アースガントでの事件4
────なんてことっ、想定が甘かった!
最奥の空間は天井の高さこそ同じであったが大通路以上の広大さを誇る。
円形の巨大ホールというべきか。王都にある千人規模の大劇場よりも広い。
乗り物ごと入るのが前提という予想はその広さと通路に直接繋がる台座型の
装置が証明していた。大正門からの通路は最奥中央の一際大きなモノと繋がって
いるが他にもホールの四方八方から伸びる通路に繋がる形で大小さまざまな
台座型遺物が鎮座している。外部から見えた他の門はこれらと繋がっていたの
だろう。
問題の正門と繋がる最大サイズの遺物は馬車が5、6台は簡単に乗れると
思えるサイズ感を持つ円形の台座だ。それを囲むようにしてリリーシャですら
機能の半分程度しか理解できない魔導回路が刻まれた柱が等間隔で幾本も
立ち並び、光を放つ形でナニカをしていた。
その結果、なのだろう。
柱群の内側には不出来なレンズのような巨大な膜が浮いていた。
形状の歪みゆえかその膜越しに見えるモノは判然としない朧気さを誇る。
何らかの建造物が並び立っているのは分かるがこのホール内部の光景とは
似ても似つかぬ代物であった。完全にこことは違うどこかが映っている。
「…力尽くで繋げた? いえ、これは繋がってしまったのね。
あぁ、けれどあれではそう長くは……」
しかもいくら古代遺物とはいえアースガントでも滅多に感じられない大魔力が
装置に注がれ続けている────それこそ遺物そのものの許容量を越えていると
感じる量が注がれ、そして消費されていた。その証明か。柱や台座から過負荷の
せいか過剰分の放出なのか魔力紫電が走っている。しかもその量が秒ごとに
加速度的に増えていた。それこそ装置そのものを壊しかねない威力を伴って。
空気中の魔素だけではなく地脈からも吸い上げられていると確信する量だ。
「人様の国で好き勝手して!」と彼女は舌打ちしたいのをぐっとこらえる。
土地魔力略奪という重大な犯罪行為に、歴史的及び技術的に貴重な遺物への
破壊行為という二重の罪であるがそれ以上の問題がそこで起こっているのだ。
空気中の魔素を根こそぎ奪い、地脈から無遠慮に吸い上げた莫大な魔力で
行われているコトが“この場合”下手な領土侵犯よりも大問題だった。
聖女達は開けてはいけない扉を無自覚に開いている。
厄介だったのはその前提となる情報を絶対的に知れない実行犯達では何を
やらかしてしまったのかさえ分からないことか。そしてこの場に彼女達の大半が
いない事実は既に手遅れを示している。
ならば、ここで自分達がすべきことは。
「────リーモア騎士の両名、話があります! 聞きなさい!!」
広大な最奥ホールに、彼女の可憐なれど強い声が剣戟音より重く響く。
これにメイド長と鬼人族長は警戒しながらリリーシャの元へと下がるように
飛びのいた。メリルもケヤルも呆気にとられたのは一瞬で、全体を警戒しつつも
意識と視線は彼女を中心に集まる。
「是非を問う時間も惜しいため必要なことだけを告げます!
現在、マスカレイドはファランディアにはいません!
この情報が指し示す問題はあなた方にはわかるはずです!!」
「は? いない? え、ってことは……!?」
「なぜ彼の者の所在をあなたが知っているのですか?」
相手が王族であると察してか丁寧な言い回しをするメリルだが、発言内容には
疑いを見せた。当然だろう、マスカレイドの動向は誰もが知りたいが誰もが
知れないからこそある種の抑止力足りえるのだから。
「何の根回しも無しに、魔王暗殺未遂が起こったとでも?」
されどリリーシャは不敵な笑みで答えになってない答えを返す。
だがそこにはあなたなら意味が分かるでしょうと試すようなニュアンスがあり、
巨躯の女戦士は一瞬の沈黙の後に、舌打ちで理解を示した。
「…ちっ、やっぱりあれは衝突回避の茶番劇だったわけかい!
