アースガントでの事件2
「─────信じ、られない……マジかよっ」
オドロック渓谷、その入り口といえる比較的なだらかな平原。
その横で流れる河川はこのまま王都方面へ続き、彼の地の水源の一つとなる。
逆に遡れば直近は広くゆったりとした穏やかな流れの水面だが遠くなるにつれ、
細く、急に、そして切り立つ崖のような谷に遮られて向こうが見えなくなっていく。
彼女達の目的はこの入り組んだ渓谷の中程にある遺跡だ。
それはいい。王都からの“足”で進めるのがここまでなのも当然だ。
では、女性口調さえ忘れたその驚きはなぜか。
性別を超越した美貌を持つカオルがそれを崩すほどの驚嘆をこぼしたのは
その“足”の形状と性能が彼の理解を超えていたからであった。
「どうしてこんなのが空を飛べるんだよ!?
しかも6時間の距離を1時間弱って、え、えぇ、本当か、夢か?」
カオルの眼前にある、彼が先ほどまで搭乗していたのは“車”という言葉が持つ
イメージからはかけ離れた物体であった。既存の物体で例えるなら二枚の深皿の
口縁部を密着させるように片方を逆さまにして上下に重ねた物体というべきか。
もっと簡単に中央部が膨らんでいる巨大円盤とでもいうべきか。そう、巨大だ。
サイズ感は大型馬車二台ほど。内部空間も10人前後が乗ってなお余裕があったのは
堪能した彼自身が知る事実だ。
それをアースガントでは普及している馬型ゴーレムが複数で運んできたのを
見た時はまさかそれが女王妹が口にした「車」だとは微塵も思わなかった。
説明する暇もないとばかりに乗せられると何の原理か垂直浮上したかと思えば
そのまま雲の高さまで到達すると渓谷方面へ一直線に進みだしたのだ。
飛行魔獣などとは比較にならない雲を置き去りにする速度でもって。
しかも搭乗していた者達に何の音も振動も、ましてや地上と上空の気温差・
気圧差を微塵も感じさせずに。
そして陸路・空路の違いこそあれアースガントの誇る高速型魔導ゴーレムに
よる馬車を用いても王都から6時間はかかる距離を1時間弱での到着だ。
飛行生物を利用しない、地球でいう航空機の類が“所持していればその国に
箔がつく”類の扱いであるこのファランディアでそれらと縁遠かった鬼人族から
すればもはやそれは異次元の魔導技術であった───実際、元ネタは異なる
世界からの概念である。
「ふふ、空の旅を楽しんでいただけたかしら?」
カオルの後からタラップを下ってくるのは動きやすさと防御を重視した戦闘衣を
纏うリリーシャ。王族ゆえの見栄えはそこそこ程度の装備ながら微塵も霞まない
美貌から出る自慢と皮肉の両方を感じる言葉は、逆に彼を我に返す。
「……存分に。しかしよろしいので?
これはアースガントにとって機密に類するようなものなのでは?」
「構いません。
他国に向かうならともかく自分の作った物で国内を移動したぐらいで
とやかく言われはしませんでしょう……特に今回は」
そうか、女王妹が言うのなら別に問題は────え?
