その、出会い(再会とは呼べない)7
居住区に立つビル群が作り出す、その谷間といえる大通り。
昼間ならともかくこの時間この区域は元より外出者は少ないのだろう。
コスト問題から点在している街灯だけが光源となっている区域。
人払いの結界によって不自然なほど人気が無くなった空間。
そこで白銀の斧槍と黄金の大盾が幾度目かの激突を見せた。
それはかの遺跡での対決と組み合わせは同じでも、衝撃は段違い。
周囲の鼓膜を震わせ、突風じみた風圧にさらす程度であったのが前回。
余波で地面が罅割れ、巻き起こる烈風でビルに亀裂が走るのが今回。
「こ、のっ!」
「ッ!」
そんな破壊をもたらす一撃同士だ。
斧槍と大盾の使い手たちもただでは済まないのは自明の理。
互いの獲物が明後日の方向に跳ね上がり、彼女達は大きく後ろに吹っ飛んだ。
大盾の女は両足で踏ん張り、足首が埋まる深さの轍を地面に残す形で威力を
減衰させながら両腕ごと弾かれてしまった大盾を突き立てて完全に止めた。
一方斧槍の女は真横に流れた穂先をそのまま建物の側面に突き立てて減衰。
ビル一階壁面に長い横一文字を入れながら勢いを殺して止まる。
奇しくもそれは激突地点からほぼ同距離で、タイミングも同じ。
ただ違ったのはメリルには味方がいた点であろう。
遠距離攻撃を得意とする『弓』のケヤルが。
「……っ」
停止の瞬間ステラは1メートル手前まで迫った不可視の矢を認めた。
目視できずとも周囲の光景と若干のズレや歪みのあるシルエットは矢。数は三。
斧槍は半ば壁面に埋まり、力尽くで体を止めた反動は次の動きを鈍くする。
そのタイミングを狙い、音さえ立てず、この距離まで彼女に気付かせなかった。
さすがは女神の弓の担い手か。
されど相手もさるもの。斧槍を握るは右手。空いている左手。
その人差し指がピンと上がった。
途端。
「くっ!」
距離があり、盾の後ろにいたメリルが呻くほどの熱波が襲う。
不可視の三本矢をまとめて消し飛ばす火柱があがったのだ。
一瞬で周囲のビルに匹敵する高さまで。
「迎撃されるとは思ったけど、溜めなしでなんつー火力!」
「さすがはアースガントのロイヤルメイド殿。
無詠唱の高速発動なんざ必須技能ってわけかい……しっかしまた火魔法か」
轟々と逆巻く炎の柱は赤々として色合いで周囲の闇夜を染め上げ、目に痛い。
それでもゆっくりと斧槍を引き抜く彼女から目を離さないままメリルは、だが
意味ありげな笑みを浮かべていた。
「姉御?」
「いや、なんかどっかで流行ってた民間占術を思い出しただけさ。
性別と好きな魔法の組み合わせで性格を読むとかなんとか…」
「…得意魔法別性格診断っすか?
根拠ゼロの与太占いなんて話してる場合じゃないっすよ!?」
「確か火属性をつい多用する女は根が情熱的で強い愛の持ち主、だったかね?
なんだい、けっこう当たってるじゃないかっ!!」
斧槍の長柄を両手で掴み直した彼女の、幾度目かの突撃が迫る。
迎え撃つようにメリルもまた地面を蹴って、こちらを狙う穂先を盾で弾く。
ギンッという鈍い音と重い衝撃が走るも斧槍は反らせた。されど視線はまるで
ぶれていない。自分達を温度の感じられない無の瞳で瞬きもせず見据えている。
まるで知性や感情が無い虫型魔獣の目のよう、と思ったのは適切か失礼か。
ただの動く的。屋敷にたまる埃。衣服の染み───だから消す。
今の彼女から唯一感じ取れる意思はそれだけだった。
───随分と入れ込まれてるねえ、あの坊や!
「ハッ!」
何がおかしいのか。
付き合いの長いケヤルでなければ分からない喜色の強い笑みがこぼれた。
弾いた斧槍が肉体構造あるいは負担を無視した動きで戻って来るのを大盾から
二つに分裂させた小盾で殴りつけるように両手で迎撃していく。
両腕で振るう長柄武器が相手なら手数で勝っているはずだが巧みな柄捌きと
小刻みに放たれる炎弾が差を補い、拮抗している。
「ケヤル! 上は任せたよ!」
そんな斧槍と小盾達の殴り合いを続けながら相棒に指示を出す。
伸びきった火柱は地表からは消えている、ように見えていた。
実際は上空にひっそりと集まって今にも降り出してきそう。
「あいよ姉御! でも楽しむのは程々に!」
「そいつは無理ってもんさ!
