性質の悪い遊び(前編)
先にいっておきます。
「安心して、後編はもう出来てる!」(近日投稿予定)
───士官学院『トリヴァー』
次代のガレスト軍を支える候補生たちが切磋琢磨する場として
作られた育成機関であり、この都市そのもののことでもある。
規模としてはオルゲンとシーブの中間といった程度である都市トリヴァー。
良くも悪くもカラフルな街であったシーブと比べると色がなく、
オルゲンのような特徴的な一色があるというわけでもない灰色の都市。
しかし質実剛健ともいえ全体の空気感は訪れた者の背筋を自然と
伸ばすように引き締まっている。常に内外で鍛錬や武装テスト、
輝獣間引きを兼ねた実戦訓練が行われているからというのもあるが
一番の理由は一般車両より戦闘車両が多く、警邏に動く人員も
ガードロボも見える形で武装しているというのが大きいだろう。
─それが歓迎都市シーブと距離が最も近い都市であることの
意味を果たしてどれだけの者達が理解していることか─
そういった軍事色の強い都市であるため通過するだけならともかく
降車するにはいくらか手続きが必要で一泊するのも許可がいる。
定住しようとすると面倒なほど厳重な審査を受けることになる。
それでもシーブの隣という立地と真っ当な軍事施設よりは入りやすく
装備や車両を目撃しやすいため両世界の所謂ミリタリーマニア等が
かなり訪れているという。大半はマナーやルールを守っているが
残念ながらどの分野に通じ、どのジャンルを愛する者であろうと
それらに違反する者達が一定数いてしまうものなのであった。
聞いた瞬間に注意を向けざるを得ない甲高い音が人気の少ない
区画の隅で響いた。フォスタから発せられた警笛音である。
「そこの旅行客二名! ここは撮影禁止エリアです!」
トリヴァー中央駅から車両でおよそ15分といった距離にある中央部と
中層の境目付近において痩せ型の男二名─髪色から見るに東洋人と
ガレスト人の二人組─が小型カメラのレンズを戦闘車両等の
整備施設に向けていた。彼らはその注意に体を跳ねるように
びくつかせたが声の主達の姿に最初に浮かんだ怯えの色を薄ませる。
そこにいたのはガレスト学園の制服を纏う生徒達であったためだ。
「げ、って学園生徒じゃねえか」
「驚かすなよ…」
明らかにこちらを軽んじた態度であったが生徒たちは意に介した風も
なく、落ち着いた様子で一人の男子生徒が自分の腕に投映されている
立体映像型腕章を指さして眼光鋭く威圧する。
「私たちはトリヴァー行政機関より臨時警邏を正式に請け負っています。
違反行為には厳密に対処できる権限と装備が与えられています。
言動にはご注意を」
「うっ」
「分かっていただけたようでなにより。
では再度となりますがここは撮影禁止エリアです。カメラを貸してください」
こちらが本気、本物であると察した怯みに女生徒が追従しての有無を
いわせぬ提出要求。しかしながら男たちは無駄な抵抗を試みる。
「い、今来たばっかで撮ってねえよ!」
「そうだよ、撮影ダメだってのも知らなくて!」
「嘘はいけません。
おふたりはこの手の注意を受けるのは初めてではありませんね」
先んじた両名の背後から出たもう一人が手甲状態のフォスタを操作して
まさにここにいる違反者二名のプロフィールを投映して皆に見せた。
それはトリヴァーのデータベースに保管されていた違反者リスト。
「顔も記録されてたから一発でしたよ」
「共に過去トリヴァーで厳重注意を一度受けてますね。他の都市でもですか。
……今ならまだ画像削除と注意や罰金で済みますがこれ以上ごねるなら
公務執行妨害という前科がついて今夜冷たい床で寝ることになりますが?」
「ちっ、わかったよ、ほら!」
「高いんだ、壊さないでくれよ…」
さすがにそれは困るのか反省の色は見えないがおとなしくカメラを差し出す男達。
だが。
「はい、それはもちろん……ですがこれだけではないですよね?」
丁寧に受け取りながら、しかし女生徒はにこりと笑ってさらに追い詰める。
「なにを…」
「撮影が目的でカメラが一つだけ、という主張がしたいのならどうぞ。
しかしここで撮影機能がある機器の存在を隠せばどうなるか。
