その、出会い(再会とは呼べない)5
この世界の夜にはまだ違和感を覚えます。
昼間の光源である星陽が完全に大地に消え、天井の空が暗闇へ。
一方で街並みを照らす人工の灯りがその代わりを務めんと輝いている。
地球でもファランディアでもそんな『夜でも明るい都市』はあります。
けれど視界の上下による明暗の分離具合は水と油かというほどくっきりと
線が入ったように別れている。
そんな奇妙な光景はこの世界特有かもしれません。
天体の光さえない真っ暗闇な世界の中に点在する都市内部だけの灯り。
それも人の営みを維持するための内向きの光しかないため闇の方が濃く、
なのに都市の灯りも昼間並のそれを維持しているため夜に空を見上げると
暗闇と都市の境目が明暗で出来上がってしまうのでしょう。
ひとえに自然環境の違いとそれによって生じた『夜』と『昼』に対する認識と
感覚の差が生み出した光景と言えます。
本来なら、昨日今日訪れた異邦人である私にこれの良し悪しを語る資格など
ありませんが、星一つない夜空は真っ黒な蓋のようでどこか重苦しい。
明るいドーム都市の内側にいるせいもあってかまるで鍋で煮込まれている食材に
でもなった気分……まあ、おいしくいただいてもらえるなら、別にそれも悪くは
無いのですが……ふぅ。
結局のところ。
見えているのに手が届きそうにも無いあの『黒』が、私は憎々しいのでしょう。
なんて、自らの心を分析しながら手首のリボンをそっと撫でました。
「あのっ、ム、ムジカは大丈夫なんですか?」
「…少しお待ちを」
居住区域の一角にある人気の無い夜の公園。
物陰に敷いた毛布に寝かせた男性の体に手を翳す。
何かをしていると解りやすくするため意図してその手から光を放ち、魔力触診。
身体の異常や傷の有無を確認すると適切に治癒魔法をかけていく。
怪しまれないようもう一方の手をスカートのポケットに入れて、いかにも
そこにこの世界の携帯端末がありますよとアピールするのも忘れない。
まあ、どうにも彼女そこまで気が回ってないようですが。
「…………」
ただただ不安げな顔で横たわる男性を見詰めています。
こういう方が近くにいる幸運をこの小僧はどこまで分かっているのやら。
「…消耗はしているようですが、休めば回復する程度です。
あと右腕の筋がいくつか切れていましたが処置もしておきました。
ですが念のためしっかりとした医療機関にも診てもらってください」
「あぁ、良かったっ!」
あの一撃を放った反動で右腕内部がずたずたになっていたのを除けば
体力や気力といった生命力のようなものを消耗しているだけのようです。
それも彼の年齢なら二日も休めば回復する範囲でしょう。
あの短時間、そしてあの一撃以外何もしなかったおかげでしょうね。
「それとあの連中のいう黒い針というのも除去しておきました。
彼女達の狙いはそれだけだったはずなのでまた狙われる事もないかと」
「あ……何から何まで、ありがとうございます!」
つまり黒針のおかげ、というわけですか。
こうなるのを読んでた訳でもないでしょうに相変わらず功罪がややこしい男。
彼らが狙われたのはシンのせいではありますが持っていた厄ネタが発動し、
その悪影響から守られたのはシンのおかげ。ただし暴走原因は狙われたから。
とループするので本当にややこしい。
しかもここに寝かせた時点で針自体は摩耗してしまっており、私が触れる前に
消滅してしまいました。彼に私の存在が届いているかは微妙なところです。
消えたのは伝わっているでしょうがいつ確認に来るかは読めません。
鉄火場の最中なら後回しで、そしてそれがあの男の日常なのが痛い。
折角見つけた簡単で直通の連絡手段だったのですが、はぁ。
「いえ、お気になさらず。
これは乗りかかった船というものですから……」
そんな落ち込みをおくびにも出さずに。
さりとて威圧感のある無表情でもなく“普通の顔”で無難に受け応える。
この表情、何気に一番疲れるんですけどね。
「だとしても命の恩人にそういう訳にはいきません!
