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帰ってきてもファンタジー!?  作者: 月見ココア
修学旅行編 第二章「彼が行く先はこうなる」
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その、出会い(再会とは呼べない)6







「……じっ、た、ぁ…」


ああ、ダメだ。

声もまともに出ないや。

がっつり、しくじちゃった。

指先ひとつ動かないし、血も流し過ぎ。

ああ、頭ぼんやりしてきたかも。ぶざま。

我ら名高きリーモア騎士団候補生、華々しく全滅!


「フ、フ…んぐっ、ゴホッ!? ぅ…ぅぅ」


うわぁ、もう、笑うのもしんどいや。

これたぶん、体の内側ぐしゃぐしゃだ。

人の形をたもってるのが、奇跡みたい。


いや、ちがうか。

攻撃の前にあいつがそれを教えてくれて、咄嗟に後ろに跳んだから。

それが延命になった……ほんのちょびっとだけど。


油断、してたつもりはなかった。

侮っていたわけでもなかった。

無謀もしなかった。


ただこの絵を描いた連中が一歩上手で、わたし達が出遅れていただけ。

あの人が上層部に嫌われているのは知ってたのに、してやられたわ。

でも戻ってくるまでの時間稼ぎさえ出来なかったのは正直、悔しい。

これでもけっこうわたし、天才魔導士だと思ってたのに。


ゆれる、薄れる視界をただ動かす。

そこに映るのはただただ──ありきたりな──惨劇の末期。

轟々と小さな村が黒き炎に呑まれ、村民たちは誰もが息絶えていた。

今朝取り立て野菜をくれた老農夫も。昼間狩りを手伝った若い狩人も。

半月前に生まれたばかりという赤ん坊とその両親も。


誰もが等しく、肉片か黒焦げか───血だまりだ。

どれが誰であったかはさすがにさっきのいま。

思い出すのは訳が無かった。


「っ、ぁ……」


カッタ、あんた頑張ったよ。

いつも想い人相手に空回ってた男が必死にみんな守ってさ。

爪で裂かれても腹貫かれて磔になっても抑え込もうとしちゃって、

かっこつけすぎ……でも絶対あの人に褒めてもらえるよ、きっと。


リリー、ごめんね。

わたしを庇って捕まって、悲鳴もあげられないまま潰されて。

痛かったよね、優しいあなたが迎えていい最期じゃなかった。

こんなことならお望み通り、お姉ちゃん、って呼んであげてたら良かったよ。

あなたが作る孤児たちの居場所、わたしも見てみたかった。


ロー、なにやってんのよバカ。

あれだけ立派な考古学者になるんだと息巻いてたガリ勉小僧のくせに。

遺跡の罠に引っ掛かったわたしを見て毎回笑ってたあんたが、

どうしてわたしより先に怪物の口の中にいるのよ、バカ。

周りすごい燃えてるけど、頑張ってまとめてた研究ノート、残っててほしいな。

せめて誰かが見つけて学会とかに発表、っていうのは高望みかしら?


ジェイク、最後までわたしを信じて戦ってくれてありがとう。

それで剣を握った片腕だけ残して消し炭とかどんだけ剣好きなのよ。

あぁ、でも、わたしなんにもできなかったっ。

伸びきった鼻も折れちゃったわ、ボキボキよ。


みんな、いなくなってしまった。

みんな、動かなくなってしまった。


『────!!!』


耳をつんざく悲鳴が聞こえる。

いま、この場所で唯一動くモノの声。

異形の怪物が大地を揺らして、虫の息のわたしに迫ってくる。


「ぶっ…い…な、かお…」


かろうじて、人型のように見えるソレ。

大人の二倍以上の背丈に、三倍はある肩幅の巨体。

不格好で不揃いの手足は胴体以上に巨大だったり逆に細長かったり。

それだけでも不気味なのに頭があるべき場所にはオオカミみたいな口だけが

あって………そして誰かの血肉がついてない場所の方が少ない惨劇の怪物。

ああ、なんてひどい、


『止まれっ、止まれよ! くそっ、やめろ! もうやめてくれっ!!』


ぶっさいくな顔。

あんた、そんな顔で泣くんだ。

いつもニコニコしてて、たまに怖い顔してるだけだったからなんか新鮮。

気持ち悪い色してる外皮で唯一まともなのがあんたの顔面だけとか、笑える。


『ぁ、ぁぁ……ダメっ、ダメだ! いいから! もういいから!

 いつもみたいにすごい魔法でこんな怪物吹っ飛ばしてくれよ!!』


「はっ…」


うっさい。

もうそんな体力も魔力も無いっつーの。


『天才魔導士セレネさまだろ! すごい魔法の本を書くんだろ!?

