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帰ってきてもファンタジー!?  作者: 月見ココア
修学旅行編 第二章「彼が行く先はこうなる」
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狙われたのはナニ?(後編)

すまぬ、投稿したつもりになっておった……(ドジ




「先生?」


彼女自身がその事実に信じられないとテーブルを叩くように立ち上がる。

フリーレを含めた周囲が驚く中で、切っ掛けの質問者だけが落ち着いていた。


「さすが元帥閣下。今のだけでよく気付いたな?」


「気付かせるための質問をしておいてよくいうわい!」


本当に感心したような声が余計に癪に障った老元帥であるが、

怒鳴ったおかげか気持ちが静まり、そのまま腰を落とすように着席。

そして息を整えながら考えをまとめると質問の答えを口にした。


「奴らに依頼人が接触したのはワシがトリヴァーに現地入りした昨日深夜。

 ちょうど今回の仕掛けを準備し始めた時じゃ。そしてそこで奴らは標的の

 画像データを見せられたという。端末に残っておったそれを見た感じ、

 インタビューか何かで撮られたワシの顔写真をコンピュータ処理で

 普通の老婆っぽく見えるよう加工したものじゃった……よく似ておったよ」


「え……ま、待ってください先生! それでは順番がおかしいです!

 依頼した時点で準備してる話をどうして敵が先に知ってるんですか!?」


彼女がトリヴァーに訪れることは決まっていたことであった。黒幕がその

スケジュールを手にしていた可能性は高い。しかしそうだとしても今回の

学園修学旅行生達に手ずから授業(訓練)を行う事は元帥の突発的な思いつきだ。

仮にそこまでは読めたとしても、トリヴァーのどこでどんなことを行うか。

それに元帥自身がどういう形で関わるか。さらにそこで歳相応の老婆に

見えるような変装をする事まで読めるものだろうか。

しかも彼女がトリヴァーに到着したその時点で、だ。


「普通に考えれば確かにおかしい、が話はそれだけではない。

 奴ら、標的(ワシ)がどの辺りに現れるかの情報ももらっておったよ。

 結果がどうなったかはいうまでもあるまい?」


「そんなバカな……では、なんですか。黒幕は最新鋭装備や間に複数人を

 挟んだであろう依頼手口の準備もして、あえて返り討ちにあう程度の

 刺客の選定して、どこに先生がどんな姿で現れるかも推測したと?

 先生がここにつく前に!? そんなのあり得ません!!」


「確かにとんでもない話ではあるが、どこに現れるかぐらいは

 俺がいるなら簡単だったんじゃない?」


「そ、それは……」


最後の茶化したような物言いに女教師は立場として、周囲の目もあって

何も返答できなかった。学園内の人物でアマンダが最も関心を示す相手は

自分であるとフリーレは考えている。その教え子となる1-D所属で

不可思議な時間差での帰還者。そして学園総合試験(事件の最中)にて1位到着を成し遂げた

低ランククラス合同チームの試験官(指揮官)をフリーレに任されていた謎の1年生。

それぐらいまでならアマンダの立場で調べることは簡単であり彼女が興味を

持つには十二分過ぎる要素だ。そして彼が1-Dである限りでどこで

どんな仕事を請け負うかは例年の傾向を調べれば分かることだった。

そしてこれほどにアマンダ元帥の考えを読める人物ならそれらを

察するのは容易であったろうとも。


「くっ、ぬかったわいっ!

 奴らのあまりの弱さと真相解明の難しさにばかり意識が向いてっ…」


依頼人の的確過ぎる事前準備の不自然さに気付けなかった。

テーブルに叩きつけた手を強く握りしめるアマンダの顔は悔しげだ。

恩師のそんな姿に僅かに憐憫を見せるフリーレだがすぐに頭を振る。

いま考えるべきは慰め方ではない、と。


「先生……だがナカムラ、そうだとしたらこの事件はどう変わる?

 それだけ先生の動きを先読みできるとなれば脅しとしての意味は

 より凶悪なものにはなるが……」


「さて、可能性だけならごまんとある。が、ここまで婆さんの思考や行動を

 読めるのなら逆説的にさっき言った対応をしてほしかったんじゃない?」


「……つまりアマンダ先生にスケジュール通りに動いてほしかったと?」


「実際この一件で元帥閣下殿は行動をコントロールされることになる」


「っ!」


元帥は先程、健在のアピールと事件の影響を否定するために予定通りに

動くと宣言した。それは『予定外の行動が取れなくなった』に等しい。

事件の公表や大々的な捜査は様々な理由からできない。かといって

既に決まっているスケジュールを表沙汰になってない事態を理由に

変更するのもまた難しい。そのため予定通りの行動をするのが敵味方及び

内外を問わずの人物・組織に対してどうしても必要な対応であった。

彼女はガレスト全軍を背負った人物なのだ。その意味と重みは

一国の同ポジションより遥かに勝っている。今回の遊びにしても

それだけの裁量はあることの証明であるが同時にそれ以上の責任を

負っているということでもあるのだ。尤もそれを全うする人物だと

読まれている(・・・・・・)からこそ身動きが取れなくなっているのだが。


「不覚じゃ……あんなバカげた一手でっ…いや、だからこそか!」


「元帥閣下?」


「いったい……」


「たいして被害を出せぬ捨て駒を使うことで騒動にできない理由を

 作らされてしまったということじゃ。しかもこの手口、ワシらが

 それに勘付いてもそうするしかないっ!」


「っ!」


最善を尽くそう、ダメージを減らそう、内外の敵に利することが

ないようにしよう、とすると結局この用意された答えに行き着く。

なんてことだと警護の軍人達もさすがにどよめきだす。

浅はかな暗殺未遂劇はそれを演出した何者かの元帥封じ込め策であった。

少なくともその可能性を提示され、その思惑から逃げられないとなれば

動揺も出よう。


「ん……ナカムラ、一番に気付いたお前の考えを聞かせてくれないか?