なにか、お礼が出来れば良いのですが……ええっと…?」
一方素直に表情を変化させ、困ったように眉根を寄せる姿は愛らしいもの。
私はあえて曖昧な表情で微かに笑う。彼女が私の名前や身元を問いたいのを
態度で示しているのには察していますが気付かぬフリで流します。
彼女──確かリディカさまといいましたか。
こちらを疑っている、警戒しているという風ではなく単にどこの誰だか
分からないので恩返しの提案ができなくて困っているという感じがします。
純朴というか人が好いというか。
窮地から救われて変にバイアスがかかってますね。
私も相当怪しい存在だと思うのですが。
しかし今はそれを利用させてもらいましょう。
「本当にお気になさらず……ああ、でもそうですね。
恩を感じてくださるならお聞きしたいことがあるのです」
「なんでしょう?」
「あの状況になった経緯を。
出来るだけ時間を遡って、詳しく、お願いできますか?」
「え?」
そんな程度のことで?
と言わんばかりな彼女にそれがいいのですと嘯く。
だって、どこかで必ずあのお節介で過保護な男が出てくるのですから。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
「─────そういう、ことでしたか」
リディカさまのお話はそこで横になっている男──ムジカさまが家の仕事を
放り出して家出してからの、世間も含めた一連の流れを語るものとなりました。
突如発生した大規模テロ。世が騒然となりムジカさまと連絡が取れない中、
彼の無事を案じつつ仕事の都合でカラガルへ。そこで偶然の再会をすると
その場に彼が─────きれいな女性と楽しそうにデートしていた、と。
しかも彼女の職場に以前訪れた時に連れ立っていた女性とは別の女性と。
ほーん
ふーん
へぇ
そう
うふふっ
安心しました
こちらでもたいそうおモテになられるようで
「ひっ」
おっと、少し漏れ出てしまったようです。
何が、とはいいませんが、ちょっとだけですよ?
なのであの聖女の二の舞にならぬよう状況にあった少し困った顔をしましょう。
「大変ありがたい情報を得られました……それで話に出ていた地球人の少年。
彼と連絡を取る手段はありませんでしょうか?」
「え、どうして彼と?」
「まさか二度も接点があったと思わず口にしませんでしたが、私があの場に
駆けつけられたのは彼を───中村信一さんを探していたからなのです」
「え……あ、その名前っ……本当に?」
疑う、というよりまさかどうしてという疑問の声に私は頷く。
ほんの少し、物悲しいような表情で。
いかにも不本意な形で別れた誰かを想ってのように。
ええ、いかにも、です。
「じつは互いの事情で疎遠になっていた間に連絡手段を無くしてしまい……
今日偶然カラガルにいるのを知って探していたら駅前であなた方と一緒に
いたのを見た方がおられて……でも彼、典型的な日本人少年の容姿でしょう?
探すにはお二人を目印にした方が目撃情報が入ると思って追いかけていたら
あの状況だった、という次第です」
「そんな経緯が……」
元々あるバイアスに加え、発言の中に本名と国籍、容姿が既知であると
混ぜたのもあってかリディカさまはあっさりと信じてくれたようです。
仄かな罪悪感と共にすんなりと嘘と真実を織り交ぜた話をしている自分に
誰かさまの影響を感じてしまいますが。
本当に、悪い男。
「あ、でもすいません! さすがにそれはちょっと…」
「やはり難しいでしょうか?」
「シーブの牧場でなら伝手が無いことも無いのですがここでだと……それに
お客さんの個人情報になるので勝手に明かす訳には……うーーん…」
「ふふ、ご無理はなさらず。
お客さまの情報管理に関しては私も覚えがあります。
それに彼がカラガルにいる確信が深まっただけでもありがたいので」
「でもさすがにこれだけだと申し訳ないし……あ、そうだ!
