答え合わせ
「廃墟でもないのに人気がない街ってなんか不気味だね?」
オークライ内層。市街地の一角を学園生徒が二人並んで歩いていた。
男女という違いを除けばよく似た相貌をした彼らは双子の姉弟である。
少年、弟の方が真剣な顔でフォスタを覗き込む姉へと軽口を飛ばすが、
反応は冷たかった。
「陽介、真面目に仕事しなさい。
そもそも人気あったら問題だから私たちはこうしてるのよ?」
視線さえ弟に向けずにべもない対応だが言い分は正しく、その生真面目さは
じつに姉らしいものであるため弟はかえって微笑を浮かべるのだが姉は全く
見てはいない。
「はいはい、分かってるって」
だから声での返しは軽く、けれど周囲を見回す目は鋭い。
街は静かであった。双子のいる場所は見る限り建造物に被害は出ていないが
上空の星陽以外の灯りはなく、少年の言う通り人気もない。避難命令が既に
出ている以上当然の光景ではあったが、なら彼ら学生は何をしているのかと
いえば『確認』だ。フォスタと目視による逃げ遅れた住民の有無を調べている。
全住民の増設ユニットへの避難は出来る限りの方法を使って都市全域に
周知されたが都市機能も個人端末も死んでいるために行えたのはアナログな
手段ばかりであり住民全員へ確実に届いているかには不安があった。また名簿や
戸籍の類もデータごと失われたため正確な都市人口を把握できず確認のしようが
無いこともあり人海戦術による地道なローラー作戦をする羽目になっていた。
同時にこういった状況を利用しての犯罪。いわゆる火事場泥棒への警戒もある。
通常ならば軍の小隊が都市中を飛び回り探査や哨戒をしている所だが、未曾有の
事件と被害状況に通常の対応では見落としが出る懸念を抱いた軍から学園への
協力を依頼され、様々な事情から学園側が受けた形だ。実際、双子の上空、
目視できる範囲でも外骨格を纏った飛行小隊やレドームのような装備を付けた
小型飛行艇の姿も見受けられる。尤もそれを見上げる陽介の目には怪訝な色が浮かぶ。
「………万全を期すっていうより、誰も逃がさねえぞって気配がする。
これ、本当は別のこと目的にしてるんじゃないの?」
捜索より警戒に重きを置いている空気に自分たちが見聞きした以上の裏が
この一件にはあるのではないかと邪推してしまう。これ以上の厄介ごとなど
勘弁してほしいのに、と内心げっそりな陽介であった。だからこそこの呟きは
姉には聞こえぬ声量でこぼされているのだが。
『……鋭い』
「ん?」
空耳か。
自分たちの前方、数メートル先から女性の声が聞こえた気がした。
しかし目視でもセンサーでもそこには何もない。誰もいない。
けれどどうしてか陽介はそれが“彼女”ではないかという直感が拭えなかった。
「気のせい、だよな?
