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帰ってきてもファンタジー!?  作者: 月見ココア
修学旅行編 第二章「彼が行く先はこうなる」
254/286

眠れなかったのは…






「────24名か」


囁くような声はそれまで室内が無音だったせいかやけに重く響いた。

あるいは言葉を発した当人がそれをどう受け取っているかを表しているせいか。


「………そういうお前はまだ18分だぞ?」


一方ソファに腰掛ける女性の応えはどこか調子の軽く、その短さを揶揄する。

相手が何を見て、その人数を口にしたのか理解しているからだろう。

なんでもないようにあっさりと空間に投映していたモニター記事を閉じた。


「眠りが浅いにも程がある。いつもの居眠りはどうした?」


平気で5、60分は寝ている癖にとあえて揶揄しながらも暗に寝ていろと

告げるが少年の目には申し訳なさが前面に出た『否』があって、女性は

溜め息をこぼす。上着を脱いで少し気を抜いた格好をしていた彼女は

立ち上がると向かいのソファで横になっている少年に歩み寄る。


「ふむ、なんなら眠りやすいようにガレスト史の授業でもやるか?」


解説はできないが教科書(テキスト)を読み上げるだけなら私でも出来るからな。

と教師フリーレは寝起きとは思えぬ明瞭な意思を持つ生徒シンイチの瞳を

覗き込みながら自信満々に言う。


「別に授業を子守唄にしているつもりはないんだが。

 ……というかお前、そこで胸を張るのは教師として違うだろう」


白のブラウスを内側から盛り上げる圧倒的なボリュームが眼前に突き出される。

首回りのボタンを外しているせいであらわとなった白い谷間と共に魅惑的だが

教師として問題ある発言と当人が─何故か─楽しげに瞳を輝かしている様子に

シンイチの目には大人の女性ではなく幼子の印象が強くなってしまう。

思わず喉から出かけた「分かったからまずは服をちゃんと着ような?」と

優しく諭しかける発言を彼は全力で抑えた。


「………眼福だが残念な奴め」


「んん?」


裏の気遣いの代わりに出た呆れ顔にどこか納得できない顔をするフリーレだが

彼らしい物言いに安堵したようにくすりと微笑む。

が。


「で、それが最終的な犠牲者数か?」


その油断に切り込むような話題戻しにしばし彼女は固まる。

だがそれもまた彼らしい話し方でもあって溜め息が漏れ出た。


「……………ふぅ、隠していてもしょうがない話とはいえ、

 せめて数日は気にせず休んでいてほしかったのだがな」


「見えちまったからな」


「モニターの裏からなら全部反転してるはずなんだが?

 しかも全部ガレスト語だからお前は読めないはずだろう居眠り常習犯?」


「ああぁ、なんだ……目に入れば一応意味はわかるんだ。

 修得してないのに理解はできるとか相変わらず気持ちの悪い経験値(邪神)だよ」


どう説明したものかと目を泳がした少年であったが相手が分からないのを

いいことに本音をこぼして首を振る。彼女は彼女でなんとなく自分が触れては

いけない話か件の第三の世界での話だと察して突っ込むことはしなかった。


「仕方ないな。

 気になって眠れないというのも困るから説明するが察しの通りその数字が……

 24名が今回の事件における最終的な死者数だ。内訳は民間人21に軍人3」


「3?

