歓迎都市シーブ1
ギリギリ2ヶ月越えは免れたか…………実質同じだがな!
「何事もなく到着か……これはどう解釈すべきかな?」
ゴラドを跨いで騎乗するシンイチは目の前の建造物、あるいは壁そのもの
とでもいうべき都市『シーブ』を見上げて苦笑中だ。まだ100m以上の
距離があるがもう視界を覆うほどの威容は荒野そのものといえる大地に
丸みのある壁として存在していた。色合いこそ周囲の岩肌に似せているが
高さや堅牢さはオルゲンのそれと大差はないようにシンイチは見る。
都市としての規模は目算でおおよそ三倍強ほどに感じられるがこれは
オルゲンが小さいのかシーブが大きいのか。オルゲンがほぼ次元港のみの
都市であることを考えればおそらく前者であろう。
『シンイチさん、あちらの担当者から許可が下りました。
スロープが出てくるのでゴラドを進ませてください』
「了解」
それからさらに近づいた時にトレーラーから通信が入る。
寸前までの戸惑いを完全に隠して答えた彼の眼前。シーブを覆う岩肌色の壁。
その地表より5mほどの高さから横幅10mほどの板状の物体がせり出してくる。
シンイチはそれが大地につき、スロープを形成したのを確認してからゴラドで
乗り上げて進ませる。向かう先はただの壁だが近付くごとにスロープが
せり出している地点の上部に線が浮き上がり、それにそう形で壁が外開く。
トレーラーが問題なく通れるだけの門とも扉ともいえない穴が生まれ、
通り抜けると即座に閉じられた。後続がいないのと輝獣の侵入を
防ぐためだろう。もう扉があったことさえ分からない壁を背にする彼に
簡易外骨格を纏う門番らしき者達の一人が近づき、誘導していく。
「まずはこちらへ、そしてようこそ歓迎都市シーブへ!
一番乗りだな、今年も実りある体験をしていってくれよ学生さん!」
「ありがとうございます。今からどんなことが待っているか楽しみですよ」
誘導員からの歓迎の言葉にシンイチを知る者がいれば「お前誰だ?」という
にこやかな態度で応対しながら彼は発言とは全く違うことを考えていた。
──面倒事の気配が無さすぎる……もっと奥に来い、ときたか
アリステルをリーダーとして、出発順で名付けられた彼ら第一実習班は
これといったトラブルもないまま1時間51分という歴代最短時間で
オルゲンから荒野を走破してシーブに到着した。輝獣との何十回とも、
ずっと戦闘中だったともいえる遭遇はトラブルとしてはカウント
されないのがガレストである。
「────それにしても、こういうことでしたか」
結果としてその令嬢は彼の背後でひとり納得していた。
「シンイチさんの班にわたくしを入れたのはこれを見越して、なのですね」
「…なんの話だ?」
「いえ、目立つ結果や何らかの異常があってもわたくしの名が目晦ましになる、
ということですよ。少し複雑ではありますが、お役に立ちましたか?」
「……そこまで考えての采配じゃないと思うが。
でも注目がお前に集まったのは確かにありがたかった」
「そうであるなら嬉しいです」
一瞬、妹の件に勘付かれたかと考えたシンイチもその主張には頷く。
ゴラドが怯える不可思議さに最短記録での踏破はアリステルという十大貴族の
一角パデュエール家次期当主というネームバリューがかき消し、納得させた。
騎手に注目した者もいたがせいぜい冗談交じりにゴラドライダーとして
こっちで就職しないかと誘われる程度であった。彼女という一種の盾が
無ければシンイチと記録の異質さはどう見られていたことか。
これはフリーレの気配りの意外な効果だったといえる。
ただし。
「その件に関しては、な。
いま目立ってるのは……お前的に大丈夫なのか?」
「問題ありません、見られるのは慣れてますから!」
状況と立場を鑑みての色々と含みを持たせてのシンイチの問いかけに
だがアリステルはなぜか喜色満面で無問題と声を弾ませて答えた。
シンイチの耳元にとても近い位置で。
「…うむ、これはわりと本気でわかってないぞこのお嬢さま。
おまえどう思うよ?」
「ブッ、ブオオッ!?」
そこで私に話を振らないでくださいとばかりに慌てるゴラドである。
てっきり外堀でも埋めに来たかと思った彼であるがあまりにも無防備だ。
そして積極的であった。
「っ、さっきも陽…みんなぎょっとした目で見てたと思うんだが?」
ぎゅっと押し当てられる背中からの柔らかな感触をどう受け取るべきか。
戸惑いと役得な感情の中で彼はゴラドに同乗するアリステルにそういうが
返ってきたのは不思議そうな声だ。
「ゴラドの返却は班のリーダーであるわたくしと騎手であるあなたで
行うのは当然のことですよ?」
「軽やかに、自然に、俺の後ろに密着してタンデムしたことに、
みんな驚いてたのですよアリステルお嬢さま! わかってます!?」
──そんなところを見られてお前の立場的に大丈夫なの!?
