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帰ってきてもファンタジー!?  作者: 月見ココア
修学旅行編 第二章「彼が行く先はこうなる」
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オークライの長い一日9



オークライを襲った未曾有の危機、その実行犯の末路を

見ることさえせず仮面は確保した分割パーツを片手で操るように

ゆっくりと地面に下ろしていく。吸い出したデータや内部構造などの

情報は自前のフォスタで保持しているが専門的な調査や解析となれば

その手のプロに任せた方がいい。この件の主謀者を追うにはまだこの

世界に不慣れな自分よりガレストの捜査、諜報、治安維持等を目的とした

組織の方が適切だからだ。尤も自分でも確保していたのはそれらと

犯人が繋がっていた場合やガレスト側だけで真相解明や犯人逮捕が

出来なかった場合の予備──ぶっちゃけ自分でも追う気満々である。

異常な白光(こちら側の力)を使われては放っておくわけにもいかないからだが。


『ふふ、少しはスッキリしたのかしら、マスカレイド君?』


いくらかその手筈を思案していた所へ手元の刀から笑みを湛えた女性の声が届く。

カムナギに宿るトモエの母の魂。その人の声だ。


『ショウコさん、それはお互い様では?』


白き光の考察も含め、戦況の推移たる戦闘データは既に受け取っていた。

そこから仮面は彼女らの奮戦と苦闘、その裏であったであろうショウコの

懊悩を察している。


『あら、いうわね。でも否定はしないわ。

 手も足も出せない歯がゆさは如何ともしがたいから……』


姿を見せないのはさすがにこの距離だと娘に気付かれるからだろうと

推察しながら今更ながらにその立ち位置にカレは想いを馳せた。


『誰よりも近くにいるのに表立って何もできない、してはならない立場か』


それは愛娘を想う母としてどれだけの苦悩と葛藤があるのか。

自らの存在を明かさない事情を仮面は土御門家から手に入れたカムナギに

関する資料を読み込んで概ね当たりをつけており、沈黙を選んでいた。

彼女は彼女でその気遣いを察しながらあなたもと返す。


『ふふ、それもお互い様でしょう?

 とはいえ今は誰かさんのおかげで口は出せてサポートも

 出来るのだからありがたく思っているのよ、本当に』


『そうですか』


良かった、とそっと安堵したと微笑むような息をもらした仮面。

ショウコはそれに心底から感謝し、心底から好感を覚え、心底から

娘もらってくれないかしらと思いながら、心底から“今だ”と切り込んだ。


『と・こ・ろ・で、巴は気にしてなかったみたいだけど、

 来るのが少ーーーーーーーーし、遅くなかったかしら?』


どこか楽しげで軽やかな声色と口調だったそれをぐんと落として。

仮面はトモエに似た面差しの大人の女性が笑顔で額に青筋を立てている姿を

幻視して思わず空中で腰が引けた。カレは自分の失態には素直なのである。


『うっ……も、申し訳ない。

 一射目の規模を基準に警戒していた私の落ち度です』


『……どゆこと?』


『二射目が、その……低出力過ぎて感知できなかったもので』


沈黙が流れる。あれで低出力。冗談でしょ。

そんな声なき瞳なき視線が突き刺さるが仮面越しの目は泳ぐだけ。

居た堪れないといった様子が仮面視点では事実である証左であった。


『…………君、なにで気付いてここに来たの?』


痛くもない─ついでに実体もない─頭に痛みを感じた彼女だが、

となればどうしてあの窮地に間に合ったかが謎となる。


『勾玉の防御機能が発動したのを察知して、です。同時に巴周辺から

 一射目と似た気配があるような無いような気がして……まさか、と』


『あらら、それはなんとも……』


なんとも薄氷の上に成り立つ幸運だった。軽い口調で受け取っているが

内心は冷や汗全開の彼女だ。気のせいと思われたら、動き出すのが

遅れればどうなっていたことか。考えるだけで霊魂であるのに背筋に

冷たいものが走りそうに感じるショウコである。

されど、見方を変えればそれは。


『つまり娘は邪神(あなた)の恩寵を授かっていたということね』


『え?』


『なんだかんだ言って、終始見守られてる状態でたいへんな加護まで

 与えてくださって……うふふっ、巴ったら愛されてるぅ!』


『お、おい!?