確か降車の手続きの際に説明されたと思うのですが?」
先程説明した処罰に付け加え、常習性と悪意ありと判断されて二度と
トリヴァー降車許可が下りることはなくなるのである。
「初犯でない以上こちらは無許可で身体チェックも可能です。
センサーを起動させるだけなので手間もかかりません。
どうしますか?」
「……マジかよ」
年下の学生相手と内心なめていたのであろう彼らも落ち着き払った、
そして手慣れたような生徒達の言動に勝ち目無しを悟ってか。
ため息交じりにバッグやポケットから撮影機器を提出した。
何が目的だったのか日用雑貨に偽装したものまであった。
年下の子供から呆れた視線を集めた彼らはさすがに目を反らす。
溜め息と共に撮影機器を丁寧に扱いながら画像のチェックと
復元不可な方法での削除を淡々と実行していくと同時に通信機能で
転送などされていないかも確認したがその痕跡は見られなかった。
これらによって確認された程度に応じて一歩も譲らない規程通りの
罰金徴収と厳重注意を行えば年下からのそれに屈辱を感じているだけの
彼らが果たして本当に反省しているのかは生徒達は甚だ疑問であったが
これ以上は自分たちの仕事ではないとしてデータを削除した撮影機器を
返却して解放した。が。
「ん、こんなとこで学生服? ってかなんだそのサングラス?」
「おい今度はなんだよ?」
苦々しい表情のまま生徒達から離れようとした男達の前に黒い学生服に
サングラスを組み合わせた少年が悠然と─いつのまにか─立っていた。
「ナ、ナカムラ!?」
「え、何か俺らしくじったか!?」
その存在に臨時警邏の生徒達の方が動揺を見せたが男達は
苛立ちの方が勝っていて、それを深く考えることをしなかった。
「お前も警邏なのか?
けっ、もういいだろ、出すもん出して払うもんも払っ…」
「これはお前のだろ?」
「なっ!?」
話途中で遮るように少年は小さなコインのような形のメモリーチップを翳す。
男達は共に慌てたように袖裏をめくって同じようなチップを取り出した。
「なんだ、あるじゃねえか……って、あ!」
「………そちらも詳しく見せてもらいましょうか?」
この状況で発覚した隠し持っていた記録媒体。見逃すわけにはいかないと
生徒達は男たちににじり寄ったが彼らは即座に逃げの一手を選んだ。
愚かで最悪なことに─────黒い学生服の少年の方へ。
「あ、バカそっちはやめろ!」
「邪魔だっ、どっ…がっ!?!」
悲痛な悲鳴のような制止を無視した疾走は一瞬で終わった。
「ひっ!?」
まるで黒い槍が男を貫いたかと思わせる拳打。
痩せてはいても少年に比べ長身だった体躯が鳩尾への一発で沈んだ。
泡を吹いて倒れた相方の姿に、それをなした少年の無感情な顔に、
もうひとりは腰を抜かして倒れこむだけだった。
ガレスト学園一行がトリヴァーに到着して既に三日目。
所属クラスで宿泊場所が振り分けられ、そこでそれぞれの予定の
説明を受けると生徒達は即座に各々の『勉強』を始めていた。
トリヴァーにおける学園生徒たちの修学とは様々な実地体験だ。
クラスごとに士官学院のカリキュラム参加、合同訓練、職場体験、などを行う。
今回1-Dが体験しているのは警邏業務の体験、実質的には一時的な嘱託だ。
低評価のDクラス、しかも一年生に任せるには重い仕事のように思えるが
他の生徒たちの受け入れで割いた人員によって生じた人手不足解消に
使われているといった方が近い。
生徒達は薄々そんな扱いなのを察していたがそれで不貞腐れる精神性は
総合試験の際に代理試験官から受けたしごきで忘却の彼方である。
だからこそ与えられた仕事に対して誠実に、実直に向き合って彼らは
職務に励んでいた。初日、二日目序盤までは不慣れゆえの手際の悪さも
あったが黒い学生服生徒の乱暴ながらも実践的な教導で二日目午後からは
不要な緊張や力みは減ってトラブルなく警邏を行えるようになっていた。
誰がなんといおうとトラブル無く。
「常習犯の中にはこちらのやり口の穴を見つけて準備して来る奴がいる。
おとなしく指示に従っても、隠し手の一つを暴いても、それだけ、と
思い込むな……今回はセンサーでのチェックも基本設定のままだと
記録媒体そのものへは反応しないという穴を狙ったんだろう」
