監禁された者達(サイドM)
時間は少しばかり戻る。
地下の探査とその解析が終わったのはおよそ開始から十数分後。
あらかじめクララから地上で見た物を聞き取り、彼女の行動範囲が内層と特定
出来ていたため探査範囲もそこに限定されていたのだ。勿論それで足りないと
分かれば範囲を広げる事も考えられていた。だが内層だけでも数十万人が問題なく
生活可能に整えられた都市の面積である。しかもそれが下に向かって延々と
増えていくのだからその程度の時間で済んだのを仮面の方が驚いた程だ。
〈マイスターが不必要なほど高性能に組み立てたおかげです。
悪乗りの産物もやっと人の役に立てて、感無量〉
とは本人の主張だが。
ともかくそうして割り出した地下施設の位置といくつかの侵入ルート。
データを他と共有すると後詰を元帥達に丸投げしてマスカレイドは地下に突入。
仮面にはクララのような異能は無い。そしてさすがに一度も行った事が無く、
位置しか分かってない状態では情報が足りず直接転移は難しい。しかし
だからといって力技で遮る物全て破壊して直進するのは論外である。
施設側に気付かれてしまう愚は犯せないのだから。それで監禁された者達が
人質にされる程度ならまだ良い方。都市の地下に誰にも気付かせずに巨大な
施設を建造していた者達だ。当然内部にいる者達が人員の全てではないだろう。
そんな外部にいる関係者達に発見されたと勘付かれたら証拠隠滅とばかりに
何をされるか分からない。場所が場所だけに自爆はさせられないだろうが
自壊する仕組みぐらいは用意されていても不思議ではない。そうなれば
救助対象者もろとも全滅。それだけは絶対に避けなければならない。
つまり万全を期すにはまず気付かれずに施設に接近・潜入。
その後にシステムを掌握し、囚われた人達を保護・救出する。
さらにこれらを電撃的に行う必要があった。
厄介で、面倒だが、マスカレイドにはまさに打って付け。
白雪の案内のもと地下鉄路線、整備用通路、排気ダクト及びそれらの接点を
利用した、単独だから、仮面だから、迅速に通れるルートを文字通り飛ぶように
進む。また目視が可能で人ひとりが存在できる空間があれば転移で通り抜けが
可能なため本来なら人が通れないような細い配管の先や格子状の柵や壁で
遮られた場所も仮面には通過できる道でしかない。白雪は見事にそれを踏まえた
仮面向きの侵入ルートを構築し最短時間で導いた。
『直接説明した事は無かったはずだが、よくここまで把握したものだ』
〈分析は常に実行中、と開示〉
『脅威度査定か?』
〈否定。
マスターのあなたの力になりたいという意思を尊重〉
『……よく出来たAIだ』
〈恐縮〉
とはいえ、案内できたのは開発されている最下層までだ。
最後に立ちはだかった、ただの岩盤という壁は白雪ではどうしようもなかった。
どこかに必ず施設と外部を繋げる道はあるはずだが対策がされているのか。
機械の目では何も見つけられない。だがそうとなれば後は仮面の役割。
地属性魔法でスポンジでも切り開くように柔らかに、そして静かに。岩盤が
自らカレを招くように左右に避けて道をあっさり作っていったのである。
そうしてその黒き腕は施設壁面に届いた。
白雪はその現象の理解を放棄していたが。
〈────外部の警備システム及び探査波感知機構は確認できず。
壁面から集音、分析……警戒態勢とも無人とも異なると判断〉
『皆の言う通り、探査波そのものでバレる、という事は無かったわけか』
今回使用した探査方法においてそこが気掛かりであった仮面だが白雪を含め、
ガレストの事情に詳しい者達からは心配する必要は薄いと口を揃えられた。
〈都市が建立される土地は事前に大陸裏まで調査を済ませています。
その後は異常が感知されない限りこの深度への探査は皆無〉
『偶然から見つかりかねない施設への道筋はきっちり隠すが、逆に
あり得ない行為への対策はしていない、か。こんな場所に建造する以上
各種コストは抑えたい所だろうしな………それで白雪、分析結果は?』
〈─────〉
納得と安堵の後、カレはそれを求めた。事前の取り決めも命令も無かったのに。
確認を含めた今の雑談は結果待ちまでの時間潰し。その態度には当然の如く
白雪はその後を踏まえた行動をしているはず、という信頼があった。
〈……これがたらしと学習〉
『は?』
〈失礼……音の反響による分析が終了。速度、隠密性を重視し、現在地より
半径50m以内の構造と人の配置を把握。共有〉
『充分、これなら転移可能だ。
行くぞ、ここからは一気に制圧する。静かにな』
〈了解〉
一瞬でその場から消えたカレらは音もなく施設に侵入する。