一瞬流しかけた言葉にカオルは本格的に表情を作れなくなってしまう。
「わたくしこれでも王族で、これでも国一番と言われる魔法使いですのよ?」
困惑と疑いの視線に理由になってない理由が返された。その顔には自負と自信が
満ち満ちていて、それ以上のナニが必要なのかとさえ聞こえてくる。大国王家の
財力と後ろ盾に魔法国家一と言われる腕前は確かに前提条件にも等しいだろうが
これはそういう括りで済ませていい代物ではない。
元々アースガントには運搬用にせよ移動用にせよ戦闘用にせよ。
飛行型の魔導ゴーレムは存在しているが速度と安定性は比べるべくもない。
大型化できればその要素は驚異的な輸送力になる。武装は見受けられないが
この速度なら優れた攻撃魔法の使い手を数名目標地点に運ぶだけで上空から
一方的に爆撃が出来ないか。なまじ攻撃性を感じさせない円盤状なのがじつに
いやらしい。
「ふふ、大丈夫ですよ」
「っ」
「これ、結構な貴重素材をふんだんに使っておりますの。
一度性能を落とした劣化品を再設計してみたのですが、それでも厳しくて。
しかもかなりの魔力食いで王族クラスが魔力提供してやっと動くんですのよ?」
どちらも貴重過ぎて、戦線に持って行くなんてとてもとても。
カオルの危惧を察してか元よりこんなものを作った時点で織り込み済みか。
だから問題はないのだと優雅に笑うリリーシャに─現状では─納得するカオル。
ただその一方でそれを国外の者に晒し、躊躇いなく運用した背景には薄ら寒い
ものを覚える。当然、この事態はその機密より速度を重視すべき状況であると
いうことでもあろう。だが───大国の女王妹にして最高峰の魔法使いが
そこまでする罪作りな誰かさんが一番の問題な気がしてくるカオルであった。
ホント、いっそ、あいつ、ファランディアを征服してくれないものか。
裏の暗躍とか全力でやるんだけど。
「さて」
じつは大差ない立場なのに無自覚なまま。
思考を切り替えろといわんばかりの短い言葉と視線に彼は従った。
「これで先んじられた、と思いたいところですが」
「今朝までの報告では問題ないかと…」
続くように二人は揃って川の流れの逆。渓谷の向こうを覗くように視線を送る。
カオルがこうして目的地についてから搭乗したモノへの理解を深める羽目に
なったのは移動中は説明と情報提供に終始していたからだ。
鬼人族が把握できている範囲ではあるが今回の事態の背景やその推移を。
事の発端はマスカレイドの魔王暗殺未遂事件にまで遡り、この一件で魔族討伐の
同盟軍が瓦解。その責任を取らされた元・大司教と元・将軍が仮面を逆恨みしたのだ。
そして腐っても大司教、将軍であった者達だったゆえか。
彼らはマスカレイドにまつわる一品、それもどこかの鉄火場で流れたカレの血が
染みついた布切れを発見する。大司教はそれとオドロック遺跡にあるナニカを
使ってマスカレイドへの攻撃を企んでいたらしい。
一番は居場所が不明な仮面の位置特定用だったようだが。
独自の情報網でそれを察知した鬼人族は阻止に動いたものの元・大司教逮捕へと
いの一番に動いた聖女一派と現場でかち合ってしまい、布切れの回収に失敗。
そのうえ手勢をひとり捕虜とされてしまったのである。
鬼人族は何度か救出を考えたものの聖女が持つ特異な眼だけでも厄介なのに
神装霊機持ちが2名。しかも防御、防衛に適した『盾』の使い手とそも当人が
優れた狩人でもある『弓』の使い手だ。この三者が警戒していては例え移動中
であっても、あの影に潜むような隠形が出来る鬼人族といえど、厳しい。
彼らが自分達だけでの事態解決を諦めたのはこの時だ。この強固な布陣は勿論、
アースガントという舞台で聖女というある意味での大物が絡んできてはお手上げだったのだ。
「今朝……それはどちらからの?」
「遠巻きにつけた監視、捕まった同胞、双方です」
一方捕らえられた鬼人族はただ捕まっていた訳ではなかった。
聖女が「正しき魂の持ち主」と認定したのもあってか。武装は取り上げられ、
手足は縛られてはいるものの丁重には扱われており、それどころか聖女自身が
ちょくちょく対話を望んでくるらしく、彼はそこで得た彼女達の目的や狙い、
行動理由などを鬼人族に伝わる秘術を用いて外部の仲間に伝えていた。
得た情報からあまりに時間が無いと悟ったカオルたちは『共通の恩人』という
繋がりだけを頼りにリリーシャたちに慌ててコンタクトを取ったのである。
「しかし────残念です」
「っ、何がでしょう?」
