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『頭』(後編)

インフルでダウンしてました………みなさん、あれは本当に舐めてはいけません

手洗い、加湿、マスク、消毒、予防接種、しましょう




「───してやられた不死身の牙(シックス)さん?」


強面に傷という迫力ある顔を僅かに歪ませた()は思わず唸る。

言い返せない確固たる事実であり、それを糾弾しているのがその

不手際で損失や対応を背負わされた本人なので弁解の余地がないのだろう。


「悪かったよ、嬢ちゃん。今回は完全に俺の失態だ。

 ちゃんと俺の財布から諸々の金は出すから勘弁してくれ」


「冗談じゃないわ、今は金より人よ。あなたのスペア寄越しなさい!」


「我らが女神さまが許可するならな……」


とはいえ殊勝にもか。あるいはある種の傲岸さか。

飄々とそう振る舞い、周りもそれを不思議とは思わない歓談。

だからこそベノムにとってはあまりに不気味な光景であった。

彼は死んだ(私が殺した)のではなかったのか。


「シ、シックス?」


『頭』(ヘッド)会議では様付けて欲しいとこだが……なんだベノム?」


呆然と呼びかければ返事─それもこれまでと何も変わらない─があり、

余計に困惑し混乱する彼に柔らかな口調の、されど冷たい声が『Ⅱ』の

モニターから向けられた。


「不死身の名は伊達ではないという事ですよ。それ以上はあなた程度が

 知る必要のない話……例え一回は殺せたあなたでもね」


驚いているのはベノムだけだ。『頭』にとっては当たり前の話なのか。

その異常に、驚くべきか慄くべきか。僅かに固まっていたベノムは

されど─愚かにも─どちらも選ぶことは無かった。


「ハ、ハハッ、素晴らしい! さすがそれでこそ我らが『蛇』!

 “死”という生命体が決して逃れられない宿命をも越える!

 その方法を既に手にしていたとはっ、皆様方もお人が悪い!

 不死身の兵士、それがあればあんな道化仮面ごとき!!」


一人興奮してただただそれを讃え、そして陶酔したように語る。

これならば敵などいないではないかと熱く、強く、訴える。

周囲から注がれるさらに鼻白んだ空気など気にもせずに。


「……で、結局さ。

 このもう邪魔なだけの狂信者もどきはどうするのよ?」


「鉄砲玉以外に使い道ねえぞ」


「それもどうかのぅ? 勝手な解釈で勝手に動きそうじゃわい」


「『毒』に徹すれば腕は確かなんだが……代わりはいるか」


処置無し。罪科多し。唯一の人材でもなし。

いくら大幅に組織の人員が減ったとはいえコレを使う道理は無い。

当人が妄想か妄信で上の空になっている間に彼らは満場一致で

彼の処遇を半ば以上決めていた。だがそこへ。


『ならば彼は祭壇へと誘いましょう』


穏やかで優しげですらある女性の声が空気を塗り替えるように響く。

途端に息を呑んだのは『Ⅸ』以外のヘッドナンバーズたちであった。

モニター越しの見えない視線が完全に沈黙していた『Ⅰ』に集まる。


「祭、壇?」


その異様な緊張感に気付いてもいないベノムは、他と違うどこか

作られたようでいて違和感がないという矛盾した声に耳を傾ける。


『おいでなさい『毒』の名を冠した信仰篤き者よ。

 我が祭壇にてお前の献身を待っています』


それを待ってか。関心せずか。一方的に言葉を告げた瞬間に全てが終わった。

彼を包むように床が一瞬で盛り上がり、姿が隠れたと皆が認識した時には

何事も無かったように床は平らに戻っていた。

内側にいたはずのベノムだけが消え去って。


「………おいおい、女神さまが喋ったぞ。何年ぶりだよ」


「私は初めてよ、これが『Ⅰ』……これが裁定者……」


「キレイで穏やかなのに寒々しい声、相変わらず心臓に悪いわ」


尤も彼らにとってはそんな現象も処遇も些末事に過ぎなかった。

それよりも彼女が声を発した事の方が格段に大事(おおごと)だった。

各々が驚嘆や畏怖を示すが『Ⅰ』は既に役目を果たしたとばかりに沈黙する。


裁定者。女神。とも言われる『Ⅰ』は他の参加者と違い、

絶対に会議に参加するが意見はしない。だが『頭』会議において

最終的且つ最優先の決定権を持つため重大な議題で意見が割れた場合や

『蛇』にとって好ましくない決定が出た際には彼女の選択や否決の方が

優先されるようになっていた。また今回のように名持ちの処分に

おいては時折『祭壇』に誘ったという記録がある。

それがどんな場所でどんな扱いを受けるかは彼女以外は誰も知らない。

ある意味で組織で最も強い権限を持つのがこの『Ⅰ』であるといえよう。


“女神”とはその在りようを皮肉ったナンバーズ間での比喩である。

基本何もしないで見てるだけだが動くと他の全てが黙殺されてしまう。

神話にありがちな神の姿がどこかそこにあった。


「ふぅ………さて、少々いくらか予想外のことはありましたが、

 マスカレイドに対しては先の考えで対応することで決定、ですかね?」


彼『Ⅱ』もその突風のような所業に緊張と疲れを強いられたのか。

小さく溜め息を吐きながらも今の諸々を全て横に置いた。そして

これで決を採るべきではと周囲に問いかける。賛同するような

頷きの声の中で、唯一ここに当人がいる男が手を挙げた。


「待ちな、似非紳士。我らが女神さまの登場は俺も驚いたが、

 俺が顔を出したのは気になることがあったからだ……いいか婆さん?」


『Ⅵ』(セイス)、その呼び方はやめてほしいわ。

 あなたの方が年上でしょうに………で、何かしら?」


「ハハッ、悪い悪い。

 いやなに、俺も参加こそしてなかったが話は最初から聞いていたんだ。

 それで思ったんだが……いつになく口数が少なかったな『Ⅲ』(トレス)

