その、出会い(式典二日前)3
場所柄ゆえか出身世界ゆえか。
三つ揃えに小奇麗なコート、片手に仕事鞄という出で立ちは地球から
ガレストに出張か何かで派遣された人間という印象を与える。
にこやかな笑みを浮かべる彫りの深い顔はそれだけでは国籍不明感が強いが、
髪は黒く、肌は白い。感覚的に地球人だと思える容姿が前述の印象を補足していた。
「………」
「え?」
そんな外見的特徴をモニカが完全に把握するより前。
無言で腰を上げたシンイチは絶妙な位置に自分を立たせていた。
彼女の視線を完全に防がない斜め前で、一歩分だけ相手に踏み込んだ場所。
気を許した、年相応──以下かもしれないが──の緩み顔を一瞬で消して。
それでも警戒の度合いとしては実は先ほどのナンパ男ムジカよりいささか低い。
“彼”の存在を最初から知っていたからである。
さもありなん。
駅前のベンチが一つな訳がない。その利用者も自分達だけな訳がない。
複数並んでいたり、離れた場所に設置されていたり。埋まり具合もまちまち。
そしてモニカと再会した時点でその中年紳士はシンイチが腰掛けていた場所から
ベンチ一つを挟んだ所で既に座っていた。しかも彼らより先にゲバブサンドを
ゆっくりと味わいながらだ。彼の方が先客であったのは間違いないだろう。
人避け結界(弱)はあくまで範囲内に意識が向きづらくなるだけ。
しかもモニカが接触したことで一時霧散している。途中で張り直したが、
境目ともいえる微妙な位置や本人の体質、あるいは張り直す前にこちらへ
意識が向いていた場合等はその効力が格段に落ちる。奇しくもムジカの拙い
ナンパ行為とその後の幼馴染とのやり取りは見ている分には少々面白いものが
あった。あれで注目されていただけという可能性もあってシンイチはこれでも
穏当な対応をしている───つもりである。
「ええっと……私達に何か御用でしょうか?」
護衛よろしく立ち上がった少年が何も語る気がないのを察したモニカが代わりに
対応した。暗に自分の知らない相手であると彼に伝える意味も込めて。
「おっと、これは失礼。
若い方々の仲睦まじい姿につい見入ってしまいました。
恥ずかしながら自分はそういうものと縁遠い人生だったもので…」
「は、はぁ…?」
じつに眩しかった、と目尻を下げる様子は微笑んでいるのか泣いているのか。
一瞬判断に迷うような表情であったが彼自身はあっさりとした様子でその不明顔
を引っ込めるとネタばらしとでも言いたげに肩を竦める。
「白状すると実は先程のナンパにからまれた辺りから話が聞こえてしまい、
つい聞き耳をね。本当にすいません……ただ言い訳をさせてもらえるなら、
あなた方が対応に困った時に大人として割り込むつもりであったのです。
まあ余計な心配だったどころかなかなか痛快な返しに感心しましたが」
「ど、どうも…?」
「それで、その……何事もなかったので黙って去るつもりでいたのですが、
途中でふと気付いてしまって……こんなお願いをしていいのか迷いますが…」
しかし突如として歯切れの悪い、要領の得ない物言いと共に視線が右往左往。
微かに首を傾げるモニカを余所に彼は少々の迷いを見せながらも意を決してか。
鞄を開き、中を漁って目的の物を取り出すとこちらに差し出し一言。
「これに────サインを頂けないだろうか。次元の歌姫、モニカ、殿」
実はデビューした時からのファンでして、と。
少し照れ臭そうに笑う男性の手には上等な白い色紙と黒いペンがあった。
───
──────
─────────
「今でもサインってこういう色紙が主流なのか?」
すらすらと流石の慣れを感じさせる動きでペンを走らせる歌姫モニカ。
念のため先に色紙とペンを受け取ってさらっとチェックしてから渡した少年は
それを感心したように眺めるも、若干ズレた所に食いついていた。
「むしろ色紙に一本化されつつあるわね。
CDは配信に、ポスターは立体映像に取って代わられていく時代だけど、
