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帰ってきてもファンタジー!?  作者: 月見ココア
修学旅行編 第二章「彼が行く先はこうなる」
221/286

歓迎都市シーブ2


タスラグ牧場・シーブ第一厩舎。

周囲と全く同じ“ガワ”の建物が並ぶ一角にそれはあった。

先程までゴラドを走らせていた大通りからは少し奥に入った民間施設。

簡単に表現すれば巨大な平屋の倉庫か。5階建てビルほどの高さと

サッカーのフィールドを4面組み合わせた程度の広さがある建造物である。

建物自体は形や外観は元よりサイズも似通った物が集められているのか

周囲との違いはまったく見られない。壁や屋根の色が違う程度だが

それは差異というよりは人間向けの目印のように感じられる。


ただこれらが地球と異なる技術と物質による代物なのは見て取れる。

地球人(日本人)の感覚から見て金属ともコンクリートとも、木でも石でもないと

見て解ってしまう謎の質感がある造りは未だ不慣れなシンイチからすると

違和感しかない。が、だからといって謎のカタカナと英字で名づけられた

物質製だとテキストで解説されても彼の頭がこんがらがるだけである。

残念ながらそういった点への理解力や記憶力は乏しい少年であった。

ゆえにシンイチは単純に“異世界(ガレスト)鉱物”でひとまとめに認識していた。

これを柔軟な受け入れと取るか怠惰な放置と取るかは微妙なところである。


「ブオオッ!」


そんな建物の正面。見るからに搬入口と思われる場所の前でゴラドは

棲み処に帰ってきて安堵したのか嬉しそうな鳴き声をあげた。


「ここか」


フォスタのナビでの案内。それによる解説との一致。何より騎乗している

ゴラドの反応に間違いないだろうとその背から下りると自然と手を伸ばす。


「え?」


まだ騎乗したままのアリステルへと。

彼女は一瞬何のために伸ばされた手なのかとキョトンとした顔を浮かべたが

察して微笑と共に手を取るとそれを支えとしてゴラドから下りた。


「ありがとうございます」


そしてすぐに感謝の言葉を告げるが、即座に「ですが」と続ける。


「ですがわたくし以外にはやめた方がいいかと、特にガレストでは」


「なんで?」


「人によっては、お前は自力では降りられない奴だ、という侮辱に感じるかもしれません」


困った話ですがと令嬢は苦笑と共にそう忠告する。

全体的に地球人より身体能力が優れるガレスト人には地球特有の

様々な“気遣い”の作法は侮られていると感じられる可能性があった。

程度の差はあれどその方面で地球人を見下すガレスト人は少なくないゆえに。

シンイチはそういう考え方かと納得するも妙なところでここが

異文化の地であると痛感して遠い目をしてしまう。二度目の異世界

である彼にとってそれは軽んじてはいけない要素だとよく分かるのだ。


「………気を付けよう、助かるよ……不快だったか?」


「いえ、まさか! あなたがそんな方ではないのは知っています。

 それにわたくしもシンイチさんは当人が出来ることでは手助けは

 しないだろうというイメージがあって驚いてしまったのでお相子でしょう」


「それ別に間違ってないぞ。今のだってマナーとして、だったし。

 しかし所変わればだな……やはり事前に簡単なマナー本でも読んでおくべきだったか」


考えてはいたがそれどころではなかったとこぼす彼に今度は令嬢がああと納得する。

今年は様々なことがあって例年以上に突発的に決まった修学旅行であった。

事前準備は誰も出来ず、猶予でもあった日本側での修学旅行も彼の場合は

ほとんど別の要件で忙しかったのは彼女も全てではないが知っている。


「では電子書籍でよろしければわたくしたち(ガレスト人)から見ても納得の物を

 数冊ほど送らせていただきますが?」


「それはありがたい。でもタイトルだけでいい、自分でちゃんと買うから」


でなければ著者に申し訳ないという彼の妙な律儀さを好ましく感じながら

アリステルは微笑みを浮かべて「わかりました」と頷く。そんななんでもない

雑談ながらもどこかほんわかとした空気に彼女が浸っていたその瞬間。



『─────お二人さん、もういいかな?』



厩舎側から届いた戸惑ったような女性の声に令嬢は驚いてびくつく。

少年はその反応に一瞬にやりと笑ったのでソレに気づいていたらしい。

それでいて彼女とほぼ同じタイミングで声の主に視線を向けるのだから

