オークライの長い一日5
遅れてしまった……ついでにいえば、終わらなかった。またぶつぎりです。
ぶっちゃけまたどこで切るか悩みつつ、続きも書かなければとああだこうだしている内に
日付が経過してしまった……俺そんなんばっかである。
「こいつ、輝獣を発生させようっていうの!?」
「あの紫電の放出はそちらが本命!? いけない!!」
双方の外骨格が装着者に示したエネルギー流入量は秒単位で激増している。
いくら境界線が薄いといわれ、常時多量に流れ込んでいるガレストでも
大発生時を除けばあり得ないと思わせる莫大な量が巨顔を中心にした
空間に漏れ出し、集まっている。それが輝獣化して、数となって別たれれば
万に届く輝獣が自衛手段を失ったオークライの人々を襲うだろう。集束し
一塊となればビル以上の巨躯となってオークライの街並みを蹂躙するだろう。
もはや議論の余地は無く、余波を懸念する余裕も無い。
アリステルは速度と威力を重視してその攻撃スキルを選択した。
「『カラドボルグ』!!」
硬い稲妻。地球の神話に登場する魔剣の名を与えられた雷の槍が彼女の
掲げた手に一瞬で出現する。黄金に近い稲光による槍身を持つ、己が
身長の三倍以上の長さを誇る双円錐状の轟雷の塊。巨大なそれを彼女は
振り投げるように射出する。両者の間にある空間を裂いて走る姿は
正に雷光。アリステルが腕を振り切った時にはもう雷槍は直撃し、炸裂していた。
「っ!」
黄金の雷光その残滓が飛び散り、大気を震わした。
衝撃と爆音が一瞬遅れて少女達に届く。外骨格の防御機構は彼女らの髪を
一房も揺らさずそれを防ぐが目に見えたそれに二人とも思わず息を呑む。
まるで空の地震かというほどの波が広がって一帯を大きく揺らしていた。
それがアリステルが事前準備やタメを必要としない中で最も速く、最も
威力のある攻撃スキル。その直撃の結果。
「……なにあれ?」
されどそれがもたらした結果は、最初に疑問。そして怖気。
炸裂した雷光が過ぎ去った後。その光によって一瞬遮られた視界が
戻った先にあったのは雷槍に抉られた巨顔などではなかった。
「甲羅の、盾?」
まさに亀甲模様。六角形の組み合わせで模られた丸みを帯びた壁の
ような灰緑の物体。亀の甲羅としかいいようのないそれは巨顔を隠すほど
巨大であった。ただある一点がひどく黒焦げており、見れば向こう側が
覗ける穴が開いていた。ソレが代わりに雷槍を受けたのは明白であった。
されどそれが限界だったか。巨大甲羅は次の瞬間には塵となって霧散する。
サッカーボール程の結晶体の塊を地面に落下させながら。その光景はある種
学園生徒には見慣れたもの。発光器官であり自らを実体化させている基点の
結晶体を破壊せずに、多大な損傷を与えた際の光景だ。つまりは。
「輝獣!? まさかこいつあの一瞬で輝獣を発生させて盾に!?」
「トモエさん! 左右にまだいます!」
巨大な甲羅あるいは亀型の大型輝獣の影にいたのは巨顔だけでなかった。
同一のシルエットが二つ。それは人間の大人とほぼ同サイズの人型。
されど単なる人型ならば空に立つことはできない。その背には自身より
大きい一対の赤い翼が生え、羽ばたくようにして己を浮かしている。
見れば全身も似た色の赤い毛で覆われ、胸元には輝獣の証とばかりの
結晶体が埋め込まれているかのように存在しており独特の輝きを放っている。
「甲羅のあとは、赤い鳥?」
訝しげなトモエの言葉の通り、ソレの頭部は猛禽類を模したかような
鋭きくちばしと意志のない切れ長の目があった。そして両手足の
先には三本の、子供の頭ぐらい簡単に握り潰せそうな大型の鉤爪。
いわば鳥人とでもいうべき存在が二体そこにいた。
「気を付けてください!
