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帰ってきてもファンタジー!?  作者: 月見ココア
修学旅行編 第二章「彼が行く先はこうなる」
281/286

その、出会い(再会とは呼べない)1



「──────すいませんシスター、変な時間に連絡をしてしまって。

 はい、ええ、ガレストです。やっと一般にも連絡できるようになって……

 もちろん無事ですよ、娘さん達もお孫さんもね………え、俺?

 無事ですけど……家族? あ……こ、このあと電話します。

 ………あの、電話越しでも分かるぐらいすごいため息吐くのやめてください。

 地味に居た堪れなく……ぐ、返す言葉もありません……ええっとこの後だと

 言いにくいんですが、あいつの両親の話が偶然俺の耳に入りまして、ええ、

 あなたには伝えておくべきだと……はい、通信なので詳細は省きますが、

 どっちも厄介な大物で、今もそれぞれの形で娘を想っているようですよ──」



「────凛子さん、俺で、ひっ…………はい、はい、ごもっともで!

 すいません……うぇっ!? ぜ、善処します……その、頼みにくいのですが

 父さんにその、二人も無事だって伝えてくれませんか……え、ニュース?

 インタビュー? 生中継も? あ、昨日の式典か……あ……お、俺はその……

 ちょっと、う、裏方に………は、はい、その通りです。裏で暴れてました。

 む、無茶はしてませんよ! ホントですってっ、ううぅっ───」




「……相変わらず『母親』が苦手(・・)なのですね」


「ほ、ほっとけ…」







政府によりガレスト学園用に貸切られたカラガルの高級ホテル。

地球人向けの造りをしている建物はそちらの人々が想像しやすい高層ビル型の

ホテルであった。


「だああ、くそっ──────本題以外の話が盛りだくさんでどっと疲れた」


その、一室。

彼に割り当てられた一人部屋で発言通りの疲労感を携えたシンイチはベッドに

倒れ込んでいた。ただそれを横目にするステラは「先程の電話の方が原因として

は重いのでは?」と考えたが指摘しない優しさで無言を通した。


実際、シンイチの主張も事実ではあるのだ。

ホテルのおよそ真ん中辺りの階層にあるその部屋からはガレスト特有の

日中光源である『星陽』が地表から昇り出しているのを窓から見下ろせる。

つまり彼が戻ってこれたのは早朝といえる時間なのであった。

昨日の昼間に行われた式典の裏で始まった学生と大統領の密談は双方にとって

予想外の事実が明らかになったため翌日のそんな時間まで続いてしまったのだ。


「まさか転移拉致事件の話からモニカの両親にまで話が飛ぶとはな。

 ……全くの無関係じゃないのが頭、痛いぜ」


三世界全ての要素が関わるこの事件において、中心となった技術を確立させ、

実行された地下施設の隠蔽を──痕跡を残して──行った科学者だ。

しかも博士当人は何故か自らの死を偽装して行方をくらましており、また今まで

決して直接は会いに行かなかった娘と接触してもいる。その行動に不穏さを

覚えない者などあの場には一人もいなかった。


「形だけであったとはいえ政府の目から完全に逃れ、

 これまで会いに行かなかった娘と接触…ですからね」


「何やらかす気だって話だよなぁ」


やめてくれと非常に情けない声となるシンイチだが、そうもなろう。

博士のそれはどう考えても大きな行動に出る前の助走ないし覚悟決めに見える。

超技術を持ち、政府を動かせる立場の彼がそうまでして行おうとするナニカ。

薄ら寒いにも程があった。


「警戒するお気持ちは重々……されど出来ることは殆どありません。

 結局は転移拉致事件の調査が進むのを待つしかない……違いますか?」


「……まあな。俺も政府もクオン博士を見つけられないんだ。

