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帰ってきてもファンタジー!?  作者: 月見ココア
修学旅行編 第二章「彼が行く先はこうなる」
240/285

オークライの長い一日11



オークライにて全二十四か所に存在する防衛基地。

これを多いと取るか少ないと取るかはそれぞれであろうが円形ドーム型都市

であるガレスト都市では内外の全方位を常に警戒する必要があるのを踏まえれば

決して不適当な数ではない。どの都市もその規模に応じておおよそ六の倍数に

当たる数の基地が外層に等間隔に配置されている。

オークライの二十四は都市規模に応じた数といえた。


本来なら現状はその全基地で対応すべき程の第一級非常事態であるが

それ以上に想定外の異常事態でもあった。それを前に彼らは多くの市民達と

同じく無力であった。都市のシステムと軍のシステムは当然別個に存在し、

しかも基地ごとに独立している。セキュリティも強固で多様な予備システムも

保持している。が、犯人は抜け目なく都市と同じタイミングでそれらが崩壊

するように仕組んでいた。恐るべきことに二十四の基地全てにおいて。


星陽の消失と全システムのダウン、フォトン供給停止、予備炉心無反応、

軍車輌・兵器・重機の沈黙、全兵装端末の機能停止。それらが突如且つ

同時に起こっては軍として基地施設として機能不全に陥るのは無理からぬ話。

いくら鍛え上げた肉体とステータスを持つとはいえ光源も装備も情報も

無いまま同じ暗闇に囚われた都市部に向かうのは自殺行為であり、彼らは

オークライに何がしかの危機が訪れているのは分かっていても身動きが

とれなかった。


無論、だからといって彼らが何もしていなかったわけではない。

動く装備や車輌等の捜索や基地周辺の探索及び情報収集を生身の足で

行っていたが、すべては徒労で終わっている。むしろ基地内及びその

周辺だけでも把握しようとしたのは軽挙であったといえる。

見知っている、それこそ日常生活すら送っている場所も完全な暗闇下では

光源や暗視装備が無ければ移動も満足にできない。遠くの街灯りどころか

星や月が存在すらしない闇はどれだけ目を慣らしても想像以上に何も

見えないのだ。果たして自らの手足すら視認できているか怪しいほどに。

そんな状態では基地内の探索すら危険で、それどころか一度離れると

同僚との合流や司令部への帰還、情報伝達も困難を極めることになり

指揮系統は時間が経つごとに破綻していくだけとなっていた。


そうなってしまったのはガレストゆえの事情があった。

宇宙の星々に衛星たる月。それらが放つ天体の光が無い世界で生きる

ガレスト人はある意味で完全なる暗闇を身近としている人種だ。

しかしそれゆえに克服する手段や道具を早々に造りだし長くその恩恵下に

あったため完全な闇の恐怖と厄介さを隣人にしたまま忘れていたのである。


ともあれ、そんなタイミングであったのだ。

オークライ主要施設・組織所有のフォスタが再起動したのは。

これにはじつのところ軍人達は喜びより困惑と混乱が勝っていた。

なぜなら学園救助隊司令部は人員と通信機の不足という問題があって外層に

位置する軍基地の状況こそ概ね把握していたが連絡は全く取れていなかった。

軍人達からすれば謎の機能停止をしている兵装端末(フォスタ)が突然再起動した形だ。

そうなるのも当然といえよう。しかし、そこはさすがに職業軍人達か。

使える内に状況把握をと彼らは迅速に動く。同僚・上司との通信網再構築に

周囲の状況把握、装備の稼働確認、フォスタを動力源としての基地システムの

一部復旧等。それらを行いつつ基地司令を中心とした上層部がセントラル等との

連絡をつけた事で事態を把握し彼らはなんとか(ようやく)その役目を果たせるように

なったのである。



──新たな脅威に襲われた、ここ第十二防衛基地以外は




