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帰ってきてもファンタジー!?  作者: 月見ココア
修学旅行編 第二章「彼が行く先はこうなる」
224/286

歓迎都市シーブ5



───この男は目が正直である



それが彼からヒナと呼ばれるミューヒ・ルオーナの所感だ。

親しいか気を許した相手を前にした時だけという注釈が必要な話だが

その事実が少し、いやかなり彼女の頬を緩ませるが今は関係ない。


ガレスト学園からの修学旅行生全員がシーブに到着したのは1位到着の

パデュエール班からおよそ2時間後のことであった。終盤到着の班は

休憩もそこそこにゴラド返却や報告を終えた後、即座にシーブ中央駅に

向かわされ、その顔には既に疲労の色が見えている。例年の光景と

いってしまえばそれまでだが。


ミューヒがいた班は順位もタイムも真ん中辺りで彼女以外の生徒の

成績や関係性を考えれば妥当といったところである。一方先んじて

潜ませていた部下達(レディズ)からの報告でアリステルとシンイチの

班が1位となり余暇でデートしているのは分かっていたが彼女らには

観察だけにするよう指示した。内外から注目を集めやすいことを

自覚している彼女はそれがシンイチの負担や邪魔にならぬよう

班行動中という言い訳がある時か人目のない時以外は彼に近寄らない。

その貴重な時間をミューヒは同じ女として邪魔したくなかった。

とはいえ。


「そして駅にくれば残念そうな顔は見せつつ君から距離を取るんだから。

 ヤマトナデシコ、だっけ? ニホン男子はああいうおくゆかしいのが

 好きなのかにゃー?」


「…………」


その逢瀬を楽しむだけ楽しんだこの男には暗に指摘してやらねばならない。

今のを意訳すれば『ここまでしてくれる彼女にお前わかってるんだろうな?』か。

彼にその言葉はしっかりと届いたのか軽口に返る軽口はなく、その表情は

サングラス越しでもわかるほど渋面だ。元々目元を隠せるほど濃くないので

当然だが。おそらく申し訳なさが先に立つのでふざけられないのだろう。

果たしてあの令嬢は自身が行っている見返り求めぬ恋情と気遣いが

どれだけこの少年にとって手ごわい攻勢か分かっているのやら。

一方的に暖かなそれを甘受するのは根が真面目で自己評価の低い男には

世界中を脅迫するより難しいのだろう。嬉しさも確かに感じているだけに。


「まあ、ボクとしては好きなだけ悩むがいいさってところだけどね」


そこをわかったうえでミューヒはされど誰かさんがよくやる手のように、

知ったことじゃない、自分でなんとかしろ、とばかりに突き放す。

尤も。


「お前なぁ………はんっ、さすがは部下を酷使する女だ。人が悪い。

 さっきから周囲をうろちょろさせやがって。ちゃんと休暇やれよ。

 つい、うざいな、殲滅しようかな、って思っちまったよ」


それで少し調子を取り戻した彼の返しはまさに洒落になっていなかった。


「やめてよ!? 普通にみんな死んじゃう!」


「死ぬほどこき使ったあとに俺の監視させた奴がなにをいうか」


「こき使ったのは君の依頼のせい! ちゃんと休みはあげてます!