同時にここまで使った岩盤を割った道も静かに元に戻って痕跡さえ消えた。
そして入ってしまえば後はもうマスカレイドの独壇場だった。
魔力ハッキングで周囲の警備システムを乗っ取り、各種警戒システムの
目や耳を誤魔化せば元より人の目には映らぬ存在。仮面は堂々と人目が
ある中を進み手近な端末に触れて、全てを掌握した。例えその端末と一切
繋がっていなくともこの施設内にあると分かっている以上あらゆる遮断も
防壁もカレの非常識なハッキング方法の前には無意味となる。
道が無いなら作ればいい。壁があっても気付かせずに通り抜ければいい。
知識や技術が無くとも感覚や思いつきが強みになる魔力ハッキングの妙だ。
まず外部及び内部へ異常を知らせる類のシステムを全てこちら当てに変更。
続いて警備システム中枢を乗っ取り、施設構造と人員配置を把握すると
生命維持に必要な機構とやはり存在していた緊急時の自壊システムも完全に
支配下に置いた。そして最後に囚われた者達の所在を調査する。
後回しにしたようだがここまで一分もかかっていない。単純に順番の問題。
救出作戦において後方や周囲の安全確保は最初に行うべきこと。
発見して連れ出せても敵に取り囲まれました、では話にならない。
虜囚の身なのがここにいる十数名で全員なら力業の救出劇も選択肢には
なったが既にクララの証言で移送された人達がいるのは承知している。
その者達の捜索と安全も考えるならこの施設と人員の確保は必須だ。
『─────』
尤もそれが分かっているからこそ仮面はソレを見て沈黙した。
ある監視カメラが撮る、ある場所の現在の光景。元は大規模な実験室で
あったと記録にある第6倉庫。虜囚達を閉じ込めている檻。判明した瞬間には
内部の様子をモニタリングしたがそれはまさに知った顔が殴り飛ばされた場面。
「うおっ!? な、なんだ急に寒気が?」
「おい誰だよ温度いじくった奴っ、鳥肌立っちまったぞ!」
仮面の存在に気付いてさえいない居合わせた職員達は訳も分からず背筋を
震わせる。白雪でさえ回路にノイズが走って一秒ほど思考停止した程。
それゆえか即座に、黙って、実行された転移にAIはだんまりを決め込んだ。
向かった先は第6倉庫内。今まさに投擲された槍をその運動エネルギーを
保持したまま“向き”だけを逆にして転移させた。即死しなければどこに
当たってもいいとした仮面はそれが男のどこを貫いたかを確かめないまま
マーサへの治療を始めていた。頭を打っていたので意識の確認もしたら
謎の返答をされて戸惑う───いや、それ誰の話だよ
ただその物言いや浮かんだ笑みはよく知るもの。
『っ』
ただ、そうであるだけに安堵以外の感情も涌き出る。
恰幅のいい、肝っ玉の強い女性を絵に描いたような姿だった彼女は明らかに
記憶のそれより痩せていた。いつも力強く、豪放磊落な笑いを見せた丸顔から
どう見ても不健康な形で肉が落ちている。さらに痛々しい痣と出血の痕も。
頭の芯が冷える。顔から感情が消える。冷静に憤怒する。
──だが今は後回しだ
『触れます』
痣のある頬に触れるか触れないかの繊細なタッチでさすると跡形もなく
傷痕を消した。痛みも引いたのだろう。マーサも礼を口にする。
「あ…ふふ、ありがとうよ」
『いえ─────皆さん、転移で一か所に集めます。慌てないで下さい』
老若男女が判別できないながら、よく通る穏やかな声が彼らに向けられる。
そして分かりやすく片腕をあげて響くように音高く指を鳴らす。
途端、倉庫内にばらけていた人々が二人の周囲に転移で集められた。
「っ……は、ははっ、マジでマスカレイドじゃねえか」
「本物だ! やったっ、これでやっと私達!」
「あぁっ、ありがたやっ、ありがたや!!」
「た、助かった! 助かったよぉ……ううっ!」
「おおっ、神よ! 感謝します!」
「バカ野郎っ、そこはまずマスカレイドにだろうが」
「あ、そうでした、あはは!」
既に治癒系統の魔法に包まれていた彼らは気軽に話せる程度には回復していた。
そしてマスカレイドという存在がいるだけで完全に安堵しきってもいた。
ファランディアではそれだけの信頼と実績と伝説がその名にはある。
「…た、短距離とはいえこの人数をあっさり転移させるとか実感するわね。
これが生ける、そして今も続く伝説の存在だって」
「それにこの短時間であれだけの疲弊感がほとんど消えてる。
この回復術式、見た目以上に滅茶苦茶だぞ」
若干名その非常識な手腕に引いている者達もいたが。
一番の重傷だった老人も出血の跡は痛々しいがもう呵々と笑っているのだから
当然といえば当然の反応とも言えた。
「お、おおっ! さすがマスカレイドじゃの!