こんな遠慮なくやり合える相手なんて早々いないんだよ?」
余裕がないとばかりに微塵も彼を見ないまま浮かぶ獰猛な笑み。
ケヤルは肩を竦めると弦を引き絞り、どの矢を使うべきかと上空を見据える。
久しく出会えなかった、求めていた、好敵手の登場に悦ぶ彼女の邪魔を
させないために。
だからもう一つの本音は聞き逃していた。
「───あのアホ女が救った命がこんな繋がり方したんだ。
この程度の小躍り、許してほしいもんだねっ!」
果たして、それは小躍りなどと言えるものではなかった。
「「…………」」
少なくとも目撃者たちは声を失い続けるものでしかない。
落ちてくる炎の幕を打ち消さんとする地上から撃ち上がる黄金矢の雨。
氷と風、どちらかを纏った矢群が滞留していた炎雲を消し、散らす。
その真下。水の蒸発音と爆風消火のような衝撃を頭上に置きながら長身と巨躯
というある種似て非なる体格の女性同士が激しい衝突を繰り返していた。
ラナとジェイクはそこから50m以上は離れた建物の影から顔を覗かせながら
様子を窺っているが、若干血の気が引いている。無理もあるまい。
その距離でも激しい金属音と重い衝撃波をしっかり感じ取れているのだ。
実際の威力の程は薄ら寒いほどに察せられる。
自分達は良くて一回しか耐えられない攻撃の、乱撃乱舞。
しかも遠目にも分かるほど当人達の片方は笑顔、片方は無表情。
形は違えど余裕が見て取れるのでふたりは寒気すら覚えていた。
「…………どうしようジェイク?」
だから言葉もなく黙って見ているだけになっていた両人であったがそれにすら
耐えられなくなったラナが隣の恋人に本心から問いかける。
自分達はどうすべきなのか。
捜索対象だった彼女が見知らぬ誰かと戦っているだけなら撤退や監視あるいは
介入は現実的な選択肢と思えた。だが想定以上の実力を見せつけられ、しかも
その相手もまたこちらが探していた人物達となれば全ての前提が狂ってくる。
どの選択肢も正しそうで、だが間違ってもいそうで、選べない。
「二対一でメリルさまたちと互角なんて……」
「いやそれだけじゃない、どっちもまだ様子見している感じだ」
「……え?」
「もういっそ笑える実力差だけど、互いに決定的な隙を窺っている空気は解る。
証拠にどっちも、その、何だ……大技らしきものは出してないだろ?」
「っ!」
ジェイクが言い辛そうに最後に告げた指摘。
意味を理解できてしまったラナの顔は引き攣る。
確かにその戦闘は激しい。自分達ではどの一撃でも吹っ飛ばされる。
けれどそれは各々の武具での打ち合いと牽制や手数目的の攻撃魔法。
あれは、超人同士の激闘に見えるアレは当人達からすれば小手調べの範疇。
「そんなの……ハハッ、どうしろっていうのよ。
拠点に連絡はしてあるけど、あっちがどう動いてくれるかは分からないし」
「通信魔導具っていっても送信専門だもんな、それ。
回数制限と文字数制限でこの状況を細かく説明もできねえし」
「…いっそ、ダメ元で不意打ちでもかましてみる?
そよ風の一撃でも拮抗が崩れたら後はメリルさまたちが決めて…」
「分かってて言ってるだろラナ。
見てみろよ、あの魔導障壁の厚み。それが全身でずっとだぞ?
俺達の全力の一撃でもそよ風にもならねえ……きっと無視だぜ、無視」
「それ、足手まといが出来たメリルさま方が追い込まれるオチだよね?」
揃った苦笑は、だが自分達の無力感を誤魔化すものでしかない。
ラナもジェイクも若くして聖女の側仕え・護衛として選ばれるだけの実力は
あると自負しているが戦局を左右できるだけの一角の武人・達人かと聞かれれば
悔し気な顔をする若さと共に首を振れる冷静さを持っていた。
そこもまた護衛として買われている部分ではあったが、気持ちが焦る。
聖女シンシアならばあそこに割って入れる確信があるためだ。
そしてその時、自分達はついていけない。
「っ……」
小手先の技術や経験では迫れない、基準が違う戦場は見た目以上に遠い。
「…………昔、よくさ」
「うん」
その途方もない距離を歯を食いしばるように見ていたジェイクだが、
ふとそんな自分を意識して緩めると雑談の空気感で恋人に語り掛ける。
「アイシスさんが言ってたんだよ。
一番すごい奴っていうのは『何もしない』が出来る奴だって」
「なにも、しない?」
「いざって時に余計なことをしない奴って俺は解釈してる。
まあ、あの人が本当に言いたかったのは多分、意外と余計なことをする奴は
多いから油断するな……俺達自身にも、って所じゃないかな?」
「……うん、私達が手を出すのはダメってわかってるのにね。
何かしなきゃって気持ちだけが先走って何も考えずに飛び込んじゃいそう。
さっきジェイクをそれで叱ったばっかりなのに」
「反省してるので、そこ蒸し返さないでくれます?」
あははと笑い合う様子は明るいが、双方の顔は若干暗い。
『何もしない』をしなければならない事実が心に重くのしかかっていた。
現状はまだいい。戦況は拮抗している。メリルたちが劣勢な訳ではない。
だがそれはこの先どちらに戦いの天秤が傾くか分からない事も示している。
そして仮にメリル側が追い込まれた場合、自分達は何も出来ない。
否、何もしてはいけない。
自分達が加勢しても足手まといにしかならない敵に向かっていって
全員が共倒れするのが一番避けなければならない結末なのだから。
「っ…」
頭では、解っている。
焦る感情と切れてしまいそうな理性を、痛いほど拳を握りしめて抑え込む。
それでもせめてと戦いの趨勢をじっと見守る。目で追うのが精一杯だとしても。
「あ、れ?」
だが、そこで、ふと。脳裏に蘇った誰かの姿があった。
今の自分と同じように目だけは離すまいとずっとこちらを見ていた、誰か。
同じように拳を握り、この時ばかりは歯を食いしばっていた、誰か。
「ぁ……お前は、いつもこんな気持ちだったのか?