しかもアースガント上層部とマスカレイド、下手すれば魔王もグルか!」
「あ、だから前もって知らされてた?
大戦を防いで出来た隙間で異世界に赴くことを!?」
「異世界人の漂流数増加を気にしていらっしゃいましたし、強制帰還事件も
起きてしまいましたからね、あちら側の調査も必要かと」
「なんてことだい!」
正解です、といわんばかりに補足する情報を笑顔で付け足すリリーシャだが、
あの事件で根回し・密約があったなどという事実はない。正確に語るなら
「真実を彼女は知らない」というべきか。意図を読んで行動したのは確かだが
事前の周知は微塵も無かった。手紙で何か一言ぐらい寄越せ、という苛立ちと
言わなくても分かるだろうという信頼の充足感を同時に思い出し、
ぐちゃぐちゃする胸中を今は関係ないと押し殺す。
なおリリーシャはまさしく匂わしただけで何一つ否定も肯定もしていないので
仮にこの件が教会に伝えられても知らぬ存ぜぬ陰謀論に過ぎぬと蹴り飛ばせる。
どこかの誰かさん譲りの真っ黒屁理屈口八丁であった。
されど。
「情報提供感謝するよ、お姫さま……それは随分と都合がいい」
「は?」
そこで一息ついてしまったのは油断であった。
「ケヤルッ!」
「あいよ姉御!」
黄金の弓が黄金の大盾に向けられた。なぜ味方に、という余計な思考が彼女達の
動きを遅延させた。躊躇なく放たれた矢は一筋の閃光を描きながら、瞬間的に
数十倍ともいえる体積を獲得して巨大化する。それを大盾が耳障りな金属音を
立てながらも易々と弾き飛ばした。
「なっ!?」
うねりながら迫る長大な矢はまるで巨木が倒れ込んできたのかと思うほどの
圧迫感を与えながら真っ直ぐにリリーシャたちを襲う。これに即応したのは
カオルとステラ。
「お任せを!」
「このっ!」
彼が手を振ったのに呼応してこの最奥ホール中の影が隆起したように壁となり、
一足で巨大矢に踏み込んだ斧槍の一閃がそれを叩き伏せる。中程から折れ、
破片を飛び散らせながら舞う元・巨矢の残骸は陰の壁に受け止められ、他の者や
遺物に当たることは無かった。必要と判断した事を互いに行ったゆえの結果的な
役割分担である。
「さっすが!」
「悪いね、お姫さまたち!」
だがその防御は確実に騎士達への注意をそらし、動きも封じた。
メイド達はリリーシャを守らなければならず、矢に仕掛けや特殊効果がある場合
を警戒する必要があったため牽制も出来なかったのだ。
「なにを!?」
その隙にリーモア騎士のふたりは紫電舞う古代装置へ。
囲む柱群の内側にまで入り込んで浮かぶ膜のようなそれに片手をかけていた。
どこかわざとらしく、濁った赤の汚れがある布切れを振りながら。
「迷惑料としてこの一件は好きに使ってくれ!