 あなたのスタンスは理解しているが今はそんな冗談っ』


『へぇ、冗談んぅ?』


あ、失言だ。変に間延びした声に仮面はひとり空で怯んだ。

姿の見えないショウコが先程以上の怒り笑顔を浮かべているのを幻視する。


『ねえ、君が“そう”なった世界がどうだったかは知らないけど……

 あんな強い加護(匂い)を染みつけられたら他の神への奉仕は許されない。

 あれじゃ他神の力を借りるのも一時的な憑依も難儀するわよ』


『え、あの程度でっ!?』


『……余程、神が近い世界だったのね。というかこの子、時々ガチで

 加減がわかってない辺り余計に本物(神様)っぽくて怖いわぁ』


『うぐっ!?!』


『ふふ、まあそういう所にウチの巴は捕まっちゃったみたいだけど。

 我が娘ながら相手のダメな部分に惹かれるんだから難儀なこと』


『おおうふ……』


気にしているところを、無自覚な部分を、続き様に指摘されて

居た堪れないのか恥ずかしいのか自分でも分からない羞恥に悶える仮面だ。

姿が姿なので傍目には気持ち悪いが幸か不幸か誰も見ていない。

しかし母親の口撃は終わっていなかった。


『でも、人間的な視点で考えてもたいがいよ、君?

 実用的なお守りに見せかけたストーカーグッズを愛娘に持たされて、

 それで娘の命を救われた母親の気持ちとか……聞く?』


『がはっ!?』


それは事実という名の致命傷。

ここでもし母の心情も聞かされていたらオーバーキルであったろう。

あまり、違いはないが。


『そ、そんなつもりは……いえ、配慮が足りませんでした。すいません……』


『うふふ、ダーメ、許しませぇん!

 これはもう巫女としても女としても責任とって娶ってもらわないと!』


ああ、結局その結論に至るのですねとがっくり肩を落とす仮面である。

しかしながら彼女の主張を理解できてしまう“感覚”があるカレとしては

反論・異論が浮かばない。霊的な意味合いも含め『神と巫女』という立場で

考えた場合カレはもうトモエに手を出してしまったといえる。

命を救い、縁を繋ぎ、舞いを捧げられ、手ずからに鍛え、淡い想いを

向けられ────気を許している。曲りなりにも神の性質を持つカレと

霊的素養の高いトモエはそれだけでも深い意味を持つ。古今東西、

神と人の交わりが描かれた神話は数知れずだ。それを背景に、世界に、

染み込ませている地球において儀式的及び精神的な繋がりの重大さを

カレは分かっていなかった。


『俺、なんか地球世界に呪われてる気がする』


トモエ自身について隔意の感情はない。

そう思っていることが知らず厄介な状態に事態を進めた一因でもあるが

彼女に落ち度はなく本当にカレ自身の認識・配慮不足でしかない。

されど、そう吐露したくなる話ではあった。

ある日突然異世界に漂流し、戻ってくれば数年の時差で家族は離別。

抱えてしまった力は莫大で火種どころか爆弾にしかならない。

なんとか平穏に過ごそうと思うが世界情勢ゆえに許されず。

また地球由来の技術に足を掬われること数度。そしてこれだ。

カレであっても思わず素が出ようというものである。


『あら、お祓いでもする?