あれだけのエネルギーを三分割した内の二体です!
並の輝獣ではありません! 全力で迎撃を!!」
それぞれの外骨格が観測した次元エネルギー総量値は彼女らが今まで
単独で撃破してきた輝獣のそれとは桁違いであり、輝獣にも適応できる
ステータスチェックによって出されたランクは総じて高かった。
--------------------------------------
筋力:A+
体力:A
耐久:B
敏捷:AA+
--------------------------------------
部分部分では少女達を上回るランクを持つ人型輝獣が二体。
まるで巨顔の左右を固めるかのように空中に立つそれに警戒する二人。
されどそれを隙だといわんばかりに巨顔の眼が光を放った。
「ちょっ!」
「ここにきて!?」
これまでと違って予備動作の光の集束を見せずに走った紫光の線。
不意打ちに近い攻撃だったが、距離があったことで二人とも半ば
考えるより先に体が動いて、半身となるようにして光線を躱す。
互いの動きを邪魔しない方向に動いたせいか向かい合う形となった
彼女らは、だからこそ相手の背後に迫った赤い影を見る。
「このっ!」
「はぁっ!」
回り込まれたと察した両者は振り向き様にカムナギを、ブレードを、
迎撃に振るって火花を散らす。殴るように叩きつけられた鋭利な爪と
彼女らの刃は競り合うが本当に不意打ちとなったその一撃は、特に
筋力ランクに大差があったトモエを押し込んだ。
「ぐっ、うぅっ!」
「っ、しまっ!?」
アリステルも速度を上乗せされた一撃に押し込まれ、二人は背中を
打ち付けあうように激突させられる。その衝撃と相手の状態を
気遣かおうとした思考が、僅かに遅れを呼んで鳥人輝獣に二撃目を許す。
最初の不意打ちとは逆の腕が鋭く速い爪の拳打となって迫ってきたのだ。
顔を狙うコースのそれを首をひねって避ける二人だが、背中を密着
させられた状態ではそれ以上動けず肩に貫手のような一撃が刺さる。
肩部の装甲が、表面を覆うバリアが、輝獣の爪に貫かれて破損する。
だがそれを対価に生身へのダメージを回避した二人は攻撃の隙を
狙って輝獣の胸部で輝く結晶体にほぼ同時に一撃を叩き込んだ。
申し合わせたわけではない。輝獣との戦闘では、相手が強力な
個体であればあるほど結晶体を狙うのが基本と教えられるため
当然の行動であった。片や刀を握る手から伸ばした指先が放った霊刃。
片や外骨格に内臓されていた近接射撃兵装の光弾。輝獣はどれだけの
エネルギーとステータスを持とうとも、実体化基点の結晶体を
破壊されると身体を構築するエネルギーが霧散して消滅する。
赤き鳥人達もそのルールから逃れることはできずに消え去った。
「な、なんとか……先輩あの!」
「反省会はあとに、先にあれをなんとしても今!」
外骨格の補助、ブーストが同程度であるならば素の身体能力が物を言う。
足を引っ張ったかのような感覚に陥ったトモエの出かけた謝罪を
アリステルは遮って意識と戦意を再び巨顔に戻す。それに倣って
トモエもカムナギの切っ先を向けた。が。
「っ、冗談でしょ!?」
「さっきの今でっ、そんな!?」
彼女らの視界の先には、相変わらず不気味な面を見せる巨顔。
そしてその周囲を羽ばたき舞う新たなる赤き鳥人────八体。
一体、一体は先程の二体と比べれば若干劣るエネルギー総量と
ステータスであったが数がそれを補う。巨顔自体も攻撃を仕掛けて
くるだろう。いわば二対九。うち八体の鳥人はこちらと同程度に
動けると認識した方がいい個体達だ。しかもこちらの増援は期待
できないのにあちらはほぼ無尽蔵に増える目算が高いからだ。
なにせ。
〈次元エネルギー流入量、なおも増大中〉
「嬉しくない報告どうも!」
〈恐縮です〉
ということだ。
