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帰ってきてもファンタジー!?  作者: 月見ココア
修学旅行編 第二章「彼が行く先はこうなる」
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特等席からの風景2

噴き出すような小さな笑いにシンイチがぎこちない動作で顔ごと視線を

向ければ当然そこにいるのは先程まで彼が遊んでいたフリーレである。

彼女は口許を手で隙間ないほど強く押さえながらも肩を震わせていた。

次第にそうしても抑えきれなくなって口を解放したが。


「くっ、ぷっ、ふふっ、あははっ……い、いや、すまないっ。

 だがお前があんなに緊張してたから誰かと思えばっ、ぷふっ!

 あんなに狼狽えてっ、簡単に言い包められて……あははっ!」


模擬戦や日常会話において全く勝ち目のないシンイチの極めて稀な姿を

目撃してそこに意外性よりも“らしさ”を感じたフリーレは笑いを

抑えきれなかった。今までも歳相応の子供っぽさや予想外の称賛には

弱い所などは時折見ていた彼女だが背筋を自ら正した姿は初めてだ。

ましてやそこに“狼狽えている”などという表現では追いつかない程の

百面相がプラスされていたのだから普段の彼をよく知る者ならば

笑うなというのが無理な話。一方でうっかりそれを見られてしまった

少年はさすがに羞恥の赤に顔を染めてしまう。油断していた自分の落ち度と

思いながらも赤い顔のまま半眼で睨み付けていたシンイチは、だが。


「ふふっ、お前でも家族相手となると普段通りにいかないか」


彼女のそんな言葉に目を瞬かせる。

それは少年の態度を微笑ましいものと見ていると告げながらも

同時に共感し安堵しているかのような言葉であった。その裏側で

フリーレが誰を思い浮かべているかなど一々考えるまでも無い。

だからだろう。シンイチはそれこそ普段通りの顔でにやりと笑う。


「笑うなら好きに笑え。

 だがな……お前俺にナニされた手で口を覆ってた?」


「え?」


言われて笑いを抑えようと当てていた掌を彼女は見る。

そこに彼は何をしたのかとフリーレは考えて──────茹で上がった。


〈控えめにいって、間接キス、と表現〉


そこへこれまで沈黙していた白雪が突如としてトドメを差した。


「───────ッッ!?!」


声にならない絶叫に口付けされていた手をどう扱っていいのか

分からないとばかりに遠ざけるように掲げ、もう片方の無事な手で

自らの口許を覆う。尤もそれで唇は守れても真っ赤に染まった

顔の大部分は曝されたままである。ニタニタとした顔で少年は

それを堪能しながらさりげなく腕を伸ばすと彼女の肩に触れた。


「っ、え?」


当人がそれに気付いた時にはもう視界が90度傾いていた。

動揺の隙を突いて真横に引き倒されたフリーレの頭は彼の膝上。

先程までと逆転した構図にされたことに気付いたが、少年は

起き上がろうとする動きを制するようにその美しき白髪を手櫛で梳く。

膝枕はするのもされるのも好きだといった彼の発言を覚えていた事も

あって先程までと同じようにどうにもそこから逃げたいとはフリーレは

微塵も思えなかった。何より、次の瞬間には、


家族(そっち)方面は本当に……色々うまくいかないよな、お互いに」


丁寧で優しい指使いと共に苦笑声が落ちてきて意識が奪われた。

フリーレが見上げれば彼の顔には声の通りの表情がある。

そこに見え隠れする感情をフリーレは全て見抜けている訳でも

共感しきれているわけでもないが、間接キスの動揺よりも

何かが強く彼女の胸をざわめかせた。


「お前は……緊張こそしていたが悪い関係には思えないが?」


その意味がわからないまま彼女は、コレではない、とは思いながらも