こんな所にルビィさんがいるわけないもんな」
『えっ!?!』
「…ん?」
違和感とでもいうべきか。
何らかの音が立ったはずなのに聞こえないかのような不自然さ。
矛盾した表現で、実際にあったとして気付けるわけがないのにソコに
何かが、誰かがいるような──
「陽介?」
「え、あ、ごめん姉ちゃん」
──踏み出しかけた足は姉の声に止まった。
「どうしたの、誰かいた?」
「いや……何か音が聞こえた感じがしたけど、たぶん静かすぎるせいだね」
「ああ、あるわよね。確か耳鳴りだっけ?」
そうそれ、と誤魔化しながら彼もそうかもしれないと思い始めて捜索作業に
意識を戻していった。
『………消音モードでなんでバレそうになるのよ?』
「え?」
『ひっ!? ってあれ?』
先程までの引き寄せられるような音無き音。あるいは気配無き気配。
そうとしか表現できないモノとは違う、はっきりとした物音を彼の耳が拾う。
双子から見て右手側の路地。事件前に入手していたオークライの地図に
よればその先は袋小路。迷い込んだとしてもすぐに引き返すような場所で、
それでいて大通りからは見えない位置にある誰かが潜みやすい場所。
「…姉ちゃん」
「ええ、こっちもなんか急に動体センサーが反応したわ」
『くっ、お願いだから先に行かないでよ!』
頷きあって互いに武装を展開しつつ、ゆっくりと音のした方へ足を進める。
何かが自分達の上を飛び越えたような気配を覚えたが今はこの先の確認だと
陽介は先んじる姉の背後と後方を警戒しながら続いた。
『っ、これは?』
反応のあった地点の少し手前の物陰で無言で頷きあった姉弟は飛び出すように
袋小路に踏み込み───少しばかり予想外な光景を目の当たりにする。
「え?」
「あ、大変!」
果たしてそこには物音と反応の原因が確かにいた。
駆け寄る姉の背後で弟は“なんとなく”「これは誰にとっての厄介事だ?」と
微妙に嫌な予感を覚えるのだった。
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人気と喧騒を失った大都市オークライ。その一般居住区である内層の
各地区を繋ぐハイウェイを高速で疾走する一台の自動二輪車があった。
既に避難の最盛期は終わっており、半ば彼らの貸し切り状態の中で
フルカウルの車体が道に残像のようなラインを描いていく。
「───お前、運転とかできたんだな」
「先生に軍人時代、色んな免許を取らされたんだ」
その絵筆たるシルバーボディの背で少年と女性がやり取りしていた。
ハンドルを握るフルフェイスヘルメットとライダースーツ姿の女性─フリーレと
その柳腰にしがみつく格好で同じくメットを被る少年─シンイチである。
余談だがかなりの速度を出しているバイクの背で、密着してるとはいえ
平時の声量で会話できているのはヘルメットに通信機能があるためだ。
それでも彼の意外そうな言葉に彼女は微塵も気にせず簡潔に答えていた。
どうやら純粋な疑問としか受け取らなかったらしい。
「それよりどうしていきなり見回りなんだ?」
らしいとは思いつつもそれはそれでどうなんだ、と思考が横道に
ずれかけたシンイチだが尤もな疑問にそれは修正される。何せ彼はあの後
ろくに説明ができていなかったのだから。
「急ぎみたいだったから後回しにしたがそろそろ教えてくれ。
というかそもそも私は事件の本当の狙いがお前だった、という話も
詳しく説明してもらってないんだがな?」
「それでもすぐに足を用意してくれるんだから、イイ女だよお前は」
掛け値なしで本当に。
「ぬなっ!?!」
まるで恋焦がれるような声でそう返した少年に何かむず痒いものを覚えて、
フリーレはまともな返事もできなかった。それでも平静を装ったがナビよろしく
車体に装着されたフォスタは発声しないままハンドルが一瞬ぶれたのを
淡々と記録する───マスター、それはちょろ過ぎません?
