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帰ってきてもファンタジー!?  作者: 月見ココア
修学旅行編 第二章「彼が行く先はこうなる」
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(一部天然な)心得た扱い



さる宿泊施設の一室で謹慎・治療中ということになっているシンイチと

その看護・見張り役をしているミューヒは互いの弟・妹分の話題の後、

彼女が掴んでいる情報や現状・今後についての話をいくらかしていたが

それは唐突に終わる。


「っ」

「あれ?」


近寄る第三者の気配に。

近付くほどに慌てているように焦って逸る足音に双方が気付いたからだ。


「失礼します!」


それが極まり扉を壊す勢いで室内に飛び込んできたのは青い豪奢な縦ロールを

揺らす大人顔負けのスタイルを持つ美少女──アリステル。

マナー知らずな行動とは縁遠そうな令嬢が騒がしさの原因であった。

若干乱れた息のまま室内を見渡した彼女はソファに腰掛ける少年を

見つけるとその金色の瞳を潤ませ、声を詰まらせた。


「っ……!」


瞬間そっとミューヒはシンイチから距離を取る。何かを察知したというより

彼女の視界にどうやら自分は入ってないらしいと判断したのだ。その行動に

一瞬気を取られた少年の動きが遅れたのは結果論である。そのはずである。


「よくぞご無事で!!」

「うわっぷ!?」


音、という意味では実に静かで軽やかに。

速度、としては戦闘機動かという素早さと勢いで。

アリステルはまるで飛び掛かるようにして彼に抱き着いていた。


「ああっ、良かった! シンイチさん、シンイチさんっ!!」

「んぶっ、こらアリス! やめ、ぐっ!? むにゅ、んぐぅっ!?」


ただ“ソレ”を狙ったのか目算が狂ったのか体格差ゆえの単なる事故か。

それは抱き着いたというよりは押し潰したといった方がまだ近く、結果

少年の顔は令嬢の体に深く入り込んでいた。サングラスを外していなければ

大変なことになっていたと思わせるほどバインと、ぐにゅりと、胸元の

豊かな双子の山は初めから彼を迎え入れる形だったかというようにたわみ、

そのボリュームを堪能させていた────主に息苦しさで。


「んんぅっ! っっっ~~~!?!」


「…………けっ!」


シンイチは助けてとばかりに左手を暴れさせるがミューヒは自分がいるのは

右側だから見えてないとばかりに何かドス黒い声を漏らすだけ。


──ボクの時はさぞ呼吸しやすかったんでしょうね!


