表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帰ってきてもファンタジー!?  作者: 月見ココア
修学旅行編 第二章「彼が行く先はこうなる」
213/286

どこかの誰かと誰かの話


「うふふ、助かったわ。

 持つべきものはやっぱり友達ね。ありがとうメリル!」


感謝と共に柔和な笑みを見せたのは美しいブロンドヘアの若い女性。

教会の中庭という場所柄ゆえかシスター服姿の彼女が微笑む姿は

その類稀な美貌と合わさって一枚の絵画とさえ思える輝きがある。


硬貨がずっしり入った布袋に頬ずりしてなければ、だが。


これに溜め息を吐いたのはテーブル越しの対面に座す大柄の女性(メリル)

橙色の長髪を背に流してはいるものの男に間違われてしまいそうな

大きな体格と厳つい容姿は今や十年来にして同い年の友人を前にして

「こいつ本当に残念な美人だよ」と定番の呆れで崩れていた。

こんな姿を見られたら幻滅されるんじゃないかと横目で広さだけは

あるが目を引くものが何もない中庭をちらりと眺める。そこでは

鍛錬か遊びか判別が難しい、稽古とも追いかけっこともいえる行為を

している十歳前後の子供達がいた。こちらの様子は分かっているようだが

気にはしていないらしい。こんな姿も受け入れられていると見るべきか。

慣れてしまうほど見知ってしまったと見るべきか。メリルは悩んだが、

自分の担当ではないとすぐに思考を放棄した。そして大柄な体躯を

前のめりにしてテーブルに頬杖をつくと再度溜め息を吐いた。

そこまでやっても相手が気にするとは微塵も思えなかったが

愚痴ぐらい口にしたくなる。なにせ。


「はぁぁ……緊急事態というメッセージだけが届いて何かと思って

 駆けつけてみれば、路銀が尽きかけてるから貸して、とは……」


そういうことなのだから。

尤も半ば以上そんなことであろうとは思っていたのである程度の

まとまった金を別に持って来ていたのだが、予想通りでも万が一も

考えていた身としてはやはりコレは無いと思うメリルだ。


「食べ盛りの子供達の大所帯なんだから路銀が尽きるとか大問題でしょ!

 うーん、けどちゃんと計算してたのに、どこに消えちゃったのかしら?」


ビシッと音が立つような指差しをしたかと思えば、次の瞬間には

不思議そうにその指を口に当てて首を傾げるシスター。見た目だけ

ならば可愛らしいともいえる仕草だがわざととぼけていると

勘付いている彼女からすれば反応するのももはや億劫であった。


「どこって、そこだろ、そこ」


謎だわと嘯くシスターに旅装束のままのメリルは胡乱な視線を

相手の腰元で括られている─出来の悪い─銀細工の群れに向ける。

彼女が少し身じろぐだけでジャラジャラと金属音が鳴るほどの量が

そこにあった。


「それだけ散財すれば旅費を圧迫するのも当然だろうが、このアホ」


「全部二束三文の安物なんだけどなぁ」


「塵も積もれば山となる、というらしいぞ」


「過去の異世界人たちが残したっていう諺ね。

 ま、私からいわせれば高いのもでかいのもどれも塵の集まりでしょうに」


「…………」


そんな当たり前のことをわざわざ諺にしなくても、と

満面の笑みで流れるように吐き出された毒は存外に刺々しい。

それが何の暗喩であるのかメリルは分からないフリをした。

さては上から面倒且つ重要度は低いくせに断りにくい仕事でも

回されたかと推測しつつ場所が場所ゆえ突っ込み辛いので流す。


「異世界人といえば……あの坊や、まだ連れていたのかい?」


話題変更の意味も含みつつ指摘したそれは彼女が駆けつけた際に

本当に金の無心であったことの数十倍は驚かされた点だった。


「あの坊やってどの坊や?」


彼女らがちらりと視線を向けた先では外見は10歳前後、本人の

主張では13歳だという黒髪の少年が何もない所で躓いて転んでいた。

当人はすぐに顔を上げたがその顔にあるのは土汚れと恥ずかしさから

くる照れ笑いである。周囲は呆れつつも、またか、という空気で

受け入れており手を貸して起こし上げていた。


「異世界人はあの坊やだけだろう……いつまで連れ回す気だ?

 保護してもう一月弱、どちらにとっても別れがつらくなる前に

 どこかに預けるべきだ」


「うーん、意思疎通がまだまだうまくいかないからねぇ。

 一対一でゆっくりとした会話ならなんとかってレベルだし」


「翻訳魔法が使えるほどの魔力も、魔法の才覚も無いから

 一から標準的なファランディア語を教えてる、だったか」


「そうだけど、あれってなんで異世界人の言葉をファランディアの

 言葉にする形式しか作られてないのかしら?