 なにを考えて………いや、何に気付きやがった?」


気安い口調から最後に一転して断定気味に問い質してきたシックスに

他の面々もそういえばと訝しむ雰囲気を見せた。これまでの傾向なら

『Ⅱ』か『Ⅲ』が適度に発言して会議を回していた。今回は被害を

受けた側に『Ⅱ』がいるため彼女が率先して仮の議長役を務めるものと

大半が予想していたが蓋を開ければ彼女は殆ど発言していない。

関わったのは、最初に口を開いた話題は、それは。


「…………ノーヴィの坊や、もう一度聞くわ。あなたなんで笑ってるの?」


そうして水を向けられたのはこれまでずっと影で─ある種不気味に─

笑い続けていた『Ⅸ』の青年。また問いかけは先程と大きく違ってはないが

僅かにニュアンスが違った。何が面白いのか、と、何故笑っているのか。

笑い続けていながらもその差に満足するように彼は瞬時に言葉を返す。


「アハハハッ、三の婆ちゃんそれ分かってて聞いてない?」


「推測はしたけれど、細かいところは自信がないのよ」


「へぇ、でもそれ大枠は分かってるってことだよね?

 ならソレを僕みたいな新参者に言わせるってひどくない?」


「そんなこと気にする繊細な子じゃないでしょ。

 そもそもソレを分かってて今の今まで黙ってたあなたが悪い」


「ちょっとぉ、そこは同罪でしょ?

 責任の押し付けはやめてほしいな、婆ちゃん。

 まともな(・・・・)人間の中では最年長で最古参なんだから若者の前に立ってよ」


「残念だけれど、私は実力主義なの。あなたなら問題ないわ」


ふふふ。あはは。

笑いあう声。気安い口調の会話。

されどその裏での火花が見えてない者などいない。


──堂々と押し付けてんじゃねえよ、この老害


──随分と生意気な坊やだこと、長生きできないわよ


大半が我関さずで黙って流れを観察しているが一部はまるで

そのやり取りを評価するように口笛を吹いて楽しんでいた。


「よく言うよ。

 まあいいけど、そういうことにしておくよ……それで理由だっけ?

 簡単な話さ────こんなあっさり王手(チェック)をかけられたらそりゃ笑うって」


だからこそ彼らは『Ⅸ』の鋭さを忘れていたともいえる。

彼は確かにこれまで積極的に発言してこなかったが数少ないそれらは

いつも他の面々が見逃していた盲点を的確に突いていたのだから。

それらを思い出させるように言葉から笑い声(遊び)は消えていた。


「……………説明しろ『Ⅸ』」


王手(チェック)をかけられた。

ここまでのやり取りからそれが誰が何に対しての王手か問う者はいない。

事の深刻さを感じ取った皆の意見を代弁するシックスの問いに彼は

狙い通りだといわんばかりに笑みを宿した気安い口調で続けた。


「みんなのマスカレイドに対する分析は概ね僕も同意見だ。

 けど、ならその前提でもう一歩踏み込んで考えるべきじゃない?

 そんなマスカレイドがどうしてそこで(・・・・・・・)攻撃を止めた(・・・・・・)のか(・・)、を」


まるで、あの仮面はもっと甚大な被害を出せたはずだと暗に示す言葉を。


「奴が手に入れられた拠点の情報がそこまでだった。

 っていう以外の理由があるとお前は考えてる、ってことか?」


「いやいや、もっと単純な話だよ。

 二と七の担当エリア以外の情報も仮面は十中八九掴んでるんだから」


なのにどうしてここで止めたんだろうね、ととぼけたように

嘯いた彼であったが周囲はまずそれどころではなかった。

なんでもないように語られた言葉の方が衝撃的だったのである。


「待ちなさい。それはどういうこと?

 今回拠点を発見されたのが奴の主張通りの方法なら、他のエリアの

 情報なんて手に入らないはずよ。知ってるでしょうが『蛇』は縦組織。

 一部の名持ちを除けば私達以外で横の繋がりなんて皆無のはずよ」


『蛇』という組織はヘッドナンバーズ達の至上命題から分かるように

組織が壊滅しないことを優先している。縦割りなのはどこかが受けた

ダメージが全体に波及するのを避け、緊急時には切り捨てるためだ。

また他エリアでの活動またはその協力が必要な際は『頭』同士がココで

やり取りして実際に働く構成員たちは他エリアの人員と直接接触しない。

捕まりやすい、追われやすい下部構成員はこうして横の繋がりを

持たなくてもいいようになっていた。過去、様々な警察組織や

諜報機関が彼らを追いきれなかった一因である。


「まあ今回は一部の例外を利用されたのは認めるけど」


「根に持つな……補償はすると言っただろうが」


とはいえ活動が二世界規模となればそれだけでは滞る部分も出るため

いくつか例外はある。が、今回関わっていたのは『蛇』共有の戦闘部隊

『牙』の長を兼任しているシックスだけであり、その権限を利用されて

二エリアが壊滅したのは否めないがそれ以上は無いはずであった。


「だから金で済む問題じゃっ」

「うーん、これはやっぱ『頭』ゆえの盲点かな?

