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帰ってきてもファンタジー!?  作者: 月見ココア
修学旅行編 第二章「彼が行く先はこうなる」
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一方美人



───聞いていた話となんか違う



それが“彼女”が最初に抱いた感想であり第六感が告げた危険信号。

職業柄様々な業種や人種、性格、状態の人物と接する事が多い彼女をして

目の前で座る少年が持つ空気あるいは雰囲気というものは異常だった。


「────────────」


刺々しい静寂さとでもいうか。

誰にも触れられない刃とでもいうか。

存在感のある“無”とでもいおうか。

矛盾しているのは百も承知の彼女であるがそんな印象を

受けたのだからしょうがない。いわば、とりあえず自分の存在を

主張はするが他のことは知らない、どうでもいい、関わるな、

という拒絶に近い無関心の塊が人の形をしてそこにいるのだ。

そのうえで自分を見据えているのだから圧迫感が半端ではない。

本来この場は自分のフィールドだが敵地にいる気分であった。


入室まではあった期待や願望、遊び心は霧散した。

もっというならそんな感情を持っていた事を忘れるほどだ。

それでも不自然に思われない速度で我に返れたのは動揺や困惑を

している時間すら許されない職業だからか。彼女は何でもない様子を

装って自分が座るべきイスに腰を下ろすと問題の少年と向かい合う。


「初めましてナカムラ・シンイチくん。

 今日は私があなたの精密検査と各種予防接種を担当させてもらうわ」


地球人診察用の白衣を纏った女医はそういって柔和な、他者に警戒心を

抱かせない笑顔で応対してみせた。が、少年は頷きこそしたがその目に

正にせよ負にせよ感情というものが宿らない。好きにしろ、とどこか

寛容でありながら絶対者からの無言の圧力を感じさせる視線だった。

なぜかそれだけで職務外の余計なことをすれば自らの首と胴が

離れる光景を彼女は幻視してしまう。


「…………」


しかしそれは彼の視線がある部分に向けられるまでのこと。

胸元に表示されている映像投映型の名札を捉えると何かが変わった。

変化は微細。医者として数多の患者と接してきた経験と生来の鋭い

洞察力がなければ見逃してしまうほどの微かな笑みを少年は浮かべた。

──これはまずい


「あ、失礼。違う人の名前を表示していたわ。

 って私そもそも名乗ってなかったわね、ごめんなさい」


入室時以上の悪寒に小さな失敗という顔で名札に本名を表示する。

どうやら自分の対応が間違っていたようだ。彼の許可なく下手に

動く(遊ぶ)とどの瞬間に敵だと思われてしまうか分かったものではない。

まずは敵ではないというアピールが必要だと完全武装の立て籠もり犯に

単身丸腰で向かい合う心境で─まだ認識が甘いと知らずに─彼女は

自らの名を口にする。


「改めまして、サンドラ(・・・・)・ヒューイックよ。

 親友(フリーレ)私の子(白雪)がお世話になってるみたいね、会いたかったわ」


「いえこちらこそどちらにも大変楽しませてもらっています。出来れば

 長い付き合いをと考えていますので、お願いしますねヒューイック先生」


これまでが嘘のようなにっこりとした微笑みと返しにサンドラは、だが

背筋が凍るような寒気を覚えた。楽しませての部分はあえて無視するが

後半部分からは不穏さしかない。どう解釈しても「ふたりとは長く楽しい

関係でいたいけどお前とはどうなっても構わないから気を付けろよ」

としか聞こえないのだ。


「…お手柔らかに頼むわ」


「出来ればそうありたいですね」


穏やかな言葉に「お前の態度次第だ」という言外のそれを感じ取って

さすがにサンドラ医師はもはや形ばかりの笑みも維持できなかった。

少年は表情でこそ笑っているがその瞳は先程から何も変化が無い。

否、若干の関心が出てきているのが逆に恐ろしい。巨大な怪物に

存在を認識され、目が合った。その緊張感に息が詰まる。

それでいて感情が見えないままの瞳はまるでこちらの罪過(価値)

見定めているかのよう。比喩でなく生殺与奪が握られている確信を

サンドラは強制的に持たされた。



───あの娘、よりにもよってなんて男に引っ掛かってんのよ!!



