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帰ってきてもファンタジー!?  作者: 月見ココア
修学旅行編 第二章「彼が行く先はこうなる」
253/286

解いても問題はある



 ガレストのおよそ中央に存在する一大都市・首都カラガル。

一つの都市として見てもこの世界で1、2を争う規模の大都市で住民はおよそ

60万人を誇る。そこにはガレストの政治・行政の中枢たる大統領府があった。

他都市の行政庁舎が4つのセントラルに別れているのと違い、内層中央部一帯

その全てが大統領府。正確には関連施設や官邸に職員の宿舎等も含めてだが。

これはセントラルが分散させることのメリット─外部からの攻撃で行政機能が

一括で停止する事態を避ける─を選んだのに対して大統領府は一極集中による

メリット─防衛コストの集中と各省庁、直轄及び関連組織等との連絡及び連携の

促進─を優先した結果だ。また首都カラガル単体の行政機能とバッティング

するのを避けたためともいわれる。


都市の中の都市のような大統領府のさらなる中央にそのトップが座す執務室が

あった。内装はガレストらしいというべきか。並べば30人は余裕をもって

入れそうな広々とした空間だが飾り気は薄く必要なモノだけが置かれた室内だ。

されどどこか欧米のそれを思わせる雰囲気を醸し出しているのはここが通常及び

対外的な場合に使用される執務室で参考にしたのがかの国のそれであったからだ。


室内は基本的に静かであった。物音がない訳ではないが事務的な声が目立つ。

オークライでの緊急事態からまだ数日だが人の出入りよりも通信と情報の

やり取りが激しいためで、それもこの世界の特色といえよう。

専門のオペレータが数名受け答えをしている室内の一番奥まった場所に

他と違って座り心地や使い心地までをも追及した造りの端末一体型執務机が

置かれている。それに座すは初老の男。どこか飄々とした顔で視線を前に

向けて立体的に浮かび上がる映像を見ているのだがその目が全く笑っていない。

映像を横に説明している若い男性補佐官は冷や汗を流していた。

自らの上司、しかも現職の大統領カーク・ツェッペリンというガレスト政治権力

の頂点からそう見られては見た目も中身も気弱な彼には荷が重すぎたようだ。


「────こ、このように既に四基の増設(・・)ユニットは問題なく接続、稼働。

 住民の避難は5分前の報告では67.3%。ほ、本日中には全住民の収容が

 完了する予定となっておりますっ」


大統領が注目する立体映像が表現していたのは“現在のオークライ”であった。

規模は大きくとも形状としては標準的な円形ドーム都市であったそれの外部に

大きなコブのような付属物が増えていた。オークライ本体のドームに半円状の

ドームが四基、等間隔に設置される形で。


「オークライの防壁に直結する形(・・・・・)での居住空間(・・・・・・)の増設(・・・)、か。

 たったそれだけのことで三日も頭を悩ました問題が解決するとはね」


表情は喜んでいるがその目と声は素直に喜べない心情を見せている。

単純な一手だ。都市外部に炉心を内臓する形で新造した巨大居住ユニット

を増設しただけなのだから。元より人と物の準備に余念はなく、即座に

動きだせる準備自体はしていたため防壁を覆うように一晩で組み立てられ、

それは完成した。


内部でありながら外部。オークライでありながら別都市。

住民を動かせない問題に対し都市を増設する事でその場所を確保したのだ。

これにより動かせないからこそ停滞していた諸問題に対応が出来る。また

警護・監視・捜査は引き続き元帥旗下の部隊が行っている。これは彼女達が

そこにいたのがイレギュラーが重なったためでこの件の内通者がいる可能性が

低いと考えられる事と容疑者もいる駐留軍を完全に掌握するには遠地にいる

政府や後から派遣した人物より軍トップであり結果的に彼らの尻拭いをした

元帥にそのままやらせた方が問題が少ないという判断だ。


悪くはない、のは確かであった。

少なくとも多大なデメリットを許容して何らかの方針を決断するより遥かに。

だが。


「正確には糸口をつかんだというべきでしょう。

 一応水面下では進めさせていましたが聴取や捜査が本格化するのは

 これからとなります」


大統領の嘆きとも感心とも取れる呟きに答えたのは青髪の青年補佐官。

映像を解説していた者とは別の、落ち着いた様子の彼は手元のタブレットを

操作しながら淡々とそう告げた。


「確かそれもいくらかは目安がついたんじゃなかったかいオルバンくん?」


「……元帥からの提言という話(・・・・)のあれですか?」


「一射目の被害予測映像を見せ、不自然ないし過剰な反応をした者達を

 中心に取り調べをしたい、だったか────結果は?」


「はい────軍高官やセントラル関係者から何名か釣れました」


青髪補佐官(オルバン)は応じて大統領の目の前にモニターを開いてリストを見せた。

名前と職業、備考のみの簡単な表が浮かんでいる。大人数ではないが

決して少なくはない数、立場ある者の名前が並んでいた。


「予想していたとはいえ、知ってる名もあるとこたえるな。

 だがやはり目的は知らされていなかったようだね?」


「はい。

 現時点で自白した者達によれば単純に買収された者から日常や仕事の不満、

 そこから生じた義憤等の精神的な隙間を突かれた者達が大半ですが、全員

 ちょっとしたトラブルが起こる程度、という認識で手を貸したようです」


そのため政府や軍も認めたほど正確な予測映像から自分達が手を貸した所業が

自分達自身を滅ぼす所業であったこと。ひいてはオークライ壊滅の手助けと

なっていたことを理解して、大いに動揺してしまったのだろう。


「嘆かわしいね、職業意識が低いよ」


「備考欄に記載されていますが、何名かはクトリアで使用が確認された

 精神スキルの劣化版のような反応が脳に残されており、その者達には

 一応情状酌量の余地はあります。なにせ……」


「ああ、オークライは市長があんなのだったからねえ……あれま?