オークライ第十二防衛基地。

セントラル2方面の外層に位置するそこも暗闇下での混乱とフォスタ再起動の

困惑はあったが他基地の軍人達と同じように即座に適切な行動を取ろうとした。

不運だったのは事が起こったのがそのタイミングであったことだろう。

穴が開いた(・・・・・)のだ。


「なっ────────ぇ?」


衝突音と破砕音が混ざった爆発のような衝撃が基地中に轟く。

フォスタ復旧直後であった彼らは咄嗟に光源を作るか暗視装備を取り出して

音がした方を見て何が起こったかを悟る────それは暗い穴であった。

都市の内外を決定的に別ける強固な防壁に開いた大穴。間近で見上げれば

首を痛める高さの壁をまるで真っ二つにしたような巨大な亀裂が開いていた。

向こう側も都市内と同じく星陽が消えているのかスキルの灯りも届かず、

暗視装備でも距離があって見通せない真っ暗闇が広がっている。

それだけでも常に外壁に守られた生活を送るガレストの民には衝撃的な

光景だろう。しかしそれが皆無ではないと知る軍人達を僅かとはいえ

思考停止させたのは加えて別の存在があったから。むしろそちらが本命。

そう、大穴を開けた原因たる存在に彼らは目と思考を奪われていた。


「な、なんで──っ」


こいつが。あるいは、こんな時に、か。

目撃者達の誰かの呟きは結局続かず怖いほどの沈黙に消えた。

ソレは果たして開けた穴に見合う巨体であった。そしてどうやら単純な

突進によって壁をぶち抜いたらしいソレは勢いそのままに基地の一角を

踏み荒らし、蹂躙しながら進んでいく。防衛基地の名に恥じぬ強固な

造りであったはずの施設を軒並み潰れた瓦礫の山にして。不幸中の幸いは

そんな跡形も無く踏み潰されたのがいわゆる隊員宿舎でこの事態によって

無人であったことだろう。そして勢いは徐々に弱まり、やがて止まる。


「グゥオオオオオオオオオオオォォォッッッ!!!!」


最悪だったのはその程度では何の慰めにもならないこと。

数千の輝獣が攻めてきても容易に何日も耐えられる設計の防壁だったのだ。

それをぶち抜くだけのパワーとそれに見合う巨体を持つ、見た目通り、

文字通りの“怪獣”がそこにいる。戦意と興奮に満ちた咆哮を轟かせて。


「あ、あれはっ!? なんということだ!!」


暗闇下であった頃から施設外に出て、指揮を取っていた基地司令は

怪獣の威容を認めるとその絶望的な事実に憤るように叫んでいた。

衝撃音にまず復旧させてしまった照明と怪獣自身の行動で起こった火の手に

照らされた巨体、そのシルエットは輝獣はびこるガレストにおいても

畏怖の象徴たる存在だった。


垂直近くに立つ巨体は都市部の高層建築物を容易に見下す80m級。

それを支える二足は20mほどの幅を持つ太さと頑強さを誇る剛脚。

全身は赤黒い岩肌が張り付いたように覆われ、下半身から伸びる自身の

体高にも匹敵する長い尻尾が中空で体のバランスを取るかのように揺れている。

頂点にある頭部は全体を思えば小さ目であるが実際は一軒家にも匹敵し、

鋭き牙をむき出しにして突き出る顎門からは輝獣にない荒い息遣いが漏れる。

だが頭頂部より伸びるマグマのような色と熱気をもらす大きな三本角と

理性の感じられない血走った眼孔がただでかいだけの生物とは思わせない。

そしてそれは誤りではない。


「よりにもよってグラシオスかっ!!!」


怪獣──改めグラシオス。

ガレストという輝獣がおよそ無限にも等しく発生し続ける世界で現代まで

生存している原住生物の一つ。概ねそれらは生存に特化した何がしかの

生態や能力があるか。数多の輝獣という脅威をものともしない戦闘力を

持つかのどちらかでこれは見た目通り圧倒的に後者であった。


「司令っ、退避しましょう! 事前準備なしにグラシオスとの戦闘など!?」


「馬鹿者! あれに外層を突破されればオークライは終わりだ!