 ああ、グラシオスの尾に潰された軍人さん達か……三人だったのか」


「その通りだが…なんだその人数だけ知らなかったみたいな言い方は?」


「パッと見で数がわかるほど、原形留めてなくてな」


装備も、人体も。暗にそう告げる目はどこか申し訳なさを宿していた。


「っ、そうか…」


あの巨体が勢いよく振り回した尾による地形を変えるほどの一撃だ。

まさに人が虫を潰すようなもの。彼らの身体は殆どが地面の染みとなっていた。

基地司令を庇って殉職したとは聞いていたがその詳細を知らなかったフリーレは

思わず沈痛な顔を浮かべたがすぐにかつての同僚達へ短い黙祷をささげる。


「───先にいっておくが21名の民間人は全員都市機能や端末が停止し、

 オークライが闇に閉ざされたあの瞬間に起こった事故による死者だ。

 後に起こった災害や輝獣、暴徒などの被害でけが人はともかく死者は

 出なかった………本当だぞ?」


続けて語った一通りの説明後、念を押すようにそう訴えたフリーレに彼は

少し吹き出す。お前が責任を感じる死ではないという裏が聞こえたからだ。


「ハッ、俺そんなに気にしそうに見えるか?」


「お前はいつも自分の責任じゃないことも気にしているだろうが。

 今しがたも軍人達の死を気に病んだばかり………背負い過ぎだ」


覗き込んでいる顔が何を今更とばかりに呆れと憤りを見せる。

あの不意打ちは誰にとっても想定外で、されどその中でも全員ができることを

間違いなく精一杯やったのだ。その上さらにというのはいくらなんでも傲慢だ。

それを含めての言葉と視線に目が泳ぐ辺り多少の自覚は彼にもあるのだろう。


「お前の行動は迅速だった。たらればも意味がない。わかるだろう?」


「そうだな。けど後悔と反省は境目が難しくてな………わかるだろ?」


「ぬっ……まったくお前という奴は」


彼女なりに気に病むなと言ってみればこれである。

誤解なく伝わっているのは良いが理解できる理屈(悩み)を返されると反応に困る。

しかも地味にこちらと同じフレーズまで使ってだ。苦々しい表情で眼下の

少年を睨んでも誰も非難しまい。


「確かにお前の力は強大だ。ひとりで世界を左右できる存在だろう。

 それだけの力を持つ以上は他人より背負えるモノが増えるのは

 しょうがない話かもしれん、が……っ!?」


それでもなんとかフォローしようと言葉を紡いだフリーレであったが、

途中で彼女自身がその意味に気付いてしまって言葉が詰まる。

そう、彼の力は想像だにできないほど強大なのだ。そんな力を持つため本来なら

傲慢といえる『もっとうまくやれていれば』という思考が正しくなってしまう。

意味はないはずなのに。終わった後ではどうしようもないのに。非建設的ですら

あるというのに。事実としてそうしていればほぼ確実にどうにかなっていたと

確定してしまう。少なくともそう思わせてしまうだけの力を垣間見せている。

それはいったいどんな重たい責任か。あれだけの脅威から多くを守って救って、

それでも届かなかったモノがあるのならそれは自分の失敗なのだと。

責任なのだと。彼はそう受け止めている。詮無きことと理解しつつも。

皮肉(イヤ)な話だとフリーレは胸のざわつきを覚えた。


「どうした?」


それほどの強大な力の持ち主が彼であった自分達に(・・・・)とっての(・・・・)幸運とそんな力を

持ってしまった彼の不運をどう表現すればいいのか分からなかったのだ。

強い力を持つ者としての義務と責任と自重は候補生時代から散々教え込まれた。

彼女はその正しさを認めつつ時折何もかもぶち壊してしまいたい欲求が沸くのを

止められなかった。また生まれつき暴力に適したこの身をぶつけられるモノを

求めてもいた。そんな自分が彼と同じ力を持てばきっと世界か人類は数日で

終わることだろう。本気で振る舞えば誰にも止められない力の誘惑と魅力は

想像の中でも甘美だ。だというのに。


「ナカムラ、お前いっそのこと世界征服でもしたらどうだ?」


どうしてこの男はそうしないのだろうか。

その疑問がそんな─物騒な─提案という形で口から出る。出てしまった。

フリーレ自身もあんまりな言い方であると発した後に気付いたが後の祭り。

されど。


「やだよ、面倒くさい」


呆れるより前に。驚くより先に。少年は自然とその答えを返していた。

心底から嫌だという感情こそあったがお決まりのフレーズのように。


「………もしかして言われ慣れてるのか?」


「ん、ああ、たまにな。

 よくわからんがそうした方がいいように俺は見えるらしい。冗談じゃないが」


「まあ、そうだな」


さすがに彼もそこまで非常識ではないか。

一瞬でもそう納得しかけたことを彼女はすぐに間違いだと悟る。


「考えてみろ、世界の支配者になんてなったところで次はルール作りだぞ?

