三界交流会(仮)になってた・後編
「ま、超優良物件ではあるから私が一桁台の夫人を狙うのはどの道、無理だけどさ」
「…は?」
何か、よく分からない言葉を発して全員の表情を固まらせた。
正確には言葉を理解できたから思考停止したというべきか。
「でも、なら十番台を目指せばいいだけよ! 見てなさい!
素朴な一般女性(年下)路線なら穴のはず! 私でもいける!」
そんな空気を知ってか知らずか一人腕を突き上げて燃える少女。
自らを奮い立たせているのは分かるが、周囲の大半はついていけない。
だから自然と少女の保護者に視線が集まる。
「ええっと?」
「マーサ殿? 彼女は何を言って?」
「あはっ、あははっ、そのぉ……」
どう説明したものか。そう書かれた顔で乾いた笑みをこぼすマーサ。
だが一瞬の間の後、ふぅ、と一息吐いた彼女はクララの頭を一撫でする。
落ち着いたのか機嫌良さげにはにかむ少女を隣にマーサは皆と向き合う。
「お察しの通り、ファランディアでは重婚が可能なんです。
……その様子だとガレストは一夫一妻制のみなのですね?」
「え、まあ、一応……色々例外や黙認されている部分はありますが、基本は」
「…色々ありそうですね、そちらも」
何かを濁すようなフリーレの反応に感じる所あってか頷いたマーサは異世界での
事情を語る。ただその顔は重婚がどうこうの話とは思えぬほど真剣な代物で
あった。
「ファランディアでも一夫一妻が基本ではあるんですが、
一夫多妻ないし一妻多夫もまたわりと普通の婚姻形態なんですよ。
……命が、安い世界なもので」
「命が、安い? それはいったい……?」
「あくまで日本とかと比べてしまうと、という話ですが」
そんな前置きをしつつもマーサが浮かべる表情にはどこか痛みと諦観が
にじみ出ていた。
「別段、世紀末だとかディストピアだとかではないんだけど魔獣や魔物に
人外の怪物といった多くの外敵に加えて全体的に治安が悪い世界でね。
けどあんな壁を作れる予算も技術も無いし軍が駐留してる街も滅多に無い。
簡単な堀や柵、素人自警団があればマシな方と言えばどれだけ危ないか伝わるかい?」
「それ、はっ」
この場の全員がその状況の危険性が理解できる。出来てしまう。
幾人もが遠くにあるオークライの防壁を見据えながら絶句している。
ガレストであの壁が、駐留する軍が無い都市など半日と存在できまい。
輝獣ひしめく地上を走破した経験を持つ彼らはそれが嫌と分かる。
「それなりに大きい都市なら格段にマシになるけどみんながそういう所に
住めるわけじゃない。大抵は防備が不十分な村や街ばかりで、魔獣の群れや
ならず者集団とかに襲われたらひとたまりもないのさ。昨日あった村が
明日には焼野原なんてざら、生き残りが次のならず者に身をやつすことも…」
身に覚えがあるのか。
マーサのそれに浮かぶのは物悲しい顔で、だがそれ以上にそんな話を幼い少女が
平然とした顔でジュースを味わいながら聞いているのが彼女達には衝撃だった。
それだけ当たり前の話だということなのだから。
「直接的な身の安全に関わる部分だけでもそんな世界だからね。
これに衛生問題や医療技術・知識の拙さに食糧問題なんかも絡んでくるから
死が身近過ぎるのさ」
「それで『命が安い』ですか」
「今がどうかは知らないけど日本がどれだけ安全で生き易い国だったか
ファランディアで文字通り痛感したよ……そういう訳で身を守る力や術、
分かりやすい所だと権力や武力、あと財力なんかを持ってる奴の所に人が
集まるのさ。そしてその中心が男であれ女であれ庇護を得ようとするなら
一番手っ取り早いのは…」
「…婚姻、それに伴う縁戚関係というわけですか」
「だからファランディアで一夫多妻や一妻多夫が根付いた?」
「強き一は力無き多を守り、守られる多は戦う一を愛し尽くせ、ってね。
まあ一番説得力のある説っていう程度の話だよ」
マーサはどこか殊更明るく、そんな理由だったかもね、とした。
もしかしたらそれは生存戦略ないし労働への報酬のような婚姻関係に何か
受け入れがたいものを感じている若者たちを気遣ったのかもしれない。
「それに今はよっぽどの事情でもないと実利100%での重婚は無いし必ずしも