ゆえに悲鳴のようなそんな絶叫は彼女の胸中でのみ響くのであった。






次元トンネル及びそちら側の(・・・・・)ゲートを抜けた先には、白壁があった。

無論それだけではないがまず一番に目に飛び込んでくるのがそれで

あるために事前情報を持たない渡航者はその重厚で高層ビル並の高さを

誇る白い壁が視界全体に広がるその光景に驚く。そこから見渡せば

自分達が出てきた以外のゲートが複数立ち並んでいるのが見え、

周囲には全高が低い建物が壁の内側にひしめいていた。そして逆に

視線を壁の上に向ければ一見すると何も無いように妙に明るい空が

見えているがよく目を凝らせば“透明な分厚い壁”が半球を

描くように都市全体を覆っているのが分かる。閉塞感を与えないためか

明り取りか。天から光差す門と色や造りを揃えた低い建物の並びは

見る者によっては神聖な存在に跪いているように感じられるという。

異なる世界を繋ぐ門というのは例えその力が技術、科学による代物で

あっても未だ地球人からするとどこか神秘性を感じさせるのだ。

進み過ぎた科学は魔法と区別がつかないというある作家の言葉を

思い起こさせる話である。尤もそれは地球人側の勝手な感想であり、

居住している者達にそんな心持は微塵もない。

ここがそういう造りであるのはどれも現実的な理由なのだから。


そんな光景でまず出迎えるのがガレストに数多ある都市の中で最も

若い都市であり『ゲートシティ・オルゲン』と呼ばれるガレストと

地球を繋ぐ門の街だ。次元の門を通過した渡航機はそのままゆっくりと

高度を下げながら空港─次元港─の開けた空間である離着陸場という

人工的な大地に降り立った。見た目は黒いアスファルトのようだが

使われているモノは完全に違う代物で見慣れたそれに感じるのは

地球人に忌避感を抱かせないよう意図的に外観を似せているため。

尤も。


「気の使い方が……悪くはねえがなんか微妙」


他にもっと気を使えよ、というのがある少年の正直な感想である。

これをひねくれていると取るか高望みし過ぎと取るかは人次第だろう。

ともかく似非アスファルト大地に衝撃少なく着陸した機体の窓からは

次元港と呼称される建物が見えた。ただ地球人向けか役割が同じせいか。

クトリア第一国際空港と施設の形状や造りに差がまるで感じられない。

それでも技術力の差なのか着陸後、機体の出入り口から半透明な

エネルギー状のトンネルが建物へ伸びて繋がった。即座に乗務員が

安全確認した後、並んで生徒たちが降りだせばトンネル内部の足元は

動く歩道のように形状変化し徒歩より僅かに遅い程度の速度で進みだす。

フォトンエネルギーの実体化は見慣れていても、その変形や稼働と

なると学園生徒でも見慣れている者は少なく、特に地球人側の

生徒達は感嘆の声をあげていた。ただし。


「技術の粋を集めたベルトコンベアとは恐れ入る」


身も蓋もないことを言い出す1年生が最後方にいたが。

おそらくひねくれている方なのであろう。


「で、俺達はこのまま区分けされて出荷されるのでしょうか先生?」


「……お前の冗談は時々笑えないから困る」


前方に立つ彼女にそう揶揄すれば、それをどう受け取ったのか。

頭が痛いとばかりに額を押さえながらフリーレは首を振った。


「話を変えよう。

 本当はあちらでの出発前か渡航中に話すつもりだったのが…」


「それはすまない。お前の柔らかな肉体に夢中になっていた」


「っっ、やめろ! 私でもまずい言い方とわかるぞ、それ!?」


事実は手繋ぎから膝枕、髪梳き、背中への接触。

それだけ─でも問題─だがそちら方面に鈍く知識の少ないフリーレでも

何をまず連想させるか分かる程にそれは危なげな表現であった。

思わず前方の、意図的に距離は離した他クラスの最後尾を

見てしまうが聞こえた様子は無かった。


「ほっ……ん、コホン!