 なに倒れてるんだよ! 立てよ、立って逃げろよっ!!』


「……け、こー、言う…ゃない」


弱いくせに。

何もできないくせに。

いつも一人で立ってた変な男の子が、めっちゃ必死とか本当ウケる。


───『助けて!』


だから、初めて頼ってもらえて、じつはちょっとうれしかったのにな。


『う、ぁ、くそ、くそくそっ! なんで止まらない!!

 感触はあるのに! 俺の体なのに!! やだ、いやだっ!』


影が差す。

異形の足底が最期の光景か。こりゃ死体も残らないなぁ。

ふふ、まあ掃き溜め生まれが乱暴シスターに拾われて、生きて、楽しんで

夢も友達も出来て、と思えば、他のクソガキどもよりはマシな終わりよね?


『やめろぉぉっ!!!!』


だから、うん。


ごめんね。


「た、助け、て」


あげられなく───────ぐしゃ






───あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛











ガレストにおけるドーム型都市の夜は基本的にずっと明るい。

時計か上空を見なければ昼夜の差が分かりにくいほどに。

この世界の技術が天然光源である『星陽』による日照を再現できるためだ。

ただ“基本的”という注釈が必要なのはこれが行われているのが歓迎都市シーブや

大統領府があるここカラガルのような昼夜問わずに人が多く動く都市だけで

他は必要性とコストの問題で日本の地方都市程度の人工光源で賄われている。

尤もそんなことを異世界(ファランディア)人たる彼らは知らないが。


ジェイク(・・・・)、そろそろ戻りましょう?

 これ以上は拠点から離れすぎるし、戻る頃には翌日になってしまうわ」


温和な空気を纏う赤毛の少女─ラナは『昼間並に明るい夜』によって狂う

時間感覚を懐中時計(午前午後で文字盤の色が変わる)で補いながら、

隣で難しい顔をしている金髪少年─ジェイクに帰還を提案する。

これに彼はその内心を表す複雑な表情を浮かべた。

主張の正しさを認めつつも諦めきれない、という顔だ。


「で、でもこの探査装置によればあとちょっと痕跡に近付けば転移先が

 特定できそうなんだ。せめてあの女が跳んだ先ぐらいは見つけたい」


そういって彼が指し示すのはこれまた懐中時計、ではなく。

似た形状の探査装置。その文字盤が示す数字や針先を相方に見せながら

あと少しだけやらせてほしいと粘る。やはり、と困ったのはラナだ。

この顔はもう何を言っても引かないだろうなと察しながらも言葉を返す。


「…シンシアさまは無理しなくていいと仰っていたし、

 その女性がもう移動してる可能性が高くても、なのね?」


その追及のような確認のような問いかけに頷きで返すジェイク。

これに小さくため息を吐くも「わかったわ」と了承するとその旨を仲間達へ

連絡──短いメッセージを送れる通信用魔導具で──すると探査装置を頼りに

ふたり並んで歩を進めていく。


彼ら──聖女シンシアと共に彼女の言う『黒い針』を追いかけた者達は

対象の暴走や謎の女の乱入でよくわからないまま事態が収拾した結果、

仕切り直しと休息のために拠点としている建物に戻ったのである。

その後ラナを筆頭とした待機班と情報共有が行われ、その過程で聖女は

現地人男性(ムジカ)が急に我に返った原因を理解した。

腕に装着していた道具に刃物が刺さっていたのとその後に破裂するように

壊れたのを目撃していた騎士が何名かいたのである。

彼が落ち着いたのがその直後となれば原因は明らかだ。

ただそれにより暴走の切っ掛けとなったばかりか現場にいながら解決の助力も

出来なかった事実が浮き彫りになり、責任を果たせなかった聖女は目に見えて

落ち込む。しかしそれでジェイクは逆に奮起する。


『聖女さま! 俺にあの女の追跡許可を!

