04-119 経過と出発7
「ん、そうか。何か用があったのか?」
「ああ、俺たちが抜けてた間にあったことを聞いておこうかと」
いたことになっている以上はその間にあったことを知っておきたい。
結果的に自分だけではなくミューヒも付き合わせた以上は半端は
できないという意志での確認だった。
「そちらでしたら、特別なことは何も。
ですが実際の行動スケジュールはまとめておきましたわ。
どこかで齟齬が出ないようご覧になっておいてください」
これに答えたのはアリステル。フォスタに触れると画面で何かを
スライドさせるように動かせばシンイチ達の端末にそれが現れた。
場所、時刻、実際の天候、移動手段、当時の交通状況などを
解り易くまとめ、幾枚かの写真画像も付随してある行動表だ。
「手をかけさせたな。助かった、ありがとう」
「アリちゃんやるぅ、出来る女だね!」
「い、いえっ」
素直に感謝と賞賛を共に述べれば照れてか頬を染めて小さく首を振る。
またも悪戯心の食指が動くが落ち着いた顔を装って抑えたシンイチは
二人に向けて軽く頭を下げた。
「他にも先生共々俺の我が儘を聞いてくれて感謝する」
「律儀な……受け取るが、これっきりにしてほしいな。
仮にも教師に夜中抜け出す生徒を見逃せとはひどい我が儘だ…」
「え、イッチー、まさかそんなこと頼んでたの?」
「折角の報酬だ。来れなかったら意味がないだろうが」
「抜け出した後はお前が見守るというから了承したが、地味に苦労した。
他の先生や生徒たちの意識をずらしたり、あえて隙を作ったり…」
「ふふ、あれはじつに面白かったですわ。
施設脱出を試みる対象のサポートを当人に気付かせず行う、なんて」
シミュレーション訓練でもした事がない状況だったとアリステルは
その時を思い返して楽しげな微笑を浮かべる。どうやらこの令嬢に
とっては中々ないイベントとなったようだ。
尤もフリーレは怪訝な顔をする。
「姉には気付かれてないと思うが……弟の方は怪しんでいた気がする」
「昔から勘の鋭い奴だからな。そこは俺がフォローいれとくよ」
生来の素質もあろうが、行動的な姉の補助に回り続けたゆえに
弟はそういった感覚が鋭敏になってしまったのだろう。
ただこれが兄相手になると微妙に鈍くなっているのは信頼の強さか。
敬愛という盲信か。あれはあれで正常に兄離れできないものかと
地味に悩んでいるシンイチであった。
「他には何かあるか?」
だが今は関係ないとして表情にもおくびにも出さない彼の確認に
フリーレが何かを思い出そうとするように視線を上げれば、
それが真っ直ぐにシンイチに向かう。
「そうだな………ここまでの事件について話しておいた方がいいか」
「事件?」
「君が行く先々でどうにかしちゃった数々の話だと思うよ?」
何の話だという訝しげな顔をした彼は即座に突っ込まれる。
あったな、とそれで思い出したシンイチに呆れる教師と微笑む令嬢だ。
「お前な……起きた順番に話すぞ。
出発時の空港の件はもう他の仲間達も全員逮捕された。
まだ捜査段階ではあるが余分な背景や黒幕は見当たらないそうだ。
……異論は?」
「俺の調べもそうだ。あれは単なる革命家気取りだよ、迷惑な話だ」
「やはりお二人で遅れたのは何やら事件があったからでしたか」
「東京タワーのは直接関わってないから普通に処理されたらしい」
「まあ、あれは傍からみると自滅しただけにしか見えないだろうしね」
「次はニャズダーランドだが……一番ややこしいから最後にしよう。
ところでお前、あの旅館では何をしたんだ? あの後女将さんから
お前とサーフィナ宛てにお子さんと連名で感謝の言葉をもらったぞ」
何があったんだ。私は聞いてないぞ。と文句をいうような視線に
だがシンイチは肩を竦めつつこんな返しをするだけだった。
「迷子を迎えにいっただけだよ先生」
たいしたことではないと満面の笑みで嘯くシンイチ。しかしそれは
さすがにフリーレでも素直に受け取れない胡散臭い笑みであった。
同時にそれを匂わすのが最大限の情報提供であるという証だった。
「はぁ……そういうことにしておこう。
次の大阪でのあれこれは一応私がやった事にした。
あれらに仮面が出張ったと思われる方が問題だと感じたからな」
生徒誘拐未遂。集団暴行未遂。
大阪城占拠未遂あるいは凶器準備集合罪。
どれも重大事件ではあるが仮面が出てくるには少し違和感がある。
当人の感覚は別だが外から見た場合これらだけが目立つ懸念は
確かにあったのだが。
「そうきたか……仮面だと気付かれないように細工はしたが
誰がやったか納得いく説明があった方が良いのも事実か。
しかし、お前……」
シンイチがそれらの事件を旅館の件と違ってフリーレにきちんと
報告していたのは後処理の方法による違いだ。公に処理しても問題が
無かったのが大阪での事件群でそうはいかなかったのが旅館の一件だ。
どちらも生徒が狙われた、あるいは巻き込まれそうな事件であったが
後者には地元に根差す暴力組織に後始末を任せた顛末があった。
一番後腐れ無い方法だったからだが、全てを伝えるには奈良公園での
出来事と同じく知ってしまう問題が付きまとう。かといって隠して
伝えたとしても彼女は自分なりに調べて追及してしまう予感があった。
今回のようにフリーレが仮面の存在を薄めるために積極的に
動いた所を見れば彼の懸念は正しかったといえよう。
「なんだ、まずかったか?」
「いや、ありがたいが……変に気を回して無理はするなよ?」
高い能力と権限に、幼く純粋な性分を持つこの女教師は目を離すと