 うちは仕事内容はブラックでも労働形態はホワイトなんです!」


実際、件の観察も交代で休んでいる合間の話だと彼女は主張する。

彼女がそんなたいしたことない仕事をいれることで休ませたともいえる。

しかし、シンイチの観察が心休まる楽な仕事かどうかは判断が難しい。

正体を知ってしまった彼女らからすればシンイチは『歩く処刑装置』だ。

しかも時折目が合う(・・・・・・)。ミューヒは慣れからそれが頭から抜け落ちていた。

自覚がある分シンイチの方が微妙な目をしたが彼女は気付かない。

正確には呆れと同情の色は見抜いたがそれが何に対してかは

分からなかったというべきか。いや、そもそも。


「だいいち一番休んでない人がなにをいってるのかな?」


という話である。ただ当人からすれば、


「悪いが未知の場所で休めるほど俺は剛胆じゃない」


、ということらしい。筋は通っているため納得はいかないが閉口する。

ろくに休んでいないことを認めたも同然な物言いなのは全く安心できないが

視線を泳がす彼を見て、当人も『問題ではある』という意識はあるらしい。

今はそれで手打ちとすべきかとミューヒは自ら話題を変えた。


「ふぅ、困った人だよねイッチーは…………そんなにシーブはつまらなかった?」


アリステルとのデートを確かにこの男は楽しんでいた。しかし彼の目には

シーブという都市への興味は一度も宿らなかった。


「別にどっちでもないさ。建物の構造はオモチャみたいで面白かったけど」


「……そういうこと悪い笑み浮かべながらいわないで」


怖いから。

別に、などといいながら笑う顔の三日月は鋭利である。

彼なら指ひとつ動かすだけでシーブの建造物を全壊させられるだろう。

必要がなければしないのはさすがに分かっているが顔は引き攣る。


「くくくっ、嫌そうな顔をするな………やりたくなる」


「本当にやめて!?」


だというのに当人はミューヒのそんな顔を見て、イタズラ心を出してくる。

やりかねないと思って本気で制止すれば反応に満足したのかにんまりと笑う。

こいつ、と唸る彼女を余所にシンイチは話を戻すとばかりに質問に答えた。


「まあ、お前と話をしている方が何万倍も面白いが、別段シーブが

 つまらなかったわけじゃない。地球側(こっち)の好感を得ようと

 振り切って(割り切って)いる所は嫌いじゃないし」


「君ってどうしてそう反応に困ることを続けていうかな?

 ……確かにここはそういう部分が多いからガレストを知りたいっていう

 イッチーからすれば邪道なんでしょうけど」


ガレスト技術が入った日本のどこかの繁華街をそのまま持ってきた。

といわれて紹介されても何の違和感もない都市がシーブであった。

地球技術・文化が入ってきて結果誕生した都市ではなく、地球人に

気に入られようとしている都市だ。まさに歓迎都市である。


「でも仕方ないじゃない。

 あちこちに歴史的・文化的名所があって娯楽も山ほどある地球と違って

 ガレストにはそういう場所が少ないのよ。それらはどうしたって優先順位が

 低くなるから残らないし、作られない……観光っていう概念自体ここ十数年

 でやっと根付いてきたって感じだしね」


「こんな地下鉄があるのに?」


彼は不思議そうな顔をして目の前の大きな()を指差した。

シーブ中央駅5番プラットホームにて彼らは自分達が乗る列車を待っている。

日本人である彼には見慣れた施設であろうがガレスト人にはそうではない。


「こんな地下鉄、が出来たのがその頃からなの」


「遅くねえか?」


地球において地下鉄の歴史が始まったのは19世紀のロンドンから。

彼の故郷・日本でも1930年前後に東京から各地で出来始めている。

40年以上前から地球を調査していたガレストが存在を知らなかった訳がない。


「採用しようっていう意見は昔からあったんだけどね。

 一度にそれなりの人や物資を運べるのは魅力的だったから。

 当時都市間の移動は輝獣がはびこる陸路か空路を戦いながら、

 だったから数は出せなかったしその大変さは今しがた体験したでしょ?」


「ああ、あれはひどい。だから比較的安全そうな地下を進むって考えを

 知ればこっちの技術力ならその頃の地球と比べれば段違いなのが

 出来たんじゃないのか?」


「だろうね。でもそこで問題だったのは技術的な話じゃなくて、それこそ

 イッチーがいま言った比較的安全(・・・・・)って部分がネックだったの」


試しか言葉遊びか。

明確な答えを言わずに匂わせるそれに、だが彼は察したように頷いた。

うんざりとした表情なのはつい先ほど体験してきたからだろう。


「……ああ、そうか。比較対象の地上がひどすぎるんだった」


あんな状態の地上と比較して安全(マシ)であることと、列車運行に

求められる安全性の基準には天地ほど差があったのである。彼らしい

察しと理解の良さにその通りとおかしそうに笑うミューヒだがこれが

どうして座学に反映されないのかという意味の苦笑いである。


「ははっ、それで都市間トンネル掘ったり列車作ったりは楽勝だけど、

 線路上に出現したり、そいつらが暴れて崩落しちゃったりする危険性が

 逃げ場のない地下だと致命的で、普通に対策しようとすると護衛付きで

 地上進んだ方がコストが安上がりなものだから……」


ガレスト初の地下鉄計画は流れてしまったのだ。

なるほどと頷くシンイチである。しかし。


「けど、いま運行できてるってことは解決したんだろ?」


「うん、それは」


こういうことなんだとミューヒが語ろうとしたその瞬間。

力強く、そして滑らかに割り込んできた声があった。



「────説明しようっ!!」



「………」

「………」


そこにいたのは学園制服の上に白衣という技術科特有の格好をした

ブロンドのぼさぼさ頭の少年─ヴェルナー・ブラウン(偽名)であった。


「ヴェルブラ……後ろで何をしてるのかと思えば」


「東京タワーの仕返しかにゃー? って、ん、あれ?