 逆もあればもっと楽だったのに」


「昔習ったぞ、異世界の言語形式全ての把握なんて出来ない。

 そもそも異世界人の存在がレアケース。そっちに合わせるより

 本人の意志や発言のニュアンスを判別してこちらの言葉に

 翻訳させる魔法を作る方が建設的、だ」


あとは訛りがひどい方言を使う者や言葉をまだ覚えきってない幼子の

発言を理解しやすいものへと翻訳できる魔法に術式を流用できる利点も

あったためである。尤もシスターはその理由にご不満らしい。


「教科書通りの答えでつまんなーい!」


「お前を楽しませるために答えたんじゃないよ、あと話をはぐらかすな」


大柄の身体に似合う、といえば語弊があるがメリルは元より“きつい”と

評される吊り上っていた眼で詰問するように彼女を睨んでいた。


「お前や他の子たちはいい。仮にもお前が選び鍛えた弟子たちだ。

 才能も実力も群を抜いているんだから……だがあの坊やには何も無い」


魔力も。

体力も。

器用さも。

要領も。

才能も。

経験も。


「そんな子供を良くも悪くも目をつけられてるお前の一団に入れて

 どうしようというんだ? 教会(ココ)が信用できないのは分かるが

 お前なら預けるに足る相手や場所の一つや二つ心当たりがあるだろう」


発見状況を思えば運はまだあった方だろうとはメリルも思うがそんな

不確かなものがこれからも続くと考えられるほど彼女は楽観的ではない。

少年の身の安全を考えるなら今の状態は良くないといえる。


「…………」


そんな半分責めているにも等しい言葉をどう受け取ったのか。

シスターは僅かに目を伏せると件の少年とその周囲にいる別の子達を

一度見据えてメリルに戻すと、しかし独り言のように言葉をこぼす。


「あるそこそこ大きい街に訪れた時にね」


「ん?」


「彼と他の子達何人かにおつかいを頼んだのよ」


「おい、私の話を」


「で、買い物を終えた彼等だったけど、初めての街だったから

 中心部から少し離れた路地に迷い込んじゃったらしいの」


「………」


自分の発言を無視して話し続ける様子に眉をひそめたメリルだが

こうなったこの女に付き合う以外の選択肢が無いのを知っている諦観と

全く無関係な話ではないのだろうという当たりをつけて耳を傾けた。


「右往左往してる内に日が暮れ始め、そこで遭遇しちゃったのが

 一人の男を複数人が取り囲んで暴行してた現場。咄嗟に止めに入ろうと

 したあの子達だったけど彼は有無を言わせず他の子達を止めたらしいわ」


「まあ自衛手段のない坊やとしては賢い選択じゃないか」


彼女は皮肉でも嫌味でもなく、むしろ件の少年の評価を胸中で

あげつつその判断を肯定した。そこで無駄に正義感を発揮していいのは

複数の大人相手でも戦える力量と自信を持つ者だけと考えるからだ。

尤も続く話にその評価を再考させられる羽目になるが。


「次の瞬間拙い発音ながら『火事だー』って何度も大声で叫んだけどね」


「………は?」


「おりしもその街では放火事件が立て続けに起こっていて、その声に

 周辺住民は一斉に飛び出してきた。火の手はどこだ。我が家は大丈夫か。

 哀れ暴行犯たちはいきなり多勢に取り囲まれ、顔も見られてしまう。

 慌てた連中はたまたまか原因となった子供への報復か。

 あの子らを突き飛ばすようにして逃げたそうよ」


「はぁ、うまくやったもんだね」


戦うでも逃げるでも無く、騒ぎにして人の壁を作り出すとは。

人目という一種の盾を確保しつつ犯人たちを追っ払った形になっている。

ただそんなに頭の回転の良い子供には思えなかったが、と現在の少年を

再び覗いてみれば何時の間にか魔法の自主勉強会をしていた彼らの

中で完全にその少年だけが微塵も理解できないと真っ白になっていた。

言葉と才覚の問題があるとはいえやはり頭が良いとは思えない。


「ふふ、おかげで頼んでいた買い物のいくつかはダメになっちゃったけどね。

 ただその中にゾグの実があったのと目撃証言から連中はすぐに捕まったわ」


「なんでそこでゾグの実が?