 ガレスト軍人の意地を見せろ! なんとしてもここで食い止、っっ!?!」


軍人としての使命感から激する司令であったが不幸にもそこで意識が一瞬

部下達に向いた際にグラシオスは巨体を捻るように動かし、その長き尾を

彼らの頭上に叩きつけた。それだけで暴風が巻き起こり、衝撃と震動で

数多の車輌や重機が小石のように転げまわった。そしてうるさい虫を

叩き潰したとばかりにグラシオスが軽々と尾を上げた後にはまるで

干上がった大河川でもあったというような深い溝が出来上がっていた。

そこにいたはずの司令たちの姿はない。軍用外骨格を纏っていた彼らをして

回避も防御もできなかったのか。


「ああっ、司令たちが!? くそ、あのやろうっ!!」


「よせバルザック少尉! 戻れ!! くっ、仕方なしか!」


やっと取り戻せた軍用外骨格の翼によって上空警戒にあたっていた十二所属の

第一飛行小隊は結果としてその凶行を目撃し指揮系統の消失を認識してしまう。

だが同隊の小隊長はしなければならないことを失念してなどいなかった。


「第一飛行小隊全機へ! これより右翼から突撃し少尉を援護しつつ

 グラシオスの注意を防壁側に向ける! 絶対に街に行かせるなっ!!」


「「「了解!!」」」


基地司令を失ったとはいえそれは小隊長の権限を越えた勝手な行動ではあった。

しかし何があろうと自分達がどうなろうとこの怪獣を進ませるわけにはいかない。

誰もがその認識を持っていたために一度は止めた若い兵を追う形で彼らは

空に黄金の軌跡を描きながら怪獣(グラシオス)と応対する。


「うおおおっ、くらえぇっ!!」

「少尉に続けぇっ!!」


潰したモノのことなど興味もないのかあらぬ方を見ていたその横っ面に

飛び込んだ兵達が構える銃器から光弾が降り注ぐ。さすが軍人達か。

それは一発とて外れることなくグラシオスの顔側面に突き刺さった。

が。


「っ、攻撃効果、確認できません!」


「ちっ、やはり個人レベルの兵装では!」


「注意も引けんとは!」


見た目通りの硬い表皮ゆえか。あまりにあるサイズ差のせいか。

グラシオス自身は胸辺りにあるその巨体からみれば小さな腕で

何をされたか確かめるように頬を撫でて首を傾げている。

今しがたの攻撃に気付かれてすらいなかった。


「ならさ! さすがに目玉は柔らかいだろ!!」


「少尉!? 待てっ、下手に傷つけるのは!?!」


正面を向いてついているグラシオスの目はその位置からして真横や背後が

視界に入っていない。だからこそ彼らの最初の銃撃は成功したともいえる。

正確に言えば彼らの存在を認知できていなかったのだ。されどさすがに

目を狙おうと正面に出ればその巨体とて迫る羽虫を認識しよう。


「グゥ、グアァァァッ!!」


わずらわしい、とばかりに短い唸り声と共に頭部の赤い三本角が発光する。

そこだけ灼熱のマグマかという熱気がより強烈に放たれ、周囲が

歪んだように見えたのも一瞬。


「いかん、ホーンウィップが来るっ! 全機回避運動!!」


角から伸びたように形を持った赤い光がムチのようにしなって襲ってきた。

それらはまるで独自に意志を持つかのようにグラシオスの挙動と関係なく

頭部周辺の空間を縦横無尽に幾度も薙ぎ払う。前兆に気付いた隊長の

指示も虚しく、その瞬間速度は外骨格を上回って彼らを叩き落した。

ただでさえ予測しづらい軌道だったというのに人間一人の身長より太く、

20m以上の長さを誇るムチが三本も絡まることなく襲ってきたのだ。

一度や二度は回避できてもそれ以上が続かず、第一飛行小隊は悲鳴すら

空に残せずほぼ全機が撃墜された。


「うっ、ぐ……私の隊が一瞬で……くそっ」


ただ一人空に残っていたのは先んじて気付いた小隊長のみ。

その立場が伊達ではない回避機動で結界じみた空間を形成したムチを

見事掻い潜ったが部下は誰一人ついてこれなかった。そんな彼をしても

灼熱のムチを完全には回避しきれておらず、かすめた左半身の装甲が

下手な飴細工のようにドロドロと熔けた様相を見せていた。幸いにも

装甲深部は無事だったが外骨格としての機能は失われていた。そして

そんな攻撃が直撃した部下達の状態は如何にか。彼の視点では外骨格ごと

蒸発(・・)させられた者はいなかったが確認する時間も救援の余力もない。


「だがっ、無駄にはせんぞ!

