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帰ってきてもファンタジー!?  作者: 月見ココア
修学旅行編 第一章「彼の旅はこうなる」
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04-117 経過と出発5


今の会話の流れと表情でその不安と不満を─いくつも段階を飛ばして─

読み取った彼は柔らかな声なれど核心に切り込みリョウを呻かせた。

当然といえば当然ではある。ソレを彼に与えたのはシンイチであり、

時間でいえば昨晩なのだから。連想は容易い。


「……添付ファイルを順番に読んでたんだが……

 4ページ目以降からはもう完全に意味不明で」


軽くフォスタを手で示しながらの言葉に彼は頷く。

トモエとは制服の件があって直接渡せる機会があると踏んだが、

リョウとは渡航の前後で会えるかどうか分からなかったシンイチは

昨晩の内に退魔術方面の修行課題をまとめて送っていたのだ。

ただ。


「お前、説明書の最初にある注意事項を読まないタイプ?」


「は?」


「ちゃんと書いたはずだぞ、課題は1ページごとに分けてある、

 順番に修得していかないと次ページの内容は分からない、とか」


「げ」


「焦りやすいお前ならやりかねないと思って最初に書いたのに……

 ったく、わざわざ排除した罠に引っ掛かってんじゃねえよ」


「………」


案の定じゃないかとくすくす笑う師匠(シンイチ)とやっちまったと絶句する弟子(リョウ)だ。


「さて、この場合どうするべきかなバカ弟子」


「1ページ目、あ、いや、表紙から読み直します師匠」


賢い判断だと頷く彼に少し安堵を覚えつつリョウは自らの未熟を嘆くように

その顔を苦渋に歪ませた。尤もそれを目の前の彼が気付かぬわけもない。


「基礎部分だから修学や鍛錬はつまらんだろうが」


「べ、別にそれが原因じゃ…」


「…お前の場合はまずそこを修得するだけでだいぶ違う」


「え?」


「その分野で生きていくならさらなる研鑽が必要だろうが、

 お前にとっては武器の一つ、その系統での敵を倒す手段でしかない」


「まあ、そりゃな。でもだからって基礎だけでいいのか?」


「持ち前の霊力(パワー)が桁違いのお前だからこそ、だ。

 十全に使う為の基礎という土台がしっかり出来ればお前はそれだけで

 他を圧倒できる。ある意味で最強なんだぞ、基本で力押しってのはさ」


わかってるだろという顔と共に眼前に突き出された拳に

反射的に冷や汗をかいたリョウは、だがすぐに苦笑を浮かべた。


「ハッ、よーーく知ってるよ。

 たった数日で嫌ってほど体験させられたんだからな」


ただ速い。ただ強い。ただ硬い。

その単純でいてあまりに厄介な凄さをリョウは何度も叩きこまれていた。

シンイチはリョウへの指導において特殊な事は─本人視点では─していない。

動きや立ち回りの問題を指摘しながらの模擬戦ばかりであるがそれは

特出した地力があれば特別な挙動や奇策は必要ないという実践(教え)でもあった。


「って、まさかコレ見越してのあのしごきか!?」


いずれ霊力関連での鍛錬にも入ること。その初手で自分が躓くこと。

そこも考慮にいれていた事だったのかと察したリョウに彼は薄く笑う。


「成長の速さだけは予想以上だったが、な!」

「痛っ!?」


文句か羨望か。

実は幾度も鍛錬プランの練り直しをさせられた意趣返しか。

突き出したままの拳から指を弾きだしてその額を楽しげに打つ。

油断していたせいか予想外の痛みに悶絶する才能豊かな弟子に

「これからも俺の予想を裏切ってみせろよ?」と期待を滲ませる

言葉を残して去っていく。首の狐娘をひきずりながら、だが。


「あの野郎……」


額をさすりながら見送ったリョウの声は少し不満げではあったが

顔に浮かんでいる表情はやってやろうじゃないかという気力と活力に

満ちた不敵なそれであった。


「なかなかどうして、人たらしだねぇ」


ヴェルナーはそれを横目に想定以上だと苦笑していたが。


「……よくやるよ」


それを彼は背中で聞きながら、その背中で彼女も呟く。

同意見なのか。狐娘は耳元でまた感心したような声をもらす。

尤も何かを思い返す横顔を見せる彼女には違う感情もあった。


「ねえ、そうやって必要な態度(お兄ちゃん)取ってると(やってると)、辛くないの?」


いつの話、というほど過去ではない一昨日の話。

姉貴面の歌姫はそれを困ったものだと思いながら肯定的に見ていたが

狐娘の方は不満なのか心配しているのか問いかけはどこか糾弾のよう。

これにシンイチは隙間もなく問い返しのような答えを口にする。


「お前はカメレオンにも同じことを聞くのか?」


それが俺なのだという確固たる自己への自信。

晴れやかな─虚勢のない─笑みは何よりも雄弁にその意志を示していた。

場に合わせて必要な態度()を取るのは環境から身に付いた悪癖ではなく、

半ば以上生まれ持った特性でしかないと誇るような潔さで。

瞬きながら一瞬呆然とした彼女は我に返って苦笑を浮かべた。

これは、思い込みか。単なる開き直りか。純然たる事実なのか。

何にしろそこまではっきりと答えられては言い返せない。


「こーの筋金入りの八方美人が!」


出来てこんな文句を口にする程度であったようだ。

それとてシンイチには堪えた様子など皆無であっさり返される。


「いってろ、だいたい俺は八方じゃなくてせいぜい一方だ」


「その“一方”が問題なんだけどね、君の場合」


そういって若干しがみつく力を強めながら進行方向を見るミューヒ。

先程から変わらない強い羨望の視線が未だ“彼女に”向けられている。


「こら、息苦しいからちょっと緩めろ」


「……結局一度も、離れろ、とはいわないのが君の憎い所だね」


「また訳の分からんことを」


それのどこが憎い所なのか。

そんな態度の彼にやれやれとそのまま肩を竦める狐娘である。

耳と尻尾が楽しげに動いていることは彼からは見えないが、

気配で感じとってはいるためミューヒの好きにさせていた。

別段、邪魔というわけでも嫌というわけでもないのだから。


「───とか考えるんだろうなって顔して。

 女としては何か負けた気がするから地味に悔しい」


もう少し意識しろといいたげな発言は、だがどこか楽しげ。

狐耳と狐尾もより激しくその感情を示すように動いていた。

結果、例の視線の主は今にもハンカチを食いしばりそうな顔になっていたが。




次は、10月10日(予定)

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