オークライの長い一日13
「まさかこっちに襲われるなんて!」
学園量産型の外骨格を纏って空を舞う少年は両手の銃器から光弾を
ばらまきながら近寄る敵を撃退しつつ二機の盾型自立浮遊兵器を自在に
操って、防具というより鈍器のように敵にぶつけていく。
「姉ちゃん、右から来る!」
「わかってっ、るわよっ!!」
空に座す彼から見える眼下の攻防。同じ鋼を纏う姉が力強く踏み込んで放った
片手横薙ぎの一閃がフォトン光を纏って放射状に広がり、前線の敵を斬り払う。
返す刀でのさらなる一閃は敵前線をさらに減らした。その剣筋に迷いはなく、
さらに一閃の隙間には短銃での牽制・排除で補って侵攻を許さないでいる。
「っ、たいして強くないけど数が!」
「本命が来る前なのに、これじゃ!」
一見すれば難なく戦えている姉弟だがどちらの表情にも焦燥がある。
こんなはずではなかった。数少ない人員と戦力での防衛戦。確かに難易度は
高く、不安要素はいくらでもあった。それでも復活した軍や警察の部隊が
駆けつけるまでであれば決して出来ないことでは無かったはずであった。
なのに。
「このままじゃっ! どうすれば……どうしよう、どうしたらいいの!?
───兄ちゃん!!」
想定外の状況を前にして空の少年は普段の仮面を被り切れず、
ここにいない兄を我知らず呼んでいた。
凶悪な不快感ないし苛立ち。
それらを強制的に湧き上がらせてくる波とそれを打ち消した暖かな波。
その二つが過ぎ去って、困惑を抱えた人はオークライ全土にいた。
ごく一部で一回目の波の影響を受け過ぎて突然暴れ出す者が現れたが
荒事や輝獣等の脅威に慣れた市民たちはフォスタの類がなくともそれらを
無事に抑えこめていた。各地で精神感応波の事やそれによる被害の可能性を
学園司令部が関係各所に注意喚起していたのも大きい。
その中でまだ緊張感を拭えなかったのはセントラル4だった。
一回目の精神感応波の影響を最大に受けた凶悪犯ばかりのB4刑務所。
システムダウンにより形ばかりの檻となったそこから解き放たれた囚人達の
無計画な破壊と侵攻が向かう先になっていると同じく学園司令部より報せが
入っていたからである。
セントラルはどこの都市でも市政運営と行政事務等を行う場所だ。
日本でいうところの市役所と呼べる施設であり組織、が一番近い表現となる。
ガレストという土地柄ならぬ世界柄もあって一般住居より頑丈な施設だが
市民に開かれた施設でもあるので“防衛”という観点では難があった。
全十階建てで一般向けの部署が多い低層階は横に広く作られており、
中央だけが塔のように伸びていた。正面から見れば凸型の建物といえる。
つまりは最も侵入しやすい低層階は単純に大きいのだ。全てを守ろうと
するとカバーしなければならない範囲が広くなる。そしてその一階正面は
見栄えと解放感の演出のために殆どガラス張り。無論ガレスト基準での
強化ガラスではあるものの果たして非武装とはいえ一般より高いステータスの
者が多いという凶悪犯達の暴力に耐えられるのか。不安が付きまとう以上、
それらをガードできる人員が無い以上、選択と決断は必要だった。
「一階は捨てましょう」
学園からの連絡員と繋ぎの防衛戦力としてセントラル4に残る生徒二名。
外骨格を纏う双子姉弟の姉は暴走する囚人達の接近を知らされてから
職員達と対応を相談する中でその判断を下した。戦力は少なく、近づく脅威は
多いのに一階をそのまま防衛しようとすると範囲が広い。ならば一階を
事実上放棄してある程度侵入されるのを見越した防御を敷こうと。
「職員の方々は上階に避難してもらって、その後階段をイスでも机でも
なんでも使って塞いでください。今はエレベーターも何も使えませんから
そこさえ塞げば侵入されても一気に襲われませんし迎撃もしやすいはずです」
「ああ、なら避難先は四階。ちょうど塔部分の根本にすればいい。
囚人たちの中には二階ぐらいの高さなら跳んで行ける奴もいるかもだし、
でも上過ぎると階段封鎖や監視の手間が増える。それにいざ脱出って
なった時は身動き取りづらいしね」
「そうね……ということでパウエル副市長、どうでしょう?