 確かあれはスープかなんかを作る時に味付けで使うものだろ?」


犯人逮捕の何に役に立ったのかと視線を戻した彼女にシスターは得意顔で返す。


「一緒に煮込む分にはね。けど潰すとひどい悪臭が出てこびりついたら

 どんなに洗っても半月は臭いが落ちないから大変なことになる。

 頼んでた買い物の中にたまたまあったのよ」


「ああ、それでか。多数の目撃証言と消えない悪臭が決め手とは。

 自業自得とはいえ運の無い連中だな」


「ええ、おかげで皆の前で突き飛ばされたあの子も悪臭まみれになったわ。

 おかげで犯人にもその(・・・・・・・)臭いがついてる(・・・・・・・)って皆が警備隊に証言できたけど」


「っ………」


「結局犯人は街ではそこそこ裕福な家のダメ息子とその仲間達だったわ。

 ゾグの実は貧乏人か旅人以外では悪臭を嫌って使わない調味料。他で

 ついたものだなんて言い訳は通じない。まあ本当に放火犯で、暴行は

 火付けの準備を見られたからだったってのには笑ったけど」


お手柄よねぇとクスクス笑うシスターに、だがメリルは表情を硬くした。

今の話には確かに件の少年の機転が働いた場面があったがそれは

住民達にとって聞き逃せない内容の叫びで人目を集めた一点に限られる。

後は偶然の産物に過ぎない、はずだが彼女の直感はどうしてか“否”と

告げていた。


「そうそう、こんなこともあったわ。値切り交渉をしたらその行商人の

 幌馬車を次の街まで護衛することになったんだけど運悪く結構な数の盗賊に

 囲まれちゃってね。さすがの私でもみんなと馬車を守りながら全方位の

 敵と戦うのはちょっと厳しい。でもあっちも教会関係者に手を出すのは

 怖かったのか積荷と金を全部を渡すなら見逃すと譲歩してきた」


よくある話ではあった。ある程度の数が集まった盗賊団になると

その多勢で襲うよりも囲んで脅した方が自分達の被害が少なくなる。

最終的に勝てても護衛も商人も必死に抵抗する以上は四、五人は死ぬだろう。

絶対的な強者にして統率者がいるならともかく自ら犠牲者になりたい者はいまい。

それで無理を強いれば所詮は無法者の集まり。どこで寝首をかかれるか。

妙な話だがこういった盗賊団のトップは部下の命を無下に扱えないのだ。

とはいえ、よくある話である以上その後の展開もよく聞くものだ。


「で、商人がごねた、か?」


「正解」


個人経営に近い零細行商人の場合、馬車と積荷はもはやそれ自体が

財産であり命だ。自身の命だけが助かってもその後が続かない。だから

無事に生きて帰還できれば次がある護衛とここで意見が別れてしまう。

そうして護衛と商人を仲違いさせる狙いもこの脅しには含まれており

この話の商人はまんまと最悪の行動をとってしまった。


「商人はなんとかしろと叫んだけどこれは無理だといったら今度は

 私達を盗賊に売ろうとしたのよ。そこまでの雑談で私達が任務や

 仕事を請け負っての旅路でない事は知られちゃってたから

 うまく片づければ教会にバレないって唆しやがったわ、あのゴミムシ!