 なら今まで何をしてきたか。直前まで関わっていたそこから探るしかない」


動き出した時期(2年以上前)を考えれば現在生存が確認されているマゼンタに何かあったとは

考えにくく、モニカに手を出そうとした対『蛇』への動きでもないと思われる。

逆をいえば妙な形で痕跡を残しながら行ってきた犯罪行為にはどこかに博士の

目的を示すモノがあるはずだ。


「そちらはもう現時点で話すべき事柄は対策も含め、共有できております。

 未だ発見できていないカイトさまの行方や黒幕への捜査については勿論、

 ファランディアからの私以外の(・・・・)闖入者たち(・・・・・)についても……ご苦労様でした」


室内の安全や調度を確認しながら最低限の目的は達成できたと労うステラ。

だから、と暗に隠された彼女の本音を察しつつも心底のそれは面映い。

変わらぬ隙の無いメイド服に姿勢、表情ながら纏う空気は他では見せない

柔らかいものになっているのがよく分かるので余計に。


「……そっちは本当に忘れてたけどな、くそったれめ。

 あの遺跡の力を借りれば、俺という目印があれば、片道だが異世界へ

 次元転移できる。過去夢が訴えてたのはそれかよぉ………分かるか!!」


無駄に柔らかい枕に、無駄に拳を打ち込む。

彼自身がアースガントに眠る遺跡を見つけた時には地球の座標を示せるモノが

無かったため自らの帰還に使えないと判断し、以後は考古学方面に丸投げし、

管理を国に委ねた後は完全に放置していた(忘れていた)


「やはりあの遺跡を本当に発見していたのはあなたでしたか」


「フン、発見者が誰かなんて歴史に刻まれたのがすべてだよ。

 なら考古学者ローとやらが見つけたという事実に違いなどあるものか」


俺はただ邪神の知識で知っただけだし。

と、いつもの不貞腐れたような愚痴をこぼしてベッドで右に左に転がる。

完全にすねていじける子供のそれであった。変わらないですね、とステラは

小さく、本当によく見なければ分からないほど僅かに微笑む。


他者にはどこから、誰から、どうして、教わった知識、手にした力であろうと

何にどうしてどのように使ったかが重要だと説く癖に自分は選り好みしたがる。

それでも使うべき時には躊躇なく使うのだから割り切りがいいのか。

自分の感情をないがしろにしているのか。

どちらにしろシンらしいと思いつつ判断に迷うステラである。


「しっかし聖女がそこまで暴走するとは……グエンは何をやってるんだ。

 そのうえレンジは虜囚でハスミは状況的に連中追いかけてこっち(ガレスト)へ。

 連中に協力したらしいアースガントの裏切り者も同道してるかも、か」


いつもの流れだな、と寝転びながら肩を竦めて鼻で笑う。

連鎖に積み重ねの大盤振る舞いが本来関係ない世界(ガレスト)に集結している。

シンイチを起点として。


「……何にせよ、今はどうかお休みになってください。

 今の旦那様のご様子は疲れが隠し切れなくなった証拠です」


思い悩みかけた主人の姿を見かねた彼女があえて使用人口調で進言する。

匂わせてるだけでは動かないと判断しての直訴でもあった。

これに一瞬迷う素振りをした彼だがやはり疲れがあるのか。

返事さえせずシンイチはゆっくりと目を閉じると数秒もしない内に寝息を

立て始めた。


「──────」


それを静かに、感情の見えない顔で見守る彼女であるがその胸中は望外の喜びに

満ちていた。第一にあるのはやっと休んでくれたという安堵であるが、第二は

何も返さずとも指示をせずとも一番無防備となる眠りを任せてくれたという

最大の信頼にして報酬への喜び。それは彼女をして、緩みそうになる口元を

強く叱咤し、静かな面持ちを全力で維持しなければならない程だった。

誰も見てはいないのだが。


そんな矜持と感情の攻防を顔面でしながら物音すら立てず、空気の移動すら

最低限にした動きでベッドに近付いたステラは睡眠には適さない服装(学生服)