じつにあくどい。が、アリステルは声の主の方に意識がいって気付かない。

搬入口のシャッターに浮かぶ形で空間モニターが開いていた。そこに

映っていたのは赤い髪を肩で揃えた二十代前半と思われる女性。

僅かに見える青いツナギから考えればここの人間だろう。


「も、申し訳ありません。つい話し込んでしまって!」


自分達がいわば扉の前に居座っていた事実に気付いた令嬢は咄嗟に

近い形で頭を下げた。シンイチも黙ったままそれに倣う。


『いやあ、私としては別にいいんだけどさすがに搬入口前でいちゃつかれるとねぇ』


色々と困っちゃうな、と朗らかなに女性は笑う。

学生に預けたゴラドが帰ってきたと思って出迎えてみたら完全に

ふたりの世界で話していたため『青春だねぇ』と思わずからかった。

が。


「いちゃ?」

「つく?」


ふたりからすればそんな気は微塵も無かったので同時に首を傾げてしまう。


『…最近の子ってあれぐらい普通なの?』


だがこの女性視点では見つめ合うような形で手を取り合ってゴラドから下り、

心を許しあった様子で談笑していたようにしか見えない上に息の合った

動作まで見せつけておいて、なのだからこの戸惑いも当然だろう。


『リディカちゃん、どうしたのー? なにかトラブル!?』


『あ、いいえ! 大丈夫です! いま開けるからその子連れて入ってきて!』


開かれていくシャッターとその言葉に従って彼らは厩舎内に足を踏み入れる。


「ほぅ」


そこでシンイチは思わず感心したような声をもらす。

出入り口でもあり搬入口でもあったその線を越えた先は別世界だったのだ。

床一面に生い茂る本物の緑の草場。それがとこまでも続いているかのように

“見える”草原の地平線とその若葉たちを揺らす穏やかな風まで吹いている。

天上(天井)ではガレスト風の青い空とそれを照らす星陽(ショウヨウ)の数々。

その下で10頭前後のゴラドが方々でのんびりと床に生えた草を食べていた。

地球人(日本人)がイメージする牧場に比較的近い光景が巨大な倉庫にしか見えない

建物の内側で完璧に再現されている。ガレストの技術力の高さが窺える。

尤も。


「……こいつら草食だったのか」


彼が興味をひかれたのはソコであったらしい。


「あはは、まずそこですか?

 正確に言えば雑食で、けど一番消化しやすいのがその系統とのことです」


「毎度勉強になります」


「いえいえ」


「……それで本当にいちゃついてないの?」


最近の若い子わからない、とこぼしながら歩み寄ったのは長身の女性。

シンイチより背が高いアリステルよりさらに頭一つ高い彼女は搬入口の

モニターで応対した人物である。


「はい、先程は、っ、な、ななっ!?」


それに悠然とした態度で答えようとした令嬢は、だが激しく狼狽えた。

両目を見開いて、つなぎ姿の女性を凝視する。正確にいえば、その胸部を。

ふくよかであった。令嬢も自身のそれにはひとかどの自信と自慢はあった。

サイズではさる教師に負けているが僅差であり危機感は薄かったのだ。

だがソレは明らかに一回り以上の豊かさ。それでいて衣服の上からでも

分かる形の良さと長身とのバランスが絶妙で尚且つ当人が堂々としてるのも

加わって色香より健康的な魅力としてそこにその双山は存在していた。

アリステルは愕然としつつも二度自らのそれと見比べて、確かな敗北感を

覚えた後で我に返ると即座にシンイチに振り向いた。ここでまさか

想定外の伏兵にもっていかれたかと焦燥を覚えたのである。


「こいつはどこに連れていけばよいのでしょうか?」


「あら?」


しかし当の本人はどこ吹く風とばかりに平然とゴラドに寄り添っていた。

さらにサングラス越しでもその眼には彼女に対する興味という光が

微塵も宿っていないのが見て取れた。それどころか彼が興味を

示しているのはどちらかといえば。


「わ、本当に29号だ、お前が一番手だなんて……あ、失礼しました。

 ここで私が引き取ります」


「そうですか、じゃあここでお別れだな。おつかれさま」


「ブオッ」


いえいえそれほどでもありません、とでもいっているのか。

恐縮したように首を振るゴラド。そこに安堵の色を見つけてシンイチの

口元が若干三日月状になる。


「…しかし29号か…………肉」


「ブオッ!?」


「お前うまいのか?」


「ブオッ、ブオオゥ!!」


──うまくないです、不味いですっ、だから食べないで!