視界に浮かぶ各種センサーの情報や周辺状況を知らせるモニターに
表示される数値からもその莫大な流入は依然として止まっていないのが
見て取れる。定石をいえばここは無理をしてもまずあの巨顔を潰すべきだ。
発生し続けるであろう輝獣を倒すより大元を潰さなければ終わりがない。
だが、二人の少女は別のモニターに映る住民達を連れて撤退中の学友達の
姿をも見ている。彼らとの距離はまだ安心できるほど離れていない。
個人用の兵装もスキルも使えなくなった一般人を数十名も連れてとなれば
どうしても全体の動きは遅くなる。その状況で自分達が突破されれば
輝獣が自衛できない住民を抱えた生徒らに襲い掛からないともいえない。
なぜならあの巨顔が意図して発生させたこの輝獣たちはどうしてか
一番身近なあれを襲わない。先程は連携しているかのような動きさえ見せた。
したくない想像ではあるが巨顔には輝獣をコントロールする手段があるのでは、
と考えてしまう。加えてそれらを有効的に使う知性もだ。果たして、
自分達が下手に追い込んだ場合あの不気味な面のマシーンはその標的を
学友達に変えないといえるか。
「っ」
一瞬の慄きと萎縮と迷い。背中に背負った命と責任。対峙する敵の
未知さと厄介さに心と体が本当に一瞬だけ硬くなる。敵が動いたのは
まさにそれを狙ったかのような最悪な瞬間だった。
「来たっ、ここはあたしが!」
まるで砲弾のような突撃が始まった。
八体の赤い鳥人たちがただただ真っ直ぐに、空に赤い残滓を残すように
飛び込んでくる。しかも一体ずつタイミングがズレているのがいやらしい。
一度に全部ならば返り討ちにもしやすいが連続的に襲い掛かられては
第一の矢、第二の矢を捌けても徐々に対応が追い付かなくなる。直線的な
飛行軌道もあの翼を思えば途中で変えるのは難しくないだろう。しかも
速度からして接敵まで1秒もかからない。考える、迷える時間がない。
ならばとアリステルの前にトモエは飛び出る。先程の挽回か近接武装の
取扱いに自信を持つゆえか。一番最初に、真正面からぶつかる軌道で
飛び込んでくる一体の鳥人その頭部目掛けて袈裟斬りにしてやらんと
振り下ろした刃は、だが外された。まるで先程の自分達の焼き直し。
鳥人は頭から飛び込んできながらも体を傾けて頭部への一閃を避けた。
しかしそれは頭には当たらなかったというだけで鋭い斬撃は肩に入る。
彼女達と違い、輝獣に鎧は無い。鮮血代わりに虹色の次元エネルギーの
塵を吹きこぼし腕を切り落とさんばかりに深く入った刃にトモエはそのまま
胸部の結晶体共々切り裂こうとしたが、それよりも鳥人の腕がこちらに
届くのが早かった。切り込まれた方とは逆の腕が伸び、その鉤爪三本指に
頭を掴まれる。視界いっぱいに広がる鋭き刃のような爪。乙女の顔を、
その肉を裂かんと突き立てられるそれをバリアが弾くが彼女の耳元では
それをがりがりと削り軋ませるような不快で不安な音が鳴り響く。
けれど彼女は怯えず、相手の勢いを利用する形でさらに刀を押し込んだ。
身体ごと結晶を真っ二つにされた鳥人はその場で霧散。
されどこれはまだ最初に飛び込んできた第一の矢。
彼女はもう次の赤い矢が二つ見えていた。
「神威踏ん張ってっ、くぅっ!!」
振り切ってしまった刀を強引に手元に戻して、第二、第三の矢となった
二体の鳥人の鉤爪を刀身の腹で共に受け止める。二倍以上となった衝撃に
外骨格とスキルで強化している腕がそれでも痺れるのをトモエは感じたが
この程度と自分を鼓舞して堪えた。その裏で指示を受けた神威が姿勢制御
スラスターと反重力制御システムをふんだんに使って自身を下がらせない。
「先輩!」
されどその横を第四、第五の矢が通り過ぎる。
弧を描くような軌道でふたりの横合いから挟み込む形での急襲。