囚人達との距離と都市の状況を考えると避難は現実的ではありませんし
全員の安全を考えるとこれが最善と思いますが、まだ学生の身なので
意見があれば仰ってくださると」
「い、いえ、状況に適した柔軟な判断だと思います。それに今しがた一番近い
第二十四防衛基地にB4刑務所の制圧とセントラル4防衛を要請しました。
あちらもまだ混乱中で、時間の確約はしてくれませんでしたが部隊再編が
済めばまず第一に駆けつけてくれると」
「それは朗報です。希望が出てきました。
時間稼ぎならなんとかなるはずです。力を合わせましょう、各々の出来ることで!」
「はい!」
頷き合った彼らはそれから迅速に動いた。短い時間で出来る限りの準備に。
都市機能停止前より訪れていた市民や大半の職員達を四階に避難させ、
階段を物で塞いだ。現状では使えなくなった装備や道具、機材等を主に。
イスや机より頑丈で、もはや廃棄するしかない物であったからだ。
そこを機能回復したフォスタを装備した職員有志でガードする。
一方で事実上放棄するといっても一階で何もしないわけではない。
裏口の類は物を積み上げて塞ぎ、一階正面出入口にも簡単にバリケードを
作った。その裏に数名の警備員達が備え、千羽姉弟が外に出て遊撃。
狭い屋内より制限のない屋外の方が外骨格の真骨頂が発揮できるからだ。
その場で彼ら姉弟が暴れまわって主だった囚人達を抑える。それが彼らが
短い時間と現状持てる戦力で出した適切な布陣であった。
「ふふ、けど姉ちゃんよく咄嗟にこんなアイディア出たよね?」
既に完成しつつある簡易バリケードの前で隣り合う姉に弟はいつもの
明るい調子で軽く問いかける。返ってきたのはある意味状況に合った
硬い声だったが、どこか不満げでもあった。
「別にたいした話じゃないわ……少し前に起こったデパートの
立て籠もり事件の犯人の手口をちょっと真似ただけだもの」
「へ、立て籠もり事件? あ、ああっ、4月に起こったあれか。
姉ちゃんなんか妙に真剣に調べてたよね?」
「別に、知ってる場所で起こった事件だから気になっただけよ」
「ふーん、えっと確か一般には秘されてたけど空中機雷とか電磁ネットが
救出部隊を妨げて、ってそうか。他の侵入経路が塞がれて階段も実質
閉じられていたから対策が難しかったって話だったか」
なるほどたしかに少し真似ている、と感心したように頷く弟・陽介。
だがその反応が照れ臭かったのか。心底そんな反応されることではないと
考えていたのか。言い訳のようにその後と自らの心情を陽子は語る。
「まあ最終的には人質からの説得に応じた一部の犯人達が脱出に協力。
部隊が突入できて残りの犯人も確保。おかげで電撃的に解決したけど
それがなければ長引いたって話よ……それを聞いてなんとなく、
その勇気ある人質の行動が無かったらどうなってたのかなって。
私が救出部隊の指揮官だったらどうしたら解決できたかなって。
少し考え込んじゃって……」
だから印象に残っていたのだと─どこか気落ちして─語る陽子に弟は
適当な相槌を返しながらもきっとそれだけではないのだと感じた。
否、そもそもその事件がそれだけ気になった別の事情があったのだろうと
察したが状況が状況であり、姉の気難しい性格もあって追求はしなかった。
今言うべきことは他にある。
「それが役に立ったんだから良かったじゃない。
世の中なんでも使いようってことさ、難しく考えてないで深呼吸だよ。
姉ちゃん普段から無駄に肩に力入ってるからさ」
「む、無駄とは何よ!」
「ハハッ……大丈夫だよ、姉ちゃん」
「陽介?」
「俺らの役割は時間稼ぎ。
倒そうとか捕縛しようとかは軍や警察に任せればいい。
俺達は非殺傷系のスキルや武器で失神者大量生産すればいいのさ」
「なんか言い方が逆に物騒!