 あるいはマスカレイドの術中に嵌っているというべき?」


『Ⅶ』の怒鳴り声を遮ったのは『Ⅸ』の殆ど独り言に等しい呟きだ。

だがそこには、なんでこんな簡単な事が分からないのか、という

嘲りが確かに混ざっていた。


「規模のデカさに惑わされてちゃ駄目。冷静に考えてみてよ。

 敵対組織の一定地域でのみの拠点情報しか手にしていない状態で、

 それを一気に制圧できる手段があるからって、一手で全部潰す?」


あなたたちなら。

沸き上りかけた周囲の苛立ちはこの指摘に息を呑むと同時に消えた。

まず間違いなくここにいる彼等ならそんな手を打たない。見せしめが

必要だったとしてもいくらかを残してその後の動きを観察するだろう。

敵組織の全容が不鮮明であるなら余計に。現状どの程度マスカレイドが

『蛇』を知っているかは不明なれど謎の部分は多いはずである。

それだけこの組織は複雑で繋がりが分かり難い構造をしている。

ゆえに少なくとも他エリアの情報が皆無なら、全部は潰さない。

しかし実際は全滅させられている。つまり。


「…まどろっこしいのはやめろ新人。理屈はわかるが、

 それだけで言ってるわけじゃねえだろ、本命を出せ」


誰の脳裏にも過ぎったその思惟を遮りつつお前が確信した情報を

見せろと凄む『Ⅷ』。だが『Ⅸ』の調子は変わらず続けられる。

あるいはその続きこそが答えだったのか。


「『蛇』という組織は生き残る事を優先した歪な構造をしてる。

 誰かさんは縦割りといったけど実際はその縦だって二層構造。

 上下でくっきり分かれてるから下の拠点全部を見付けてもそれだけじゃ

 僕達までは届かない……まあ正確には『蛇』なのは下だけで、上は

 個々が持つ組織や人員が乗っかってるっていうのが正しいけど」


おかしな造りだと笑うような声に、しかし否定の言葉は来ない。

そういう見方もできるからだろう。純粋に『蛇』の構成員といえるのは

下部の者か一部の名持ちであり、組織の意思決定機関である『頭』や

その私兵達は実質取り換え可能な外様の組織。そのくせその事実を

知るのはそれこそ『頭』だけという歪さ。そして何かがあっても

どちらかが残ればそれでいいという無節操さで『蛇』は生き残ってきた。


「けど生存率をあげる代わりにこれだと色々と不便なのも事実。

 特に情報伝達速度は現代とは思えない程。僕達は内情を知ってるから

 他よりは先んじて知れるけど、その程度だ。ま、おかげで今回の一件で

 いきなりマスカレイドに押しかけられることも無かったわけだけど」


そんなこの場の誰もが当然知ってるような事を口にした彼は「でも」と

意味ありげに呟いて皆の注意を─露骨に─引いた。


「それによる不都合をサポートする役職やシステムも存在する。

 さて、それを踏まえて問題です! 僕達『頭』は今回の事態を

 ナニで最初に知ったといえるでしょーーか?」


そのうえでクイズ番組の出題者を気取るような口ぶりは実に癇に障る

態度であっただろう。しかしながら場は不気味な程の静寂に支配された。

無言の悲鳴あるいは沈黙という絶叫だとそれを感じた者は一人や

二人ではない。


通常、下部組織の『蛇』構成員が緊急事態に陥った際、特定の誰かや

部署を除けばそれを直接上部に連絡できる機構がこの組織には無い。

ゆえに『頭』たちは独自の情報網と彼らの所在を元々知っているという

アドバンテージで動きを察知して事態を関知していたのだ。今回の場合は

制圧された二つのエリアと隣接エリアの境界付近で構成員達が緊急事態の

対応に追われた動きをし、察知した担当『頭』がそれをココ経由で他の

『頭』に知らせたというのが第一報(最初)といえば第一報(最初)である。

だがその迂遠さを補助する機構を踏まえてと前置きされると別の解が出る。

そもそもにして、横の繋がりが無いはずの下部組織の構成員達が

別のエリアで起こった非常事態をどうやって知ったのか。


「……………おい、マジか?」


彼らはその答えに気付いてしまって、声を失っていた。

この繋がりの無さこそが突発的な事態や誰かのミスで『頭』の正体や

所在が判明しないための、ひいては組織全体を守るための仕組みだ。

されど情報伝達の遅延が時として組織を滅ぼすのもまた事実であった。

だからそのシステムが用意され、またこの場の誰もがそれがきちんと