「なるほど」
「べ、勉強になります」
あの両名は度重なる違反行為の発覚とその隠蔽及び職質からの逃亡等で
警邏隊詰所に連行された。これでもう二度とトリヴァーには来れまい。
出迎えた1-Dの担当隊員は及び腰ながら少し乱暴な確保になってないかと
苦言を呈したが学生服生徒の眼光に黙らされた。目元を隠せる程の濃さがない
サングラスはそれを弱める機能が無いのである。そんな威圧を受けた隊員を
横目に現在は仏頂面なその彼による簡単なレクチャーが行われていた。
ちなみにこれは通信網を開いて、警邏中にある他のクラスメイト達も
聞いており昨日今日とナニカがあると行われるそんな授業は
三日目で何故か定番になりつつあった。そのためか背後で幾人かの
本職隊員たちまで端末でメモを取っているのは勉強熱心と取るべきか否か。
「──────と、お説教だか豆情報だかはもういいだろう。
1班はこのまま規定時間まで休憩、俺は4班の補助につく」
「りょ、了解」
そしていうべきこと、教えるべきことを終えると次に行くのも
もう定番の流れとなっていた。彼の姿が見えなくなると誰からとも
いえぬ形で全員がため息が吐いた。解放されたとばかりの安堵のそれを。
「はあぁ……なあ、ナカムラの奴、試験の時より怖く感じるんだけど」
「ああ、色々ちゃんと教えてはくれるし本当に勉強になるけど……」
「なんかピリピリしてる感じ、昨日よりひどくなってる」
「列車見て騒いでたあの無邪気さどこ行ったんだよー」
「乗ったら急におとなしくなってたけどね、見れないとかなんとか」
「で、どうするよ? ドゥネージュ先生に救援しとく?」
「あ、アレか。直接監督はできないけどナニカあれば呼べって
暗にナカムラを見ながら言ってたやつか………どうする?」
「一応先生呼ぶほどでかい問題はないけど……」
「報告だけはしとこうか」
出た結論に頷き合って彼らは『問題はないですけどナカムラが怖いです』
ということを丁寧な言葉で迂遠に表現して副担任に送るのであった。
そんなことがあった数分後。
シンイチと合流してほぼ同じことを感じている1-D警邏4班(5名)は
何も言わずに、されどつかず離れずの距離で補助についた彼に適度に
緊張しながら担当地区を巡回していた。ガレストにおいて警邏隊とは
軍事施設及びその関連施設・都市における警察の役割を担う組織である。
尤も警察は警察でも日本の『おまわりさん』が一番その仕事内容に近い。
しかしながらトリヴァーではいくらかその業務内容には難儀な部分があった。
「それでは後はお任せします」
「ご苦労様……問題はなかったんだね?」
「はい、諸々の確認に手間取ってしまい申し訳ありません」
「いやいや、同日なら早い方だよ。学生さんなのに頑張るねぇ」
「いえ、これも貴重な経験ですので」
では失礼しますと捕らえた窃盗犯を引き渡すと警察署を後にする4班。
中央部の住宅街で窃盗を起こした犯人が逃げ回っているうちに士官学院や
その関連施設がある中層の一角に迷い込み、警邏中の4班に出くわしたのだ。
この場合捕まえたのは警邏隊であるが窃盗犯が犯行を働いたのは都市警察の
管轄である中央部のため引き渡す必要があった。されど同時に犯人は
機密がある施設が多い中層に迷い込んでもいた。どうして侵入できたのか。
どこをどう通って何を見た可能性があるかは調べなくてはいけなかった。
結局のところ4班は警邏業務を他の班に引き継がせて二日目の午後を
殆どこの作業に費やし、時刻はもう17時を超えていた。
「くそ面倒だった。
警邏隊と都市警察がほぼ同規模の都市ってのは大変だな」
「仕方ないわ。役割と所属が違うんだから」
「あとはこの都市の成り立ちのせいか…」
「普通とはちょっと違うんだったよねぇ」
トリヴァーは最初から今の形の都市だったわけではない。
元々は一般的な居住都市であったのだが十数年前に政府の意向と
士官候補生の増員による需要増加、周辺地域を治める貴族でもある現・元帥の
後押しが加わって都市全体が士官学院都市へと生まれ変わることになったのだ。
とはいえそれは以前からの住人達を追い出すようなものではなく、現在も