 セントラル4の副市長殿は素面でか。長年やってきた人だけに惜しいな。

 積み重なった不満(モノ)をまんまと狙われてしまった、かな?」


「致し方ありませんよ。

 請願や陳情はありましたがいかに大統領府といえど法的に問題のない市長を

 罷免させられません。リコールの権限はオークライ市民のもの、ですが……」


「ああ、人気だけはそこそこあったという話だったか」


いかに大統領の権限が強くとも指導力不足及びパワハラ気味という所以外に

失点がない市長を強引に辞めさせることはできない。この世界での一都市は

概ねガレスト政府に認められた自治州。準国家とでもいうべき扱いと権利が

認められている。政府の管理下にはあり不正や違法行為の監察も行われて

いるがそこで何も出なければ政府からの干渉は難しい。請願が出た時点で

過去に遡って選挙に不正が無かったかも調査されたが『シロ』。

職場の上司ないし都市の長として、さらには緊急時の振る舞いとしても

人望と器の無さを見せた彼女であったが『声が大きい』のが頼もしさとして

映っていたのか。これといった失敗を見せなかったせいか。市民の支持は

それなりに得ていたのだ。それが余計に行政職員達の不満と憤りを高めて

犯人達の悪意が入り込む隙間を生み出したのは皮肉である。


「人前とそれ以外で違う顔なのは政治家の標準装備ではあるが……」


「基本業務以外は持ち帰りばかりで『検討します』が口癖だったとか。

 そうやって何もしなければ(・・・・・・・)失態は犯しようがありませんから、特に平時は」


「ははっ、都市運営は細分化されているとはいえ怠けて支持をもらえるのは

 羨ましい限りだ………それともこれが民主政治の敗北というやつかな?」


耳心地のいいことばかり口にして、仕事をしているフリが上手であれば

支持されるというのなら民主政治とはわざわざ無能な怠け者を選ぶシステムか。

それが民意であるというのなら有能な者も働き者も去るばかりだろう。


「………そのトップがいう台詞ではありませんよ大統領」


じつにおかしいとばかりに笑みを湛えた言葉に補佐官は困り顔でそう返す。

ガレストの政治がそれだけ(・・・・)ではないとはいえ民主的な手段で選ばれた

頂点の発言としてはあまりに危険で扱いが難しかったのである。


「おっと失言だったか。

 ちょうど話も横道に行き過ぎた所だ。

 話を戻そう────今回の物資出動における影響は?」


視線を向けられて未だ冷や汗が止まらない補佐官が慌てつつも答えを返す。


「りょ、量は当初の試算より3割ほど抑えられましたっ。

 フォトンに関しても短期運用を目安に揃えられましたので同じく。

 全て政府備蓄で軍による輸送・組立なので市場や物流への影響は最小限です」


「そうか。

 一時は同規模都市を近隣に建造する話も出たからな。それに比べれば

 居住空間のみの増設は安上がりでリスクも最低限………口惜しいな」


「大統領?」


「そこまでは思いついていたというのに『増設』まで思い至れなかったのは

 さすがに己の不明を恥じてしまうよ」


「……対策チームもこの案の検討を指示した際は悲鳴をあげていましたよ。

 どうして思いつけなかったのかっ、と」


「はは、あまり気にしないようにいっておいてくれ。

 我々は皆ドーム都市で生まれ育つ。その内部で色々やりくりしながらね。

 そのせいかドームを拡張しようという発想が生まれにくいのだろう」


それはガレスト人独自の感性ともいえた。


「知識で理解していても感覚的にはドーム自体が世界の全てとなっている

 ガレスト人は多い……幼い子供が防壁の外に大地が広がっている事すら

 知らなかった、というのもあるあるネタでよく聞きます」


