アースガントでの事件3
新発見された遺跡はオドロック渓谷の中程、正確にいえばその地下にある。
発見者となる考古学者ローが発表した論文によれば彼は以前から渓谷の地下に
遺跡があると踏んでいた。他の遺跡からの出土品や各種資料の記述、周辺の
地層等から見られる痕跡からかつてこの地は見渡す限りの平地で多くの人々が
行き来していた可能性を指摘している。それもこの地を中心とする形で、だ。
だが証明しようにも現代でそこはそれなりに険しい渓谷であり、流れる河川は
王都の水源の一つだ。よほどの確証が無ければ発掘調査の許可さえ出ない。
だから、ローは運が良かったと言える。
彼が地下の探査だけでもと王城の担当部署で交渉していた時期。
大雨による増水が切っ掛けで土砂崩れが起こり、あらわになった場所から
明らかに人工物の壁が現れたのだ───後にそれは遺跡、古代の施設を囲む
巨大な防壁の一部であると判明する。
この発見によりローが提唱していた仮説は真実味を帯び、彼を中心とした調査・
発掘チームが結成される。ただ渓谷内の崩れた場所であり、防壁越しにもほぼ
完全な形で残っていると分かる古代遺跡という二重の危険からローは遠地より
発掘の指示・指導をする事に終始することに。それでも彼は見事遺跡の概要を
明らかにしてみせた。
現場に行っていないのに彼が発見者とされるのはこの経緯によるものだ。
学会にはローの研究、調査の過程や根拠とした資料、出土品等。
そして発見された遺跡に対する考察がまとめられた論文が発表され、
にわかにファランディアの考古学会は沸き立っているとか。
そしてそこから抜粋する形ではあるが。
周辺地域から発見された同時代の遺跡や遺物を調査・研究すればするほど
オドロックの遺跡は交通の要のような役割をしていたのではと推測されている。
ただ多数発見された現存しているに等しい内部の遺物の役割までは現時点では
不明としている。
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──そこへ踏み込んだ途端、
あの男を近くに感じた私は、未練がましいにも程がある──
「良かった! まだ残ってた!」
盛り土と水だけを阻害する結界によって河川から守られた渓谷の一角。
遺跡発見の切っ掛けとなった崩落地点を整地し、遺跡と渓谷の出入り口とした
場所から地下空間に突入したリリーシャ達は調査のために設置されているライト
に照らされている古代施設を見つけた───前述の発言はその際に出た同行者の
第一声である。
「カオルさまのお母さまがどのような方かは置いておくとして。
わたくしの目が確かなら………あの遺跡、稼働してません?」
未だ半分以上埋もれている防壁に囲まれた、あるいはそれによって支えられた
結果無事だったのか。視線の先、現代の建築技術とは類似性が見受けられない
金属製─に見える─建造物は所々崩れてはいるが原型をかなり保っている。
そしてその所々から光と音が漏れ出ていた。
「残念ながらそのようです姫様」
微かな地鳴りのような振動音が施設奥から響き、
灯りか警告灯かも判別つかぬ多様な色の光があちこちで輝き、
施設正面─と思われる─壁面では飾りか意味ある装置かが規則的に動く。
それをひどく厳しい目で見据えているステラは警戒からか刺々しい気配を漂わせる。
これが発見時の状態ならとっくに報告されている。が、そのような記述は無い。
いつから、そして誰によって、閉鎖と研究が誤魔化されたかにもよるが優れた
魔法使いであるリリーシャの目はこれが直近に動き出したのを見て取った。
「……地下とはいえ大気中の魔素が全く無いのは異常ね。
渓谷側にはそんな兆候は無かったから動き出したばかり、と見るべきかしら」
何が、かは分からないけれど。
その伏せられた部分を敏感に察して全員の緊張感がより引き締まる。
最大限の警戒をしながら彼女達は古代施設へと足を進めた。地下空間内に人は
いないと思われる。魔法を使った探査の結果だが、それは施設内部にまでは
効力を発揮できなかった。古代遺跡の構造物には魔力遮断特性があるものが
多いのだ。