一人の側が力を持ってる必要もなくなって、力ある数名が一人を囲い込む、
なんて逆パターンもあるぐらい変化してるって話だよ……けど一度定着した
制度で常識でもあるから当たり前の選択肢の一つになっちまってるのさ。
それでも大抵は2、3人程度なんだけど…」
「そこのお嬢さんは10人目以降を狙ってるみたいですが?」
「えへへ…」
「笑う所じゃないよクララ。
はぁ……一般レベルなら認められないけど、相手はシンイチだからねぇ」
何故か照れたように笑う少女を嗜めながら遠い目をして呟いたマーサの
言葉には疲れがある。これに苦笑いにも似た同意の声が全員から漏れた。
“力”による庇護を求める背景から生まれた重婚制度と世界を個人で相手できる
“力”を持つ男の組み合わせは際限が無いのだろう。そんな感想がありありと
伝わる反応にマーサはなぜか一瞬目を細めたが気付く者はいなかった。
次のクララの発言の方に意識を持っていかれたために。
「それだけすごい人だから何の後ろ盾も実績もない孤児じゃお兄ちゃんの
一桁夫人になるのはどう考えても格が足りないんだよねぇ」
「……んん?」
先程、皆を思考停止させた発言と似たような発言ではあった。
だが重婚制度を知ってからはクララがまだ子供でありライバルも多いために
出た発言と勝手に解釈していた周囲は違う事情もあると察して目を瞠る。
尤もその注目の意味を少女は取り違えたのだが。
「あ、勿論結婚できる歳になるまで色々頑張ろうとは思ってるよ。
家事や魔法、護身術に一般教養と孤児院経営は習得するんだ!
でもせいぜい一般人にしては、の範疇が限界かなぁ。お兄ちゃんと釣り合う
ナニカを持てるかっていうとすっごく厳しくなっちゃうんだよねぇ」
だからやっぱり一般人なのを逆に強みに!
などと再びの少女の力説と再びの「どういうこと?」という視線が集中してきて
二重で内心頭を抱えるマーサである。
「ええっとマーサ殿?
クララ嬢の話しぶりからすると10人目以降とそれ以前とで
同じ伴侶でも何か事情や扱いが違うように聞こえるのですが?」
「あは、あはは……他の連中も連れてくるべきだったかね?」
解説役をやらざるを得ない状況に乾いた笑いと共に愚痴をこぼしながら
どこからどう説明したものかとばかりに彼女は頭を捻る。
「ううんと、結論からいうとまさに先生の言う通りと言った所かね。
何人目以降がそうなるかはケースバイケースになっちまうけど」
「何故そのようなことに?」
困惑する顔にどこか理解ある─己も通った道か─顔で頷いたマーサは続けた。
「今でこそ重婚のハードルは下がってるし、力についても結婚する夫婦達の
総合力で考えるようになってるんだけど数が10人前後かそれ以上の場合は
色々と面倒なルールや手順があってね。クララが言ってるのはその一つ。
最低でも第一から第五までの夫人ないし夫君は三国以上から素性や実力が
認められた人物であるべし、ってね」
「さ、三国以上の認可を最低5人分!?」
「なんでそんな聞いただけでもややこしいと分かる審査が?」
「額面通りに受け取るなら変な人物を弾くためでしょうが、だとしても
中々に厳しめですね」
「ははっ、仕方ないのさ。
今の細かいルールが制定される前このタイプの重婚で色々問題が起きて、
しまいには国家存亡の危機になった事例がいくつかあったらしくてね」
「え?」
「に、人数が多いとはいえたかが結婚でなんでそんな話になるんだ!?」
「……それだけの“力”を一側が持ってるから、ですね?」
「サンドラ?」
「はい、危険な世界ゆえというべきか。
権力はもちろんですが財力にせよ武力にせよ、それ以外にせよ。
国家レベルでの影響力を持つ実力者が一定数誕生するんです。
多人数での重婚が認められるのはまさにそのレベルの人達で、それこそ
国に一人いれば戦争や犯罪の強い抑止力になるとまで言われるほど」
知らず、全員の口から納得するような声がこぼれ出た。
クララが意識している相手がシンイチであるためイメージしやすかったのだ。
彼が実際にそういう働きをしているのだから実感も得やすい。
「でも、そんな人物の伴侶達が自分の身を守れないぐらいの弱者だったら?