ドーム都市の閉鎖性ゆえか。資源不足からくる貧乏性ゆえか。

とかく一度出来上がっている都市を増築する考えが浮かびにくい。

地球に訪れたガレスト人が一番最初に受ける衝撃や違和感は視界を

遮るモノが無く、どこまでも続くような街並みだともいわれている。

それほどに都市の防壁という『世界の果て』が深く彼らの感覚に

根付いている証左だろう。だが。


「なのに────パデュエールとドゥネージュの次代はどうしてこれを

 思いつけたのだろうね?」


「っ」


笑みを湛えた大統領の瞳に鋭敏な輝きが宿る。

元帥からの報告では彼女らからの提言ということになってはいる。

しかしそこには同じガレスト人であるがゆえの違和感があった。

ここ数年彼女達は地球で生活しているためこの考えに至れる可能性は

確かにあるのだが同程度の地球滞在経験がある者は大統領府にもいる。

条件は同じはずなのに彼女達がいち早く思いついたのは何故か。

大統領も補佐官たちも薄らと二人の背後に誰かがいる気配を感じ取る。

彼らがこのアイディアに諸手をあげて歓迎できない部分はまさにそこだ。

尤も。


「────ま、使えるならどこから出たアイディアでも構わない。

 それこそ内通者を釣った方法もね」


大統領がもたらした緊迫感は彼自身の砕けた態度で表面上霧散する。

あくまで彼はその懸念を持ったままでいろと示しただけなのだろう。

別件として行われた容疑者の釣り上げも含めて。


「……やはり大統領もそうお疑いですか?」


「アマンダ婆、いや元帥殿らしくないいやらしい(・・・・・)手段だったからね。

 それにどちらかというとオルティス将軍お得意の……いや今はよそう」


現在その何某かを気にしている余裕はないのだからといいたげに大統領は

一瞬浮かべた懐古の表情を消して目の前の補佐官に問いかける。


「優先すべきは次を防ぐ手立てと迅速な捜査だ。そちらはどうなっている?」


「はい、オークライでの捜査についてはスタートしたばかりですが先程の

 内通者達の証言から判明した首謀者達の手口と都市の状態を考えれば

 オークライで手がかりを探すのはかなり絶望的かと。唆した者の人相は

 皆バラバラで、避難者たちの中に該当する者はいないとのことです」


「やはりとっくに逃げているか」


「指名手配をかけましたが十中八九偽装された顔でしょうね。

 私ならオークライから出た時点でまた違う顔にしています。

 近隣都市の記録映像も調べていますが望みは薄いでしょう」


「貴重な手がかりではあったが……そう簡単にはいかないか」


「また内部データがすべて飛んでいるため都市内での動向も不明。

 今は地道に目撃証言を集めている所ですが、こちらもあまり期待できません。

 しかし他の内通者特定への足掛かりにはなるため継続して捜査中です」


「罪悪感で名乗り出てくれる者ばかりではないだろうからね。

 で、肝心の首謀者たちへはどう迫るつもりだい?」


「中央情報局では現在あの事態を起こせる組織力と技術力を持つ者達、

 という方面から調査をしています」


「証拠や動機ではなく行える者からか。本来ならどうかと思う捜査方針だが

 今回の場合容疑者は逆に絞られてくるだろうね、有名どころの軍需企業に

 『無銘』や『ドクター』事件に相乗りした『レイヴン』の背後組織に……

 『蛇』辺りか?」


「………正直どこかの大手企業が黒幕であってほしいと思ってしまいます」


連なった候補名に疲れ切った声でオルバン補佐官はそう本音をもらした。

これまで一度も動かなかった表情筋を分かりやすく反応させて。

確かに、と大統領も苦笑を浮かべる。何せそれ以外の候補は未だに詳細や正体が

不明であったり、逮捕や壊滅が難しい組織や人物だらけ。それらに比べれば