 今回の事件が先生の行動を制限するためのものなら黒幕の目的、

 この先にある狙いは何になる?」


「気付いたっていうか……いや、方向性は二つしかないんじゃない?

 予定通りのスケジュール先で元帥閣下にナニカしたいのか。

 元帥閣下が行く予定のない場所でナニカしたいからか」


「……そうじゃろうの、ワシもどっちかしか思いつかん。

 こちらに多少警戒させたとしても決められた場所で仕掛けるためか。

 ワシが予定外の行動をとって自分達の邪魔になる可能性を潰すためか」


「先生の動きを読めるからこそ思い付きの行動をさせないための襲撃。

 つまり先生がこれから行く予定のない場所でナニカが起きる?」


筋が通った推理である。勿論、現状では証拠のない可能性の一つだが

あり得ないと一笑に付せる話でもない。警戒と対策は必要だった。

されど、それは。


「厄介じゃな……そんな場所、山ほどあるからのぅ」


あまりにも候補地が多過ぎるのである。

いくら地球と比べれば狭い世界でも広さはアフリカ大陸並。

人がいる都市や施設だけに制限しても十や二十では全く足りない。

そこから元帥が向かう予定の場所を引いても些細な差である。


「だろうね。婆さんがガレスト一周旅行でもする予定でもなければ

 行かない場所の方がどうしても多くなるだろうし……ああ、でも…」


「でも、なんじゃ?」


無視できない不穏な状況と可能性。しかし肝心の目星がつかないのでは

対策のしようもない。頭を悩ます面々を余所にシンイチはあからさまに

いま何かに気付いた演技(フリ)で不自然に言葉を切って視線を集めた。

猛烈に嫌な予感がしたフリーレの顔がひきつる横で、彼は

胡散臭いニッコリとした笑顔でそれを告げる。


「確か、元帥と俺達はここでしか(・・・・・)ニアミスしない(・・・・・・・)んだよね?」


「「っっ!?!」」


あまりにもわかりやすい答えを。

襲撃直前に語った、聞かされた話を思い出して愕然と見開かれる師弟の眼。

フリーレが確認するようにアマンダを見れば彼女は真顔で頷いた。

本当に元帥と修学旅行の日程はここでしか重ならないのだ。


「ね、狙われているのは……私達?」


「それが一番流れがすっきりするんだよねぇ。

 なあ、元帥閣下殿、もし今回の襲撃事件が起きなかった場合

 あんたおとなしく予定してた動きに戻っていたと自分で思う?」


「え?」


それは答えを確信した問いかけだった。元帥は苦々しい顔ながら肯定する。


「断定はできぬ、が……お主らについていったかもしれんの。

 そうか、そこまで読まれておったのか……そうか……」


そして言葉途中で力無く項垂れていく彼女の表情には複雑な感情が浮かぶ。

寂しさか懐かしさか。望郷のようなそれの意味は誰にも分からない。


「高く買われたもんだ」


「ナカムラ?」


「目印にした俺が元帥の好奇心を刺激すると読んだわけだ。黒幕さんは」


「あっ」


一度思い付きで行動した彼女でも、本来ならしばらくは落ち着くはずでも、

この少年が醸し出す独特の空気感と妙な迫力は個人としても元帥としても

見過ごせるものではない。彼女を知る人間だからこそフリーレはそれに

納得する。してしまう。しかし。


「なんだ、それは……いったい誰だ!?

 そこまで、どうしてそこまで先生の考えや動きが読める!?

 いや、考えたくはないがこれなら身近に内通者がいると考えた方が……」


「無い、とまでは断言できないけど……肝心の元帥当人が

 このふざけた一手に心当たりがあるって顔してるぜ?」


「え、先生?」


「ふふ、ずいぶんと遠い目をしてたな。昔の男でも思い出したか?」


「ハッ、言うではないか小僧……ははん、なるほどのぅ。

 お主気付いたのではなく、自分ならこうする、と考えただけじゃな?」


「……へえ?」


軽口の仕返しか。よく見抜いたと上から褒めるような感心した声。

不遜にして生意気な態度であるが今更であり元帥からすればそんな

ものより彼が暗に認めた方が重要であった。


「道理でお主と話をしておると嫌な感じがするわけじゃ。

 口調はともかくとして、雰囲気ややり口が妙に似ておる。

 ………お主、じつはあやつの子や孫じゃったりせぬか?」


「誰のこと言ってるか知らないけど生憎と血縁者にガレスト人はおろか

 有名人もいないぞ。DNAまで調べたから間違いないと思うぜ」


「なんでそこまで調べたかは横に置くが……先生、それは誰ですか?」


少年の徹底さに呆れながらもフリーレは単刀直入な問いを元帥に向ける。

これに僅かな逡巡を彼女は見せた。そもそもシンイチの指摘を否定も

肯定もしないまま明確な答えをはぐらかしているように元・弟子には

聞こえたのである。これにはむしろ元帥当人が先延ばしにしようと

している自分に気付いて溜め息を吐いた。


「はぁ、本当に耄碌したかの?