機能したことをとっくに知っていた。


「まさか緊急事態警報エマージェンシーコールを利用された!?」


「あれはエリア関係なく近場の拠点に異常を知らせるもの、つまりはっ」


もう、手遅れである。その事実が容赦なく彼らに突き刺さった。

それはエリア境界線間際で起こった何事か。越境して攻撃してくる何者か。

その情報共有の一助として緊急事態が起こった事だけを周辺の拠点や

施設、構成員に通達する警報システムであった。複雑なものではない。

ただ一方的な発信をするだけの代物でやり取りには使えず、

発信・受信装置は一回きりの使い捨てで作動後は自壊する。

それは外部の者が操作・解析を行おうとした場合も同様だ。

ゆえにそこから何かを調べられることはない。はずだった。


「私達が普段使うシステムではない、などというのは

 言い訳にもなりませんね……遺憾ながら完全に失態です」


今回、最終局面で行われた広大な範囲での一斉制圧を『蛇』側に

知らせたその警報は当然ながら隣接エリアの拠点へも緊急事態を

届けていた。なら、それはアレ(・・)にとって“道”に成り得る。

決行のタイミングを決めたのはアレ自身なのだから。


「ちっ……引っかかっていたのは、ソレか」


だからこそシックスは憎々しげに舌打ちをする。

その事実が示すあまりに重大にして最悪の事態を察せられない者はいない。

驚愕。衝撃。混乱。不安。焦燥。それらが一気に駆け巡る精神(ココロ)を抑え、

冷静になろうと誰もが努める。そして自分達が取るべき対応を模索していた。

尤もその頑張りを逆撫でする楽しげな声が紡がれるのが先だったが。


「さて、残念ながら発信されたシグナルを追いかけられ、一つでも境界線を

 越えられたらあの情報収集力と不可解なハッキング能力の持ち主だ。

 同エリアなら例え外部と完全隔離された施設でも長くは隠し通せない。

 そして一回越境のコツが解れば、次もだろうね。

 後はそれが連鎖していく──────最後まで」


全てを把握するまで、それは止まらない。

呻きにも悲鳴にも似た息遣いがほぼ全てのモニターから漏れ出た。

『Ⅸ』によって明確に言葉にされた“最悪”を誰も否定できない。

だって彼らの頭にはそれがもう浮かんでいたのだから。


「…私が考えていたより何倍も酷い状況だわ。こうなってくると

 地球側の全ての拠点や施設を把握されたと見るべきでしょうね」


物的証拠は何もない状況証拠の話ではあったが、ことマスカレイドに

限ればその可能性があるだけでそれはもう黒と見るしかない。

切り捨てなければ組織そのものが滅びかねない病巣だった。


「は、ハハッ……確かにこれは……馬鹿馬鹿しくて笑っちまうな。

 あの野郎こんなあっさりと、しかもたった一手で、殆ど誰にも

 気付かせずにこっちの喉元まで迫りやがった!」


「世界間の通信はココを介した『頭』同士の直通で済ましていたのが

 不幸中の幸いだったといえようが……うぬぅ、これは……」


想定外中の想定外。驚天動地。呆然自失。

そんな言葉が全部襲い掛かってきたような心境に彼らは頭が回らない。

否、回っていたところでこの状態でどう動くべきかなど簡単に答えなど

出ようはずがない。地球側の『蛇』は心臓を握られたに等しいのだ。

それが最低限の話であるのが何よりも最悪な話であった。


No.Ⅸ(ナンバー・ナイン)……あんたもイイ性格してるわね。

 今までずっと笑ってたのってそういうことかしら?」


ゆえにか。ある種の矛先が彼に向かうのは必然か。

この最悪にまるで気付いていなかった自分達を嘲笑っていたのか。

『Ⅸ』はその言外を察しただろうに、動揺も否定もしなかった。


「さてはて、でも僕だって皆さんと同じ立ち位置ですよ?」


「管理をほぼ放置してるあんたが言う!?」


「だって指示出しが毎回手間かかり過ぎて面倒なんだもん」


「はぁ、ノーヴィの坊や。

 かなり目敏い子とは思っていたけど、それ以上に悪い子ね」


暗に認めたような誤魔化し方もさることながら。

これまで最低限の管理しかしていなかったのは新参者ゆえの不慣れなど

ではなく、単に面倒であったからだと堂々と語る彼に『Ⅲ』は呆れ声だ。

尤も『Ⅸ』はそれで自省する繊細な人物ではない。


「ふふふっ、それはもうっ!