助かったわい! 痛みもなく、息がしやすくなったぞ!」
「じいさん無茶し過ぎだって。気持ちはわかるけどよ」
「すまんすまん、ついカッとなって……っと、あやつらは!?」
「心配すんな、マスカレイドが出てきた瞬間ああなってたよ」
誰かが指差した先では四人の男達がそれぞれの場所で拘束されていた。
己が投擲した槍で片腕を落とされた男も出入口付近で銃器を構えていた二人も
老人に殴り飛ばされ立ち上がれなくなっていた男も全員が縛られている。
天井の灯りによって伸びる己の影から実体化した黒き縄によって。
「ほっほっ! ざまあみろじゃな!」
「だから興奮するなって爺さん…」
意気揚々とする老人を嗜める若者。
それを余所に何人かはまたマスカレイドの非常識っぷりに引いていた。
「……ねえ?
他人の影を触れずに操るの、不可能って聞いてたんだけど?」
「魔法分析には自信あったのになぁ。
あれ、どうやってるか全然わかんない…」
幾本もの影の拘束具により幾重にも縛り付けられた男達は半ば以上床に
縫い付けられていた。口枷まではめられていて喚くことも封じられている。
もはや何もできない。その安堵あっての反応でもあったが。
『施設のセキュリティシステムも掌握しています。
しばらくはこの事態を他の者が気付く事はないでしょう』
「え、マジで?」
「ヒュー、やるぅ!」
だからだろうか。これも簡単に受け止められた。あるいはそちらの方が彼らには
納得しやすい、イメージしやすい話だったからなのか。仮面は確信と共に
次の予定を語りながら、そこを突いた。
『その間に皆さんを地上に送ります。私の協力者達が準備していますので
指示に従って診察と治療を。ただ、もうお気付きでしょうがファランディア語
は通じません。それぞれの母国語を使ってください』
「わかってる、まあおかげで隠れて会話するのは楽だったが」
「あっちにいた時とは逆の使い方だったけど」
全員が頷いた。全員が微塵の戸惑いもなく頷いてしまった。
仮面越しに見据える彼らの外見は先んじて聞いていた通りである。
そしてそこからの推測通りここには誰一人としてファランディア人がいない。
人種や祖国はバラバラのようだが皆、あちらで暮らしている地球人であった。
つまりこれは『ガレストで発生した交流の無い異世界からの拉致監禁事件』
というだけではなかったのだ。そこに『被害者が全員地球人』がプラスされる。
───頭の中で並べるだけで頭痛がしてくる!
「やっぱりファランディアでも地球でもない世界なんだね。
どうして地球側の言語が通じるのかは謎だけど…」
「それにファランディアの守護者たるマスカレイドがどうして異世界に?」
問題は山積み。彼らの疑問は当然。だが今はどちらも先送りである。
『詳しいことは後程、ある程度は協力者も説明してくれます。
今はあなた方の救出が先です……跳ばしますので、身構えを』
すっと地面に手を翳せば目に見える形で大規模な転移魔法陣が展開された。
自分達を覆うそれに彼らは感嘆の息をもらす。仮面の技量なら使う必要は無いが
跳ばされる側が認識しやすい形の方が心構えも出来るという配慮であった。
何人かは無詠唱による瞬間的な展開に顔を引き攣らせていたが。
「ま、待っておくれ!」
しかしそこで“待った”がかかる。マーサだ。
先程までは落ち着いた、安堵のそれだった顔を悲愴なものにしていた。
「まだクララが!