経歴を偽っている悪人なら? 実は厄介な人物と繋がっていたら?
どこぞの国の工作員だったら?」
だからこそ、その“もしも”は怖気が走るほど嫌な想定であった。
「……やべえな、なんかすっごいまずいこと起きる気しかしねえ!」
人質。脅迫。勧誘。冤罪。洗脳。支配。亡命。いくらでも想像が働く。
古今東西、力を持つ者は色んな人間から良くも悪くも狙われてしまう。
そんな人物の伴侶という立場は外部が利用するにも懐に入るにも狙い目だ。
「リョウ、違うわ。
実際にまずいことが起こったからルールが作られたって話でしょ、これ」
「その通りだよお嬢さん。
伴侶が人質になり圧政や侵略への協力なんて事例は枚挙にいとまがない。
他にも冤罪を被せられて財産・権力を奪われたり、それが敵対国による
国力低下を狙った陰謀だったり、伴侶当人は無害でも関係者に企みがあって
あこぎな商売に知らずに利用されてた、なんてケースもあったとか」
「悪意の見本市かよ……って、命が安いってそういう事もか」
「一般人も大変だけど力ある者でもそうなんだから困ったものさ、本当に」
いかにも慣れたもの、周知の事実でしかないと軽快に笑うマーサの姿に
自分達はまだファランディアという世界の生きづらさを理解しきれてないと
痛感していた。重婚が生まれた背景は致し方ない部分があり、こちらでも
婚姻を利用した犯罪や陰謀はあろう。だが伴侶の枠が多い重婚は悪意や企みを
持つ者が紛れ込む可能性が一夫一妻より高くなるデメリットがある。
マーサが次に語った過去の事例はまさのその極地であった。
「確か一番被害がひどい話は伴侶に潜り込まれた工作員によって他の伴侶を
他国の仕業に見せかけて殺された件かね」
「は?」
「なんて非道な!」
「…いや待って、それってその後もしかして?」
「ああ、そうさ。それだけでも充分悲劇だけど最悪だったのはその後。
夫達を殺された妻が復讐心のままに報復に出て無実の国で大暴れしたのさ。
当然やられた国は怒ってやり返してたんだが、途中で工作員の企みが発覚。
けどその時にはもう二国間で犠牲が出過ぎて止まれなくなっちまってたし、
暗躍した国は当然認めず、それで最終的には三国での泥沼戦争になったとか」
「うわぁぁ…」
「じ、地獄だ」
「…安心しな。
最後には三国全部で厭戦気分が強くなって、それを国を超えてまとめた
人達が終戦に持って行ったよ……でもそんな諸々の事件が切っ掛けになって
多人数の重婚に対して世界レベルでのルール作りが行われたのさ。
移動や通信の道具が一般に流通してないあっちじゃ、かなり珍しい話だよ」
それだけ当時の為政者や権力者を戦々恐々とさせたという事だろう。
伴侶を弱みにされるか伴侶に利用されるかで治安や安全保障、経済に関わる
実力者を失いたくも敵対したくも無いのは道理であろう。
そのためのルール作りと審査体制の確立は急務だったのは間違いない。
「だから最低でも5人は身元と実力がしっかりした人間が必要って話に
なったんですね。暗躍する人物が入り込む余地を出来る限り無くすために」
「実力者が一人だけの重婚より目と手が他にも届き易いだろうしな。
それ以外の伴侶を監視するにせよ保護するにせよ安全性は増す、か。
何か起こって真ん中の一人が暴走しても止められるかもしれねえし」
「三国以上なのは、一国だけの思惑が入らないようにするためと伴侶達の中核の
間接的な後ろ盾になって利用を企む者達への牽制も目的、って所かな?」
「禁止にならなかったのは制度が浸透しきっていたためと……おそらく
実力者が多数と結びつく余地を残しておいた方が為政者側としては都合が
