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帰ってきてもファンタジー!?  作者: 月見ココア
修学旅行編 第二章「彼が行く先はこうなる」
219/286

姦しさ(初)

じつは、初めてでした





「教師っていうのも大変ねぇ」


優雅にカップを傾けながらテーブルの対面に座る友人にその女性は

呆れと感心が混ざった声を向けた。尤も向けられた側はその物言いに

かなり不満があるらしい。


「強引に連れだしたお前にだけは言われたくなかったよ、サンドラ」


額の青筋を隠さずにそう返しつつも白髪の女教師は自身の周囲に

投映させた複数の小型モニター群が見せる映像や情報を視線を

せわしなく動かしながら確認していた。注文したホットティーは

もうかなり冷めてしまっているが気にする余裕すら彼女には無い。


「あら、ごめんなさい」


それをおかしそうに笑いながらの謝罪の本気度など考えるまでもない。

頭頂部にある馬耳が横を向いているのも楽しんでいる証拠だろう。

見る余裕が無い白髪教師(フリーレ)にとっては良かったのか悪かったのか。



─ここは中規模都市「シーブ」の中心街にある高級喫茶店の個室。

オーナーはガレスト人だが内装やメニュー、システム等は地球側の

それらを参考にしたものであり完全に地球文化で形成された店舗だ。

が、シーブという都市の特性上か地球食文化が市民権を得ているのか。

近年では喫茶店程度に眉根を寄せるようなガレスト人は圧倒的に少数。

何せシーブはゲートシティ・オルゲンに最も近い都市なのだから。

地球からの客人は大抵オルゲンと共にシーブに必ず寄る事になる。

オルゲンはあくまでゲートのある都市で次元港としての役割と

その運営に携わる人達の居住都市としての機能しか持っていないため

訪れた者の目的地がガレストのどこであろうと他都市への移動には

基本まずはシーブに赴く必要があるのだ。そのため歓迎都市とも

ハブ都市ともここは呼ばれている。それだけ聞くと移動が面倒と

思う者も出てくるがオルゲンから直通の地下鉄があり移動に10分も

かからない上に本数も多いので不満をいう旅行者は少ない。

それどころかオルゲンとシーブを同じ都市と勘違いする者すらいるほど

この二つの都市の行き来は簡単であった。尤も地上で輝獣の相手を

しながら険しい道のりを進むとなるとゴラドの足があっても何十倍も

時間がかかるのだが─



「ところでさっきから何をしてるの、あなた?」


興味本位だけの質問。誰の目にも仕事中、それも忙しいと分かる彼女に

悪びれもせずにそんなことをするのがサンドラという女性であった。


「各チームの見守りとこの後の予定の諸々の準備だ。いろいろカツカツで

 やってるから人手も時間も足りないんだ、わかったら少し黙れ」


そこで無視をすればいいのに律儀に答えてしまうのがフリーレという女性だ。

最後に少し語気を強めた辺り苛立っているのも事実だが。


「あらら、オルゲン・シーブ間のいつもの実習で生徒を待つだけかと

 思っていたけど先生も大変ねぇ……ん、やっぱりここの紅茶はおいしいわね」


「分かってて連れ出したお前がいうなと二度目だぞ、本当に黙れ!」


空間キーボードを叩く指さえ自由なら机を叩いてさえいただろう怒声。

防音のしっかりとした個室ゆえに迷惑にはならないが目の前のサンドラは

予期していたのかしっかり消音スキルを使って防いでいた。しかもその反応が

面白いとばかりに声なく笑っているのだから始末が悪い。忙しすぎてフリーレが

それを見ずに済んでいるのはこの店の平和のためには喜ばしい事だった。




「────ふぅ、なんとか落ち着いてきたか」


そんなやり取りから十数分後。モニター群のいくつかはまだ開いたままなれど

必要な手続きや報告等は終わり、各チームの進行状態にも教師が出張る程の

問題が出ている様子が見られないためフリーレはようやく頼んだ茶で喉を潤した。

完全に冷めてしまっていたが一心地つけるだけありがたかった。


「ご苦労様」