 そうだグラシオス! 私を視ろ! まだ小うるさい虫はいるぞ!」


あえてスラスターの静音機能を切って耳障りな異音を轟かせながら叫ぶ。

当初の目的であった注意をひくことは出来た。グラシオスの視線には敵意と

呼ぶのもおこがましいただの嫌悪や不快感を滲ませている。だがその眼は

小隊長を確かに見ている。防壁側を背にしている彼を。


「うっ、くっ……は、ははっ、しかしなんて厄日だ。街から光が消え、

 基地機能がダウンし、次が一人(差し)でグラシオスの相手とはな」


比べるのも馬鹿らしいほどの体格差のある怪獣が自分一人を見据えている。

感じる圧力はまさにその巨体が乗っかってきているかのよう。小隊長自身が

グラシオスの戦闘力や厄介さを職業柄把握しているだけに体の震えが止まらない。

虚勢でもそれを笑い飛ばそうと愚痴をこぼしてみせたが声も震えていた。


「ええいっ、ったく!

 俺はどこぞの英雄将軍さまじゃねえってのに!

 だいたいこっちは二階級特進しても将官には届かねえんだよ!!」


良くも悪くも有名な彼の将軍と比べるべくもなく役者不足なのは自明だが

その脅威を知る以上、絶対にコレを街に向かわせるわけにはいかない。

動く右手で構えたライフルから光弾を放つ。黄金の光がグラシオスの顔面を

かすめるように輝く。通常弾ではない。スタングレネードや信号弾といった

強力な音や光を発するそれらでグラシオスを刺激し、そして挑発する。


「おらっ、こっちだデカブツ!

 そんなでかい図体してびびってんじゃねえぞ! そうだ、こっち来い!!」


自らへの鼓舞か。少しでも注意を引くためか。

わざと罵倒の声をあげながら壁側に後退していく小隊長。

彼の目論見通りグラシオスは怒り眼で追いかけてくる。だが遠近感が狂うほどの

巨体とそれゆえの広い歩幅は大きさに似合わない歩行速度であった。

怪獣自身が先程勢いのまま走り抜けた距離をあっという間に戻っていく。

若干慌てながら追いつかれまいと後退していく小隊長だったがその背には

あの巨大な暗い穴。


「っ、けっ! もう到着かよ。

 はんっ、まあいい。ちょうどでかい穴開いてんだ。

 このまま俺と暗がりデートとしゃれ込もうぜグラシオス!!」


基地司令を失い、部下もなく、それどころか他の人員や兵力があっても

グラシオスをここで引き止め続けるのは不可能だった。基地にいる他部隊が

何もしない、否できないのは余計な行動をしてグラシオスの注意を別に

向かわせないため。飛行小隊長はこのままグラシオスを惹き付け、

大穴から共に外に出て都市から引き離そうと考えていた。

それが現在最も現実味のある対処方法であると。当然そこに彼自身の

安全は微塵も考えられていない。すぐに輝獣に押し付けて逃げてやると

現実味のない方法を考えて自分を慰めながらも覚悟を決めた男は、だが。


「はっ?」


センサー類が出した警報の意味を察しきれずに一瞬思考と体が固まる。

それは迫る危険をこう告げた────後方より高熱源体接近。

しかし彼に振り返る時間は与えられなかった。




「ぁ……隊長ぉぉぉっ!!!」


真紅の華が暗闇の空に咲いた。

立ち上がることもできない衝撃の中、それでも見上げた空で走った赤い光。

それが自分達の隊長を呑み込んで爆発した光景に青年は嘆きの叫びをあげた。

彼からバルザック少尉と呼ばれ最初にグラシオスに突撃した青年である。

赤光のムチに撃墜された彼であったが当たり所と墜ち所が良かったのか。

同じく撃墜された同僚達が重傷を負って意識なく周囲に倒れているのを

思えば比較的軽傷だ。尤もその代価のように漸く使えるようになった端末は

物理的に潰れていたが。


「くそっ、なんだ!? どうして後ろから攻撃が!?