 せめてどこの誰であったか。何故こちらにいるかだけでも掴みたいのです!』


彼もまた現場で役に立てなかったばかりか庇われた事実に負い目があり、

肩を落とす聖女の姿に汚名返上とばかりに立ち上がったのだ。

目標が乱入者女性であったのはファランディア人である可能性が高く、

ガレストへの来訪経緯によっては自分達の帰還方法の手がかりになると訴えた。

その内心に失態を指摘されたことへの悪感情が無かったとは言えない。

ただそんな敵意は当然聖女の眼に見透かされており、だが言い分は正しい。


『あの場で結果的に助けて頂いた方を追い掛け回したくはないのですが、

 その点はしっかり調べておかないといけませんか……しかし…』


後ろめたさと必要性に聖女は悩むがそこへ話を聞くだけだったラナが。


『未だ合流できていないメリルさま方の捜索もありますしやってみましょう』


という発言が後押しとなり双方の同時捜索という形で聖女は許可を出したのだ。

ただ転移魔法の痕跡を追うのは難易度が高いためあの瞬間に聖女がその眼で

目測した概ねの転移方向と距離から大よその位置と範囲を特定。

そこを魔導錬金術師(アーベル)が所持していた魔法痕跡探査装置を転移系のみに設定して

反応を追いかけた結果こうして予想範囲は大幅に狭まっていた。

それは当然喜ばしい話ではある。

しかし。


「あとちょっと、あと少しで見つけられるはずだっ」


「………」


不慣れな道具を片手に道なりを確認しながら進むジェイク。

その後を続くラナは覗く横顔にある硬さに口を挟まずにはいられなかった。


「ジェイクもしかしてまだ、恩返しだ、なんて考えてる?」


けれどそれは側仕えの先輩でもなければ単なる同僚としてでもなく、ましてや

恋人としてでもない。ただただ、あの日彼を救助した一人としての言葉だった。


「なっ…あ、いや……そりゃまったく無いっていえば嘘になるけどよぉ…」


気負いが丸見えの表情が一転。

びくりと分かりやすいほど図星を突かれたと動揺するジェイク。

この、こうと決めたら愚直に真っ直ぐな所と隠し事が苦手な所を好ましく思う

ラナではあるがいうべきことはいうべきだと話を続ける。


「確かに2年前のあの日、全身傷だらけで片腕も失ってたあなたを見つけたのは

 私とシンシアさまだから恩を感じるのは分かるけど……」


「それだけじゃねえだろ」


「え?」


しかしそれはより硬い声で遮られる。

ただ彼もそれが攻撃的に聞こえると思ったのか軽く咳払いをすると当時を

思い返すようにぽつぽつと言葉を紡ぐ。


「あぁ、えっと…見つけてくれただけじゃなかったろって話。

 治療もその後の看護やリハビリも。無事動けるようになってからは俺を

 護衛見習いとして拾ってもくれた。これもう恩を感じる程度の話じゃねえよ」


それは半分笑って誤魔化すような、けれど事実しか口にしてない発言だった。

ただ当時のシンシアとラナとしては発見した重傷者を保護しただけ。

そして助けるために手を尽くしただけの、人として当然の行いをしただけ。

長く看護する事になったのはその過程で彼が『槍』の弟子だと判明し、その傷に

事件性が強く認められたからに過ぎない。これはもう彼自身にも話してあるが

それでもジェイクが強く恩義に感じているのは明白だった。

逆の立場ならば、とラナも理解はしているがそれでも必要以上に重く受け止め

過ぎているように見えているのも事実。


「…他はともかく護衛についてはちゃんと試験に合格しての話じゃない。

 片腕でも他の候補者たちを軒並み倒せる実力を評価されただけよ」