何も感じさせない一瞬の早業で脱がすと流れるような一連の動きでふわりと

シーツを彼に被せる。不可思議なほど身体や寝息は微塵も乱れていない。

彼女がアースガント王室によって保護(・・)されてから鍛え続けた各種技能は

もはやそんな神技の領域に至っていた。尤も当時の王室の面々からすればまさか

彼女達全員がここまで心身共にメイド業にはまるとは予想していなかったが。


「………ぐだぐだ言うくせに寝付きはいいのですから」


良く言えば穏やかな。悪く言えば少々気の抜けた寝顔に彼女の口元は感情が

勝ってしまった。そして思わずと伸びてしまった手は、その指先は顔の輪郭を

なぞるような繊細さと臆病さで頬を撫でる。

それはまるで彼が本当にそこにいるのを確認するかのようで。

あるいは愛しい男の温度と自分の温度を仄かに混ざり合わせるようで。


「っっ! 浮かれていますね。自分で自分を制御できていませんよ」


何を願った動きであるか誰よりも自覚している彼女は自戒の言葉を呟くが

指先は変わらずな辺り、改める気概の程度は知れよう。それでもステラは

自分の仕事と役割を忘れてはいない。


「…少し、痩せましたか。

 どうせ後でドカ食いして帳尻を合わせる気なのでしょう。

 厄介事の最中となると食事と睡眠をすぐ疎かにするのですから」


相手が眠りの中であるのは百も承知で苦言を呈す。

起きている時に言った所で「…ぜ、善処する」と口にするだけだろう。

ならばこれはメイドたる自分が気を付けるべき領分だと静かに燃える。

人知れずそんな決意を固めた彼女だが、その表情にはどこか憂いが見えた。


「………憎々しいこと」


ただそれはその感情を向ける先がない、という意味でだが。


「まさか故郷や別の異世界でも、いえそれどころか世界を跨いでも事件を

 引き寄せてしまうなんて………邪神の残骸風情が忌々しいっ」


シンイチが地球への帰還にある意味で拘っていた理由。

それは邪神復活の可能性を完全に断つためと家族や友人との再会を願う当然の

感情が一番、二番の理由であったがこの体質の原因と無関係な世界に行けば、

という希望もあってのことであった。

されどそれもこのありさま────なら、彼の安息の地はどこにある。


「どこにも無い、なんてこと……私が絶対にさせない」


そんな運命如きに負けはしない。我らが主を好きにさせない。

おかげで最初の出会いがあったのだとしても。

おかげでこの再会が(・・・・・)実現した(・・・・)のだとしても。

そんなことは知ったことかとステラは静かに、ひそかに運命に吠えた。

自分にそんな気持ちを抱かせたこの数日の出来事を思い返しながら。





・・・・・・・・・・・・・・・・



彼女(ステラ)がガレストに転移したのは4日ほど前のことだった。

ガレスト学園勢(及び拉致被害者達)がオークライからカラガルへ移動する旨が

当人達に伝えられた辺りの頃。そこから式典前日に再会するまでの出来事は

まさに、そして当人としては忌々しい限りではあるがナニカに導かれたような

事態が続く話であった。



・・・・・・・・・・・・・・・・




「っ、空!?」


壊れかけのレンズのような膜の向こう。

姫様と妹達に背を押されて飛び込んだ先に大地は無く、足は何も掴めない。

即座にやってきた重力の誘いと風を切る感触に空中だと理解したがその程度で

慌てるほど軟弱な精神はしていない。主に、あの男、と行動を共にしていた

時期のせいだと思うのですが今は頭の隅に置いておきます。


即座に周囲を把握する。

眼下にある整い過ぎている街並みの中から、

どこに降りるべきかを判断するために。


あそこ、ですね。


落下感覚を1秒程度味わった後、メイド服のスカート裾を掴みながら一瞬だけ

魔法を発動。作成した風の壁を蹴り、反動で落下軌道を修正。捲れないよう

注意しながら体勢を整えながら狙った場所に足から降りる。風壁作成と同時に