とでもいっているかのように大慌てで首を激しく左右に振る。

少年は目の前の健康的豊満美女よりも隣のゴラドの方に関心が強かったのであった。


「くくっ、冗談だよ。よくいうこと聞いてくれた。ありがとな」


そしてその反応で満足した彼はそんな言葉と共に背を軽く撫でて送り返す。

ゴラド29号は見るからにホッとした様子でつなぎ姿の女性のもとへ─

若干早歩きで─歩み寄った。それを誘導して奥へと進ませながら

彼女は一連のやり取りに驚きの表情を見せた。


「熟練騎手みたい……あ、へ、返却時のゴラドの状態も採点するので

 チェック作業に…ああ、ごめんなさい。まず最初に身元確認だった。

 ふたりともフォスタを出してくれる?」


「おぉっ!?」


手順が違ったと女性はごめんなさいと軽く頭を下げて謝罪する。

その裏でテンポ遅れで揺れる豊肉。ぎょっとする令嬢だが、シンイチは

それが視界に入ってないと思われるほど無反応で、妙な反応をする

アリステルの方がいま完全に不審人物であった。


「わかりました……どうしたアリス?」


「へ、い、いえ、失礼しました。

 ガレスト学園3-A所属、アリステル・F・パデュエールです、確認を」


「ぇ…お、同じく1-D所属のナカムラ・シンイチです。確認してください」


なんとか自分を落ち着かせて生徒証を表示させたフォスタを掲げて慣れた様子で

名乗った令嬢。逆に名乗りをあげる行為に気恥ずかしさを覚える少年は一瞬

俺もやるのかと嫌そうな顔をしたが仕方ないと続いた。そこには気付かなかった

つなぎ姿の女性だが二人の名と学年に「嘘!?」という顔をしたが、さすがに

仕事中であったからかすぐ自らの端末を操作して確認を終える。


「これでよし、っと。ごめんなさいね、私本当はゴラドの専任飼育員で、

 ってああっそもそも名乗ってなかったわ。ここに所属してるゴラド飼育員

 リディカ・フロンソンよ。いまちょっと人手不足で、特に今回の要請は

 急だったから…ってそれを学生さんに言われても困るわよね。

 待ってて、チェックはすぐ終わるから……おかみさーん、29号が戻りました!」


奥でゴラドの世話をしていた横に恰幅のいい女性が呼ばれて駆け寄ってくる。

それを迎えるようにゴラドと共に走るリディカの背を、その激しく揺れる

胸部を見送りながらちらりと令嬢が見れば彼は額を押さえて唸っていた。


「世界を越えてしわ寄せが……んぬぅ」


「…………」


「いや、待て。ゴラドのチェックだと?

 アリス、もしかしたらストレス値とかでマイナス点かもしれない!」


どうしよう、と─わりと本気で─その二点を気にしている様子を

見せる少年に令嬢は思わず笑みをこぼしてしまう。焦ったことへの妙な

恥ずかしさよりも、自分のソレには反応があることへの優越感よりも、

まずそういう所を考えてしまう彼らしさにアリステルはどうしようもなく

頬が緩んでしまうのだ。


「ふふ、どちらもお気になさらず。例えそこでマイナスが出ても大差を

 つけての1位です。誤差の範囲でしょう。それにここの忙しさはどうも

 それだけが原因ではないようですよ」


先程より聞き耳をたてていなくても聞こえる会話内容から察した令嬢の

言葉とその源がやってきたのはほぼ同時だった。


「待たせたね!

