性質の悪い遊び(後編)
「ま、及第点ってところか……」
必死の形相でそれを選んだ彼らに併走ならぬ併スイング中の
シンイチは片手で老婆を抱えながら彼らの行動をそう評す。
この呟きに生徒達は赤点ではなかったと見るからに安堵していた。
「て、手厳しくないかえ?
ワシはなかなかうまい撤退じゃったと思うたがの?」
逆にその評価に怪訝な顔をしたのは老婆であった。だがシンイチは
それに答えるのも面倒だといわんばかりに表情を歪めたが評価の
中身を語るのも必要と判断したのか淡々と生徒に向けて語る。
「行動選択にスキルのチョイス、逃走経路も悪くない。
が、保護対象を俺任せ、逃走手段が目立つクモ男ごっこ、そして──」
スイングを軽々と続けながら少年は背後を覗き見て、器用に肩を竦める。
「──せめてあと二つか三つぐらい足止め用の罠が欲しいところだ」
「のわああぁぁっ!?!」
溜め息混じりのそんな言葉に被さるように遠くで女の絶叫が響く。
もう遠い後方を覗けば女通り魔達が何故か路面に顔面から盛大に
ダイブしているように見えた。
「……なんじゃあれ?」
「いえ、じつは足元に何本かロープを張っておいたんです」
「立体映像を被せて普通の道に見えるようにして」
「引っ掛かってくれて良かったぁ、あれしか咄嗟に用意できなかったんだよね」
せめてもっと時間があれば、と悔しがる生徒らの姿に老婆は目を瞬かせる。
「地球の学園ではそういった教育しとるのかえ?」
「いいえ、全部彼の影響です」
頷きで同意する生徒達の反応に自らを抱える少年を見上げる老婆。
彼は意に介した風もなく無表情で端的な言葉を返した。
「何か文句でも?」
ありません、何もないです、という返事が全員から即座に出る辺り
力関係の教育がしっかりなされてしまっているのは明白だった。
「ふん、目立つスイングで上を向かせて足元に罠、ってのは悪くないが
せめてトリモチとか合わせれば足止めとしては上々だったんだがな。
ほら、迫ってきてるぞ」
「げ!?」
こけた三者はとっくに起き上がって人気も車両もない路面を疾走していた。
身体強化系スキルか。元々のステータスか。それらの合わせ技か。
あるいはその表情に気持ち浮かんでいる怒気ゆえか。生徒達が
虚を突いて作った距離がみるみる縮まっていくのが目に見えた。
「どうするの!? この速度だとホテルつく前に追いつかれちゃう!」
「どうするっていわれても!?」
迫る脅威に慌てだす生徒達を横目にシンイチはぽつりと呟く。
「面倒になってきたな、このへんのビルでも壊して道を塞いで」
「「「やめて!!」」」
「「やめろ!!」」
異口同音か。
いくら彼の影響を受けてるといってもそれはまずいと感じたのか。
こいつなら本当にやる、という怯えにも似た空気で全員が彼を制止する。
老婆もそれを敏感に感じ取ってか驚愕の目でシンイチを見上げていた。
「ん? 建物を壊しちゃダメなのってあっちもじゃない?」
「あ? ああ、そうか!
腕試し通り魔と建造物破壊だと手配の度合いが違う!」
高度な医療機器と実戦が身近にあるガレストという世界では戦士が受けた
傷害被害というのは程度にもよるが罪は罪でも即座に全都市手配にはならない。
しかし物資不足の世界なため意図的な、悪意ある建造物の破壊は重罪になる。
なら周囲の建物を壊してはいけないのは犯罪者といえどあちらも同じ。
「全員、詳細マップ網膜投映! 降りるぞ!」
その使い道を思いついた彼らは一斉にスイングを解除して路面に降りた。
着地の衝撃を風系シールドを足場にする形でやわらげながら。
「敵、マーク完了!」
「ルート選択共有! 走って!」
網膜にARのように映る地図に走るラインは大通りから離れ、細い歩道を
意図的に選んでジグザグに進んでいき、それをなぞるように彼らは走る。
「お、おおっ、老体にはきついの!?