 こんな奴に話の展開を読まれた、だと!?」


色々と背景(BND所属)があるとはいえ彼自身はただの技術者。

彼らの背後に気付かれずに立つのは不可能だ。だから気付いてはいたが

何かをするわけでもなかったので放置していたのだが、この瞬間を

待っていたらしい。シンイチはおおいに呆れているがミューヒは

会話の流れを読まれたと愕然としていた。


「第一次計画が流れたあともガレストに地下鉄道は必要だと考える提唱者達は

 地球の技術者も招いて問題点の洗い出しとその解決策の模索を続けたんだ」


「おい、一方的に語りだしたぞ?」


「……聞いてあげれば?

 イッチーなら列車が到着したら一発でわかる話だろうし」


「ん、そうか?」


愕然から、けれど一度首を振って我に返った彼女はどうせ

その程度のことだから説明役を譲ってもいいだろうと彼に薦めた。

投げやり気味なのが、ある意味で本音を語っていると当人ですら

自覚のないまま。


「まず問題の多くは『輝獣への対処』の一言でまとめられる。

 しかしその中身は様々だ。トンネル内や地中に発生した輝獣に

 トンネルや列車を害された場合それぞれの対処法が求められた」


ヴェルナーはそんなことを気にせずに得意気にその歴史を一人語り。

ただし駅のホームという場所を弁えての声量なのはご愛嬌か。


「トンネルを頑強にしたり列車に武装を施すことは当然考えられたけど

 高騰するコストと狭いトンネルで対輝獣用武装を使うことそのものの

 危険性から難しく、列車全体に強固なバリアを展開して走らせるという

 案も出たがこの場合はフォトンの消費が許容できないレベルになる。

 またいくら強固なバリアを張ってもそれだけでは輝獣や崩落時の瓦礫を

 弾き飛ばして走破できるかといえば賭けの部分がある。そもそも

 そんな状況なら線路がまともな状態であるわけもない」


「わりと詰んでねえか、それ?」


「理想はこうだ。なんとか少ないエネルギーで車体にバリアを張って

 保護しつつ、線路の異常を気にしないで輝獣だろうが瓦礫だろうが

 気にせず走破できる列車を作りたい。この一見すると不可能と思える

 難題を彼らは意外な一手で解決した……ほら、その答えが来たよ」


長く、一息での語りをひとまず止めた彼が示した先はホームから見えるトンネル。

その奥が見通せない暗闇の向こうで車体の灯りらしきものが見え始めていた。

遠くから届く風を押し出すようなうねりと特徴的な走行音は日本人が

聞き慣れた列車のそれであろう。

が。


「ん?」


シンイチはホームから徐々に輪郭が判別しだした先頭車両に首を傾げた。

何に訝しんでいるのだろうかとそこでミューヒもまた首を傾げる。

ホームから覗きこんでいるわけではないが車体はいつも通りのはずだ。

地球側の車体とも形状、サイズ等で大きな違いはない。あるとすれば

ヴェルナーが語った問題点を解決するための装置の有無程度であろう。

ガレストの列車は今日も変わらず回転する(・・・・)巨大三角錐(・・・・・)を先頭に黄金燐光の

ベールを纏ってプラットホームに停車する。おかしなところはどこにもない。


「………………」


だというのに。

なぜこの男は今世紀最大の衝撃とばかりに口を無駄に開閉(パクパク)しているのか。

そしてその後ろで何故ヴェルナーはしてやったりとばかりにサムズアップしているのか。

言いようのない苛立ちを覚えたが、ぽつりと彼が呟く。


「…………ドリル(・・・)だ」


「イッチー?」


「ドリルは本当にあったんだ!」


「は?」


愕然と見開いていた眼をさらに開いて、シンイチは絶叫した。

意味が分からないミューヒは呆けるだけだが後ろの男には通じたらしい。


「ここで往年のネタをぶっこむノリの良さはさすがだよね!」


「うるさい黙れ!」


「アハハッ、作りやがった! 作っちまいやがった!」


思わず感情的に威圧した彼女だが、ふと、このふたりの組み合わせで

この様子に既視感を覚える。前にもこんなことあった気がする。

しかしその記憶が蘇るより先に彼は振り切ってしまう。しまった。


「っっ────────ドリル列車だぁっ!!!」


衆目を集めぬよう隅でおとなしくしていた男はどこに消えたのか。

自ら叫びをあげて先頭車両に向けて突撃していってしまった。

満面の笑みで。サングラス越しに幼子のそれのような瞳を湛えて。


「ええぇ?」


前にも一度あったような気がする呆気を覚えた彼女を置き去りにして

シンイチは誰の視線も制止も知らぬとばかりに回転が収まりつつある

三角錐の虜となっていた。


「うわっ、すげえ! ガチのドリルだ! 工業系じゃない空想のドリルだ!