「って、お前いまはぐらかしたな!? さすがにわかるぞ!!」
「いやいや、まずは感謝が先だって話だよ。何せ慌てて動こうとした俺を
うまいこと落ち着かせて、何も聞かずにここまでしてくれたんだからさ」
「そ、それは…」
「なんでこうたった数か月で俺の扱い方が上手になってくるのやら」
悔しげながら何故か嬉しそうな口調で思い返すようにいわれて、彼女は
ヘルメット奥の頬を赤く染めた。ただそれは感謝の言葉に照れたのではなく
その時の自分の発言があまりにもあんまりな内容であったためだ。
本当の狙いは自分だとこぼした後、慌てて街に出ようとした彼をフリーレは
咄嗟に引き留めた。理由があったわけではない。ただ街を直接見なければとだけ
語り、うまく説明できない様子とだからといって仮面を被ろうともしない姿に
自称している通り頭の回転が鈍ったままだと感じたのだ。実際はシンイチとして
街を見た方がいいという勘が働いていただけだが説明できなかった時点で
同じことではあった。ゆえに一人では行かせられないとフリーレは自分も
同行させる何か良い言い訳はないかと考え、瞬間脳裏に閃いた言葉を
さして精査せずそのまま口にした。してしまった。
『お前が一人で動くと私が責任とらされるんだぞ!』
発した後で『なんだその自分勝手な話は!?』と内心頭を抱えた。
単独行動の問題指摘と同行希望をしたかっただけがどうしてそうなった。
だが呆けているようで、しかし確かに動きが止まった少年を見て、ここで
「やっぱり今の無し」というと一人で行かれてしまうと思ったフリーレは
右腕のケガと彼の対外的な立場、自分という言い訳を連れていけと次々に
言い募ることで誤魔化した。その後は元帥の許可を取りバイクのレンタルを
手配すると5分後には彼を後ろに乗せて走り出して、今に至る。
そんなテキパキとした動きをするほど彼女にとっては有耶無耶にしたい
発言だったが、実際シンイチはそれで冷静になっていた。
自分の行動で好意的な相手が不利益を被るのを何より嫌う彼の性格を
フリーレは無自覚に刺激した形になっていたからだ。
だからシンイチは評価しておりフリーレは恥ずかしがっているのだ。
なおこの認識のズレを分かってないのがフリーレで分かっていて反応を
楽しんでいるのがシンイチだ。調子が戻ってきたようである。
「っ、そ、そこはもういいから! 説明! いいかげん説明しないか!」
とはいえそこを怠る気はないため彼は素直に頷きを返した。
「わかってる、まずは誤解を正そう。
この事件の標的がオークライであったのは間違いない。
けどあのゲテモノ頭の狙いだけは仮面を向いていたんだ」
「…計画立案者と兵器製造者の狙いが違ったという奴か?」
それは違和感の洗い出しにて出てきた可能性の一つ。
事件全体の繋がりの悪さから彼が感じ取っていた答え。
「ああ、一応計画遂行できる能力を持たせてるから始末が悪い。
けれどアレの武装と戦術は仮面の弱点をつく形で構成されている。
ま、本気で仕留めようっていうより『このやり方に対応できるかな?』って
感じの調査と実験に、その攻略法の流布が主ってところか」
「……あの妙な組み合わせな装備にそんな意図があったと?
私には都市攻略、もっといえば対多数向けにしか見えなかったが…」
「けどお前が妙というほど不自然でもあった、だろ?」
「それは……」
チャージさえ十全なら一発で大都市を壊滅させられるだろう主砲と
都市内部では凄まじい驚異となるMB資材のハッキング能力に意図的な
輝獣発生と発生個体の制御技術。これらは微妙に目的が違う。そのうえ
都市機能麻痺のお膳立てがあるのならどれか一つで充分な成果が認められる。
そんなモノを複数、同じ兵器に搭載するのはあり得ないとまでは言えないが
強い違和感があった。
「見方を変えるべきだったんだ。どういう相手ならその不自然さが薄まるか。
お前が言った通り『何と戦う』のを想定していたのかを」
「戦う、相手。
っ、そうか! あの主砲を放っても倒せるか分からない相手か!」
主砲以外の装備。
それも万が一の自衛兵装とも思えない装備が搭載されている時点で
あれの製造者はそういう存在を想定していたと考えるべきだった。そして
そんな存在は彼女が知る限り、いま自分の後ろに座る少年以外いない。
「では主砲以外の装備は数や物量でお前を抑えるための?」
各種分析で仮面が単独なのは分かりやすい弱点と考えられている。
フリーレ個人としては甘い目算と感じてしまうが、そこをつくためなら
あれらは数でもって攻められる装備と思ったが、少年からすぐ否が返る。
「いや、あちこちに放って街を襲うためだろう」
「は? お前と戦うための装備じゃないのか?」
「ああ、いやらしいぐらいに対俺用の装備だよ。
街中の構造物が凶器と化して暴れ、わんさか輝獣が襲ってくる。
軍も警察も行政も機能してない都市でそんなことされてみろ。
………俺は防戦一方になるぞ」
「え、あっ!