サインはサインとして求められているから昔より価値があがったとも聞くわ」
「…他に書ける対象が無くなったから基本のこれが高騰したってか」
「ええ、特に紙文化がないガレストだと物珍しさから余計に、っとお名前は?」
地味に世知辛い時代の移り変わりの話から、にこやかに待つ姿勢でいる紳士に
水を向ける。既に色紙にはモニカ・シャンタールという──シンイチには微塵も
読めないが──サインと今日の日付さえ記し終えていた。
「あ、そうですね、長ったらしい名前なので……ふむ。
『アブ』とでも書いてくれれば…スペルも気にせず日本語で構いません」
「分かりました、アブさん、ですね」
「……はい」
ニコリと歌手の顔で答えるモニカに彼もまた穏やかな微笑を返す。
それを変わらぬ無表情ながら釈然としない心持ちで眺めるのがシンイチだ。
ムジカに対して行ったのと同程度の探りをして安全だと判断しているのだが
どうにも引っ掛かるものがある。理由らしい理由は無く、唯一にして
分かりやすく疑わしい点である色紙を持っていた故についてもモニカが
カラガルに来ている噂をネットで知り、丁度仕事で訪れる予定であったため
淡い期待から持ち歩いていたという。微妙だがあり得ないとも言い切れない話。
実際、彼女のカラガル来訪の噂はガレストのSNSを中心に少し流れていた。
「…………」
これ以上ナニカを見出すにはシンイチといえど顔と愛称だけでは不可能だ。
一応顔認証システムの応用で近辺の防犯カメラを洗っているが彼の証言を
裏付けるような映像しか出てこない。地球人であるのもネックになっていた。
身元をきちんと探るのはガレストからでは難しいのである。
「これで、よしっと。はい、どうぞ」
「ありがとうございます。
物にあまり執着は無い私ですが、これは大事にさせてもらいますよ」
心底、それこそシンイチの眼力をもってしても喜びの満ちた顔にしか
見えない表情でサイン色紙を受け取った紳士は丁寧にそれをカバンに仕舞う。
ただその際、取り出した時には気付かなかった厳重そうな保護ケースがちらりと
見えて、本気のファンとはそこまでやるのか、と妙な感心を抱くシンイチだ。
「私もデビューから応援してくれてる方に渡せて良かったです」
「いやはや、自分でも何が琴線に触れたのか言語化できないのですが、
ちょっとした興味で初めて歌を聞いた際に引きつけられるものを感じて。
気付けば歌が出る度に買う日々で、予定が合えばライブにもちょっと…」
「私の歌がファンの日常を彩るものの一つになる。
ひとりの歌手としてこれ以上はない名誉だと思います。
これからもたくさん届けさせてもらいますね」
「楽しみにしています……散財の予感がひしひしとしますが」
「ふふ、それだけの価値はあると自負していますよ」
「っ…ええ、そうでしょうとも」
どうしてか。
一瞬驚いたように目を見開くも彼はそこは疑っていないと大いに頷く。
そして、では、とモニカに小さく挨拶をした。ただそれで去るのかと思えば
何故か視線をシンイチに向ける。護衛のつもりで立っていた少年はそこで
自分に用向きがあるのかと思わず戸惑った瞬間、紳士はにっこりと微笑んで一言。
「彼女とのデート、この後もどうぞ楽しんで」
「あ」
ナンパから聞いていた、ということはそういうことである。
直接的な表現はしなかったがそう受け取られてもおかしくはない問答があり、
そこを加味するとどうしたことか。紳士の笑みも言葉も柔らかいのにどこか
棘があるように感じたのはシンイチの勘違いではあるまい。
「ま、待ってほしい!
さすがにファンの方にそこを誤解されるのはっ!!」
「あら、今日の私の時間はこれまで、ってこと?
次はいったいどの女のところに行くのかしら、妬けちゃうわ」
「おや?」
「ひっ!?
お、お前がそこで悪乗りするな! いつものプロ意識どうした!?」
「フッ、アハハハッ、気にするのそこ?