 私の美貌に見惚れてキモイ笑いしてたのは許してやってたのに!」


「………」


それは色んな意味で─商人が─ご愁傷さまだと思うメリルだ。

商人としても男としても人間としても見る目が無いにも程がある。


「でね。

 よしまずこいつから血祭りに、と思ったら────馬車の幌が燃え上がったわ」


「は? 意味がわからん。なんでそうなった!?」


しかしそんな憐みは脈絡のない展開に即座に霧散した。

素直に驚きを見せた彼女にシスターはからかう事はなく

同意するとばかりに頷くが種明かしをすぐにはしなかった。


「その場は突然の火の手と燃え移った火に暴れだす馬で大混乱。

 隙を突く形で私達は盗賊と商人を返り討ち。慌てたのはコトが

 終わったあと。襲撃時唯一馬車の中で休んでたあの子の安否だった。

 その時にはもう馬車は燃え尽きてたからこれはダメかと思ったら

 近くの物陰から呑気に出てきた時は私も開いた口が塞がらなかったわ」


「……色々聞きたいがそいつはどうしてそんな所に?」


「『火の手があがって慌てて飛び出した。

 みんな慌ててたから見つからなかった』と言ってたけど、まあ嘘ね」


「断言したな、根拠は?」


「なんとなく気になって燃え尽きた馬車を調べたら運んでた積荷の

 一つだった油壷が残っててね。油は燃え尽きてたけど中からは

 何故か発火石が見つかったわ」


発火石は旅人必須といわれる便利道具だ。

読んで字の如く発火する石で素手で握ると使い手の魔力を僅かに

吸収して一定時間発火し続けるという代物だ。火属性の魔法を

使うより魔力の消費が格段に少なく、握るだけでいいので

火属性魔法が苦手な人間でも使える。どこでもすぐに簡単に火を

出せるというのは旅を行う者にとって必須であり常識のアイテム。

ゆえにそんなものを油の近くに置く商人などいない。ましてや

油が入っていた壺の中となれば誰かの故意しかあり得ない。


「あといくら安物の幌と木製の馬車といっても燃え広がるのが早かったのよね。

 で、焼け残った木片からは薄らと油の臭いがしたし私が記憶してた

 荷物の配置と焼け残りの配置が違ってたわ」


「なるほどね……人畜無害そうな顔しておいてなんて過激な」


「ええ、まったくよ。

 後でそれらを突きつけて聞き出したら『ちょっとまずいと思って

 油と燃えそうな物を馬車にまいて発火石を油壺に放り込んだ。いきなり

 火の手があがれば盗賊達の意表をつけて混乱させられると思った』的な

 ことを白状したわ」


「待て、それでどうやって外に逃げたんだ?」


「馬車には走行中でも用が足せる開閉型の穴があったらしいの。

 発火石を放り込んだらなんとかそこから下に避難したって。

 後はみんなが混乱している隙に抜け出して離れた場所で戦いが

 終わるまで隠れてたらしいわ。ちょっと火傷してたけど」


「お前それ、ちゃんと叱ったんだろうな?