自らをまさに矢として、己が嘴を穂先とする特攻じみた突撃が迫る。
「お任せを!」
呼びかけに応じたアリステル、だが彼女自身は武装を取り出すことも
スキルを放つこともせず、ただ頭でソレに命じた。風を切る音と共に
四つの小さな機影が鳥人たちの胸を貫く。短剣型自立浮遊兵器である。
相手が複数体であるのを認めた際アリステルは即座に手数を補うために
周囲に展開していたのだ。使い手から少し離れた位置にあったそれらは
主の思念に従って、トモエが受け止めていた二体と彼女らを挟撃せんと
した二体の結晶体をほぼ同時に貫き破壊して消滅させた。されどまだ五体。
残る三体が彼女達の真正面から迫ってきていた。向こうに見える巨顔は
まだ次の輝獣を発生させていないがそれも時間の問題だろう。
ただ迎撃するだけではジリ貧となるは明白で、下手な追い込みは危険。
ならば速攻での必勝をとアリステルは思考を巡らせ、手を組み上げる。
『トモエさん、一つ案があるのです。
────────というのですが、お願いできますか!?』
『ははっ、アリス先輩もなんか毒されてきてますね。
でも、はい任せます……遅れないでくださいね!』
思念通信による一瞬のやり取り。トモエは刀を鞘に納めるとやや前傾姿勢を
とって納刀したカムナギを腰に据えるように構えた。その背に感謝を
こめながら両手を向けたアリステルは躊躇なくスキル名を唱える。
「『トルネードブレス』!」
瞬間、フォトンによって生み出された強風の渦が放たれた。
先程の雷が空を裂いた矛なら、これは空をかき乱す竜の息吹か。
風を裂く、否、風で風を裂く竜巻が彼我の空間を埋め尽くして巨顔を襲う。
間にいた残りの鳥人たちは回避を試みたがついでのように渦の吸引力に
巻き込まれ、風刃に切り刻まれて消滅する。
「────っ!!」
その先頭。アリステルに、竜巻に押し出されるように進む紅白を纏う一つの矢。
姿勢を保ったまま、神威と竜巻がトモエを巨顔に一息で突きつける。
さすがにこれは予想外か。不気味な面が驚愕に歪んだように見えたのは錯覚か。
だがそこはもうカムナギの間合い。鍔を弾くように抜刀された霊と鋼を
合わせた一刃が驚異的な速度を上乗せして空で弧を閃かせた。
「────────居合、孤月」
鋭くも煌めくような一閃は美しく苛烈、されど静かなものであった。
竜巻の轟音の中でも音を裂くかのような一刀は無音という音を響かせる。
まさに空を裂いたと思わせる一刃。誇張は一切なくその剣閃を遮れたモノは
何もなかった。風も裂いた、空も裂いた、そして甲羅も真っ二つ。
「ふん、うまく避けたじゃない」
スキルの竜巻による突撃は確かに速かった。外骨格の飛行速度でただ
突撃するよりは何倍も速度が出せていただろう。邪魔な鳥人輝獣もついでに
一掃できる手でもあった。しかしかの雷槍と比べれば遅い。
ならばそちらで対処できた亀型輝獣による防御が再び出来ない道理はない。
それを自分と彼女の間に強引に発生させることで自らを押し出して
回避してみせたのはトモエの静かな声の通り、うまく避けたといえる。
どこかニヤついているような顔つきはこちらを嘲笑っているかのよう。
されど。
「でもそれ、さっきも見たわよ?」
血払いの後、静かに刀を鞘に納めた彼女の視線は冷ややかだ。
だってそれは彼女達からしても織り込み済みの話なのだから。
「この距離で同じことができて?」
盾の甲羅を断ち切ったトモエ、その背後から蒼の令嬢が突然に現れる。
掲げた腕に再びの雷槍を携えて。
「『カラドボルグ』!」
刀の間合い。亀型輝獣の幅だけの距離をソレは一瞬すら置いてけぼりにし、
巨大な嘲笑顔を雷光の爆撃と共に抉る。響くは轟雷の嘶きと爆音のセッション。
顔の右半分が消し飛んで内部の機械的な造形が一瞬見えたがすぐさま爆発と
黒煙が巨顔を包む。飛行機能も損害したのか浮力を失い一気に道路に落下した。