 それともこの歳になってまだ青臭いセンチメンタルもっておったのか?」


「先生?」


「フッ」


訝しむ弟子の声に淡く自嘲気味に微笑えんだ元帥だが、これまで以上に

はっきりとした声でどこか淡々とそれを告げた。



「────────アイグオン・オルティス」



ガレスト人なら誰しもが知っている、そして誰をも裏切った男の名を。

それはただ一人を除いた全員に息を呑ませた。中にはこれまで表情は

平静を保っていた者達ですら驚きと緊張をあらわにしていた。

フリーレですら名を聞いただけで手を僅かに震わせ、冷や汗が頬を伝う。

元帥の背後にいる三人などは見るからに顔を青くしていた。

そんな周囲の様子に気付いているだろうにアマンダ元帥は

打って変わって気軽な世間話のような口調で彼について語っていく。


「元ガレスト軍・中将にしてテロ支援組織『無銘』の設立者にしてトップ。

 知っておる者の方が多いじゃろうが、ワシとは奴が軍に入隊してからの

 付き合いじゃ。在学期間は被ってないが出身校が同じワシの後輩での。

 共に首席卒業だったと聞いて腕試しに襲い掛かったのが最初の縁になる」


「おい」


「くくっ、それでもう40年ほどになるか。時間が許すなら昔話の一つ

 でもしたいところじゃが……それだけの年月、内外の様々な相手から

 色々比べられ、そして実際に何度も競い合ったワシが断言しよう

 ────これはあの大馬鹿者の手口じゃ」


なんでもない手を使って後に相手の行動を制限する。

相手の立場、心情、信念を利用して動きを読み、封じる。

見抜かれてもそうするしかない状況を組み立てておく。

そういった思考・戦術面における方向性の酷似と実現できる能力。

またそもそもガレスト軍元帥を明確に警戒する必要がある存在。

それは彼女を自身と戦える敵と認識している者だけである。

そんな者はかつての英雄アイグオン・オルティスしかいないのだ。

ガレストで最も彼を知るといってもいい人物からの断定により

場の緊張感は高まった。しかしだからこそ問わなくてはいけない事が

彼女には出来てしまう。


「……先生、ですがその言い方だとまるで……これが『無銘』の

 作戦では無く、オルティス将軍自身の作戦のように聞こえます」


「そう言っておる」


「っ!?」


「残念ながら、最悪を想定しておかねばなるまい。

 ガレストの生きる伝説に等しい男がお主らを狙っておるとな」


「な、なら、すぐにでも修学旅行の中止を!!」


今度は彼女がテーブルを叩くように立ちあがった。

その顔にあるのはただただ焦燥の色。当然の感情で、判断だ。

彼女には生徒達の安全に気を配る責務がある。しかしこの推測が

当たっていた場合それはもう彼女が対処できる問題を越えてしまう。

個人の力量はもちろん動かせる戦力にも差があり過ぎるのだ。

ゆえに当然の主張であった。しかし元帥は静かに首を振る。


「出来ると思うのか?