異能で出入りしていた女の子が四日も戻ってきてないんだよ!」
「あ、そうだった! クララちゃんがまだ!」
「まずいわね、下手したら入れ違いになる可能性も…」
「あの子を置いてはいけない!
それに別の場所に他の人もっ、カイトくん達が連れてかれて!」
『どちらもご心配なく、状況は把握しています』
不安を見せる表情での必死の訴えに、内心で彼女らしいと思いながら仮面は
穏やかな声を返す。分かっていると伝えながら。その落ち着きと言葉が
彼女に事情を暗に伝えていた。
「え……ぁ、まさか!?」
『はい。
四日前に地上の都市で大事件が起き、その混乱で彼女は戻れなくなって
しまったんです。それでも必死に駆け回って、その努力が私に繋がった。
……今は協力者の所で保護しています、大丈夫です』
「そう、だったのかい……あぁ、クララッ、良かった無事で!」
今度こそ、心底より安堵した彼女はその場に崩れ落ちるように座り込んだ。
その体を支え、手をそっと取った仮面は続けて柔らかな声で続ける。
彼女の頑張りが報われるのが誰よりも嬉しいとばかりに。
『向こうで待っています。
どうかたくさん褒めてあげてください』
「っ、もちろんだよ! お前さんも本当にありがとうよ!」
涙混じりの歓喜と感謝の声に頷いた仮面はマーサを近くの者に任せると静かに
距離を取って魔法陣の外に出る。そして。
『……連れてかれた人達も私が責任を持って捜索します。
皆さんはどうぞ安心して休んでいてください』
最後にそう告げて、大きく腕を振る動作と共に全員を一気に地上へ転移させた。
事前に取り決めていた場所で、そこには既にアリステル達が人や物を揃えて
受け入れ準備を整えている。後は彼らがきちんと対応してくれるだろう。
魔法の実行者としての感覚で彼らが無事に到着したのを感じ取ったカレは
ならば、とここから自分のやるべきことに意識を切り替えた。優先して、
そして優しく対応するべき者達はもういない。振り返るのと同時に
熱を失った視線を影で縛られた者達へ向ける。
「───っ! っ、っ──!!」
皆との会話を邪魔されたくなかったので口さえ塞いでいたが正解だった。
そう思えるほど無駄だというのに片腕を落とされた男は喚いている。
死なれると─苦しめられないので─困るから止血はしていたが痛みからは
逃れられない。その辺りの叫びかと思っていたカレは、だがそこで初めて
落ちているのが左腕だと気付いた。
『ふぅ……私としたことが仕置きする腕を間違えるとはな』
やれやれとこれみよがしに頭を左右に振る。
そして淡々とした足取りで進みながら口枷だけを消した。
「っ、てめえいったいなんだ!?
あいつらどこにやりや、ぐぅっ!?! があっ、痛ぇっ!
くそくそっ! お前だな!? お前が俺の腕をやったんだろ!!