 とにかく、お前には今から精密検査と予防接種を受けてほしいんだ」


胸を撫で下ろしつつも赤い顔での強引な咳払いで話を戻す。

しかし、いいだろうか、と確認を取るような言葉にシンイチは微笑む。

もはや無実化している最初にした約束事に反する頼みではないかと

考えているのが伝わるからだ。律儀と思う以上にいじらしい。

とはいえそれはそれ。深く事情を聞かずに二つ返事して誰かに体を

預けることを彼はよしとしない。出来ない、といった方が正しいか。


ともかくフリーレ教諭が説明する所によれば地球には地球、

ガレストにはガレストにしか存在しない細菌やウイルス等が存在する。

当然ながら異世界のそれらに対する免疫や対処法は互いに持っていない。

異世界公開前の調査で既に地球側の何がガレスト人に、ガレスト側の

何が地球人にとって害になるのかは概ね判別がついている。

最低限それらだけは持ち込ませないための検査や殺菌、あるいは

予防等がかなり厳密に義務付けられているという。学園生徒は本来

入学時に行うが、特異な時期と形での編入だった彼はそれがきちんと

行われなかった。さらに様々な騒動が重なってオルゲンといういわば

水際まで後回しに。ゆえにそれらを行ったという証明や記録がなければ

シンイチは次元港から出ることができない。幸い、元々簡易検査で問題は

見つかっておらず、ガレストの予防接種は即座に効果が出るので

今すぐ行えば問題がないとのこと。


「なるほど、だから検査に予防接種ね。当然といえば当然の話か。

 あっちに行った時は運良く病気になる前にこの体になったからな」


「…………」


納得した様子には安堵した彼女であるが、後半の呟きには閉口だ。

“あっち”とはどこのことか。“この体”とはどういう意味か。

聞くべきか流すべきか。数秒だが悩んだ末にフリーレは流した。


「……問題がなければやってくれると助かる。

 本当は私も立ち会いたかったが皆の引率や手続きにこの後の

 打ち合わせやらで離れられる時間がなくてな。担当医師は

 信用のおける所に頼んだから問題はないはずだが……」


言葉尻を濁しながらも無言で大丈夫かと窺う視線を彼女は向ける。

それが彼自身の情報を外部に漏らす行為に近いと感じているのだ。

本人の肉体は当然だが情報の宝庫である。数多の秘密を抱える

シンイチが医者相手とはいえ見ず知らずの第三者に明かしてもいいと

考えているのかがフリーレには解らなかった。

ただ彼は意外というほどあっさりと頷く。が。


「それは別にいいけど……」


どうとでも誤魔化せるから、という裏を隠しながらも

晴れ晴れとした笑顔を浮かべると彼女の背に楽しげに声をかけた。


「先生、ここじっとしてても勝手に進むんだから

 話をする時はまず相手の顔をちゃんと見ようよ」


何せ先程から彼女は一度もシンイチを直接見ていない。


「そ、それはっ!」


彼の意見そのものは正論である。礼儀でもある。

しかしフリーレはどうしても彼と真正面から向かい合えないでいた。

ゲートを通過してこちら側に到着した後、やっとか今更か。

VIP席でのやり取りや密着が気恥ずかしくなり一度も彼の顔を

─意識はしてるが─見れないのだ。少年はその様子をずっと楽しげに

ニヤニヤと笑って眺めている事から解る通り、御見通しである。

振り返れない彼女だがそんな視線は感じ取れてしまうため余計に

気恥ずかしい。今日この時ばかりはその鋭敏な感覚をフリーレは

恨めしく思っていた。


「ううっ、こっちは訳も分からず顔を合わせづらいというのにっ!