周囲の警戒と飛行円盤の固定、保護結界の構築に動くメイド達を横目に
リリーシャは険のある声を渓谷へ向けて発していた。
「聖女シンシアさまは教会では唯一に近いほど悪い噂の無い方でしたのに」
これが今生のお別れになるなんて、とさえ続きそうな好戦的な表情で嗤う。
カオルはその秘された怒りをひしひしと感じて息さえ漏れ出なかった。
彼が手にした情報を全て開示したのは彼女達の信用を得るためとその見返りに
対処への同行と捕まった同胞の扱いに関して意見できる立場が欲しかったから。
それらは得られたもののそれ以上に発生してしまったのが女王妹の怒りだった。
ただし向けられているのは発言通り聖女に対してとなる。
何故なら、彼女達は最初から横紙破りをする気だったからだ。
カオルから教会関係者による計画だと匂わされた時点でリリーシャの優秀な
メイド達は王城から直近の入国記録を提出させた。聖女一行の規模と目的。
許可された活動範囲、許可された経緯を含めた報告書まで付属させて。
それに、よれば。
聖女シンシアとその護衛や世話役の教会騎士達、合わせて23名が入国。
(実際は神装霊機を持つリーモア騎士2名が含まれるため虚偽申請である)
目的はアースガントに逃げ込んだ元教会関係者による犯罪者勢力の捕縛。
予想潜伏範囲が国境近郊であったためその範囲での活動を許可していた。
捕縛の失敗や予想が外れた場合は相談に応じる旨も伝えて。
アースガント王国とリーモア教会の関係性の悪さを思えば破格の対応だ。
ただこれは王国からすればタイミングと都合が良い要求でもあった。
教会上層部の想定通りとはいえ王国は同盟軍瓦解を結果として先導している。
政治的配慮として面子を潰したアースガントにはどこかで教会に譲歩する必要が
あった。突っぱねてもいいが不和の種をわざわざ増やすのも愚策。だからそれを
さっさと消費してしまいたかった王国からすれば聖女の入国申請とオレイル逮捕
に関わる諸々の申請は渡りに船であったのだ。しかし。
「我らが女王陛下の気遣いを無下にされるとは…」
ただ一方でそれでも許可がすんなり下りたのは相手が聖女であったのも大きい。
彼女の活動は教会と冷戦状態にある王国でも高く評価されていたのである。
少々強引で周囲のサポートもあったとはいえ不正する聖職者、横暴な権力者を
断罪し、災厄に襲われた弱者に救いの手を差し出す。
彼女に与えられた称号『聖女』もそうして助けられた者達やその働きを称賛する
者達から自然発生的に与えられた呼び名であった。今回の迅速な許可は女王が
その足跡を信用した点も大きかった───と報告書には記されている。
結果はこの裏切りであったが。
彼女達の躊躇いの無い動きと捕虜が当人から直接聞いた話を合わせれば、
聖女シンシアは最初からオレイルの逮捕とマスカレイドの血、双方を手にし、
最終的にオドロック遺跡に向かうつもりだったと結論を出さざるを得ない。
つまり許可申請から計画していたのだ。
政治的配慮とその早々の消費という思惑はあったが、教会の面子を慮り、聖女の
これまでの働きを評価しての許可であったというのに逮捕後に何の通達もしない
ままそれだけの戦力を引き攣れて王都に接近した。王国の受け取り方と教会の
対応次第では宣戦布告にも成りかねない愚行を、聖女はマスカレイドの
正邪判定をしなければならないという使命感のみで行った。
「随分と都合のいい頭をしているようで、うふふ……」
これは彼女の独断だろう。
いくら関係が悪いとはいえまだ同盟軍瓦解の余波が残るこの時期に教会が
アースガントにケンカを売るのはあまりに愚策だ。捕虜の鬼人族からの情報にも
それを裏付ける証言がいくつもある。それらをまとめれば聖女は自分の行動を、
多少のルール違反だが必要なこと、としか認識していないらしい。
つまり、女王の恩情と信用は聖女自身に足蹴にされたのだ。
リリーシャの丁寧な口調での罵倒は当然のことである。
気遣いを無下にされた女王の妹としての感情はその壮絶な笑顔から漏れており、
カオルは対象が自分でないと分かっていても目を泳がしていた────尤も、
その裏にある同族嫌悪のような感情は彼女とメイド達だけが理解していたが。
「ま、まあ、聖女達の今朝時点での位置を考えるに到着は早くとも夕方です。
先んじて遺跡入口に陣を張り、迎撃する態勢を作れれば相手が彼女らでも
その企みを未然に防げるでしょう……その先はアースガントにお任せする形に
なるでしょうが」
「ええ、それはもちろん!