そうしてある程度の距離。細かい部分も目視できるまで近づいた時、先頭に
立っていたステラが、ソレ、に気付き何か含みのある視線がカオルへ。
「一つお尋ねしたいのですが…」
「はい」
「アレはカオルさまのお母君の仕業でしょうか?」
「へ?」
彼女が指さしたのはおそらくではあるが、この施設の正面扉と思われる大門だ。
間近まで行けば大人の背丈5、6人分ほどの高さがあり、横幅も馬車が5台は
並んでも余裕で通れそうであった。そして施設全体へと目を凝らせばこれよりは
小型の似たような形状の門が遠目にいくつか見受けられるためやはりここが正面
なのだろう。しかしその正門。大きく口を開くかのように内部に続く広々とした
通路をリリーシャ達に見せて門の役目を放棄している。何故か。
「見事に×字で四分割されております」
「は、母上ぇ…」
ステラの感心なのか呆れなのか。
微妙に判断できない平坦な声での評価にカオルの泣き声が被る。
そう、正門は底部に三角形の残骸を残す形で破壊されていたのであった。
「まずは内部偵察を、なんて言ってられないわねこれじゃ」
これだけの破壊による突入だ。
先に入ったらしい聖女一行が気付いていないと思うのは楽観が過ぎる。
意を受けたメイド達が数名、哨戒と入口の確保を兼ねて門の内側に乗り込む。
門の残りはどれも美しい三角形を維持したまま内側に崩れ落ちており周辺には
幾人かの身体が意識の無い状態で倒れていた。
「装備と格好を見るに教会騎士と思われます。
正門と思しき場所の内側にいたのを考えれば、門番代わりかと」
「全員、命に別状はありませんが気絶しています。
瓦礫の衝撃で、というよりは何者かに一撃入れられた痕跡があります」
「念のため物理と魔法、双方で拘束しておきます」
「探査を行いましたが瓦礫に潰された者はいないようです」
王族付きのメイドとしては“現場”に慣れ過ぎた報告が続々と届く。
苦笑するカオルを尻目にリリーシャは状況と施設をつぶさに観察しながら
ナニカを求めるかのように彼女を呼んだ。
「ステラ」
「はい」
応じたメイド長はいつの間にか教会騎士達を確保する同僚達よりさらに向こう。
正門からより踏み込んだ先で通路奥を見据えて立っていた。白銀のハルバードを
その手に構える背中は何物をも通さないという気概に満ちた一つの壁のよう。
「周囲に動くモノはありません。戦闘音らしきものも何も。
ただ、魔力と思しきエネルギーが施設中央に集まっているようです」
「ここまでやった母上が突撃して、この静けさ……どっちだ?」
もう終わったのか。
もう終わらされたのか。
「─────全員で最奥まで突撃します」
彼がその懸念に思考が傾いた一瞬を、リリーシャの唐突なまでの決断が潰す。
「えっ、い、いえどうか我が母のことは気にせず…」
「あんな破壊が出来る達人の心配などしておりません。
そも何らかの手段で追い抜かれた以上、多少の危険には目を瞑って
行動すべきと判断しました……手遅れになるのが一番まずいっ」
「手遅れ……何をされたかすら分からないまま聖女らに逃げられる、ですか。
ええ、確かにそうなるぐらいならいっそここで全面衝突してでも奴らの
思惑を知るべきか」
そしてこの場合二十名近い教会騎士たちはともかくとしても最悪、件の三名たる
聖女・『盾』・『弓』という面倒な相手と対決しなければならないのだから
戦力を遊ばせる余裕はない。全員での突撃は妥当だ。
そんな思考から頷くカオルがいる一方。
「……悪い意味であの男の影響を受け過ぎですね、うちの姫もあちらの長殿も」
ぽつりと愚痴をこぼすステラがいた。
あちらの諺でいう、虎穴に入らずんば虎子を得ず、とでもいうべきか。
自らの安全を度外視するあの男の行動にはそういう所があった。
もう少し安全マージン、あるいは次善策や備えを用意すべきではないか。
とは背中を向けながら思うステラであるが聖女一行を取り逃す訳にもいかない、
という考えもわかるためそこは自分が気を配る役目なのだろうと彼女はそれ以上
何も言わなかった。尤も周囲の部下たちの見解は違う。
──とっくに戦意MAXのメイド長の言えたことか!