「かもだけど、他に行く当てのない焦燥しきったガキを放置できなかった。

 っていうラナの優しさがあってのことだって、今は分かってるよ」


だからありがとう、と素直に感謝する恋人の笑顔にむず痒いものを覚えるが

それで誤魔化されてたまるかと首を振る。この男が無理をしてしまう性質だと

分かっているからだ。


実際、目を覚ましたジェイクは自らベッドから転げ落ちると片腕だけで床を

這いずり、傷が開くのも構わずに進んで周囲を血で染めたのだ。

仲間を助けに行くのだとうわごとのように繰り返しながら。

その時点でもう発見から1週間は経過していたとも知らずに。

誰もが、手遅れ、と理解しつつも治療を続けながら聞けた事情から彼の言う村に

聖女は人を向かわせたが当時そこを含めた周辺地域では後に『黒嵐の悪魔』と

呼ばれることになる謎の怪物が暴れ回っており、その警戒と街道封鎖で手の者が

村の跡地(・・)に到着できたのは彼の発見から一か月も後になってからだった。

当然すべては終わっていた。本当に、すべてが。

その報告を前にどんな痛みにも涙しなかった少年が痛ましいまでの慟哭を

上げた姿を今でもラナは忘れられない───それで何かと世話を焼いていたら

こういう関係になってしまうのだから人と人の縁とは良くも悪くも分からないと

複雑な想いに揺れる。


「……過去の客観視と恋人への感謝が出来たのはとっても偉いですが、

 ここは現在の客観視とちょっとしたリップサービスも欲しい所です」


その照れくささと罪悪感を誤魔化すようにまるで教師のような言い回しで

不出来を指摘するラナ。それは奇しくも目の前の後輩を指導していた時期の、

ごく短い期間にしていた口調であったが今でもこういう時には出ていた。

ジェイクが失態を重ねている時に、よく。


「ど、どういうことでしょうかラナ先輩?」


骨身に染みているジェイクとしては素直に問い返すしかない。

でなければ骨すら残らないのだから当然だ。


「私達はいま教会やシンシアさまの名が届かぬ異郷の地にいます。

 いつも以上に慎重に動くべきなのですよ、本当は」


「うっ、それは……」


なのにいま自分達は何をしているのでしょうか。

そう問いかけるような言葉に彼は返事を出せなかった。


「何かやっていなければ落ち着かない。

 役に立つ自分でいなければ意味がない。

 そんな独りよがりな動機(・・・・・・・・)で動いている自覚があったようで何より」


「……はい、すみませんでした」


恩返しを題目にした心得違いを容赦なく笑顔で切り捨ててくる恋人の笑顔に

ジェイクはただただ項垂れるだけだ。指摘が真っ当で図星だったのは勿論だが

彼女相手に見栄を張った反論などしても返り討ちにあうだけだと経験から

分かっているのもあった。


「ふふっ……とはいえ聖女様の行動力は相変わらずの有様。

 そのサポートも仕事な私達からすればこれは必要な活動と言えます」


「……へ?」


あれ、そうだとするならこのお説教はいったい?

突然の手の平返しに困惑が前面に出た少年へ彼女がクスリと微笑む。


「ところで、怪しまれないよう場に溶け込む格好を選んだ私達ですが……

 そんな恋人になにか一言ありませんか?」


「っ!」


くるりとその場で軽く回ってみせたラナの装いはいつもと違うものであった。

人混みの中で歩き回るのを考え、地球人旅行者風のパンツスタイルだが普段は

威圧感や派手さのない素朴な修道女服が多い彼女を知る身としては新鮮で

素の茶目っ気や活発さが垣間見えるファッションだった。


「リ、リップサービスってそういう……」


「どうですかこれ?