「本当にそう思ってるなら……いや、もういい」


「あらら、嫌われちゃったわね」


言うだけ無駄だと諦観しつつ責めるように半眼で友人を睨むフリーレである。

実際サンドラは気にした風もなく面白がって笑うだけ。予想通りとはいえ

相変わらずな態度に彼女は深い溜め息。


「はぁぁ、お前が仕事はちゃんとする奴だと知ってはいるが、

 ナカムラの診断や予防接種もその調子でいいかげんにやってないだろうな?」


「…………………………で、できるわけないでしょ、ア、アレに」


フリーレとしては雑談に近い疑ってもいない事柄の確認であったのだが、

不自然なほどに長い間をとっての震えた声にさすがに目を瞬かせた。


「どうし……ああ、なるほど。あいつの気に障るようなことをしたな?」


「……ちょっと探りをいれたつもりだったのよ、軽い冗談のつもりで!」


「はぁ、私は余計なことはするなと事前に言ったぞ。

 ナカムラは変な方向に自分や他人に興味が薄い困った奴だが面倒見はいい。

 だからその対象に不利益があると判断すると容赦や躊躇をしない」


「先に教えてほしかったわ」


「自業自得だ。

 大方、私のことでからかおうとして余計なことをしたか言ったんだろう」


「……うん、まあ、そんなとこ」


一瞬だけ微妙な顔を浮かべた彼女は曖昧ながら頷いて肯定する。

真相は合っているようで微妙に違うという代物なのだが、サンドラは

彼があの場で語ったこと以上のナニカで事前に不興を買ってもいたと

考え始めていた。いくつか推察はできるものの今はそれ以上の関心事がある。

何せ今しがたフリーレは恐ろしいほど自然に自らを「彼に世話されてる側」に

していたのだから。


「自覚の無いままどっぷり、って感じなのが怖いわね」


フリーレには世話焼きの相方がいいとは彼女も考えていたがアレは

それ以前の問題である。大当たりか大ハズレかのどっちかにしか

転がらない予感がひしひしして落ち着かない。何より。


「……ねえ、フリーレ……あの子、ナニモノなの?」


正体不明の恐怖を覚えてしまう。僅かな時間の接触だったというのに

その理由をいくつでも明示できる気がするサンドラだが、そんな理屈を

すっ飛ばしたうえで“ただ怖い”。暴れる屈強な軍人を黙らせたことも、

輝獣ひしめく戦場の中でけが人の治療をしたこともあるサンドラをして

そう思わせるナニカが彼にはあった。


「………」


質問の裏にある怯えに気付いてか。僅かに押し黙ったフリーレは一度目を

瞑って、だがサンドラが期待するような言葉は返さなかった。


「私が請け負った生徒だ。

 いくらお前でも部外者である以上言えるのはそこまでだ」


「へぇ、何かあるのまでは隠さないわけ」


少し意外に思いながらも同時に生真面目な彼女が口に出せる限界は

そこまでということを感じ取りながら二杯目の紅茶を流し込む。

カップを握る手の震えを必死に隠しながら。


「…ただ主観を語るなら…」


「え?」


「厄介な生徒で、困った子供だが……信頼できる男だよ」


「…………………そう」


それはそれはまた。

この人見知り娘からなんという高評価をよくこの短期間で得たものだと

感心しながらも同時にあのフリーレがこんな気遣いを覚えたのかと

嬉し寂しい感覚を覚えて複雑な胸中だったサンドラだが。


「具体的にいうと一緒にいるとポカポカするぞ」


「ぷふっ!? なにそれ!」


次に出た大真面目な口調での発言に噴き出して笑ってしまう。

しかしフリーレは口調通りおふざけ無しで素直な感想を告げたつもり。

ゆえに不満げに眉を寄せる。


「ぬ、そんなにおかしいことを言ったか?

 これでも初めての感覚で嬉しかったのだが…」


「…………なんですって?」


そして付け足すようにいわれた言葉にサンドラの笑いは固まった。

ポカポカ。初めて。嬉しい。並ぶワードと彼女の境遇にまさかの懸念が浮かぶ。

ましてやそれが件の少年と共にいることで与えられたのだとすれば、それは。


「あの子が私に手厳しかった理由ってそういうこと?