発動させておいた重力魔法の補助でその着地はそこまでの勢いを無視した

ゆっくりとした、音さえ立たない静かなものとなった。


上空を見ている目は無く、魔法発動も一瞬。

少なくとも一般人に気付かれてはいないはずです。

一際気を付けましたのでスカートの中を覗かれるような事も無かったでしょう。

女の下着は安売りするものではないと聞いています。

っといけない、余計な思考を。


「………しかし、これは…」


降り立った場所を見回す。選んだのはある建物の屋上。

高さやデザインが殆ど統一されて並ぶビル群はどこも似たり寄ったりで逆に

どこに降りるべきか余分に悩んでしまいました。ここを選んだのは一際人気が

感じられず、屋上設備の関係で隠れられる死角があったから。


「…彼女達もいませんか。

 そんなに時間差があったとは思えませんが…」


設備と落下防止柵の間で自身を隠しながら感覚と魔力による気配探知を

行いましたが先に飛び込んだ『盾』と『弓』のリーモア騎士二名は少なくとも

私の索敵可能範囲にいない。さらにその前に転移したはずの聖女一行も。

そして状況からの推測になりますがその後を追ったとみられる鬼人族の前長の

姿や気配も無い。既に移動したかそもそも別の地点に出てしまったのか。

コトが世界を超える次元転移。通常転移の常識や知識は役に立たないでしょう。

時間や場所のズレは想定できる範囲の異常でしかありません。

されど。


「僥倖と喜ぶべきか手掛かりがないと嘆くべきか、ですね」


彼ならそう評しそうだと思わず呟く。

転移先でいきなり戦闘になる可能性も考えていたため安全な転移となったのは

有り難いものの同時にこちらでの活動の取っ掛かりが得られない。

何より────視線を上に向ける。


「参りました………見間違えたとは笑えません」


果てのある、天井の空。

星が照らす昼間という私の常識・知識からは矛盾した光景が広がっている。

あの膜越しに見た時はあの男の故郷世界に見えたのですが、通り抜けてみれば

どうにも雰囲気が違う。あの時、事故で流れ込んだ彼の記憶で知った地球の

風景や知識に全く該当しない場所、光景、物体があちらこちらにある。

日本以外の国という可能性も過ぎったもののやはりこの空が、街並みが、

漂う空気が『違う』と私に訴える。


「ここは、地球ではありませんね」


これはやってしまったかもしれない。

あれほど大騒ぎして、不敬に近い発言までして、姫様達に送り出してもらった

というのに見当違いの世界にやってきてしまったなど笑い話にもならない。

聖女達が手にいれた血の触媒が別人のものだったのか。遺跡の装置に何らかの

不具合があったのか。異世界への渡航を目論んでいた『盾』と『弓』が

何かしらの企みを行ったか。 

そう。


「そう、考えるべき、なのですが……」


本来なら失敗した、と。

ならば原因は、と。

次に取るべき行動は、と。

それぞれ考えるべきだと冷静な思考が告げてくる。

されど、どうしてか。


「どうして、あなたをより近くに感じるのでしょうね?」


遺跡に突入した時から感じていた気配が、ここはさらに近い(・・)

どこかは分からないし、そばにいた時とは雲泥の差ではあるけれど。

あなたがファランディアを去った際に出来た空白がここにはない。

同じ世界にいるという確信が、どうしても拭えない。


「っ、あ」


ビル風でしょう。横合いからの突風に背中の髪が舞い上がる。

首裏で簡単に結ってあるだけのそれは肩にかかるようにして胸元に乗った。

見慣れた水色の長髪。その、ある一点だけに存在する違う色彩が目に付く。

なんてことはない、安物のリボン。あの日、お礼で詫びだと彼から贈られた

幾本もの宝物(リボン)の一つ。


「シン?」


自分と彼を繋ぐ物がその感覚を疑うなと陽光を弾く。

まるで必ず彼のもとへ導くと訴えかけて──────いやいやいやっ、さすがに

それは乙女チックな妄想が過ぎるでしょう私!?!