という心配の声は、果たして届いているのか。走行中なのと人目も
あって前だけを向いてゴラドを進ませているシンイチだが背後で
彼女が首を傾げている気配を感じて頭が痛かった。とはいえ。
「ではどこに乗ればいいのでしょうか?」
「………それもそうか」
根本的に、他に乗る場所がなかったのも事実ではあった。
素朴でありながら核心を突いた問いに彼はぐうの音も出ないほど納得だ。
全体的にごつごつとした表皮を持つゴラド、その背で人が乗れる場所は無い。
地球の馬具でいう『鞍』にあたる道具を使うのが一般なのだが、学園側は
生徒がゴラドの背に気安く乗れるほど心許される状況を想定しておらず
用意が無かった。シンイチは運良くその個体の背に偶然あったなだらかな
部分を見つけて跨っている状況だ。幸い上下の揺れや振動等はフォスタの
機能で削減しているので苦にならないがそれもこのスペースあってのこと。
アリステルはその範囲に入れるように密着しているというわけである。
それを最大限に利用している、ともいうが。
─余談だが他の生徒たちはなんとか捕まえたゴラドとトレーラーを繋ぐと
彼らの臆病さを利用して逃げ出そうとする疾走に引きずってもらう形で
進むのだがコントロールできないうえにゴラドに対して暴力的な扱いを
することは大幅な減点行為となるため扱いに四苦八苦している。
ガレスト人生徒や扱いに慣れた2、3年生がいてもそれなのだから
ゴラド騎手への尊敬心が知らず知らず育っている。この形式の実習を
毎年行っている理由の一つであった─
そのせいで道すがらすれ違う人々から驚きの目で見られている。
ただそれは地球人の少年がゴラドに騎乗し操っている点に対してか。
それとも有名人が異性とタンデムしている点についてか。その両方か。
まだまだこちらの感覚に疎いシンイチには判断がつかない。ともかく
入口では助かった彼女の認知度の高さがここでは逆効果なのは事実。
幸いなのは周囲にいるのが所謂一般人ではない点か。彼らが走るのは
歓迎都市「シーブ」オルゲン方面外層区画・多目的通路。八車線は
ある広大な道路では様々な種類や形状、サイズの車が行き来している。
尤もそれらは目的が限定されてるらしい特殊車両が大半で、しかも少数。
一番多く目立つのが馬車ならぬゴラド車なのは国柄ならぬ世界柄か。
荒々しくゴラドたちが走り抜けても道路には罅一つ入らず、騒音も
少ないのは最初からそれを前提にした造りだからだろう。
「人や物を運ぶだけならフォトン動力車よりゴラドの方がエネルギー消費が
少なくて済みますしゴラドが代行してくれる部分の資材を他に回せます。
そのため人々の足は彼らがメインになっているのです」
彼の周囲を見る目を疑問と受け取ったのか。背中からの解説にシンイチは頷く。
そしてそれらが向かっている、あるいは出てきている場所へと視線が向けられた。
横に長い長方形型の建造物がいくつも並ぶ区画だ。地球人の感覚でいえば倉庫街の
ように見えるが中身はそれぞれ違うと背中の解説役は聞かれないまま嬉々として語る。
意中の相手に出身世界を知ってもらえるのが嬉しいようだ。
「外層区画は名が示す通り“外”に一番近い区画なので軍事施設が多いです。
あれらもほとんどは部隊の駐屯地や兵装の整備や保管施設で、都市の内側に
近付くにつれ、それらの関連施設、民間施設となっていきます」
「箱が同じなのは製造や整備の簡略化が狙いか?」
「はい、あとは資源の問題ですね。規格を統一し多目的に使えるガワを
用意した方が長じて見れば節約や管理が容易くなる、という考えです」
「…使ってる連中が変わっても大規模な改修や建て替えが必要ないわけね」
「その通りです。だから都市によって外層区画は見た目は一緒でも中身の
比率や位置関係が各々の事情で違っているのでその観点で見ると面白いです。
ここでいうならオルゲンと向かい合ってる区画なので軍事施設の比率は
低めになります。お互いの間引き作業で都市間の輝獣数は少なめですから」
「…あれで少ない方だったとはなんとも嫌になる話だな。
けど、だからゴラドの所属厩舎はこの区画にあるのか?」
「そう、ですね……おそらくですが今回お借りしたタスラグ牧場は軍とも
提携しているゴラド育成の大家が経営しているところですから
いざという時の戦力の一つという意味もあるかと」
「なるほど。
