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帰ってきてもファンタジー!?  作者: 月見ココア
修学旅行編 第二章「彼が行く先はこうなる」
245/286

オークライの長い一日16

「ハハッ! よく聞いた小僧!

 俺達こそこの腐った世界に夜明けをもたらす者!」


「こんな窮屈な都市を根こそぎぶっ壊し、真の自由を目指す者!」


「その名も黒き革命の翼! レイヴンだ!!」


尋ねはしたが頼んではいない盛大な名乗りをされてルビィは一瞬意識が

遠のきかけたような気分になった。一番のダメージを受けたかもしれない。

それほどの非常識さと馬鹿(おろか)さであった。しかしそれは知性と情緒ある

人間だからであろう。外骨格の補助AIはそれこそ機械的に新たに出た

単語の解説をフルフェイス内に表示していた。


『うそ、こんなのが(・・・・・)データベースにあるの!?』


何かの間違いではないかと思いながら『無銘』が集めた情報を一瞬で読み取る。

曰く──『レイヴン』とは首都カラガル及びその周辺都市で5、6年前から

活動を始めた非合法武装集団。内情は愚連隊に近く閉鎖的な都市環境を嫌い、

自由を謳って騒ぎを起こしていた。近年それが過激化し暴力行為や破壊活動を

行うようになり準テロ集団として各所からマークされている。はみだし者や

落ちこぼれがネット経由で集まっていると思われ、ガレスト各地に分散する

形で構成員や信奉者がいる。ただ全体の練度は低く、事件を起こしても

一般人に鎮圧される事も多い。しかしながら入手経路不明の独自武装や装備

を多数所持しており警察や軍、政府諜報組織のみならず裏社会からも探りを

入れられているが背後関係の解明に至っておらず謎が多い。そのために

各勢力からは泳がされている状態にある──と。


『これは……』


データベースにはあえて記されていなかったが言外に程度の低いはみだし者を

集めて自前の武器を与えて暴れさせている者がいると推測される内容だった。

盗まれたとされる新型機。装備だけは充実してる半グレ集団。その背後に

匂う何者かの影。まさかと過ぎった思考をまとめるより先に背後の少年が

次の疑問をぶつける。


「ふーん、じゃあこの真っ暗闇も君達の仕業なんだ?」


「何をいうか! これぞ天が! 大地が! 世界が!

 俺達レイヴンに動けと! 新たな時代を切り開けと言ってる証だ!」


「そうとも! 全部こっからだ! じきにオークライ中が暴徒で溢れる!

 そして全てを従えた俺達がこの都市を解放する! こんな狭っ苦しい檻に

 いつまでも俺達を閉じ込めておけると思うなよ!」


「へへっ、見ろ!

 光を失った程度でこの混乱っぷりを! やっぱ情けねえ連中だ!

 予定はもっと後だったが、ここで俺らレイヴンの力を見せつけてやる!」


変わらぬ興奮具合と高笑いで、されど素直に返ってきた頭の悪い答え。

しかし演技とも思えぬ愚かな振る舞いゆえに逆に真実味があった。


『泥酔者どもめ、ペラペラとよく喋る』


自称革命家はこれだから。

付き合ってられないと思いながらも情報を引き出した少年に感心する。

殆どが耳を傾ける価値のない妄言ないし戯言の類だが星陽や光源の消失に

関わっておらず、それどころか現状の認識が諸々足りないのも露見させた。

そして予定を繰り上げたとも。これをどう組み立て、考察するかは本来

ルビィの立場ではしない。したとしても戦闘終了後であるが咄嗟の思考

までは止めようがない。所感として彼らの裏側にいるであろう何某かと

この事態を引き起こした勢力は別のように思えた。前者は騒動狙いか

レイヴンを使ってのデータ取りが主と思われ、後者はオークライの壊滅を

狙った目算が高い。それ自体が何を目的としてかは別とするがこの場では

方向性が違う。前者がついに使い捨てた、後者にとってこれが万が一の

予備プラン、であった可能性はあるにはあるがその程度の目的で各種の

特殊装備に盗んだ新型戦車まで与えるのは捨て駒には豪勢が過ぎる。

────これは表も裏もうるさくなりそうね


「そっかぁ」


ルビィはこの事態の後処理と原因(犯人)究明に騒がしくなるこれからを思って

頭が痛い思いであったが、背後の少年からこぼれ出たひどく明るい声(・・・・・・・)