 ごめんよ、折角ぶっちぎりの1位だってのに遅れちまって!」


気安さと口やかましさが一緒になったような口調で、横に広い体躯と

丸い笑顔の緑髪中年女性が彼らの前に立った。そして間髪を入れずに、

また一度も口を閉じずに、ごく自然と彼女はまくしたてていく。


「はじめましてだねっ、ここの責任者やってるミラ・タスラグさ。

 タスラグっていっても本家からすればだいぶ遠い親戚ぐらいの

 立ち位置なんだけどね、性に合ってるのかここでゴラドの飼育を

 代々やらせてもらってるよ。はい、これが29号のチェックデータ。

 乱暴な扱いはされてないみたいで良かったよ。ストレス値もまあ

 初めての人が騎手したにしては許容範囲だったよ、さっきの扱いも

 良かった。あの子ら賢いからね。ねぎらいの言葉とかもちゃんと

 わかってくれるのさ。できればこのままうちに来てくれないかと

 思うぐらい将来が楽しみな子だよ……それに比べてあの子はもうっ!

 時代遅れだのかっこ悪いだのふざけたことばっかり言って!

 あのバカ息子が! あれだけせめて今日だけは手伝っておくれと

 頼んだのに来やしない!!」


「……なるほど」


「アハハハ……」


憤然やるせないといった彼女の言葉が何もかも全てを語っていた。

むしろ一息で語りすぎて口を挟むこともできず少年少女はただただ

苦笑を浮かべるしかなかったのだが。


「ま、まあまあ、おかみさん。

 ムジカはそういう年頃だし、まだ子供なんだから大目にみましょうよ。

 それに今はまずこの子達を帰してあげないと」


「ああそうだったねぇ、リディカちゃんは本当に気が利くいい娘さんだよ。

 うちの一人息子があんなバカで怠け者でなければ嫁に来てほしいと頭下げて

 お願いするところなんだけどねぇ」


「ハハッ、それはそれでムジカ嫌がりそうですけど、ありがとうございます」


これが常なのか。慣れているらしいリディカはこともなげに言葉を

受け流しつつもういいよとばかりにシンイチたちに目で合図する。

それに揃ってお辞儀で返事をして彼らは厩舎を後にした。


「な、なかなかお元気な方でしたね」


ほんの少しの会合で与えられたインパクトに令嬢はまだ苦笑いを

引きずっていた。これまで周囲にいなかったお喋りおばちゃん気質の

迫力は印象に残ったのだ。


「あれぐらいじゃないとおとなしい生き物とはいえあれだけの数の

 世話はできないんだろう……なんか微妙な遭遇フラグが立った気もするが」


一方で彼女よりはそういった人物に耐性があるせいかそれよりも

今しがたの会話から感じた妙な予感に若干遠い目をするシンイチだ。


「どうかしましたか?」


「…いいや、この後の予定はなんだったかなって」


本当に聞きたい質問で誤魔化す、という彼の常套手段なのだと察しながらも

深く聞かずに微笑でアリステルは答える。


「すべての班が到着するまでは自由時間となります。

 わたくしたちはシーブ観光をかなり堪能できるでしょう」


「…最後の班が到着する時間を予想しながら、か?」


「はい、そこも評価対象となります」


それにまさかと思ってさらに問い返せば笑顔の肯定で少年は苦笑いである。


「学園って意外に細かいというかなんでもかんでもチェック対象にするよな」


「情報収集とそれによる分析と予想、というのはどの分野でも必要な

 技能と考えられているのでこういう行事では特によく試されるのです」


「大変だなぁ」


他人事のように返す彼に、令嬢はただ微笑を浮かべて寄り添う。

そして徒歩でふたり並んで来た道をただただ戻っていく。


「あの、よろしいですか?」


しかし大通りに出たところでアリステルは少し期待を含んだ眼差しを向ける。

なんだと応じた彼に令嬢は少し力んだ様子でこう提案した。


「このまま並んで歩いて、というのも大変心躍りますが遅れれば

 その分皆の自由時間が減ってしまいます。なので───」


「なので?」


「───今すぐ飛行許可を取りますので外骨格で飛んで戻りましょう!」


どこか、そしてなぜか。

自信満々に出た提案に彼は目を瞬かせた後、一旦空を見上げて視線を戻すと

そこに変わらぬ力強い純真な目があったので念のための一言を口にする。


「……俺は?」


「もちろんわたくしが抱えて飛びます!」


それはアリステルにすれば気遣いであった。