 土地柄、国柄、文化に歴史、全部違うんだ。一概化してみろ、騒動の種だ。

 それぞれに合ったものを作っていかないとかえって面倒だ」


「んん? そ、そうだな?」


どうして征服し終えた後の話になっているのだろうか。

そして何故当然のようにその地で生きる人々の生活を守ろうとしているのか。


「さらにどこを誰がどう治めるかも決めなきゃいけない。

 人材の把握と配置を世界レベルとかただの苦行だってのに疎かにすると

 治安と統治と組織が瓦解するから面倒だけどやるしかないだろ?」


「あ、ああ…」


支配者になっているのに安定した社会を普通に目指している姿勢をどう評すれば

いいのだろうか。しかも過労するレベルで働く気満々で。


「けど何をどうしたところで反発者は出る。

 そいつらを説得するのか懐柔するのか鎮圧するのか放置して利用するのか。

 ケースごとに考える必要があるから面倒だがここ間違うと連鎖するんだよ」


「そ、そうか…」


彼らしい意見のようで、やはり彼らしく何かがズレている主張に頷きはするが

表情はそれを裏切っていた。これはもうそういうことではないか。


「そもそも個人の能力頼りで支配しても後が続かない。

 俺が退いたら終わる統治構造を努力して作るってただのバカだろ。

 それがどれだけ良い社会でも継続性と発展性が皆無ならやる意味ねえよ」


「………」


だから世界征服など面倒なのだと彼はいう。

『やりたくない』や『出来ない』ではなくその後の手間暇とそれを掛けるだけの

価値がそうして作った社会には無いと言い切って。しかしそれはどこまでも

他者の、人々の生活と未来を考えてのものであった。


「白雪、こういうのを日本語でスジガネイリというのだったかな?」


〈意味は合っています、と肯定。

 されど声や表情の分析から無自覚であると推測。重症と診断〉


同感だと頷く。

力の誘惑など歯牙にもかけず、意識しているのは常に力を使った後のこと。

人々の平穏と生活が大きく壊れないよう。個人の裁量で勝手に変えないよう。

それでいて“何か”あれば、必要があれば陰日向に力と知恵を貸してくれる。

見返り云々以前にそうするのが当たり前だとばかりに見守りながら。

己が欲望のままに力を振るうという選択肢がそもそも彼の中にないのだ。

そのさまをなんといえばよいのか。傲慢という言葉とは程遠い。

というよりただの苦労性あるいは単なる世話焼きのお兄ちゃんか。


「ふっ、ふふ」


「フリーレ?」


頭の中で一気に話が矮小化・日常的になってしまって笑みがこぼれる。

その表現が彼にとてつもなく合致していると思えるので余計におかしい。

世界レベルでそれなので全く笑えない話ではあるが、その一方で当人は

大真面目に突拍子もない言動を見せたり妙な所で抜けていたりするのだから

こういうのをご愛嬌というのだろうかと埒もなく考える。


「む、なんかお前、失礼なこと考えてるだろ?」


「まさか。

 ただ、もっと気楽に生きればいいのに、とは思っている」


「……お前にだけは絶対いわれたくない!」


「あははっ、そうだろうな。私もそう思う」


「とかいいながらなんだその『しょうがない奴だな』みたいな顔!?