良かったから……隠遁生活でもされてその力が振るわれない方がマイナス
という考えとその一自身に悪意や企みがあった場合の抑止と監視、ですか」
「……あれま、さすが異世界交流の最先端にいる学生さんかね、察しがいい」
先に全部説明されちまったよ、と感心したように肩をすくめるマーサ。
その反応に自分達の考察は的を射ていたようだと僅かに照れる生徒達だ。
「しかし、先程情報のやり取りをする道具がないという話がありましたが
その割には重婚についてのルールやその誕生の歴史に詳しいんですね?」
「クララがそれを狙いだしたからね。
応援するにも説得するにも正しい知識がなきゃまずいと思って調べたのさ」
資料とか本を読み込むのは昔から得意だった、とマーサはここに来て
初めて自慢げに胸を張った。実際にこちらの疑問に明確に答えたり、
意見の正否も早かったのだから事実なのだろう。
「この子から、ねぇ……うーんとクララちゃん?」
「なんですか、お医者様?」
「こっちはそういう制度が無いからいまいちわからないんだけど
君は彼の十数人いる奥さんの一人、しかも重要度の低い妻でいいの?」
「うん! だって私一人でお兄ちゃんの奥さんなんて無理だし!」
「……ムリ?」
「お兄ちゃんは好きだし、絶対大事にしてくれるし、明日の命を心配しなくて
いいのは最高だけど……私だけじゃ、手に余っちゃうよ…」
「……」
彼の何を見たのか。何を感じ取っているのか。
幼いはずの少女は一人では無理だと朗らかに笑った。
そこに少女なりの意地と女の見栄があるような気がしたのは気のせいか。
マーサはただそれを慈しむようにそっと頭を撫で、他の者達もそれぞれで
思い当たる節でもあるのか沈黙してしまう。
「これは………同じ女として負けてるわよフリーレ」
黙らなかったのは付き合いが浅い女医だけ。
尤もその意地の悪い顔から出たのは友への揶揄いだけであったが。
「なんで私だ!? いや確かにそこは誰にも勝てる気はしないけど!」
分かっているのと指摘されるのは別だと若干涙目で吠え返すが親友は笑うだけ。
これは突っ込んではいけないな、と空気を読んで関わらない事にした孤児院
サイドはここまで何故か触れられなかった大前提の話へ。
「……ところでクララ?
そもそもの話、シンイチは重婚するなんて一言も口にしてないんだけど?
むしろお付き合いとか結婚とかも考えてないんじゃないかい、あの子」
「マーサさん……もう、そんな段階じゃないの。
だって、あっちでもあれだったのにこっちでもこれだよ?」
見てよ、とばかりに手を差し向けられたのは順にフリーレ、アリステル、
ミューヒ、トモエ、である。残念ながら意味を察したのはミューヒを除いた
当人達以外だ。彼女は彼女で暗に自分を含めるなと視線に込めて睨むがクララは
どこ吹く風で、出会ったばかりのマーサですら娘の指摘に唸っている。
両名とも共通認識だったらしい。なぜだっ、という彼女の胸中での叫びは
誰にも届かない。
「………どうしてあの子は自分で無自覚に外堀り埋めていくんだい…」
「お兄ちゃん、基本ドジっ子だからねー」
疲労感がにじみ出るため息混じりの声に楽し気な明るい声が返る。
そしてその点に関しては否定意見がマーサから出ることはついぞ無かった。
「け、けどねクララ、ここはファランディアじゃないんだよ。
あっちのルールはこっちではあまり意味が……」
「でも、私達がさらわれてきちゃった。
そのことでこれからこの世界の人達と話し合いでしょ?
それがどう終わっても次はファランディアの偉い人達じゃないかな?