 ……ええ、そうね……これは気付けなかった自分が恥ずかしいわ」


「サンドラ?」


何が親友か。

内心で己を罵倒する彼女に気遣う視線を向けるフリーレ。

それに何でもないと首を振ったサンドラは一度そこで会話を切った。

静かにカップを傾けて空にするとソーサーに下ろして先程までの怯えを

押し込めた瞳でフリーレを見詰めた。


「今のはとても参考になったわ。

 お返しじゃないけどあの子を診た医者として言わせてもらうんだけど…」


「ん、何か問題でもあったのか?」


「だらけだったというべきだけど、まずは大袈裟かもしれ…なに?」


さてどう説明したものか。

とサンドラが考えをまとめながら話し始めた瞬間。

彼女の馬耳が警戒するようにピンと立つ。遅れてフリーレも馬耳の

向く方へ視線が動く。個室の外から何やら騒ぎの音がありそれが

こちらに近づいてきているのが聞こえたのだ。

そして何の断りもないままに個室の扉が開かれる。


「困りますお客様、許可なく入られてはっ」


「大丈夫、大丈夫、待ち合わせしてたの……そうよね、二人とも?」


「……………」


「…………」


現れたのは店員の制止を軽く流して堂々とそんなことを意味ありげな

ウインクと共に告げた一人の女性。ピンク系統の髪をボブカット風に

整えた彼女らと同年代と思わしき彼女は美しいというより愛らしいと

評するのが適切な相貌で微笑んで隣の同性店員を嘘と魅力で説得していた。

二人にはどこかわざとらしく見える可愛らしさだが、そう見えるのは

彼女らがその女性の中身を知っているからだ。不思議なことに彼女の

擬態は知らないと完璧だが知っていると嘘くさく見える変な特性があった。

実際ここまで入り込まれてしまった店員はその可愛らしさにやられてか。

同性だというのにその微笑みに絆されかかっていた。

なので。


「うん、店員さん、ソレ知らない人だから追い出して」


「ちょっとサンドラ!?」


馬耳を完全に後ろに伏せた女医は全力でお引き取りを願った。

決して決め顔での話を遮られた私怨からではない。決して。


「ついでにそいつ犯罪者だから憲兵隊呼んで」


「それ本当に冗談じゃすまなくなるからやめなさい!」


お前など知らぬ、さっさと帰れと目を吊り上げて取り付く島もないサンドラに、

せめて話を聞けと詰め寄る乱入女性はぎゃあぎゃあと言い合いを始めた。

困ったのは事情が分からぬ店員である。知人であるのは確からしいが

元々いた客の一人は拒絶している。どうしたものかともう一人へと

視線を向けた途端「ひっ」という悲鳴をこぼした。店員を弁護するなら

どんな教育を受けていようともその顔は一般人が見て容易に

受け流せる類の代物ではなかった。


「サンドラ、いい。とりあえず話を聞こう」


「え、フリー、げっ…」


「店員さん、こいつにも何か飲み物を」


「ありがとう。やっぱりあなたは話がわか…ひっ」


それは彼女の親友といってもいい者()ですら同じこと。


「では、席につけ。

 そしてじっくり話をしようじゃないか、なあアリア(・・・)?」


そこには色という感情()が消えた無の表情をしたフリーレがいた。

人間味が失われた相貌と光を宿さない無機質な瞳はなまじ美しいがゆえに

本能的な恐怖を見ている者達に与えて有無を言わせなかった。





アリア・バンスレット。

それはフリーレにとって数少ない友人であり同期の戦友である。

だがある時期から反政府思想に傾倒し武力蜂起。反逆者となり一度は

他ならぬフリーレによって逮捕されるも自らの死を偽って仲間達と脱走。

志を同じくする彼らと共に反政府組織を立ち上げ、その旗揚げの標的に

クトリアを狙うも運悪くいた誰かさんの入れ知恵で動くフリーレに作戦や

切り札を潰され、また彼女に捕縛されて組織はその誰かさんに壊滅させられた。

その後反乱動機の根底理由を打ち崩す事実を明かされて、失意のまま

ガレストに移送。即時行われた極秘裁判で処断された────はずである。


「だーかーらー! また脱走したとか逃げてきたとかじゃないって!

 そうならあなたたちの前に顔見せるわけないでしょうが!

 一発で捕まっちゃうじゃない!!」


そんな愚行をするわけがないと何度説明しても納得してなさそうな二人に

アリアは声を張り上げていた。尤も、当人はそう思われても仕方ないとは

内心思っていたらしくぽつりと本音も溢したが。


「まあ、当たり前の話に気付きもしないでテロを起こした私は

 確かに愚か者なんでしょうけど……ホント、間抜けよね」


「…そうか」


そのぼやきが自分が明かした話を受け入れた証左と見てか。

やっと表情に色が戻り始めたフリーレである。地味に他二名が

安堵の息を漏らした。そうなれば迫力に押されて沈黙していた女医の

意識もアリアがなぜここにいるのかに向く。


「で、その大馬鹿アリアちゃんはどうやって解放されたのよ?