 今のは状況証拠による推測とワシの勘じゃ。

 的外れではない自信はあるがの、それでは組織は動かせん。

 ましてやガレスト学園の修学旅行には両世界の友好と安全の

 アピールという側面があるからの」


「ならっ!」


「先に言っておくがワシの行動も変わらぬぞ。この程度の予感では

 もう勝手に動くわけにもいかぬ……一応ワシ自身を狙う目もまだあるしの」


何らかの名目をつけて元帥が修学旅行に同伴(護衛)しても敵の本命が

彼女だった場合は本末転倒となってしまう。また元帥が守りについた事で

修学旅行を狙う手がより強力なものになる可能性もあった。それらが

わかってしまうだけにフリーレは頭を抱えてしまう。


「うっ、しかしそれではっ……っ、どうすればいいというんですか!?」


解決策も対処案も思いつかないうえに逃げることもできない。

項垂れるように、落ちるように腰をおろして歯噛みするフリーレ。


「じゃあとりあえず笑っとけ」


そこへシンイチが呑気で無責任な─胡散くさい─笑みを見せてきた。

これにはさすがのフリーレも呆れつつもその危機感を訴える。


「あ、あのなナカムラ……地球人のお前は知らないだろうが

 オルティス将軍は本当に規格外の超人なんだ。個人の戦闘力に

 統率力や指揮能力も非常に高い。実力者揃いの百対一の模擬戦での完勝。

 摘発した内外の犯罪者は数知れずガレスト中が手を焼いた凶悪犯を単独で

 撃破し、彼が訪れるだけで犯罪発生率が下がるとさえいわれた。また

 少ない手勢で何十万もの輝獣に囲まれた都市を救ったこともある。

 そんな嘘みたいな伝説が全部本当という相手なんだ」


「さっきも言うたがワシとあやつは何かと比べられておった。

 同じ名門士官学校で最高成績を塗り替えた主席卒業者だったからの。

 ま、それもあってちょっかいかけた結果ワシは永遠の二番手じゃよ。

 ……一度も、あやつの本気を見ぬままにの」


「いっておくが先生はこんなでも私より強いからな。

 今なら15本に1本くらいは取れると思うが、その先生ですら…」


「こ、こんな……はぁ、その例えならワシがあやつから1本取ってる間に

 あやつはワシから50本は取っておるだろうの。それで邪魔者と

 カウントしてもらってるだけ有り難いというべきか慎重というべきか。

 相変わらず強者のくせして用心深い男じゃ……」


だからこそ手強いのじゃが、と懐かしくすら思いながら元帥は、だが

緊張感を滲ませている。彼女は誰よりもアイグオン・オルティスという

男の脅威を実感している。だから弟子の動揺と訴えを当然の反応と

思いながらも現実的な話で諭すしかできない。



「────それでも、お前は笑え」



それを、だからどうした、と少年は主張を重ねる。

怪訝な視線が集まるが、シンイチは複数のそれらの中からフリーレの

瞳だけを見つめ返す。そこにはもう形だけの笑みはなかった。


「勝てない相手、強過ぎる敵、世界を相手取る組織の長。

 お前ではどうしようもない問題でも、お前は平気な顔をしてろ」


「っ……立場上そういう振る舞いが必要なのはわかる、だが!」


「立場じゃない!

 お前が駆けつけた時に見せたあいつらの顔を忘れたか?

 みんな、お前が来たことに本気で安堵していた」


「あ……」


「お前が望まず手に入れた勇名は、だが生徒達の心を守っている。

 フリーレ先生がいるから大丈夫ってな」


「…………」


彼女にとってそれは思ってもみなかった話であった。

されどつい先ほどの話でもある。ありありと生徒達の顔が浮かぶ。

本物の犯罪者に襲われたと思いながらも必死で抵抗していた彼らが

自分が現れただけで意識を手放すほど安堵して全てを任せてくれた。

それは未熟な教師を自覚する彼女には何よりも嬉しい信頼である。

──ああ、本当にこいつは私の胸を暖かく(ぽかぽか)するのがうまい


「そのお前の動揺や不安はお前が思う以上に彼らに伝わるぞ。

 ならそれはもうお前がいう教師の責務の範疇だろう……放棄するか?」


「誰がっ! っ、しかしそんな急に笑えといわれても」


あり得ない選択肢につい反射的に怒鳴り返してしまうが、それでも

生徒達を安心させる笑みといわれても困ってしまうフリーレだ。

自らの頬を両手でほぐすように揉むがそこにある表情は笑顔を

意識してしまったゆえか逆にぎこちない。


「……そうだった。

 お前、生徒の前だとなんちゃって鬼教官だったもんな」


「ほほう?」


「うぐぐっ、それは…」


「うーん、笑顔が難しいなら……」


「なら?」


一瞬思案顔をした少年は、だがすぐにニヤリと笑って視線を少し落とす。

そしてそこにあるモノをしっかりと凝視しながらこう告げた。


「そのでかい胸を自信満々に張ってりゃ充分だろ。特に男子どもにはな」


万事解決であるといわんばかりのドヤ顔とサムズアップまで付けて。

それに、思わずか。つられてか。周囲の人間の視線がスーツの胸元を

突き破らんばかりに盛り上げる高い山に集まった。


「っっ!? ナカムラお前!?」


さすがにフリーレも大勢に一気に注目されては羞恥も覚えて腕で隠す。

しかしそんな反応や両腕を使っても隠しきれないボリュームの強調が

かえって視線を集めている自覚はない。


「ハ、ハハハッ! 確かに年頃の小僧どもにはそっちの方が有効だわい!」


「先生まで!?」


「いやはや3年前よりまた育ったのではないかフリーレ?

 しかもあちらの普通のスーツ姿がかえってエロいほどに……あ、いや、

 とっても似合っておるぞ」


「今はっきり言いましたよね!? 言い直す意味ないぐらい言いましたよね!?」


「そうなんですよ。正直年頃の男子としては目に毒で、つい目が……」


「なにをいうか! これを私に着せたのはお前だろうが!

 しかも後からプレゼントされてたと知った私の気持ちも考えろ!!」


「ああ、やっぱり気付いてなかったんだな。

 気付いた瞬間に立ち会えなくてじつに残念だ」


「言葉と顔が一致してないぞ! 楽しそうに笑いながらいうことか!?」


「あ、白雪、記録映像あとで送ってくれる?」


〈記録がある前提で乞われたのは謎ですが、了承〉


「送るな! というかなんで記録してあるんだ!? 消せ!!」


けらけらと明らかにフリーレで遊びながら笑う少年と悪乗りするAI。

彼らに振り回されて右往左往している彼女は様々な感情を発露していた。

先程までの重苦しさなど嘘だったかのように。


「くくっ、これは……まいったの」


完全にしてやられたと元帥はその裏でひとりごちる。

自らも少し乗っかったが、今も目の前で続く気安いやり取り(からかい)