ゴラド同乗時にシンイチが人目を気にしていると察したゆえの気遣い。

と、出来ればもっと密着して二人きりも堪能したいという乙女心が

合わさった結果、人目が無い所で移動しつつ二人きりになりましょう、

という提案になったのである。文字通りぶっ飛んでいる発想であった。


「…それでみんなのもとに戻る、と?」


「はい!」


元気いっぱいな返事は自覚の無さと混ざり気のない本気さを示していた。

シンイチは別段女性に抱えられることには何の感情も無かった。よくあるので。

また彼女との疑似遊覧飛行も悪くはないとは思っている。が、しかし今回は

最後の最後でとある女生徒からどんな目を向けられるか分からない事態に

陥るのが目に見えていた。想像だけで心が折れそうになっている彼である。


「……ダメ、でしょうか?」


その心情だけは敏感に察した彼女はコテンと首を─計算無く─傾げて、

お嫌なら仕方ありませんと残念そうに目を伏せてしまった。それは

少年の心を地味に抉る。令嬢は無自覚だがうまく彼の弱いところに

突き刺さる頼み方をしていた。無理難題ではなく当人が本当に望んでいる

お願いを、本心から相手を気遣って引っ込める配慮を消沈と共に見せる。

というのはシンイチの罪悪感を大いに刺激するのだ。彼は自分が少し

困る程度の事態なら相手の喜びを優先するところがあった。

あくまで気に入った存在に対してのみ、な辺りが彼らしさであるが。

だから。


「いいや、お願いするよ。

 短い距離だけど、アリスと空のデートしてみたいからな」


「ぁ、はいっ、ありがとうございます!」


了承と誘いの言葉に花が開いたような笑みを見せたアリステルに

彼もまた仄かな微笑を浮かべる。が。


「………みんなの目が届かない所まで、だぞ?」


そこだけはしっかり念押しするのであった。






─────────────────────────





どんな由来、どんな歴史、どんな役目、がある場所であろうとも人が集まり、

営みを形成する以上は“ほの暗い部分”が生じてしまうのは必然である。

ただ地球の都市では明るい部分から見て隅や端あるいはその裏側に誕生

しやすいそんな場所もガレストでは少し事情が異なる。この世界の都市は

その形に大差が無い。そしてそれは内部の配置(・・)にも言えた。

円形のドーム形状が基本の都市では外層区画は輝獣対策で軍やそれに

準ずる組織が常に警戒しており、中央部は安全性が一番高いことから

民間の居住地や施設が多く、それらの間にあたる中層にはいわゆる

行政機関が集中していた。これは外側の問題と内側の問題双方に目を

光らせる必要があるためというのと仮に外敵脅威により中層までを

食い破られる事態となれば市民は他都市に避難させることになるため

最初から中央に集まっていてくれた方が都合がいいという事情による。

尤も彼らが戦闘では役に立たないので()にいられると邪魔だから、

という身も蓋も無い考えもあるが。


しかしながらこの形が一番ガレストという世界に合っているのか。

この形にしなければならないと決まっているわけではないのに多くの

都市が自然とこの形に落ち着いている。それゆえに、というべきか。

必然的に都市の暗部が生まれやすいのは軍や行政の目が一番届かず、

しかも外敵の脅威もまた最も遠い場所。中央部のさらに真中。

円形都市のまさに中心に数多のガレスト都市が共通に抱える問題点、

手が届かない空白地帯「中央の穴(センターホール)」があった。


「ひっ、ひぃぃっ!!」


「やめっ、い、いやだ、うわああぁっ!!」


「助けっ、かはっ!?」


ただし今日をもってシーブのセンターホールは壊滅する。正確には

その一番奥の真中。素行が悪い程度では済まない明確な違法行為を

生業としていた者達の拠点は壊滅しようとしていた。無法者たちの

いかなる抵抗、懇願、悲鳴にも何の反応を示さないまま金の長髪を

たなびかせるたった一人の美しい青年によって。外には気付かれぬまま、

ひどくあっさりと、とびきり残酷に。後々都市の行政機関が事態に

気付いて調査・発見したのは文字通り血の雨が降った痕跡だけだった。


「ポイントC33における処理が済みました。マスター、次の指示を…」


その下手人。いま正に何十名もの悪漢を草刈りのように事務的に片づけた

青年は端末から真っ黒なモニターを開いて通信を入れた───アインである。


『ダッハハハハハッ!!