ところでおぬしらどうしてホテル方面に向かっておるのじゃ?
こういう場合はまず警察署ではないかの!?」
「いや、だって、その近くで通信妨害かけて襲い掛かってきたんだよ!?」
「しかも目的はドゥネージュ先生だっていうんだから!」
「そんな連中が警察署に逃げ込まれるのを許すわけない!」
きっとその方面には抜けられないような仕組みか仲間がいたはずだ。
生徒達の推測に、なるほど、と感心する老婆を尻目に彼らは選んだルートを
走り抜けながら思いつく限りの罠を設置していく。
煙幕とトリモチの組み合わせでの足止め
武装奪取阻止システムを悪用した電撃トラップ。
路地に蜘蛛の巣状に張られたロープ。
通路を塞ぐ形で展開された複数のシールド。
立体映像による袋小路の偽装。
etc.
一つ一つは女通り魔たちを完全に足止めできてはいない。だが
複雑な移動経路と足を一時止めざるをえない罠が速度を落とさせていた。
最初に作った距離はかなり縮まっていたが通り魔たちは残りの数歩を、
建物が邪魔で踏み込めない。その距離を埋められない。しかしそれは
生徒達にとっては彼女達を引き離せないということでもあった。
「これどう考えてもジリ貧だよね?」
「……覚悟、決めないと」
「すぐそこにいい場所あるから、そこでやろう!」
ヘッドギアのゴーグル越しに頷き合って、生徒達が足を止めたのは
道というよりは建物の裏手と裏手が向かい合って成立してるような
人ひとり程度の肩幅しかない細い路地であった。抜けきれば大通りへの
道もあるが彼らはそこを適当として一列に並んで待ち構える。少しでも
乱れた息を落ち着かせようとしていたがそれよりも相手の到着が先だった。
「や、やっと追いついた!」
「ちょこまか逃げるのはもうお終いかい!」
「手間取らせたお礼、たっぷりとしてあげるわ!」
こちらと違って息一つ乱れてない通り魔たちは一斉に飛びかかろうと
して、だが二の足を踏んだ。
「っ!? 小賢しい真似を!!」
細い路地では三人が同時に襲い掛かれるスペースがないのだ。
特に大槌と長剣を構えていた二名は自分の武器が邪魔になっている。
その戸惑いと逡巡を狙って生徒最後尾の少女が構えたライフルが光を放つ。
列をなす仲間達の顔横を通り抜け、隙間の少ないその空間を光弾が進む。
「しゃらくせぇっ!!」
しかしナックル装着の女がアッパーカットのような拳動で弾いた。
建物を超える高さまで殴り飛ばされた弾丸が光の塵と散る。
「おらっ!」
「ぐうぅぅっ!?!」
隙間なく踏み込んできた女の重たい拳打を先頭が透明盾で受けた。
身体強化と防御スキルを組み合わせてしっかり踏ん張ったつもりが
足が路面から離れたような浮遊感を味わって背筋が凍る。視界確保で
選んだ透明盾越しに凶暴な笑みを見せる女に腰が抜けそうになる。
後ろの二人が支えてくれなければ吹き飛ばされていただろう。
それを信じていた四人目が跳び上がって三人を超えると落ちるように
さすまた状の長槍を突き立てるが女はバックステップで避けていた。
そこへ長剣と大槌を銃器に切り替えた女達の銃撃が襲う。
「重ねるぞ!」
「おう!」
「「『リフレクト』!」」
二人目、三人目となった生徒が同じくさすまた型の槍を突き出し、
その先端で亀甲模様の半透明の壁を展開した。衝撃を反射するシールドスキルだ。
二重に張られたその壁は弾丸の雨に撃ち崩されながらも大多数を跳ね返す。
「ちっ!」
乱雑に跳ね返った光弾は両側の壁を傷つけ焦がしたが、三分の一程が
発射した彼女達自身を襲う。生身の彼女たちはシールドを張って難なく