 裏社会伝説の秘密結社、その新入りとはいえ幹部ですから!」


「この状況でそれは嫌味かてめえっ!」


完全に相手に出し抜かれたと説明してみせた人物が語るには

その表現にはトゲが多い。そしてなお微塵も悪ぶれずに笑う『Ⅸ』の

様子はこれまでの会議で見せてきた姿勢とは完全に別人だ。

こちらの方が素なのであろう事はもう誰もが察していたが。


「8番、7番も落ち着け……9番よ、お主もふざけるのはやめぬか。

 さすがにこれは足並みを揃えねば本当に『蛇』の終焉となろうぞ」


「ふんっ」


「ちっ」


「ハハッ、ごめん、ごめん」


だがそれに引っ掻き回されている場合ではないと『Ⅴ』は場を仕切り直す。

主犯の彼は口でこそ謝罪したが口調は変わらず軽い。溜め息を吐くも

『Ⅴ』は意識的にその感情を無視した。


「…話を9番の問いかけに戻すぞ。

 つまり、ここで攻撃が止まったのはそこまでしか把握してないと

 思い込ませる為のカモフラージュじゃったというわけか?」


「ううーん、どっちかといえば単純に時間稼ぎでしょ。

 地球全土の洗い出しとなればさすがに手間がかかるはずだよ。

 それらから盗んだ情報で僕達の存在を探ろうとすればさらに、ね」


「……約二日も経過した今となっては何の慰めにもならない話よ、坊や。

 後者はまだ猶予がありそうだけれど、それこそ時間の問題ね。

 容易に察知されぬよう迂遠な指示出しをしていたとはいえ

 近々のものならマスカレイドが探れないと思う方が愚かよ」


「アハハッ、確かに! ごめんね、僕も気付いたのは今さっきなんだ。

 詳細な被害や時系列やらを聞いて、あ、やりやがったこいつ、って」


その眼力こそは素直に感嘆したいところだが当人の口調が軽いうえに

どこか他者を小馬鹿にしている雰囲気が称賛より苛立ちを強くしていた。


「まったく……それはいいわ。正直、気付きたくは無かったけど

 気付かない方が後が怖いもの……でも坊や、まるでそれらは…」


「…戦いの準備をしてるかのよう?」


言葉を遮られつつその先を見事当てられた不快感は彼女に無い。

むしろ同じ意見だったことに『Ⅲ』は疲れた息をただ漏らした。

やはりそうなりますか、と頭を悩ますように。


一気に大ダメージを与えたうえでその回復を阻害する手を打った仮面。

その裏では他の拠点の情報を収集。状況及び時間的に地球側のそれらは

把握されたと見るしかない現状で、仮面から接触やアクションは無い。

脅迫も交渉も襲撃も無い。何かを待っているのかまだ何か足りないのか。

そこには大規模な戦いの前の情報戦の様相があった。


「ちっ、忌々しいが気付いてたのはお前だけだった。

 そのお前の意見が聞きたい………奴は本気で『蛇』と戦争する気なのか?」


地球側の三分の一の壊滅とその裏での他拠点の把握に、警察や軍等の

公的機関を実質抱き込んでの対立構造の確立。戦いの準備と『Ⅸ』は

言ったがそれは果たして武を用いた衝突か取引やシェアの奪い合い

等の分野での駆け引きの一端か。行動基準が当人の好悪や状況による

という読み難さからここまで上り詰めた彼らをして判断がつかない。

ゆえにその思惑を唯一見抜けた『Ⅸ』の見解を求めた。

尤もそれはあっさりとしたものとなったが。


「違うと思うよ?」


「あ?」


「跡形もなく潰す気だよ」


そう本当にあっさりと『蛇』の壊滅を狙っていると告げた。

水を打ったように静まり返った彼らの胸中にあった感情は何か。

呆れか驚愕か畏怖か、それとも───────納得か。


「…坊やは、出来ると思うの?」


どれにせよ、それでも『Ⅲ』は問うた。仮面はそれが出来るのかと。

だが。


「え、出来ないと思うの?」


むしろ『Ⅸ』はその問いそのものが不思議だといわんばかりであった。

これに何も返せなくなった周囲の空気をようやく感じ取ったのか。

不満げに「そこから?」と呟くと数秒唸って彼は言葉を捻りだした。


「……変な言い方だけどマスカレイドは巨大組織の正しい潰し方を知ってる。

 過度に追い詰めず、しかし確実に力を削り落としてそれを回復させない。

 そして同時に対抗勢力を生み出して包囲させる……そのお膳立てが

 もう済んでることに異論は無いでしょ、みなさん?」


「ああ、そうじゃな。ワシらが使徒兵器で誰を始末したか。

 その情報を拡散されたことで主だった公的機関には大義名分、

 いや、対立しなければ非難され存在意義を問われる状況にしおった。

 いくら各地に『目』や『耳』がおっても組織全体を自由にできるわけもなし」


「そのくせマスカレイドからすればそいつらは直接関係ない組織だ。

 使い捨てても問題がない。僕達が潰しても奴は痛くもかゆくもない。

 それどころか本当に潰してしまうと余計に表社会の権力者と対立する。

 逆に攻勢が強まるだろうねぇ」


「小憎らしいのは脅して動かしてるのに要求が本来の業務内って所だ」


「それも気に障った悪徳を潰すためにしか脅してないものね。そのための

 手筈を整えてもくれるとなればじつは内心嬉々として従ってる組織や

 人間もいるでしょう」


「これからもあらゆる捜査機関、軍関係は不意に奴の私兵と化すか」


「そして時間が経てば経つほどその可能性の中にワシらの部下達や

 ここにいる面子すら入ってしまう恐れがある、か……」


「『私に今すぐ潰されるか組織を裏切るかどっちかを選べ』って感じ?」


「けっ、冗談じゃねえが……警戒しないわけにもいかねえ話か」


たかが個人の、たった一晩での、規格外な一手。

歌姫一人を守るためには過剰と思えたそれは役目を果たしている。

おそらくこれに勘付かれても問題ないと仮面は考えているのだろう。

解ってしまえばそれこそ彼女一人にかまってなどいられない。

そんな理由で人類史と等しい歴史を持つ秘密組織は静かに追い込まれていた。

誰かが言った通りバカバカしい話ではあるが決して見過ごせない話だ。

相手は荒唐無稽な存在でも、目の前に迫った脅威は夢物語ではない。

そして目に見える範囲の脅威や問題に手間取っている内に仮面は本丸に

乗り込んでくる。時期は解らずとも“来る”事だけは確定済みだ。

それが分かっているのだろう。沈黙する『Ⅰ』薄ら笑いの『Ⅸ』を

除けば溜め息さえ零れないまま無為に重い沈黙を続けるだけ。


「………………致し方ない、わね」


「どうした三番の?」


熟考後の疲れきったような息が混じった、されど覚悟を決めた声に

何を言い出す気だと訝しげな視線が集まる。それを待ってか偶然か。

彼女はその考えを口にした。


「みなさん、私はここで『蛇』の“凍結”を提言します!」

「なんとっ!?」

「っっ!」


動揺が音を立てて広がる。これまで薄らとでも笑い続けていた『Ⅸ』

ですら絶句したのだからその衝撃が如何程であったかは分かるだろう。

それは事実上、組織の自発的な消滅であるのだから。


「………まさかその言葉を私が現役の時に聞くとは思わなかったわ」


「まったくだ………婆さん、冬眠して(・・・・)マスカレイドをやり過ごそうってか?」


「もはやそれ以外に方法は無いと考えます」


『蛇』の“凍結”。あるいは生物の蛇になぞらえての“冬眠”。

それは人類史と同等に近い歴史を持つ組織だからこそ行える、

組織存続を至上命題とする組織だからこそ許される最終防衛策(はんそくわざ)