明日の式典に参加してるかも!」
っ。
「…式典というと、あの?」
「はい、直接会うのは難しくてもあっちが気付いてくれればもしかしたら…」
「なる、ほど……そうですね。失念していました。
彼も学園の生徒でしたね、オークライで大活躍だったとか」
「そうなんですよ!
動けるのが自分達だけって気付いて! すぐに救助を始めてくれて!」
「報道ではそうなってましたね」
「実際もそうだったんですよ!
おかげで、たくさんの人が……私の、友達も助かったんです…」
「っ、ご友人の方が?」
「…火事で建物に閉じ込められて、もうダメだって時に皆さんがやってきて
救助されたそうです…それを、数日前にやっと連絡がつい、て…聞け、てっ!
うぅ、ぐすっ、すいません。思い出すと抑えられなくて…」
「いえ……ご無事で何よりでしたね」
「っ、はい…」
語りながら目元に貯まったそれを零れ落とす姿に自然とハンカチと言葉が出る。
感謝の言葉と共に受け取り、涙を拭いた彼女の瞳には強い恩義の熱があった。
「今年は何人かの生徒さんとは直接顔を合わせてたから私もう色々感激でっ!
正直、駅前でナカムラさんと偶然再会した時も内心興奮してて!
ムジカがいなかったら地球人風に跪いて拝んでたかもしれません!」
「ふふ、それは見てみたかったですね」
きっと、すごく困った照れ顔、が見れたでしょう。
彼のそんな顔を内心思い描きながら穏やかに微笑んで─────動揺を隠す。
可能性は、考えていました。
頭の痛い話ではありますが、経験上あれほどの事件の渦中に彼がいなかったと
考える方がおかしい。では、どういう理由・立場でオークライにいたのか。
それは学校という組織が、修学旅行中の集団が、緊急事態に対して即座に
救助活動を始めたという異常ながら適切な対応がもう答えそのものでした。
間違いなくそういうことだろうと察しがつく。彼女の発言はその確証。
いえ、いいえ、そもそもの話。
帰還できた彼がまず“そこ”を確かめない訳がない。
そうです。これは私が結論を先延ばしていただけ。
彼はもう故郷の家族について全てを───
「その感謝、再会した暁にはしっかりと伝えておきましょう」
「あ、おねがいします!」
───あぁ、お世話をしたい。何もかもしてあげたい。
何もする気が起きないぐらいデロデロに甘やかしてしまいたい。
余計なことを考える余裕をなくすほどに私自身を捧げたい。
他人様のことは我慢できないくせに、
自分のことは我慢してしまうあのバカに。
「では、次はあなた方についての話をしましょう」
そのためにはまず、この方々に最低限の助言をしておくべきでしょう。
ちょうどリディカさまの意識も私への恩返しから離れているようですので。
「わたしたちの、話?」
正直もう義理は果たしたと思うのですがシンが一応気にかけていた方々。
そして案の定何かに巻き込まれているのが確定している方々です。
何もせずに放置したと後でバレると、その。
……責められはしないでしょうが、ただ。
『え、お前そこまで気が回らない奴だったっけ?』
と彼に僅かでも思われるのは私達の沽券にかかわりますっ!
主の日々を細やかな気遣いでサポートするのが私達の仕事にして誇り。
それこそが───そこしか誇れないのにそこを疑われては立つ瀬がありません!
だってそれ以外での雇用アピールが私にあると?
お世話するためにはなんとしてでも彼にお仕えする必要があるのに!
ここで些細な失点もする訳には参りません。
「あれ、ですよ」
「ムジカのフォスタ?」
若干の焦燥を隠し、指差したのはムジカさまに並べた形で置かれた機械の残骸。
彼がついさっきまで左腕に装着していた手甲型デバイスの成れの果て。
およそ中央部分から破裂したかのようにひしゃげた形でバラバラになっている。
あの時、私が破壊した───暴走の原因らしき代物。
──正確には導かれるように破壊させられた、というべきでしょうか?