おっかしいっ……あぁ、ごめんごめん。アブさんもごめんなさい。
彼は私専属の護衛でね、まだ若いけどとっても頼りになる男なの」
誰がお前専属だ、とツッコミたいシンイチだがさすがに空気を読んで黙る。
最後が本心からの言葉だと分かるだけに照れ臭かったというのもあったが。
「まあ、根が真面目だから今みたいについからかって遊んじゃうけど」
「お前な……それ、俺の方が得意だって思い知らせてやろうか?」
「うっ、この通りしっかり仕返ししてくるから命がけだけど」
「ハハッ、仲がよろしくて羨ましい。
正直そういうことだろうなとは分かっていたのですが、ファン心理的に
一言チクリと針や釘に杭を刺したくなりまして……つい」
「はぁ、初対面でなんて心臓に悪い連携だ」
「ふふ、杭だけに?」
「やかましい! 誰が吸血鬼だ、ったく」
何故かとてつもない疲労感を覚えたシンイチが肩を落としたのを余所に
歌姫とファンは揃って笑みを見せてどこかしてやったりな顔である。
こいつら。
「さて───では、本当に失礼いたします。
貴重なお時間を分けていただき、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ色々気遣って下さりありがとうございます。
……昨今世間は騒がしくなっています。アブさんもどうかお気をつけて」
はい、と頷いて紳士は楽し気な顔を崩すことなく駅前の雑踏に消えていった。
それを見送った形となったシンイチはさもそこ定位置かのようにモニカの
隣に再び腰を下ろした。そこで表情がやっと動く。
いかにも、すっきりしない、と素直に書く形で。
「……何も無かったのが逆に信じられないって顔してるわよ?」
「気にするな、警戒し過ぎるのが護衛の仕事だよ。
まあ専属やってる時間が無いせめてものお詫びでもあるが」
一緒にいる間は手抜きはしない。そんな空気にモニカは苦笑いだ。
いやどこか苦々しいといった方が正確か。
「専属、か……ライブ直後は嘘偽りない本気の勧誘だったけど、
落ち着いた今、冷静に考えてみるとそれって私の側で歌を聞かせ続けるって
話になっちゃうのよねぇ……さすがに余程の事態でも無い限りそれは…」
仕事として共に居続けるのは彼女の歌と少年の体は相性が悪い。
それこそ、文字通りの毒として。そんな歌を聞かせ続けるのは歌手としても
彼女個人としても本意ではない。
「ハッ、それこそ気にするな。
俺もお前の歌のファンという意味ではさっきの御仁と変わらん。
聞いてればこっちが勝手に幸せになるんだ。お前はただ全力で歌えばいい」
ライブの時と変わらず、当然のように口にする彼はある意味モニカ自身より
彼女の歌を認めている。求めている。モニカはそれが誇らしくも面映い。
偉そうに俺が許すといわんばかりの口調には自然と笑みがこぼれるが。
こういう奴よねぇ。
「……というか、歌う場所や日時の情報を細かく送ってきてるのってまさか
そっちを気にしてか? 俺はてっきり聞きに来いと言われてるのかと」
こういう、奴よねぇ。
「はぁ」
その誤解は誤解で嬉しく感じるモニカであるが自分の安全については異常なほど
鈍い様子は絶妙に頭を悩ませてくる。そこで自然に放っておけないと思う時点で
だいぶ手遅れで、モニカも育ての母に頭痛を感じさせているのだが。
「まあ、いいわ。
それより千客万来で聞きそびれてたけど、私の姪っ子は大丈夫だったの?
ニュースで学園勢に犠牲者は出てないとは聞いてるけど…」
少しだけトーンの下がった声にあるのは本気の心配である。
一度も会ったことのない『育ての親の実孫』という遠い関係とはいえ、家族の
家族は自分の家族であるという論理でモニカは姪の安否を気にかけていた。
「…あの状況だ。危険が無かったと言えば嘘になるが、大きなケガはしてない。
全部落ち着いた後はさすがにぐったりとしてたが今ではピンピンしてるよ……
昨日も普通に朝練ねだられたし」
「そ、良かったわ……朝練? ねだる?」
「学園生徒は色々大変だってことさ。
ま、心配なら明後日の式典でも見てればいい。どっかで映るだろう。
あれで胆力あるから、すっごいすまし顔でみんなと並んでるさ」
「へえ、それは楽しみ……あ、ついでにあんたも探してあげようか?」
晴れ舞台をじっくり見てあげるわよ、とイタズラな笑みを浮かべるモニカ。
しかしそれを向けられたシンイチが咄嗟に目を泳がしたのを彼女は
見逃さなかった。
「ん?」
「…………出ない」
「え?」
「ちょっと用事があって俺は出ない」
全く目を合わせないまま、式典に出席しないことだけは告げる少年。
態度含めて言葉を受け取ったモニカは少し頭を捻るとクスリと笑う。
「ふーん、まーた見えない所で頑張っちゃうわけね」
ライブの裏側で体を張って歌姫の命とファン達の一夜の夢を守ったように。
「………」
これに無言で何も返さないという対応をする彼は本当に変な形で素直だ。
苦々しい横顔が何よりも雄弁であるのがモニカはおかしくてたまらない。
「ふふ、よろしい!