 どうしてお前は平然としてるんだ、何故か無性に腹が立つ!!」


「おいおい、平然とは心外だな。これでも俺は今……」


「いま?」


「すごく楽しい!」


「そういうところだお前っ!!」


そんな“弄り”は少年曰くのベルトコンベア終わりまで続いた。

建物内に入ると人目を考えてか止めたのだが学園でシンイチに

近しい面々は彼女の照れと恨めしさが混ざった赤い顔を見て、

だいたいを察すると同情的─一部羨望─な視線を向けたという。








「────白雪からのレポートでえらく親密に仲良くしてる男子生徒が

 いるって話を知って、これはもうどんな子か確かめなきゃって親心……

 …はい、ごめんなさい。ただの好奇心です。ちょうど修学旅行で

 来るっていうから待ち構えてたらフリーレが誰か信用のおける

 医者を一人寄越してくれって要請にこれ幸いと飛び付きました。

 私の所属は軍だけど、ガレストって医療機器が優秀になりすぎた

 弊害で人の医者が少なくて、私みたいなのはピンチヒッター的に

 あちこちに派遣されることが……はい、要望ゴリ押しで来ました。

 偽名だったのは探りをいれるつもりだったからで……はい。

 遊び心7割です。はい、そこは厳密に。得たデータはすぐに破棄しま…

 え、消えてる? あ、注射器は……跡形も、ない……ははっ」


引き攣った顔で乾いた笑い声をもらしているのは白衣を着た獣人。

栗毛色の長髪を結い上げた頭部では馬のそれに似た耳が並んでいた。

理知的といえる顔に眼鏡型端末(ARグラス)をかけた、いかにもな容貌の彼女が

フリーレの数少ない友人であり人工知能・白雪の開発者。

そして白雪にふざけた命令を設定していたお節介な悪戯軍医

サンドラ・ヒューイックその人だ。とはいえそこから想像

できた性格は現在鳴りを潜め、どこか疲れ切った顔をしている。

演技ではない。心底彼女は気疲れからぐったりとしていた。

気持ちその馬耳も垂れ落ちているのは気のせいではあるまい。


検査と予防接種自体は問題やトラブルもなく終わった。

元々検査は透明な筒状の装置に入って数秒静止しているだけで済む。

その結果も件の菌やウイルス等の範囲では特に問題は無かった。

現在患っている病も確認されず、負傷や臓器の異常も見られない。

概ね健康状態だといえる。が、過去の負傷痕跡に関する結果において

軍医の彼女が顎を外すほどの“状態”だったが「検査目的とは

関係ないでしょう?」という鶴の一声で流れた。流させられた。

予防接種は行う前にいくらかの質問をされたがまだ常識的で

理性的な範囲のそれだ。どんな病に対する予防か。地球の

予防接種との違い。ワクチンを用意した、管理してたのは誰か。

ともすれば何かを疑っているといわんばかりの質問だが過去には

医者や薬、ワクチンを感情的に信じていない相手をも患者として

請け負った経験もあるサンドラからすれば説明すれば理解してくれる

相手は何十倍も楽な相手であるし、基本的には地球のそれと仕組みの

上での違いは効果の速さだけだ。他の質問にも誠実に答えれば少年は

あっさりというほど受け入れた。現在はワクチン接種後の経過を

見ているに過ぎない。が、当たり障りのない会話をしようとした

サンドラはシンイチからの無言の(・・・)圧力に屈して全てを白状させられた、

というのが事の顛末である。


「ふーん」


「……………それだけ?」


しかしながらそうして聞き出しておいてこの反応だ。

対外的には確かに彼は何も求めておらずサンドラが勝手に喋っただけで

内容もアレであったが、無関心に近い返答は屈した心がさらにへこむ。

尤も、声が返ってくるだけマシな反応だというのを彼女は知らない。


「あぁ、うーん、これは………ちょっと白雪!?

 なんかあなたのレポートとこの子全然違うんだけど!?」


まさかの虚偽報告かとARグラスのフレームを撫でるように操作する。

データ消失と注射器消滅を示していたテキストをログごと消しつつ、

悲鳴のような叫び声を我が子同然の人工知能に届けた。すると

二人のちょうど間に雪の結晶モチーフのアイコンが浮かぶ。

そこから心なしかいつも以上に抑揚がない返答が発せられた。


〈あれは主にマスターに対する態度をまとめたものであり、その他への

 対応まで報告するように命じられてはおりませんのであしからず〉


「え、もしかしてあなた自主的に情報隠したの?

 うわ、思ったより判断機能が成長してる!?

 よく命令の穴見つけて……いえ、そうしようと思わせるなんて!」


だがその返答内容に彼女はすごい進歩だと途端に目を輝かせた。

疲弊を見せていた顔は一気に興味津々なそれとなるとレンズ越しに

謎の数字と文字の羅列を表示させると目で追って頬を緩ませていく。


「ふ、ふふっ、これすっごいわ。学習機能がフル稼働してるじゃない!

 ストレス反応記録まである! 会話予測、感情推測の精度が段違い!