 ちなみにジェイクは結構似合っててカッコイイですよ!」


「お、おう……あ、ありがとう……ラナも、その、なんだ…似合ってるよ。

 そういう活動的な格好も、可愛いと、思う……何気お揃いで、嬉しい」


「ん、んんっ……普段あんま言わない癖に返しが強い!」


照れ臭そうに頬をかきながら正直な感想を告げたジェイクと

それが強烈カウンターになってしまい影で悶えるラナである。

余談だが、同じ目的で衣服を選んだせいか。彼らが用意できた衣服が元々

たいして種類が無かったせいか。完全なペアルックになっており周囲からは、

特に地球人たちからは初々しい空気感と合わさってバカップルとして若干

注目されていたりする。


「コホンッ! ま、まあ私もありがとうと言っておきます。

 きゅ、及第点ですが、ちゃんと隣を見れてよろしい!」


咳払いと流れるような早口で照れを誤魔化しながら、では次だ、とばかりに

彼女はこれみよがしに周囲を指差す。強引な話題変換だがジェイクはまんまと

釣られて、いま来た道とこれから行く道をぐるりと見回す。

未だに見慣れぬ異郷の街並み、という点を除けば特別おかしな所はない。

どこも代わり映えしないためよもや道を間違えたかと思ったが目印にしていた

道標や店の看板のラインナップや配置が全て記憶通りなため彼は首を傾げる。

一方ラナはその間に気持ちと呼吸を落ち着かせるとジェイクに認識させた道筋に

こんな疑問をぶつけた。


「────私達がこの道を通ったのは何回目?」

「え……っ!?」


一瞬の疑問と理解に彼の顔は強張る。

彼女がリップサービスをと口にした前に語ってたいのは現在の客観視。

はたと気付く。自分達が同じ場所をぐるぐる回っているのを。

そうでなければ何十分も前に目印にしていたものが今も見えている訳がない。

道が記憶通りなのも当然だ。何度も通っていれば嫌でも覚える。

そしてそれはあるモノを前にした者がさせられがちな動きであった。


「人払いの結界!?」


「正解、ぱちぱちー……ちなみに今は5周目だよ」


特定の範囲に近付く人間の無意識に働きかけ、無自覚に遠ざける結界。

主目的は危険な場所に人が近づかないようにするために使われているが

高度なものとなると結界内部の音や光にすら気付けなくなるため街中での

密会や密談、争いごとの隠蔽にも用いられる。ただ一度あると認識すると

その範囲や境界線は露呈する。結界内部の騒動も。


「んー、ビンゴ、かな。

 探査装置が示す予想転移先を覆う形で張られた人払い結界。

 その中から微かな金属音と強い魔力振動……魔法を使っての戦闘中だ、これ」


「…………」


恋人の推測にジェイクは言葉も無かった。

同じモノを今となって彼も感じ取っているため言える事が何も無い。

というのもあるにはあったがその胸中の大部分を示すのは自らへの失望だ。


「な、なんていう凡ミスをっ」


この結界、便利だが訓練次第で影響をシャットアウトできる。

人払い効果が一般人対象でさほど強くないからだ。より強力にしようとすると

どうしても結界自体が目立ってしまい、隠蔽目的の場合は本末転倒となる。

聖女の側仕えにして護衛であるラナは当然にして、ジェイクもまたかつての

師から徹底的に仕込まれていた。

はずだったのに。


「うわー、情けないったらない!

 こういうのの探知は生死に直結するからってアイシスさんにボコボコに

 されながら必死に身に着けたはずだったのにっ!」


「……たまに聞くあの方の逸話って結構とんでもないわよねぇ。

 なんで探知訓練でボコボコにされるのかしら?」


習得したはずの技能を働かせられていなかった事実に打ちひしがれるジェイクを

余所にラナは遠い目をする。過去に幾度か遠目に見たあの美貌から受けた印象が

覆されるのはこれで何度目だろうか───ちょっと憧れてたのになぁ。

それはさておき。


「こほんっ。

 言われて気付ける辺りはまだまだ大丈夫……でもこれで分かったでしょ。

 隣の恋人の服装すら目に入ってなかったジェイクくん?」


「……はい」


ふふんと不敵に笑う恋人に視野狭窄を指摘されれば少年は頷くしかない。

なんということはない。先程のリップサービス要求は気付いてなかったと先に

自認させるための誘導だったのだろう。同い年ながら自分はまだまだ子供だと

感じて別枠で情けなく感じる。


「それで、どうするの?」


しかもそこで決断を投げてくるのだから降参だ。

一度両手でパンッと自らの両頬を叩いて気合を入れる。

今更だ。自分の不出来も未熟も無力も。2年前に嫌というほど味わった。

ならせめて足りない所を補おうとしてくれる相棒を失望させられない。


「……行こう。

 警戒態勢で静かに結界侵入、誰と何が戦ってるか確認する。

 内訳次第なら介入するけど基本は監視か撤退を念頭に」


「了解……それじゃ3秒後、そこの曲がり角で、1…2…3!」


周囲の視線が途切れる瞬間を見定め、揃ってなんでもない曲がり角に消える。

途端に見えない壁を通り抜けたような、屋外から屋内に入ったような空気の

変化を覚える。結界内に入った際の独特の感触だ。


彼らは無言で頷きあうと不自然に人気が無い道を一気に駆け抜ける。

内部にいることではっきりと戦闘音と乱れる魔力の波を感じたからだ。

ゆえに発生地点への足取りは揃っていた。足音を抑える走法であったが

どのみち離れた場所の戦闘音の方が激しいから気付かれなかったろう。

それでも慎重に、建物を壁に警戒しながら何度か道を曲がればその現場が

視界に入る。彼らの予想通りそこには誰かと誰かの戦闘が行われていた。

そして少なくとも片方は件の女性であろうとも推測していた。

しかし実態は想像の斜め上。


「「────」」


揃って呆けたように固まってしまうのも致し方あるまい。

見える範囲でその戦いに赴いているのは一対一のふたりに見える。

だがその背面と周囲では数百の矢と数百の炎弾が飛び交う戦場。

あるいは大型魔獣が暴れ回った惨状かのように地面のあちこちは罅割れ、

建物の壁面には巨大な傷痕が無数に刻まれていた。

が、繰り返すがその中心地にいるのは人間が二人だけ。


「……すごいなラナ、大当たりだ」


「正直シンシアさまを説得する方便だったんだけどなぁ…」


頑強な黄金(メリル)苛烈な白銀(件の女性)の激突が大気を震わし、彼らの苦笑をかき消した。


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― 新着の感想 ―
名前的に疑ってたが… しかしジェイク君、謎の考古学者とか、謎の篤志家とか、謎の家庭魔法使いとか気づかなかったのかな…
あージェイク君今そっち行っちゃう……そう…… ポロっと真相を知って、も揺らぐかなぁ? というかタイマンで互角ぐらいかと思ったら1vs2でも戦闘成立するのね 愛の力か?w 更にもう一波乱あると思うん…
生存してた! ビックリです 再会が楽しみと同時に心配です 助けて、の続きあげられなくては信一気づいてない?
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