市民達を人質にするための装備か!?」
フリーレは語られた状況を思い浮かべて愕然とした。
兵器製造者の狙いが的確過ぎて寒気がしたほどだ。
そんな状況で一番危険な立場になるのはあらゆる防御を失った市民達。
無辜の人々の危険を見て見ぬふりができないカレはそれら脅威と対峙する。
だが仮面は単独だ。例えその物量を抑え込めたとしてもそこまでが限界だろう。
実行している本体までは手が足りない。ましてや。
「悔しいがあの多重ステルスで隠れられたままそれをやられてたら
やばかっただろうな……稼いだ時間でチャージされての二射目を
防げていたかどうかは……」
そこで打ち切られた続きは声になっていないが、フリーレにしがみつく腕が
少し震えていた。自信はない、断言できない、といわんばかりに。
「……うちの生徒達を襲ったのは遊びだけじゃなかったんだな?
戦闘可能な集団の存在が本当に邪魔だったわけか!」
「生徒達の存在が有効性を下げていたのは確かだろう」
「ふっ、つまりお前の即座の判断が正しかったわけか。
それが結果的でも次の攻撃を防いでいたんだな」
「………最終的な決断はフリーレ先生って話じゃなかったか?」
「そうとも!
GOサインを出した責任は私だが案を出した功績はお前のだ」
「なんだその理想の上司っぷりは?」
呆れたような笑い声が少年から漏れ出たが腕の震えは止まっていた。
それだけでフリーレはどうしてか嬉しくなって満面の笑みを浮かべる。
見えていないのにその純粋な喜色が伝わってきた少年は彼女の背中で
照れ臭そうにしていたが、どうしてか自ら首を振った。
「…………褒めてもらってなんだが、例えそれがなくても実の所
戦略級の二射目があったかは微妙なところだ。あれの製造者には
多大な人的被害を出す気はなかったはずだろうからな」
「は? あんな多大な被害を出すしかない兵器をあれほど積んでおいてか?」
「真っ当な疑問だが、あいつの場合はなぁ」
「うぬ? 計画者と思惑が違うのはなんとなく分かるが、根拠は?」
「色々あるけど、一番は製造者の目的がそれだったからだ」
「…………人的被害を抑えるために大量破壊兵器を造った、と?」
盛大な矛盾である。言葉にしていて彼女自身が据わりの悪さに首を捻る。
されどそれは重要な主語が抜けた表現であったのをフリーレは背後の
少年の言葉で知る。
「仮に、計画通りオークライが滅ぼされていたら、の話なんだが」
「ああ?」
「そうなったら、俺は犯人達を本気で潰す」
「っ!?」
言葉はさらりと紡がれた。そこに何の感情もなければ抑揚もない。
義憤も冷淡さも嫌悪も使命感もない。ただそうすると彼は語る。
だからこそ何よりも恐ろしく感じた。
「この世全てに遠慮も躊躇も配慮もしない。
それこそ一時的に俺が世界の支配者になってでも全員見つけ出し、
何もかも奪って、苦しめて、見せしめにして、むごたらしく、消す」
「ナカ、ムラ…っ」
これならば機械の自動読み上げの方が感情的に聞こえると思えるほど
シンイチの言葉は淡々と、そして何の揺らぎもなく現実に放たれた。
やる。こいつは間違いなくそうすると絶対的な確信を抱かされ、知らず
息をのんだフリーレは、しかし。
「─────そうなったら自分と遊んでもらえないと思ったんだろうよ。
大正解だ、あのクソ野郎!」
「………は?」
途端に感情的な苛立ち交じりの悪態を聞かされて目が点になる。
声の、それが纏う空気感の落差がありすぎた。何よりその態度はどこか。
「ちょっと待て、ナカムラ!