とりあえずの疑問点をぶつけていた。


「ははっ、あれは凜子さんが出来たヒトだからさ。

 あとは会う前から色々世話になり過ぎてた。そんな相手に

 距離を取るのも気安く接するのも、なんだ、その……違うだろ?」


これに少年は苦笑したまま、されど適切な表現が見つからないとばかりに

曖昧な言い回しで返す。尤もそれは「どう対応するのが正解か分からない」と

情けなく自白してるも同然であったが彼女には理解できる話であった。


「適切な距離感……というのはお前が一番苦手とする事柄か」


「あのな、それこそお互い様じゃねえか」


「ははっ、まったくだ」


そういった点においてこの男女の不器用さはよく似ていた。

素直に認め合うもその事実がおかしいとばかりにクスクスと二人は笑う。

上と下の視線が互いに困ったものだと告げながらも見つめ合い、絡み合う。

到底、教師と生徒の間にあるべき空気ではないが当人達はそもそも

自分達が正式にはそういう立場であることへの認識が薄い。

そんな妙な共通意識と苦手分野の類似点が他の少女達と

違った方向から少年と彼女を気安い関係にしたといえる。


「あ、そういえば俺の家庭環境ってどこまで知ってるんだ?」


だからこそ少し聞きづらい話も彼は容易に突っ込んだ。

会話の片(シンイチ)側だけを聞いて相手との関係を察したフリーレの反応は

凜子の名を知っていたことを窺わせる。その続柄においても。

所属クラスの副担任なのだからそれぐらいは当然かもしれないが

“どこまで”となると彼としては少し気になる所である。

これにフリーレは僅かな申し訳なさのような逡巡を見せた。

職務上の理由で教えられた情報だが人様の家庭環境、その事情を

当人達の許可なく知っていた事に後ろめたさがあったのだろう。

だからか言葉を選ぶようにしながら淡々と彼女は答えた。


「…担任副担任としてサランド教諭と私はお前の次元漂流前後の(・・・)

 家族構成と……変化した理由は聞いている。実母とそちらに

 引き取られた妹弟(きょうだい)のことについては何も情報は来ていない。

 だが他に知っている者か調べている者がいるかは、すまん分からん」


そこには詫び代わりに知っている事を全て話そうという考えが

あった彼女だが、内容の薄さに自分で不満げに眉をひそめてしまう。

尤も少年は気にするなとばかりに頬を緩めながら白髪を梳く。

心得た力加減のせいかマッサージでも受けているかのような

気持ち良さを覚えたフリーレは自分に対して吊りあげていた眼を

蕩かせていく。


「ん」


小さな吐息と身動ぎに拒否の色は皆無でシンイチの手を受け入れていた。

むしろもっとと望むように頭を寄せているのは意図してか無意識か。

どちらが年上か分かったものではない光景だが当人達は良しとしており、

そもそもそれを指摘する者がここにはいない。


「とはいえ、やっぱり知らなかったか……なら教えておくか」


その状態を機嫌良さげに味わっていた彼だが思いつきのように口を開く。


「ん、何をだ?」


「2年の千羽姉弟だ」


「彼らがどうかしたのか?」


「だから、俺の妹と弟」


「………………………………なにぃぃっっっ!?!?」


突然の告白とその中身に眠気さえ誘う心地よさが全部吹き飛んだ。

身動きも出来ずに目を見開いて叫ぶフリーレの反応に悪い笑みを

浮かべる少年である。別段それ見たさだけで行ったカミングアウト

ではないが彼自身は本来の意図よりそちらを主に楽しんでいた。

頭が上がらない義母相手に指摘された直後でこれである辺りが

彼が生粋のイタズラ坊主である証左だろう。


「い、いや待てあいつらはお前より年上、っ、そうか時間のズレ!

 いわれてみれば年齢に男女の双子、片親、一致する……って待て待て!