重要な情報や記録、物質や無事な拠点や施設等を次世代に向けて封印して

組織そのものは活動を休止し眠らせる。やり方は様々だ。

分散して管理するケースもあればシェルター等への保管。

普遍的なデータに紛れ込ます。施設や拠点は使える状態のまま裏社会と

切り離したり何も知らない一般的な人物や組織に売り渡す。『頭』の彼ら

すら詳細は知らされていないがその後、休眠前に規定した条件を満たせば

組織復活を請け負うセクションが動き出すという。ただそれでも遺産の

いくらかは失われるが組織そのものの息が途絶えるよりはいいという判断。

欠けた部分があろうとも時間はいくらでもあると積み上げ続けた結果が

今の『蛇』を形作っている礎なのだから。


「意図は分かる、必要性もね。けど、本当にそれ大丈夫なの?

 今回のケースだとどう考えても私達の誰も成否を確認できないわよ?」


「記録上は過去に数度、冬眠状態にしたことがありました。

 中には二百年近く眠っていたこともあったと。それでも

 今ここに『蛇』はあります。ならそれが答えでしょう」


及び腰な意見は、純粋な不安か組織の恩恵が消える事への抵抗か。

どちらにしろ状況と『Ⅲ』の見識を前に意気は弱まっていた。


「これ以上従来の形で動けば遠くない未来マスカレイドに潰されます。

 しかし倒すには組織存続か壊滅かの賭けに出なければなりません。

 当然それは選べない。そして他の手を考える時間(猶予)は我々にはありません。

 なら所在を掴まれた地球側の拠点・施設はもちろん人員も全廃棄します。

 そしてガレスト側を冬眠状態にしてアレがこの世から去るのを待ちます」


それは戦いを放棄する選択でありながら中身は苛烈だ。

廃棄の方法や種類は状況や対象によりけりではあろうが穏やかに済む

ものは一つとしてあるまい。また仮面に把握されたそれらに干渉や命令を

すればそれこそ何を探られるか分からない以上第三者を動かすことになる。

今回マスカレイド当人がやった事の焼き直しが妥当か。尤も中身は

拿捕より殲滅に寄った過激なものとなるだろう。そしてその後は

戦略的撤退とでもいうべきか。厄介な仮面が死んだと思われるまで眠る。

楽観的に考えても、この場で一番若い『Ⅸ』でも生きてはいないだろう時代まで。

手を出せない場所に隠れ、手を出せない未来で復活する。

究極的な“戦わずに勝つ”の体現か。



「──────婆ちゃん、それは駄目だよ(・・・・・・・)まだあいつを(・・・・・・)舐めてる(・・・・)



誰もが仕方がないとどこか諦観してた空気に否を突きつけたのは彼。

図らずもこの結果へと誘った『Ⅸ』張本人。それゆえに彼の意見は今や

他のメンバーの誰よりも耳を傾けなければならないものとなっていた。


「……聞きましょう」


「まず、廃棄する地球側は確かにほぼ確定(クロ)なんだけどガレスト側は

 まだ分からない。この分からないってのがマスカレイド相手だと大問題。

 そこにまで奴の手が届いていたら遺産の一つを即座に失う事になる」


その調査や対策をしない内の冬眠は損失を徒に増やすと否定した。

無論それだけでは凍結案を否定するには弱いが、彼は反論の隙を

与える気がないように次々と問題点を口にしていく。


「それに全廃棄はまずい。切り捨てたと勘付かれるのは勿論、

 残ったモノ、接収したモノ、僕らが回収したモノなんかを知られたら

 そこから何を悟られるか分かったもんじゃない。さらにいえば

 マスカレイドの言動や実際の結果として、僕達にすらろくに

 開示されてない使徒兵器やその根幹にある技術について仮面は

 間違いなく熟知している。『Ⅰ』()の管轄である組織の重要命題を、だよ?