俺達がそれに気づかなかったから、だからあんなことになっちまったのか?」
「ジェイク?」
今更過ぎる気付きは、本当に今更過ぎて自分を誤魔化す失笑すら出てこない。
彼は変わらずただただメリルたちの戦いを見てるだけ。それはまるでかつての
仲間が抱えていた無力感を、追体験してるかのようだった。
───先に仕掛けたのはメリル。
ただそれは隙を見つけた訳ではなく「痺れを切らした」が正確だろう。
このままでは千日手だという冷静な判断もあるにはあったが1割程度。
何せたいていの相手は『盾』で殴れば潰せる。当たらない、ならともかく
身体強化込みとはいえその細腕で互角に殴り合ってくれる相手は久しく無かった。
血が滾る。戦場の高揚に酔う。顔が獰猛に笑う。
「おっ、らあっ!!」
だから、大盾を放り投げた。
彼女の巨躯を覆い隠せるほどのそれが空を滑るかのようにステラへ迫る。
十歩は必要だった距離を一息にゼロにしかねない速度とここまで彼女が散々と
味わったその堅牢さの組み合わせはもはや質量兵器のたぐいといえよう。
常人なら怯んだ隙に直撃し、盾で真っ二つに押し潰される。
「……」
だがいくら速くとも一直線に進む人間大もの物体である。
それも不意打ちに投げつけられたわけでもなく真正面からの投擲。
防御や迎撃は危険だが、回避はさして難しい行為ではない。
尤も、彼女ならば、という注釈は必要だが。
トン、と軽い足音。
ステラは向かってくる大盾にタイミングを合わせて跳んだ。
盾に遅れる形で突撃してくるメリルを、剛腕という素手となった彼女をそのまま
斧槍で真っ二つにせんとした目算からだろう。
だが突然の衝撃にご破算となる。
「フッ」
「っ!?」
果たして、ステラが事態を理解できたのはどのタイミングであったか。
真下からの衝撃に体が弾かれた。おそらくその直後であろう。何せ見れば解る。
飛び越え途中の盾が巨大化していたのだから。
「悪いね、そいつのサイズは自在なのさ!」
自らの巨躯を覆えるほどの大盾からマスト三本ほどの帆船規模へ。
しかも予兆やその過程も無く、入れ替わったのかという瞬時の変容。
さしもの彼女も反応しきれず衝突事故のように弾き飛ばされていた。
尤もそれで意識を奪う、重傷を負わせる、という期待は最初から無い。
実際彼女は空中で体勢を整え、涼しい顔で再び地面に降り立とうとしていた。
だからメリルは自ら投げつけた盾を追いかけていたのだ。
「フンッ!」
巨大化した盾は、それゆえに彼女の伸ばした手が容易に届く。
普通に考えればいかに剛腕といえどその巨体の勢いを殺せるものではない。
しかしこれは普通の盾ではない。女神の力を宿した『神装霊機の盾』である。
担い手の手が触れた途端、慣性を無視してぴたりと止まった。
そして。
「こういう体だからよく勘違いされるんだが───」
ふわり、あるいはスッと。
帆船サイズの巨盾がメリルの片腕だけであっさりと持ちあがった。
その先端は隣り合う建造物群に引けを取らない高さがあるというのに。
「───こいつの重さ、私にだけ影響しないんだ」
音も無く着地した瞬間のステラへ。
聞いているのかいないのか不明な無表情へ獰猛な笑みと共に告げた。
瞬間、巨盾が落ちる。棒切れでも振るったかのような軽々しさと速度で。
およそ盾とは思えぬその巨大さを活かした、一人が一人に向けた面制圧。
ドゴンッと腹の底にまで響く轟音と衝撃が周囲を揺らがした。
加えて、理屈としては団扇で扇いだような形で空間そのものから追い出された
激しい突風が吹き荒れ、少なくない粉塵が舞い上がって視界を濁らす。
さながら爆撃か爆破解体でもしたかというそれは、だが。
「ん?」
メリルの眉根を不可解だと寄せさせる。手応えが妙であったのだ。
盾が都市大地に当たっていない。元よりこの一撃はステラを仕留めようという
目的で振るったものではない。避けるにせよ受けるにせよ次の行動の制限が
狙いであったのだが、メリルの感覚はそのどちらも否定していた。
避けたのなら盾は地面に叩きつけられている。受け止めたのなら今も相手が
抵抗している感触が伝わってくるだろう。しかし実際は地面に当たっておらず、
何かに当たっている感触はあるが人間特有の微細な動きすら感じない。
「…これは…」
予感にメリルは体を屈めるようにして盾の下を覗き込む。
ここで至極当然の話となるがこれだけ巨大な盾だ。サイズを変えないまま
下敷きにした何かを確認する場合一度盾を上げるかこうするしか方法が無い。
「っ、武器だけ?」
さしもの彼女も困惑した。
よほど清掃が行き届いた都市なのだろう。舞い上がった粉塵は少なく、薄い。