あの一瞬、振り向きながら彼女を抱えた際、私はナニカと共振したかのように
ソレが原因だと直感的に理解しました。これも、させられた、ですね。
反射的に手の中のカトラリーナイフを。
奇遇にも魔力に触れると膨張する素材で作られたナイフを投げ刺して後退。
あとはもう誰かさまの末端がお人好しを発揮している内に聖女一行へ好き勝手に
色々言い放ち、ただ待っているだけでいい。
あれだけの魔力奔流の起点に突き刺したのですから短時間で限界まで膨張し、
内部から破裂したかのように破壊してくれる。
実際そうなりました。
いつものことながら、気味の悪い話です。
私が何故そんな都合のよい特性を持ったナイフを握っていたのか。
ひとえにそれは『理力の枷』を破壊するのにそれが一番適当だったため。
理力には抗魔力特性があり、魔法や魔力攻撃は威力が大幅に減衰します。
どれほどの名剣でも魔力を流して使えば理力に対しては鈍ら同然。
一方で純粋な破壊力を得るためには身体強化魔法は使わなくてはいけない。
肉体は強化しても武器に魔力は伝えない、程度の制御技術は朝飯前ですが
万が一が無い訳ではありません。また枷と肉体の近さも考慮し刃渡りの短さも
選出基準としたので一番使い慣れたカトラリーナイフ(魔力制御訓練用)を
選んだのです。
それがその後でも最適な一手になる武器だなんて誰が思います?
いくら一瞬で取り出せるといってもあの状況ではその一瞬が存在しない。
何が起こったか把握し、解決手段を考え、適切な道具を選び、使用する。
そんな一瞬があそこには足りていなかったのに。
最初から手に持っていたからあっさりとあそこで終わった。
本当に、あの男の案件ですよ。
「まずは謝罪を。
緊急事態だったとはいえ勝手に壊してしまい、申し訳ありません」
そんな内心の苦々しさを塵ほども出さず。
しおらしく頭を下げれば案の定慌てた否定が返ってきます。
「い、いえ気にしないでください!
素人の私の目から見ても、あの時のムジカは異常な量のフォトンを
供給されていました……装備していたフォスタをまず疑うのは当然ですし、
実際それが壊れた途端にムジカは落ち着いた訳ですから…」
「…そう言って頂けるなら……寛大な対応に感謝を」
先に謝ることで言質を取る手法は誠実な相手にはうまくはまります。
……いえ、本当にシンの影響ひどいですね、私。
責任をとってもらわないと割に合いませんよ、まったく。
とはいえ、必要な会話でもあります。
危機感を覚えさせるためにも。
「しかしそうなるとやはり、あの現象は通常の不具合や故障の範疇ではない?」
「それは……専門家ではないので断言は出来ませんが、おそらく。
整備不良や不正改造でフォトンを過剰供給してしまう事故は年に数件ほど
聞きますけど、あんな眩しいぐらいのフォトンが一気に全身を覆うなんて…」
「あり得ない?」
「はい…しかも、あの攻撃も……ムジカじゃ絶対無理ですよ。
あれだけ莫大なフォトンだと身体強化しても逆に体を壊すだけで、
あんな一撃放つ前に腕が吹き、飛ぶ、と……っっ」
いま思い返して気付いたのかリディカさまは顔を青くしました。
当時はよくわからない状況が連続して把握しきれておらず。
先程までは幼馴染の状態が気がかりでそこまで思考が及ばなかったのでしょう。
私達もシンに色々教育されるまで理解が足りていませんでしたが、
おおよその一般人は突発的な事態に対応・順応できないものですから。
教えた当人が力を持つ前から出来ている側なので地味に納得いきませんが。
ともかく。
魔力、こちらでいうフォトンの輝きを見慣れているはずのガレスト人が異常だと
感じる莫大なフォトンが一個人に供給され、警棒の一撃のみで都市の大地を
深く、長く、割った。
その衝撃は彼をよく知る彼女だからこそ余計に衝撃的だったと思われます。
どう見てもこのこぞ……ムジカさまは戦士系統ではなさそうですし。
「……なら、あのフォスタには何か通常とは異なるモノが、
悪意をもって仕込まれていたと考えるべきでしょう……」
「な、何かが、悪意をもって……」
「おそらく精神的な動揺をトリガーにして、ある程度肉体を保護しつつも
当人や周囲の安全を度外視するほどの身体能力を強引に与え、暴走させる。
といったようなモノでしょうか」
ほら、悪意あるでしょう?