 結果的にはうまくいったようだが下手すれば大ケガをするか。

 最悪死んでたっておかしくない蛮勇だらけの行動だぞ」


馬車下への移動に手間取れば。

周囲の混乱が想定以下であれば。

馬車が燃え尽きるのが速ければ。

逃げる際に盗賊の誰かと遭遇してしまえば。

軽い火傷で済む話にはならなかったはずである。


「勿論したわよ。

 でもあの子『みんななら斬られたぐらいの傷は治せるだろうし、

 俺みんなに助けてもらってるからそれぐらいしてもいいんじゃない?』

 的なことを不思議そうな顔で言われたわ」


「……とんでもない坊やだね」


少年は己が重傷を負うことも、最悪死に至ることも、予想の

範疇であり“たいしたことではない”あるいは“当たり前の対価”だと

平然と主張していた。シスターはこれみよがしに笑っているが

珍しく苦笑な辺り彼女なりにソレには苦戦しているらしい。


「あとね」


「まだあるのかい?」


解り易いのは(・・・・・・)これでお仕舞いよ。ある街道で飢えた魔獣の群れに

 襲われたキャラバンを発見して加勢したの。彼は当然離れた所で

 隠れてもらってたわ。でもキャラバンにいた小さな子供が魔獣に

 囲まれた恐怖に耐えかねて飛び出しちゃったのよ。元々いた護衛も

 私達も対応できない位置で、追いかけようとした親を止めるのが精一杯。

 子供の方は運悪く遠巻きに囲んでた別の魔獣に狙われて、しかも転んだ。

 あれはもうダメだな、って私も思ったわ」


「で、あの坊やがまた何かしたと?」


「隠れながらも様子は見てたんでしょうね。

 運良くか彼がいる所に向かうように子供は飛び出していた。

 だから誰よりも先に気付いて、彼も即座に飛び出してた」


「………」


普通ならそこで無謀だと断じるべきだと思うメリルだが

ここまでの流れと現在無事であることを考えると何をしたかが気になる。

それが顔に出ていたのかシスターは小さく首を振る。


「ふふ、この時したことは普通よ。転んだ獲物を前にして余裕綽々で

 近寄った魔獣達に小石を次々と投げつけた程度。半分ぐらいは当たってたわ。

 ダメージは皆無だったろうけど食事を邪魔されたと怒って標的を彼に変更」


「で、逃げ回ったわけかい?」


「ううん、棒立ち」


「はぁ?」


「逃げることも慌てることもなく微塵も動かなかったのが横目に見えて

 たぶん私もあなたと同じ顔をしたわ。後で当人に事情を聞いたら

 『動いたら間に合わないし、みんなが危ない』って」


「なんだいそれは?」


意味がわからないと訝しむメリルにシスターは微笑を浮かべる。

ただそれは付き合いの長い彼女からすると獲物を前に舌なめずりを

するような嗜虐的な笑みであったが。


「ジェイクが間に合ったのよ。あの子が石を投げた時にちょうど

 魔獣を数体斬り伏せていてその周辺にだけ囲みに穴が開いていた。

 当時の位置関係を考えるにもしあの時、彼がキャラバンから

 離れるように逃げていたら誰の助けも間に合わない。でも

 近づくように逃げたらキャラバンを襲う魔獣を増やしていた」


「だから、ギリギリ間に合う位置にいたジェイクに全部委ねて

 自分は棒立ちして何もしなかったって? 本気で言ってるのか?」


信じられないと表情でも声でも訴えるがシスターは笑って頷くだけ。

そしてこれは成功したという。件の少年を標的とした数体の魔獣は

彼等からしてみれば横合いから突然現れたジェイクの一閃で全滅。

飛び出した子供を保護してキャラバンの防衛に戻った時には

数の優位を失った魔獣達は劣勢となり一掃された。ジェイクは

なんて無謀なことをと怒鳴ったそうだが、彼はニコニコと笑って

『さすが』『すごい』とジェイクを褒めるだけだったという。


「…………」


そんな様子を聞かされてメリルは一度遠くを見て、深呼吸して、

口から出かけた言葉を一旦飲み込んで、だが結局吐き出した。


「あのガキ、頭おかしいんじゃないかい?」


「あはは、メリルちゃんが猛烈ひどいこと言ってるぅ!」


いけないんだー、とからかうように笑うシスターはそれでも

彼女の発言を一切否定はしなかった。それは同意見ということか。


「機転がきく、胆力がある、なんて範囲を逸脱してるじゃないか。

 自分の命なんてどうでもいいと思ってるだろ、あのガキ!

 よしっ、私に預けろ! 地獄の特訓できちっと矯正してやる!」


「あははっ、何だかんだ面倒見いいよね。あと若干脳筋!

 でも、うん……あの子の場合もっとひどいんだ(・・・・・・・・)