防ぐものの攻めきれないことへの不満と苛立ちを顔に浮かべていた。
最後尾の生徒はそれを狙うようにライフルのスコープを覗く。
「でかいのいくよ!」
「おし! 『サイレントルーム』!」
「は?」
「──────っ!」
スキルを唱えた途端彼らを半透明の薄い膜が覆って、最後尾の叫びが消えた。
女通り魔たちはなぜこの瞬間に日常系のスキルを。それも内外の音をそれぞれ
遮断するタイプのスキルを使ったのか意図が分からず困惑した。続いて
発射された光弾が自分達の中間地点で煌めくまでの話だったが。
「スタングレネ────っっ!?!」
その正体に気付いた誰かは名称を最後まで発言できたのか。
声をかき消す聴覚への攻撃といえる轟音と何もかも白く塗り潰す
暴力的な光によって当人ですら分からなくなったことだろう。
しかしプロテクターとスキルで光と音を遮断していた生徒達は別だ。
「斉射!」
耳と目が機能しなくなった彼女達に生徒達は全員同じ大口径ライフルを
構えて引鉄をひいた。拳大の銃口から放たれたのは光弾ではなく
カラーボールのような色と形状の粘着弾。それが豪速球並の速度で
彼女達の体に衝突する。
「ぐっ!!」
「がぁ!?」
「っ、た!?!」
スタングレネードの影響下では回避も受け身も出来なかったのだろう。
衝撃に呻きながら、ある者は倒され、ある者は壁に叩きつけられた。
着弾の衝撃で破裂した粘着弾はジェル状の物体をまき散らすように
彼女達の体にまとわりつかせて路面や壁に張り付ける。
「よしっ!!」
「どうだ!」
やっと明確な“一撃”を入れられたと気勢をあげる生徒達。
だがその顔にあるのは安堵には程遠い表情で言葉は虚勢だ。
これで終わってくれない予感に全員が硬い表情を浮かべていた。
「ああ、ぬかったわ……まんまと誘い込まれてこのザマ」
「防護盾に、サスマタ、スタングレネード使用許可に暴徒鎮圧用ライフル。
警邏隊の基本装備ね……貸与されていたのを忘れていたよ」
「これは、あとで私達が叱られるパターンかしら?」
それらを証明するかのように三人は落ち着いた口調で冷静に何を使って
何をされたかを分析し理解していた。その凪のような静けさに生徒達は
背筋が凍り、冷や汗がどっと流れて息が詰まった。眠れる虎が起きる。
分かっているのに何かする方が状況が悪化する気がして誰も何もできない。
「じゃあ、こっからは少しギア上げますか」
よっ、と気軽な声をあげてナックル装備の女性が起き上がった。
ジェル状の粘着物を力尽くで引きちぎり、あるいは路面ごと引きはがして。
「マジかよ」
他の二名も同じように粘着ジェルの拘束から力技で逃れていく。
それらの残滓や路面の破片が体のあちこちに引っ付いたまま、という
どこか間抜けな姿ではあったが笑える者は誰もいない。自分達の誰も
簡易外骨格やスキルを駆使しても同じことはできないのだから。
「ステータスの差って本当に残酷!」
「くるぞ! 各員なんとか耐えろ!」
「アバウトな指示をどうも!」
「こなくそ、やってやる!!」
それでも士気が落ちない生徒達の様子に女達は機嫌よさげに笑うと
彼らを倣うように一列に並んだ。そして入れ代り立ち代りに攻め始める。
一気呵成の如く激しい攻勢に素の能力が大きく劣る彼らは意識も装備も
スキルも全てを防御に回して耐えるしかなくなり追い込まれていくのだった。
「お主は加勢せぬのか?」
生徒達は能力が劣るなりに充分よくやったといえた。
狭い路地であることで攻撃が限定的なおかげで今も猛攻を耐えている。
しかしそれは今この一時だけの話ですぐにその防御は打ち崩されてしまうと
素人でもわかる状況だ。路地を抜けた先に出されていた老婆はだからこそ