あの男は圧倒的な戦闘力を持つがゆえか。
結局はそれが手っ取り早く、楽なせいか。
とりあえず相手を叩き潰してからコトを治めようとする所がある。
国や恩人への害意という面があるせよステラから迸る闘志に躊躇いは無い。
まさしく彼と似た思考が見られる。妙に張り切っているような気配さえ感じる。
ただ指摘すると面倒なので部下達は黙って突撃の準備を始めていた。
その際、取り出した武装が見た目からして殺意の高い獲物ばかりのはご愛敬と
いうべきか結局全員が同類というべきか。すべてはあの男が悪いのであった。
『否定したいができねえ……はい、ごめんなさい』
そうして。
準備─武装と戦意の充足─を整えた彼女達はその巨大な通路を突き進む。
まるで巨人かそれともあるいは当時の何らかの乗り物に搭乗したまま通る事を
考えられているのか。幅広く、天井の高い真っ直ぐなだけの通路は先も遠い。
魔法の身体強化と鬼人族の身体能力を駆使しての疾走であるためまだ数十秒
程度だが常人の足なら走っても10分はかかろうという距離。
そんな道中には美しい切断面を見せる形で崩れ落ちている魔導ゴーレムが
十体以上いた。現代の魔導技術で作られた物なのはアースガントの者が
見れば一目瞭然で、どうやら同伴者には王国の人間も紛れていることが。
そして鎧袖一触で破壊されている様子にカオルの母君の道中での無事は
確認できた。
またこの大通路とは違う人間サイズの横道や小部屋の類がいくつか発見されたが
気配という気配、毛ほどの魔力も感じられないため一切を無視し、走り抜ける。
そうしておよそ1分。彼女達は大通路の終わりを見る。されど彼女達と彼の
脚は微塵も速度を落とさなかった。
「まずは私が!」
終点にあった壁─おそらく正門と同じく門─の下部にあった人用の扉をカオルが
蹴破るように突入。吹っ飛ぶ扉に内部から反応する声や意識を感じ取る。それを
一種の囮にして彼は五感全てで内部を把握する。外部から見た古代施設の8割に
迫る広大な空間。灯りは充分。空気は循環している。有害なガスはなし。
外部と気圧・温度も違わない。外と違って魔素は多い。古代遺物らしき装置は
方々にあるが光を宿しているのは中央の一際巨大なものだけ。そして。
「っ、なんだ!?」
突然のそれに動揺と困惑を示した人間が5人。
彼らは踏み込んだカオルの影を捉えられなかった。
正門で倒れていた者達と似た格好の──教会騎士たち。入口から最も近い位置に
立っていた1人がカオルの放った貫手に鎧ごと肩を貫かれる。そして痛覚がその
ダメージの程を知らせる前に、まるで邪魔だとばかりに相手の腹部を足で
押し出すように蹴り飛ばす。傍から見る─見えているなら─分には足で軽く
押されただけのような動作なれどヒト一人の体が砲弾のように飛んで壁に激突。
僅かにめり込んだ体はやがて重力に従って落ちた。
突入からこの結果までおよそ二秒。
ゆえに残り4人の騎士はその一連の出来事を理解できなかった。
視界に映ってはいても思考が追い付かなかったのだ。カオルに言わせれば練度が
低いという評価しか出ない。あくまで常識の範囲内の騎士でしかなかっただけの
話だが、この場でそれはあまりに致命的。
二歩目の踏み込みで棒立ちとなってる2人の騎士の間に入り込み、さすがに剣の
柄に手が伸びていたがあまりに遅い。抜かれるより先にカオルの両腕が双方に
向けられ、そして影が噴出した。
「───っっ!?!?」
「!!??!」
絶叫も悲鳴も呑みこむ、形持つ影の間欠泉。
彼ら自身の影が噴出孔となって止め処なく影が噴き出したのだ───刃の形で。
一瞬で数千の刃に刻まれた体は、本来ならその激しさで吹き飛んだであろうが
実際は足首を影に掴まれてしまっていた彼らは勢いを殺すこともできずに
ただそれを全身に受けて、浴びた。二秒にも満たない時間で騎士達は五体が
揃っているのが不自然なほどの傷を受けて、そのまま無言で崩れ落ちる。
「ぇ……くっ、くそっ、よくも仲間を!」
「許さんぞ狼藉者がっ!!」
これにようやく現実に思考が追い付いたのか。
とかく仲間がやられたとコトを単純化したのか。
残った2人がようやく剣を抜いて吠えたが、彼らはもうそこで終わっていた。
「バカっ、上だ!」
何せ上から迫る二つの影に気付いていなかったのだから。
「「が、べっ!?!」」
どこからかの助言も虚しく、第二陣とばかりに飛び込んできた双子のメイドが
振り下した鈍器─刺々しい形状の─によって彼らは床と濃密な接吻をしたのを
最後に意識を手放した。
「「お前達が言えた義理か侵入者!」」
そんな彼らに微塵も視線を向けず、鈍器を声がした方へと突きつける。
さながらホームラン予告のようなポーズだがそれを指摘できる者がいない。
「ごもっともで!」
突入した空間のほぼ中央部にある巨大な台座のような装置を背にした男が
軽い言葉と共に返してきたのは無数にして黄金の矢の雨という暴威だった。
矢音は一射分であったのに彼女達に迫る一瞬の間に倍々に増えて視界を
覆い尽くす程になったのだ。
それを───
「邪魔です」
───不敬だと断じる女王妹の声が叩き潰す。
雨となった矢を落とす文字通りの、一瞬だけの暴風雷雨。
風の槌が弾き飛ばし、水の魔弾が迎え撃ち、鋭き雷撃が空を裂く。
ただの『雨』でしかなかった矢は荒れ狂う─魔法の─災害に呑まれた。
「……う、うっそぉん……魔法耐性持ちの矢だよ?」
あまりに予想外であったのだろう。
腕と一体化しているような黄金の弓。その弦に指をかけたまま軽薄そうな
外見の男は呆気に取られている。その横っ面を─物理的にも─横合いから
突き飛ばすように怒号と剛腕が襲う。
「間抜けっ、ぼさっとしてるんじゃないよ!」
「ぶげっ!?!」
瞬間、銀と金が衝突する。
ぐわんと空気が歪むような感触と衝撃の後、音が僅かに遅れて響く。
幸か不幸か男の情けない悲鳴はそれでかき消され、誰の印象にも残らない。
「ぐぅっ!? こ、れは…参ったね!!