街灯のおかげで視界を覆うほどの闇夜でもない。それは盾の下といえども同じ。
だからこそステラがいたはずの場所に置かれているものを即座に認識できた。
巨盾を支えるつっかえ棒のように立つ一本の斧槍を。
あり得なかった。
何度も殴り合ったのだ。あの武具の頑強さが己が『盾』に匹敵するのは解る。
しかしこの都市の地面は違う。魔法強化を施さない物質としては頑丈だが
これまでの戦闘で散々削られたのを見る限り、あの斧槍が耐えられても
都市大地の方が耐えられずあれは丸々一本埋もれるだけに終わるはず。
何によって、と目を凝らせば斧槍が立つ周辺一帯の都市大地が魔力で硬質化
されているのに勘付き────思考が余所にズレた自らの失態を悟る。
「ぐ、がぁっ!?!」
横腹を貫くような衝撃が突き抜け、そして体内で撹拌する。
そうなるように打ち込まれた、と理解させられながらもたまらず盾を落とす。
巨大質量が落下する轟音が耳に遠い。五感と意識が凶悪な痛みと酔いでまるで
自分のものではないかのように錯覚する。半ば走馬灯が見えかけた程の加速する
思考の中で襲撃者を見据える。案の定そこにいたのは重心を低く構え、腕を
突き出した姿勢のステラ。彼女は打撃の衝撃でメリルを弾き飛ばすのではなく、
それが内部で渦巻くようインパクトの瞬間拳を捻り、運動エネルギーの方向性を
コントロールした。
作られた人形のような美貌は微動だにしていないが、メリルはそこに明確な
意思を感じ取る。殺気無き殺意という、意思を。
「っ、こ、のっ!」
おかげで気絶の誘惑より生存本能が勝った。
自慢の剛腕を振るって彼女の追撃を遠ざけたのを内心、自画自賛する。
尤もステラがいた場所には置き土産のように煌めく火球が浮いていたので
儚い自慢であったが。
「───ッ!」
背筋が凍る暇さえ無く爆散したそれの衝撃でメリルは呆気なく吹き飛ばされ、
どこかの外壁に激しく叩きつけられる。
「だっ!? ぐ、かはっ、ごほっ!!
っ……ぁ、ああっ、ちく、しょ……ははっ、容赦ないじゃないか。
刃物じゃなかっただけお優しいのか盾の加護を見越してか……怖い女だ」
血反吐ごと愚痴でも吐き出すように悪態を吐く。
我を失いながらも的確にこちらを叩き潰す判断をしてくるのだから。
『盾』の加護は武器や攻撃魔法に対して強く働く性質がある。
事前にそれぐらいは知っていたのか。はたまた攻防の中で見抜いたのか。
こちらの目的を読んでの、転移魔法の発動と指定位置への出現までの時間差を
利用した奇襲だけでも拍手喝采ものなのにそれが拳打であったのはこちらへ
確実にダメージを与えるためだろう。
尤も、彼女なら加護ごと刺し貫いてきても驚かないが。
「げほっ、ぺっ……さてはて、どうしたもんかね?」
矢音──独特の風切り音や弾かれたような金属音、壁への命中音などが
どこか遠くからのように聞こえる中、再度吐血して、ぼやく。
早々に斧槍を回収した彼女を前にケヤルが自分への追撃を阻止せんと
あえて矢面に立って過剰に攻撃を仕掛けている。無謀だった。
本人もわかってはいるだろう。自分はあくまで壁役を置くか遠距離から敵を
仕留めるのが本領だと。魔法と武具を十全に扱える達人級の個人を相手に
白兵戦の距離でやり合うのは神装霊機とはいえ弓の仕事ではない。
ゆえに、それは決まりきった結末だ。
「おっと」
「だはっ!?!」
震える足を叱咤して立ち上がったタイミングでケヤルは吹き飛ばされてきた。
間合いを詰められての斧槍その一撃目は紙一重で避けれたものの流れるように
繰り出された次撃の柄が彼をボールか何かのように打ち払ったのである。
その先がメリルの腕の中であったのはせめてそちらへ飛ばされるようケヤルが
直前に自分からこっちに跳んだからだろう。
「ごふっ、がはっ……す、すいません姉御……」
「いいさ。むしろよくやったと褒める場面だ。
私が起き上がれるぐらいの時間は稼いだんだからね」
笑ってそういってやれば彼もまた痛みをこらえながら笑う。
若干照れ臭そうなのはそれが精一杯だったからか憧れの女に微笑まれたからか。
読むも問うも余裕はない。放り出すような形で立たせると斧槍片手に悠然と且つ
無言で歩いて迫る女を見据えた。
「……アレ、やっぱ殺さずに仕留めるのは無理っすよ」
「だな」
ケヤルは微塵も威嚇にならないと分かりながらも弓を引き絞る。
それだけで現れた黄金の矢その先端が鋭く彼女を捉えるがその歩みには欠片も
影響が表れない。
「とはいえ異郷の地で運良く出会えた手がかりなんだが…」
「それでこっちが殺されちゃ世話ないでしょ。
せめて俺達もそのつもりでやらないと」