どこまでもバカバカしくて、ふざけたもので、今ある問題を解決に

導くものではない。が、いま彼女の焦燥を取り除くには必要なもので、

元帥がかつてフリーレに与えてはやれなかったものであった。


「────まったく! お前は本当に急に脈絡なくふざけて!」


「そう? 俺はわりといつも先生の魅力的なバストに本気で夢中だよ?」


「うそつけ! お前が私の胸を見てる時なんてせいぜいこうして

 それをネタにからかってくる時、だけ、で…………あ」


「どうした?」


はたから見て、親代わりから見て、いつものやり取りっぽさを

ふんだんに見せつけていた両者だが、ふいにフリーレの言葉が止まる。

その顔にはまず驚きが、そして次には気付きの閃きへの喜びが出た。


「そうか、だからか」


「……本当にどうした?」


「いや、どうしてお前とはこんなにも話しやすいのか。

 どうして緊張せずに気楽に接せられるのかと思っていたが、うむ。

 お前が相手の顔を、その眼をしっかり見るからだったんだなって」


「なに?」


「思い返すと私はお前の目といつも目が合っていた……それは

 いつもお前が私の目を見て話をしてくれていたからだろう。

 うん、なんだかそれが私にはとっても性に合っていたらしい」


分かって良かった。

と、まるで長年の謎でも解けたように、暖かなモノを実感できたと

抱きしめるように、ふんわりとした微笑を浮かべてしみじみと語るフリーレ。


「…………」


だがそれを向けられた少年はそれどころではない。それがとても

愛らしく素敵な笑みであったのが、余計に彼の心をささくれ立たせる。

怒鳴り散らさなかったことを褒めてほしいと思いながら彼はゆっくりと

元帥に視線を向けた


「…………おい」


「…………みなまでいうでない」


表情が“無”であるため眼にある不機嫌さが際立っていた。

元帥はただただ渋面で同意の白旗をあげるしかない。そして意図や

感情を察するのが異様に上手な少年と、コレとよく似ているという男と

40年以上付き合いがあった人物である。目で二、三語り合えば

方針は決まった。


「そういえば何の話してたんだっけ?」


「あ……オルティス将軍への対策!」


「そうそう、それが無くて困ってるって話だったか。でもさ、そこは

 柔軟に考えるべきでしょ。自分に出来ないことは出来る相手に

 やってもらえばいい、でしょ?」


「それはそうだろうが、彼の将軍の相手が出来る者など……ん?」


フリーレの目を見るシンイチ。

シンイチの目を見るフリーレ。

見つめ合ってニコリと笑う少年とピシリと固まる女教師。

そこに答えがあった。


「くくっ、どうしてすぐに思いつかなかったかな?」


「……正直、いわれるまで頭の片隅にも無かった。

 いやそもそもこれはアレに頼っていい話なのか?」


「自分達で、が先にあったからか。お前らしいよ」


シンイチ─マスカレイド─の存在を考えてすらいなかった動揺に

じつは少し疑問だった少年もその答えに納得する。強大な力に

頼り過ぎない。あるいは一から十まで甘えてはいけないと

どこかで思っていたのだろう。律儀な話で、彼女らしい話だった。


「………おーい、お主らだけで通じ合っとるでないぞ。

 なんぞ策があるのであろう?」


「いや、単純にフリーレにはその心当たりと連絡つけれるって話。

 この前話してくれた例の女医さんに預けられたアドレスで」


「おっ、おい小僧それはっ……いや、案外いけるか?