「あ?」


「自分のことは、そこそこ大事だな、とは思ってるみたい」


あまりにも彼女が満面の笑みでそれを告げるのでメリルは天を仰ぐ。

笑顔でいることが多いシスターだが種類によって内面の感情は違う。

コレは『不機嫌』だと知る彼女は逆に少年に感心しかけた。

よくこの女からこの顔を引き出した、と。


「…そこまでかい」


だがそれ以上の不気味さをメリルは覚えた。


「うん」


それは自分の命の価値を理解してない者と比べて、どちらがマシか。

理解してない者がそれを粗末に扱うのはある意味当然の話である。

ならば、そこそこの価値はある、と思っているのに平気で道具の

一つのように扱うあの少年は、なんだ。


「生まれや育ちにおかしな点は無かったと聞いたが?」


「そうよね、だからびっくりよ。

 天然であんなのが生まれ育つなんて……生命の神秘ね」


「私の耳には、人間の欠陥ね、と聞こえたぞ?」


「耳のお医者様、紹介する?」


「お前が頭の医者に行けば行ってもいいぞ?」


バチバチと交差する視線の火花が散る。その攻撃的な笑顔と

突き刺さんとする鋭い眼光の対決は二人の間の空気を寒々しいものに

変えていく。尤も当人同士からすれば軽いじゃれ合いのつもりだが。


「ふん」


「メリル?」


しかし鋭い眼光側の彼女は突如試合を放棄してそっぽを向いた。

訝しげな顔を浮かべる彼女を見ることなくメリルは口を開く。


「お前の言いたいことはわかった。

 そんな子だから自分が保護していたいというわけか?」


「う、うん、そうそう。

 あれはね分かってる人がそばにいないと大変なことに──」


「──なってくれたら面白いから見逃したくない、か?」


「っ」


言葉を遮って、そして続けるように指摘すると初めてシスターは

動揺を顔に出した。それどころか解り易く目を泳がすと

「なんのことかなぁ」と音が出ない口笛を吹く始末。


「お前、誤魔化せないと解ってる相手には必死で下手な誤魔化しを

 する癖どうにかならないのか……うざい」


見慣れた反応を切って捨てればそれらの見せかけは一瞬で消えた。


「ケチッ! 産まれた時からの付き合いなんだから乗ってきてよ!」


「盛り過ぎだっ! 訓練生時代からの腐れ縁なのは否定しないが…」


「ははっ、懐かしいわね。もう18年かぁ……そういえばこの前

 私らの教官だった人と偶然会ったけど遠回しに、まさかお前達が

 神装霊機に選ばれるなんて、と言われたわ………ざまぁ」


プクク、と隠す気もない嘲笑にメリルは遠い目をした。

訓練生時代はあれでも猫を被っていたと今は分かってしまうのが切ない。


「……成績はもちろん問題児としても一番と二番だったからな。

 好き放題してた残念美少女と指示に全く従わない不良大柄女。

 教官達からすれば頭痛の種が大出世。喜ぶより胃が痛くなる話だ」


それゆえかどうにもあの頃あらゆる負の感情を向けていた者達に

同情的になってしまっているメリルであった。


「ハハッ、ご愁傷様。見る目がない人ってほんと不幸よねぇ。

 まあ腐れ縁の私達が手にしたのが『槍』と『盾』っていうのは

 出来過ぎてて、ちょっと笑ったけど」


「授与式でお前がクスクスしてたのはそういうことか」


長年の謎が解けたと呆れながら頷いたメリルにそういうことでしたーと

なぜか自慢げに胸を張ったシスター。それに呆れ顔の彼女だったが

突然真顔になると一言。


「と、お望み通りお喋りに付き合ったんだから本音を話せ」


「なっ! まさかメリルちゃんがこんな高度な心理戦をかけてくるなんて!?」


「何が心理戦だ。お前のやり口と性格を覚えさせられただけだ!

 いっつも関係ない話で煙に巻こうとするからなお前は!」


目を見開くほどの驚きを見せた彼女に最後の付き合いとして吠える。

当人は大仰に「バレていたとは!?」と驚いてみせたが臭い芝居だ。

そんなおふざけばかりのこのシスターだが、実は妙なところが律儀で

友人には若干甘い。冗談な要求でも呑まれては応えてしまう程には。


「まったく、何にせよ趣味が悪い。

 そんなに自分とそっ(・・・・・)くりな奴(・・・・)が珍しかったか?」


そうだとよく知るメリルだからこそ、そこに気付いた。

語られたエピソードでの少年の言動。それらはかつて目の前のこの

女がやらかした事と程度や方向性の差はあれどよく似ていた。


「あらら、やっぱり解っちゃった?」


「よくいう。解らせるために色々語ったくせに。

 ま、話を聞く限りいざとなれば力押しで解決出来るお前と違って

 非力を自覚している分あの坊やの方が薄ら寒いものを感じるがな」


「うん、本当にびっくりしちゃった。純度でいえば私よりひどいもの」


くすりと笑う顔にあるのはそんな言葉を吐いておきながら暖かな表情。

僅かに困惑と羨望があると見抜けるのはメリルだけであろうが。


「─────だからね、ちょっと思っちゃったのよ。

 もしかしてこの子は人間としての私(・・・・・・・)なのかなって」


意味深で、謎めいた言葉にちらりと周囲を覗くが誰かに聞こえていた様子はない。

聞こえていたとしても意味を正確に出来るモノは世界に何人いることか。

その一人であるがゆえに理解はしてしまうメリルだ。


「……その可能性を見てみたくなったってわけかい。

 当人やあの子達に危険があるってことを無視して」


「アハハッ、そこはほら。

 突き詰めれば危険度なんてどこだって同じわけだし?」


「詭弁を」


「それに他の子達にとってもいい体験だと思ったから。

 世の中にはああいう力が無いがゆえの牙があることを。

 弱くてバカなまま、最善に動く愚か者がいることを…」


どうかそんな存在(少年)がいることを知っていてほしい。

どうかそんな可能性(わたし)があったことを覚えていてほしい。

そう語り、子供達を機嫌良い顔で覗く彼女の表情は、果たして

メリルの記憶にあるどれかと一致するのか。湧き上がったのは

寂寥か感慨か。ただ。


「まあ確かに理由の一番は、面白そうだから、が大正解なんだけどね!」


胸中をざわめかしていた諸々はそんな一言と満面の笑みで吹き飛んだ。

彼女は湧き上がった苛立ちをなんとか抑えながら確信を持って断言した。


「お前、絶っっっ対! ろくな死に方しないぞ!」


されどシスターは嬉しそうにより笑うと両拳を握って力説する。


「大丈夫!

 私が死ぬ時は男の腕の中で「死なないで!」と嘆き惜しまれながら

 ロマンチックに散ると相場が決まっているから!」


何が大丈夫なのか。何が決まっているのか。彼女の突飛な言動には

慣れているはずのメリルでも精神的な頭痛を感じて額を押さえてしまう。


「はあぁ、昔から何度も聞かされたが肝心のその男がいたことないだろ」


「かはっ!?」


その意趣返しであり単なる事実の突きつけとしてこれまで一切男っ気が

無かったのを指摘すればさすがに気にしていたのか精神的に吐血した。

されど即座に復活すると険しい顔で睨みつけてくる。


「い、言うじゃないメリル!