「手心加えてなんとかなる相手じゃない、か……じゃあまずは…」
「なんすか、なんでもやりますよ」
軽い口調、されど強い意気込みと決意を感じる声。
相手から微塵も視線を外さすに言葉を待つ彼に、一拍置いた真剣な声を向ける。
「………盾どうやって拾おうか?」
「………前途多難っすね」
盾は迫る彼女の向こう側。
巨大化したままのそれを拾えるのは担い手たるメリルだけ。
そうなれば敵を一時でも抑えるのはケヤルがしなければならない。
尤も、それが出来なかったからこその現状。堂々巡りであった。
しかし、だからこそ彼女は笑う。
「ハッ、その方が面白いじゃないか」
「ホント姉御といると飽きないですよ!」
相方から返ったのは皮肉だが、自分と同じ笑顔ゆえに説得力が無い。
そうなればもう言葉も視線を交わす必要がない。揃って構え、呼吸を合わせる。
これまで幾度もやってきた身に染みた行動。
さて、まずはうまいこと盾を、と。
「「「っ!?」」」
瞬間、全員が一斉に同じ方向を見た。見上げた。
空だ。上空に彼女達をして無視できない気配が一つ降って来る。
「ちっ」
不快げな舌打ちはステラからのもので、すぐに彼女は飛びずさる。
途端にそこは剣の山と化した。人がひとり立っていた狭い範囲を埋め尽くさんと
地面に突き刺さった大量の銀の剣。全て美しい細工が施された芸術品のような
代物でありながら同時に命を奪える鋭利な輝きも持つ、凶器の山。
「───申し訳ありませんが」
その頂点を逆に足場として、ふわりと翼持つ人影が降り立つ。
「私の大切な仲間たちへの乱暴狼藉はご遠慮願います」
本来は黒を基調としている修道女服を白く染め上げたそれ。
穢れ無き一着を身に纏う銀髪の乙女が舞い降りていた。
瞑目したまま剣呑な顔を彼女に向けるは聖女シンシアその人。
「……ん、んんぅ?」
尤もその表情だけは何故かすぐに崩れて、不思議そうに首を傾げる。
相変わらず絶妙に行動や感情が読めない御仁だとメリルは吐きたい溜め息を
飲み込んで叫んだ。
「もしかしてあなたは…」
「来るよ! 迎撃しな!」
果たして彼女の声が先だったか。ステラの踏み込みが先だったのか。
一足で飛びのいた先にいた彼女は一足で戻ってくると銀剣の山を薙ぎ払った。
誰もが聖女の落下を───微塵も心配しないのは翼ゆえかその実力ゆえか。
斧槍を振り切った彼女もそう思っていたのか視線は自然と己が武具の穂先へ。
何せ聖女は当然のようにその寄る辺ない足場に立っていたのだから。
「………夕方お会いした方、ですよね?」
攻撃を受けた自覚があるのか無いのか。
穏やかな口調での問いに返されたのは聖女を取り囲むよう出現した炎の矢群。
こちらも相変わらず話を聞いていない。その目に理性も感情も無い。
ただただ乱入してきた障害を排除せんと僅かな躊躇いもなく出現と同時に矢は
放たれた。人ひとりなど即座に穴だらけにして、燃やし尽くすだろうそれらは
しかし、聖女がその場でくるりと踊るように回っただけで掻き消えた。
いつの間にか両手に握られていた銀剣に切り伏せられたかのように。
「あの、ちょっと問答無用すぎません?
うぬぬ? なんだか正気が視えな…あらぁ?」
降り落としたというべきか。引き落としたというべきか。
穂先に乗る聖女を抜くように下し─浮いたままだが─そのままの流れで柄先を
地面に突き立てたステラはその反動で己が肉体を跳ね上げさせる。顔面を狙う
鋭い蹴りがその勢いをまるで殺さずに聖女を襲う。意表を突いた強襲と両手の
剣を下げてしまっていた聖女の隙を狙ったそれは、だが。
「っ!」
ガキンッ、とおよそ人体と人体がぶつかったものとは思えぬ音と共に止まった。
顔面の横。短剣というしかないサイズの銀剣が彼女の足を受け止めていたのだ。
それは誰も握っていないのにその位置で固定されたかのように微動だにしない。
もし受けたのが刃の腹でなければ彼女の方が足を切られていたのではないかと
思わせる鋭利さと輝きを放ちながら。
「来るぞ! 防げ聖女!」
そこで止まる女ではない。
確信を持って叫んだメリルの声は果たして間に合っていたのか。
僅差、足先で炎が炸裂する。人体など容易に消し炭に変えそうな熱量が渦巻き、
頬を焼く熱風が届く。だがメリル達の目はその炎を見てなどいなかった。
爆炎の衝撃は二人を弾き飛ばし、距離を取って向い合せていたからだ
仕切り直しを狙った自爆に近い行為であろう。
あわよくば、も狙っていたのだろうが聖女が衣服の汚れもないほどの無傷で
あったのに対し、ステラの足先やスカートの一部は焦げていたのが結果だ。
「発動が速くてびっくり……あ、メリルさん、これ何があったんですか?