 本当に! お前が! いうな!」


「そうだな、ふふ」


微笑む女教師を睨むシンイチだが負け惜しみと受け取られて意に介されない。

この時ばかりは正当な年齢差が出たのか。否、彼の方が思わず子供じみた反応を

してしまっただけといえる。だというのにどこか大人ぶって余裕な態度の

フリーレに少年の頬がぴくぴくと反応していた。


「ん、そんな顔してると歳相応という感じがするな……よしよし」


「………そこでなぜ撫でる?」


無意識に近い感覚で出た彼女の手は拗ねたような少年の頭を撫で始める。


「ふむ……なんとなく、ではダメか?」


自らでもよく分からない動作に軽く驚きを。

微塵も拒否されなかったことに暖かな喜びを。

同時に感じながら大人で子供な彼女はそれらをひっくるめて素直に(・・・)そう告げる。 

これに幾度か目を瞬いた少年は苛立つ頬を収めて、静かに目を瞑った。


「ふふ」


「……」


それが許可だと察して微笑んだ彼女はしばし男の子の髪の感触を味わう。

自らのそれとはまるで違う感触に意識が行く。自分のさらさらと滑るような

柔らかな髪と違ってごわごわした硬さのある男の髪。奇しくも色合いも白と黒の

正反対で、その深い黒はフリーレが地球に来てから見慣れだした夜空をどこか

連想させる。ただ暗いだけの、その向こうに何があるか分からない『闇』とは

違う穏やかな空気と昼間は分からぬ星の輝きをひきたたせる漆黒がそこにある。

そこまで考えると『なるほど夜色か』と自分で納得したフリーレはどうしてか

そんな自分の思い付きが嬉しくて仕方がないとばかりに頬を緩めるのだった。



──────



────────────



──────────────────




「…………」


気遣っているのか気遣われているのか。

熱のこもった視線と慈しむような手つき、伝わる女性らしい手の感触に

むず痒さを覚えつつも表情を変えまいと必死になってる少年は独り言ちる。

彼女相手に照れるのは何か負けた気がするという意地が理由なのは相手には

決して言えぬ話であるが。


「………なあ」


「ん?」


そんな状態がいくらか続いた後、その彼女から初めて声がかかる。

瞼を閉じていても一秒も眠っていない事は察していたらしい。

しかしだからこそ彼女はその話題を振ったのだろう。


「昨日までのそれは未知の世界(土地)への警戒心からだろう。

 だが“いま”眠れないのは何を気にしてのことだ?」


「………ふう、普段抜けてる癖して本当に変なところ鋭い」


シンイチは僅かに間を開けながらもあっさり彼女の発言を認めた。


「別にたいした話じゃない。

 昨日までのお前はどこか『都市外での野営を初めて経験する新兵』みたい

 だったが今はそれとは何か違うと思っただけだ」


「なるほど」


説明に大いに納得するシンイチだ。彼は実際のそれを見聞きした事はないが

類似した事柄の知識や経験はあった。少なからずここまでの積み重ねで

勉強したガレスト独自の事情も把握している。

それは簡単には眠れまいと心で頷く。


「普段ドーム内で暮らすガレスト人が輝獣だらけの外で野営か。

 確かに相当の慣れと胆力がないとおちおち寝てられねえな」


「必須の訓練だがな。

 輝獣の間引きや長期に渡る外部警邏や資源探査の任務もあるし、

 不慮の事故や襲撃で外で孤立する事態もあり得る。それらに比べれば

 訓練の野営は準備万端で、所詮数日だから楽なんだが……それでも

 結構な人数、警戒心が高まり過ぎて寝れなくなっていたよ」


「お前はどうだったんだ?」


「そ、それが……私としては緊張していたつもりだったんだが、

 気付けば割り当てられた睡眠時間ずっと爆睡していたらしい」


「大物というか無防備というか、こいつは……」


呆れか羨望か。

形ばかりでも閉じていた瞼を開くとその二つの感情を視線で送る。

これに恥ずかしげに頬をかくフリーレだ。そこに幼い少女めいた雰囲気が

また見えて果たしてこれはどちらが重症なのかと真剣に考えてしまう彼だが

首を振って先ほどの問いかけに応じるべきだと口を開く。


「話を戻すが………じつは昨日から何か引っ掛かっているんだ。

 いつもなら気付けているはずのナニカを見落としているような」


「見落とし、か。お前がいうと少し怖いな。

 今回のオークライでの出来事に関係しているのか?」


「だと思うんだが……睡眠不足で頭が鈍ってるせいで判然としない。

 なのにそれが気になって余計に眠れない」


「難儀な奴」


「だから! お前にだけは! 言われたくない!」


思わず先程と似た言い回しをしてしまったのがおかしかったのか。

彼女はクスリと笑った。それは余計に少年の表情をぴくぴくとさせたのだが

話が進まないと彼自身がため息と共に流した。


「ふう……何か一言、頭の中でふんわりしてるこの懸念を一気に

 引っ張れるキーワードが出ればすっきりすると思うんだが……」


「オークライの増設案を出した時もそんな感じだったな?

 まさか変形合体ロボからそうなるとは思わなかったが」


「ああ、あれもな。普段ならもっと簡単に思いつく話だろうに」


ままならないと天井を見上げる少年にならばと女教師は提案する。


「気になっているのは、大雑把にいってどの範囲のことだ?

 一度口に出して私に話してみないか?」


「え?」


「お前としては不本意に時間がかかったようだが、それでも話し合うことで

 よい案を思いついたじゃないか。それにいま気になってるなら今回の一件と

 無関係とはいえないだろう。なら私もたいがいの事情は把握してるから

 話の相手としては妥当だろうし、どうせ眠れないんだろ?