 あなたはいいわよね、自分の弟子を『弓』にまで育てて確保しちゃって!

 知ってる、異世界だとそういうのヒカルゲンジ計画っていうらしいわよ?」


「っ、意味はわからんがおちょくられてるのは分かる。

 お前から売ってくるならいくらでもケンカは買うぞ」


その言葉を知らずともこちらを貶める物言いだとは感じ取って

メリルもまた何の遠慮もなくただでさえ鋭い目つきを細めた。

そして相手の鼻で笑う態度でゴングが鳴る。


「はんっ、最強の『槍』の担い手であるこの私に勝てると思ってるの?」


「お前こそ、無敵の『盾』相手にどこまで頑張れるか見物だな」


「言うじゃない。態度と同じく無駄にでかいその体に風穴開けてあげる。

 安心して、その時は『弓』の彼は私が引き取って可愛がるから」


「ほざけ、いつもフラフラしてる軽い女なんぞ星空まで弾き飛ばしてやる。

 そして後は任せろ。あの子達は私が立派に育ててやるから」


互いの口撃にぴしりと音を立てて罅割れる表情と空気。

誰かが二人のそれを見ていれば双方の額に青筋を見たことだろう。

そして次の瞬間それは始まった。


「「ふんっ!」」


動きは全くの同時。

息遣いすら重なって放たれたのは微塵も容赦がない右ストレート。

互いの顔を狙ったそれが突き刺さるも不敵に笑い合った両者は止まらず、

もつれ合うような殴り合いを始めた。巨体に似合わぬ素早い一撃を何度も

繰り出すメリル。その華奢な体からは想像できない重さを誇る拳を

叩きこんでくるシスター。間にあったテーブルは無残な木屑へ。

これにはさすがに子供達も騒ぎに気付いて慌て始めるが

あまりに激しい拳と蹴りの応酬に右往左往するだけである。


「楽しそうだねぇ」


ただ一人だけ誰も分からない言葉で何かを呟いていたが何のコトか。

結局そんないつものじゃれ合いは誰かが水魔法をぶつけるまで続いた。

しかし直後に緊急で呼び戻されたメリルは挨拶もそこそこに彼女らと

別れることとなる。それから長期任務に入ったためにこれが

「最後の思い出」になるのを彼女が知るのは一か月以上も後の話だった。









特別珍しくもない花が大地に咲いている。

色は白、黄、ピンクと華やかだが探せばどこにでも咲いている花。

身近過ぎて学者でなければ名前すら知らないそれらでも、さすがに

一面の花畑となって咲き誇っていれば感慨を抱かせるには充分な光景。

その中心に一際目立つ異物がある。否、おそらくはソレのために

この花々は咲いているのだろうという横長の石碑──慰霊碑があった。


「分かりづらいんだよ、このアホ」


それを己が巨躯で見下ろしながら彼女は悪態をつく。

持ち込んだ酒瓶を叩きつけたい衝動にかられながら供える。

これはアホの分ではない。うまい酒の味も知らないまま死んだ

子供達の分だと言い訳しながら。


あの(アホ)は“なんとなく”近々自分が死ぬのが分かっていたのだろう。

この約2年で調べた彼女の死の直前までの行動を知れば知るほどメリルは

そう確信していった。例をあげれば、この地に辿り着くまでの旅路は

奇妙なほどに彼女の知己や古馴染みとの再会や遭遇に満ちていた。

事実上の別れの挨拶と子供達に自らの死後頼るべき相手を紹介していたか。

またあの時彼女に渡した金銭はメリルの名前で丸ごと隣町の孤児院に

寄付されており、あの時点で路銀が尽きていなかったことも発覚した。

あれはメリルを呼びつけるための方便だったのだ。


「っ、悔しいね。

 最後にしてやられたよ、完敗だ。さぞ満足だろうねぇ」


苛立ち混じりに鼻息荒く愚痴を叩きつける。でなければやってられない。

わざわざ嘘で呼びつけるほど“最後に会いたい友人”として想われていたのか。

それを嬉しく思っている反面、気付けなかった自分が腹立たしい。


「姉御!」


背後からの呼びかけに振り返れば軽薄そうな笑顔を浮かべた青年が

駆け寄ってくる所だった。一瞬人懐こい犬か何かを連想したが

合わないとばかりに脳内で却下する。


「置いてくなんてひどいじゃないすか。一緒に行こうって言ったのに」


「扉の前からは呼んだ………気遣うならもっとうまくやれ」


「あ、はは、なんのことっすか?」


不満げに見せていた顔にそう告げてやれば苦い顔ながら誤魔化す。