 具体的には穢れなき巫女と三日三晩くんずほぐれつ交わっ』


『慎みっ!! それ以上いうならシスターに告げ口するぞ!』


それ以上はさすがにもう我慢の限界だと怒鳴って言葉を遮り、

相手の弱点をついて黙らそうとした。が。


『ねえそれ、確かに私怒られるけど……君はそれで済まないんじゃない?』


どちらかといえばひどい目にあうのは仮面(キミ)だと彼女は淡々と返す。

その通りであった。シスター(ショウコの母)は確かに娘のいくらかの発言を窘めるだろう。

だがそうなるとなぜそんな発言をしたかという話にもなる。

それで『神と巫女』関係のあれこれに言及された場合あのシスターは

果たして仮面(シンイチ)を許すだろうか。否、あり得ない。なにせ孫娘と

シンイチの仲睦まじい通信の様子を見ただけで刃を抜いた彼女である。

とんでもないことになると察せられるだけにカレは静かに顔を手で

覆って項垂れる。


『……俺、なんか母親属性に嫌われてる気がする』


『あら、私は君のこと好きよ。娘の夫にしたいぐらいにはね!』


うふふと変わらない楽しげな笑みをこぼすショウコにカレはぐったりだ。

単純な力では仮面の方が圧倒的上位であるが必要がなければ(・・・・・・・)無体を

働かないと見抜かれているせいか精神的には逆となっていた。

そこは生の人生経験の差かトモエを越える退魔師としての眼力か。

ゆえに次の瞬間には彼女の柔らかな声で虚を突かれることになる。


『ふふふ、少しはリフレッシュできたかしら?』


『………………』


不意打ちに絶句し、愕然とした目を仮面越しのカムナギに向ける。


『気付いて、たのですか?』


『いくらか調子が悪いってぐらいわね。何かあった?』


『……いえ、つくづく自分は臆病者で、甘えん坊なのだと再認識しただけです』


情けないとこぼすような声に、そう、とだけ返して母刀は静かに微笑む。

踏み込んでこない優しさが今のカレには有り難かった。


『ま、巴もなんとなく気付いたからガツンと一発入れたわけだけど。

 どう、効いたかしら?』


『ええ、いい喝でしたよ…………親の顔が見てみたい乱暴さでしたが』


『あははっ、それそれ。そんな感じでこそよね、君は』


からからと笑う彼女の声に黒い無貌の奥で微笑むという白旗をあげる。

どうにも“母親”には敵いそうにない自分の因果が面映ゆいやらむず痒いやら。

良い塩梅で力の抜けた状態で、仮面の奥の瞳には穏やかな色が映っていた。

されど。


『っ──なっ!』

『いまのは!?』


それは未だ渦中である現在(いま)では一時の安らぎでしかなかった。

“ナニカ”が通り抜けた。ゾワリと霊魂(ショウコ)の背筋すら震わす程の不快感を

与える不可視の波が通り過ぎたのを両者は感じ取った。それがオークライの

どこかから発せられて都市全域に広がったのも。


『邪気? いえ、それとも……』


『ええい毎度次から次へと!!』


そしてそれへの不快感は生の肉体を持つカレの方が強かった。

老若男女不明な声だというのに苛立ちがはっきり伝わるそれを発しながら

カムナギを持つ手とは逆の手を天に翳す。ショウコはその掌に炎のように

揺らめく漆黒の塊を見て、刀内の顔を引き攣らせる。


『は、はは……それはそれで本物っぽいんだからこの子!』


必要があれば(・・・・・・)躊躇なく神が如き力を使う子だった、と。 


『まとわりつくな塵芥が!!』


握り潰すように散らした漆黒は爆発的な波動となって放たれた。

それは先程のが水面を揺らす波であったのなら音速の衝撃波だった。

一息でオークライ全体に伝搬し、最初の波を追いかけ押し潰す。


『ちっ』


『あらら、暴力的なのに優しいとかなんて矛盾』


だが即座に不愉快そうな舌打ちと笑いを含んだ訳知り声が重なる。

どちらも今のがどういう成果をあげたかをほぼ正確に感じ取ったのだ。


『……巴たちと一旦合流します。もう黙っててくださいよ』


『ふふ、お疲れだっていうのに働き者だこと。

 終わったらお風呂にする? 食事にする? それとも……ト・モ・エ?』


『だ・ま・れ!!』


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― 新着の感想 ―
[一言] 戦闘中にも関わらずこのやりとり…これが強者の余裕か!(いじられてるだけ)
[良い点] 更新嬉しい♪ [一言] 信一の心情や地球の常識はさておき。 神様に複数の妻は割とスタンダートだし、むしろ嫁云々の話が出たら地球・ガレスト側から「どうぞどうぞ」と進んで差し出してきそう。心の…
2021/07/01 09:01 退会済み
管理
[一言] やはりトモエなのか?トモエが1番なのか?
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