 フリーレ、小僧、頼むからこの場では相手の名前を出すでないぞ。

 その事実は軍部ではワシを含めた一部しか知らぬ話だからな?」


「わかりました……しかし……本当に、いいのだろうか?」


「さて、ダメなら断られるだけでしょ。でもアレは過去に何度か

 学園生徒を助けてくれたことがある。希望はあるんじゃない?」


「要請するだけならタダじゃ、してみるがよかろう。あいにくと

 この部屋は今、通信遮断中じゃから外に出てもらう必要があるが……」


仮にも警察署の会議室。外部に知られたくない話であるケースも多い。

そのためそういった機能が標準で存在しており秘匿性の高い事件ゆえに

当初から稼働中だった。


「もうよろしいので?」


「事情聴取と状況説明も終わった。それに話をして分かった。

 お主はもちろんその小僧もこれを吹聴するようなアホウではない。

 なら、もう閉じ込めておく必要はないじゃろう」


シンイチとフリーレがそんな場所に押し込まれていたのは今回の事件が

公に出来ないのが終結時点で分かっていたためその口止めの必要性からだ。

その手続きや事情聴取、襲撃と無関係であること─疑いが現時点では

無いこと─の証明もしなければならない。公にはできずも組織のトップが

襲撃されたのだ。一部の者達には報告しないわけにもいかないため

そういった対応が求められてしまう。しかも今はオルティス将軍の

関与の疑いまで出た以上、組織として動けずとも軍部高官に話は

通しておく必要性まで生じているが、それは以後の話であろう。

つまり犯人らの取り調べや簡単ながら裏付けが終わらない限り

その場にいた以上、知人や子供だからと解放できなかったのだ。

尤もこの場にいない者達へは軍部に明るいフリーレと子供という

立場ゆえに口止めが出来たと元帥は押し切る予定である。


「では、失礼して……あ、ナカムラ」


「ん、なに?」


お前の気持ちは(・・・・・・・)嬉しいが(・・・・)、既に教師たる私が元帥に怒っている。

 あとで正式に抗議もする予定だ。だからここは私の顔を立ててくれ」


席を立ち、歩き出したタイミングで。

まるで隙を狙うように発せられた言葉はシンイチをして、

いやシンイチ相手だからこそ彼を一瞬黙らせたうえで頷かせる。


「…………お前も俺の扱い方がうまくなってきたな、わかったよ」


「ありがとう」


ふわりと笑って感謝を述べたフリーレは一度元帥に頭を下げた後、

会議室から出ていった。内容が内容であり、最終的な相手が相手で

あるためその足取りは署内のどこかではなく外部を目指すものだ。

しかしそれを見送った室内は、瞬間的に空気が悪化していた。

ともすればオルティス将軍の名が出た時以上に“重苦しい”。


「……ナカムラ・シンイチ君、じゃったか」


その圧を放っている当人にこの場で最も高い地位にある彼女は

挑まないわけにはいかなかった。名高きガレスト軍元帥が無名の少年に

挑んでいる時点でおかしいが、この場でそれを異常に思える者はいない。

その二人を除いた者達は全員が呼吸もままならないと思う程の息苦しさと

気を抜けば意識が飛びそうな感覚に青い顔で抗うのが精一杯なのだから。


「別にいいよ、挨拶してないのはお互い様だし」


今更名乗り合うのも違うだろう、と目で語る少年の態度は一見すると

理解を示すようでいてこちらと慣れ合う気はないという断絶のそれだ。

フリーレによる去り際の気遣いがあってこれである。あの取り成しが

なければどれほどであったか元帥は想像もしたくなかった。


「いつ戻ってくるか分からないから先にいうが、聞いていた通り

 修学旅行へのちょっかい以外は俺、釘を刺されてないからな?」


そういってにっこり微笑む少年の、なんと背筋が凍るおぞましき表情か。

形だけは完璧な笑顔なのに見せられた側は彼が微塵も笑ってないと

問答無用で理解させる空気と圧を纏うそれ。笑顔とは本来攻撃的な

表情であることを否応なく実感させてくる。アマンダは体感温度が

一気に10度は下がったように感じていた。彼女はそれ以外の件で

この少年の不興を買う行為をした自覚がある。さらにここまでの

会話で別件も気付かされてしまった。

なら口にできる言葉は単なる確認作業でしかない。


「………いつから、どこまで、気付いておった?」


「いつから、はあんたが元帥と知ったあの瞬間だ。

 どこまで、はヒューイック医師からのリークであらかた」


端的な、主語の欠けた問いだがシンイチは存外に素直に答えた。

それはこれが彼女が戻るまでの会談であると互いに認識しているからだ。

尤も返答の後者についてはそれ以前から察知していたがそこまでの

情報収集能力を元帥らに明かす気のないシンイチのいつもの言い回しである。

サンドラ医師からの情報で補足したのだから嘘ではない。


「事前にそういった動きがあると知っておったわけか。

 なるほど、ならワシが出てきた時点で疑うは道理か」


「ああ、それに散々予想外にうまく抵抗されたといってたからね。

 なら、予想内で済んだ場合はどんな絵になるかを考えたら……

 ずいぶんと見るに堪えない面白い絵面になるじゃないか?」


アハハ、とこぼれ出た笑い声のなんと寒々しく渇いたそれか。

彼がどれだけその光景を嘲笑い、こき下ろし、怒っているかの表現だ。

さもありなん。元帥とそれ付きの現役軍人達が画策した攻略不可能の

事件に完敗する生徒達(1-D)。疑似事件の程度と参加した軍人らの実力を

誤魔化された場合、それを見せられた担任教師の心情はいかほどか。

そこで師であり恩義ある女性から教師としての仕事ぶりを

否定されたら。そのうえで慰めのように勧誘の言葉をかければ

どうなっていたか。シンイチと出会う前の、仕事も異母兄との仲も

うまくいかず独りで思い悩んでいた彼女なら、果たして。


「…………」


少年が匂わした絵が見えていないわけがない元帥だが、返すは沈黙。

しかしこの場でそれは認めたに等しい。また彼女は無表情を装っていたが

シンイチの目からすれば罪悪感と後悔が丸見えであった。


「さすがは元帥閣下殿だ。相手が我が子同然の愛弟子相手でも

 洗脳の手本みたいな手段で操ろうとするとはご立派なことだ」


見抜いたうえでそこに塩を塗りこむのが彼であるが。


「……ハハッ、容赦ないのう」


これにはさすがに無表情も揺らいで力無く笑う。

そのせいか老年ながら力強さがあった元帥が一気に老けたようだ。


「否定も言い訳もせぬよ、お主の想像通りじゃ」


「ふん、なら想像ついでに続きの妄想を垂れ流そう。

 それが失敗したと見るやすぐさま別口で引き込もうとしたな?