癒されたような気分を覚えていた。


「────ダサイ連中」


直後自分の肩から無感情な声と無骨な砲身が覗かなければ。

彼女がその存在に驚くより砲身が火を吹くのが先だった。

ルビィから見て左の戦車上にいた男にエネルギー砲弾が直撃する。


「へ?」


当人か他の男達かそれとも自分か。間の抜けた息が抜ける音がした。

フォトンの炸裂音と閃光に呑まれて黒焦げになった人体が崩れ落ちる。

各種センサーの情報を信じれば生きてはいるらしいが重傷なのは明白。

当然だ。その武装は学園生徒用とはいえ対ガードロボ向けの代物。仮にも

戦車に向けようとしていたのだから型落ちが多い学園用兵装の中からなら

適切な選択だが対人となれば過剰だ。外骨格装備ならまだしも簡易。

最大出力で無かったとはいえ本来命に係わる威力。まだ息が合ったのは

簡易外骨格の防御機能と生命維持システムがしっかり機能した結果で、

かろうじて、だとルビィの眼前に各種データとして表示されていた。

どうやら簡易は簡易でも通常の物より高性能だったらしい。

つまりは────偶々だ。


『…………』

「………………」


頭でそれを理解してなおルビィは残り二人のレイヴン達と同じく呆然。

少年が自然体過ぎた。否、不自然なほどに戦意も敵意も害意も殺意も

皆無だったせいだ。完全に“無”の感情で背後の少年は人を殺しかねない

一撃の引き金を引いたのだ。(プロ)の殺し屋の中にだってそんな人間は

滅多にいないのに。その衝撃がルビィをして頭の動きを鈍くする。


「……失礼します」


結果的にその隙をついて彼女の頭上を飛び越えた少年は背面スラスターを

全開にして男達に向かって弾丸のように飛翔する。近接武装の間合いより

外であっても所詮は数mという距離は外骨格なら一瞬だ。相手が頭も体も

固めているのだから対応できるわけもない。その速度を躊躇なく上乗せした

彼の拳が無防備な鳩尾に突き刺さる。ルビィから見て右にいる男だった。

苦悶の声は出ない。むしろ呼吸が止まって息すら漏れないが正しいか。

簡易外骨格(プロテクター)の胸部装甲を砕く推進力と拳打の合わせ技。いくら一般量産品

よりは高性能であっても外骨格に及ぶわけもなく、それが防げたのは

生身への直撃だけ。衝撃は緩和しきれず肉体を突き抜け、一瞬のためを

越えた瞬間男の体は順当に殴り飛ばされんとする流れにあった。

が、その腕を少年は掴んで止める。


「ぎっっ!?」


わずかに漏れ出た。あるいは息ができずとも声が出る程の痛みか。

胸を割る一撃の衝撃で飛ばされかけた体を無理やり掴まれれば腕と肩に

かかる力はどれほどか。だが少年はそこで止まらず飛びかけたのとは

正反対の方向に力づくで男を振り回して地面に叩きつける。微塵も受け身を

取らせるつもりがない投げ方、叩き付け方であった。嫌な音と共に顔面から

地面に突撃した男はそこで意識を完全に喪失したのか少年が腕を放しても

微塵も反応を見せずに倒れて微動だにしない。果たしてそれは顔部への

衝撃のせいか。それとも─意図的に─無理な投げ方をしたために

異様な形に折れ曲がった腕のせいか。


「え、な、おまっ……え、え……」


自分達優位と本気で思っていたのだろう。なのに一瞬で仲間二人を

仮にも学生に一瞬で、しかも明らかに残虐に、容赦なく叩き潰された。

残った男は意味のある言葉を発せられず、それこそ何が起こったのか

把握できているのかさえ怪しい態度で口を無意味に開閉させていた。

尤もそれさえも少年は許す気が無かったらしい。跳躍による突撃。

その先槍とでもいう形で突き出された手は役割を果たさない口を塞ぎ、

勢いは男の身体を地面に押し倒させた。


「んんっ!? がっ、んぐっ、ぐぅぁっ!」


逃れようともがく男であるが顔面を抑えられ、両足は少年の外骨格を

纏う足が乗っかる形で封じられていた。両手は自由だがマウントを

とられては装備と練度の差が如実に出ていた。部分的なパワーアシストを

行う簡易と全身でそれが可能な通常外骨格では新型と型落ちでも後者が勝つ。

中身が専門的な教育も訓練も受けてない者と学生身分とはいえ最低でも

一年以上はそれを受けた者というのも大きい。実際ルビィはセンサー越しに

陽介少年自身には身体強化、周囲には防御系スキルが展開されているのを

見て取っていた。装備差がありながらも反撃を警戒してのことだろう。

じつに冷静で的確な判断だ。だからこそ余計にこの突然の行動が

際立ってしまうのだが。


「よっわ……さすがは他人が起こした騒動にタダ乗りして、楽して

 目立ちたいだけの“かまってちゃん”だ……ショボい連中」


「んんっ!!」


のだが。


「しかもみんなが困って弱ってる時になってから暴れ出しといて何?