ぶちのめされたそいつら結構いいところのボンボンたちだから交渉材料に
なるだろうよ! なんなら、無事戻れたら私を顎で使ってくれてもいい!」
「ちょっ、え、まさかっ、異世界と分かって行くつもりですか!?」
「ハハッ、じつは俺達ちょっとある異世界人に用があってね。渡りに船なのさ。
それじゃ後はよろしく!」
「なぁっ!?」
そんなのありか、とさすがに驚きが素直に口から出てしまったリリーシャを
余所に二人は膜に飛び込んで、そしてそのままこの場から消えてしまった。
リリーシャの発言と聖女がこの場にいない事実から概ね“ここ”が何の施設か
察しがついていただけに皆その決断と行動の速さに呆然としてしまう。
「っ、待ちなさいステラ!」
たった一人を除いて。
メリル達が膜に消えた瞬間には彼女は跳んでいた。
静止の声を受けた時にはもう台座の上、巨大な膜の前だ。
追いかけようにも台座と柱群から漏れ出る魔力紫電はもはや雷の壁となって
接近を阻害している。すり抜けたように見えたステラでさえメイド服の所々が
焦げついていた。メリル達が無事に通れたのは『盾』の力なのだろう。
「ぁ…」
されどステラはそこでその敏捷さを忘れたかのように動きを止める。
舞い狂う魔力紫電にさらなる傷を負わされても無反応。けれど愕然とした顔で
膜の向こう側を見ていた。
「ステラ?」
「あ、あぁ、っ……街、です。
はっきりとは見えませんが彼の街です!」
悲鳴のような叫びが放たれる。
常に感情が見えにくかった相貌が今にも泣きだしてしまいそうほど崩れている。
浮かぶ膜越しに見えるのは高い建物と思われるものが並ぶ光景。詳細は遠目
でも間近でもおそらく違うまい。だがそれを見てステラがそう告げるなら
そうなのだろうとリリーシャはすんなり受け入れた。しかし、だからなのか。
彼女から出たのは恐ろしいほどに感情が消えた声による淡々とした説明だった。
「ステラ、ここはおそらく転移装置を利用した古代の交通網その要衝でしょう。
対になってる装置と装置の間を移動する造りだけど聖女さま方はそれに血液を
媒介とした位置特定の術を強引に接続し探し人の元へ行こうとした。けど
その先が異世界だったから装置がエラーと誤認を重ねた結果半ば暴走して
偶発的に道が開けてしまったようだけど──────片道よ?」
再現性は無い、と現代最高峰の魔法使いが断言する。
「っ」
視線が揺らぐ、もそれは一瞬。
あるいは歪んだレンズが崩れかけているのを視認したからか。
メイド長は紫電暴れる空間にいるとは思えぬほど美しい所作で頭を下げた。
「リリーシャさま、どうか私にご命令ください。
アースガントと女王陛下に仇なした者達を追えと!」
それはなんとも明け透けで、だが真っ当な建前で、必要な言い訳で。
「ダメよ。
国とお姉さまの名を私的利用、なんて認めるわけないでしょう」
されどリリーシャはその本音をにべもなく切って捨てる。
息をのむような、歯を食いしばったような音が聞こえた。
瞬間的に振り返ったステラの足が一歩、縮小化するかのように崩壊していく膜に
踏み出される。
「姉さん!?」
「ちょっ?!」
「待って!」
妹たちの声にか。それとも自身の行動にか。
我に返ったように固まった彼女から二歩目は出なかった。
そこへ。
「ふぅ…一番躊躇いが無いのはあなただと思っていたわ、ふふ」
案の定だと一転して柔らかな声で、祝福するかのように笑うリリーシャに
怪訝な顔が集まる。穏やかな、されど何かを企んでそうな微笑みがどうしてか。
とてもやさしい。
「リリーシャさま?」
「でも職場放棄はいただけないから、そうね──────暇を出します」
「あ…」
まるでそれが罰であるといわんばかりにステラに解雇を告げた。
「そうそう。
知ってるでしょうけど王族に仕えていた以上再就職先は限定されるわ。
わたくしが認める方以外に仕えるのは許さなくてよ?」
意味深な言葉とウインクに隠された言葉を察したステラは深々と頭を下げた。
「今までお世話になりました────お前達、あとは頼みます!」
主君への感謝と妹達への信頼。
返事は聞くまでもないと彼女は、もはや人ひとり通るのがやっとのサイズに
まで崩壊していた膜に突撃するように飛び込んでその向こう側に消えていった。
それを待っていたかのように崩れかけていた膜は完全に消失し、転移装置は
幾度かの小爆発を挟んで魔力も光も失って、永遠に沈黙する。
「───────」
途端にやってきた静寂はそこまでの慌ただしさと騒がしさからどこか現実味が
無かったが、そのせいか長続きもしなかった。
「………よろしかったので?」
破ったのは気遣うようなカオルの問いかけ。
その言葉には「あなたも行きたかったのでしょう?」というニュアンスが裏に
あったがあまりにも隠されておらず筒抜けだ。わざとであると同時にそれは。
「それはお互い様でしょう。
お母君も叔父君もどうやら向こうのようですよ?」
「…責任ある立場は足が鈍ります」
お互いに。
気持ちは同じだという秘された言葉に彼女は一瞬だけ間を置いて、しかし笑う。
「ですがわたくしたちはステラを送りこめた……この差は大きいですよ?」
どこか自慢げな表情と発言に何故か背筋が寒くなったと彼は後に語る。
「………は?