「…………」
彼女の顔にこの推論への否定の感情は見当たりません。
状況証拠のみの推測ですが警戒させておく必要があったので上々です。
これ以上は私が助力しても判明しない部分でもありますし。
副次的に取得した地球・日本の一般中学生レベルの知識(異世界公開前)では
このデバイス(残骸)の解析なんて出来ませんので。
「でもそんなのいったい誰が、いつ……?
所有者の承認なく、違法なモノを仕込むなんて簡単には……いくらムジカでも
長期間自分のフォスタを誰かに預けるなんてバカな真似……」
「…バイト、のときだ…」
「ムジカ!?」
ぼそりと呟くような、息も絶え絶えなムジカさまのお声。
リディカさまは驚いていますが、彼はさっきから意識だけは覚醒していました。
疲弊しきっていて、目を開けるのも声を出すのも億劫になっていただけで。
だからここまでの話は彼も聞いてはいたのです。
もっとも、聞かせていた、が正確な表現ですが。
リディカさまだけ危機感を持っても仕方ありませんので。
しかし。
「バイト、とは?」
「え、あ、その、ムジカが言うには何日か前まで十日ぐらい怪しいバイトで
泊りがけになってたらしくて、そこの機密保持だとかなんとかで外部と連絡を
取れないようフォスタを、預け、て、た、って………あぁっ!?!
こ、このおバカっ!!! 絶対にその時でしょ!!」
説明している最中に彼女自身も気付いたのでしょう。
瞬間的に感情を爆発させて横になったままの幼馴染に詰め寄る。
が。
「…ごめん………わるかった…」
「~~~っっ! ああもうっ!」
気落ちした声色で、素直に謝罪されたせいか。
リディカさまはこれ以上怒鳴れなくなって感情の行き場に困っていた。
なんでしょう、この構図はどうにも既視感があります。
あの男も変な所で素直さ発揮するので気勢をそがれるんですよねぇ。
「……心中お察ししますよリディカさま。
しかしそこから先はもう警察などの領分になってくるでしょう。
被害者がそこの彼だけとも限りませんし……」
「あ、そういえばムジカは同じバイトをしてた子達がいたって…」
「え……ま、まさかっ…あいつら、にも?」
おや?
「状況的には同じモノを仕掛けられたと見た方がいいでしょう。
目的が実験にせよ騒動にせよ一人だけでは意味が薄いと思われます」
「確かに……でもそれならヤバイ! すぐに通報して探してもらわないと!