 都市の解放? 力を見せつける? 自分達のバカさと腰抜け度合なら

 ああ確かに解放してたし存分に見させてもらったよ」


「っ、んぐぅっっ!!!」


「ああ、やめてよね。図星だからって顔を赤くするのは……気色悪い」


誰譲りだろうかという言葉のナイフに別の意味でルビィは思考が止まる。

先程自分達の連携に目を輝かせていた少年はどこに消えた。


「でも、そうだな、囚人達で壁を作ってくれたのは感謝するよ」


「?」


「だって俺が何をしても姉ちゃんには見えないし、ね」


これみよがしに見せたもう一方の腕に握られていたのは一振りのナイフ。

フォトンで形成された短剣。その輝きに男は何をされるか理解してか。

目を一際大きく見開き、続いて少年の手の中で響かない絶叫を上げた。


「ん゛ん゛ぅ゛ぅ゛っ゛っ゛~~~~!?!?」


容赦も躊躇いもない一刺し。脇腹目掛けて振り下ろされた刃は深々と

根本まで男に突き刺さる。激痛で悶えるが体も声も抑えられている。

その訴えはどこにも届かない。念のため後方を映すモニターを開けば

少女と警備員たちはこちらを気にしつつも空中と地上の輝獣達への

対処に追われていた。元々陽介が担っていた空も対応しなければ

いけなくなっていたが暴走囚人の圧が消えた余裕から問題はなさそうだ。

一方で戦車に乗員がいて、その者達とこちらが戦闘になってるのは察知

している様子だがさすがに輝獣への対応でセンサー類を向けるほどの

余裕は無く、囚人達の人垣が視界を遮っているため少年の凶行は

伝わっていないようだ。これらを分かっていてやったのか。


『死角で標的の口を塞いで刺す、とかそれ暗殺者や工作員の手口だから。

 この子いったいどこで覚えたのよ?』


しかも今にして思えば最初の砲撃はレイヴンへの攻撃に囚人達がどう

反応するのかを見る意味もあったのだろうと推察する。謎の精神感応波

による暴走とその対象を操るシステムという二重の未知の影響下にある

彼らの行動は読めない。だがおそらく命令なくば、あるいは自分達が

標的にされなければ自衛行動すらしないのだろう。先に出された

ルビィと陽介を囲めという命令を優先しているのもあるだろうが

命令者が攻撃されても現状彼らは無反応で棒立ちのため大きく

外れてはいまい。だから陽介少年は囚人達を壁として利用したうえで

最低限の警戒で男をいたぶっていられる。


『実戦二回目の日本人学生の発想じゃないわよそれ……』


事前調査では真っ当な人生を歩んできた普通の子供という結果であった。

平和な日本で生まれ育ち、兄の件を除けば事件や事故に巻き込まれた事も

輝獣に遭遇した不運も無かった。また素行不良であったり過激な思想を

持っているという話も出なかった。仮にも敬愛する上司の潜入先での

同期生たちだ。その点で抜かりはしていない。

していない、はずだったのだが。


「お前らのせいでまた姉ちゃんが危ない目にあったじゃないか。

 責任とって死なない程度に苦しめ、よっ!」


「ぎぐっ゛! がぁ゛っ゛っ゛っ゛!?!?」


──ああ、そこでキレちゃったのねぇ

彼は無表情で差し込んだナイフを右に左に捻って傷口を抉る。

塞いでいても甲高い嗚咽が漏れるが響くほどではなく、流れ出る涙も

少年の顔に何の感情ももたらさない。これで恍惚とした顔でも

浮かべたのならまだ隠された嗜虐性が出たと解釈できるのだが

顔色ひとつ変えずに淡々と私刑を行う姿はどこか、というよりは

まんま彼の兄と同系統だ。つまりは、血筋。

これまでこういった面を出す場面が無かっただけ。


『経験無しでこれとか濃いわぁ……しかもえげつない』


左右まで視界を広げれば最初の砲撃で黒焦げになった男と続いて腕を

曲げられた男が共にシールドビットで口を塞がれた格好で残忍な目にあう

仲間の姿を見せられていた。どうやらビットを叩きつけるかして意識を

覚醒させた上で黙らせながら顔の方向を固定するため口に突っ込まれていた。

命に別状はないが痛みは感じ続ける程度には治療スキルも使われている辺り

芸が細かい。ほぼ拷問の手法であるが。


『ふぅ……はいはい、陽介くんそこまで』


これ以上は無益と判断した、というよりやっと衝撃が抜けたルビィは

音も無く背後に忍び寄って彼を羽交い絞めにする格好で男から引きはがす。

声掛けがあっても驚いた彼は咄嗟に逃れようとしたが今度は型落ち外骨格と

偽装用とはいえ裏の最新鋭外骨格の性能差及び中身の練度差が出て抵抗は

軽々封じられていた。


「え? なっ、あ、あの放していただけませんか。まだ仕置きは済んで」


『あのね、私達はあなたたちの保護を依頼されているの。その対象が

 過剰防衛、いえ万が一殺人なんてしてしまったら私達の落ち度に

 なってしまうのだけど?』


「あ……す、すいません、ついカッとなって!」


あんな凪のような表情で激昂していたのか。

そのくせこちらに迷惑がかかると解るとそれを即座に引っ込めるのか。

無だった表情が色を取り戻したばかりか余計なことをしてしまったと

バイザー越しにもはっきり分かるほど慌てている様相は微笑を誘う。

以前上司から聞かされた彼の兄の性格をふまえて出した説得の言葉が

うまくはまったのもあったが身内や味方を害しようとした者への容赦の

無さとそれがその対象への不利益になるなら抑える、という態度は

好ましいものであったのだ。


「あ、がっ、い、痛い、痛いっ! くそっ、なめやがって、レイヴンだぞ!