隣の少年にそう問いかけた。しかし返ってきた声はひどく面倒くさそうで、
だが老婆からすれば予想外の言葉だった。
「もう勝ってるのにどうして手助けしなきゃならないんだ?」
「は? いや、どう見てもあと数分もすれば押し負けるじゃろ?」
「だからあいつらの勝ちだろう。あと数分はもつんだから」
当然の疑問は、溜め息混じりに出来の悪い生徒に教えるかのように返される。
数分この状態を維持できるなら生徒達の勝利。その主張の意味するところを
老婆は思わず考えてしまう。だが意識を一瞬余所にもっていったのが
失敗といえば失敗であった。
「っ、まさかお主たち最初から────っっ!?!」
気付けば彼の手で頭を鷲掴みされていた。
腰が曲がっている老婆とはいえ元は長身と思われる彼女の背丈は少年と並ぶ。
それでも上から押さえつけられているように感じる握力と威圧。自身の三倍以上の
背丈を持った存在に押さえつけられたようにさえ老婆は思えた。
「そうだ。
最初から戦う気も逃げ切る気もなかったし、
最初からお前のことを全員が怪しいと睨んでいた」
そして一瞬前まであった気怠げな声は本能的な怖気を感じさせる無機質な物に
変わり淡々とその事実だけを告げた。それは人間が人間に向ける声ではない。
頭を押さえられているのも合わさって、まるでケースの中に閉じ込められた
実験動物にでもなった気分にさせられる。とぼける気も誤魔化す気も起きない。
否、それをしてはまずいと警鐘が鳴る。このまま頭を握り潰されるイメージが
脳裏に浮かんで消えない。
「……どうしてバレたのか聞いてもよいか?」
「教える義理はない。お前はただここで何もしないでいればいい。
それすら出来ないなら────出来るようにしてやるだけだ」
「っ、あがっ!?!」
取り付く島もないままに頭を掴む指に力が込められる。
老体を微塵も慮らない万力のようなそれに鈍い痛みが走り、呻き声が出た。
まずい、と本能的な恐怖心がわいてくる。殺意は無い。それどころか
悪意も敵意も戦意も感じない。けれども力を加えられた頭蓋の痛みに
加減は無い。少年はそれらの感情を微塵も持たないまま自分の脳漿を
ぶちまけられると老婆は─遅まきながら─本気で恐れた。
生徒達はまことにうまくやった。正体不明の怪しい老婆を
表情ひとつ動かさずに始末できる者に押し付けたのだから。
「っ────舐めるなよ小僧!」
今も格上相手に奮戦している彼らを内心で褒め称えながら、だが
老婆の心には自分を抑えこむ少年への怒りにも似た戦意が燃え滾った。
自信がある。自負がある。立場がある。責任がある。意志がある。
ならば多少大人気なかろうともここで押し負けるわけにはいかない。
一瞬で全身に力が漲り、好々爺を装っていた表情が獰猛な牙を向く。
手にしてた杖に仕込んでいた刃を引き抜───
「っ!?!」
───けなかった。
杖を掴む腕が震える。
曲げていた腰を戻せない。
飛び掛からんとした膝が動かない。
脳から全身のあらゆる場所に動けと指令は出ているが何故か言う事をきかない。
「人体というものは構造上できない動きというものがある」
「っ」
どうして、と頭の痛みより当惑が勝る彼女に抑揚のない機械染みた声が落ちてきた。
「また動作によっては全身の連動だったり重心移動が必要なものがある」
「な、なに、を…っ!?」
知識としてはそういったことは知っている。
何かの雑学として、椅子に座る人間は額を押さえられると立てないとも聞く。
だがそれをいま告げる意味は何だと考えて、自らの全身を見渡して絶句する。