 出発前のアレといいなんで今いきなり教えるんだお前っ!?」


「うーん、なんとなく(・・・・・)?」


「自分で口にしておいて、なんで疑問系なんだ…」


視線の先で少年自身が不思議そうに首を傾げている姿にフリーレは

頭を抱える。その様子にシンイチが楽しげに笑うのだから余計に。


「ナカムラ、お前はどうしてそう……ん?」


だからこその文句ないし教師らしい説教でもと紡ぎかけた言葉が止まる。

シンイチのクラス副担任として“その”情報は当然知っていたから。

けれど、彼らが兄弟であるならその意味は若干変わる。


「姉のセンバがお前にだけ当たりが強いのは、そういうことか?」


彼女は風紀委員として学園で常に目を光らせているが、評判はいい。

違反者の主張にも耳を傾け、頭ごなしに否定もせず、また規則一辺倒な

判断や対応もしない臨機応変さもある。しかしそんな彼女はなぜか

シンイチに対してだけはそれらと正反対な対応をしていた。

それを教師陣は地味に謎に思っていたのだ。


「両親の離婚原因で、それから大変だった8年にいなかったくせに

 これからって時期に最低ステータスと共に戻ってきたばかりか

 苦労して入った学園に帰還者処置で楽々入学。

 そりゃカチンとくるさ」


「…………」


それが答えだと肩を竦めながらしょうがないと語るシンイチ。

表情に浮かぶ苦笑に、僅かな痛みも見られない事にフリーレは

かえって痛々しさを感じてしまう。けれどそんな様子から本人が

“なんとなく”ととぼけた理由も察してしまう。


「お前は……どうしてそう変なところでまどろっこしいんだ?」


だからだろうか。遠回り過ぎると暗に非難しながらもフリーレは

その手が伸びるのを止められなかった。理由は本人も知らない。

けれど、その顔に彼女はいま触れたかった。


「ん?」


不思議がられたが拒否も不快さも示さない様子に安堵する。

反面、当然のように伝わってくる肌の感触と温もりがどうしてか

フリーレは嬉しくも切なく感じてしまう。


「礼を、いうべきだろうか」


「なんで?」


「励ましてくれたんだろ?」


とぼける声に核心を突く。

これには一瞬目を瞠ったシンイチだが、すぐに相好を崩す。

「鋭い方が出た」と揶揄するのを忘れない辺りは彼らしい。


「うるさい……うまくいってないのは私だけじゃない、か?

 しかし、その身を削るような気遣い方はどうかと思う」


「さてな。

 自分では出来てない癖に偉そうに説教してたのが

 今更きつくなっただけかもしれんぞ?」


「馬鹿をいうな。そっちはついでだろう?」


彼女はただそう思ったからそう返しただけであったが見事に正解だ。

あっさりと“それもあるが本命ではない”という心情を見抜かれて

納得できないやら気恥ずかしいやらで少年は渋面を浮かべる。

が、それでもシンイチはシンイチである。


「お前だから身を削った、っていえば嬉しいか?」


「え、私、だから? 私だから…」


流れるように出たからかいの言葉に、だが彼女は虚を突かれた顔で

その意味を自らに理解させるように口の中で言葉を繰り返した。

これはまた意味を分かってないなと呆れかけたシンイチだが、

妙な反応に違和感も覚えていた。


「…………本当は身を削ってまでするなというべきなのだろうが」


「うん」


「なんか……いいな、それ」


「は?」


「ふふ、なんだかんだお前はそうやって私を気遣ってくれるな。

 私だから、か。あぁ、(ここ)がとっても……ポカポカする、というのか?