いつのまにかこちらの片棒を担いでしまうため助かってはいるが
反面どこかでヘマをしないかと気が気でないのも本音だ。
彼女の手を後ろに回したいわけではないのだから。
「ふ、お前にだけはいわれたくない台詞だな」
尤もフリーレからすればお前がいうなということらしいが。
「ぬ」
あまりに思い当たる節があって返す言葉も無かった。
「言われちゃったねぇ」
「ほっとけ」
周囲も同意見だったのか。拗ねたように返せば三人とも
まるで微笑ましいものでも見るような目を向けながら笑っていた。
「……それで、最後に回したニャズダーランドの件はどうなったんだ?」
妙な気恥ずかしさに襲われたシンイチは先を促すように問う。
「ふふ、そうだな。
お前なら自分で掴んでる話もあるだろうが、この手の話は
関係者で共有しておいた方がいいから聞いてくれ」
フリーレは頷くとそう前置きをして少し居住まいを正すと続けた。
「知っての通りあの一件は解決後、私とパデュエールを学園側の
代表者としてランド側に報告しあちらの責任者と共に密かに
警察や公安、政府関係者とも連絡を取ることになった」
「考え無しに行動すると混乱を呼ぶと思いまして旅行中も何度か
通信越しでしたが皆さまと事後の対応を議論しておりました」
「結論からいえば“そんなことは無かった”となる予定だ」
「フドゥネっち、ぶっちゃけるね」
「一番無難な対処だ。未然に、それも周囲に気付かせずに
解決できた以上、今回の事件を公にするメリットが誰にもない」
「予想済みか……恐ろしく簡単にいえば、それが理由といえよう」
事件そのものは未然に防がれ、犯人たちも軒並み逮捕。
彼ら以外に傷を負った者はほぼいない。極めて最良の結末だろう。
ただそれで最悪なテロが起きかけていた事実が消えるわけでもない。
いくら未遂で解決されたといっても、今更公開しても誰もが
非難される要素を増やすだけとなる目算が高い。
危険な爆発物開発の情報を収集しきれなかった捜査機関。
爆弾設置や侵入者を防げず事態を結果隠したニャズダーランド。
責任や資格ある立場でない学園生徒や教師による独断の対処。
特に爆発物の存在が発覚した時点で客を逃がさない決断をした事を
どれだけの人間が理解してくれるか。事態に気付いた人間がいると
犯人側に気付かせないための適切な対応であったと言ったところで
納得できる一般人はいまい。
「大きな事態を未然に防ぐと情けないが、必要以上の非難合戦に
陥って燃えなくていいところが炎上する……バカらしい。
そんなの余程のポカが無い限り、犯人が全部悪いんだよ」
その心情は理解しつつも責める相手が違うだろうと毒づくシンイチ。
全くもっておかしな話である。テロの被害者と偶然巻き込まれた
解決者が事態を公にすれば真っ先に責められてしまう可能性が
高いというのだから。
「って、あ、しまった。木村さんは大丈夫だったの?」
「あの唯一ランド側から得られた協力者か。
勝手な行動をした事で上役らしき連中にしぼられていたよ。
本人は覚悟していたのか大人な対応をしていたが……嘆かわしいな」
「……仮面出動しとく?」
「シンイチさん、ご心配なく。わたくしから関係者方の前で
強く感謝と賞賛の言葉をかけさせていただきました。彼の協力なくば
人死にが出ていたと。パデュエール家はこの恩を忘れない、とも。
もちろん先生も続いてくださいました」
「名だけは通る家だ。こういう時にこそ使うべきだろう」
「うわぁ…」
なんという感謝の形をした権威の振りかざしか。
ランド側の責任者達はきっとそれに顔を引き攣らせたことだろう。
それが大いに想像できるとミューヒは乾いた声をもらしていた。
シンイチも苦笑している。
「それで勢いを削がれたのだろう。
ランド側はおとなしくなって話し合いはスムーズに進んだよ」
「彼には他にも何かあれば連絡をと番号も伝えておきました。
理不尽な扱いがあれば当家で弁護や転職等をサポートさせていただきます」
「お見事……最初は後処理を押し付けて申し訳なかったが……
二人とも修学旅行中にやるには大変だったろ、ご苦労さま。
やっぱお前らに任せてよかったよ」
少なくない時間、彼女らの楽しむ時と休める時を奪った。
謝罪と共にそれを少しでも労えたらと彼は本心からの言葉と
─無自覚の─柔らかで優しい声と笑顔を向けるのだった。
しかしこの場においてそれはある少女には威力が高すぎた。
「はあんっ、そのお言葉と微笑みだけでわたくしはもうっ!!」
身悶えしながら感極まった声と素の感情を漏らしてしまう。
たださすがに集まった視線にやってしまった事に気付いたのか。
真顔になって咳払いを一つ。
「コホンっ…地球には地球のルールや常識がありましょうが
一人のガレスト人として事態解決に協力してくださった方を
蔑ろにしたくなかっただけです」
「アリちゃん。
らしいこと言って決め顔したところ悪いけど、
最初のだらしない顔でとっくに台無しだからね」
「い、いわないでくださいましミューヒさん!」
別の意味で顔を赤くした令嬢の悲鳴のような叫びに、だが彼女は
意地悪な笑みをうかべてさらにからかうだけ。これに頬を膨らませて
唸ることしかできないアリステルだった。尤もそれは相手の悪戯心を
刺激する表情でしかない。
「それが裏の表の話、ということでいいのかな?」
「え?」
「へ?」
だからというわけでもなかったが。
助け舟のようにさらなる裏を話せとシンイチは教師を見据えた。
お見通しかと漏らした彼女は肩を竦めつつ続きを話し出す。
次は14日……