ふふ……女王陛下にとびきりのお土産を持っていけそうですわ!」
「お土産……お土産かなぁ、それ?」
何せそれはどう考えても『とびきりの爆弾』である。
国王と一族の長では同じトップでも規模や影響力が違うが自分なら遠慮したい。
噂では男勝りで豪胆な方だという顔も知らぬ女王に彼は少し同情してしまう。
思惑通り未然に聖女の目的を防げてもその土産は間違いなくアースガント上層部
を悩ますだろう。扱い方を間違えれば魔王暗殺未遂から落ち着いてきた世界の
情勢を否が応でも不安定にさせてしまう。アースガント、教会、聖女の
組み合わせにはそれだけの影響力があった。自分が王であるなら、考えるだけで
頭が痛くなってきそうなそんな未来にカオルは頬が引き攣る。
「────リリーシャさま、これはしてやられたかもしれません」
それを知ってか知らずか。あるいは故意に無視してか。
あたかも最初からそこにいたかのように周囲の警戒に出ていたメイド長が
彼女の斜め後ろに現れた。不穏な呟きと共に。
「なにがあったのステラ?」
「いえ、何も無いのです」
細く厳しい視線で渓谷を睨むメイドが語る、無い、という異常。
言葉が指し示す事象の意味を察しきれなかった困惑は、だが一瞬だけ。
「え、っ!? 封鎖されてない!?」
「くっ、ぬかったか! 気配も無い!」
ここは渓谷の入り口。
河川を横にした平原とここから険しくなっていく谷の境目。
遺跡はオドロック渓谷の中ほどで発見されていた。そこが封鎖されたのは
内部で発見された古代遺物の保存状態が良好過ぎたため何が切っ掛けで、
そして何の設備かも分からないモノが稼働する危険性からであった。
本来なら上流からも下流からも渓谷に入れないようにしていたはずである。
警備の兵はもちろん進入禁止の看板や柵はあってしかるべきだ。実際、門外漢
であるリリーシャですら遺跡とその封鎖を知っているほど各所に通達はきちんと
なされていた。が、現実として何も無い。
「少しだけ渓谷に入りましたがその範囲で封鎖の兵や柵、結界の類は痕跡すら
見受けられません……下手をすると最初からされていなかった可能性が」
「まさ、か」
昨年発見された謎多き遺跡。
アースガントまでは逃げ切れたオレイル。
躊躇の無い横紙破りをした聖女一行。
虎の子の『盾』と『弓』の同行。
把握されていたマスカレイドの血。
虚偽だった渓谷及び遺跡の封鎖。
「っっ、そうよ、そうだったわ! シンの関わる案件はいつもこう!!」
これらが結ぶ最悪の想定にリリーシャは頭を抱えながら悲鳴のように叫ぶ。
「当人がいなくてもこれほどとなるとは。
……文句の一つも言えないのが余計に憎々しいっ」
その斜め後ろのメイド長も「あの男め」と悪態を吐いていた。
やや理不尽。かなりの八つ当たりではあるのだが、当人がここにいれば
居た堪れない顔で目を泳がすだろうぐらい彼自身は肯定しそうであった。
「………端から見ててあれだったもんな、渦中にいたらこうもなるか」
実体験は少なくとも、話として気付けば問題が大きくなっていくのを後々知る
立場だったカオルとしても乾いた笑いしか漏れない。問題が一種族の長が
関わる範疇を越えてきそうなので現実逃避しているともいう。
──だってこれ最低でもアースガント国内に協力者いるぞ?
──そんでもって事前に色々計画されてたっぽいぞ?
──なら、誰が本当の黒幕だ?