 司法取引って言ったけど私が調べた感じじゃ、あんたに政府と

 取引できるだけのナニカがあったとは思えないわ」


「確かにな」


アリアが再三主張したのは司法取引があったという話だ。だが

サンドラもフリーレも納得がいっていない。彼女は現行犯で捕縛され、

背後組織は暴かれ、余罪も自白しており、証拠もあらかた揃っている。

構成員が全員一気に捕まったのもあって仲間の情報もほぼ意味がない。

ましてや彼女が捕まった事件は公には“無かったこと”になっており

表沙汰したくない政府がどんな監視下であれ彼女を外に出すとは思えない。

能力的にも多少は使える工作員ではあるが司法取引するほどかといえば

疑問符が浮かぶ。


「ああ、そこが引っ掛かってたのね。ごめん私もまだ混乱してたみたい」


だがアリアはその指摘から認識の齟齬に気付いた。

否、要点を省き過ぎたことに気付いたというべきか。

どうやら彼女自身もこの事態をうまく整理できていなかったらしい。


「ええっとね。

 サンドラの言う通り私には取引できるものはあまりなかったし、

 バカやった手前そもそもする気もなかったんだけど…」


「だけど?」


「どうも政府がヤバイのと超法規的な取引をした結果都合がいい立場に

 いた私たちが差し出されたっていうのがたぶん正確なはず、うん」


「ヤバイの?」


「差し出された?」


不穏なワードにさらなる疑問符を浮かべた二人にアリアは彼女らを

呼び寄せるように手招きをした。立場が立場ゆえに既に音声遮断系スキルは

使っていたがそれでもということか。二人が耳を寄せればぼそぼそとした

声ながらもその名前が口にされた。


「あなたたちなら知ってると思うけど………マスカレイドよ」


「……なに?」


「どうしてそこであの謎の怪人が出てくるわけ?」


静かに驚愕するフリーレを余所に出た疑問にアリアは肩を竦める。


「私も全部教えられたわけじゃないけど、例の脅迫事件の後アレは

 秘密裏にガレスト政府と接触したらしいの。そこでのやり取りや交渉、

 まあ殆ど脅迫だったんでしょうけど、その結果その一つとして政府は

 マスカレイドと直接やり取りする部署を作ることになったのよ」


「……………なに?」


聞いてないぞ、と目が据わるフリーレであるがその正確な感情は白雪以外

では察せられない。そして人工知能は空気を読んで沈黙していた。だから

アリアは知っていることだけをただ説明する。


「なんでマスカレイドがそれを欲しがったのかは知らないんだけど

 曰く『突然私からあなた方の誰かに連絡するのとその部署から突然報告が

 あがってくるの。どっちがいいですか?』って、言われたらしいわ」


「悪辣ね。それ、実質選択肢無いじゃない」


「……………」


前者は連絡を受ける可能性がある者達、そして実際に受けた当人の

心理的負担が大きいうえに中身と送り主の真偽の判定が難しい。誰かが

マスカレイドの名を騙ることもあり得るし、本物からのメッセージを

自分に都合よく歪める者がいないとも限らない。

あり得ない情報収集能力と単独個人で国すら容易に滅ぼせる存在からの

言葉が良くも悪くも一個人の手で扱われるのは危険すぎた。かといって

毎回突然こちらの通信ネットワークに割り込まれるのも大統領府の業務や

安全保障において支障をきたす恐れがある。

つまりその提案をされた時点で選択肢が無い。


「そうよね。

 とはいえ正体不明の怪人に脅されてホットライン作りましたじゃ外聞が悪い。

 だから表向きには必要なのかいらないのか微妙な窓際部署を作って、

 アレの存在を知る連中にはマスカレイド調査室という体裁をとって、

 政府とマスカレイドの中継ぎをする部署が作られたってわけ」


「そこに、あんたが、所属させられたって?」


そ、と頷くアリアに未だ信じられないものを見るような顔のサンドラだが

フリーレは頭が痛いとばかりに額を押さえていた。


「くっ、なんでそうなる?」


それは仮面がそんなことを画策した理由への“なんで?”で

あったが周囲にはアリアが選ばれた理由を問うものに聞こえた。


「どうもマスカレイドからの希望だったらしいわ。自分の恐ろしさを

 きちんと知っている人物で裏仕事に適性がある人物を、ってね。

 一方で政府もその条件に合いつつ、万が一マスカレイドに潰されても

 問題がなく、何かあればこっちから切り捨てられる存在をって考えた時に…」


「…そうか。

 仮面の手で無残に倒され、しかも秘密裏に捕まえられたお前達は

 なるほど確かにその条件に一致するわけか……」


「あら、あなたにしては鋭いわね」


「茶化すな、さすがにそれぐらい分かる……すごくあいつのやり口っぽいし」


最後の呟きは誰にも届かない小さなものであったが彼女の脳裏には

三日月笑顔の誰かさんの姿が浮かんで本当に頭が痛くなっていく。


「ふふ、まあでも所属してるのは私とローナン夫妻の三人だけだけどね」


「あら、あんたのお仲間って他にもたくさんいたんじゃなかったっけ?」


「っ、白々しいわよサンドラ!

 中核メンバーは殆どまだ病院だってあんたなら知ってるでしょうが!?」


「そうね、ほとんど精神病院で悪夢に苛まれている、だっけ?」


「相変わらずプライバシーも何もない女ね……ええ、そうよ。

 フリーレに倒された私は幸運な方だったと資料映像見て心底思ったわ。

 隊長、いえもう室長達か。あの二人は最後まで残されて全部を見たせいか

 恐怖が一周回って落ち着いてたけど楽隠居した老夫婦みたいになっててね。

 正直微笑ましいけどエージェントとしては使い物にならないのよ」


だから唯一マスカレイドと接触してない自分にもお鉢が回ってきたという。


「つまり司法取引うんぬんはマスカレイドと政府がって話で

 あんたが自由になってるのはその結果ってこと?」


「そういうこと、だと思うわ。

 私も行動の自由はあるけど体には各種監視装置が埋め込まれてるし、

 ここにだって仕事でなければ来ることはなかったでしょうしね」


「仕事……マスカレイドからの指示か?」


「そ、中継ぎ部署なんてそれこそ大嘘。実態は問題無い範囲とかいう

 言い訳が頭についたマスカレイドの小間使いってわけ。それで

 その記念すべき最初のご指示はサンドラにこれをってね」


彼女が自前の携帯端末に軽く触れればサンドラの端末に情報が送られた。

並べられたのは誰かの端末アドレスを意味する文字列が二つ。訝しむ彼女の

視線に、だが彼女は何故か憐みの顔を向けながら説明する。


「最初のは私の、二番目はマスカレイドが用意したアドレスよ。

 あなたからも送れるけどそこからの連絡はマスカレイドからと思いなさい」


「な、なんで私にそんなの渡すのよ!?」


どこで目をつけられたのやらと半ば同情、半ば同類を見つけて喜ぶような目を

向けられる屈辱を覚えながらもさすがに世界の裏を騒がす怪人のアドレスを

渡されて平静ではいられない。サンドラからすればそんな相手と接点など

無いつもりなのだから。しかし次のアリアの言葉でその“つもり”が崩れ落ちる。


「あれ、聞いてないの?