見るからに大質量な物体の墜落は空まで響く轟音と衝撃をもたらす。
それがついにのトドメとなって救助現場だったマンションは
舞い上がった粉塵を覆うように倒れた。瓦礫となったそれらに埋まる形で
見えなくなる巨顔を空から見下ろしながら誰知らず少女たちは息をつく。
「咄嗟の思いつきでしたが、うまくいってよかったですわ」
神威の背面パーツを掴んだままのアリステルは豊かな胸を撫で下ろす。
少し離れた空中では竜巻の発生地点にいた令嬢の姿が揺らぐように消える。
そちらは幻影で本物はずっとトモエの背にいたのだ。自らに周囲と違わぬ
光景を立体映像で被せて隠れながら。すべては二段構えでの作戦だ。
スキルで放った竜巻の勢いでトモエを突撃させ、その一撃で倒せれば良し。
足りない、あるいは防がれた場合のトドメ役としてアリステルが背中に
くっついていたのだ。これには自らをブースターとしてさらなる加速を
与える意味もあったが結果としてどちらも功を奏す。
それにより盾の輝獣は斬り払われ、次までの瞬きに雷槍を叩きこめた。
「っ、あたたっ!」
「だ、大丈夫ですか!?
すいませんあの出力だと外骨格越しでもダメージが入りましたでしょう?」
「大丈夫、大丈夫。ちょっとあちこち痛いだけですから。
あとで診てもらいます、っていうとあいつっぽいですかね?」
「まあ! ふふ、確かにあの方みたいですわね」
同じ相手を思い浮かべながら朗らかな笑みとおしとやかな笑みの少女達。
されどその視線は変わらず、瓦礫の下敷きとなった巨顔が落ちた地点を
見詰めている。センサー類には何も反応はないが、そもそも最初から
今のいままで何の反応も無かった存在である以上それだけでは判断がつかない。
「……アリス先輩、どう思います?
申し訳ないですけど、あたし雷光でよく見えなくて……」
「手応えはありました。
外装を突破し中にまでダメージが入ったのは確実です。
けれど、完全に破壊出来たかと問われると……」
確信がもてない。
雷光による視界の制限は使い手であったアリステルは対策済みで外骨格に
よる閃光防御と映像処理で光に遮られる事なく、どこにどう直撃し、
どこまでを破壊したかは見えた。しかしそれも巨顔が爆炎と黒煙に
包まれるまでだ。センサー類がうまく機能しないあの巨顔相手では
炎と煙に遮られると映像処理だけではその向こうが見通せない。
直撃し墜落したのは事実。その後に倒れた建物の下敷きになったも。
されどそれで撃墜、完全に破壊したかと言い切れない不穏さを
感じさせるものがアレにはあった。かといって確認のためにわざわざ
瓦礫をどかして藪をつつくのも優先すべきは救助作業と避難誘導で
ある以上は相手に動きが見えるか援軍が来るまで避けたい。
「ともかく、警戒はあたしが続けます。先輩はドゥネージュ先生に報告を」
突然の遭遇にそれどころではなかったが、とりあえずの形で
今は余裕がある。今の内に状況を伝えて情報共有しておくべきだ。
頷いて同意したアリステルは中央駅指揮所への通信回線を開くと
一拍の後、息を呑むと驚きの声をあげた。
「そうですわね────っ、通信が繋がりません!」
それは事態の確認だけでなくトモエへの報告でもあった。瞬時に察した
彼女は考え付く限りの方法と相手に通信を繋ごうとするが応答が、
反応がない。それこそまだ視認できる距離にいる同班の学友達にすら
通信が届かない。先程まで使えていた思念通信ですら間近にいる
互いにしか応答がない。元より長距離通信には向かない手段だが
見える距離の相手に通じないのは異常だった。
「救助現場に現着した際の報告は問題無く出来ました。それから
通信の異常に今まで気付けなかったのはわたくしの落ち度ですが、今は」
「はい、なんでそうなったか、です!