 ちくしょうっ、なんだよっ! 何が隊長をっ……え────っ!?!」


声を失う。

グラシオスの突撃か何かで破られた大穴。その向こうから来た火の玉。

少し前まで一緒にいた上官を失った無念と憤りのまま叫んでいた青年は

外の暗闇を覗き込むような大穴を睨み、だからソレを見た。穴のふちを

掴むように伸びた腕を、その奥で光る眼を、壁という境界線を踏み越え

ようとする巨大な脚を────そしてその数に(・・・・)絶句する。


「……うそ、だ」


どれとして一対ではなかった(・・・・・・・・)

腕は五本見えた。脚は三本。赤く光る眼は六対。そして。


「グオオオッッ!!」


「ガアアアアァッ!!!」


「グギャラアアァッッ!!」


「グゥオオオオオオォォォッッッ!!!」


各々が勝手に吠えたような同種なれど異なる複数の雄叫び。

そうだ。あの恐るべき怪獣グラシオスは一頭ではなかったのだ。


「む、群れだったっていうのか? そんな、そんなのっ!

 こんなっ、一防衛基地の戦力でどうこうできるわけ、ひっ!?!」


意味もなく、されど叫ばずにはいられない心情はむしろ当然だろう。

しかしそれを慮ってくれる相手(怪獣)ではない。無慈悲にも、無情にも、

あるいはそもそも何の理由もなく、赤い光の線が暗い穴の向こうから次々と

降り注ぐ。一本は地を舐めるように基地の端から端を火の海にし、一本は

基地中央司令部に降り注いで吹き飛ばし、一本は頑強な鉄塔を中頃から

焼き切った。最初の一頭目もそれに応えるかのように獰猛な牙を構える顎門を

開いて灼熱の破壊光を空に放ち、天井ドームに穴を開けた。熱線に穿たれ、

脆くなった周辺が崩壊し、破片が雨のように降ってくるがグラシオス自身には

小石にも満たないのか意に介していない。代わりに足元にあった施設や車輌は

見るも無残に潰されていく。


「っ……ぁ、ぁぁ……」


一瞬だった。

同僚と共に切磋琢磨し、時に上官に絞られ、時に輝獣退治や救助任務につく

危険で責任も重いが、やりがいと充足感のある仕事(日常)が。

本心からこの都市や人々を守ろうと仲間と誓い合った場所が。

何もできないまま一瞬で壊滅していた。無力感と絶望に青年が蹲る中、

我が物顔でグラシオスたちは防壁の穴を広げるように破壊して侵入してくる。

一、二、三、四、と最初の個体を含めて計五頭。どれもが一頭目と何も

違わぬ巨体を誇るまごうことなき怪獣達。これらが蹂躙、否、好き勝手に

歩き回るだけで基地どころかオークライが壊滅するだろう。

その証明のように一つの基地が一瞬で瓦礫と炎の海に沈められたのだから。


「……っくしょう……ちくしょうっ!!

 好き勝手させるかっ、でかいだけの獣の分際で!

 見てろよ、軍用兵装端末にはもしもの時の自爆機能があるんだ!