それじゃアブさんのお言葉通り、楽しいデートでもしましょうか!」
その頑張りを労ってあげようとでもいわんばかりに。
そしてさも決定事項であるといわんばかりの勢いで彼女は立ち上がる。
これに一瞬の空白を挟んで、少年は吠えた。
「な………何がどうしてそうなる!?」
「うーん? 前祝いならぬ前ご褒美?」
「勝手に変な言葉作るな!
だいたい仮にも芸能人が男連れで街を散策っていいのかよ?」
「アイドルじゃあるまいし、私がどこの誰とどう過ごすかは私が決めることよ」
そこで自分の都合じゃなくて相手の都合を考える辺りがあなたよねぇ。
困ったような嬉しいようなそんな気持ちを変わらぬ得意げな顔でモニカは隠す。
これは覆らないと感じたシンイチはこの後も予定も無かったのか。
溜め息一つでモニカにだいぶ遅れる形で腰を上げた。
「なら行く先も決めてくれ、カラガルどころかガレストが初めてなんでな。
こっちでの遊び方もよくわからん」
「定番はあんまり大差ないと思うけど、うん、そうね。
ならこの私がガレストらしい遊び場に連れてってあげる、行きましょ!」
「わっ、こら、だからいきなり引っ張るな!
お前相手だと反応が遅れるから本気でびっくりするんだって!」
文句は上機嫌な歌姫の調子に聞き流され、少年護衛は腕を引かれるまま。
しかしその顔はこれはこれで悪くないかといい意味で力みが抜けたものへ。
「────」
ただそれでも駅前から離れる一瞬。そう、その一瞬だけ。
視線は周囲を、意識は界隈全体を抜け目なく、遠慮なく探る。
防犯カメラへのハックも同時に行ったもののその探索は空振りとなる。
やはり痕跡すら微塵も見つけられない。過去あったはずのモノさえも。
ああ、してやられた。この力を得てから、たった数分で目の前から完全に
撒かれたのは初めてだ。
───あの紳士野郎がどこから来て、どこに消えたのか分からない
モニカへの好感や態度が本当であるのが分かるだけに。
そして彼の行動の根幹を支えてきた三千年に及ぶ邪神の経験値による勘が
ここで無茶をしてまで探る必然性を微塵も訴えないのもあって彼はそこで
捜索と思索を一度打ち切った。ここからは相手のことだけを考えるデートの
時間であるのだから。ただあの男の顔だけは覚えておこうとひっそりと脳に
刻み込んで。
───式典終了後、大統領府地下にある表向き存在しない談話室にて。
ガレスト大統領と異世界帰りの少年との話し合いは深夜まで続いていた。
それがある段階まで進んだ折、ゴンッと派手な音を立てて少年が机に沈む。
否、自ら机に頭突きしたといった方が正確な表現だろうかと目撃者たる大統領は
漠然とそんなどうでもいいことを考えた。
「ナカムラくん?」
それほどに不思議、というより何が起こったのかという困惑が勝っている。
何気なく隣のオルバン補佐官を見ても同じ感情なのか戸惑いが顔にあった。
「お、お気遣いなく…」
当人は問題ないと手を振るが一向に顔を上げない。これには少年の斜め後ろで
意図的に気配を出しているらしいメイドもその無表情を─おそらく─驚きの
顔をしていた。
「旦那様?」
「いやマジかよこれ、ってかどういうことだよ?」
その彼女からの呼びかけに答えず、顔をあげず、漏れる声もどこか沈んでいる。
メイドはこれにすっと目を細めると手際良く彼を引き起こし、赤くなった額を
手当てし始めたのを横目に何にそんな衝撃を受けたのか、と大統領は今しがた
シンイチ少年に渡した物の一枚を見直す。
それは一言でいえば『似顔絵』だ。
何枚かの地球産画用紙に描かれているのはどれも色合いまで再現した誰かの顔。