そしてもちろん一番疑わしいのはっ!」
見下ろす瓦礫の山を見据える彼女らの目が険しくなる。
出来た時には無く、出来ない今はあるもの。その下に埋もれている存在。
それがこの通信阻害の原因だと当たりを付けて、途端トモエの脳裏に
天啓のようにあるフレーズが流れた。
「ん、阻害されてる?
あ……妙なジャミングで見失った?」
「まさかっ、あれがあの光のっ!?」
瞬間胃の底まで冷えるような怖気が走り、少女達の警戒心が跳ね上がる。
同時に監視に留めていた対処が彼女らの中で完全に殲滅に切り替わった。
形振り構っていられないとアリステルはフォスタの武装ラックから
大型兵装を出せるだけ呼び出した。およそ大人二人分の長さはある砲身。
それだけで宙に浮かぶ大筒、自立浮遊型フォトンバスターキャノンが六門。
放たれる瞬間を今か今かと待つよう砲口に集束していくフォトンは
都市の一角に穴を開けんとする程の火力を湛えていた。
「────雷電神勅────」
邪魔にならぬ位置に控えたトモエもまた刀印を構えて霊力を練っていた。
今ならアリステルも完全に見ていないため大がかりな、威力重視の
術を使える。選んだのは後からスキルと言い訳もできる雷神召喚。
神威の霊子機関からの後押しさえ練り込んでアリステルの発射を待つ。
彼女と合わせて放って今度こそ完膚なきまでに消し飛ばす。
その共通した意志を持って少女達は眼下の瓦礫を注視していた。
埋まってなお稼働状態にあると思われる巨顔からの攻撃があっても
対処できるよう構えつつも、その時を待った。
「────────は?」
が。
その意志と集中を乱すようにけたたましい警告音が外骨格から響く。
しかしそれの示すものが意識していた範疇の出来事ならば彼女らも
困惑しなかったろう。不測の事態でも冷静に対処できたはずだ。
戸惑ったのはあり得なかったからだ。彼女達は今、眼下の標的を
狙って空中で停止していた。なのに、どうして。
「なぜっ、衝突警告が!?」
〈建造物接近、このままでは衝突します……?〉
「あたしたち動いてないのに!?」
外骨格、と日本語訳されるガレスト技術の象徴のような
このマルチパワードスーツには飛行能力が標準搭載されている。
それゆえに起こり得る事故を予防する機能もまた標準搭載されていた。
その一つである空中衝突防止装置。これは外骨格同士や航空機にも
適用されるが人間サイズの機体であるため主眼はそれらよりも都市内での
建造物等に置かれている。それが異常を訴える異常。どういうことだと
彼女らが周囲の建物へと意識を向けたのは結果的には正解だった。
「ちょっ?!」
「くっ!?!」
壁が迫ってくる。
道路を挟んで向かい合っていた左右のマンション。
その壁が自分達の視界を覆おうとしていた。事態が呑み込めないまま
アリステルは咄嗟に発射準備中だったバスターキャノンを盾代わりに
三門ずつ左右に動かしてぶつける。
「今のうちです!」
「はい!」
遠隔操作越しに感じた圧力と長い砲身に入った罅と走る紫電に長くは
もたないと二人して飛び上がったが直後足元で六門のバスターキャノンは
押し潰された。一つずつが大人の胴回り以上の太さがあるそれらが六つも