お前もしかしてあの兵器の製造者に心当たりあるのか!?」
そういうものを感じさせていた。
背後の少年は力無く笑いながら、ある種の爆弾を放り込む。
「ああ、北海道で喧嘩してきたばっかだからな」
「ホッカイドウ? ケンカ? ってお前それは!?」
彼の従者より知らされた知人の墓参り。そこで起こったという幼馴染との喧嘩。
その相手が、あの兵器を作った者だというのか。そんなバカなという疑心は
続いた彼の言葉に掻き消えた。
「裏では名が知れているらしいな、『ドクター』って奴は」
あまりにも説得力がありすぎるその通称によって。
───ドクター
それはあまりに簡素な通り名だ。単なる博士という意味合いでしかない。
そのあとに個人を示す名か文字でもあれば通称として分かりやすいだろうに。
実際“この”ドクターが現れるまでは所謂ドクター何某と名乗る、表社会には
出られない技術者・科学者はそれなりにいた。しかしそんな彼らが霞む程の
抜きんでた技術力と自分こそがルールだという態度で裏社会を席捲した彼は
たった数年で唯一の『ドクター』となった。
「───それがまさか、お前の幼馴染だったとは。
だが高い技術力と愉快犯じみた行動……あの兵器の印象に合う」
「すまんな、うちのが迷惑かけちまって」
一般居住区たる内層と行政区である中層の境目付近。路肩で止めた車体を
横にガードレールに腰掛けるように二人は並んで休憩していた。話がその
衝撃的暴露に至ったのとここへの到着がほぼ同時だったのもあってシンイチが
運転しっぱなしの彼女を気遣ってのことだ。
「詫びには到底足りんが、一服してくれ」
「別に家族じゃあるまいに、ってこれ買ってきたの私たちじゃないか」
投げ渡されたボトルが昨日シンイチへの差し入れに持って行ったものの
一つであるのを見抜いて苦笑しつつも喉が渇いていたのも事実なので
遠慮なく口をつけた。
「んくっ、ん、ぷはぁ……話をまとめるとドクターは前々からか最近、
この計画を知って介入。そのネームバリューを使ってか計画露呈を盾に
脅したのか技術提供をちらつかせたのか最終的に主導権を奪って、あの時、
あの場所で発射させた。目的は大量虐殺が起こってお前の意識がそちらだけに
偏って自分の相手をしてもらえなくなるのを防ぐため、と………正気か?」
「正気なんだよ、そういう奴なんだよ」
休憩に入ってから語られた話を総括すれば肯定するように零れた疲れ果てた声。
既にシンイチとドクターの間にあった最終的なやり取りは彼女にも
知らされていた。クトリアでの事件で会合した際に互いの正体に感付いた事も。
「だから、狙われていたのはお前、というわけか。
さしずめあのイビルヘッドはお前に強硬手段を取らせないために
投入された世界を震撼させる新兵器か、とんでもないな」
その脅威はもちろんその動機も。
「はた迷惑で本当に申し訳ない」
同意するからこそもはや謝るしかないシンイチだ。
関係性としては身内ではないが彼の中ではそれに等しい相手で、その狙いが
自分であるからこそ、今回の犠牲はより重たく彼にのしかかる。フリーレも
それを感じ取ってか思い悩むような横顔に何も言えなくなっていた。
近しい友の罪というものの受け止め方が難しいのを彼女も知るがゆえに。
「あいつの介入で人的被害は規模を思えば少数に抑えられた。
だからあの数字はそのおかげといえる、いえるけどよ……」
「ナカムラ…」
24名はゼロではないのだ。
今回の事件がそもそも起きなければ死ぬことはなかった人数。
彼らにあったはずの明日は消え、その家族、友、恋人、同僚から彼らは
永遠に奪われてしまった。その意味と重さは数ではない。
けれど。
「この程度では俺は自重しなければならない。
他にも厄介案件は山ほどあるんだから! くそったれ!」
犠牲は出てはしまったが、抑えられた。抑えさせられた。
そこにどんな裏があろうとも本来なら喜ばしい話であろう。
しかしそのせいでその立役者たる仮面はこの一件だけに注視できない。