 ねえねえキミ! 何したのっ、この数年全然進歩なかったのに!」


そして僅か前までの怯みはどこに消えたのか。身を乗り出すように

迫ると興味と関心しかない瞳を向けてくる。シンイチの方は

先程までと全く態度も表情も変えていないというのに。


「…お前の生みの親ってこういう系なんだ?」


〈お恥ずかしながら〉


彼のフォスタ画面に申し訳なさそうな顔文字を表示する白雪である。

どうやら自分の関心がある事柄になると他が目に入らない性質らしく

白雪のそんな対応すら歓喜の悲鳴をあげて興奮していた。別段、

意図して塩対応をしていたつもりは─微塵も─ないシンイチであったが

これにはさすがに壁を作るのすら馬鹿馬鹿しく思えてしまう。

だから。


「ヒューイック先生」


「うん? 教えてくれるの!?」


「あいつと白雪の会話を見聞きした限り…」


「うんうん」


「…白雪の会話や行動の制限をフリーレが他者とどれだけ親密に

 関わったかで解放するように設定したらそりゃ進歩しませんよ」


「へ?」


当たり前といえば─残念ながら─当たり前の(答え)を指摘した。

彼女(フリーレ)はお世辞にもその点での積極性は皆無であり対外的な立場と名声が

近づきがたいものを周囲に与えてしまうのだから。


「しまったーーーーーーッッ!!!」


友人のそんな性質を今更思い出したのか。

一瞬の愕然の後、頭を抱えて大絶叫するサンドラである。

外見がいかにも出来る医師っぽい女性なのが余計に残念さを誘う。

彼の推測が開発者から見ても的を射たものだという証明でもあるが。


「本末転倒というか……これ絶対目的と手段が入れ替わった口だろ?」


同じイタズラ好きとしてそんな顛末を理解できてしまうのが

シンイチをして虚しい気分にさせていた。明日は我が身かと

身を引き締めている。勿論、自粛しよう、ではなく、

どうなっても楽しんでやる、な辺り筋金入りであるが。


〈なんでしょう。こんなのがマイスターかと思考すると回路が

 熱暴走をしたと誤認し続けています。バグでしょうか?〉


そんなことをポーカーフェイスで彼が考えてることはさすがに

読めない人工知能はただただ創造主の残念さに無いはずの

異常な熱を感知して自らの欠陥を疑っていた。


「お前は正常だよ。極力そこは意識しないことを勧めるがな。

 ところでお前がこっちと話しててフリーレは大丈夫か?」


〈複数対象との個別同時対話が著しいスペック低下をもたらす程の

 負担となるには対象数が87を越える必要があります、と報告〉


「それはまたすごい話だな」


〈また現在マスターは四苦八苦しながらも私の補助を求めていません〉


「…四苦八苦?」


一瞬シンイチも彼女が手続きや打ち合わせ等の範疇で苦労しているのは

当然のように思ってしまったが同時にどこかしっくりもこなかった。

初体験ならまだしも彼女は学園で三年の就労経験があり当然修学旅行も

これが初めてではない。なのに四苦八苦しているという違和感。

何か問題が起こったのかと彼が調べようと思った正にその瞬間。


〈マスターよりナカムラさまへ通信。

 正面に空間モニターを展開して繋ぎます、どうぞ〉


何故白雪が自分のフォスタを操作するんだと訝しげな顔をした彼だが

目の前に現れたモニター越しの彼女を見て、理解した(微笑んだ)