中央部に住むトリヴァー住民達のおおよそ半数以上は昔からいる者達である。
都市警察は当時からの組織が続いており軍や警邏は都市防衛の最低限程度。
そのため現在の士官学院関係の人員や組織の方が新参者なのである。
が、権限や優先度が上なのは軍側なためそこで微妙で複雑な関係になった。
規模に差があれば上下関係が生まれただろうがほぼ同規模なために
今回のようにどちらにも関わる犯罪には柔軟且つ配慮ある対応を
求められるため気を使う。臨時で不慣れな彼らは余計に、であり
確認作業を急いだ理由であった。
「まあ、おかげで直帰できると思いましょう」
そうだな、と誰かが頷き彼らは中央部のDクラス宿泊場所へ足を向ける。
簡素なビジネスホテルだが食事は用意してもらえる有難みはあり、
何より生徒達はいま慣れない取調べと地味で地道な確認作業で
疲弊した心身をベッドで休ませたい欲求を強く感じていた。
「待て」
しかしその気の緩みを咎めるかのように学生服の少年が声を発した。
4班合流後、初めてに近いその発言は端的であったが彼らを
狼狽えさせるには充分。
「お、俺達なにかやらかしたの!?」
「反省!? 反省させられる!?」
「……昨日もここを通ったが、こんなに人気が無かったか?」
尤も当人は半ばその反応を無視して聞きたいことだけを聞いていた。
いわれて彼らも周囲を見て「確かに」と首を傾げた。昨日の終業時間も
今とほぼ変わらない時刻であったのに、その時以上に人気がない。
警察署と彼らの宿泊ホテルの間にあるのはいわゆるビジネス街だ。
日本と違って決まった時間に終業し帰宅するのを当然と考えるのが
ガレスト流らしく昨日は帰路につく勤め人の姿を見かけたが今日は
それすらなく、いくらか建物に灯りが見える程度であった。それも
昨日と比べればはるかに少ない。
「っ……」
意識すると昨日より濃い周囲の暗さに気付いて警戒心と恐怖心を煽られる。
まるで自分達だけ誰もいない空間に閉じ込められたかのような錯覚に陥る。
だからか。偶然か。皆の視線はそれを否定するモノを探して、見つけた。
「あ、でも、あそこに人いるみたい!」
「……けどあれ、どう見ても婆さんだよな?」
「うん……こんなところで、お婆さんか」
班の一人が指摘した人影は確かにあった。
だがそれは腰の曲がった老婆。彼らの副担任のそれとは白さの輝きが
違う老化による白髪にグレーが混ざった髪が暗がりで妙に目立つ。
人気のない時間帯のビジネス街には少し不似合な存在であった。
果たして現状をどうとらえるべきか4班が悩む中、件の老婆の方が
こちらに寄ってくる。
「デカッ」
「こらっ!」
近くで見ると老婆は遠目から見ていた印象より大きく感じた。
腰が曲がっていても高校生の彼らに迫る背丈があったのである。
まっすぐ立てればかなりの長身だろうと察せられた。
「そこのお若いの、すまんがここはどこかのう?
年を取るとマップやナビがあっても迷ってしもうてな」
右手にT字型杖。左手に一般用端末を手に。
地図やナビを使って歩いてきたらしいがどうやら目的地と全く違う
方向に歩いてきてしまったらしい。少なからず疑心を抱きながらも
臨時警邏として、一人の人間として道に迷う老婆を無下にするのは心苦しい。
「ええっと私たちも詳しくないですが、どこに行きたいのですか?」
「じつは久しぶりに孫娘に会いに来たのですじゃ。
こっちだったと思って進むと見知らぬ所に出てしまってのう」
「お孫さんの名前、じゃ調べられないか。そこまで権限ないし」
「トリヴァーって特に行政機関除くと目立つ建物ねえしな」
「お婆さん、お孫さんに連絡はとれないのでしょうか?」
「できれば、さぷらいず、したいんじゃが……ダメかの?」
「ううん………」
好々爺然とした笑みでの無邪気な願いに若者たちは困った笑みだ。
本音をいえばヒントが無いので連絡をとってくれるのが一番楽なのだが、と
悩む彼らに鋭さと抑揚のなさを併せ持つ声が届けられる。
「意識を老婆に向け過ぎだ」
暗に油断するなという少年の指摘は彼らに緊張を強いた。
5人が全員、示し合わせたように別々の方向に視線を向ける。
それに目を瞬かせた老婆のことは結果的に残ったシンイチが
見る羽目になっていたが。