けど……うん、ありがとう。まだ迷ってるけど、
人と戦えなくなったわけじゃないから、大丈夫よ」
「うん」
少し持ち直した、と陽介は判断した。少なくとも姉の横顔からは余分な
力みが減ったと弟として感じるのだ。それに安堵しながらもその胸中に
あるのは『なんて余計な置き土産だ』というあの事件の犯人達への怒りだ。
まだ半月程度しか経っていない、クトリアで起こった事件。
この修学旅行が行われることになった遠因となったそれの中で彼女は殺人を
犯したと錯覚させられた。それはテロリストたちの悪辣な仕掛けであり、
実際には誰も殺してなどいなかったが人間にしか見えないアンドロイドを
斬ったのは事実。そのなんともいえない後味の悪さはまだ残っている。
同時にそれは彼女に人に武器を向けるという行為を深く考えさせてもいた。
このままの道を歩むべきかどうかということも含めて。弟はその答えを
待つ心づもりだ。時間さえあれば姉は姉なりの答えを出すと彼は信じている。
されど状況はその時間すら与えてくれていない。ならば一時的であろうとも、
一旦の誤魔化しだろうとも、いま、を乗り越えられる心持ちを。
そのサポートは自分の役目だと陽介は普段と変わらぬ穏やかな相貌の下で
強く決意する。ただ彼はまだ知らなかった。どんな想いも覚悟も
押し潰してしまうような“流れ”と遭遇してしまうことを。
「っ?!」
「姉ちゃん?」
陽子は突如あらぬ方を見上げた。セントラル4庁舎付近は襲来を
予期しているのもあってスキルのライト等で視界を確保しているが
敷地外となると、特にその上空となると変わらぬ暗闇のまま。
陽介も続いてそこへ視線を向けるが何も見えない。
否、例え何かあっとしても暗すぎて見えない、か。
「陽介、照明弾! なにか近づいてきてる!」
「了解!」
得意の近接武装を呼び出しながらの断言に近い言葉を疑うことなく弟は
即座に応じるとその空に向かってスキルの照明弾を打ち上げる。眩い光を
纏った拳大の弾丸が音を立てて風を切り、一定の高度で破裂した。
力強く、されど目を焼くほどではない光の塊へと変じたそれは高度を
保ったまま浮かんで辺りを己が灯りで照らすと闇に隠されていたモノを暴く。
この状況では出会いたくなかった存在を。
「っ、嘘でしょ!?」
「なっ、なんで輝獣がっ!? それもあんなたくさん!?!」
あらわになったシルエットは音一つも、息遣いも無く空を覆う怪物達。
どれ一つとして同じ形が存在しない生命無き獣・輝獣が群を成していた。
猛禽がベースとなったモノから羽を持つ昆虫型や蝙蝠型もいれば本来は
陸や海の生物がベースのモノに翼が生えているような混合型。
どういう原理で浮いているのかさえ分からない分類不能なモノさえいた。
「くっ、パウエル副市長聞こえますか!?
緊急事態です、輝獣がっ! 空から輝獣が多数現れました!」
「数は少なくとも百体以上!