大企業を相手にする方が気楽といえよう。仮にそれを潰すことになろうとも

その不利益や影響は予想しやすく対策もしやすい。尤もそれが希望的観測であり

実際は難しい相手達の中のどれかだろうと補佐官も大統領も考えている。


「しかし技術力・組織力においては納得の面々ではあるが、動機面では

 逆に不自然な面子ともいえるな……オークライを吹き飛ばしたところで

 こいつらは何を得られる?」


「彼の将軍の下である意味弁えた動きをする裏社会の死の商人『無銘』。

 愉快犯めいた所はありますが大規模破壊等には縁遠かった『ドクター』。

 両世界の裏で暗躍しているだけで表舞台には立ってこなかった『蛇』。

 『レイヴン』の背後組織については謎が多く判断ができませんが……

 どれにしても『ガーエン義勇軍』のように準備期間が終わって

 ついに本腰をあげた、という可能性もあります」


「………暗躍で済んでいた時代が終わる、か。

 それが本当なら厄介な時代の大統領になってしまったな……」


溜め息ひとつ吐いて頭を振るカーク大統領。さすがにその顔には疲弊が見える。


「まあ、分からないことをこれ以上議論しても仕方ない。

 何にせよ警戒は強めておいてくれ。いうまでもないだろうがこれで

 終わりな訳がない。首謀者の目的がなんだったにせよ、攻撃は防がれた。

 ……次はより過激になるかもしれん」


「了解です、既に警戒態勢は強めていますが徹底させます」


「頼むよ……それで、肝心要の“次”を防ぐ算段は出来ているのかい?」


力強い返事に満足したように頷いた大統領の視線がもう一人の補佐官。

未だに緊張が抜けきっていない腰の引けた青年に向けられる。


「は、はひぃいっ! そ、そちらについてですが、ま、まずはそのっ!」


「落ち着けマドック、お前は資料の提示と解説に専念しろ」


同僚の返事とよろしいですねと確認した上司の頷きに一呼吸置いた彼は

まさしく“次”にして現在最も早急に対策が必要とされる案件を口にする。


「喫緊の課題として例の顔型自律兵器。コードネーム『イビルヘッド』

 ひいてはその搭載兵器である戦略級破壊光発射装置、便宜上『ゼロレイ』と

 呼称することになったあの攻撃への対処についてですが……」


されどそこで言葉を止めた彼は訝しむ大統領に頭を下げた。


「既に技術局からの報告をもとに考えた対処法を全都市、全施設に周知し

 徹底させています……事後報告となったこと申し訳ありません」


「……何かと思えば、緊急性を考えれば必要な処置だろう。しかし早いな。

 確か最新(数時間前)の報告だとステルス機能満載の完全未知の兵器で早期発見は

 事実上不可能。ゼロレイも一射目と同レベルだと防ぐ手段はないとも」


「ええ、そして未だにオークライへの侵入経路も時期も不明です」


「て、ててっ、天井にそれらしき穴は開いていましたが、こ、これは一射目の

 余波で開いたものであると確認できています!」


「そう、か」


元より面白くない話だろうと分かっていた大統領をしても胃が重たくなる

話であった。単機で都市を滅ぼせる兵器がどの都市や施設の上空にこの瞬間

にも存在していてもおかしくない上にその攻撃は防ぎようがないのだから。

またオークライの数十万の民を警告無しで滅ぼそうとしていたのを鑑みれば

同程度のことが出来るマスカレイドより量産可能な目算が高い上に人命に

考慮しないこちらの方が遥かに脅威で、厄介で、最悪であった。


「これらにより侵入の阻止及び感知、そしてゼロレイの防御は現状では極めて

 難しいと判断。一時的な対策となってしまいますがエネルギーチャージを

 防ぐ方針を取りました」


「チャージを防ぐ?