 ここで語り明かすのも悪くない」


「語り明かすって、まだ昼間なんだがな?」


呆れ眼で見上げるがそこには大人女性の子供のような笑みしかない。

その裏で「私いま教師らしいことしてないか?」と喜ぶ感情をひしひしと

感じ取ったシンイチは提案に乗る(お兄ちゃん根性)ことにした(を出した)


「まあ、一理あるか」


提案自体への有用性は認めていたのもあったが比重はそちらにあった。

仕方ないなという顔で起き上がって隣を手で叩けば喜色満面でフリーレ(大きな妹)

腰掛けた。『さあいくらでも話を聞くぞ』とぐっと身体と顔を寄せながら。

軍の広報部が手放したくなかった美貌と薄着に包まれた垂涎の果実が

惜しげもなく、近い。完全に無自覚かつ他意の無さにさすがのシンイチも

からかう気が微塵も起きなかった。正確にいえば彼女にあるはずのない

イヌ科の尻尾が見えた気がして、しかもそれが盛大に振られているものだから

そんな気分にならなかっただけなのだが。


「あぁ、その、なんというか……今回の一件全部、変な感じがするんだ」


だから何も言わず提案通りに話を進めることにしたシンイチである。


「ん、全部とは一連の事態全部か?

 あの白光からではなく都市機能マヒの仕込みから含めて?」


「ああ、結局何がしたかったのか全然わからねえし、どこからどこまでが

 誰の仕込みで、どれが誰の思惑通りで、何を俺達は阻止できたのか、もな」


「そこが分からなくて、変な感じ、か?」


「いや、それはまだいい。情報が足りないだけだ。

 問題なのは一連の事態であるはずなのにどこかこう………繋がりが(・・・・)悪い?(・・・)


「…というと?」


続きを。

詳しい解説を求めるフリーレに、だが彼は少し黙って目を瞑った。

シンイチ自身ですらよく理解していない懸念の話ゆえにまとめる時間が

欲しかったのだ。5秒にも満たない時間であったが必要な間であった。


「……防衛も含めた都市機能を全てマヒさせてあの白光で沈める。

 一見すると筋が通った襲撃計画だが、どうにも過剰といわざるを得ない。

 どっちかだけでいいはずだ。都市が死ねば通常兵器でも壊滅はさせられる。

 あのゲテモノ頭があるなら都市の防衛機構なんてそもそも意味がねえ」


「それはっ………万が一の失敗さえ恐れた、という線は?」


「そこまでの慎重さがあったのならどうしてその失敗をした直後に

 ゲテモノ頭を撤退させなかった? どうして余計なことをやらせた?」


「あ……いや、白光以外の兵装でもオークライを壊滅させられると……違うな。

 あの白光を防いだ相手がいるんだ。いくらかの破壊活動はできても……」


自ら出した反論を否定して首を振るフリーレだ。何せそのあとが続かない。

仕込みに手間と時間をかけ過ぎていたため後戻りできなくなったのだとしても、

予想外の事態に混乱していたのだとしても、その後にアリステル達を襲撃した

のはあまりに余分で、あまりに意味が(・・・)分からない(・・・・・)


「あれは首謀者の先兵にして切り札だったはずだ。ああなってしまったら

 引っ込めるのが一番傷口が小さい。想定外の事態に冷静さや客観性を

 失った判断をしてしまったのだとしてもどうして救助作業中の学生を襲う?