 俺達はっ、痛ぅっ……こんなっ! 痛いっ、痛いよっ、ぐそぐそぐぞぉっ!!」


それが腹にナイフを刺されたままの男からはどう見えていたのか。

苛立ちと痛みを同時に訴えながら先程までの強気な態度が嘘のように涙と

鼻水でぐしゃぐしゃにした顔で吠えていた。まずい、と感じたのはルビィ

だけではなかった。二人とも追いつめられたネズミを幻視したが彼らが

動くより先に男はもう細長い棒状の物体を手にしている。


「てめえら全員ぶっ殺してやるっ!!」


その先端部にある飾りのようなスイッチが押される。

カチリという音と共に何かのシグナルが送信された。


「ハハハッ! これで俺達の最終兵器が起どっ」


〈コード確認。これより自爆シーケンスをスタートさせます。

 フォトンエンジン臨界まであと5秒、4……〉


「へ?」


再び勝ち誇ったそれを浮かべかけた男の周囲(・・)。スクラップと化した、否、

胴体部だけは比較的原形を残す戦車の残骸全機から無情な電子音声が流れた。

使い捨てる用意は最初からしてあったようだと彼女は舌打ちと共に動く。


『ちっ!!』

「くそっ!!」


意味を理解できないのかしたくないのか呆ける男達を余所にルビィは咄嗟に

戦車に背を向けるように体を反転させ陽介との立ち位置を入れ替えた。が、

視界に囚人達が入ってその存在を思い出す。民間人ならともかく普段なら

気にもしない対象だが護衛対象の少年少女に爆風にさらされた多数の死体

など見せられないと咄嗟に自分を中心に円状に攻撃スキルを放つことで

乱暴な形であったが戦車から遠ざける。しかしそれでカウントダウンの

数秒は使い切ってしまった。瞬間、証拠隠滅(口封じ)の爆発に襲われる。

外骨格のバリアが直撃は防いだが衝撃そのものは緩和しきれず二人はほぼ

真横に吹き飛ばされた。さながら彼ら自身が砲弾にでもされたような勢いで

近くの建造物に叩き付けられたのだ。まさに砲弾の着弾かという衝撃と

轟音の中でルビィはそれ以上に感じた背中と頭の痛みに意識が飛んだ。

咄嗟の判断で衝突寸前に体をひねって自らを建物と彼の間に置いたのである。

外骨格のバリアシステムは強力な衝撃を受けた直後はわずかな時間だが

緩衝能力が落ちる。ルビィの判断はその程度が大きい旧型を纏う彼を

庇ったものであったが無理な姿勢だったこともあって彼女も受け身が

取れなかったのだ。


「……えてますか!? ルビィさん! しっかり!」


「っっ、え、ええ、大丈夫……?」


外骨格の機能の一つ。

戦闘中の意識喪失を阻止する痛覚刺激による強引な目覚めの中、

陽介少年の声が腕の中からではなく頭上から聞こえて違和感を覚えた。

どうやら思った(数秒)より長く意識が飛んでいたらしいとルビィは察する。

けれども微笑がもれた。教育がしっかりなされていると。慌てた声を

出しながらも冷静でもあると。彼はルビィの体に触れていないのだ。

成人女性への気遣いか頭を打ったから揺らせないと判断したのか。

衝突した建造物によりかかる格好で俯く自分に声をかけ続けていたようだ。

安心させようと顔をあげて目が合った(・・・・・)