『……………ナカムラ、そっちはもう終わったか?』


気落ちしている。

簡素な壁だけが見える背景と人気の無さからどこかの個室らしき

場所に一人でいるフリーレは解り易いほどに顔も声も落ち込んでいる。

察しつつもシンイチは返答の声と表情には暖かみを乗せた。


「ああ、終わったよ。特に問題はないそうだ。

 そっちは……大変だったようだな。お疲れ様」


「っ!?!」


どこかから愕然としたような視線が注がれるが彼はまるで意に介さない。


「まあ十中八九、俺関連だろうが……もしやペンダント取り上げられたか?」


『ん、いやそっちはなんとかなった。穏便に片づけるために記録上は

 元々私の所有物だということにしたがちゃんと返すから安心してくれ』


「それはまた……手間かけちまったな。ありがとう」


『た、たいしたことではない。が、感謝は素直に受け取ろう。

 お前のようにひねくれたくはないからな』


気落ちしている顔に僅かに喜びが浮かんで少年もそうだなと笑う。

モニターの向こうでは言葉を証明するかのように彼女はあの三日月の

ペンダントを翳すように持っていた。実は彼が常に首から下げていたそれは

ここに来る前に通ったセキュリティゲートで引っかかってしまったのだ。

何せ。


『しかし、何度か見たことはあったがまさかフォトン結晶だったとは』


そういうことなのだから。

ガレスト社会を支える唯一に等しいエネルギー資源であるフォトン結晶。

それが枯渇する未来が見えたからこそ始まったとされる異世界交流だ。

ゆえにガレストでは当然フォトン結晶の管理や移動には過敏過ぎる程に

神経を使っている。装身具からその反応が出たのだから下手をすれば

密輸を疑われ、即座に逮捕されても文句はいえない事態であった。

幸いにして、結晶の質が最低レベル且つ少量だったために

エネルギー資源としての価値がほぼゼロであったこと。

宝石に見せかけて埋め込むのではなく結晶そのものを三日月形に

削り取るという本来の価値と希少性からすればあり得ない加工状態が

密輸を企てたとは到底思えないこと。さらに元々フリーレの管理下に

あった物を預かっていただけという話にしたことで逮捕・接収は

免れたのであった。


「色が変わった時点で嫌な予感はしてたんだが……やっぱりか」


『ナカムラ?』


だがそれでもなぜか遠い目をするシンイチを訝しむフリーレ。

すぐに彼はなんでもないと首を振ると視線だけで本題を問う。

彼女はそれを鋭く察するとまた表情を沈ませた。


『………すまん、こういう時に役立ちたかったんだが…』


「ペンダントのことだけでも十分役立ってるさ。

 だからまずは説明してくれ、何があったんだ?」


『お前が、なんとなく、と言っていた別の意味が分かった気がする。

 こういう事態を避けるためだったのだろう……何も出来なかったが』


「は? いや、だから何が…っ」


意味ありげな言葉に首を傾げた少年だが彼女がモニターに

表示した文字と併記された幾人かの名前を見て、固まる。


『なんとか変更できないかと何度も再選考させたんだが…

 どうしてか毎回彼女も一緒になってしまって、もうやり直させる

 理由も思いつかなくなりこれが決定した………すまん』


〈計5回。マスターは間違いなく最大限の努力をしたと補足〉


『言うな白雪。結果がこれでは言い訳にしかならん』


「…………………い、いやいやいやいやっ」


固まった、ものの。

あまりにもフリーレが重大に責任を感じ、白雪が必死風に

フォローに回るのであたかも致命的な失敗でもしたかのような

空気がシンイチを我に返らせた──重く受け止め過ぎだ馬鹿!


「落ち着け二人とも。お前らの責任じゃねえから」


『しかし』


「いいか?