一瞬で圧潰した光景は少女達に冷や汗を流させる。されどそれ以上に
彼女達を─程度の差はあれ─狼狽えさせたのはその形状であった。
「えっ……な、なんなのですかそれは!?」
「建物から、腕が生えた?」
二人が壁と思ったモノは見下ろせばそうではなかった。
砲身の残骸が起こすフォトンの小爆発を気にした風もないそれは腕だ。
ただし2mほどはある太さで、手の平はその倍以上という巨大さの。
そんなものが隣り合うマンションの壁面それぞれから飛び出るように伸び、
二人を押し潰さんと空中で巨大な手を重ねていたのだ。
「……合掌のつもりだったら笑えないわね。
それともあたしらを仏様にでもするって宣言?」
「はい? トモエさんなにをいって……」
いったい、あれはなんだ。直感的な不快感から悪態をついた
トモエの発言の意味がよくわからなかったガレスト令嬢だが
説明の時間は与えられなかった。
「先輩っ、来ます!」
「っ、ガンビット!」
壁面と全く同じ色をした巨腕の表面がざわめく。先んじてそれを予兆と
読み取ったトモエの言葉に狼狽を引っ込めたアリステルは武装展開。
直後巨腕から、腕が生えた。人間の腕よりは細く、薄い、棒のような
代物が数えきれないほどあちこちから飛び出し、空を縫い上げんばかりの
密度を見せながら縦横無尽の動きでこちらに向かって伸びてくる。
「近寄るなっ『エアブレイド』!」
「撃ち落としなさい!」
スキルによる風の刃と銃口を備えた自立浮遊兵器がそれを迎え撃つ。
連続し乱れ舞う風斬と自位置を随時変えて放たれるフォトン光弾。
彼女らを掴まんと伸びてくる腕を、その先端の手の平を破壊する。
風刃に切り刻まれる腕。光弾に撃ち砕かれる手の群。
されど切った痕から、砕かれた痕から、即座に次の腕が伸びてくる。
「このっ、きりがない! でもこれ、まさか!?」
驚きながらもさらなる攻撃で砕いて散っていく破片。それでも次の腕が
伸びてくるだけであったが、彼女達は回避運動も混ぜて迎撃を続ける。
次々と生まれる破片たちは眼下の大通りに落ちていくが、そこに一つの
異常があった。落下中に大小さまざまなブロック状の物体に変化しているのだ。
路面にめり込むように落ちたそれらの変化、形、大元の巨腕が何から
生えているのか。それだけ揃えば彼女達がその正体を察するには充分だった。
「ええっ、だから外骨格は建物と認識したのですね!
けれどなんてことを! MB資材の制御権を奪い取るなんて!!」
ガレストで一般的な建築物に使われている形状変化とその固定が容易な
MB資材。基本形がブロック状であるそれはその組み換えと分離によって
改築、移転、修復を簡単にしている。どうやってかその制御権を
奪ったモノがこの場全てのMB資材をリアルタイムで組み換え続けながら
こちらへの攻め“手”にしている。本来それは資材不足のガレストにおいて
住居の材料とて再利用しなければ未来がないから開発された資材と制御技術。
それを悪用されることは人々の安寧、家という場所の根底を乱す所業。
この都市のではなくとも統治者貴族の彼女にとって見過ごせるものではない。
怒気に染まる黄金の瞳が瓦礫に埋まったままの巨顔を睨む。
「いつまで眠ったふりをしているつもりですか!