彼女こんな乱暴な方ではなかったと思うのですけど?」
「……私としてはタイミングのいい登場に一言申したいのですがね。
おっと、先程から口調が荒くなっていて申し訳ありません」
「そこは気にしなくて良いのですが……もう、機嫌を直してくださいな。
これでも仲間の危機と思って慌てて飛び出してきたんですから!」
勝負の邪魔をされた。
そんな気分が大いに乗った口調に彼女は状況に見合わない微笑みで応える。
慌ててというのも出任せではないのだろう。いつも頭に被っているウインプルは
無く、その美しい銀の御髪は露わで風に舞っていた。
振り返れば剣山への急降下時にはそのスリットから白いおみ足やその奥まで
露わになってもいた。道理で隣の男は慌てて視線を下げたはずである。
ラナの苦労と相方の紳士度を労いたい気分であった。
「…そんなっ、呆れないでください。
戦いに横槍を入れられるのがお嫌いなのは重々承知ですが、あなた方が
追い込まれているように見えて、援護せねばと……ごめんなさいです」
感情だけは読めるという眼のせいか。
妙な勘違いの謝罪をされたがメリルは面倒くさいので流した。
実際、あのままでは最悪共倒れもあり得たのは事実。判断としては正しい。
「いえ、助かったのは事実ですからありがたいです」
「はい、どういたしまして!
……で、話は戻りますが彼女、なんだかとても……荒ぶってらっしゃる?
ように視えますが、なにが?」
「私のヘマですよ。
交渉中に失言で逆鱗に触れて、我を忘れるほど怒らせてしまったようで」
「そうだったのですか……ううん、それはいけませんね。
今から捕まえるのできちんと謝ってくださいよ」
「……ええ、そこはもちろん」
穏やかでいて軽い雑談の空気感での、その実現を微塵も疑わない言葉に
一瞬返事が遅れた。感情と理性が反発と理解を別々に抱くが目の前の光景こそが
事実だろう────蹂躙が始まっていた。
銀光で構成された四角柱。長さも太さもまちまちな、理力の枷。
教会の拘束術として知られるそれが連続展開されて彼女を追い詰める。
その場その場、ステラのいる位置を埋め尽くさんという程の量と密度で。
「え、えげつな……」
大量の矢群で似たようなことも出来るケヤルをしてそう評する行い。
単純に狙い・放ち・飛び・当たる、という動作と時間を必要とする『弓』と違い
聖女の術は彼女が狙った瞬間には発動しているからだ。
それを察知して跳び、屈み、転がり、避けていくステラはそれはそれで規格外の
達人だが聖女はさらにその先を見越して術を遠隔設置していき、回避と発動の
タイムラグは見る見る埋まっていく。
もう単純な移動や体勢の変化では避け切れなくなり、短距離転移さえ
織り交ぜて逃げているが、悪手だ。魔法の発動と効果、それがどの位置に出るか
視える聖女を前にまず跳躍先を指定する転移魔法は回避手段としては相性が悪い。
「…っ!?」
ゆえに何度目かの転移回避でその位置にあらかじめ放たれた拘束術をステラは
避けられなかった。それを予見し咄嗟に体を捻って全身の拘束を避けたのは
さすがであったが左半身を固定されてしまっては残りの右半身も続く術で
幾本もの柱に貫かれてしまう。もはや自由に動くのは首から上だけ。しかも
これだけ全身を理力の柱で拘束されては魔力放出も魔法行使も出来まい。
メリルをして一晩は続くかと思わせた戦いの、呆気ない終わりだった。
「…姉御、その」
「何も言うな、これが一番穏便だ」
思う所が無い訳ではない。
けれど優先順位が彼女との交渉や聖女達との合流が上なのも事実。
出来れば自分達だけで最後まで戦いたかったなどという我儘は抑え込む。
「メリルさん! ケヤルさん!」
「ご無事ですか!」
「……そうか、離れた場所に誰かいるなと思っていたがジェイクたちか」
揃って駆け寄ってきた顔馴染みの両人に諸々の流れを察する。
合流するように足を進めながら盾を回収して手ごろなサイズへ。
途中視界に入ったステラは相変わらず正気を失った目で、こちらを微塵も
認識しないまま首から上だけでも暴れ、その長い髪を振り回していたが
さすがにもう無理だろうと視線を外す。
「血がっ、治療を!」
「ちょっと吐いただけ……いや、ここは素直に甘えておくかね、頼むよ」
「はい、任されました!」
「それじゃケヤルさんの方は俺が…」
「ええぇ? 俺もできればラナちゃんがいい」
「ケヤルさん!?」
「フッ、あまり後輩をからかってやるな」
「すいやせん、熱々なのが羨ましくて」
「「なっ!?」」
慌てた顔がネタ晴らしで真っ赤になるのを笑って見守る。
なかなかに青い表情だが直前までの無力感に苛まれたバカな顔よりマシだ。
尤も聖女がそれをにまにました顔で眺めているのは徹底的に無視したが。
未だに彼女の人物像が掴めず、距離感に迷うメリルであった。
「───あぁ、やはり術が効きませんか」
そうして始まった同性の組み合わせによる治療の最中。
ボソリと聖女シンシアは先程までの顔を忘れたような真剣さでそうこぼす。
「術、とは?」
「ええ、彼女を落ち着かせようと鎮静術を放っているのですが、