「……ごほんっ、ともかく情報収集です」


誰もいないのは分かっていても熱くなる頬を無視して自分に言い聞かせる。

そうと決まればまずは着替えが必要でしょう。遺憾ながらこの正装(メイド服)ではいくら

気配を薄めても視線避けの結界を使っても目立ってしまうのは否めない。

どこかの王都や貴族街なら逆に一使用人として紛れ込めるのですが。


『お前が、街で、紛れ、こめる?

 ああ……うん、完全に気配消したら出来るんじゃね?』


一瞬、何を言ってるんだお前は、的な誰かの声が脳裏に過ぎりましたが、

忘れます。すぐに何も無かったように柵の隙間から雑踏の人々を観察した。

人間(と仮定する)たちの姿かたちは自分達と大差なく、ファランディア寄りの

色合い(・・・)とさえ感じる。只人種と半獣人のみという構成には人種統制でも

行われているのかという疑いさえ覚えるが、地球が只人種のみの世界である以上

ここもそういうことなのだろうと推測する。


服装に関しては逆に地球的、もっといえば日本的に感じられます。

参考情報があの男の記憶のみなので断定は難しいのですが、私には好都合。


彼に四次元メイド服とさえ呼ばれた収納魔法を付随させた仕事着の中から

お忍びでの市井探索用衣服をいくつか取り出しながらメイド服と入れ替える(・・・・・)

収納魔法付随の衣服同士であれば取り出した服に着ていた服を収納する、という

形で一瞬の早着替えを行えるのです。タイミングと取り出し位置を間違えると

一気に痴女ですが。


選んだ衣服は白のブラウスに地味な色合いのロングスカート。

露出は無く、ファッションとしても目立つものではないでしょう。

リボンも解いて目が届く手首辺りに巻いておきます。

いえ、手がかりになるかもしれませんので。

他意はありません。別に、何も。

ああ、ですが、そういえば前にも。


『………これも血筋なのかね?

 そんな服でどうして深窓の令嬢感を醸し出してるんだよ、このメイド…』


『姿勢とスタイルが抜群にいいから立ってるだけでお忍び令嬢感が!?』

『分かってた、分かってたけどっ…清楚エロイな私達の姉さん!』

『だめだ、これ。開放したら初恋泥棒どころで終わらないよこの人!』


似た格好をした時はあの男が妙な反応をして、妹達が怖い顔をしてましたが

あれはなんだったのでしょうか?