 目的が何だったにしろ手段はオークライ壊滅であったはずなのに」


「……あれが自律兵器だったという報告は聞いた。

 遠隔操作ではなく自己判断での行動だったならあり得るかもしれん。

 白雪を知るお前はこれが基準になってるかもしれないがあれでもサンドラは

 天才(本物)だ。これほど高度で適切な自己判断能力を持つAIはそうそう

 作れはしない。むしろ変に自我を持たせた事でおかしな行動をしてしまった

 可能性も……」


「無いとはいわないが、自律兵器だからこそ俺はおかしいと感じるんだ。

 そこは同じ、と扱っていいのか分からんが白雪。AIとしてどう思うよ?」


フリーレのフォスタ、そこに内臓された高性能人工知能へと問いかければ

〈大枠では同類ですのでお気になさらず〉という前置きの後AIとしての

返答を出した。


〈…検証しました。じつに非論理的行動、と結論。

 予想威力から初撃が失敗した場合のコマンドは入力されていなかったと推定。

 出撃時にプログラムされていた判断基準により次の行動を決定していたと

 予想され、その場合件の兵器には製作者の“遊び”が多いと判断〉


「遊び? どういう意味だ?」


「つまり判断基準が最初からふざけていたって話さ。

 オークライ壊滅ないし兵器(自分)の秘匿といった真っ当な判断ではなく

 場を引っ掻き回す方を優先するようプログラミングされてたってところか」


〈あくまで推定と補足しますが、肯定〉


「……言われてみればパデュエール達の戦闘記録を見ていると彼女たちを

 いたぶるのを楽しんでいるかのようにすら見えたが…」


「ああ、俺も作り手の悪意を感じたよ。それも愉快犯的な悪意を」


同類を感じた、と嘯いた発言はどちらにもスルーされたが表現の意図を

フリーレは正確に読み取っていた。


「愉快犯、か。その表現はしっくりくるな。

 しかしそうなると周到な準備をしていた犯人像とズレが出てくる。

 繋がりが悪い、とはそういうことか?」


「そこだけじゃないが、そこが一番顕著だ。

 目的、手段、過程、結果、どれも同じ事態の話なのに噛み合わせが悪い。

 どこかの意図を俺たちが読み間違えているのか。関わってる連中の思惑が

 それぞれで違ったのか」


「お前はどちらだと?」


「正直両方だと思うが……俺が気になっているのはどうも後者らしい」


「犯人達の中で思惑が違った、という可能性か?」


「ああ、とはいえ計画立案者と実行者が、だったのか。

 兵器の製造者だけが、かまでは分からん……俺が気になってる理由もな」


「ん、そこは作った奴じゃないのか? いま思えばあれだけが異質だ。

 性能はともかく見た目がどうにも趣味的で……どうした?」


言葉途中でシンイチは目から鱗とばかりに目を見開く。

隣り合いつつ顔を向い合せていたためすぐに気付いた彼女は訝しんだが

理由はなんてことはない。


「…………外見か、そこは気にしてなかった」


「お前な」


単純な認識の差であった。

呆れた様子の彼女だが怪物といえば輝獣しか思い描けないフリーレと

巨大な生首程度なら珍しくも思わないシンイチでは感覚に差があったのだ。

それこそ言われて初めてその不快な外観を意識するほどに。


「言われてみれば確かにガレストって感じの兵器じゃねえ。

 威圧効果・不快効果を狙ったのだとしてもあんなデザイン誰が……」


「ナカムラ?」


そこで彼はつい考えてしまった。誰ならばあんなデザインにするか。

咄嗟の思考というものは身近なよく知る存在が出てきやすい。

だからその人物が脳裏に浮かんで消えなかった。

あいつしかいねえ。


「だからか?

 いやそれぐらいのことで引っ掛かるか?

 だが違和感の焦点はあのゲテモノ頭だ。けど、どれ(・・)だ?」


しかしそれだけでは弱い。

いったい自分はあの兵器のどこに、何に、引っ掛かりを覚えているのか。

外見。目的。兵装。行動。持ち主。製造者。あと一歩で答えに届く予感は

あるがその一歩がどこにあるのかが分からない。


「なあ白雪、お前のことだ。行動以外も検証したんだろう?