「あ、良かった意識が……ん?」


「…………あ、れ?」


何かがおかしい。

安堵の顔が見られるはずがきょとんとした顔での妙に激しい瞬き。

そんな表情変化がはっきり見えること事態は当然だ。彼はバイザーを

収納している。激突の衝撃で壊れたのかこちらの容体を確認しよう

として外したのか。細かいケガや顔色といったものを診るには旧型の

バイザーは妨げになるケースが多かったと聞く。いやそれよりもこんな

表情を少し前に見た気がしたルビィはそれはなんだったかと思案して、

ふと自らの顔に直接風が当たっていることに気付いて息をのんだ。


「ぁっ!?」


ある事情で彼女の視界は広い。

だからその隅で転がっている自らの赤いフルフェイスメットが見えた。

衝撃で外れたか。外れることで衝撃を逃がしたのか。原因は分からず、

否、ルビィにそこまで考える余裕が失われていた。何せ、見られたのだ。

見せるつもりが無かったもの。見られたくなかったものを。

うまく呼吸ができない。視線が動かせない。今更誤魔化すのは不可能だ。


──だって自分を見下ろす瞳には私の素顔が映っている


肩まで伸ばした薄紫の髪に囲まれた異形(・・)の顔。

口はある。鼻はある。髪の下に耳も両方ある。もちろん目もある。

おかしな位置にあるわけでも異常な形をしているわけでもない。

だがそれは尋常な人間ならざるものだ。だって、赤い一つ目が

顔上半分を占める化け物のそれなのだから。


「ぁ、ゃ、わ、わた……」


「陽介! ルビィさん! 大丈夫!?」


「っっ!?!」


「姉ちゃん! うん、こっちだ! 俺達は無事だよ!」


そこへ届いたもう一人の声にルビィは縮こまるようにびくついた。

この時は気付いていなかったが戦車の自爆による衝撃は周辺の低ランク

輝獣たちを一掃していたのだ。ゆえに彼女が弟の安否を確かめに来れた。

声に応え、陽介少年は僅かに興奮したような声色で姉を呼ぶ。

導かれるようやってきた少女は無事を喜んで、そしてこれまた

瞬きを増やして固まった。


「二人とも無事でっ……ん?」


「っ」


さすがは二卵性とはいえ双子の姉弟か。反応がそっくりだと埒もなく

思考する暇もないまま姉弟は息の合った動きで手の平をポンと叩くと

打ち合わせもないまま異口同音にこう告げた。


「「ルビー!!」」


「……はへ?」


それが自分の名を呼んだ訳ではないと気付けたのはつい先日殆ど同様の

興奮気味の声色で、同じ感歎の表情でそれを発した依頼人がいたからだ。


「うわはぁ、とっっっても綺麗! なるほど、だからルビィさん!」


「目を宝石に例える表現はよく見るけど……本当に、輝いて見える」


うっとりとどこか恍惚とした顔でルビィの顔を覗き込む少女。

口調は淡々なれど熱のこもった声で讃え、熱く見詰めてくる少年。