出てきなさい、今度こそその不遜な顔をぶち抜いてさしあげます!」
この場でそんなことを行う存在はそれしか考えられないのだから。
果たして、アリステルの言葉に応じてか単に準備が整ったのか。
巨顔は立ち上がる。
「なっ!?」
瓦礫の山がまるで一個の生命体かのようにたわんだかと思えば
爆発的な勢いで伸び上がって埋もれていた巨顔を空へと押し上げる。
彼女達がいる高度まで到達すると瓦礫の柱はまるで最初からその形で
あったかというほど自然に頭以外の五体に変貌した。
「っ」
「こいつ瓦礫まで!」
気炎を吐いていたアリステルですら一瞬息を呑む威容と圧迫感だ。
人間など虫程度にしか思えないだろう50m級の人型の怪物が
先程より不気味な顔面を湛えてこちらを見下ろしているのだから。
──GAHAGAHAHAHA
顔面に開けられた穴をMB資材で塞いだ継ぎ接ぎの嘲笑いと共に。
醜悪だった。とても、とても。元よりそういう面構えであったが
そこに元の建物の意匠や色、造形が残ったままの資材で構成された
躯体も加わって見るに堪えない。元の役割から強引に逸脱させられた
家々の悲哀と無理矢理巨体を成させられたその発想の醜悪さも、何もかも。
「耳障りな! それはこの地に生きる人々の安寧の、日常の場所!
わたくしたちの先祖が未来のために必死の思いで作り上げたもの!
そのような歪な形にしていいものでありません!」
「先輩……ん、あれ?」
だからこそアリステルは再度怒気を見せた。
所持する火器と扱える攻撃スキルのすべてを叩きこんででも破壊する。
その燃える意志と決意に、されど水を差したのはこの場にいるもう一人。
周囲を訝しげな顔で見回し、それを即座に青く染めたトモエだ。
「アリス先輩待って! MB資材が乗っ取られたのならこの場所はっ!」
「え、あっ!」
だがそれはまさに冷や水だ。ガレスト人が積み上げてきたものを
侮辱されたように思えて燃え上がっていた闘志が萎む。だってここは
集合住宅地区。高層マンションが立ち並ぶ場所。それは、つまり
「あ、ああっ、そんな!?」
MB資材の宝庫だ。
その認識を持つのが遅過ぎた。否、気付いたところで手遅れであったか。
周辺の建築物全てが軟体生物のようにたわみだし、一斉に爆発する。
資材を極小単位で分解し再構築して造りだされた歪な無数の腕が
少女達に放たれた。
「このっ、がっ、ぐうぅっっ!?」
「トモエさ、きゃ、あああぁぁっ!?!」
爆発的な速度だった。視界を覆う密度だった。無慈悲な物量だった。
上からも下からも右からも左からも前からも後ろからも伸びる無機質な
『腕の壁』に津波が如く襲われる。逃げ場はなかった。抵抗は無意味だった。
反撃は一瞬しか許されず歪な腕の波が少女達を掴み、縛り、羽交い絞めにする。
腕一本どころか顔の向きすら自由にできない全身に及ぶ拘束は外骨格越しの
彼女達をして苦痛の声をあげさせるほど強固であり隙がない。元の材質ゆえ
まるで突然壁に埋め込まれたかのようにさえ見える状態だった。その中で
徐々に強くなる締め付けに装甲がきしみを上げ、少女達の痛みを加速させる。
「あがっ!? な、なんとかしないと、ああぁっっ!?!」
「このままではっ、あぐっ! うぅぅっ!!」
それが彼女達の思考を、対処しようとする思惟の邪魔をする。
何より事態は彼女達を待ってはくれなかった。空気が叩きつけられる。
頑丈なはずの路面を踏みつぶすように足跡を作って進む圧倒的存在。
ひどく緩慢に、鈍重にさえ見えるのは自分達とのサイズ差ゆえだ。
その一歩は大きく、腕の振りは外骨格の最高速度にも匹敵する。
迫る。それがただ迫る。
「あ、や」
「っ、神威、障壁て」
ブンと間の抜けたように聞こえる音が少女達の悲鳴も叫びもかき消す。
空気の炸裂。爆発とも取れる爆音を奏でた巨拳。まるで小石か羽虫か。
50m級の巨体から繰り出された拳打は少女達を容易に殴り飛ばした。