 あの兵器についてお前の視点で他に何か気になる所はなかったか?」


その苦悶を見ていられなかったのか。助けとなりたかったのか。

隣の教師は己が相棒に頼る。思考の渦に意識を沈めていてもその声は、

行動は彼も頭の片隅で認識していた。


〈既出の『行動基準に関する遊びの多さ』を含めて件の兵器には

 兵器として不自然な部分がいくつか見受けられます〉


「兵器として、か。具体的には?」


〈一つは予想目的と関係の薄い攻撃オプションの豊富さです。

 オークライを壊滅させるのが目的であるのならあの主砲のみで充分。

 しかしMB資材へのハッキング操作能力、輝獣の発生装置とその制御を

 可能とするシステム等といった特殊性と脅威性の高い装備を複数搭載

 しているのは不自然であり過剰〉


「いわれてみれば性能や技術力ばかりに気を取られていたがそれらを

 一兵器に集約させているのはあの主砲の特異性を考えると余計だな」


そう、異常な力を持つ者がたまさかそこにいたからこそ防がれただけで

本来ならば白光が放たれた時点ですべては決している。それを知っていた

製作者側ならば自衛兵装の類は装備させても他場面で切り札になりえる

それらを同時に搭載させるのは過剰極まりない。


〈次はその過剰な装備群から見受けられる方向性。

 何を目的とした装備かが中途半端に近しい点です。完全に同じあるいは

 全く違う方向を見ているのであれば理解できますが主砲は一撃殲滅型の

 戦略級兵装であり、MB資材制御に輝獣発生装置はいわば現地調達の軍勢を

 作る装備です〉


「どちらも対多数の類だが、なるほど方向性が違うわけか。

 アクシデントで発射が失敗した時の予備かとも思ったが、いくら都市機能が

 マヒしていてもそれでオークライを沈めるには時間がかかる。さすがに

 外部から援軍がきてしまう……確か一射目の威力に到達するには二時間の

 チャージが必要と最新の報告があったな?」


〈肯定。二射目への時間稼ぎ用と考えても無理があります。

 またあれには多重ステルス機構が搭載されており、一射目が何らかの

 問題で発射に失敗しても再度隠れてしまえば援軍が到着しても

 発見できなかったと思われます〉


一射目に誰よりも先に気付き、迎撃した者でさえ直後に見失ったのだ。

通常装備の軍で果たして発見できたかは怪しいといわざるを得ない。


「そう考えると本当に必要なかったのにあれだけの新装備をわざわざ

 搭載させていたのか? どちらかだけでも都市内部で突然使われたら

 壊滅的な被害を出しかねないものを? いったい何のために?」


〈不明。

 ですが三つ目の不自然さが取っ掛かりになるかもしれません〉


「ん、言ってくれ」


〈何故あの位置から発射させたか、です〉


「は? 何故って、中央部上空からなら都市全域へ均等に破壊のエネルギーが

 広がる……という話じゃないんだな?」


〈はい、これは兵器としてというより戦術としての不自然さになりますが

 わざわざ平常時の都市内部に侵入。多重ステルス機構があったとしても

 侵入後からチャージを開始。そして自機そのものが余波に巻き込まれる危険を

 冒してまで内部から発射。極めて不可解かと〉


「万全を期していたとしても発見と妨害の危険が跳ね上がる行為を積み重ね、

 確実に余波を受ける距離からの発射。しかも貴重な装備を搭載させておいて?

 なんだ、それは? 犯人どもの采配が意味不明だぞ!?」


〈あらゆる危険性を排除するなら、計画遂行を第一とするなら、

 都市外部に潜ませて発射させるのが一番確実な方法であったはずです。

 しかし犯人はそれを選択しなかった。そこに合理的な理由があるのなら

 これらの不自然さは解消されると思考〉


「う……それはそうだろう。実際気付いていなかった点を見つけてくれたのは

 ありがたいが肝心な部分を丸投げされてもどうしろというんだ……くそっ!

 犯人どもは本当は何をする気だったんだ? あのゲテモノ兵器でいったい

 何と戦う(・・・・)つもりだった(・・・・・・)んだ?(・・・)


結局の部分が分からないじゃないかと頭を抱えたフリーレ。その呟き。

彼女からすれば疑問や愚痴の吐き出しに過ぎないだろうそれは、しかし。


「………何と、戦う?」


自らの内に沈んで思考し続けていた彼を引き上げた。

白雪による不自然さの解説を含めた上でだが、そのフレーズこそが

シンイチの求めていた最後のピース。兵器には元来、想定している使用状況や

使用対象がある。野戦と市街戦に求められる装備は違う。人間相手と獣相手では

適切な戦術は違う。ならば、あのゲテモノ頭はどこで何と戦うための兵器か。


「ナカムラ?」


情報は揃っていた。それらを繋ぐキーワードも見つけた。

ならば答えは自然と組み上がり、だから少年は歯噛みする。

それこそ奥歯を噛み砕かんとするかのように顔を歪めて、答えを告げた。




「───────本当に狙われていたのは俺だ」



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― 新着の感想 ―
[一言] 世界最高の暗殺者を殺すために組織側の若い人材と ごく普通の民間人を満載した旅客機を計画的に墜落させるようなもんか 油断させるために事前に最後の一仕事をさせて終わった感を与えとくとかもね や…
[一言] シンイチにとって一番精神ダメージ与える奴やこれ・・・
[一言] もしかして、 発射まで隠れおおせた隠蔽力 海を割った一撃…の劣化再現 フォトンに割り込む掌握力 マスカレイドの再現を目論んでベンチマークとして本物にぶつけたかった?
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