 俺はこの手の避けられない事態によく遭遇するんだ。

 誰が悪いかといえば俺の運が悪いとしかいいようがない」


『運が悪いって、いくらなんでもこれは』


「だからむしろ礼を言うべきだろう。事前に知れて心構えが出来たし、

 知ってる顔をねじこんでくれたみたいだしな、ありがとう」


疑わしげあるいは異常過ぎると不安げな顔を見せた彼女に、

けれど少年は朗らかな笑みと共に本気の感謝で応える。

大丈夫だと暗に示すように。


『ナカムラ…』


「ほら、この感謝もちゃんと受け取ってくれ。

 俺みたいにひねくれたお前なんざ見たくもない」


『……わかった。でも無理はするなよ。

 こういう事に一撃必殺はないと私に言ったのはお前なんだからな』


「ああ、そうだな……もし傷ついたらベッドで慰めてくれるか?」


かつての発言を思わぬ形で返されてその重みに狼狽えたか。

気遣いに対する照れ隠しだったのか。あるいは、本気か。

いつもの調子でそう切り返せば、彼女は彼女でいつもの調子だった。


『またそれか。変なところで子供っぽいことを。

 しょうがない、その時は添い寝ぐらいしてやろう』


「………」


何の気負いも羞恥もなく、それどころかどこか頼られて嬉しいと

いわんばかりの顔で頷くフリーレに少年は微妙な表情を浮かべる。

それに気付かない彼女は直後に届いた外からの声に返事をすると

『すまん、呼ばれた。また後で』と通信を切ってしまった。


「……あいつ絶対意味わかってねぇ」


〈わからないのを分かってて仰ったのでは、と推測〉


「さてな………で、なにか言いたいことでもヒューイック先生?」


とぼけたふりをした彼であるがその視線は今のやり取りを訝しげな

表情で見守る形になった医師に向けられる。その視線も声もフリーレや

白雪に向けられていたものと比べると異常なほどに無機質であった。


「………」


しかしその落差に彼女は怯むどころか困ったように眉根を寄せてしまう。

彼女自身今しがた感じた事をどうまとめればいいのか戸惑いの中にいたが

結論のようにこうこぼした。


「君は────────すごく悪い子なのね」


「もちろん」


脈絡のない評価に、だがシンイチは読んでいたかのように即答だ。

それも自信満々な肯定。それがなにかといわんばかりの態度に

サンドラは大きくため息を吐くと肩を竦めて首を左右に振る。


「処置無しね。

 あの娘が悪い男に誑かされてる可能性は考えてたけど、

 まさか悪い子に可愛がられていたなんてね、想定外よ」


「それは……何が違うんだ?」


「これが大違いなのよ少年くん……だって善人は善人を(・・・・・・)守れない(・・・・)のだから」


不敵な笑みと共に告げられた言葉、その外にある意味を察した彼は

呆気にとられたように目を瞬かせた。サンドラはなんとか一矢は

報いたと得意気である。同時にその歳でそれを理解できることには

僅かに憐憫も覚えていたが。


「至言か暴論かは怪しいが……だから俺を使おう、とは不遜な女医だな」


「ふふ、良い子ちゃんじゃ医者なんてやってられないのよ」


無表情での呆れ声に彼女は強気な笑顔でそう返してみせる。

尤も胸中にあるのは前者は感心であり後者は滝のような冷や汗だ。

見抜いてはいるシンイチだがむしろその仮面を高く評価していた。

遠回しに彼女が要求しているコトも含めて。


「なら悪徳医者として頑張るがいい」


だがそれはそれ、とばかりに突き放して立ち上がると背を向けた。

思わず「待って」と叫びながら衣服を掴んでしまったサンドラは

振り返ったシンイチと見合って、顔が引きつった。


「なにかな?」


笑っていた。

鋭利な三日月が獲物がかかったとばかりに笑っている。

こういうやり取りないし交渉において“譲れない点”や“必死度”が

相手に露呈するのは付け入られるだけ。内心怯んでいる相手の衣服を

掴んでまで引きとめた時点で強気の仮面は意味が無いものとなる。

はめられたのだ。


「……お願いします、せめてもっと話をさせてください」


ならばもう駆け引きは無意味。彼女は降参だと遜ってお願いする。

これに無言で再度腰を下ろしたシンイチは既に無表情に戻っている。

だが睨むように、見下ろすように、主導権を握る言葉を吐き捨てた。


「自分はリスクを背負わずに初対面の子供任せとは随分な友人だな」


「っ」


一刀両断とはこのことか。

サンドラは息を詰まらせながらも、こちらの思惑を察したうえで

一度突き放したその理由に自らの失策を本当の意味で理解した。

遊ぶべきでは、試すべきでは、油断すべきでは、無かった。

そのせいでいま彼女は本気度を(・・・・)疑われている(・・・・・・)