 発射にそれが必要らしいというレポートは見たが、一射目の様子から

 ステルス状態でも可能ゆえにその阻止は難しいという話ではなかったか?」


「は、はいっ! それはその通りなのですが!

 直接対峙した学園生徒達の戦闘データ解析で光明が見えたんです!

 外骨格が重いダメージを受けてたせいでいくらか欠損はありましたが

 ゼロレイ関連のものは問題なく! それで新たに判明した事実が二つ!」


まずはこれを、とマドック補佐官がモニターに表示させたのは学園から

提出されたデータからゼロレイ関連を抽出したもの。オークライをまず襲った

ソレを一射目としての二射目、三射目に関する詳細な記録と様々な解析結果だ。

さすがに門外漢である大統領は全てを理解することはできなかったが

いくつかのグラフと波形の意味は察することができた。


「これは……」


「一つはこのグラフの通りチャージ時間とエネルギー総量が比例関係である事。

 二射目と三射目の比較からその割合は常に一定であると見受けられます。

 そしてもう一つがこのチャージ中にのみ他では見られない特殊な波形の

 エネルギー波が観測された事です」


「つまりそれを目印にチャージ中のイビルヘッドを探す……いや、警戒し続ける

 というわけかい?」


「そっ、その通りです!

 この事実から一射目が放たれる前のフォスタの記録も吸い出した結果、

 発射約二時間ほど前から突如この波形が観測されだしたことが判明。

 この時間は先程の比例関係の正しさを補完するだけでなく、あの威力を

 出すのにはその時間がかかることの証左であると判断しました」


「ふむ、貴重な情報だが……二時間、か……長いようで短いな。

 一つの都市の命運をわける時間としては」


「しかしそこに賭けるしかないのも確かです。

 現在、ガレスト中の全都市・全施設における軍、警察、警邏隊には

 この情報を共有させ極秘ながら特別警戒態勢を取らせました。そして民間の

 軍事や警備会社にも事情は伏せましたが波形データのみを渡して観測された

 場合の即時報告を依頼しました」


「……いやはや相変わらず仕事が早い。しかも手広くやったね。

 犯人側に察知されてでも握り潰させない事を優先したという所か。

 オークライと同じ状態になっている場所が他に無いと言えないからね」


「遺憾ながら、の苦肉の対策ですが」


軍官民全てがある意味で犯人の手勢の浸食を受けていた事実があるだけに

忸怩たる思いだが大統領府として公的機関だけを信用する訳にはいかなかった。

またイビルヘッドのステルス性を考えれば、どこの、誰の、頭上にあっても

おかしくない以上、最低でも戦略級にまでチャージされたゼロレイ発射だけは

避けたいがゆえの苦渋の決断。犯人側に対策が確実に露呈する愚であったと

しても“いま”それを避けるにはこれしかなかった。


「勿論、各セクションから警戒要員を公的・極秘問わずに送る予定ですが

 オークライの事態が事態です。単一の組織や人員だけでは心許なく……」


「分かっている。構わんよ。ああ、大統領の名において追認もしよう。

 今は次なる発射だけは防がなくてはなるまい……その時、その都市に

 都合よく(・・・・)マスカレイドがいてくれるとは限らないのだから」


ここまでどこか心情を悟らせない表情をしていた大統領もさすがに“もしも”