「おい、俺の目が確かなら俺の正面に人影が三あるけど?」
「……動体及び生体センサー、反応してないよ」
「私のも無反応、けどいるよねあの人たち」
「全員がどっちも、ってことは……無効化されてる?」
「マジかよ」
導き出した結論に5人の顔には冷や汗が浮かぶ。
どちらかだけなら他の可能性もあったがどちらも無反応、しかも全員の
端末が同じ反応を見せているとなれば相手がその類を無力化するモノを
所持している可能性が高い。当然そんなモノを一般人が持っている訳がない。
果たして、近寄る三つの人影はこちらに友好的な存在か否か。
「へえ、なかなかいい面構えしてんじゃん」
「思っていたよりいい反応だ、可愛がり甲斐がある」
「さあて、何分もつかな?」
ニタニタと口許を歪ませた笑みを浮かべた二十代と思しき女性が三人。
瞳や髪の色からガレスト人と思われる彼女達は警邏4班を野性的な
ギラギラとした目で見ながら────その手にガレスト武装を取り出した。
「っ!」
風を切る片刃長剣。軽々と肩で担がれる巨大槌。刺々しい形状の手甲。
誰かあるいは全員が息を呑みつつフォスタを手甲状態に移行。
即座に簡易外骨格を纏うと一人が立体映像型腕章を解離すように目の前の空間に広げた。
「見ての通り、自分達は現在トリヴァー警邏隊に所属しています」
「また都市内部での自己防衛以外での武装使用は違法です」
「それを理解したうえでの行動と見てよろしいですか?」
フォスタから伸びる銃口を一応の牽制として向けながら4班は結果的に
囲む格好になっていた老婆ごと数歩ずつ後ずさっていく。
立場を明らかにしても、こちらが武器を向けても、相手側に
臆する反応が微塵もないうえに。
「まずいよ、簡易の補助込みで考えてもあっちの方がステータスが上!」
「通信がどこにも通じてないわ。緊急コールでさえ反応がない!」
「どうするのヤマナカ!?」
広げた腕章映像を一種の壁としてステータスチェックと救援を試みた生徒達から
喜ばしくない情報が与えられる。対峙するだけで薄らと感じていた実力差と
嫌な予感の的中に少しでも距離を取ろうとするのは当然だろう。
こちらには心情的にも立場的にも庇護すべき民間人までいるのだから。
「おおぉっ!? なんじゃこいつら!? まさか噂の女通り魔か!?」
彼女は突然の状況変化についてこれていないのか目を白黒させているが
現れた女性三人組がこちらに武器を向けている現状を理解して動揺を見せる。
「女通り魔?」
「ああ、ニュースで見たわね。ガレストのあちこちで腕試しするみたいに
腕自慢の人達に突然襲いかかって倒しまくってる女性がいるって話。
まさか複数犯だったなんて……」
「いやいや、なら襲う相手違うだろ!? 底辺学生狙ってんじゃねえよ!」
なんでそんな奴らに武器を向けられる羽目になっているんだ。
と班長のヤマナカは吠えるが彼女らは意に介さず、それどころか
素振りでもするように各々の武装をその場で振るいながら意気揚々と目的を告げる。
「なにウォーミングアップさ、君達は」
「お前ら潰したら、噂の剣聖さま出てくるだろう?」
「あの御仁と戦えるチャンス、滅多にないからな!」
楽しそうな、それでいて自分達を障害物とも思ってない軽い声。
武装の風切り音がごおんと響いても聞こえる明快さが返って恐ろしい。
そしてまだ距離があるのに素振りの風圧が、ナックルのそれですら
顔に当たってきて肌がひりつく。目的はわかったが準備運動のような
武威に気圧されてしまう。逃がすつもりがないことを確認できてしまっただけに意気が縮む。
「あちゃぁ、ドゥネージュ先生狙いか」
「ははぁ、やばいねぇ…」
「弱いから見逃して作戦は無理っぽいなぁ」
だからか、わざと明るい声をあげるが流れる冷や汗は増える一方。
続けて後ずさっているが杖で歩く老婆を抱えながらとなれば動きは遅い。
かといって抱えて撤退となれば、今は真綿で首を絞めるようにゆっくりと
迫ってくる彼女らも飛び掛かってくるだろう。あえての余裕あるその遅さは
差し迫る強い圧力として4班の生徒達をさらに圧迫している。直接はまだ
手だしされていないというのに自分達の敗北を意識させられる。
授業でも、訓練でも、試験でもない、本物の犯罪者との実戦で。