どうにもあのリボンに弾かれてしまっているようで」
「リボン?」
「手首に巻いてるアレですよ。
聖女さまによれば黒判定ですが、彼女を守護する想いが込められているとか」
「……例え善意によるものでも彼女の心を捻じ曲げるのは許さない。
暖かくも強い意思……なんてキレイ……あれが、愛……愛……素敵」
「聖女さま?」
考え込むようにぶつぶつと零される言葉は後半ほど聞き取れない。
とはいえ効果が無いのは予想の範囲であったから驚きは無かった。
「リボンうんぬんはよくわからんが。
そもそも相手はアースガントの王族付きメイドだ。
精神干渉系は良し悪し問わず防ぐ手段を持っていてもおかしくあるまい」
「え、メイド?」
「アースガントの、王族付き?」
当たり前だろうと口にしたが、周りからは驚きの視線と表情が返り、
メリル達はむしろそちらに困惑する。
「あれ? 俺らより前に遭遇してたみたいだけど、
もしかして彼女がどこの誰か解ってなかった感じ?」
「え、ええ、詳しくは後にしますが、その、現地人とトラブルになって、
そこへ突然乱入された上に予想外の事態も起こり、情けない話ですが
戸惑っている内に逃げられてしまって…」
「その先で私らと遭遇した訳か。
……若干ぴりぴりしてたのはそれかい。間が悪かったねえ」
「メリルさま?」
「…何でもないよ。それより彼女の素性についてだったか。
ええと、リリーシャ殿下付きのメイド隊を率いる長で名はステラ。
お前さん方が転移した後、異変を勘付かれたのか殿下共々突入されてね。
そっちでも一戦交えたんだが、まさか追っかけてくるとは……」
「さすがにメンツを潰し過ぎたんでしょうよ」
だな、と苦笑し合うメリル達だが後輩たちはそこまで豪胆ではいられない。
どう捉えていたにせよ予想外の大物だった事実に顔が青くなっていた。
「あのリリーシャ殿下のメイド長……納得の強さだわ」
「道理であんな気軽に転移魔法を使えるわけだ。
あの国で鍛えられたメイドなら魔導師としても一流だろうよ」
「ハハッ、確かに魔法の腕前もとんでもなかったね。
私と打ち合いながら次から次へとバカみたいな威力の……一流の魔導師?」
「姉御?」
訝しむ相方の声が耳に入らないほど、メリルは何かが引っ掛かった。
メイド長・ステラは久しくいなかった自分を熱くさせてくれた実力者だ。
武器を用いた互角の殴り合いは高揚感を抑えられず、私服だったのもあって
彼女がメイドであった事実を後輩たちに説明するまで忘れていたほど。
けれども他に失念した、見逃してしまった事実はないか。
違和感があるのだ。
彼女は我を忘れるほど怒り狂っている。だが戦闘において無駄な行動はない。
仮にしたと言えるのは何の強化も防御もせずに神の盾を殴りつけてきた最初の
一撃ぐらいだろう。ならば、そうであるならば。
拘束後なぜ無駄に暴れているのか。
首から上だけをあれほど必死に──。
「──っっ!?! しまったっ、髪の毛か!!」
一度は下した盾を手に彼女へ飛び掛からんとしたメリルであったが、その意思に
反して足ががくんと沈む。傷は癒されていたが消耗した体力そのものはまだ
回復途上であったのだ。
「ぐっ、聖女さま、いや誰でもいい! やつの意識を刈り取れ! 急げ!」
心配する周りの声を無視して叫ぶが、既に遅かった。
何かに視惚れるように陶酔していた聖女が一番早く反応していたが
危惧の感情が視えても理由が読めずに迷った僅かな時間が致命的。
「あぁ!?」
激しい、思わず目を瞑るか手で覆ってしまうほどの銀色の閃光が広がった。
何も見えなくなった空間でパリンとガラスを割ったかのような音が耳に届く。
理力の拘束具が砕け散ったと察したのは状況を理解しているメリルと術者だけ。
閃光は数秒。収まったあと彼女らが目にしたのは銀光を纏う斧槍を持つ彼女。
理力とは別種の圧力を発するその光はどこか翼のように広がり、さながら
その鋭い穂先は猛禽の嘴のようにこちらを見据えていた。
「ハッ、まさに銀翼っ……伝授されてたか!」
「な、なんなんですかあれ!?」
「私も噂でしか知らないがアースガントに伝わる魔導戦技の秘奥らしい。
特殊な武具に特殊な方法で魔力を込めるとああなるんだとさ!」
やられた。しくじった。
彼女は無駄な抵抗などしていなかった。最善を尽くしていたのだ。
髪の毛に宿した魔力を斧槍に流し込んで『銀翼』を発動させるために。
そこは人体の中で最も魔力伝達率と保有量に優れている部位でありながら
日々伸び、抜けていく性質のためか。各人が持つ魔力保有限界量とは別に魔力を
貯め込める部位として、特に高位の魔導師ほど準備しているという。
時に予備魔力、時に窮地の切り札として戦闘前に装填しておくのだと。
この異郷の地に訪れた時点でそうしているものと予想してしかるべきだった。
しかもそれを思えば最初に拘束術に捕まった際、一時半身だけを逃したのは
回避動作にかこつけて髪を浮かし一緒に拘束されないためだったのだろう。
我を忘れておいて頭の回る女だ。
「いいかいっ、聖女さん以外は近寄るんじゃないよ!