 あの野郎、お姫さまにお姫さま抱っこされて運ばれてやがるっ!!』


よほどそれがツボに入ったのか。

腹痛ぇ、と机を叩く音と共に男の笑い声だけが彼の耳朶に触れる。

自分からの通信には気付いてないらしいと察したアインは黙って待った。

彼にとって優先すべきは主人の喜びで他は些末事だ。良くも悪くも

やはり彼らは主人至上主義なのである。


『っと悪い、悪い。

 信一(あっち)見てたらおかしなことやり始めたんでつい、な』


「いえ、マスターが楽しまれているならそれに勝ることはありません。

 ですが恐れながら処理が終わりましたので次の指示があれば、と」


『おおっ、ご苦労さん。

 しかし……ふむ、この後はどうしようかね?』


「なにか問題でも?」


『そもそもシーブのセンターホールを掃除しなきゃいけなかった、

 ってのが問題さ。ここは大丈夫だと思って目を離した途端これだ。

 こんな出入り口付近で問題起こされて旅行が中止になったら

 折角準備したあれこれが無駄になるじゃないか、もう!』


「はは、確かに……しかしシーブにしては本当に妙な状態になってましたね。

 あと一日放置していたら治安レベルが変わっていたでしょう」


シーブは位置関係としても、設立目的としても『歓迎都市』である。

地球からゲートシティ・オルゲンを通って最初に訪れる都市がシーブ。

その狙いは地球人に悪感情を極力抱かせずにガレストに迎え入れること。

そのため治安維持と犯罪抑止にかなり力を入れており、ここのセンター

ホールは比較的小規模で中身の無法者たちもチンピラ集団の枠を

越えない程度のもの、だった(・・・)


『で、連中具体的には何企んでたの?』


「一通り見て回ったところ、誘拐に人身売買、違法薬物流通、軍用装備の横流し、

 テロ紛いの爆破計画、などがもう実行寸前だったといったところでしょうか」


『随分と階段飛ばししたもんだ。背伸びにもほどがある。

 そりゃ犯罪は放置しておけばエスカレートするし他に行き場がないから

 ホールにいる連中だ。裏社会で名をあげようって考える奴は多いだろう。

 シーブはどこのシマでもないから成果をあげれば全部自分たちに入るし

 裏での評価も上がる。けどなぁ……』


「はい、他と同じように(・・・・・・・)準備がうまく運び過ぎてます。

 見るからに拙い計画で行われているというのに、実行可能レベルにまで

 問題なく進捗していたようです」


『……ちっ、最近よく見る流れだな。

 失敗する可能性が極力排除されたかのよう……まるで使徒兵器だ』


「誰かが場所や地域に使徒兵器のようなものを使っていると?」


『ほう、面白い発想だ。だがこの流れが始まった時期はほぼ同時。

 対象範囲はガレスト全域だ。それはさすがにあり得な………待て。

 あり得る場合はどうなるんだ、これ?』


「マスター?」


『………………』


一瞬の沈黙。それが主の思考が深い所に向かった証と知るアインは

邪魔せぬよう同じく沈黙する。そして現実では数秒。彼の脳内では

どれだけの長考が行われたのか、苦々しい声で一言。


『………………………………なんて、笑えない主人公補正だ』


「っ」


若干茶化したような口調なれどアインはそこに緊張を見る。

主は何か厄介な事実に気付いたのだと察して彼も顔を強張らせた。


『いやはや、面倒なことになってきたよ。だとするとこれは序章かな?

 ゾッとする。これはコントロールできなくなるぞ……んんぅ?』


しかしそれはモニター向こうの軽い電子音とそれに気付いた抜けた声で

一気に緩まった。それに対する彼の声がどこか楽しげでもあったせいだが。


『え、マジ? お前まで来てたの!?

 ってか──────────なにしてんだ大吾(お前)?』

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― 新着の感想 ―
[一言] え?大吾が何でいるんだ?
[一言] これまで幼馴染み三人組の中で唯一普通っぽかった大吾君がどうなるのか 楽しみです
[良い点] 巨乳を越えた爆乳飼育員はヒロインになりますか
感想一覧
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