もし人の多いところで誰かがあんな感じになって暴れ出したら!」
「…………」
どちらも自らの身で経験したがゆえにその光景を想像して顔が蒼白です。
ええ、あの破壊力が制限無しで使われればケガどころでは済まないでしょう。
当人にとっても、周囲にとっても。
「ですので、勝手に報復に動こうなどと考えないように」
「っ!」
「…ムジカ?」
あら、王城の腹黒達に比べてなんとも可愛らしくて素直な反応。
まあバイト関係と察した時に怒りの表情をしてたのが見えただけですが。
「危うくリディカさまにも危害が及ぶ可能性があったのでお怒りになるのは
ごもっともでしょうが元をただせばあなたの不注意・無警戒も一因。
何より現状で他の被害者候補達の顔や名を知っているのはあなただけでは?」
「おれ、だけ……?」
「そうか、そうなっちゃうんだ…」
指摘されるまで気付いていなかったのか。
驚いた表情をする両名。特にムジカさまの方は、ああ、ダメですこれ。
他者の命に係わる責任を急に背負わされて動揺してますね。
あ、リディカさまが何か余計なことを言い出しそう。
「ムジカ、動けるようになっても勝手なことしちゃダメよ?
あんただけが手がかりなんだから!」
ここでさらに幼馴染からの重い期待とプレッシャーが!
メンタル弱そうなこの小僧にそれはダメですよ。
はあ、仕方ありませんね。
「えっ、あ、いや………な、なんでおれがそんなめん」
「まあムジカさまがたかがバイト先が同じだった程度の赤の他人など、
どうなってもいいとお考えなら別段強要はしませんが…」
「え?」
「は?」
「おや、面倒なのでお見捨てになりたいのでしょう?」
「っ、ふざけんなっ」
かかった。
「た、たった十日でも……いっしょにメシ食って、ダベって、ばか騒ぎした、
そんなダチどもを見捨てるなんてダセェまね……できるかよっ!」
吐き捨てるようにそう口にしてそっぽを向く。
なんてお可愛らしい男の子。
私はそうですか、と頷いてリディカさまに意味深にウインク。
一瞬の間の後、何かを察したように頷き返したので私の意図は察したようです。
バイト仲間への情が多少ありそうだったのでシンお得意のプライド刺激による
誘導を仕掛けてみました。こういう小僧にはよく効くんですよ。
まあシン自身は同類視か妙な羨望かこういう坊やへ対応がわりと甘いのですが。
あとは……
「……もしあの残骸から何も怪しい痕跡が見つからず、あなた方の話も
信じてもらえなかったら学園の方になんとか連絡を入れてみてください。
宛先は信一さんがいいでしょう……ステラからだと言えばすっ飛んでくる、
かもしれません」
と仄かな希望を最後に付け足しながら万が一を想定したアドバイス。
別に彼へ至れる経路を増やしておこう、とか思って……ますけど。
「ステラ? あ、それがお姉さんの…?」
「ふふ、まあその前に会いに行くつもりですが」
そして決意表明のようにそう告げて腰を上げました。
これ以上は現段階でどうこう出来る話ではありませんし、
こちらでの足場が無い私が関わるとややこしくなるだけでしょう。
何より、痺れを切らしてお二人と共に接触されても面倒です。
なので警察等への説明の際には既にこの地でナニカやらかしてそうな
あの聖女一行はともかく、私の存在は隠せる内は秘してほしいとだけ
最後にお願いして出立することにしました。
リディカさまにはいくらか引き留められましたが意味深な表情で
「探し人を追いたいのです」とこぼせば「頑張ってください!」と
力強く応援されながら穏便に別れられました。楽勝ですね。
………いえ、散々誘導した私がこういうのもあれですが。
お二人揃って、こう、悪い人間に簡単に騙されそうで不安になります。
胸中で簡単にご多幸を祈りながら公園を出ると既に張っていた人避けの結界と
新たに張った防音結界へ1時間ほどで自動解除される設定を後付け。
この先の話はお二人には関係が……多分、ありませんので。
一応同陣営ですが、直接は無いはずです。
そんな些末事を頭の片隅で考えながら歩みを進める。
しかし、もう既に別の人避け結界の中ですか。不自然に人気がありません。
一瞬、私までも厄介渋滞症候群になったのかと本気で疑いましたよ。
本家本元の余波でこれなのですから。
けどせめて教会勢力だけでも私で処理できれば、とも思ってしまいますが
さすがに私でも聖女とこの先にいる方々は並大抵の手段では排除できません。
引き連れている十把一絡げどもはどうとでもなるのに。