特徴を強調して描く画風ではなく、見たままを描いた写実的な似顔絵である。
撮影画像とまではいかないがかなりソレに近い出来栄えだと実物を知る大統領は
感心していた。
それで表現されているのは40代後半から50代前半といった年齢の男性。
肌は浅黒く、顔の彫りは深め。髪は若干白髪が混ざっているが黒系統。
容姿だけで判断するなら地球人、俗に中東系と思われる外見であった。
されどこの人物の場合どちらなのかを判断するのは基準をどこに置くかで
結果が変わってしまう難儀な立場にある。両親とも血筋は間違いなく地球で
あるが、生まれ育ちはこれまた間違いなくガレストという御仁。
この年代という点まで含めればそんな人物はこの世に一人しかいない。
そう、この話し合いの中で偶発的に生存が発覚した人物。
データで記録が一切残せないクオン・クルフォード博士だ。
これはその似顔絵なのであった。
普段なら作成すら許されないが生存及び黒幕の可能性すら出てきた彼の顔を
マスカレイド陣営に伝える必要があったため面識と絵心がある人物を探して
急遽用意させたのだ。探させた大統領自身「いればいい」ぐらいの気持ちで
依頼しており最悪自分の記憶を元に似顔絵師に描かせる方法まで考えていたが
予想に反してガレストの研究畑・開発畑は人材豊富であったらしい。
それはともかく。
「ナカムラくん、何か気付いたのなら教えてくれないだろうか?
キミの気付きはどうにも重要だと我らも考えている」
「………」
問いかけに彼は一瞬だけ迷う素振りを見せたものの溜め息混じりに。
そしてどこか何かを白状するかのように信じられない話を口にした。
「……会いました」
「は?」
「肌色は違うけど、間違いなくこの顔です。
二日前にカラガルの駅前で……何なら少しだけ話もしましたよ」
アハハッと乾いた笑みをこぼしながらヒラヒラと似顔絵をはためかせる少年。
ふざけているというより彼自身も信じられないと現実逃避してるようであった。
いや、そうして少年の心境を推測しているカークもまた似た状態であろう。
「いったいぜんたい、何がどうして、そうなった?」
それでも聞かなければという立場と状況ゆえの使命感から絞り出すような声で
問えば、ナカムラ少年は博士と思わしき人物と出会った経緯を語ってくれた。
ホテルを抜け出してのカラガル散策から始まって、モニカ・シャンタールとの
偶然の再会とファンを名乗った中年紳士との出会いを。
ほう、なるほど、なるほど。
「──────ああ、そいつ絶対に博士だ!
偽装死完遂しやがった身分で随分とお楽しみじゃないか野郎!」
「だ、大統領?」
カークは絶対の確信を持ってそう断言する。
複雑な内心から漏れ出る怒りか祝福か分からない罵倒と一緒に。
何せその行為にはクオン・クルフォードという男にとって重い意味がある。
つまりそれを行った以上そこには彼なりの決意と覚悟があるという示唆。
「ぁ……はあ、すまないちょっと興奮した」
「ちょっと? あ、いえ」
しかしそこでカークは少し落ち着いた。
あのナカムラ少年が目を丸くしている顔を見て冷静になったともいう。
彼も予想外の事態にはそんな顔をするのだと妙な大人目線で安心してしまう。
同時に、マスカレイド陣営ですら彼女の秘密を半分しか把握していないのだと
推察させた。ただしそれは今後を思えば、そして彼らだからこそ知らなければ
ならない秘密。
「少し、昔話に付き合ってくれるかい?
当事者片方からだけの話だが、こんなことがあったらしいよ…」
このタイミングで彼に会ったのは遠回しの許可なんでしょ、博士。