胸囲格差は残酷で非情であった。

シンイチが本気でアリステルをどかそうと思えば簡単だと知るだけに

彼女の妙な嫉妬心は冷めた顔を見せる。尤も少年からするとこれが

嫌がらせでもからかいでも色仕掛けでもない行為であると解るだけに

力尽くでの排除が出来ないでいるだけなのだが。


「っ、心配ないと頭では分かっていましたがグラシオスの群れを引きつけ

 続けていると聞いてはさすがに心穏やかではいられませんでした!」


だから呼吸困難から助かったのはアリステル自身が彼を少し放した時。

再び酸素を得て深く息を吸ったその顔を確認するように両手で包んで

覗き込む。潤んだ、熱を帯びた瞳がまっすぐ少年を見詰めている。

続けて全身─右腕以外─を確認するように視線と手で触れていく。

どこにも傷はないか。隠してないかというそれに彼は抵抗しなかった。

心情を思えば、出来なかった、が正しい表現であろうが。


「本当に……ご無事で良かったっ!」


「あ、ああ、大丈夫だ。疲れてはいるが、ケガはない」


絞り出すような心配の言葉にそれこそが照れ臭いように少年は顔を赤らめて

視線を泳がしながらそんなありきたりな返事をした。おふざけで返すことも

息苦しさへの文句も無く。


「イッチーって真っ直ぐに叱られたり心配されたりすると弱いよね。

 …………意外に慣れてないのかな?」


冷めた顔をしながらも目を離してはいなかった狐娘はそれこそ意外そうに

彼の反応を見ていたが。


「へ、ってミューヒさん!? いつからそこに!?!」


「あはっ、やっぱり目に入ってなかった。

 ──しいていうなら最初から、だよ! ボクお世話係だもん!」


「そっ、そうでしたわ!! わたくしとしたことが!?!」


はしたないことをしていた自覚はあったのか。

隣にいた彼女に気付いたアリステルは一瞬で真っ赤に茹で上がると

どうしましょう、どうしましょうと繰り返しながら右往左往。


「そこで慌てるぐらいならさっさと降りろ、パデュエール」


「先輩って、やっぱり……っていうかすっごい積極的だぁ!」


「お前もそろそろ慌てろよ、頼むから」


厳か。

驚愕。

呆れ。

それぞれの声色が開けっ放しの扉から彼らのもとへ届く。

声通りの表情をする女教師フリーレと女子生徒トモエ、男子生徒リョウだ。


「み、みなさん!? あ、しっ、失礼しました!」


三人の視線と自分が誰の上に伸し掛かっているのかをそこで初めて正確に

認識した彼女はそれこそ最初の突撃と等しい速度で飛び退いた。一秒にも

満たぬ瞬間で乱れたスカートを整えつつ向かい合うソファに優雅に腰掛ける。

まさに貴族のお嬢さまという美しい所作であった。

そこだけ切り取れば、だが。


「こほん……シンイチさん、ミューヒさん、ごきげんよう。

 じつはご報告と相談があって皆さんと共に参りましたの。

 前触れなき無礼はお許しください、少し気が逸ってしまいまして……」


とっくの昔に台無しになっているがそれでも取り繕うのは立場ゆえか。


「少し?」


「やめてやれ、さすがに悪い」


「そうだよねぇ。あのアリちゃんがノックさえ忘れて飛び込んでくるほど

 心乱したのはいったい誰のせいなのか。その誰かさんは深ーーーく

 胸どころか全身に刻むべきだよねぇ!」


「だからっ、やめろ! 居た堪れなくなる! 主に俺が!」


令嬢の突撃前よりは離れた位置だが隣には戻った狐耳娘の精神的甚振りに

即座に降参する少年である。正面にいるアリステルがどういうことかという

疑問符を浮かべているが他三名の方は察して黙っていた。苦笑と共に。


「……ヒナに聞いた話だと色々してくれてたみたいだな?

 もう戻ってきて大丈夫なのか?」


それを見て取った、てい、での話題変換は彼らしく本当に聞きたいことも

同時に聞くという代物であった。


「別に、元々たいした話ではないさ。何せ私達はただの旅行者で、あくまで

 緊急事態に巻き込まれて善意で協力しただけの第三者なのだから、ふふ」


「おっとフドゥネっちから黒い笑みが!?」


「あぁ、えっと、お疲れさま?」


「構わん、どっかの誰かさんが都市壊滅の危機を防ぎ、グラシオスという

 災害を抑えこみ続けてくれたんだ。それは私達には出来ないこと。

 なら出来ることでサポートするぐらい当然だ」


「そうですよねー、ってあたしらも言いたい所だけど陽子達を連れ出した

 だけだし、しかも気分転換しきる前にセントラル4襲撃事件の事情聴取に

 呼ばれちゃったのよねぇ……まあ一応、落ち着いてはいたと思うわ」


「珍しく弟の方がそわそわ落ち着かない様子だったのは気になるがな」


そうか、あはは。と笑う性悪兄貴。

え、まじで。と一瞬固まる狐耳上司。


「ん、問題はまだ山のようにあるが……ともかく、は」


「はい、少し早いですがまずはみんなで昼食を取りましょう。

 ────あんたもお腹にたまるものが欲しくなってきたでしょ?」


「感謝しろよ、問題なさそうなところからかき集めてきたんだぜ」


視線で指示された両者が背後から押してきたのは二台のサービスワゴン。

三段型のそれには全て多種多様な食料品が乗せられていた。種類としては

まるでそこらの商店や屋台、コンビニ等から即座に食べれる物や生ものを

雑多に集めてきたと思えるラインナップであった。


「……どうしたんだそんなに?」


ここにいるのは人数としては6名であるが二台のワゴンに所狭しと乗る

食料はゆうに20人前に匹敵するかという量であり誰のためなのかは明白。

だがオークライ全体が被害を受けた現状を思えばどこからどう集めたのか

彼でなくとも気になるというものだろう。尤もそれは彼・彼女らには

織り込み済みであったらしい。


「ナカムラ、お前の事だから災害用の物資や単にもらってきた物だと

 気にすると思って、用事で出たついでに見繕ってきたのだ」


「倒壊とかフォトンの供給停止で営業困難になってる店とかそのオーナーを

 探してな、日持ちしない物や援助物資としても配れないような物を

 譲ってもらったのさ」


「もちろん対価は支払っています。

 この状況なので端末での支払いはできませんが物々交換は行えましたし

 地球の方にはあちらの現金が使えましたから。日本観光の後だったので

 手持ちは心許なかったのですが足りて良かったです!」


「あはは、先輩? さっきも言いましたけど帯ついたお札が五つも六つも

 あればいくらでも買えますよ! 家や土地じゃないんですから!

 というかそれで心許ないって最初どんだけ持ってきてたんですか!?」


当然とする自分への理解と金銭感覚の違いによる絶叫を眺めながら神妙な

顔つきで隣を見たシンイチに狐耳娘はにっこり微笑んで一言。


「イッチー、いうことあるでしょ?」


「要求されると言いたくなくなるな」


「子供か!」


「正真正銘子供(ガキ)ですがナニカ?」


「っ、そういう時だけ都合よく子供になるよねキミ!?」


普段は全く子供ぶらない癖にこれだ、と吠えるミューヒを余所に少年は

ただただ普通に、自然に、当たり前のことであるとばかりそれを告げる。


「ありがとう────本当に、助かる」


言ったそばからと呆れる狐娘以外はその感謝を少しの照れと共に受け取り、

部屋のローテーブルに食事を並べた。それを囲むようにソファに腰掛け、

早めの昼食を取りながらいくらかの雑談とバカ騒ぎをした。

そして唯一の大人である彼女が本題を話し始める。


「────さて、皆、食べながら聞いてほしい。

 オークライの現状とこれからの問題、そして私達の今後についてだ」




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[気になる点] 魔王の娘はいつ頃出てくるんだろうか?もしかして忘れてる? [一言] 追いついた!
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