カイトお兄ちゃんまで行方不明になってるから大変な事になってない?」
「…………」
少女の発言は、そこだけを聞くとマーサへの返事になっていない。
主語が抜けており、それがどういう結果になるかも告げてない。
周囲もさすがに前提情報が足りないので何を言いたいのかを推察できない。
ただ今後の話についてだけはそうなるだろうという予測と納得はあったが。
されど、一瞬押し黙ったマーサには少女が伏せた部分が聞こえたのだろう。
「っ、クララあんた! わざと口走ったね!?」
「てへっ」
大きく目を見開きながら隣の少女を怒鳴りつける。
だがそこに怒りは無く、驚きと呆れが大部分のお叱り寄りの声。
クララも分かっているのかバレちゃったとばかりに舌を出して笑うだけ。
「どういうことでしょうか?」
完全に置いていかれた気分の令嬢の問いかけに答えたのは不機嫌そうに
毛並みを逆立てた狐耳を震わす彼女であった。
「ぁぁ……会話の流れからの推測だけどぉ…」
尤も声はそれ以上に憎々しげな色を奏でていたが。
「この小娘、今の状況とボクたちを出しにしようって魂胆だよ」
「はい?」
「…実際に可能かは別として今回の事後処理であちらとの連絡とかあっちに
戻るのを希望する人達の対応をするのって、誰になると思う?」
「……シ、シンイチさん、ですか?」
「あいつ以外に出来る奴がいませんよ、先輩。
そもそも親しい相手が被害者の時点であの男が他人任せにする訳ない。
言われなくてもやるでしょうよ! 今みたいに!」
「そうなんだよねぇ……で、実際に連絡するあっちの権力者ってさ。
被害者達の住んでる国々の上層部か元々の知り合いの権力者じゃない?
なんかそんな名前出てたよね?」
「あ……大国のお姫様!!」
「そういや叫んでたな、この子」
「どういう形で別れたのか。そもそも別れの挨拶もしてなかったのか。
分からないけど、居場所と状況がわかっちゃう上に連絡が取り合えちゃう。
そうなったら10人以上いるっていうイッチーにほの字の人達が
おとなしくしてるわけないよね、ってその小娘は考えてるんじゃない?」
「え」
「うわっ」
それはその可能性を考えていなかった驚きと無自覚な焦燥か。
それとも、いきなり10人以上も増えるのかよ、という嘆きか。
「っていうかいっそのことこれ切っ掛けにファランディアとも交流を
してくれないかなっていう期待も込みかな? うまいことすれば自分が
成人する時には行き来が出来るようになったり法整備が進んでこっちでも
重婚ができるようになるかもしれない、とか考えてたり?」
「ずいぶん遠大な話だけど……それ、クララちゃん何もしなくていいのが
怖いの、あたしだけ?」
返事をする者はいなかった。何せあまりにローリスクハイリターン。
否、何かを賭ける必要もリスクも無いのにうまくいけば願望は叶う。
「他にも話をした事でこちら側に賛同者が出てくれれば万々歳、かな。
こっちの人間を巻き込めれば一般人枠から越えられない自分が多妻の
末席に潜り込み易くなる、とかもあるかにゃー」
出来ることが無いがゆえでもあるが彼女はここで可能性を提示するだけで
万が一を得られるチャンスだけはもらえるのだ。幼く、愛らしい容姿ながら
十二分に策士で、己が願望に忠実な女の子であった。
「さ、さすがにそれは考え過ぎでは?」
「うんうんっ、ボクも重婚関連の話が彼女が変なこと言い出したことで
始まってなければそう思うよ……ああ、でもわざと口走ったんだよね、キミ?」
ミューヒの推測は当然ながら当人達にも聞こえる距離で語られている。
最後に投げかけられた断定的な問いにクララは満面の笑みだけで応じた。
隣のマーサは頭痛でも感じているのかこめかみを押さえていた。
それが答えである。
「……環境が違う異世界とはいえ、最近の若い子はこんなたくましいのか?」
「その点はあんたも大概だったと思うけど、この子はこの子で
とんでもないわね……そういう聡さとたくましさが必要な世界だったの
かもしれないけど」
一応保護されているとはいえ彼女達をガレストに誘拐した事件はまだ何も
解決していない。それはクララも分かっているはずだ。そもそも彼女にとっての
故郷に戻る算段もついていない。そんな状況下でも自らの生存と未来と恋慕を
賭けた画策をしているのだから脱帽だ。もはやただの被害者、ただの子供という
目でクララを見ている者はいない。尤もそうならざるを得なかった背景には
生徒達も含め、複雑な感情を抱いてしまうのもまた事実であったが。
そして、そんな葛藤が見えたのだろう。
「……気にしないでおくれ。確かに大変な世界だし日本出身者として
思うことが無い訳じゃないけど、最近はかなりマシになってきてるのさ。
戦争や紛争の数は減ったし世界規模で動く民間組織もいくつか誕生して
現状を変えようと動いてる。ウチが所属してる孤児院ギルド・リリーも
そんな組織の一つでね、人、物、お金、が足りずに困るってことは
もう殆ど無くなったよ」
だからそんなに気にする話でもないさ、と。
あちらはこれから変わっていくだろう、と。
そんな気遣いの言葉をわずかに逡巡しながらも皆、素直に受け取って呑み込む。
「ふふ……っと、そういえば肝心のあの子。
シンイチはまだ戻ってこれない、のでしょ?」
だから、それは不意打ちとなった。
マーサは辺りを見回す素振りをしながら問うたが、声には確信が込もっている。
───────っ!?