 『私が連絡員』っていえば話は通じる、ってさっき指示が来たのだけど?」


「連絡員……さっき……っ!?」


そのワードをサンドラは確かについ一時間ほど前に聞いた覚えがあった。

異常な威圧感と雰囲気を持つ自分にだけ手厳しかった少年から。

思わず、問いただすような鋭い視線をフリーレに向ければ彼女は

即座に顔を背けて決して顔を合わせようとしない。そしてその横顔には

滝のような冷や汗が流れている。それは“知っている”ことを何よりも

証明する反応であった。


「じょ、冗談でしょ?」


顔を引き攣らせながらそうこぼすサンドラだが件の少年はそれを

納得させるだけの空気を纏っていた。そしてはめられた形で仮面の

正体を気付かされたサンドラは頭を抱える。秘密の開示は本来信用や

信頼の証であろうがこれに限れば逆だと分かる。その名で脅すほど

自分が信用されてない証拠となっている。


「なにこの迂遠な死刑宣告」


世界を単独でいかようにもできてしまう存在に認知されたばかりか

良く思われてないと明言されたも同然では生きた心地がしない。


「どうしたの二人とも?」


それをもたらしたアリアのみが何も知らないゆえに首を傾げる。

恨めしい感情を二人は覚えるが教えるわけにもいかない。


「あのね、こんなの教えられて平然としてる方がおかしいわよ」


「あ、それもそうね」


だから否定できない理屈と呆れ顔で誤魔化せばアリアは簡単に納得した。

内心でこれでよく潜入工作員が務まっていたなと思ったサンドラだが

すぐに別の考えが頭を過ぎった。務まらなかったからテロリストに

堕ちてしまったのではないか、と。社交性の高さが逆に彼女の

中にまで潜入先の歪んだ思想を取り込ませてしまったのか。


「………ひとつ聞くけど、指示はこれだけ?」


自然と彼女の耳は立った形でアリアに向く。

それはサンドラのどんな感情を受けての動きか。


「そうね、あなたたちに関係ある指示はそれだけ」


「ふん、そんなわけないでしょう。子供のおつかいじゃあるまいし」


「サンドラ?」


「…………」


仮面の下を知るがゆえにその視点が抜けていたフリーレと違い、アリアは押し黙る。

なんてことはない顔でカップを傾けているが答えないのが答えだった。

だからこそサンドラは言葉でさらに斬り込む。


「マスカレイドなら単に私にアドレスを送りつけるだけでいい。本物の証明なんて

 それこそいくらだってアレなら用意できるでしょうしね。なのに政府側に

 私と接点を持とうとした情報が洩れても構わないとばかりにあんたに運ばせた。

 しかもフリーレと一緒にいるこのタイミングで。クトリアの一件はもちろん、

 私達の関係を知らないわけが無いのにそんなまどろっこしいことした以上

 この三人を会わせることもあの仮面の思惑なんじゃないの、違う?」


一息で女医が言い募った主張には妥当性があった。

あるいはそう考えた方がしっくりするというべきか。

二対の視線がアリアを問い質すように集まり、沈黙は続けられなかった。

静かにカップを置いた彼女は肩を竦めながら困った苦笑を浮かべる。


「……『この再会をどう使うかは好きにするがいい』とは言われたわ。

 なんていうか恐れられているわりに、変にお節介よね」


「…………」


「で、そのお節介をあんたはどうしようっていうの?