「くっ」
「はぁはぁ」
落ち着かせようとする息が上がる。心臓の音がうるさい。
向ける銃口がブレる。全身ずぶ濡れかというほど汗が止まらない。
振るえる足が今にも小さな段差に引っ掛かりそう。戦えるか。逃げられるか。
どうすべきだ。何ができる。いや、そもそも、いま、自分達はどこにいる。
「あ、そうか。お前ら目線だと初の対人実戦だった」
思考が、挙動が、自身でも理解できない渦に落ちていきそうだった所に
不機嫌さを匂わせつつも『不思議そうな顔』をしていたシンイチが
ポンと手を打つ。そのどこか場の雰囲気に合わない抜けた音が
彼らの意識を集めた。
「ちっ、なら俺がケツを持たないと無責任か……好きにやってみろ」
だからこそ届いた舌打ち混じりながらも尻拭いはしてやるという言葉は
一瞬の空白の後、彼ら4班の余計な力みと恐怖感を解きほぐした。
総合試験の僅か三日のことだが、乱暴で厳しくも出来ないことは
強いなかった男からのその許可は彼らにとって最大の後押しであった。
「…っ、やるわよみんな!」
「おうとも!」
「くらえっ『サンダーショット』連射だぁっ!!」
やる、と決めたからには迷っているのは時間の無駄とばかりにヤマナカが
初めて足を前に踏み込みながら叫んでシューターから攻撃スキルを放つ。
雷光を纏った弾丸の連射。といっても彼では一息4発が限界で、それは
弾幕と呼べれるものではない。
「しゃらくせぇっ!」
大槌一振。
暗がりを裂いて空を走る雷光弾は振り下ろされた剛撃で叩き落された。
槌が直接当たらなかった雷弾すら余波で砕け、残滓のような雷光を
周囲にまき散らして消えていく────だから彼女達はそれが見えず、
ゆえに見えなくされた。
「っ!?」
圧縮されていた空気の爆発。
そう感じる破裂音と共に彼女らの視界を一瞬で白煙が覆い尽くす。
「ちっ、スモークグレネードか!?」
「チャフも混ぜてやがる、こいつら!」
雷光弾の影で、その光に紛れ込ますように発射されたそれを叩き落した
不注意により肉体と機械の目を同時に機能不全にされた彼女達から
驚きと戸惑いの声が届く。これに生徒達は頷いて気勢を上げた。
「全員で仕掛けるぞ! 続け!!」
班長の役目だと声をあげたヤマナカの銃口からさらなる発射音。
煙幕の向こうでそれを聞いた彼女らは舐めるなと鼻で笑って武器を構えて
返り討ちの気概で待ち受ける。
「──────?」
が。
何かがやってくることは無かった。
発射されたナニカも、士気をあげた生徒達も、襲い来ることがない。
いくらレーダーをチャフで、視界を煙幕で閉ざされているとはいえ
会話できる距離にいた相手が動いたかどうかは分かるはずだ。
彼らが纏うのが通常の─強化─外骨格であれば音も無い空襲も
推測の一つであったが簡易ではそれもできまい。
「っ!?」
その一瞬の疑問を晴らすかのように彼女らの真上で響くような破裂音。
すわ爆弾かと。建物の破壊。破片や瓦礫を用いての攻撃かと身構える。
尤も彼女らがもし日本人であれば、日本での生活経験があれば、
その音と光をきっと誤解しなかったろうが。
「っ、上が眩しい?」
煙幕は本当に一時視界を覆うだけであったか自然の風で流れたか。
ともかくいち早く薄くなった上部から多種多様な光が彼女らに注ぐ。
「………ええっと、カラフルな……信号弾?」
知らぬ者にはそうとらえるのがやっとな多色光が空で咲いていた。
およそ1秒それに見惚れた彼女らが我に返ると事態把握を優先して
風スキルで煙幕を弾き飛ばして周囲を見るが生徒達は一人もいなかった。
だがその向こう。建物と建物の間を揺れるように進む人影が見える。
建造物の天辺に光のロープを引っ掻けて振り子のように、されど
戻ることなく前へ、前へと彼らは進んでいく。
「ぶっつけ本番でワイヤーアクションする羽目になるなんて!」
「でもスパイダー気分でちょっと楽しいかも!」
「集中しろっ、今のうちに少しでも距離を稼ぐんだ!」
「お願い、誰か花火に気付いて! 出来れば通報して!」
「先生、ヘルプ! 本気でヘルプ!!」
呆気にとられる女通り魔たちを置いてけぼりに生徒達は一目散に
逃げることを選んだのであった。
 