い、いや、今しがた部下の心情を汲んで職務から解き放ってあげた的な
美談が展開されていませんでした?」
「それはそれ、これはこれ、です。
先程も申しましたが一度王族付きになれば離職しても制限はつくもの。
どうしても機密を見聞きしますからね、遠くはなっても離れられはしません」
一生ね。
ニコリと言外にそう告げる女王妹にカオルは平静を装いながら思考が止まる。
なんか話が変わってきたぞ。
「職無し宿無しとなった彼女をシンは難しい顔しながら受け入れるでしょう。
そうなればわたくしと彼はメイド姉妹の主人同士という繋がりを得るのです!」
「え、いや、遠っ」
「いいえカオルさま、橋頭堡には充分です」
「どこに戦を仕掛ける気!?」
「どうせシンくん、日常はあれだもん」
「そこを姉さんがガンガンご奉仕してくれれば!」
「お世話される生活から逃れられなくなります!」
「あとはなし崩し的に私達も押し掛ければ良いのです!」
「わぁお…」
穏やかな笑みで、背後になぜか炎を背負っているかのようなメイド達に若干
及び腰になるカオル。こんなことをあの一瞬で画策したのかと疑うような目を
リリーシャに向ければ満面の笑みが返ってくる。
「ついでに微妙な立ち位置の女王妹も引き取ってくれれば万々歳ですわ」
「自分、オマケにしちゃうんだ」
励まそうなどとおこがましかったか、と苦笑するカオル。
彼も家族の安否が分からない状況になってしまったが事情を知る者が
シンイチのもとへ行けたのならなんとかなるだろうという安心がある。
彼女達もきっと自分達だけで対応しきれなかった悔しさはあるだろう。
肝心の解決を結果的とはいえ“彼”に押し付けてしまった形なのだから。
また家族同然の者を遠き異世界に送り出してしまった不安もあろう。
だがこれを契機と見ているのもまた嘘ではない、といった所か。
いやはやなんともこれは。
「自分で自分の追っ手を手強くするんだから…」
自業自得の包囲網だ、と人知れず呟く。
人たらしな癖に壁を作る男だと思っていたが、それに囲まれて身動きが
取れなくなっていく未来が易々と想像出来る。その中には当然。
「───ところでその理屈でいうと私は母が行ってるんですけどね」
「……はい?」
「しかも一族の長から完全に解き放たれてもいる」
「んん?」
「それに鬼人族の女って、情が強いんですよ」
単身突撃。正門破壊。『盾』持ちを傷だらけにする猛攻。をしちゃうぐらいに。
ニッコリとその美貌を全開にした笑みを浮かべながらにじりよる長は言外に
そう語っている。それらがどういう意味かここに至って気付かない彼女達では
ない。
「………あなた方とは長い付き合いになりそうですわね」
「ええ、ぜひともそうありたいものです」
互いに完全に外向けの笑みを浮かべて、何の意味もなく握手をする。
それは友好的な見た目と違う上に当事者が誰もいない場外の戦い。
優雅な笑みを浮かべて笑い合うだけの、
“うちのメイドの方が先でしょうけど”
という無駄で無口なマウント合戦であった。