ええ、どうとでも料理しておけば良かった。
どうして今更、こうなってしまうのか。
これは朗報か悲報か。既知か未知か。
まさか、生きていたなんて。
「───お待たせいたしました」
どうするのが適切か。まとまらない思考をひとまず棚上げ。
公園から少し離れた、結界のせいで人気のない大通りで彼らと向かい合う。
そこで待っていた両名に軽く会釈。お客様どころか暫定敵勢力ですが
待っていただいた以上、礼儀を欠くのはメイドの名折れですので。
「いや、構わないよ。
というかこっちが勝手に待っていただけさ」
「むしろ、聖女さまの尻拭いをしてもらったみたいだから当然というか…」
橙長髪の大柄女性と軽薄風男性が各々の神装霊機を備えて並び立っている。
敵意は感じられませんが警戒はしている、といった状態でしょう。
遭遇は古代遺跡でのあれからこれで二度目となりますか。
確か名は『盾』のメリルさまと『弓』のケヤルさまでしたね。
しかし。
「おや、おかしなことを仰いますね。
あなた方は確か私がここに転移してきた後にやってきたはずですが?」
なのに何故それを知っているのですかと問い返す。
だいたい想像は尽きますので意地は悪いですが。
「…ケヤル」
「げ、い、いやぁ他意も裏もないっすよ?
単にあのカップルから理力の残滓を色濃く感じたもんで、
きっとあの人がまたなんかやらかしたんだろうなぁって……」
名を読んだだけの嗜めに乾いた笑い声を返しながらも冷や汗まみれで
弁明する様子にお二人の力関係を察する。
「はぁ、悪く思わないでくれよステラ殿。
今のはこいつなりに敵意が無いのを伝えたかっただけなんだ。
聖女さまのことも、まだ合流前で詳細は知らないが多分本当に悪いのは…」
「ふふ、分かっておりますよ。
ただ覗き見をされた意趣返しぐらいはさせてもらいたかっただけで…」
「うぅ」
『弓』の使い手は目が良いと聞きますので。
意味深に彼を見据えながら薄く笑えば唸るように怯んだ。
気付いていたぞ、という発言はいくらか牽制にはなるでしょう。
次は無いという意味で。
じつは公園に転移した時点で彼らの追跡は気付いていました。
転移魔法への追跡魔法が、どうしてか途中から使われたのを察知したので。
おそらく転移の軌跡を察知して半ば反射的に追跡魔法を引っかけたのでしょう。
さすがは音に聞くリーモア騎士。聖女一行は誰も出来てませんでしたよ。
ただ追いかけた先にいたのが私だったので様子見。
待っていたのは何らかの探りか。聖女一行の情報を求めてか。
「聖女さまも直に会って話をしてみればとてもウブで可愛らしい方でした。
あれは側仕えどもがどいつもこいつも不甲斐ないだけでしょう」
確認の意味もこめて私の聖女評と、その他への苦言を素直に呈した。
崇めると仕えるの差が分からない者達は本当に使えない、と。
数か月前までの自分達を思い出して何気に苛立ちが激しくなる。
「うぶ? ま、まあ王室付きのメイドからすればあいつらの仕事ぶりは
そりゃ不満だらけだろうねぇ……」
「ちゃんと出来てんのラナちゃんぐらいだからなぁ…」
それは呆気なく同意の頷きを両者から得て、余計に荒れ狂う。
個人的な悪感情からくる色眼鏡を意識して外に置く。
冷静に。冷静に。
「このまま花を咲かせたいところではありますが、こちらも多忙の身です。
どのようにもてなすか判断するために、まずご用件を伺えますか?」
話は聞くが中身次第ではどんなもてなしになるか分かりませんよ。
と形ばかりの微笑みと共に暗に告げながらお二人を見据える。
一瞬だけ怯んだような反応をしたので意図は通じたはずです。
するとあちらは視線だけを交差させると頷きあい、メリルさまが一歩前に。
話は自分がするという意思表示でしょう。
さて、何が飛び出してくるか。
そして私はどこまで情報を引き出せるか。
「迷惑をかけておいて図々しいのは百も承知だが、頼みがあって来た」
「頼み、ですか」
意味深に頷きながら続きを待つ姿勢を見せ、余地はあるのだと思わせる。
実際その内容・対価次第では一時的な協力は選択肢としてアリですので。
遺跡での態度や口ぶり、聖女達との合流よりも私への接触を優先した事実から
聖女一行とは違う思惑で動いているのは明白。マスカレイドを追いかける彼女達
よりは余地はあると考えます。
「単刀直入に言おう─────」
こういう時、つい予想出来る全てへの対応を考えておいてしまうのは
職業病でしょうか。それとも生まれついての性分?