 今回の事件や少し話題に出した本物の女通り魔とか他の案件で

 危機感と同情心を安く買い、恩義を盾に協力体制でも作れれば

 あとはなし崩しで、か? そのためにわざわざ部下たち(こいつら)

 俺が何をしても言っても注意しないように命じておいたんだろ?

 親しい相手をけなしたと取られて悪感情を抱かれないように」


「やはり、少々不自然じゃったか」


「当たり前だ。

 慣れちまった上に他の生徒達に意識が向いていたあいつは仕方ないが

 いくらなんでも俺の態度を誰も注意しないのはおかしい」


地球世界の一般人にして、特殊な学園の生徒とはいえ底辺Dクラス所属。

そんな子供がガレスト世界の安寧を預かる軍のトップとあたかも同格か

それ以上の立場のように会話しているのだ。これが初対面だというのに。

元帥たちが疑似事件を企てて襲った事情を差し引いても非礼が過ぎる。

尤もそれを当人が主張することにはさすがに彼女も「自分でいうか」と

戸惑った。が。


「なんじゃ、お主その自覚はあったわけか」


「ああ、無礼には無礼、傲慢には傲慢を返すのが俺の信条(やり口)でね」


「っ」


そのカウンターは痛烈であった。

俺の態度が悪いのはお前達の態度の鏡に過ぎないと。


「でもそういう事情だから俺も問題無いよな、アマンダ・ガルドレッド?」


責の在り処をなし崩しで流す事を認めろというなら。

失敗したから、事情があったから、非道な思惑を見て見ぬ振りを

しろというのなら、こっちの非礼も当然許してくれるよな、という

無礼な呼び捨てを交えた皮肉。


「…………」


元帥はその言外の意図を正確に受け取っていた。その衝撃に言葉が無い。

程度の差はあれど自分達の落ち度・驕りを的確に見せつけられたのだ。

それは彼と一度対峙した元帥よりも、彼の振る舞いに内心では苛立ちや

怒りを覚えていた周囲の軍人達の方が衝撃を受けていた。

そして彼がそれをフリーレに明かさないように振る舞ったのは

ひとえに彼女の心情を慮ったからだけ(・・)だろうとも。


「はぁ、本当に参ったの。

 途中からどころか最初から全部お主の手の平じゃったわけか」


こちらが会議室内の様子を覗いていたことに気付きながらも

気安い関係であると見せつけることで親しさをアピールし、

逆に反応を窺われていた。そしてあてつけに無礼に振る舞いながら

話の流れを、見抜いていた問題を使って誘導することで元帥側が

話の主導権を取れなくしたのだ。


「末恐ろしい小僧じゃ……いや、これは手慣れておるな。

 お主、じつはあやつが化けておるとか言わぬじゃろうな?」


「おいおい、どんだけ性格悪いんだよその将軍さまは?」


「ハハッ、まあ確かに手口は似ておるが思想はちょっと違うかの。

 あやつはもっと全体主義的というかガレストという世界を愛して

 おったが……」


「生憎と全体主義でも個人主義でもねえよ。

 俺はただ気に入ったモノに勝手に味方してるだけだ」


「それはそれで怖いのう。知らぬ間に不評を買えば

 気付いた時には裏でお主に全部支配されていそうじゃ」


「心配するな。

 少なくともお前周りは何もしてやらない(・・・・・・・・)から」


にっこりと─中身のない─微笑みを浮かべるシンイチ少年。

呻いて─露骨に─頬を引き攣らせるアマンダ元帥だ。

彼らの間にはこれだけで意思疎通が出来ていた。元帥たちが

フリーレを強引にでも連れ戻そうとした理由に自分は手を

貸さないという意思表示であると。


少年が気に掛けるのがあくまでフリーレ個人である以上は、

彼女を無理に巻き込むことを良しとしない以上は、元帥達が

彼女を傷つける策略を企てた以上は、もはやこの言葉は覆らない。


ある種、元帥が彼の実力を認めてしまったゆえに何もしないという

宣言がこれ以上ないほど困る発言になってしまっていた。当然彼は

わかって言っているので実に性格が悪い(平常運転である)