こいつらが横並びで一斉に突進するだけで大抵の輝獣は潰せそうだ」
「臆病な生き物なのでそんな指示を聞かせられる騎手は少ないのですけどね」
言外に、そして背後からのあなたなら出来そうですがという言葉と視線を
苦笑で誤魔化して、フォスタのナビに従いつつ車道を曲がる。変わらず
驚きの視線は集まっているが、彼女が語ったような場所ゆえに一般人と
思わしき人間はまるで見かけない。一番多いのは簡素なデザインながら
格式高さを感じるグレイ色の制服を着込む者達で次点で多種多様な汚れが
目立つ、つなぎ姿の人達。検索をかければ前者はガレストの軍服で後者は
ガレストの一般的な作業着であった。軍人と作業員ないし工員。所属は
当然軍属かそれに近い者達が大半だろう。職務上知り得た情報を外部に
もらすことはしないだろうが噂になるのは避けられない。サングラスを
かけているため普段と印象は違っているが相手から目元が見えないほど
濃くはない。フォトン粒子の光を眩しく感じない程度に減少させる目的の
代物のため目つきや視線を隠せるものではないのだ。つまり顔バレも
避けられない。自らの微妙な立場と底辺扱いのステータスに以前彼が
幼馴染から聞かされた話や彼女の次期当主というまだ不確かな立場を
考えれば背中で味わう柔かな二つの感触に喜んでいる場合ではない。
自分の存在が彼女の足を引っ張るのは断じて認められない。
だが。
「……少し落とせ」
「ブオオ!」
彼女がそれに気付いていないというのがシンイチは信じられなかった。
短い言葉でゴラドの速度を落とさせながら訝しむ令嬢にくすりと笑って
誤魔化す。
「シンイチさん?」
「折角一番乗りしたんだ。もうちょっとコレ味わっていいだろ?」
自分の腰元に巻かれた彼女の手をそっと握りながら。
「───っっ!?!」
それだけといえば、それだけの接触。
だが理由あってとはいえ自分から抱き着いたも同然のアリステルが
それで目に見えて動揺する様子に彼は思わず口元を緩める。その反応が
面白かったというのもあったがそれよりも“なんとなく”これが
欲しかったのだろうなと唐突に理解してしまったのが苦笑を
誘ったというのが理由の大部分。
「ったく、こらえ性のない男だ」
何せ、お互いに、なのだから。
「え、今なにか…?」
「いや……ただこの温もりは落ち着くな、と」
誤魔化したような体でそのじつ本当を告げるのは彼の常套手段か。
そう口にしたタイミングで手を握る力を気持ち強めるのだから
あくどい男である。しかし二度目ゆえか言葉の方に意識が向いてか。
それとも同じモノを求めているのに気付いたからか。
アリステルはどこか確認するように言葉を紡ぐ。
「……シンイチさんでも、人肌恋しい時があるのですね」
声には“意外”という感情は皆無で同じ気持ちがあることに
喜ぶ色があった。その安堵とも思える声にシンイチは軽い調子で頷く。
「わりとしょっちゅうな。
こっちに戻ってくるまで気付かなかった辺りは俺らしい間抜けさだが、
なにかあった、なにかやった、その後は人肌に溺れたくなる」
「…少し、わかるかもしれません」
だがそれに令嬢はどこか沈んだ声と共に彼の背中に顔を埋めた。
シンイチにしがみつく腕により力がこめられたのは意図してか無意識か。
「……色々とうまく……いかないものですね」
ぽつりとこぼされた独り言のような弱音に彼はただ手をぎゅっと握る。
それに少し力を緩めた令嬢は小さく微笑んだが、他には何も語らない。
“何が”の部分をシンイチは概ね察しているが自分で言わない選択を
したアリステルに必要なのはそれを聞き出すことではない。
当然安易な慰めでもなく、きっと彼女のいう人肌の熱なのだろう。
それでも足りないと思うなら。
「なら、悩める未来の領主さまに最低の提言をしてやろう」
毒になるか薬になるか分からない困った助言だとこの悪い男は考えた。
「さ、最低の、ですか?」
「そうだ。うまくいかないと嘆くお前にこんな言葉を送ろう。
─────出来ることが増えると出来ないことはその十倍は増える!」
嫌がらせだろうか。
何故か自信満々な様子で拳を握ってまで彼はそんなことを口にした。
だから諦めろという慰めか。だからたいしたことではないという励ましか。
どう受け取るべきなのか一概に判断できないその中身に呆気にとられた
令嬢であったが一瞬あとに吹き出すように笑う。