 ねえ、地球側でやってるか否かぐらいは教えてくれないの?」


『…………』


「……無回答だよ、まあ予想通りだけど。

 でもこれじゃ地球側に関連施設が無いって誰も言えない。

 欠片でもマスカレイドに見つけられてしまったらそこから

 『Ⅰ』の本丸に至れないと誰が言いきれる? 完全無力化装置の完成や

 あいつ自身がそれで武装してくる羽目になっても僕は驚かないね」


あり得ないと言い切れない話でないと思える事が何より恐ろしい。

ひとえにマスカレイドが持つ荒唐無稽を実現させる荒唐無稽さか。

使徒兵器の非常識を上回る非常識か。


「廃棄の仕方も時間が無いから公の勢力を動かして武力行使で、

 っていうことになるんだろうけどそれ最初の指示を飛ばした奴が

 すごく怪しまれるよね? それって今を放置するより確実に

 婆ちゃんに辿り着く、違う?」


一番それらを突然潰しても自然あるいは表向き問題なく

処理できるのは公の勢力である。自然にそれを動かせるのは『Ⅲ』で

あると皆は知っていた。彼女が誰であるかは明言されることはないが

暗黙の了解でもあったのだから。


「例えそれでも、とからしくないこと考えてるなら甘いよ。

 この中で一番あいつに捕まえられると不味いのは婆ちゃんだ。

 表で一番絶大な権力握ってる上に一番『頭』(ヘッド)在任歴が長い。

 それらとマスカレイドが結びつくのは封印処理後でも大問題だ」


「…私がアレの脅しに屈すると?」


「脅す必要すら無い手があったらどうするのって話。

 頭の中を覗かれる、意識を操られる、魂を弄られる、別人が入れ替わる」


「おいおい、さすがにそれは…」


「無いっていえる?

 僕も『蛇』に入るまで霊能力なんて眉唾だと思ってたけど実在してた。

 そしてマスカレイドはその系統の力を使える疑いが出てる所だよ?

 まさかもう全部の手札を見せたと思うの?

 散々臆病って分析してたのに?」


「…………」


可能性を言い出せばそれこそ切りがない。

が、無いと考えるより有ると考えた方が現実的なのも事実。

その片鱗だけは確かに見せつけられているというのもあったが

どう考えるにしても、まずの根本的な問題がそこにはあった。


「もっといえば僕達が掴んでいるマスカレイドの情報自体が少ないんだ。

 寿命は本当に人間レベル? 子孫にあの力が遺伝したら?

 第三の世界から仲間を呼べたら? その世界に匹敵する存在がいたら?

 そもそも本当に個人なの? バックアップ組織の有無は?」


誰も、何も、答えられない。

調べようにも今のところ手がかりすら見出せていない。

その余裕を見いだせない、といった方が正確かもしれないが。

ゆえに『Ⅸ』の懸念を行き過ぎた考えだと一笑に付せない。


「そしてあいつに同じ事(冬眠)ができないと誰が言える?

 肉体の時間停止や生きたまま封印する術もあるって聞いたよ?

 研究中のコールドスリープ装置が完成しちゃう可能性もある。

 そうなったら組織凍結の意味は殆ど失われる。仮面と蛇の

 時代を超えた不毛な追いかけっこの始まりだ!」


それはなんて面白い絵面だろうかと楽しげな『Ⅸ』とは裏腹に。

否、そんな彼こそが異常か。何せそうなれば『蛇』は逃げ切れない。

組織と個人ではその際の損失に差がある。先に体力が切れるのは

積み上げたモノをリセットし続ける『蛇』だ。方法によるとはいえ

マスカレイドはその力を大幅に失うことは無いと見た方が自然。

そんな未来をいちいち口にしなくても誰もが想定できてしまった。

この方法でも駄目なのかという重苦しい空気に、彼らをして

支配されようとしていた。凍結を訴えた『Ⅲ』も理解はしたのだろう。

しかしだからこそ彼女はその先を問わなければならなかった。


「………あなたの懸念は、わかりました。では他にどんな対処が?

 対案なくば結局はどの道という点では同じですよ?」


これに彼は待ってましたとばかりに僅かに声の調子を上げた。


「勿論あるよっ……といっても半分は婆ちゃんと一緒だけどね。

 今ある拠点・施設・下部構成員は当然切り捨てる。

 但し、両方の世界で現状維持をしたまま、でね」


「両方で現状維持のまま?

 ……なるほど、まず通常運営することで我々が気付いた事を

 マスカレイドには気付かせないようにするのですね?」


「ええ、その中でありきたりな仕事や任務に託けて必要度や重要度の

 高い代物やデータを自然な形で運び出し、封印処理を行う。

 勿論それだけだと気付かれる可能性はまだ高いけど……」


また注目を狙うように意味深に言葉を切った彼は、しかしその後を

思えば単に我慢できなくなっただけのように高揚した声を張り上げた。


「ここで重要になってくるのが例えどんな疑いがあっても結局は

 現場で動いているマスカレイドは個人でしかない点と、表立っては

 今の所ガレストでは活動した事が無い点だ!」


そこを利用するんです、と続けたこれまでと違う熱を帯びた声に

周囲は逆にぞわりとした悪寒を覚えた。皆経緯は異なるも『蛇』の

幹部までになった人物達だ。相応の修羅場や血生臭い物騒さとは

無縁だったどころか親しいほどである。ゆえにか。

彼が重要と告げた二点から薄ら寒いものを感じ取っていた。

そして『Ⅸ』はまるでその反応が見えているかのように

どこか興奮気味に─不気味に─笑った。


「フフッ、起こすんだよ!! あいつが関わらざるを得ないっ、

 解決せざるを得ない事件や騒動を山程、ガレストで(・・・・・)!!

 転移能力があっても個人は個人。同時に複数の場所にはいられない!

 ましてや世界を越えた先なら容易くは戻ってこれない。

 出来るならもっと頻繁にマスカレイドは両方の世界で暴れている。

 脅迫や情報提供やらはあったようだけど本人が行動した痕跡は

 噂さえ毛程も存在していない、あいつはまだ行ってないんだよ!」


あの仮面が赴いたにも関わらず動かないという事があるのか。

そんなに火種が、騒動が、闇が無い土地か。そんな訳が無い。

ならばそれは事実上マスカレイドが訪れていない地なのだ。


「ちょ、ちょっと待って!