「ん?」
嫌になる、と思考の海に沈みかけたカオルの視界の隅で何かが跳ねた。
水音。川。その水面。見間違えかと思うほどに真っ黒な魚が泳いでいた。
「っ、おいでませ!」
ぱん、ぱん、と二度柏手を重ねる。
音の響きに釣られるように再び跳ねた黒魚はその勢い以上に空を舞うとカオルの
足元にまで飛び込んできた。ぴちぴちと地面の上で身じろぐ魚、に見えるモノ。
「カオルさま、これがあの?」
黒色だけで構成された、生命の息吹なき形だけの魚。
魚の影だけが独立しているような視界と世界の違和感を覚える物体。
「はい、我らが秘術が一つ、影文です」
その不自然に濡れてもいない魚体を確かめるように撫でながら答える。
鬼人族は生来、影属性の魔法を操る才覚が高い。そこから自分達独自の秘術に
昇華させたそれは影で作られた動く文だ。多くはこういった生物の形をとって
同胞のもとへと送られる。
「捕虜の方? 監視の方?」
されど続いての問いにカオルは影の魚に触れながら難しい顔をした。
「……いえ、これは、遺跡の見張り役からです」
「あ、あなた方もたいがい勝手に入り込んできますわね」
「ふふ、そこはどうかお目こぼしを。
奴らの目的地がわかった以上、見張りを立てない訳にもいかず。
そしてそういう役目を与えないと暴走しそうなのがうちにはいましてね」
暴走、と繰り返すように呟いた女王妹は納得したように頷いた。
一族の大恩人に迷惑をかけようとする相手が同胞を捕虜としている。
なるほど、撃退と奪還に過激な行動に出る者達が現れてもおかしくはない。
蚊帳の外にするより関係はあるが対応ラインとしては最後方に配置しておくのは
そういった者達のガス抜きとしても悪くはないだろう。
──とか考えてるんだろうな
影文の解読を進めながらひっそりと胸中で呟くカオル。
それはそうだ。そういう風に受け取ってくれるよう絶妙に嘘ではないが真実とは
少し異なる言い方をしたのだから。それは隠し事というよりは真相を話すのが
ただ面倒というのもあるにはあった。が、それ以上にカオルはその見張り役と
リリーシャ達を合流させてはいけない気がしたからである。混ざるな危険の
予感である。
尤も、その気遣いは文の中身によって台無しになってしまったが。
「……は? え、なんで!? ちょっ、うそだろ!? 待って母上っ!?!」
飛行円盤への驚きに匹敵する動揺っぷりを見せるカオルに周囲の視線が集まる。
それに気付いているのかいないのか影文を愕然と見下ろしていた彼は、しかし
がばりと顔を上げる。
「追い抜かれました! 急いで遺跡へ!」
端的で、何もかもが足りない言葉。
しかしそれでいてリリーシャ達にその意味は正しく伝わった。
「っ、全員で向かいます!
セーラとカトレアは先導! ミヤ、カヤは後ろを!」
かしこまりました、と。
メイド達の早口での返答が発せられたのと同時に全員が地を蹴っていた。
跳び上がった中空からそのまま風魔法と重力魔法の併用で空を舞うと獲物を狙う
猛禽類もかくやという速さで川の流れを遡る。
一人飛べないカオルは、だが水面に映る影を踏みしめるように軽やかに跳びはね、
リリーシャ達の速度に脚力でついていっていた。鬼人族特有の身体能力の高さを
存分に発揮している。
「それで何が書いてあったのですか!?」
渓谷と河川に視線を向けながらも聞こえるように絶叫の形での問いかけに
同じような声量でカオルは答えた。察してはいたが、最悪な答えを。
「どうしてか聖女一行が突然現れて遺跡に入っていったと!」
「っ、転移マーキングが外されたのもこれはきな臭くなってきたわね!」
アースガント人が突然現れたと言われてまず疑うのは転移魔法である。
遺跡のマーキングは転移が遺物に反応するか否かを調査するまで外されたという
話であったが、閉鎖が虚偽であった以上そちらも疑うべきであったと彼女の
表情は厳しい。
「それでカオルさま、失礼ながらお母上というのは?」
その横からメイド長の遠慮がち、に雰囲気だけ見せかけた鋭い指摘に
一瞬ぐっと息を詰まらせた彼であるが状況ゆえかすぐに白状した。
「言葉通り私の母ですよ、見張りをさせていた先代の長です。
……もう待てないから突撃すると記されてありました」
「それ、は…」
「先に謝っておきます」
なんと言ったものかとステラが一瞬言葉を選びかねたのを狙ってか。
割り込む形で妙な宣言をしたカオルはこれまでで一番神妙な顔を見せると
言葉通りに謝罪した。
「遺跡が吹っ飛んでたらすみませんっ!!」