「…………はぁ、この私とあろうものが焼きが回ったわね。

 まったくもってその通りよ、あまりに不誠実で馬鹿げた頼み方だったわ」


子供と侮った。自らの遊びを優先した。単純に喜びが先んじた。

理由は数あれど、そもそもにして親友のことを頼もうというのなら

相手が誰であれ誠意と真剣さをまず見せるべきだった。


「白雪、彼に私のAHマスターコードを開示」


〈了解〉


画面に表示されたのはガレスト文字の乱雑な並び。

翻訳無しでは一切読めないシンイチですらただ文字を並べただけと

分かるそれらを見て、その意味を魔力操作で読み取った彼は顔をあげて

サンドラを見据える。冷たくも暖かくもないその視線はこれまでで

一番彼女を威圧している。ただそれは嘘は許さぬという脅しの目ではない。

お前の返答など聞く気はないと無遠慮に彼女の全てを丸裸にする暴君の

視線であった。勝手に息が上がり、動悸が速まり、鳥肌が立ち、腰が引ける。

頭が全力で逃げろと訴えるがここで負けてはコレは話を聞いてすら

くれないという確信がサンドラの口を動かす。


「そ、そして、と、当然。

 私が出来ることなら合法・非合法問わず、やるわっ」


もはや人生全てを明け渡す程の提案。いくらかどもるも混じり気のない本気。

ここで戯言を口にする余裕などなく、ただ青い顔をそれでも真っ直ぐに

彼に向けている。怯んではいるが必死に自分の意志と決意を伝える顔だ。


「………AH、アーティフィシャル・ハート…人工心臓か。

 それも補助ではなく丸ごと代用品。そのマスターコードとは思い切ったな」


それは文字通り心臓を預ける行為そのもの。

彼女にとってそれが最大限の覚悟を表す行動だった。

が。


「はい、これは…」


〈マスターコード変更を確認。

 メンテナンスコード以外でのアクセス不可を確認〉


「え?」


「ほう、あんたが訓練生時代に起こった妙な事故が原因か。

 救出したのはフリーレ。それ以前から交流はあったというが、ふむ。

 数少ない友人で命の恩人、というだけじゃないって顔だな。

 最初は悪巧みか何かで近づいたか?」


「っ、ぇ…うそ、でしょ?」


今の一瞬で、いったい何をしたのか。

今の一瞬で、隠蔽された事故をどうして知ったのか。

そのうえで、どうしてまるで見ていたかのように心情を見抜いたのか。

衝撃と混乱に狼狽え、異常と未知への畏怖が心と体を凍らす。

だと、いうのに。


「だがそこで─────キレイなものを見たんだな」


感嘆とした声で、羨むように、称賛するように、柔らかな顔で彼は笑う。

何かを思い出して微笑むようなそれにサンドラは唐突に理解する。

彼もまた自分と同じモノをフリーレに見たのだと。

それを大切に想ってくれているのだと。

それゆえに。


「ん、もしかして私……しなくていいことした?」


自分が何もせずとも彼は親友を助けてくれるだろうことも分かる。

ずっと怯えさせられ、心臓や自分を差し出した結果がそれだとしたら

彼女はとんだ道化である。青褪めた苦笑を浮かべても仕方ないだろう。

そこへさらに。


「さて、軍や実家が別々に連れ戻そうと画策している、とか。

 秘密裏に見合いや結婚相手を見繕おうとしている、とか。

 難癖つけて厄介事の解決に使おうとしている、とか。

 全然知らないぞ?」


「知ってるじゃない!!」


彼女が今日ここに来た理由まで言い当てられてはもう叫ぶしかない。

とぼけた顔でしれっといわれたのだから余計に。


「ああもう………最悪よ。

 今のだけで任せられそうって思わされたのが一番最悪!」


結果的に全部が空回りだったことへの滑稽さか。

友人の男を品定めするつもりが問答無用で納得させられた不満か。

内心ではまだ怯えていても悪態ぐらい吐きたくなろう。ただし

相手は彼女が思う以上に悪辣であった。


「もっと最悪なことを教えてやろうか?」


「……な、なによ?」


その態度を興味なさげにしていた彼から出た不穏な言葉。

怯えが完全に顔に出てしまったサンドラはそれでも聞かない方が

怖いとばかりに問う。そして返ってきたのは簡潔な一言。


「決めるのはあいつだ」


一瞬何を言われたのか取りあぐねた彼女だが理解すると一度だけ

大きく目を見開き、直後にめまいを起こしたように頭をふらつかせた。

こいつはいま、この話の流れで「でも俺は何もしない」といったか。

意図は、狙いは、おおまかには彼女も分かった。確かにそれらは

避けて通れる話ではないのだからまず(・・)彼女が決めるべきであろう。

しかしその先、その次を考えるとサンドラはこう返すしかない。


「最悪に最低よ、それ」


何を選び、どうなっても、結局コレが総取りするだけではないか。

そんな懸念という名の決定事項(ミライ)を彼女はまだ何も起こっていないのに

見た気がした。なれど。


「俺が最低なだけで済めばいいがな…」


不安とも不満ともとれるそんな言葉をこぼした少年はうんざりだという

表情を微塵も隠そうとしていない。それに訝しげな視線をサンドラは

向けるが問い質すことを彼は許さなかった。


「それではヒューイック先生、もう行ってもいいでしょうか?」


暗に、というには明確な拒絶に彼女はその対応に彼なりの苦悩が

あるのだと職業経験から感じ取ったが軽く頭を振ると先の問いに

医者として答える。


「……特に体調に変化がなければ構いません。何かあれば」


「白雪から、いえ。あとで連絡員を送りますのでそいつ越しで」


「…悪企みの匂いがするけど従うしかないのよね。分かりました」


では、と席を立ったシンイチは今度こそ本当に退室しようと足を進める。

今回はもうサンドラも止める必要はない。むしろ内心では彼女自身が

ここから逃げ出したかった。しかしその中途で彼は振り返らないまま

何気ない口調で告げた。


「そうそう、さっき(お前は)の取引(一生、)は生きてるから(俺の下僕だから)な」


「…………そうくるわよねぇ」


出来れば、無かったことにしたい話を。「忘れるなよ」とばかりに

二重音声で釘刺して去るシンイチに彼女はもう苦笑いするしかなかった。


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