 私は別にあんたがどこでバカやろうともどうでもいいんだけど、

 せめて二度も迷惑かけたフリーレには一言ぐらい何か無いわけ?」


どこか軽い態度に僅かに苛立ちながらサンドラはいうべきことを言えと

暗に求めるがその返事は間髪を入れず、また端的だった。


「無いわ」


「っ、あんた!」


あまりに簡単な、迷いのない返答に掴みかからんとする勢いでサンドラは

立ちあがったが実際に腕が伸びるより前にフリーレの制止する手があがる。


「サンドラ落ち着け……アリア、無いなら無いで別に私も構わん。

 当事者としての立場を振りかざして中身の無い言葉を強要する気もない」


そして淡々と、気にした風もない言葉で“もとよりいらない”と言い切る。

突き放すような口調にアリアは眉を動かす程度だったがサンドラは訝しげな

表情を見せる。そこに彼女は、だが、と続けた。


「だが“一言も無い理由は教えろ”ぐらいなら要求できると思うんだが?」


「は?」


「おっと?」


どうだろうか。と平然とした顔で、問いかけの形での要求にアリアは勿論

サンドラも一転してその表情を唖然とさせた。彼女らしくない物言いと

切り口でありながら、どこか彼女らしい要求だと感じてしまったからだ。


「…無い理由なんて、そんなの無いってだけで…」


それでも面倒くさそうな口調で逃げるアリアだが、彼女の切り返しは

その隙を与えない。


「嘘だな、バカやったと自覚しているお前なら何も思わないわけがない。

 それぐらいの付き合いはあるつもりだぞ……で、理由は?」


「ぬぬ……クトリアでやりあった時も思ったけど、

 この娘なんか妙な知恵と強引さをいつのまにか修得してない!?」


渋面で誰にともなく呟いた疑問だがAIは沈黙、サンドラは同意の頷きを

しながらも目が「それで理由は?」と追従してきているので味方がいない。

無い理由が無いとも思ってない真っ直ぐな眼と吐いてしまえと面白がる眼。

そしてここにはいない─とは言い切れないのが怖い─仮面の目が背後に

あるような気もしてきたアリアは胸中で降参し、現実でため息を吐く。


「はぁ、分かったわよ。

 ……単にあんなバカな勘違いでバカやった私に謝る資格も

 贖罪していい資格もあるわけがないって思っただけよ……ったく、

 合わせる顔もないっていうのにマスカレイドのせいで全部台無しよ!」


ばつが悪そうにそっぽを向いてそう吐き捨てるが、それだけ自らの

罪の重さとその償いの難しさを理解しているからこその内容だった。

頬の赤さと仮面への悪態はご愛嬌だろうがフリーレは頷くだけで、

サンドラは呆れ笑いだ。


「こっちの純朴娘といいあんたといい……ふふ、初めてあんたを面白いと思ったわ」


なんて不器用な。そんなセリフが聞こえてきそうな笑みに、本音を

いわされた気恥ずかしさを誤魔化すようにアリアは吠えた。


「うるさいわよ、性悪医者! それよりフリーレっ!

 何よその“だと思った”って顔! 察してたのなら聞くんじゃないわよ!」


「ん、いやそれはそうだが……当人の口から聞くか聞かないかは大きく違う」


「フリーレ、あなた…」


「と、あいつがここにいたら言いそうだと思ってな。

 そしたら直接聞きたくなったんだ、すまんな」


他意のない本心そのままの彼女の言葉は言い争う気を著しく減退させる。

だからこの娘は苦手なのよ、とアリアは渋い顔だ。


「……別にいいけど、そのあいつって誰よ?」


「ん、約束があって多くは語れないが……あの時私を使っていた男だ。

 結果的に私を旧友(オマエ)にぶつけてしまったことをとても悔いていたよ。

 だからあいつが言いそうなことが頭に浮かんだんだろう」


「あの采配をした奴が、ね……なんかちょっとイメージ違うかも」


「良くも悪くも他と見ているモノが違うようだ。だからお前達の策謀も

 見抜けたし事後処理に疲れた私を気遣ってもくれたのだろう……だが」


さほど遠くない当時を思い返してか。少し不快気味に眉根を寄せた彼女に

これもどこか“らしくない”と他の二名が訝しげに顔を覗き込んだ瞬間。


「…せめてその半分ぐらい自分も気遣えというのだ馬鹿者め」


一転して、この場にいないその誰かを想って仄かに笑った。

なじるような表現なれど、どこか愛しささえ感じさせる柔らかな声で。


「…………え、え、なに今の顔?」


「……すごいの見たわ」


ただそれが二人に与えた衝撃は激しく、揃って愕然としていた。

彼女が世間の評価とまるで違う実像を持っていることを二人は把握している。

むしろどうしてそんな見当違いな話が広がっているのか不思議がってる側だ。

だから彼女らにとってフリーレは能力だけが高く、中身は純朴な子供という

認識がどこかにあった。特に“女性”としての部分ではそれが顕著だと。

しかしこれは、今の顔は、どう見ても『愛しい相手を想う女の顔』ではなかろうか。


「ほ、本当に誰なのよそれ!?

 あんたなんか少し変わったと思ったら、男が出来てたってこと!?」


「いつかろくでもない男に引っかかりそうな気はしてたけど、よりにもよってぇ!」


事件当時とは違う心境で正体が気になるアリアと察して呻くサンドラである。

ただし両者の驚きは方向性が違った。サンドラは正体ゆえに頭を抱えているが

知らないアリアは降って湧いたフリーレ初の話題に若干興奮気味だ。


「やだっ、まったくこの娘ったら全然そんな影なかったのにいつのまに!

 しかも私らの作戦見抜いてた奴でしょ! 絶対将来有望っ、やったわね!

 なになに? その胸の凶悪な武器使って落としちゃったわけぇ?」


にやにやと楽しげにからかう様子で「どうなのよ?」と詳しい話を

聞こうと好奇心と野次馬根性全開なアリアの反応にフリーレはきょとんと

首を傾げるだけであるが一方でもう一人は乾いた苦笑を浮かべるしかない。


「……無知をうらやましいと感じたの生まれて初めてかも」


私も何も知らないままフリーレをその恋話(ネタ)で遊びたかった。

女医が斜め下の悔しさを覚えていることなど知らずにアリアはヒートアップ。


「っていうかよく見たらあんた何よそのスーツ!?