どちらにせよ両方にせよ誰かさまの
『あえて予想しないというのも脳内クッション増えていいぞ?』などと
お前が言うなと物申したくなる男の顔が一瞬ちらついて……。
「───────ナカムラ・シンイチへの取り成しを頼みたい」
「は?」
……そうしておけば良かったと頭の片隅の思考すら、即座にかき消された。
「察しの通り、私らはあんたの転移反応を追ってきた。
ステラ殿がいつこの世界に到着したかは知らないが私らは昨日でね。
情報交換でも出来ないかと覗き見しながら出待ちしてたんだが…」
なにを、言っている?
誰の話を、こいつは今何を口にしたんですか?
──まずは落ち着きなさい
「お前さんの口からあの坊やの名前が出たと聞いて、考えが変わった。
仲介してくれるなら私らを好きに使ってくれていい。
聖女さま方の捕縛に協力しろってんなら、全力でやらせてもらう」
彼に会わせろと言ったの?
そのために手伝えと言ったの?
──目的を、狙いを聞き出すのです
「坊やの捜索に馬車馬のように働かせてくれても構わない。
あちらに戻れたらアースガントでのやらかしを公に証言してもいい」
言うに事を欠いて!
教会の人間が! 私に!?
──ここはまず曖昧な反応でもっと情報を引き出し…
「無論、彼には危害を加えないと誓う」
──……………あ゛?
「私らはただ話を────っ!?!」
気付いたら、目の前に黄金の壁があって。
腕の筋肉が千切れ、骨が砕ける音を耳にしながら殴り飛ばしていた。
リボンを巻いていたのと逆の腕と気付いてホッとしている自分が頭のどこかに
いるのを自覚しながら、私はもう私の制御下には無く。
「────ふざけるのも大概になさい」
静かで、ドス黒く、低い声は他人のそれのようで、でも何よりも私だった。
「何が危害を加えない、ですか。
最初に……一番最初に彼を傷つけたのはお前たち教会でしょう?」
2年前に起きた、彼の人生を決定づけてしまったあの事件。
実行者は邪神を崇める邪教集団でしたが、黒幕はリーモア教会だった。
倒すべき敵を作るために不倶戴天の存在である邪教すらいいように利用して、
事件は引き起こされた。
生贄に選ばれたのは裏で糸を引いてた者達にとって使い勝手が悪かった『槍』の
アイシスとその弟子たち────彼は、認識さえされてなかったのに!
弱さから狙われて、依り代にされて、そして!
切り裂いた!
噛み砕いた!
踏み潰した!
「───」
「────!」
雑音が遠い。
視界はただ真っ赤で。
分かるのは、降り続く血の雨の中。
ひとりで泣き叫ぶ彼の姿と声だけ。
──あぁ、少々お待ちを
コレを掃除したらすぐにあなたの元へ行きますから──