このやろっ、ぶっ殺してやる!!」
他は変わらず拘束されたままながら血走った眼で睨みつけてくる男。
けれどそんなものは毛ほども気にならないマスカレイドは黙って腕を
振り上げれば、その手には先程の三叉槍が現れた。
「なっ───え?」
どうして、いつの間に、とでも言いたげな驚愕の表情。
『殴ったのも槍を投げたのも右腕だったな』
それをろくに見ることもせずに今度は仮面によって三叉槍は投擲された。
そして焼き直しのように殆ど同じ結果を齎した。違いはせいぜい
左だったか右だったかだけ。
「ぁ─────がああぁぁっ!?! 腕っ! 俺の腕ぇぇっ!?!!」
肩から貫かれた右腕が衝撃で宙を舞い、ぼとりとまた床に落ちる。
同時に止血術を施していたので出血は奇妙なほど皆無であったが痛みは制限なく
男を襲って絶叫となっていた。が。
『うるさい』
知ったことかと羽虫でも追い払うが如き動きで顔を打てば男の体は吹っ飛んだ。
壁に激突して跳ね返ったように床に落ちる。勢いに比べて壁や体に傷が無いのは
手加減の結果だが直接打たれた顔はまるで最初からそうだったかのように
大きく歪んでいた。そのせいでまともに口が動かないのか。まともな言葉を
発音できず、あうおうと呻くだけ。
「───っっ」
そんな存在を目の前に落とされた男は息をのむように怯えている。
倒れた状態で拘束されていた男だ。仮面は狙ってそちらに飛ばしていた。
両腕を落とされ、別人のような顔にされ、まともに喋れもしない。そんな
同僚の姿は、それを造作もなくやってのけた仮面は、恐怖の対象でしかない。
尤も仮面は最初からそちらを見てもいない。見ているのは倉庫の出入口。
単に進行方向に顔を向けただけだが必然的に視界に入った者達には充分に
震える理由たりえる。勿論、分かっていてやっている。何せわざわざ
口枷を外しているのだから。
「ひっ、ひぃぃっ!?! ゆ、許してくれ! 俺は何もしてない!
ジジイを撃ったのはこいつだ! 俺は本当に何もしてないんだ!」
「て、てめえ!? く、くそっ、待ってくれよ。仕方なかったんだ!
たまってる鬱憤のガス抜きが必要だったんだよ! けど後でちゃんと
治療してやるつもりだった! なのにあいつらが変に抵抗するから!」
ただ出てきたのは顔面蒼白で、されど聞くに堪えない自己弁護。
聞き流しながらさっきの男とは反応がだいぶ違うなと埒もなく考える。
すると白雪が解説のように彼らの滞在期間を視界に投映してきた。
激昂していたのは一月以上いた者で、彼らは最近派遣された者達。
マスカレイドの名と脅威が裏社会と一部の権力者達に知れ渡ったのは
6月の頭であり、まだ半月程度しか経っていない。知らなかったからこその
怒気と知っているからこその怯えか。なるほど、と納得しながらも
仮面からすればどうでもいい差異であった。
「へ?」
「え?」
だから最初から興味など無いとばかりに二人の間を通り過ぎる。
『そうそう』
「「っっ!?!」」
出入口の前、扉を開いた状態でわざとらしく立ち止まって声をかける。
びくつく二人の反応は滑稽で、想定通りで、だから白き面の下は無表情だ。
『聞いていただろうが上で大事件が起きてな。
オークライはいま元帥直属の部隊が包囲と監視をしている最中だ』
「なっ、元帥!?」
「そうか、だから人も連絡も何も…」
『彼ら自身でさえその状態をあとどれだけ続ければいいか分からないほど
事態は混迷を極めていてな─────つまり、外部から助けはこない』
「ぁ」
意味を理解してしまったゆえの小さな怯えが声に出ていた。
マスカレイドによる静かなる強襲を運営者達は知らないし知った所で
何も出来ない。孤立無援。
『そして内部は…』
思わせぶりに言葉を切りつつ四人全員の視界に数多の空間モニターを開く。
映し出すのはこの施設内の各所の光景。どれにも必ず誰かが映っているが
さらなる共通点として皆、叫んでいたり、慌てていたり、扉を力任せに
叩いていたりしている────閉じ込められている。
誰が見てもそう判断できる状況が映し出されていた。
『おやおや彼らも出られないらしいね……私の箱庭から』
「箱、庭? っ、さっきの話!?」
「ま、まさか本当にシステムを掌握して?」
顔だけ振り向いて、口角を釣り上げる。不思議な話だが、
この状態でそう笑うと口の形だけは妙に明確に見えるらしい。
案の定それだけで察した男達は小さな悲鳴をあげた。それを満足げに
見詰めた、フリをして前に顔を戻す。そして。
『ああ、どうか許してくれ、仕方なかったんだ』
「へ?」
『君たちは非道を働いたんだ。なら罰しなければいけないだろう?