一体ずつのエネルギー量は少ないですが数は増え続けてます!」
『なっ、なんですと!? そんな馬鹿な! 数体ならともかく
それだけの数がどうして都市内部で……あっ!』
「副市長?」
『そ、そうです……都市内部で輝獣の発生が抑制出来ているのは流入する
次元エネルギーを常に都市外に排出しているからで……つまり今は……』
「…………都市機能停止からおよそ4時間弱。ガレストの平均流入量を
考えれば低ランクの輝獣なら発生してもおかしくない時間……」
「なんてこと! 知ってたはずなのに気付けなかった!」
ガレストではどこであろうと起こる多大な次元エネルギーの流入。
それに付随する輝獣発生を抑制するためにどの都市にも次元エネルギーの
排出システムは存在する。また次元エネルギー流入量と輝獣発生までの時間と
輝獣ランクの関係性。どれも学園でしっかりと習っていたはずの知識であった。
目の前の緊急事態に追われて完全に失念していた脅威が、迫る。
「姉ちゃん、嘆くのは後。下を見て、地上にもいるよ!」
「っっ、こっちに来る!? やるしかない、陽介っ!」
「うんっ! 空は俺がやる! 下はお願い!」
飛びあがった弟を背に姉はブレードをほぼ真横に一閃する。
その剣筋をそのまま巨大化させたようなフォトンの刃は三日月状となって
敷地内に入りかけた一団を斬り飛ばす。同時に後ろに跳んで
簡易バリケード裏にいる警備員たちに指示を出す。
「警備員の皆さん!
左右から近づいてくるのを撃ってください! 正面は私が!」
「は、はい!」
「了解です!」
一方で飛びあがった陽介はセントラル4・四階。凸型の中央、塔部分の
根元にして自分達の案で人々が避難した場所を背に陣取るように空で立つ。
「副市長、出来る限り迎撃しますが全部は無理です! 正面側に人を!」
『わ、わかっているとも! 階段の監視から皆を呼び戻そう!』
お願いしますと叫んで通信を切ると両手にライフルを構えて光弾をばらまく。
こちらに向かっていた不定形の空飛ぶ獣達はそれに撃ち抜かれて霧散する。
が、見える範囲の空全体を覆う数から見ればそれは誤差に等しい。
「これじゃもう都市外と変わらないじゃないか!
みんなが一か所に集まってるから守りやすいけどっ……」
近付いてくる個体。あからさまにこちらを狙う個体から先んじて撃破する。
一体ずつは弱い。フォトンの弾丸がどこに当たろうとそれ自体が致命傷に
なって消滅していくほどに。だがまるで終わりが見えない数、数、数。
次元エネルギー排出システムが回復するのが先か。発生速度を超える早さで
撃破し続けて打ち止めにするのが先か────自分達の体力が尽きるのが先か。
「くそっ、輝獣を相手する余裕なんてないのに!」
そして誰もが頭に浮かびながらも口に出せなかった問題がある。
──ここに暴走する囚人たちがやってきたらどうなる?
本来それに対処するために準備をしていたはずだった。
しかしそれよりも先に別の脅威を相手させられている。
難なく倒せる程度の輝獣を相手にしているというのにその懸念が
時を経るほどに彼らの焦燥の色を濃くしていく。それでも体と意識を
休ませるわけにはいかないのがより彼らを追いつめていた。
『ね、姉ちゃん、まずいことになった!』
輝獣発見から、一分か五分か十分か。それ以下かそれ以上か。
時間を確認する余裕すら失いながら既に百数十もの輝獣を斬り倒した陽子に
弟からの声を介さない思念通信が入る。その声は奇しくも話を聞く余裕を
姉に取り戻させたが同時に他の人に聞かせられない話なのだと理解もさせた。
それもまずいことといわれているのだから陽子はわざとらしく苦笑しながら
続きを促した。
『ははっ、なに?』
『ここ以外でも、というかオークライ全域で輝獣の発生が多発しているって。
そのせいで近場の基地からの援軍は遅れるっていま副市長から』
『あちゃあ、なんかそんな気がしてたけど……』
『学園からの増援も無理っぽい。状況報告したらドゥネージュ先生
「必ず人を送る。だから防戦に徹して耐えてくれ」だってさ。
それをすんげえ苦しげな顔でいうんだもん……難しいんだろうな』
『ははっ、先生あれで根っこは優しい人だからね。それに悪い事しちゃった。
折角、日本製試作外骨格の使用許可を取ってくれたのに……』
『うん、セントラル4に向かうから学園関係者と分かりやすくするために
量産型に切り替えちゃったのが裏目だよ……その後は庁舎内の抑止力として
脱着するわけにもいかなくて、そしてこうなっちゃった』
『あれ使ってたらもう少し楽だったんだけどね!