一応あの時と同じく(彼と妹達に執拗に説得され)注目どころか顔や雰囲気を

ぼんやりとしか認識できなくなる個人用認識阻害結界を使って眼下の街へと

情報収集に乗り出します。そんな備えのおかげだったのでしょうか。

現地人からは接触されることなく都市を見て回れました。


未知の世界ということで初日から成果は期待していなかったのですが、

意外にも多くの情報を得られたのです。まあ、彼のおかげ、なのですけど。


あの人の記憶を偶発的に見てしまった時、私が知ったのは彼の半生だけでは

ありませんでした。しばらく無自覚でしたが中学校入学レベルの日本語や

あちらの一般常識・知識を身に着けていたのです。あくまで13歳のシンが

見聞きしてきた範疇のものになりますが。


ただその前提知識の有無はこの世界の調査・理解においては必要なものでした。


ここはガレストという大陸型の世界であるという。

輝獣という魔物に近い災害型の怪物が跋扈するため人々はドーム都市で防備を

固めつつその中で生きており、他都市とは地下に張り巡らされた路線網で

繋がっている。ガレストにはそれらを無理なく成立させられる技術力があり、

地球の知識があっても、否あるからこそそのとんでもなさに慄いてしまう。

護身用に出回っている武具だけでもファランディアの武具とは雲泥の性能差。

ただ一方で武装が優れているせいか使い手たちは並と感じる。

警邏と思しき者達ですら、そこらの街の自警団より脅威に感じない。


そういった諸々をトラブルなく探れたのは日本語が通じたおかげ。

電光掲示板のようなものに流れる言語の中に日本語があり、また違う言語を

使っているのに会話が成立しているように見えたので試しに日本語で話しかけて

みれば、これが通じて本当に驚きました。装身具型の翻訳機が普及しているとも

聞いて情報収集が捗りました。


けれど、その過程で聞いた一つの事実に私は困惑してしまう。


そもそも何故日本語が通じたのか。翻訳する道具があったのかの理由。

ガレストはどうやら8年前から地球と交流している世界なのだとか。

世界規模での交流だと考えれば、あくまで一般に明かされたのは、という

話なのでしょうけれど、8年の経過は誰もが知っていて、地球の人と思われる

旅行者も同じことを語るのですからそこは動かないのでしょう。


「───どういうことですかそれは?」


年数が合わない。

私は愕然とし、一人呆けるように塞がった空を見上げていた。


今年は地球の西暦でいうと2022年だとか。

彼が、次元漂流したのは2014年であったはずなのに。

あの人がファランディアを旅したのは約2年のことであったのに。


「6年も、ズレている?」


最初その情報に21歳になった彼を一瞬想像したことは許してほしい。

これでも10歳差は結構気にしていたのです。

けれどこの情報はそんな色惚けた妄想など吹き飛ばす意味がありました。

この時間差はどこで生じたかで絶妙に問題になってしまうから。

何よりもシンにとって。


ファランディアで過ごした2年。

次元漂流前の彼がガレストを知らなかった事実。

これらから2014年に漂流しあちらで2年過ごしたのは絶対に動かない。

ならば、どこで6年もズレたのか。


「っ…」


考えられるパターンを網羅して、ほんの数時間前の思考を心底恥じた。

次元転移なのだから常識は通じない?

時間や場所のズレは想定できる範囲の異常?

なんて愚か。それで辛い目に合う誰かを考えられなかったの!?


「なんて、こと……」


私だけ、あるいは私を含めたあの遺跡からここに来た面々だけが6年の時間差を

持ってしまったというのが一番誰も傷つかない。彼の帰還が2016年までに

為されていたのであれば、それもまた問題はない。彼もその覚悟はあったろう。


けれどそれ以外のケースではどうか。

地球・ファランディア間での次元移動には必ず片道3年かかる場合と

意図的な次元転移の場合は必ず6年かかる場合は例え彼が帰還できたのが

今年だとしても「しょうがない」という言い訳と慰めがまだ通じる。

地球とファランディアで時の流れ方が抜本的に違った場合もまた。


だけど、どうしてか。

私はそのどれでもない気がしてならなかった。

あの男はそういう部分で妙に引きが悪いところがある。

否、最悪をどうしても引き当ててしまうというべきでしょう。

細かく可能性を探れば彼に都合の悪いズレ方はいくつもあるけれど、

シンが抱いていた想いと願いを傷つける最悪な形が一つ思い浮かぶ。


シンがファランディアに来た時点で地球ではもう6年経過していた場合。

彼が帰還のための調査や活動を行っていた時には、必死に世界中を飛び回り、

あちこちの事件や陰謀に立ち向かい、人々を陰日向に守り救っていたあの時には

もう、手遅れになっていたケース。


2年と8年は違う。

1、2年なら待つことが出来る者はまだ多いでしょう。

けれどその四倍以上の年数となれば一気に減ってしまう。

それにどうやらガレストは漂流者保護が手厚いらしい。保護されていない時点で

元はただの子供に過ぎなかったシンの生存をご家族が信じ切れるかは怪しい。

よしんば待っていてくれたとしても成長期の子供の2年後と8年後の姿は違う。

彼は、ようやく会えた家族に本人だと信じてもらえたのだろうか?

受け入れて、もらえたのだろうか。


「わ、私はっ、あなたが家族の下に帰れたと思って……っ!」


それを慰めに、心の整理をつけようと思っていたのに!