当初の目的であるガレストの実地調査にこちらでの『蛇』の動向調査。
元帥以外にもフリーレの周辺で妙な動きをする者たちがおり、学園の
修学旅行を狙う例の将軍の話もある。当然今回の首謀者たちの“次”も
警戒しなければならず、便乗した『レイヴン』なる愚連隊も考え無しの
愚者であることの読めない厄介さと装備だけは本物という組み合わせは
危険以外のなにものでもない。
「気に入らないな」
「………フリーレ?」
やるせなさに吐き捨てた悪態に、隣の彼女は不機嫌極まるとばかりに
何かを睨むように空を見上げていた。世界規模での世話焼き、あるいは
強大な力を持ったゆえに世界規模で「兄」としてふるまってしまう彼の性質。
ホテルを出る前フリーレはそれをどこか好ましく、微笑ましく見ていた。
だからそれを利用して、彼を抑え込むのに利用した何某かに憤りが沸いた。
おかげで被害は最小限。おかげで首謀者の出鼻はくじかれた。
でも、出た犠牲を悼んでいる者がいる。
「推測通りならお前の性格や傾向をよく理解しているのが嫌でもわかる。
けど、そうだというならこの事件を止めてほしかったっ」
何よりもシンイチのために。
あの悪名高きドクターであるならそれは可能であったはずだ。
それをしなかったという一点でフリーレは怒っていた。その様子を
虚を突かれたように激しく瞬きしながら眺めた少年はふっと力を抜いて笑う。
「……お前は本当にいい女だよ。
外で話すんじゃなかった………どうせ見てんだろうな」
あの出歯亀野郎、と胸中で罵りながら自分のことで怒ってくれる女の
横顔を堪能し、それを独占できなかったのを心底から残念がる。
そんな余所見があったからだろう。
『───正解!』
耳元でしたその声に度肝を抜かれる。
反射的に視線を向ければ眼前に手の平サイズのモニター。
小さな画面の中で件の人物がメガネをきらりと光らせて笑っていた。
「おまっ」
『悪くないじゃない彼女、ちゃんと可愛がってあげろよ』
「てめっ」
『おっと、それといい判断だ。ここから先は君の領分だろうからね』
「っ!?」
待て、という暇もなかった。
言いたいことだけ言って笑顔で手を振った幼馴染はモニターと共に消えた。
一瞬唖然としたシンイチであったがちらりと隣を覗けば変わらず憤慨
している様子のフリーレ。続けて視線を彼女のフォスタに向けたが画面に
日本語で『どうしましたか?』とテキストを浮かべただけだ。白雪ですら何が
起こったか把握できていない。どうやら自分にしか見えない、聞こえないように
通信してきたらしいと踏んだ彼は渋面を浮かべる。
「………正解ときたか」
だがそれは武史の自分以上のフリーダムさに対してではない。
正解といわれてしまったことだ。彼の事件への介入とその動機が推測通りだと
あれはわざわざ告げに来たのである。しかもその先にまで言及して。
やはりという感覚に頭を抱えたくなる。彼が真相に感付いて真っ先に街を
見回ろうとした理由がそこにある。
「住民が排除され、丸裸になった大都市。
それは避けようとしなかったドクター。
知るがゆえに動かされるマスカレイド、か」
ならばその先は。
「お、おいナカムラ、突然不穏なワードを並べないでくれ。
なんかすごく不安になってくるんだが?」
独り言のつもりだったがさすがにこの距離では聞こえたか。
わずかに頬をひきつらせてその美貌に怯えを滲ませている。
彼が動こうとした時点で何かあるのは察していたが絶妙な匂わせの羅列は
不安を煽っただけとなり、フリーレをして若干の涙目を見せていた。
じつにシンイチの嗜虐心をそそるが、いらぬ覗き魔の存在を思い出して
舌打ちと共に冷静になる。さて、これ以上こいつを刺激しない言葉で
どう説明したものかと意識を別に向けたのが、またも隙となった。
「あっ、あんたなんでこんなところに!?」
「うぇ!?」
「え、あ、ドゥネージュ先生と……ああぁ…」
「ぬ?」
結果、突然生じた同じ顔の男女との遭遇に顔を引き攣らせる羽目に。
それはどこかの幼馴染メガネをこれまた大いに笑わせたとか。