あのヤバイ女の次はあんたかい! アースガント最強のメイド長殿!」
「そんな称号を名乗ったつもりはないのですが、招かれざるお方!」
黄金の大盾と白銀の斧槍。
巨躯の女戦士と長身のメイド。
橙と青の長髪をそれぞれ揺らしながら白銀が舞い、黄金が奮う。
互いに自らより長大な獲物を軽々と扱って打ち合い、周囲に衝撃を走らせる。
「姉っ、くそっ!」
床に転がった姿勢からそれを見た軽薄そうな男は援護に立ち上がった瞬間、
背筋を襲った悪寒に従って再度転がりその場を離れた。一瞬遅れて背後に
刃音が届いたが怯まず起き上がって弓を構えて向ける。
「…さすが『弓』のケヤル殿、反応速度に身のこなしも中々」
その先にいたのは一振りの刀剣を悠然と肩に担いでいるカオル。
余裕を持って彼─ケヤルを称賛したが見据える赤い瞳は恐ろしく鋭利。
あのタイミングで避けるのか。
「っ、またすごい美人さんの襲来だ。
見惚れて矢を外しそう……この後お茶でもどう?」
「ご冗談を。目がまったく笑ってませんよ。それに、また、というのは
『盾』のメリル殿を傷だらけにした我が同胞のことでしょうか?
探しているんですよ」
充分な明るさのある空間で、それ以上にギロリと赤瞳がケヤルを睨む。
ステラと既に三十以上盾で打ち合っている巨躯の戦士─メリルの四肢には
真新しい包帯が巻かれ、そして金と銀が残像を見せる中で赤く滲んでいく。
「や、やっぱりか! だから彼を連れていくのは反対だったんだよ!
絶対追っ手が来るって言ったのに! 案の定これだよ、あのぽややん聖女!」
「あら、苦労してそうですねぇ」
「感性独特過ぎて話が通じないんだよあの女!」
「ふふ………で、その聖女さまと我が同胞たちはどこに?」
ぴたり、と弓から手を放さずとも感情的になっていたケヤルの表情が固まる。
その真顔は口ごもったというよりは何かの判断がつかない迷いが見えた。
どうも彼の軽さは表層的なもので根は真面目な様子を感じる。
「後者だけでもお教え願えないでしょうか? 一応、叔父と母なので…」
ならばと自らの美貌に、よよよ、と泣き真似を組み合わせて同情を誘ってみた
カオルであったが相手の反応は予想外の代物だった。
「お、叔父と、母親ぁ!? あれが!?!
鬼人族が見た目じゃ年齢が分からねえって本当なのかよ!!」
そっちかー。
愕然とした様子でカオルを見る目は脳内で記憶の両者と比べているのだろう。
口元で小さく「あ、確かに似てる」と呟いた辺りさすがは『弓』の使い手か。
目がいい。そして相変わらずその目と弓は警戒状態のまま。先程の矢の雨を
思い返せばまず間違いなく踏み込んだら数発は当たる。ただの矢ならともかく
神装霊機の放つ矢だ。同一視しては痛い目に見る程度では済まないだろう。
だが相手もこちらが影を用いた未知の攻撃を見ている。迂闊には矢を放てまい。
大立ち回りの大盾と斧槍。牽制し合う矢と影。
そんな「動」と「静」の膠着状態といえる中。その背後で。
「やはり装置が動いている……けど、これは……まさかっ!?」
自らの守護をメイド達に完全に任したリリーシャはこの場にある装置。
古代文明が残した遺物──唯一稼働してる中央のそれが“何をしているのか”を
遠距離からの魔力走査とその反応。蓄えた魔導知識を合わせて、臍を噛む。
────なんてことっ、想定が甘かった!