思わず、こみ上げてくるモノを隠すように手首のリボンに縋りつく。

記憶越しに見た彼が生まれ育った家庭は暖かな場所でした。普通の家族を

知らない私達にとってこれがそうなのだろうとなんとなく思わせる情景。

事故だったとはいえ覗き込んでしまった私は彼がどれだけそこに戻りたいと

切に願っていたのかを感じ取ってしまった。


あなたが私達と別れた日、本当は引き留めたかった。

あるいは連れていってほしいと縋りつきたかった。

けれど立場と見栄に拘り、あなたの願いを邪魔する勇気が持てなかった。

もっとも別れの挨拶をする勇気も無かったから見送りもしないなどという

無礼過ぎる態度を取ってしまったのだけど。


「なんて無様……この臆病女っ」


まだ想像の話。可能性の話。それでも外れてない予感がある。

だから呆然と天井のある空を見上げたままで、だからそれに気付いてしまった。


「え?」


空の天井よりは低く、並ぶビル群よりは高い場所に浮かぶモニターの群れ(・・)

私が知る日本語で表現するなら、空間投影型の浮遊街頭モニター、だろうか。

実体があるのは中心にある球体型の投影装置だけで、それが周囲に一枚絵の

ようなモニターを作り出し、様々な情報を流していた。

この時の私にとってはもはや答えのような情報が。


「……千羽、陽子? 陽介?」


それはガレスト学園という世界間交流をお題目に設立された学校の生徒達への

インタビュー報道だった。なんでも1週間ほど前にどこかの都市でテロ事件が

起こり偶然修学旅行で訪れていた同校の生徒達が市民を救助したのだという。

これはそれを称え、感謝し、尚且つ詳細を知ろうという取材映像。


「あ、ぁぁ……っ」


そんなインタビューの矢面に立っているのは主にその双子の姉弟。

日本ではいくらか知名度のある姉弟で、才覚豊かな若者として期待の双星と

呼ばれているとか母子家庭で(・・・・・)育った(・・・)だとかが色々と紹介されている。


彼の記憶を思い返していたのもあってすぐに気付けた。

後ろをトコトコとついて回っていた幼い妹弟の面影を残すその容姿。

男女の双子。2022年での年齢。名前が同じで、苗字は母親の旧姓。

ここまで揃って別人であったなら、とんだ喜劇でしょう。


「…………行かなくてはっ!」


想いが言葉となって何よりも前に出る。

会いたい。抱きしめたい。声が聴きたい。紅茶を振る舞いたい。手製の菓子も。

食事は彼の好きな物もたくさん。清潔なシーツに柔らかなベッドも用意しよう。

穏やかな眠りと心地よい目覚めも。日々の些事に囚われぬよう掃除も洗濯も

着替えも入浴もお世話させてほしい。そのお心の平穏のために私の全てでもって

お仕えしたいっ。


ここまで来た事情を忘れるほどの感情が沸き立って私は動き出していた。

そう答えはインタビューの中に全てありました。彼らは数日後にカラガルという

都市に赴き、大統領から表彰を受けるという。あの妹弟と接触できればシンが今

どこにいるかが分かるはず。すべてはそれからです!



・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・



………などと、内心鼻息荒く、意気込んだものの。

この世界の身分証もお金もあのスマホのような道具も持っていない私には

公共交通機関を利用できないというある種当然の壁が立ちはだかりました。

時間があるのならそれらを確保する方法を模索する所ですが、彼らの表彰後の

動きが分からない現状その余裕がありません。また聞き及ぶ都市外の状況を

考慮すれば徒歩や飛行魔法は論外。道もわかりませんし、そも道があるのやら。


結局あらゆる手段を重ね合わせて人の目やカメラに自身が映らぬよう工夫し、

地下鉄に無賃乗車いたしました。こ、これから、これからあの方に仕えようと

決意を新たにした矢先にこの始末っ。


「……なんたる不覚!」

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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます! いっぱい心配してくれるステラさんに感謝
ただただ嬉しい。この一言に尽きます。 ステラさんが来る事で現状のシンイチの身体状況とかも分かりそう。診断の結果の話が気になってたので。 今後の展開が気になります。
メイド長とのこの独特の空間は、万病に効く。 口角が上がりすぎて天井に突き刺さることだけが問題 電車の中でニヤニヤが止まらない
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