で、悪いんだけど陽介、こっちにもまずい話が来たわ』
『なにが、あ、ついに来ちゃった?』
『ええ、団体さんがご到着よ』
困っちゃうわね。
ははっ、そうだねぇ。
思念通信上では軽やかで和やかにすら感じるやり取りをする姉弟だが、
互いの表情は焦燥と苦境を訴えるものでそちらが本音であった。
ただふたりとも相手にそう思わせないように振る舞っていただけ。
尤も概ね見抜き合ってるのはさすがに産まれた時からの付き合いか。
「ま、やれるだけやるだけでしょ!」
陽子は自らに言い聞かせるようにしながら迫る輝獣を両断。
即座に短銃で残りを一掃しながらブレードを特殊警棒に切り替える。
意識もまた対輝獣から対人のそれへと変えて迫る集団に身構えた。
虚ろな目。意味不明の雄叫び。統率されてないのに群れた動き。
目立つ色合いのつなぎのような囚人服を纏う集団。暴走し脱獄した
凶悪犯たちがついにセントラル4の敷地から見える距離に現れる。
「っ……しっかりしなさい千羽陽子!」
脳裏に過ぎるよくない記憶を振り払うように叫ぶ。
あの時とは状況も相手も違うのだと自らを奮い立たせる。
そして自らに言い聞かせるように簡単なことだと口にする。
「凶悪犯とはいえ所詮は自我を失った非武装の集団!
外骨格のパワーとスピードで一気に制圧しっ、えっ!?!」
それで終わらせられるはずだった。されど光弾が飛んできた。
外骨格のバリアに弾かれるが衝撃に体が僅かに揺れる。傷は無い、外骨格に
ダメージも無い、だが攻撃を受けた事実までは消し去れない。彼らは、
暴走する囚人達は武装している。セントラル4敷地外、未だ暗闇の中なれど
いくつかの光源の影響で何も見通せないほどではなかった。だからこそ
彼らの接近に気づき、されどその手にあるガレスト武装には気付けなかった。
「う、うそ……なんで武器を!?」
「どこかで拾った? いや馬鹿な!