これは経験のない反応だと身動きできないまま頬が赤く染まるルビィ。

しかしその空気を無様な声が壊す。


「ひっ、化け物っ!?!」


「っ!」


半壊した黒い簡易外骨格の男が二人。レイヴンだ。

ただ立てないのか腰を抜かしたのか起き上がっただけのような体勢で

彼らを、彼女(ルビィ)を指差して震えていた。だが、即座に男達は黙らされる。

ルビィが男達の怯えた声に体を震わせたのが見えた瞬間、姉弟は目を

合わすこともなく同時に動き、されど示し合わせたように標的を

分け合って男達の顔それぞれに拳をめり込ませていた。


「がはっ!?!」

「ぐへぇっ!!」


やっとのことで上体を起こせていたらしい男達は再び地面に沈む。

痛みに苦悶しているため意識までは失わなかったようだ。


「こんな非常時に無意味に暴れ回る痛いだけの奴らが言うに事欠いてっ!

 あんたらちゃんと目ついてんの!? あんな透き通っていて

 輝くような紅玉を見て何よそれ! 本当に宝石みたいですっごく

 素敵なのに! 失礼しちゃうわ!」


「同感だよ姉さん。

 あれほど美しいモノを見て、心動かされないなんて教養以前に

 感性が狂ってるとしか思えないよ……ああ、だからこんな低能な

 ことをしたんだったか、納得」


尤もそれは手加減というより言葉と視線のナイフを突き刺すためとしか

思えない容赦のない毒舌と鋭い目つきであり、さすがあの男の妹弟

だと納得してしまうものであった。


「死体になられると面倒だからって助けるんじゃなかった」


そのうえで陽介少年に吐き捨てられるようにそう評されたところで

彼らは自分達があの爆風の中で助かった事情を悟って意気を落とす。

正確には爆発前まで自分を抑え付けていたシールドビットを再度

叩きつけられたことでそれに守られていたのだと理解した、だが。

よりにもよって自分達を甚振った相手に、しかもそんな理由で

助けられた事実は彼らの─薄っぺらい─自尊心を打ち砕いたのだ。


ちなみに陽介にナイフで甚振られた(レイヴン)は彼の風系スキルで爆心地から

遠ざけられたことで無事であったがルビィ達とは逆方向の建造物に

遠慮なく叩きつけられ、その衝撃でナイフが抜けたため腹から

出血しつつ目を回していた。どちらがマシかは、判断が難しい。


「ま、とっとと縛り付けて……」


「っ、待って陽介! レーダーに感! 20m級の飛行物体が三!!」


「なっ!? 今度はなんだよ!? 戦車の次は爆撃機でも来るの!?」


勘弁してくれと半ば以上本音の愚痴をこぼした陽介少年であったが

即座に少女は首を振った。どこか安堵するような表情と共に。


「あ、ううんこれは、この識別信号は!!」


正体に気付いた姉の視線に釣られるように弟が見上げた黒い空。

自分達の存在を気付かせるようにかスキルの灯りを纏った灰色の翼(航空機)