そうしないと私も威厳がなくなる。今までそうやってきたのにお前達だけ
見逃しては今まで罰してきた者達に申し訳が立たない、いや心苦しいよ』
「っ、ま、待…」
『本当に何もしていなければ、私も何もしなかったんだがな』
「ひっ!」
皮肉たっぷりに手前勝手な理屈を語って、捨て台詞と共に倉庫から歩み出た。
扉は瞬間的に閉じられる。それを合図に拘束は解除された。途端に金属の物体が
硬い床にばらまかれたと思える音が扉越しに聞こえてきた。拘束ついでに
破壊しておいた装備品の数々が開放されたのを機に砕け散ったのだろう。
数秒後にはガン、ドンと扉を叩く音が薄ら聞こえてくるが仮面は鼻で笑うだけで
振り返る事もなく施設内を進む。
〈……あれでよろしいのでしょうか、と確認〉
『何がだ?』
〈あなたの私刑傾向からして随分と軽度では、と邪推〉
『そうか? 一人は両腕を落とし、他はここに閉じ込められた。
いつ助けが来るか、そもそも来るかどうかも分からない状態で』
これはかなりの罰だろうと嘯く仮面だがそうではないのを彼らは知っている。
〈前者は時間こそかかりますがガレストの再生治療で回復可能な範囲。
後者も元帥直属の中隊が今も地下突入準備を整えて待機中。
突入を開始すれば施設への到達はおよそ1時間後と推定〉
一時の痛みと喪失。1時間程度の閉じ込め。
マスカレイドの私刑として考えると犯した罪に対して生温いといえる。
暗にそう語り示す白雪だがさらにその裏で何を企んでいるのかと問うてもいた。
『ふぅ……私をなんだと思っているんだ、と言いたい所だが…』
これにわざとらしく肩を竦めた仮面。
傍目には見えていないが右腕に装着されている白雪は認識できる動き。
しかしAIはそのポーズよりも発言の匂わしの方が気がかりであった。
『…白状すると全員の時間感覚を狂わせる術を仕掛けてきた。
1時間を1、2週間ぐらいに感じる程度にはなっている』
〈…………え?〉
案の定だった。予想以上だった。それが白雪に瞬間的に流れた思考。
即座に施設内の全員の状態を確認する。装備も兵装端末もいつの間にか
破壊されていた彼らは時間を知る術を失い、それでいてどこか緩慢な動きを
しているように見受けられる。発言のログを遡ってみれば閉じ込めてまだ数分と
いった段階なのにまるでもう何時間も閉じ込められているかのような言葉が山程
出てくる。全員の感覚が同列で狂っているため誰も違和感に気付けないどころか
正当性を補完し合っていた。
『あぁ、大丈夫。空腹や尿意とかが無いおかしさは気付けなくしてあるから』
〈大丈夫という言葉の意味が混迷〉
『追い詰められて自殺とか自棄になって殺し合いとかも思いつけないように
暗示してあるし、軍に確保されるまでは全員無事だよ?」
肉体的には。
『まあ、確かに私のやり口としては優しめではあるか。
人を一か月も閉じ込めたのを体感半月弱ぐらいで許そうっていうんだから』
お前もそう思うだろう?
などとわざとらしく狂気の同意を求められた白雪は沈黙を答えとした。
優秀な人工知能ではあっても『嘘』をつく機能は与えられていない。
だが空気を読めるだけの高性能さはあった。つまり。
──こちらの想定以上に憤怒していると認識
怒れる邪神に触れるべからず。
この日、この時、この人工知能はそんな世の真理を学習したのである。
尤も触れようとしなくとも仮面の方から近付かれては意味はない。
なにせ、まだ救助しなければならない者達がいる。
なにせ、まだ仕置きしなければならない者達もいる。
ならここでカレが止まる道理などない。
だから。
マスカレイドによる地下施設無力化からおよそ2時間後。
ガレスト軍による地下施設への進行とその制圧が完了していた時間帯。
オークライから首都方面への地下鉄路線で数えて三つ目に当たる都市ミラート。
及びその二つ目から別路線に入った先にある星陽発電第三試験所。
双方にて謎の爆発が発生する。どちらも人的被害は皆無であったが前者では
ある生産工場の一角が崩れ落ち、後者では発電施設と防壁の一部が吹き飛んだ。
それは当然だが別々の、それも単なる整備不良が原因の事故として処理されるが
何故か元帥と大統領は胃薬(日本産)を飲む羽目になった。代わりに
オークライで保護される人数は無事増えたのである。
「くそったれめ、どこ行きやがったあのバカ!」
されど。
「なんで、お前だけ見つからないんだ………カイト…」