先に一人で墓参りさせようと顔に似合わないことをした元弟子現同僚に

「感謝しとく」と小さく呟いて、慰霊碑に視線を戻す。青年もまた

それに倣うようにするとしばし黙祷を捧げた。


一通り死者の鎮魂を祈りつつ慰霊碑そのものの異質さに慄く。

教会でそれなりの立場があるせいかこういった類の物は

見慣れており、これが下手な王族の墓石よりも優れた石で

作られているのが分かる。そしてその前面には美しく丁寧に

彫られた文字によるこんな一文があった。


“──解き放たれた邪悪な怪物の犠牲になった無辜の者達と

 さらなる犠牲を防がんと立ち向かって命を落とした勇敢なる

 者達の名をここに記す──”


その下には文字通り多くの名が刻まれている。殆どはメリルの

知らないここにあったという村の住人達の名前であったが

一番上に並んで刻まれているのは件のアホ女と彼女が

育てていた子供達の名前。しかし。


「無い、か……嘘でも名前ぐらい書いておけばいいものを」


そこに刻まれていない名前がある意味をメリルは薄々察してしまう。


「姉御?」


「なんでもない。

 それよりグエン猊下からの依頼、本当にお前も受けるのか?」


既に内容を知っているために念押しはしないが確認はしておきたかった。

それだけこの依頼はどこにどう転ぶか分かったものではないのだから。


「そりゃもちろん! 姉御の行く所が俺の行く所ですから!」


それを理解しているだろうに彼は非常に軽々しく、

そしてわざとらしく大仰にそう返すのでとても胡散臭い。

当人が本気であることは直弟子ゆえの付き合いで分かるメリルは

小さく「そうかい」と流すが彼はそれだけで嬉しそうに笑う。


「しっかし本当にこんなことになってるなんて。

 周辺の誰かが弔ってくれてたらそれだけで御の字と思って

 来てみたらこんなすごい花畑と立派な慰霊碑ですからねぇ」


宿屋の人から聞いた時は何の冗談かと思った、と語る青年に

黙ったままながら彼女も同意する。その話によればここにあった村が

滅んでから一か月後には突然こうなっていたという。訃報を聞いた後も

任務や他の事情が重なりこの地に訪れられなかった彼女達は今日やっと

ある任務を請け負うことで結果的に立ち寄る暇が出来たのだ。尤もきちんと

弔えるほどの時間は無いためせいぜいが何か遺品の一つでも、と考えていた

所にこんな死者達が穏やかに眠る美しい場所が広がっていたのだ。

メリルは驚くより先に思わず笑ってしまったものである。


「あれから突っ込んで色々聞いたらここ、領主はもちろん

 この国の王すら手を入れられない場所になってるって噂です。

 定期的に異常がないか国の兵士が見に来るっていうんですから。

 誰が作って、誰がそんな手筈整えたのやら」


「まったくだ……よくやるよ」


「それにやっぱりこの名前……リリー、セレネ、ロー……偶然と思います?」


彼女の弟子であった子供達、その一部の名前。

青年はそれらを別の場所で聞いてからある懸念を抱いていた。

尤も所詮はまだ想像の段階でしかないとメリルは首を振る。


「さてね、だがそれを確かめるのに今回の依頼は都合が良かった」


「唯一の生き残りなら何か知ってるかもしれませんしね」


「………唯一、ではないがな」


「え?」


「急ぐぞ、余計な時間を取った。

 遅刻して護衛対象の聖女様に嫌われるのは面倒だ」


「あ、ちょっと待ってよ姉御!」


思わずの呟きを誤魔化すためか真実急ぐためか。

自分でもよくわからないまま慰霊碑に背を向けて足早に進む。

背後で青年が慌ててついてくる気配を感じながら、ふと。

そういえばと確信めいた直感が囁く。


「…あのアホも変な所で嘘がつけない奴だったか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ここのワクワク感大好き❤
[気になる点] ジェイク君だけ死んでなかったのか?(「さあ、特別試験の始まりだ」及び「迫る聖なる手」参照) それが教会で聖女の傍付きになって彼を追っかけてると。 ……厄い臭いしかしねえ。 裏の顛末知…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