現れ、セントラル4周辺を囲むように空中で静止する。地上から見て

左右対称の台形のようなそのシルエットを彼らはよく知っていた。

さらに機体底部には“ある家”の名がガレスト文字を崩した形で

円形の家紋として刻まれている。どちらも人々の安心を呼び込むものであった。


「ガレスト軍の高速輸送機!」


「しかもあれは中央の、元帥直属の!」


『────こちらガレスト中央軍、第三空挺師団所属オーラム中隊。

 ガルドレッド元帥の命により救援に来ました。これよりセントラル4

 周辺地域の災害救助及び支援活動を開始します……皆さん、もう大丈夫です!』


全機の外部スピーカーから響く声は力強い男性の声で、それでいて

聞く者に安心感を与えるものであった。こういった現場に慣れているのか。

最後の一言は庁舎の人々は勿論、周辺の住民たちにも聞こえるように

語られ、安堵と歓喜の歓声があちこちから上がった。おそらくそれは

この場以外の、オークライ全土であがっている声であろう。

中央軍空挺師団の一中隊だけが来ているわけがないのだから。


地球における空挺師団は敵の後方に歩兵を落下傘降下させて攻撃や攪乱を

行う師団であるが外骨格という飛行能力を持つ鎧が基本装備であり各都市

に軍が駐留しているのが当たり前のガレストにおいては現地軍が機能不全

ないし現地軍だけでは対処困難と判断された場合にまず送り込まれる

最初の援軍の役割を持つ師団のことをいう。そのためその登場は現地の

惨状具合を示してしまうが同時にそれを補うだけの戦力が投入されて

いることも示す。オークライの都市規模を考えれば第三空挺師団そのもの

どころか同規模の師団がさらに一つか二つ来ていても不思議ではない。

だからこそ皆、安心と喜びを訴えているのだ。


「あぁっ、軍がっ! 来てくれた!」


「良かった、最悪今日は俺達だけで乗り切る羽目になるかと……」


輸送機底部ハッチが開き、そこから救助用の機材や物質を抱える軍用

外骨格を纏う部隊が多数降下してくる。それを見上げながら姉弟は

その場にへたり込むように座り込んだ。今まで自分達がやるしかないと

張りつめていたものが切れたのだろう。


「あ、そうだ。ルビィさんを診てもらわないと」


「フォスタで診て問題なかったけど頭だから念のた……あれ?」


「い、いない!?」


そうなってもすぐに他人の心配をする辺りは彼らの善良さゆえ。

育った環境の良さか教育の賜物かあるいは血筋のなせるものか。

姿が見えなくなって(ステルスモード)慌てる二人を余所にルビィはそっと距離を取る。

この場はもう問題はないだろう。役目が終わった以上は正規軍と

接触するのは立場上避けたい。誤魔化せる偽の身分は所持しているが

危険は犯さないにこしたことはない。軍が駆けつけた直後に姿を消すのも

傭兵と名乗っているため問題にはならないはずだ。通念上、ガレストの

軍人と傭兵は仕事内容の被る部分が多いものの雇い主や信条、やり口が

違うために反目しあってるといわれる職業だ。接触を避けたとしても

不自然には見られない。ないのだが。


「ルビィさん! どこ行ったんですか!?

 わ、私まだお礼もちゃんと言ってないのに!」


「もう行ってしまったってこと?

 そんな……せめて手当てぐらいさせてくれても……」


「…………」


不安と申し訳なさを感じさせる表情で自分を探す姉弟に妙な罪悪感が沸く。

仕方ない。これも依頼内容に沿った必要なアフターサービスだと彼女は

姿を消したまま物音立てずに足を戻すとそっと自分の無事を伝えた。


「気にしないで、私のほうこそありがとう」


「え?」


少女には囁きながら頭を優しく一回だけ撫でた。そして続いて少年を、

その横顔を眺めると一瞬視線を迷わせ────一気に距離を詰めた。


「んっ」


「……へ?」


「地球式のお礼ということで!」


一瞬の接触と言い訳染みた捨て台詞でルビィは暗闇の中に飛び退いた。

静かに、されど素早くその場を去る彼女だがちらりと振り返って確認

してみた少年は遅れて察したのか顔を真っ赤に染めて固まっていた。

どうしてかその反応が嬉しくて、彼女は我知らず微笑むのだった。




「そっかぁ、副隊長の好みはああいう子かぁ」


「ほっぺにチュー、ってかわいいんだから!」


「いやいや大胆でしょ、唾つけたってことでしょ?」


「──────ッッッ!?!?」




合流後、全部覗いていた狙撃手(同僚)達に散々からかわれるとは知らずに。

けれどそれは気心知れた仲間たちからの祝福でもあると分かっている。



「いい子たちで良かったね……綺麗だってさ」


「…………うん」



年上の部下からの言葉がルビー色の瞳に染みた。


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― 新着の感想 ―
一つ目、はいいとして顔上半分占めてるのはデカすぎでは………? 基本目玉って球形なんだけども、顔半分サイズとなると頭の容積2/3ぐらい目玉ってことに……単眼だと遠近感掴めないなんて話もあるし、なんか改造…
[良い点] 行いでもって他者を見て評価し、外見をマイナス要素として見ない妹弟の価値観。 [気になる点] 身体構造的に、目が顔の上半部の大半を占めるようなサイズだと、脳の入る余地が… 人間と同サイズで中…
[良い点] いや流石に顔半分目一つはキツいって。開口一番が化け物は失礼ってならまぁ理屈は分かるけど、美しい物を理解する感性が無いからはちょっと無茶苦茶やないかい?と思ってしまう。 煽り目的の罵倒なら別…
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