彼女とクララ以外の全員に緊張が走った。彼がこの場にはいない事実。
それも戻れない状況であると知るのはマーサとクララ以外の面々だけ。
診察と治療、状況説明を受けたばかりのマーサは勿論。クララにもシンイチが
どこで何をしているかは教えていない。それなのに何故、と思考がほぼ一瞬で
そこにたどり着いた時フリーレにサンドラ、アリステルにトモエといった
マーサといくらか会話があった者達がはたと違和感に気付く。
──何故シンイチの所在をこれまで一度も聞いてこなかった
ここまでのやり取りでそこに意識が向かない人物ではないのが分かった時点で
怪しむべきだった。つまり、彼女は最初から知っていたのだ。あの仮面の姿が
シンイチのもう一つの顔であることを。
「……驚いた、まさか全員かい?」
「んぅ?」
だからこそ彼女達の反応に逆に当人が一番びっくりしていたが。
分かっていないクララだけが不思議そうな表情を浮かべているが、それも
この少女は知らないという事実を暗に周知させる思惑があったのではと
邪推したくなる。それほどに、そのなんでもないように聞こえる一言は
言葉のチョイスとタイミングが抜群だった。
「あらら、子が子なら保護者も保護者だわ。
何がしがないオバチャンよ。隙を狙い打ってみんなの反応から
判別しようだなんて、怖い怖い……」
サンドラが僅かに頬をひくつかせながら揶揄したがマーサは朗らかに笑うだけ。
危険な世界で伊達に20年も生きてきた訳ではないのを感じさせる貫禄だった。
「ごめんよ、こっちでの扱いや“どこまで”なのかが分からなくてね」
「……違う意味であいつが尊敬している意味を体感しましたよ。
ふぅ…ナカムラはいまマスカレイドと残りの方々を捜索しています」
そういうことにしておいてほしいと暗に伝え、頷きが返る。
「分かりました……目的があって動いているのなら、大丈夫かね?」
「マーサ殿?」
「ぁ、いえ、そのっ」
独り言に近い、発言しているつもりのない呟きだったのだろう。
直前までの貫録が嘘のように慌てた彼女であったがそれを追求する間は
与えられなかった────フォスタのコール音が鳴る。
「ん、すまない。私だ」
通信を知らせたのはフリーレ所有の普段シンイチが所持しているフォスタ。
画面に表示されていたのは雪の結晶のアイコンで彼女はすぐさま触れる。
「白雪か、どうした?」
〈歓談中、失礼します〉
「わっ!?」
「おや、まあ」
途端にテーブルの上に同様のアイコンが現れ、抑揚のない電子音声が流れた。
これに驚きの反応で迎えたクララとマーサ。突然の映像投影か。滑らかなれど
機械的と分かる音声か。あるいはその両方か。何にせよフリーレは内心、配慮
すべきだったかと後悔したが仮面に預けている白雪からの通信。後回しには
出来ないと判断した。だがそれをすぐに彼女は後悔することになる。
せめて自分が一旦先に受け取ってからにすべきだったと。
〈現在、マスカレイドと共に捜索活動継続中ですが、報告が────〉
「────え?」
伝えられたのは犯人グループの他拠点を二つ制圧して連れてかれた人達を
ほぼ全員保護したという朗報と、一人だけどうしても行方が分からないという
悲報だった。