「なら、それら仕組みを把握してしまえば軽い押さえや小さな障害物でも
配置によってはどんな達人も容易に動きを封じられる」
「…………」
果たしてその言葉通りか。見るからに小さな、そして彼女からすれば
脆そうに感じるエネルギー状のプレートが全身の様々な場所に幾枚も
張り付いていた。否、体が動かせない以上その空間その場に設置
されているとみるべきか。シールドスキルですらないフォトンの
小さな板きれが、普段なら歩いてぶつかっただけでも壊せそうなそれが
自分の動きを止めていた。動作に必要な筋肉の動きを押さえ、構造上
動かさなければいけない場所を止め、重心移動を阻害しているのだ。
いくらそれら一枚一枚が脆くとも動けなくされた肉体ではそも
壊すための力すら入れられない。まるでこの体この姿勢にぴったりと
合う隙間ない空間に閉じ込められたかのようにすら感じていた。
「こんな、ことでっ!?」
戦闘での敗北ではない。力負けでもない。戦術が劣ったのではない。
そも戦うことすらさせてもらえないまま彼女は完全に抑えこまれた。
今まで彼女を支えていた力が何の役にも立たない状態にされて。
「悪ふざけが過ぎたな……真面目に働いた子供に何しやがる」
「っ!?」
「少し、眠ってろ」
そのショックに固まった老婆の心境など知るかとばかりさらにぐっと
頭を掴む手に力が込められ、意識を狩る痛みが走ろうとした瞬間。
「ま、待てナカムラ! その人はまずい!」
突如届いた静止の声は女性のもの。
痛みを与える程度の力は保持しつつ少年は緩慢な動きでそちらに向いた。
「頼む、言いたいことはあるだろうが一応世話になった人でもある。
文句その他は私に任せてくれないだろうか?」
どこか必死な形相でそう訴えたのは黒のレディーススーツ姿の女教師。
女通り魔たちが狙いと評した相手フリーレ・ドゥネージュその人。
彼女を視認した少年は無言で、されどあっさりと手を離し老婆を解放した。
そしてどちらからも距離をとって近くの建物の壁に寄りかかる。
まるで好きにしろとばかりに。尤もそれはその直後を思うと果たして
彼女の意見を聞いたからだったのか怪しいところもある。何せ。
「うわあぁっ!?!」
「きゃあぁっ!!」
「え?」
爆音と悲鳴と共に路地裏から5人の生徒達が文字通り転げ出てきたのだ。
衝撃の勢いそのままに一塊で老婆の前を転げ通るとたまさかフリーレの
足元で停止して路面に倒れ伏した。
「お、お前達無事か!?」
「痛っ、たたっ……せ、先生?」
「あ、ドゥネージュ先生だ!」
「助かった! 待ってた! やっぱ来てくれた!」
「あ、ああ、ホテル前にいたら花火の音が聞こえてな。
少し変だと思ったらお前達と通信が繋がらなくて色々探っていたら
こっちで戦闘音が聞こえてきて……よく持ちこたえた。すごいぞお前達」
「あはは……あなたとあの怖い野郎で鍛えられましたから……痛ぅ!」
「うぅ、すいません。私達もう限界で……あと、お願いします……ぁ」
極度の緊張状態だった彼らの前にすべてを任せられる相手が登場した事は
強烈な安心感を産んで生徒達は路面に転がったまま意識を手放した。
それが危険な意識喪失ではないことを即座にバイタルチェックで確認した
フリーレがそれこそ安堵の息をもらした時だった。
「なるほどのぅ。
勝てないと踏んで最初からこの子らはお主を呼んでいたのか。
そして駆けつけるまで持ちこたえたなら彼らの勝ちか……道理じゃな」
痛む頭をさすりながら老婆はやっと得心がいったという顔で頷く。
が、どこか他人事のような発言をしたことで生徒の無事に
穏やかな表情を浮かべていたフリーレを瞬時に真顔にさせた。