 ん、これはすごく嬉しいものだな」


豊かな胸にもう一方の手を当てながら、幼子のように屈託なく笑う。

彼女はただ“そうであったら”という空想だけで暖かいモノを覚えたと、

嬉しいと少年にただ伝えただけであった。しかしそれはまるで、想像の

中ですらその程度の言葉も与えられてない、と彼には聞こえた。


「…それほどか…そこまで…っ」


瞬間湧き上がった苛立ちと呼ぶには激しく冷たいそれを

シンイチはだが隠すように飲み込む。それはここで、

フリーレの前で出すべきものではない。彼女に見せるべきは

もっと別の感情だろう、言葉だろう。


「ナカムラ?」


どうしたと不思議そうに見上げる彼女の視線に応じる少年の視線には

常以上にどこまでも真剣で、それでいて柔らかで暖かなものがある。

ただフリーレはそこに僅かな不機嫌さも見て取った。だというのに

それを宿す瞳に彼女は魅入られ、動悸が早まってしまう。

もっとその目に見られていたいような。

早くその目を余所に向けてほしいような。

相反する感情を共に抱えながら彼女自身は目を離せないでいた。


「フリーレ、この前くれた言葉を返す」


そんな前振りと共に彼はまず腕を掴んだ。

顔に触れている手を逃がさないとばかりに捕まえて、真剣さが

満ちた顔と真っ直ぐな瞳が彼女だけをしっかりと見据えている。

そして普段のそれより何倍も穏やかで真摯な声がその言葉を紡いだ。


お前だから(・・・・・)俺はここにいる。

 遊びや気遣いじゃない、助けたり助けられたりしたからじゃない。

 身を削ってるらしいバカにこうして手を伸ばしてくれるお前がいいんだ」


「───────」


嘘偽り、揶揄、冗談が欠片も無い言葉は発した側の想像以上に、

告げられた側が感じている以上に、フリーレの奥深い場所で響いた。

それは彼女が無自覚に求めていた空白に浸透し、そして埋めていく。


「─────っ」


それがなんであるか当人がよく分からぬまま。

呆けたように固まっていた彼女は、だが見詰めあう瞳から異常を

感じて慌てて顔を背けるとまるで逃げるように起き上がる。

少年は読んでいたのかタイミングを合わせて手を放した。

ただその顔には『逃げられた』と残念そうに語る色がある。

尤もそれ以上に見守るような穏やかなそれがあったが。


「ぁ、っ……わたし、なんでっ」


沸き上るものを理解できず、抑えられず、声なき声が止まらない。

散々情けない所を見られておいて今更だと思いながらも彼にソレを

見られたくないと背を向けたのは何の感情からか。普段なら追撃と

ばかりにからかってくるシンイチも今はただ静かに窓を見ている。

その気遣いがありがたいやら何故か恨みがましいやら。

複雑な胸中を抱いたフリーレへ。


「ぁ」


そっと背中に添えられた小さな手があった。『見てはいないが

ここにいる』と無言で主張する掌は触れている部分以上に暖かいモノを

彼女に与えていた。それを感じ取ってしまった瞬間、溢れ出るものが

より増えてしまう。たかが言葉、たかが掌。たったそれだけなのに。


「っ、ぅ、ぁぁ……お、お前っ、なんかズルイぞ!」


模擬戦で圧倒されるのとは別種の悔しさを覚える敗北感に彼女は

少ないボキャブラリーの中から必死でそんな表現を引き出した。

勿論シンイチはいっそ楽しげにそれを受け止める。


「くくくっ、よく言われる……まあ、だから嬉しいのさ」


「え?」


「ズルイ卑怯者だと知っても隣に座ってくれる奴がいるとな」


それこそいくらでも身を削りたくなるほどに。

などと嘯いて少年は機嫌よく笑ってみせる。それを振り返って

眺める勇気は無い彼女だが声の調子で本当に彼が喜んでいるのを

感じ取って胸がより温かくなる。その熱に惹かれるように

背を向けたまま徐々に距離を縮めている自分を彼女は気付いているのか。

当然シンイチは気付いているが何も言わずにただ受け入れる。

それから二人はガレストに到着するまで結局何かを言うことも

することもなかった。互いの息遣いぐらいしか音が無い空間で

奇妙な体勢で隣り合い、掌と背の体温をただ感じ合うのだった。

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