例えそうでも今のオークライでまともに動く武器なんて!?」
度重なる想定外とあからさまに脅威度が増した敵増援は姉弟に虚を産む。
それを狙ったわけではないだろうが囚人たちは動く標的を見つけて奇声を上げた。
「ギャハハハッ!!」
「ヒャーーーッッ!!」
「ケェッケッケッ!!!」
およそ理性を感じさせない声を放つ集団が武器を片手に迫ってくる。
その光景は対人戦に迷いがある陽子でなくとも怯ませるものがあった。
「っっ!」
「姉ちゃっ、ぐっ!? しまっ! くそっ、離れろ!!」
一方で空の陽介は姉の怯えを感じ取ってか。
意識がそちらに向いた隙を突かれて数体の輝獣に組み付かれてしまった。
続く爪や牙の攻撃は外骨格のバリアに弾かれて届かないが彼らそのものを
排除できるわけではないので身動きを制限されてしまう。しかもそれにより
輝獣を撃ち掃っていた弾幕が途切れたため次々とさらなる輝獣が襲い来る。
射撃武器しか手にしていなかった陽介は組みつく輝獣を排除するのに
手間取り、一体排除する間に四、五体に組み付かれてしまっていた。
四階職員達も援護しようとしたが陽介ではなく建物を狙ってくる輝獣を
撃退せねばならず防戦一方。そしてその下では最初の怯み、そして数と勢いに
押される陽子の姿があった。振るった警棒はブレードに斬り払われ、
牽制に向けた銃口は弾かれた。次の武装を取り出そうとするがそれよりも
迫る囚人たちの方が速い。振り下ろされる刃を咄嗟に装甲を纏った腕で
弾くが、鈍い衝撃が走る。
「ぐっ、うっ……あ、そんな、傷が!?」
腕部装甲に走った歪な線。バリア越しの鎧にすら入った傷。
量産型のブレードではない。簡易外骨格やフォスタも持たない者達が
それらを使っても、いくらこちらの外骨格が型落ちの学園量産型でも、
ここまでの傷が入ることは通常あり得ないからだ。注意してよく見れば
どの囚人も見た事のない意匠の武装を手にしていた。一般量産型や軍配備型、
どちらも学園生徒という立場上よく見知っているが彼らが持つ武器は
そのどれとも一致しない。
「まさか、誰かが用意した特注品? そんな、だとしたら誰が、何故!?」
そんなことをしていったい何の意味があるのか。
己で出した疑問に、だが陽子はその答えを閃いた。閃いてしまった。
「……暴走させた人達に渡す為? それで破壊活動を起こさせるため?
都市機能の停止で混乱を引き起こしたのは精神感応波の影響を
受けやすくするため?」
辻褄があっていく。妄想・推測が事実のように感じられていく。
現状は都市全域規模で見ればそこまでの事には至らなかった。
だがそれはあの二度目の感応波のおかげである。
B4刑務所を除いて適切な対応で逐次制圧できていたことで人を狂わす
一度目の感応波の意味を彼女はどこか軽く見ていた。効果を弱める二度目が
無ければオークライ中の被災者がそのまま暴徒になっていた可能性は高い。
なんとも凶悪極まりない行為である。さらにそこにただ振るうだけで
外骨格に傷を与えられる強力な武装が加わったら────地獄絵図だ。
「じゃあこれって最初から全部、計画されていたテロ!?
っ、なに、なんなのよ!? いったい何が起こってるのよ!?!」
決してあり得なかったわけではない想像に怖気が走る。
その悪意と惨劇の光景に、それを自分と同じ人間が画策した事実に、
嫌悪が止まらない。そして今まで彼女が抑えてきた恐怖も。
これまでは無理矢理にも災害だと思い込むことで目を反らしていた。
だがもう誤魔化しが効かない。これは人が起こしたテロであると。
誰かが自分達を含めた大勢を殺そうとしているのだと。
何の脈絡もなく、突然に、身勝手に。
「あ、ぁぁ……っ!」
かつての事件と同じだ。
迫る狂気の囚人達を前に彼女はそう思ってしまう。
本物の戦場。本物の脅威。本物の殺意。そして、偽りの殺人。
当時の記憶と様々な感情が蘇って心が怯え、身が竦み、闘志が萎む。
異常な集団への恐怖。今まさに襲われる恐怖。自分が殺される恐怖。