「本来まずは挨拶をすべきなのでしょうが失礼ながらお答え願いたい。
これはいったいどういうことなのでしょうか?」
「っ、す、少し見ない内に怖い顔するようになったのぅ。
じゃが安全にはちゃんと配慮しておったし、こういうのは
元々予定されておった修学旅行の行事じゃろうが……」
その視線の鋭さに僅かに怯んだ老婆は言い訳しながら目を泳がせる。
本気で怒らせたことに気付いたが、既にどうしようもないことも察して
及び腰になっていた。だがそれを隙と見て彼女の冷たい口撃が返った。
「私の目にはその範疇の出来事だったとは思えません。
確かにある程度なら疑似実戦として許容しなければならないでしょうが
その後ろの現役を引っ張りだして1年生、しかもDクラスの生徒を
襲わせるなど訓練の範疇を越えているでしょう。そんなことも
分からなくなるほど耄碌しましたか──────ガルドレッド元帥!」
「うっ、それは……」
「…………こいつ、元帥だったのか」
呻く老婆を尻目にそれだけは予想外だったと驚く少年の声がいやに響いた。
『突発的事態対応訓練』
そういう名前が今回の出来事についているとシンイチはフリーレに説明された。
ガレストでの修学旅行における実地訓練の一環で学園ないしガレスト軍や政府が
用意した事件に生徒達を巻き込ませ、その対応を見るという試験に近い訓練。
内容や評価によってはガレスト修学旅行中のドレがそうであったか生徒には
教えられない事もある。そのため経験者たる2、3年生ですら警戒は
しつつも予想がつかないとも。
「で、それに元帥まで出張ったことは?」
「許可をもらうことはあっても参加は過去に一例もない」
「ふーん」
興味の薄い声を漏らしながらシンイチの目は視線だけで老元帥に告げていた。
『ならなんでお前ここにいんの? 暇なの?』と。並び立つフリーレも
呆れと冷たさを湛えた視線で彼女を見据えていた。
「こ、これはけっこう胸にくるものじゃな。
参った、こんな予定ではなかったのじゃが……」
己が年齢の半分の半分以下の子供と元部下からのそんな視線に狼狽える老元帥。
わざと曲げていた腰を戻して真っ直ぐ立ってその長身をあらわにしているが
気圧されているせいか腰を曲げていた時より小さく見えていた。
──アマンダ・ガルドレッド
齢70ながら未だ現役で前線に立つこともある女元帥。
ガレスト軍最強と名高く、数多の戦いで軍を勝利に導いた女傑。
ガレスト貴族界の頂点に座す十大貴族に唯一最初期から名を連ねている
御三家の一角、名門ガルドレッド家の現・当主である。
が、今は見るからに元気過ぎてはしゃいだら娘と孫に叱られた老人のよう。
彼女が女通り魔役にした現役軍人たちは意識を失った生徒達をホテルに
運ぶために移動してしまったので孤立無援である。尤も仮に今もこの場に
残っていたとしても果たしてこの眼光を前に味方してくれたかは怪しいが。
彼女自身もやり過ぎた自覚を─今更─抱いたのか彼らに及び腰だ。
「はぁ……元帥、こちらは理由を聞いているのですが?
まさかその立場にある方がお遊びでこんなことをしないでしょうし…」
しかしそれでは話が進まないと思ったフリーレが目的を語ってくれと促す。
が、老元帥アマンダはそれに目を泳がした。
「いや、その、今回ワシとお前達のスケジュールがここトリヴァーでだけ
ニアミスすると知ってな。久しぶりじゃったしどうせならお前の教え子の
実力を直接見てやりたくなって、つい出来心で……」
「………………」
まさかのそのお遊びな理由だった。
「も、もちろん色々気掛かりじゃったのも確かじゃぞ!?
