ、なんてこと!

 きっとこのまま暗がりに連れ込まれて……ひゃぁぁっ、そんなことまで!」


本人は熱が入った目で顔を真っ赤にしながらいやいやと体を揺らしていた。

思わずあんた誰だと突っ込まなかったヒナの自制心はかなりのものである。


「こらーーーっっ! 戻ってこい、このちょろエロ娘!!

 よく見ろっ、こいつ今すっごい悪い顔で笑ってるぞ!!」


完全に自分の─妄想─世界に入り込んでる彼女を怒鳴りつけるが戻ってはこない。

ただ彼が笑っているのはヒナが自分のキャラを忘れて叫んでいるからなのだが。


「で、どうする?」


「なにが!?」


「ついてくる? 来ない?」


「っ、わぁ、ここでそうくるかこの悪党!?」


彼女は転入生であるシンイチの正式な世話係であり生徒会からの監視役だ。

ましてや今は同じ女性としてアリステルの扱いに文句を抱いてしまっている。

はっきり言ってしまえば同行を断る理由が何一つないが受ける理由はごまんとある。

問題があるとすれば目の前の男がそれを分かっていて行動を起こしたことであろう。

にやりと悪党顔で笑う彼の勝ち誇ったそれを殴り飛ばしてやりたいのを彼女は我慢した。

代わりにできる限り意趣返しのつもりで彼女はキャラを忘れたまま言い放った。


「ぐぬぬ……い、いつか絶対に()が背中から刺してやる!」


「ふふ、期待して待ってるよ」


しかし効果が無かったため彼女はがっくりと肩を落としてついていく。

だから気付かない。どこかそれを本当に期待する声が混じっていたことに。


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