 やぼったいジャージばかりかと思ったらそんなのどこに……あ!

 これ着て迫っちゃったわけぇ? 何の変哲もないスーツなのにあんたが

 着るともうあちこち際立っちゃって、これは男たまらんでしょ!!

 まったくどこでそんなお色気攻撃覚えたのよ、やるじゃない!」


それは友人から初めて男の話題が出たことに喜ぶ姿、というよりは

年下の子供がやっと色気づいてきたと喜ぶ親戚のおばちゃんのよう。

変わらずニヤニヤと笑っている顔は一般的な感性からいえば、ウザイ、が

幸か不幸かフリーレは怒涛の発言の大半がよく分かっていない。


「ぬ、アリアもっとゆっくり喋れ。ほとんど何を言ってるかわからんぞ?

 だいたいこのスーツは持っていたのではなくその男に着せられたんだ」


「おっと、そのへん詳しく」


何とか認識できた部分に反論すればアリアの目は獲物を狙うようにギランと光る。

一瞬その妙な眼光に気圧されたフリーレだが別段隠す話でもないと口を開く。


「こういうの一着も持ってないと知ったら強引に店に連れてかれてな。

 抵抗したら怖い笑顔で『俺に着替えさせられるか自分で着替えるか選べ』と

 迫られて……泣く泣く渡されたのを着てサイズが合うのを三着ほど…」


「ほほう、つまり男の趣味に染められた、と」


「あんた言い方がだんだんオヤジ臭くなってるわよ?

 けどそうか、あっちの文化に合わせたのかと思ったらそういうことね」


「そんな所に気が回る娘なら三年間ずっとジャージなわけないわよ。

 けど、うん、その彼センスはなかなかじゃない。あんたに映えるってのも

 あるけどスーツとしても出来がいい物よ、それ」


あれはもったいないと正直思っていたと述懐しながらも、先程とは

違った意味で鋭くした視線が『服』としての価値を探る。伊達に8年も

クトリアに潜入していたわけではない。地球側では衣服は持ち主の

様々な情報を持っている。経済状況、周辺の気候、仕事、好み、目的地、

購入店を特定すれば活動範囲も分かるだろう。潜入工作員として

知識を集め、見る目を鍛えたのは当然の話であった。


「そうなの? あっちの服飾は私もよくわからないんだけど…」


「ええ、単純な量産品じゃないわね。専門店かしら?

 オーダーメイドほどじゃないにしろ、グレードの高いところのよ。

 それなりに値段もしたと思うけど、いくらだったの?」


「…………………いくら?」


アリアは話の流れとしてたいして意味なく値段を聞いたのだが

返ってきたのは予想外の言葉を向けられたと固まるフリーレである。

だが異変はそこで終わらず、彼女はだらだらと冷や汗までかき始めた。


「し、白雪……いくらだった?」


〈………わかりかねます、と報告〉


「う、嘘だと言ってくれ!」


〈残念ですが、事実。

 ただし購入店は把握済みですので調べれば判明します、と提言〉


どうしますかと機械的な音声が遠回しに事実を語っていた。

訝しんでいた他二名はこのやり取りで大まかにだが話を察する。

支払いにも使われる端末が値段を把握してないなどあり得ない。

ならば、それはごくごく当たり前の結論を示している。


「……彼にプレゼントされてたわけね」


支払ったのは彼女(フリーレ)ではないということだ。


「なんともあなたらしいといえばらしい話!」


今のいままで全く気付いていなかったことも含めて。

アリアがそうおかしそうにこぼせば盛大にドジを曝した女教師は諸々の羞恥(あり得ない失態)

羞恥、(崩れる)やっぱり羞恥(面目と矜持)に耐えかねてテーブルに突っ伏しながら

真っ赤な顔で意味の無い奇声をあげる。


「ひゃぁあああああああぁっ!?!?」


だって無自覚に贈られていた衣服を当然のように着ておいて、

自分はどの顔どの口でどんな風に彼と接していたというのか。 

何やら偉そうな励ましや気遣いをしていたあれこれが思い返され、

その滑稽さに彼女は悶絶するしかなかったのだった。






「いやあ、久しぶりに盛大に笑ったわ」


羞恥で悶絶し幼き少女のように狭い個室で転げまわった旧友の姿を

一通り遠慮なく笑い飛ばしたアリアの総評に恨めしい視線を向ける

フリーレだが未だに赤い顔ではさすがに迫力がない。


「何よその顔、立派になったのは体だけなんだから」


「ううっ、あいつもあいつだ。なんで請求しないんだ!?

 白雪、金額を出しておけ。あとでまとめて突き返してっ」


「やめときなさいよ。そういうの男は嫌がるわよ」


「え?」


「そうだな。

 何も言ってこない時点で立て替えたって話でもなさそうだし」


「あ」


「完全に贈り物よね。それに料金払うってのは、失礼じゃない?