 行った気配が無いからガレストでってどういう意味よ?」


「現状をマスカレイド視点で考えてみてくださいよ。

 地球側の『蛇』に大ダメージを与え、ほぼ全部の拠点を把握済み。

 とはいえ世界を跨ぐ組織だ。地球側だけ潰しても残りが自棄を

 起こす展開は避けたい所だろう。しかし地球側から調べても

 ガレスト側の情報は殆ど無い。なら、次に取るべき行動は?」


「……ワシらが今回の対応に追われておる内にガレストへ、か。

 地球は表も裏も奴の采配の結果ある意味動きが停滞しておるしのぅ」


「その隙にガレスト自体やそこでの『蛇』の実地調査か。

 本当に能力や被害に釣り合わない小賢しい動きをする!」


「でも、おかげで居場所不明が普通のマスカレイドが

 今の時期だけは高確率でガレストにいると読める!

 地球に比べれば遙かに狭い世界で、だよ!?

 そこで規模のデカい事件や騒動を続けて起こせば…」


「調査目的のマスカレイドを釣れるというわけですか。

 それによりガレストに釘付けにしたうえで地球で、いえ

 ガレストでも封印作業を行うと……悪くないかもしれません。

 その対処に追われていたら私達への調査も遅れるでしょうし」


「でもそれであっちの『蛇』を動かしたら本末転倒じゃない?

 奴が現地にいたらその動きは間違いなく察知されると思うわ」


「勿論、ガレストの『蛇』は極力使わない方針で行きます。

 実際にコトを起こすのは現地にいる方々、どうしても煽るのに

 人手が必要なら地球側の連中を使いましょう」


「バレてるのに?」


「もうバレてるからですよ。

 そもそも釣るのが目的。手間が省けるというもの。

 それにその方がこっちが気付いてないフリをするのにも都合がいい。

 そして表向きは被害の補填計画の一環にすれば誤魔化しの効果はあがる。

 例え何らかの囮だと気付かれても、元々ガレスト側の情報を得ていても、

 直後に大事件を起こせば? 複数の計画を匂わせれば?

 マスカレイドはそちらにかかりきりになるってわけさ!」


自分達はその間に全てを終えておけばいい。

そう楽しげに訴える『Ⅸ』に殆どの者が肯定的な、感心した息を漏らした。

『Ⅲ』の提案が単に鳴りを潜めるだけなのに対して『Ⅸ』の提案は

どうせ切り捨てるモノを有効活用して殿や囮にした攻撃的な撤退。

追っ手を撒くために不要物と関係ない周囲に放火するというやり口である。

良くも悪くも。否、悪しき者しかここにはいないがゆえか。

彼らは他者を踏みつけ、死体を蹴り飛ばしてここまで来た者達だ。

穏やかな隠遁よりも攻勢に出る事の方が好みであったのだろう。

あるいはそこに自分達の利を見たか。


「いや待て、それで全部うまくいったとしてもよ。

 マスカレイドが『蛇』の壊滅を諦めるわけじゃねえだろ?

 そこはどうすんだ?」


「大事件や計画を匂わすっていったでしょ。

 それを実際にやってしまおうかと思ってるんだ。

 …追い詰められた悪の秘密結社が最後の賭けに一か八かの危険な計画に着手。

 けど謎の仮面ヒーローにそれごと打倒されてハッピーエンド、ってわけです」


どうです面白いでしょう、と笑みを含んだ声で語られたそのシナリオに

納得する者や膝を叩く者、大笑する者。反応は様々だが誰もがその言外の

意図に気付いていた。マスカレイドにそう誤認させるストーリーや舞台を

用意しましょう、という提案なのだと。そして反対意見や疑問はそれで最後と

なり、だからこそ『Ⅸ』の声は最初から決まっていたかのように“彼女”に向けられた。


「さて、裁定者『Ⅰ』()よ。意見はいかに?

 これは『蛇』の未来を決める重要な選択と考える!

 無回答は許されない、あなたの決定を聞かせてもらおう!」


どんな過程であろうとも。

これが最終的には『蛇』の凍結という重要事項についての議論で

ある以上その否定があれば全てがひっくり返る。『Ⅸ』のこれまでの

発言は『Ⅰ』を説得する言葉であるともいえよう。


『よいでしょう。九の頭を冠する者よ。あなたの意見を採用します』


そして彼はそれに成功した。

裏など無さそうな場違いに清涼な声はその決定だけを告げると

またしても沈黙する。しかしそれに戸惑う者はここにはいない。

決まったならばそのための話をするだけ。


「───となれば早速、細かい所を詰めていきましょうか皆さん?」


そして方向性が一致したならば彼らこそが両世界の裏の代表者たち。

計画、作戦、策謀、陰謀、それらの立案や調整において右に出る者はない。

ゆえにこの計画は翌日にはもう動き出す事となる。それがどれだけの

被害と犠牲を出すか。詳細に理解しながらも欠片も躊躇うことなく。



こうして、誰も知らない所で勝手に決められたこんな話が後々、

ガレストの歴史に『巨神事変』と刻まれる一連の出来事の始まりだった。



これで後編なのですが、幕間はあともう一話続く……(ぇ

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― 新着の感想 ―
[一言] これ敵側の神の眷属になってるから不死身とか言うオチじゃないよね…?
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