特殊な防御方法が無ければ触れただけで消し飛ぶよ!」
メリルはひとり大盾を構えて全員の前に出る。
曰く、単独で巨大な要塞を崩した。
曰く、頑強な竜の鱗を全て消し飛ばした。
曰く、大河を割って支流を作り出した。
話に聞く『銀翼』の逸話が与太でなければ自分以外は直接受ける事も出来ない。
まだ足元が心許ないが傷が塞がっているのを朗報と思って腰を落とし構える。
この後すぐにズタボロにされるかもと冷や汗が出たが、口元は楽し気な笑みの
形をしているのでそれが本心だろう。
「……初めて視る輝きです。
本質は魔力ですが理力に限りなく近く、けど破壊力に特化させている。
そのせいかあらゆる術の遠隔設置が弾かれて彼女に届きません」
真後ろについた聖女からはそれをより深める情報がもたらされる。
同じ手は通じないらしい。
「要するに、直接ぶっ飛ばすしかないってことかい?」
「残念ですがそれしか……なんで喜んでるんですか?」
疑問の声と共に聖女の両手、周囲に銀剣が次々出現し、舞う。
設置型ではなく浮遊型だろう。これで少なくとも防御に意識を集中できる。
見ているだけで背筋が寒い銀翼を前に『盾』はともかく自分自身は
耐えきれるのかという不安と、試してみたいという欲求が覗く。
それを宥めるためか。心はともかく頭を冷やすためか。
視線と意識は間違いなくステラを見据えながらその片隅で
メリルはどうでもいいことを考えだした。
──どうして剣だけはこんなに精巧なのだろうか?
聖女がその莫大な理力で作る何某か。
翼にせよ柱型の拘束具にせよ通常視力をもたないため外観の再現度は低い。
理力の輝きと圧力で気付かぬ者が多いがどれもそれっぽい形状なだけだ。
無論仕方ないコトである。視覚で物事を捉えがちな自分達が生まれつき物が
見えない者にその形状を精密に教えるのは難しい。
だが、剣だけ。
それだけはどうしてか。
美しい細工の真に迫った造りと外見をしている。
蹴りを受けた時の音からすれば中身もまるで本物かの──。
「っ、来るよ!」
僅かな身体の動きに反応して片隅の思考も今に戻る。
ステラの足が地面を蹴り、メリルは盾を突き出すようにして駆けだす。
聖女が幾重にも舞う銀剣を伴ってその後を追い────────蛇が踊った。
「は?」
間の抜けた声が出たのはメリルだけだったが、全員が呆気に取られる。
衝突寸前だった双方の間。文字通り割って入ってきた黒い大蛇。
少なくともソレをそう受け取ってしまったがために三人は三人とも慌てて勢いを
殺して足を止めた。
すかさず左右に視線を動かしてそのおおよそを視界に入れて、否、とする。
蛇ではない。ただ細長い黒いナニカが視界を遮るように蛇行運動しているだけ。
割って入ってきた頭部らしき先端はともかく、尾先は見えもしなかったが。
「魔力の、長い刃? 剣がしなって踊って……なんですか、これ?」
「剣? これが!?」
聖女ですら自身の眼が捉えた事実を疑って戸惑っていた。
だがこれが武器であるというのならとメリルは盾を構え直す。
それが功を奏す。あるいは、その瞬間を狙われた、か。
「前だっ、ナニカいる!」
いつの間にか。
そう、ケヤルの慌てた声を聞くまで気付かぬほど。
さながら最初からいたというほどの自然さで。
黒蛇の向こう側、ないしこちら側。
目の前なのに判別できない不自然さで、ナニカがいる。
『フォトンバースト』
「なっ!?」
少し学んでいたニホン語のような発音が聞こえた途端、衝撃に体が飛んだ。
どこか優しく押されたような奇妙な衝撃は盾の加護も防御も突き抜け、陣営も
距離も無関係に等しく吹き飛ばした。
「くっ、ケヤル!」
奇しくもその全員は一般以上に鍛えられた者達ばかり。
こんな柔らかな衝撃相手なら確認するまでもなく難なく両足で着地していた。
だからこそ即座に相方の名を呼ぶ。何故か気付けなかった聖女の眼ではなく
誰よりも先に気付いた『弓』の射手たる彼の目の方をメリルは頼った。
尤も。
「マジかよ」
彼は若干青い顔でひきつった笑みを浮かべていたが。
「見た方が早いっす」
「なに?」
指差された方へ半ば反射的に視線を向け、ようやくソレを人影と認識した。
ただしそれは文字通り人型の膨らみある影であり、まさかと絶句する。
その驚きを余所に影は黒蛇を従えながら、自然に囁き出す。
『この状況、色々聞きたいことはあるが……』
老若男女すべてのようで、そのどれでもないような、だが明瞭な声。
目をこらせばこらすほど輪郭がぼやける黒い靄の人型。
顔らしき部位にある猛禽を模した白き面。
『…まずは双方、矛を収めよ』
確かにこれは見た方が早い。
すべてが兼ねてより聞かされてきた伝説と合致する。
まさか本当に出会うことになろうとは。
それも異世界の地で。
『────この場は私が預かる!』
仮面の暗殺者マスカレイド。
ファランディアの、生き続ける正体不明の伝説。
その名と存在感はこの場の意味と状況を確かに支配した。