 遠回しにモノは欲しいけどあなたのお金では嫌だっていうようなものよ。

 その彼との関係を清算したいならそれでいいけど、続くんでしょ?」


「あうっ」


そして友人達からの助言で二度目のダウン。

フリーレの中にはこれらの言葉を跳ね返す理屈が存在しなかった。

シンイチに不快な思いをさせたいわけでも無く、

不慣れはあってもスーツが嫌なわけでも無く、

彼との関係をここで終わらさせたいわけでも当然ない。


「しかし、しかしなぁ」


けれど一方的に、しかも知らない内に高額な代物をもらっていた、

というのはどこか心のすわりが悪いのも彼女の本音ではあったのだ。


「まったく、子供なんだから。

 そんな調子でその彼に見捨てられないようにしなさいよ」


「うっ、それはわかってる。あいつに恥じない人間でありたいからな」


「お?」


からかったつもりの言葉が予想以上に素直に受け取られたばかりか

真剣な反応が返ってきてこれはひょっとするとひょっとするかもと

アリアは楽しげに目元を緩ませている。


「……致命的に認識のずれた会話を初めて見たかも」

〈逆に合っているともいえるかと、邪推〉


その裏で呟かれた言葉は誰の耳には届かず流れたが。


「さて、私はもう行くわ。次の用事もあるしね」


「……それもマスカレイド案件か?」


席を立った彼女にあまり答えを期待せずに尋ねたフリーレ。

しかし相手は僅かに困ったような笑みを浮かべて、首を振った。


「そうともいえるし、そうともいえない、かしら?」


「なんだそれは?」


「…本当にマスカレイドって奴は人の嫌がることをするって話よ。

 この私にレスカ・フロズンの事後処理を任せるんだから…」


「っ」


それはアリアがクトリア潜入時に名乗っていた実在の人物の名。

彼女がそのために、何の罪もないのに命と名を奪った完全な被害者の名。

アリア・バンスレットの罪を最も分かりやすく示す十字架(同胞)の名。


「いみじくもあんたが言ったように返さないといけないからね。

 せめて、その死だけでも家族のところに……」


顔だけは笑ったまま、されどアリアの拳は固く握られていた。

マスカレイドの介入と脅しにより事態は良くも悪くも当事者から離れていた。

罪の意識を持った加害者がそれを償うことも許されないほどに。

自分が悪いと自覚している罪が裁かれない。公にすることも

出来なくなった。逃げ場のなくなったその重みはどれほどか。


「……彼女とは同僚だ。葬式の連絡ぐらいきちんと私のところにも寄越せ」


「フリーレ?」


「私みたいなヘマをしてないかチェックしてやる」


一瞬、何を言われたのかと目を瞬かせたアリアだがすぐに破顔する。

私が知っていてやるからちゃんとやっておけという声が聞こえた気がしたのだ。

これまた彼女らしくなく、されど彼女らしい言葉が。


「あんたそんな言い回しどこで覚えたのよ。噂の彼かしら?

 ま、ちゃんとやっておくからせいぜいきちんと見送ってあげて」


「ああ」


「じゃ、縁があったらまた会いましょう」


そういって─クトリア生活で染みついたのか─バイバイと背中越しに

手を振って彼女は退室していった。扉が閉まる直前のそれは弾んでいたが、

空元気か否かは誰にも判別がつかなかった。


「……なあ、サンドラ?」


「なにかしら?」


「どうして、ああいう奴は生きるのが大変になるんだろうな」


果たしてそれは誰の何を見たうえでの問いかけか。

そも聞いているのに、どこか断定する口ぶりは確信からか。

少なくともサンドラはそれに対する適切な答えを持っていない。


「適当に生きてる身には難しい問題ね……でも」


「でも?」


「あなたがいま気にすべきなのはアリアじゃなくて、

 いまアリアに被って見えたもうひとりの方だと思うわよ」


「え?」


なぜ分かったと目で問うそれに同じく視線で当然でしょと返して不敵に笑う。

しかし即座に真剣な面持ちを浮かべたサンドラは諭すように語る。


「あなたに限って、どっちかだけが気になってるなんて器用なことが

 できるわけないのは分かってる。けどだからこそ彼を気にしなさい。

 今あなたの最も身近にいるあなたの生徒を」


「……そう、だな」


僅かな逡巡の後、素直に頷いたのはサンドラの主張を受け入れてか。

アリアなら大丈夫だと信じたからか。それとも。


「ん、今ので思い出したがアリアが来て話が中断していたな。

 ……ナカムラの診断結果で何か気になる点があったとか?」


「気になる点しかないんだけど……今告げるべきは一つ」


「なんだ?」


「彼、このままだと─────────死ぬわよ」


それとも、そのことを彼女が無意識に感じ取っていたからか。

フリーレの顔には驚きも憔悴も浮かんではいなかった。





現在ひじょうに煮詰まっております。

次回がいつになるかはまったくわかりませんが、

やめることだけはないと約束します、では!



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― 新着の感想 ―
[一言] たしか煮詰まってるって「9割できててもうすぐ完成する状態」のことを言うはずなので、どちらかと言うと行き詰まるのほうが正しい使用法な気がしないでもない(お節介) ただ最近だと行き詰まるの意味も…
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