「…………ぷっ、くっ……ほ、本当に最低な話ですね。
やっと視界が広がったと思ったら解ってなかった出来ないことが
何倍も立ちはだかるだなんて………嘆く自分が愚かに見えてきますわ。
出来ないと解るようになったのだと前向きに受け取るしかないんですから」
まったく、困ったものです。
それが弾んだ声ながらどこか恨めしく感じさせる声だったのはよりにもよって
彼女の視界を広げた誰かさんがそんなことを口にしたからだろう。
「はっ、すぐにそれを理解できるだけお前は充分立派だよ。普通はわからん。
他人の悩みは難しいからな。皆、自分の出来ないことで四苦八苦してる。
それを理解するのは同じ体験をしていても基本無理だ」
「…そう、ですね……それなのに誰かの問題を解決しようとするのも、
何も出来ないと嘆くのもおこがましいことなのでしょう……」
彼の言葉を重く受け止め、自戒するのは彼女の根の生真面目さゆえも
あったが同じ体験をしても何かがズレてしまった幼馴染たちの存在も
頭に過ぎったからだ。しかし。
「ま、領主ってのはそれをあえてやらなきゃならない立場だがな」
それを促した当人は狙っておどけた調子で彼女の問題を突きつけた。
領内の数ある問題を優先順位付けや取捨選択をして、尚且つ
方法さえ厳選してどうにか解決しなければならないのが彼女が将来
背負うことになる地位だ。ある程度“おこがましく”何かを決めて、
何かをしなければいけない。全部を都合よく解決する合法的な手段、
等そうそうあるわけがないのだから。
「そ、それ褒められたのか追いつめられたのか分かりません!」
だから、その姿勢は良しといわれたのか。
だから、それがこれからお前を襲う問題だといわれたのか。
折角の自戒を台無しにされた複雑な心境の彼女はよりぎゅっと
彼にしがみつくとさらにシンイチの手を握り返す。せめてこの
温もりをもらわないと割に合わないとばかりに。
「くくっ、違いない」
アリステルより少し大きいだけの、数多の傷を抱えたその手は
嬉々としてそんな可愛らしい令嬢の我が儘を受け入れて悪い顔で笑う。
その密着で嬉しいのは彼女だけではないのだから。
「むぅ、本当にずるい人です。
聞かずにいてくれたのだと思いましたのに知ってるといわんばかりで……
もうっ、ここまで気遣われては張った見栄が台無しですわ!」
「ふふ、悪いが文句は俺の頭に余計な経験値注ぎ込んだ奴に言ってくれ」
見えずとも頬を膨らませているのがわかるような声に微笑みつつ
シンイチは彼女が知るわけもない邪神に責任転嫁して煙に巻く。が。
「…変なことを仰るのですね」
「え?」
一瞬の間を置いて彼女は不思議そうな声をあげて首を傾げる。
そして、事情はよくわかりませんが、と前置きしながら続けた。
当然のことでしょうに、という口調で。
「それは気付けた理由であって、気遣ってくれた理由ではありませんよ?」
「………」
思わぬ言葉、されどどこか胸に落ちる言葉にシンイチは一瞬呆然となる。
しかし次の瞬間には半ば反射的に否定するような言葉を口にしていた。
「あ、いや、けど気付いたらたいていの奴は気遣うんじゃないのか?」
「ふふ、さっきのあなたのように、ですか?」
「ぬっ」
だがそれは令嬢の微笑に一刀両断されてしまう。
言い方が迂遠で意地が悪く、尚且つ励ましなのかどうかも分からない。
彼は自分のそれがありがちな気遣いだなどと言える要素を微塵も
見出せず言葉に詰まる。
「それにあなたが言ったのですよ?
同じ体験をしても理解しあうのは難しい、と。
なら同じことに気付いてもどう対応するかは人によって違いますわ」
間違っていますか、と問われて彼はまたも返す言葉がなく閉口だ。
「ええ、そして少々子供のように拗ねましたがそんなあなたの対応は
存外わたくしには心地良いのです……本当に、とても……」
──だから、決して逃がしませんよ
はにかむような笑みと共に彼の耳元で照れたような女の声が囁かれる。
熱のこもった吐息が顔にかかって、その中身の情愛にさすがの彼も頬に
赤を差した。
「………お前のそういうところホント苦手だ」
嫌がってはいないものの渋面の彼は精一杯の抵抗とばかりにそんな
皮肉か嫌味を飛ばすが彼女のその返事に目に見えて轟沈するのだった。
「光栄ですわ!」
このお嬢、悪い影響を受けておる…