あんな事件が起きた直後じゃ、いくら表向き隠し通せても生徒達に
動揺があるかもしれんし、かつての弟子の様子も見たかったからの!」
整いすぎた美貌を持った女に沈黙と共に据わった目で見詰められ、
慌てて言い募ったがそれは暗に副題ではあっても本題ではなかったと
白状しているも同然でより視線に冷え切ったモノが混ざる。
「あ、あと、そうじゃ! 今回は嘘であったが腕試しで襲い掛かる
女通り魔自体は実際におって事件になってるのも本当じゃ。
他にも色々おかしなコトが起こっておってその忠告という意味も……」
「そんなの通信でいいでしょう」
「通り魔以外は殆ど単なる噂か都市伝説みたいな話じゃからなぁ。
それにワシの立場からお主に通信入れると何事かと思われかねんし」
「その騒ぎを嫌がって、この騒ぎですか」
「うっ、お主なんか手強くなったのう…」
「もっと手強い相手が手本になってますから」
「ほう?」
誰のことじゃと申し訳なさのあった目が一転して好奇心丸出しのそれに
変わってフリーレは口がすべったと一瞬黙る。これをほじられるのは不味いと
視線をなんとかシンイチに向けないようにしつつ強引に話を変えた。
「と、とりあえずだいたいの事情はわかりました。
詳しい話はどこで聞かせていただけるので?」
この一件はおふざけが過ぎるが自分に何か話があって直接来たのだろう事は
フリーレは節々で感じていた。どこか近場にそういう場所を用意している
はずだと問えば待ってたかのようにアマンダは頷いた。
「おおう、じつは警察署の一角を借りておってな。てっきりそちら方面に
逃げ込むと読んでおったので少し遠回りじゃがついてきてくれんか?」
「分かりました……そういうことだ。
すまないがナカムラは先にホテルに戻ってくれ。それとあいつらが
目を覚ましたら元帥のことだけ隠してうまく説明してくれると助かる。
色々恩義はあるが、こんなのが軍のトップだと思われたくない」
「なんじゃと!?」
「文句がおありで?」
「すまんのじゃ…」
一睨みでしゅんと項垂れたように謝罪する老元帥の姿にはまったく威厳がない。
しかしながらあのフリーレが遠慮のない態度を取ってる辺り
付き合いの深さと気安い関係なのが見てとれてどこか微笑ましい。
「くくっ、似た者師弟のような気もするがな」
「そ、それをいうなっ!」
思わずクスリと柔和に笑ったシンイチに、自分でも心当たりがあるのか。
否定はしないものの恥ずかしげに頬を染めてそっぽを向くフリーレだ。
「………………嘘じゃろ?」
その裏で信じられないものを見たと固まる老女がいたことを誰も知らない。
正確には、それどころではなくなった、が正しいが。
「ああ、ところで──────カメレオンが落ちてきたぞ?」
「くっ!?」
〈光学迷彩反応確認。上空20mに数3、接近中〉
「ちっ!」
信じられない近さでの発覚に彼女らが身構えたのとその真上で
もう隠れる意味もないと光学迷彩を解いた人影が三つ現れた。
ボディスーツ型の白い装甲服を身にまとった謎の襲撃者達。
奇しくも互いに三人と三人。あらかじめ狙いを決めていたのか
それぞれを標的にして落下の勢いのまま襲い掛からんとしていた。
「ハハッ! ここまで減ればこっちのもんよ!」
「ガキと標的のババアはともかく、でけえ胸の美女とはついてるぜ!」
「婆さんとガキは殺して、デカパイ女でお楽しみといこうじゃねえか!」
好き勝手で下品な発言とシンイチ達に最接近したのはほぼ同時。
一人は杖を持ち直し、一人は拳を握り、一人は鼻で笑った。
それはタイミングとしては完璧に近い襲撃ではあった。
あくまでタイミングだけをいえば、の話だったが。
「死ねやっ、あがっ!?!」
装甲服を打ち抜く速度で鳩尾に仕込み杖が叩き込まれた。
「一番乗、ごぉっ!?」
何かを掴もうと伸ばされた腕ごと殴り折る強烈な一撃がそのまま
フルフェイスのメットを割って顔に入った。
「おい、小僧! 無事、か……って、なんじゃそれ?」
「ぁ、ぐ、がっ…」
そして最も自分に何が起こったのか不明だったであろう襲撃者がひとり。
案じて視線を向けた老元帥の視界には頭を路面に半分は埋められた状態で
強制逆立ちさせられている襲撃者の姿。彼らは哀れにも思えるほど一瞬で
撃退され、物言えぬ状態になっていた。
「フンっ」
「面目躍如できるかと思えば小僧を狙った奴が一番被害大きいのう」
「っ……ナカムラ?」
不機嫌そうな少年を興味と警戒の眼で眺める老元帥。
元上司のそんな視線に気付かぬまま、ただ彼女はどうしてか。
難なく襲撃者を撃退したシンイチが疲弊してるように見えた。
一昨日別れた時とはまるで違うその色を見せる表情に彼女は
意味のわからぬ胸の痛みを感じるのだった。