 リミッターを外せばお前達ぐらい!!」


潰れている自らのそれを捨て、墜ち倒れている同僚達のフォスタをはぎ取る。

数を集め、本来は機密保持や奪取阻止として用意されていた自爆機能の制限を

外す。それを両手に握り、玉砕覚悟で突っ込んでやると彼は血走らせた目で

怪獣達を睨む────正気の沙汰ではない。端的にいえば自暴自棄か錯乱状態。

そもいくら制限を外しても所詮は対人目的の機能。その威力はグラシオスの

巨体には通じない。せいぜい爪先を焦がすのがやっとだろう。そんなことは

分かっているはずだがこの短い時間での基地機能の停止から怪獣襲撃の末に

所属小隊全滅、基地壊滅の憂き目の連続は冷静さを完全に彼から奪っていた。

だから。


『やめとけ。無駄死に以下だぞ、それは』


「────え、ひっ!!」


正気に戻すのは完全なる第三者の声が、あるいは別種の恐怖が必要だった。


「な、ななっ!?!」


気付けば隣に人型の黒い靄がいた。頭部らしき部位にある白い仮面が

はっきり視認できるのがかえって不気味。そんな何なのかさえも

判断できない存在(ソレ)がいつのまにか恐るべき近さにいたのだ。

混乱するのも当然であったが、それがかえって彼を正気にする。

尤もその一番の要因は黒靄が抱えていたモノであったが。


『ほら、そんな物騒な物よりこいつらを持っていろ』


「え、ちょっ、って隊長!? 司令!?」


どうやったのか兵装端末を奪われ、代わりに両手にかかったのは人の重み。

見ればそれは彼がよく知る両名であった。どちらも無傷ではなく意識もないが

呼吸は行われており間違いなく生きていた。急転直下の歓喜に思わず

目元が潤みだすが大地を揺るがす震動が迫って顔を見上げた。


「あっ」


見つかったのか。たまたまこちらに歩いてきているだけか。

二頭のグラシオスが向かってくる。青年の視点からではどちらか判断は

つかないがどちらにしろこのままでは踏み潰されるのは明白であった。

だが一種の冷静さを取り戻してしまった彼は脅威への畏怖に腰が引けている。

両手の上官達を手放すことはなかったが怯んだ足は動かない。


『……ん、こいつら?』


だから横で謎の存在が不思議そうな声をあげたのは気付かなかった。

当然ながら続いて、青年から取り上げた端末を放り投げたのも。

それらは向かってくる二頭の顔に向かって軽々届き、目の前で爆発。


「グオオッ!?!」

「グギャオッ!!?」


鼻先を焦がす熱量と目を焼く光量に足を止めて顔を覆い蹲る二頭。

これに我に返った青年が「なにしてるんだお前!?」といわんばかりに

愕然とした顔を向けるが黒靄は左手─らしきもの─をその場で突き出した。

瞬間、青年はグラシオスに匹敵する巨大な黒腕を幻視する。したはずだ。

そう幻であったはずだが迫っていた二頭の怪獣は突然壁際まで吹っ飛んだ。

まるでその巨腕に殴り飛ばされたようにあの巨体が二つとも宙を舞って。


「…………は?」


『ふむ……どうやら面倒なことになりそうだ』


まさに目を疑う光景に開いた口が塞がらない青年を余所になにやら手を

確認しているような黒靄は溜め息混じりにそうこぼす。

そしてその手の中でパチンという音が鳴る。


「え? な、なんだこの光!?」


ふわりと多種多様の色彩の光が倒れ伏した飛行小隊を含めた自分達を

覆うのを認めて慌てる青年に、だが原因らしき黒靄は疑問には答えず

淡々と言いたいことだけを告げながら空に浮かび上がっていく。


『一応安全なところには送ってやる。そこからどうするかは自由だが

 あんた一番元気そうだから仲間の面倒ぐらい見ろよ』


「い、いやだからっ、なんなんだあん──────たはっ…………へ?」


そして視点が切り替わる。

光が一際強くなったかと思った一瞬で青年の見ている光景は変わった。

怪獣と瓦礫と火の海の防衛基地からまるで時が戻ったかのように無事な

姿を見せる防衛基地の正面ゲート前。混乱する頭は夢を見ていたのかと

現実逃避をしかけるが両腕には傷を負って意識を失ったままの上官達が

おり周囲にも倒れたままの同僚達。夢ではなかった何よりの証拠だ。

しかしどうしていきなり“ここ”にいるのか彼の頭はもう事態の変化に

対応できず、ただそこに書いてある文字を口にするだけ。


「……だ、第十一防衛基地?」


それは十二の隣と呼ぶには遠くあるも隣接地域を担当する防衛基地であった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ファランディアにもいた生物なんかな
[良い点] 主人公無双の予感w [一言] 更新感謝です 八月も目前ですお体にお気をつけてお過ごしください
[良い点] ほんじつの更新 [一言] 輝獣がいるなかで現存してる生物は狐含めてどれもとんでも生き物なのかなぁ。
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