 なんでこんなもの作って公に走らせてんだよ! バカじゃねえの! はは!」


その興奮度合いはむしろホームから飛び出したり車体にとびついたり

しないのが不思議なほどで、その両眼を輝かせて鋭角な三角錐(巨大なドリル)に見惚れていた。

目が正直な男のそれはまさに正直であった。それがわかるだけに

余計にわからなくなっているミューヒであるが。


「ドリルは男のロマンなのだ!」


「なにそれ?」


困惑する彼女の後ろで偉そうに誰かが語るが困惑を深めるだけで

何の説明にも手助けにもなっていない。一方でシンイチの視線は

先頭車両そのものといえるほどのドリルから流れるように車体全体に動く。


「……そうか。

 ドリルにバリア発生装置を組み込んだ上でその回転エネルギーでバリアを

 流動式にすることで強度と省エネの両立を実現したのか。しかも回転バリアを

 まとったドリルが先端にあるからたいていの障害物は走ってるだけで

 ぶち抜いていけるのか! 思いついた奴、天才だろ!」


そして歳相応以下に興奮しつつも、ミューヒの見立て通りに彼はその機能と

目的を一目で理解していた。それが彼女に妙な頭痛をもたらしているが。


「地球から招集した技術者が自分の娯楽用に持ち込んでた特撮作品に

 まさにそういうシーンがあったらしくてね、一緒に見たガレストの

 技術者が『これだ!』って叫んで作っちゃったんだってさ」


「アハハッ、なんだその映画みたいな話! 最高だな!」


「しかも下も見てみな」


「下? ん、あれ、線路がエネルギー製?

 ……そうか、浮いた分のフォトンで線路を自動生成して走らせてるのか!

 確かにそれなら線路を壊されるかどうか気にしなくて済む!」


「ああ、しかもそれ。接地面から少し浮いてるからある程度の平坦さは

 必要だけど理論上はどこでも走れる優れモノなんだぜ」


「え………まさか空も行ける?」


「エネルギー消費は激しくなるけど、いける」


「マジか!?」


そしてヴェルナーはいつのまにか嬉々として彼のそばで解説を始める始末。


「そうか……これもあの巨大ロボと同じ系統なのかぁ……」


彼と彼がそもそも出会い、一発で仲良くなってしまった共通の趣味。

それに通じるものがガレストでの列車の共通装備である『ドリル』に

あるのだろう。正式名称の日本語訳は『回転衝角型障壁発生装置』だが

翻訳機の候補リストには二番目にドリルと記載されていた。日本人には

その方が通じるのだろう。


「あはは、一つ賢くなったにゃー………っていってる場合じゃないよねぇ」


ちらりと横目で覗けば、様々視線が彼に注がれていた。

慈愛。驚愕。呆気。疑問などの色がある目はまだいいほうだろう。

苛立ちや嫌悪、憤怒となると彼のこれまでの積み重ねがあり、まずい。

彼は目立ちすぎたのだ。その列車は彼ら学園生徒が乗るために

通常運行スケジュールからは外れた特別列車。ここにいるのは

当然引率教師や生徒達ばかり。一般客がいないのは果たして

彼にとって良かったのか悪かったのか。


「うん、とりあえずヨッピーの顔が怖い。

 なんとか押さえて、頑張れヨッスィー!

 あと、そういうとこだよイッチー!」


喜色満面で大興奮の兄を横目に。

双子の妹弟の顔面狂想曲を尻目に。

ミューヒは時間差帰還以外に兄妹仲がこじれた原因を見出していた。


「はぁ……けどこの状態で次に行くの?

 みんなの悪感情盛り上がったまま?

 一応あそこ元帥閣下のお膝元なんだけど……

 彼女、絶対おとなしく黙って通してはくれないよねぇ?」


こうしてまさかの原因で生じた頭痛のタネに彼女は頭を抱えるのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ドリルは、ロマンだからなぁ。 興奮しない男は、いねぇよな。∩^ω^∩
[良い点] まさかのドリル列車でビックリ!
[良い点] や、まあドリル列車でテンション上がらない人はそういないよね
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