そして、自分が殺すかもしれない恐怖。それらが陽子の何もかもを
雁字搦めにして、何もかもを狭まさせる。
「おい嬢ちゃんどうした!?」
「なんでもいいから攻撃しろ!」
「姉ちゃん!? 姉ちゃん動いて!!」
バリケードを守る警備員たちどころか空で叫ぶ弟の声さえ届かない。
彼らは彼らで各々に身を守るのに精いっぱいで彼女を援護する余裕がないのだ。
思考が、視界が狭まった陽子とて頭のどこかでは反撃しなければと考えてはいた。
されど正気ではない囚人達は皆、武器を持っていても格好は囚人服のまま。
何の守りもない肉体に外骨格を纏う自分が攻撃して加減を間違えれば、当たり所が
悪ければ、間違いなく相手は死ぬ。またいくら凶悪な犯罪者達といってもこの件に
限っていえば彼らは強制的に暴走させられた被害者達である。殺されていい、
死んでいい謂れはない。それらの事実が余計に彼女を追い込み、迷わせ、
頭と体を停止させる。
「キッ、キッキッキィッ!!」
「あがっ!?!」
当然相手はそれを─正気であっても─慮ってくれる集団ではない。
奇声をあげて飛び掛かってきた誰かの一撃を咄嗟に両腕を交差させて
受けるが体も心も怯みきったそれでは受け止めきれずに体ごと転ばされる。
それでも半ば反射的に起き上がろうとしたのは学園で染みついた鍛錬のおかげか。
しかし、ついた両腕は衝撃で痺れてうまく力が入らず見れば腕部装甲には
大きな罅がいくつも入っていた。生身のままでのその威力に愕然とするが
これと同等の攻撃力を有するだろう武器を持つ者達は一人や二人ではない。
今にも自分に襲い掛からんとしている者達も。しかも誰一人正気の目ではなく、
されど全員が自分を狙ってその武器を向けている。それはもう彼女の目には
形を持った自分の死が迫ってくるようなものだった。文字通り眼前に
やってくるそれらを前に戦意が消え、意志が折れる。
視界は自然と涙で歪み、口は勝手に本音を漏らしかけた。
「やっ、ぁぁ……た、たすけ……おにいっ」
『そこの姉弟、動かないでよ!』
「えっ?」
「は!?」
機械越しと解るくぐもった声ながら明瞭な女性のそれに続いて、風が走る。
陽子に腕が届く距離にまで迫っていた囚人達はその暴風が直撃したかのように
ひとまとめに吹き飛ばされ、その風はそのまま舞い上がって上空の陽介に
まとわりつく輝獣の大部分をも消し飛ばして、戻っていく。
「なっ、い、今のは!?」
それは風ではなかった。
実体を持ったモノが強力な風を纏って高速で飛んでいただけ。
小学生の背丈ほどはありそうな歪な形の片手斧。ないし巨大な麺切り包丁か。
そんなものが高速回転しながら投げ手の下に変わらぬ速度で戻ってくるのは
傍目からは危険に見えるが声の主はじつに自然に、軽やかにキャッチする。
「あ……」
そこはセントラル4正面敷地の一角。
ほんの数瞬前まで輝獣と囚人達が詰めかけていた空間に一つだけ人影がある。
割り込んで一掃したであろう真紅の全身装甲型外骨格を纏う人物が。
「……だ、れ?」
「姉ちゃん、大丈夫!?」
顔も肌も微塵も露出していないが先の声と丸みを感じさせるラインから
女性だとは思われるが、それ以上が分からない第三者。純粋に疑問符を
浮かべる陽子と違い、輝獣を振り切って降りてきた弟は姉を庇うように前に
立って警戒心丸出しの視線を突きつける。
『二人とも無事なようね』
それを知ってか知らずか。安堵と疲れが綯い交ぜになった声で息を漏らす女。
そして姉の疑問も弟の視線にも応じることなく一足で二人の前に跳ぶと
彼らを背にして歪な片手斧をもう一振り呼び出して二刀流で構えた。
その姿勢は既に敵の第二陣を見据えている。
されどその意識は姉弟に向いていたようで。
『いつもは名乗らないけど、依頼人の希望だから名乗るわ。
私はルビィ────黒衣の仮面に雇われた傭兵、といったところかしら?』
彼女は赤い背中越しに悪戯気な笑みを湛えた軽快な口調でそういった。
『この場限りの付き合いだけどよろしくね!』