とはいえ、時間が無いことを鑑みてか。笑顔と呻き顔の妙な

見合いは彼が先に崩すことで終わりを告げる。


「……ったく。

 変に搦め手使わないで、あいつに正面から素直に戻ってきてくれ、

 って言えば良かったのに。少なくとも俺の邪魔は入らなかったぜ?」


「そうじゃろうな。だがあれでフリーレは自分で決めた事には

 頑固じゃし、そもあの様子では絶対に頷くまい?」


「そこは知らねえよ。てめえの交渉力の問題だ。

 ま、寂しがり屋の女の子一人いなくちゃ何もできません等と

 ほざく無能どもに口説き落とせるとも思えないがな」


「これはまた手厳しいのう。

 じゃが……女の子、ときたか。先程のを見せられては否定もできんわい」


アマンダ元帥とてフリーレがどこか停滞したままの幼さを抱えている事は

分かっていた。しかし時を重ねれば自然と成長するだろうと高を括り、

実父の存命や家同士の関係も考えてそこまで踏み込まなかった。

本当に彼女に必要だったのは環境の変化だけでなく、彼女と並んで

見合ってくれる誰かの温もりと真っ直ぐな目であったというのに。

そんな後悔を滲ませる顔を見せる元帥にシンイチはしかし、

白い目を向ける。


「今まであいつの何を見てたんだって話だが……そうやって解り易く

 落ち込める方向に逃げてんじゃねえよ。単純な話をややこしく

 したのはてめえだろうが! 目を反らすんじゃねえ!」


「ぬ?」


「お前がただ助けてくれと言うだけであいつは助けようとしただろうに。

 なのにわざわざこんな……妙なところが臆病なのは弟子と一緒だな」


「ぐっ!?」


フリーレが元帥に対して一定の敬意と恩義、信頼があるのはここでの

会話だけ見ても察せられる。そして彼女はそんな相手からの懇願を

無下にできるような人間ではない。その程度のことがアマンダ元帥に

解らなかったとも思えない。事実彼女はその指摘に図星とばかりに

項垂れてしまう。周囲の軍人達もそれで今更ながら気付いたらしく

どこか気まずい表情を浮かべながら、今の元帥になんと言葉を

かけていいか分からないと複雑な視線を向けていた。それを

つまらなそうに、遠い異国の出来事でも見ているように眺める

シンイチは突如、独り言のようにこう呟いた。


「そういえば……フリーレはなんで教師になったんだろうな?」


「は?」


脈絡のない、けれど関係が深い彼女の話に顔を上げた元帥に

とぼけた顔をした少年を訝しげに思いながら知るところを語った。


「……知っておるのじゃろうが兄のことがあって、であろう?

 一番近しい職場に入るには教師であった方が都合が良いからの」


「無論それが大きかったんだろうが、だからといって無茶な短期間での

 勉強と限定的な資格取得という手間をかけてまで無理に教師に

 ならなくとも学園に入る立場はあいつなら他に用意できたんじゃない?」


フリーレの辞職は半ば脅迫に近い彼女の行動によるもので、クトリアへの

移住許可も力技で得たものであった。それでも学園教師になれたのは

身元がはっきりしている上に─若干盛られた─名声と実績のおかげも

あったがそういった本人の努力も理由であった。尤もこの事実を知った

シンイチは「努力する部分と方向性を若干間違えてないか?」と

言ったとか言わないとか。元帥も同意見なのか思い返すように

苦笑を浮かべながら同意する。


「まあ、確かにの。あれの経歴なら特別戦技教官とか名誉顧問、

 クトリア防衛隊に転属して後進育成や学園防衛の名目で常駐とかいう

 裏ワザもできなくはないの……そんな器用な発想ができる娘ではないが」


しかし同時にそんな要領の良さはないという見解も共に同意見であり

シンイチは否定せずに頷く。


「大方、学園で働くなら教師、ってイメージしか無かっただけ。

 とかではないかと俺は予想しているけど……やっと意味がわかったよ」


クスリと意味ありげに笑ったシンイチはそこで元帥に目をやる。

彼女はその視線が今日初めて、真っ直ぐに自分を見ていると

感じさせられるものであったことに面食らう。が、続く言葉の方が

アマンダ元帥には不意打ちに近い“攻撃”であった。


「あいつにとって『先生』に悪いイメージが無かったからだろうな」


ねえ、先生?


「…………」


余程、想定外であったのか。意表を突かれたとばかりに呆けた顔は

隙だらけで、間抜けにも開いた口がいつまでも塞がらない。それでも

次第に我に返っていくが、照れ臭いのか罪悪感か目が泳ぎだす。

自分との触れ合いが、彼女の選択肢に無意識レベルかもしれないが

影響を与えたという事実が、その教師職へのあの真っ直ぐな意気込みが、

気恥ずかしいやら誇らしいやら申し訳ないやら。忙しい事に

なってしまう元帥の胸中を、


「今回の件でどれだけマイナスになったかは知らんがな」

「ぐふっ!?」


抉るように傷を掘り返す辺りがシンイチの真骨頂である。


「────失礼します。

 いま先方から色よい返事がもらえ……先生?」


そこへまるで見計らったかのようなタイミングでフリーレが戻った。

ただそこにあったのはテーブルに突っ伏すように沈んでいる元帥と

彼女を見る部下達の微妙な視線で、だが困惑は一瞬であった。

原因は明白(笑う少年)なのだから。


「おい、ナカムラお前何を?」


「約束は守ったよ。けど遊ばないとは言ってない」


「あ~、しまった」


「これでも手加減したんだけど予想以上に致死量(クリティカル)だったか」


「マジか……お主これを遊びと、加減しとったと抜かすか?

 しかも量で換算? 数で攻められとったのか? 質ではなく?」


「アハハハッ、そっちが良かったかいお嬢さん?」


「ひっ」


「先生、何があったかは知りませんし聞きませんが……本当だと思います」


信じられないという眼差しに少年は余裕の笑みで女教師は彼の主張を認めた。

心中お察ししますといいたげな目で。微妙な空気感を漂わせる会議室で

元帥は怯えが若干混ざった乾いた笑い声をこぼすしかなかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 今回の話もとても面白かったです 更新頑張ってください、もっと先がみたいです。
[一言] 更新ありがとうございます(*´∀`*) こうやって遊んでるシーンがとても好きです。
[一言] オルティス元将軍とマスカレイドの直接対峙かなぁ そうなったらヒナとリョウの動向が気になるところ
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