仮面があの時オークライにいなかった場合の被害を想像して顔を青くしている。

その危険がガレスト中に広がったうえに現在進行形で存在し続けているのだから

さもありなんであろう。


「………都合よくいた、と見るべきなのでしょうか?」


されどそんな大統領の呟きに近いその言葉にオルバン補佐官は引っ掛かりを覚えていた。


「どういう意味かね? まさか仮面の自作自演だとでも?」


「いえ、我々は今オークライ壊滅を狙った一派が事件を起こした時に

 たまさかマスカレイドがいたという認識ですが────アレを狙って

 事件が起きた可能性はないのでしょうか?」


「っ、狙われたのはオークライではなくマスカレイドだったと?」


「い、いやいくらなんでも一人を消すために大都市もろともって……あ、いや、

 あのマスカレイド相手だと考えると……あり得る、のかな?」


「自分で言っておいてあれですが何の確証もない妄想の類です。

 けれど、そうであったのなら先程大統領が気にしておられた動機の問題が

 解決するのも事実なので……」


「ああ、どこにせよ仮面(カレ)とは敵対関係のようだからね。

 都市一つと表の全勢力を完全に敵に回すことを差し引いてでも、か。

 ……あり得ないと一笑に付すことができない仮説なのが困り所だ」


表の勢力にしろ裏の勢力にしろそれだけの脅威である事は共通認識な相手。

今回“も”助けられた格好となるガレスト政府ではあるが、だからといって

正体不明にして違法行為を星の数ほど積み重ねたモノを信用しきれはしない。

個人の意思と采配であの力が振るわれてしまうのだから当然ではあろう。

それを一都市の犠牲で消し去れるなら、という発想は大統領としては

認められないが理解はできる話であった。


「だがその場合、仮面が生徒達の護衛についたと知っている必要がある。

 神出鬼没でどこにでもいて、どこにもいないと評されるアレがどこに

 いるか分かっていなければ成り立たない話だ」


「それにそのことが決まったのは本当に事件の直前だったはずです。

 今回のオークライ沈黙はだいぶ前から仕込まれていたもの。

 やはりマスカレイド狙いだったというのは無理あるのでは?」


「……そう、ですね。

 申し訳ありません、思いつきを口にしました」


理屈の通った指摘に考えすぎかと軽く頭を下げるオルバン。


「気にするな、これからも遠慮せず意見を出してくれ」


大統領がそう返せばその話題は終わり、マドックも含めて次の課題へ。

イビルヘッドの他の装備への対策だ。ゼロレイに隠れて目立たないが

MB資材の乗っ取りや輝獣の意図的な発生とそのコントロールもまた脅威。

それらの対策を各セクションからの報告や進言から検討していく。

オルバン補佐官もまた自らの知見を語っているがその頭の片隅では

一度は引っ込めた自説が気にかかっていた。


──本当に、マスカレイドを狙った可能性はないのか?


上司と同僚の反論は確かに正しい。だが、穴が無いわけではない。

少々、可能性の重箱をつつくようなものになるため彼は口にしなかったが

仮面の動向を推測する事はできなくもないのだ。護衛話が出る前から仮面は

これまで学園生徒達の近くに現れている。また修学旅行で訪れた各地や近辺で

発生した何がしかの事件や騒動の迅速且つ秘密裏の処理は仮面らしいやり口だ。

ガレストに訪れる前から仮面は半ば護衛も同然だったのではないかと想像の翼を

羽ばたかせるのは難しくはない。


そして以前から準備がされていた事件の狙いが偶発的な流れでオークライに

訪れた仮面であるという矛盾についても都市沈黙自体は事前に計画・準備

されていたものであってもイビルヘッドの投入ないしゼロレイの斉射が

マスカレイドの存在に気付いたから行われたのなら辻褄は合うのだ。

都市壊滅は仮面を狙ったからこそ付け足された、許容された目的だった。

という可能性だ。


他にも護衛話が出た時にその場にいた者達が犯人と繋がっていた場合や

計画立案者と実行者の間で思惑が違った可能性もある。そう、可能性だ。

オルバン補佐官の脳裏にはそんな可能性だけの話が列挙されていくがどれも

妄想の類だ。あり得ないと言い切ることはできないが根拠希薄でもある。

自説に引っ掛かっている彼自身が呆れてしまう内容であった。されど

“どちらにせよ”と彼の思索は次に進んでいた。


──あるいはこれを機にマスカレイドへ狙いがシフトしないか?


当初からにせよ今回を切っ掛けにしてにせよ。

犯人達が今後仮面を狙うことは可能性の妄想よりは現実味がある。

されどその場合あんな兵器ですら敵わないと証明された犯人達は次に何を

仕掛けようとするだろうかと言い知れぬ悪寒を覚える。それは単に今回の

失敗を取り戻そうとより過激な計画を立てられる事よりもオルバン補佐官は

そちらの方が恐ろしく思えてならなかった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 旧友の思惑がどれだけ混じっているのか無関係なのか・・・気になりすぎる!!!! [一言] 毎回コロンブスの卵みたいな解決策が秀逸
[一言] いつも楽しく読んでます。
[一言] 更新お疲れ様です。応援してます。
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