04-115 経過と出発3
あれ、ほんとすごいよな。
へたすると一日中、NYを飛び回りたくなる……何気に戦闘中の彼の軽口がステキ
そのくせそれ以外の場面では口下手っぽいのが「お前ーっ!」てなる……
しばらくは親愛なる隣人ライフがやめられそうにない……
まあ優先度はこっち書くことですのでご安心を
「おっと、忘れてた。これこれ」
それが聞こえて我に返ったのか。言葉通りに今しがた思い出したのか。
シンイチはどこからともなく─転移魔法で─分厚い古書を取り出すと
彼女の前に置いた。
「これは?」
古ぼけて色あせや日焼けが若干見られるものの、年代物にしては
丁寧な管理がされていたと解る装丁と保存状態であった。
彼女にはわりと見慣れた形式の古書であったがそのタイトルは。
「あ、神薙ノ巫女!」
彼女が目を輝かせるぐらいに既知で、感激するものだった。
「どうしたのよこれ! あたしこの話、本で見たの初めてよ!」
思わぬ興奮具合に一瞬困惑した彼だがさすがにすぐに答える。
「…安倍家や神宮寺家が伝えてきた書物や呪具、法具の類は
現在土御門家の管理下にあるが、そこから今お前らに必要そうなのを
この前の時に俺の管理下に移したんだが……知ってるのか?」
「母様に修行でも寝物語でもよく聞かされたの!
ご先祖さまとカムナギとの出会いや悪神との戦いの物語!
ああ、まさか元々の話を読める日が来るなんてっ!」
母との思い出の話であったためか感極まっているトモエはその勢いのまま
置かれた古書を手に取ろうとしたが、それは目の前で奪い取られてしまう。
「ちょっ!?」
「待て……読むのはいい、そのために持ってきたんだからな。
だがあくまで修行の一環としてだ。そこを忘れるな」
「え……物語を読むのが、修行?」
「正確にはそれでカムナギが出来る事を把握しろって話だ。
そんでもって、それを、全部、実際に、使えるようになれ」
「え、でも……あたしの記憶が確かなら母様が聞かせてくれた話だけでも
かなり荒唐無稽なことをカムナギはやってたと思うのだけど?」
それを実際にやれというのかと愕然とするトモエである。
退魔師、霊能力者といえる力を当たり前に使う彼女をして、
そこまで言わせる内容だったのか。彼女がその母からどのような話を
聞かされていたのかはシンイチも知らない。が、彼女がそんな懸念を
抱くのも当然といえる力を物語でカムナギが発揮していたのは事実。
既に一読している彼も正直にいえば同感であったのだが、当刀から
スペック上可能とお墨付きをもらったとあれば話は別である。
なんでそんなとんでもない刀がこの世界に実在しているのかと
生まれ育った世界への妙な幻想がまたも崩れ落ちたが。
「使い手次第で出来る。
まあ、何も全部をいきなり再現しろとはいわん。
お前の感覚で出来そうな奴から挑戦しておけ」
「ええぇ、出来そうなのって……何かあったかなぁ?」
記憶を掘り返すトモエはむむむと唸っている。
真剣な様子ながら、その真剣さがどこか愛らしく見えて彼の頬が緩む。
「悩むのは読んでからでいいさ。急ぐ話でもない。
ガレストではどんな鍛錬があるか何が起こるか俺がどう動くか
全く分からんから課題を先に出しておきたいだけだ」
「……何か起こってあんたが動くのは確定なのね?」
「そうだな」
呆れ混じりの問いに他人事のように返せば苦笑を見せるトモエ。
しかしそれはどこかしょうがないわねというような前向きな諦めがある。
「あたしの力が役に立ちそうなら呼びなさいよ?
師匠なんだからちゃんと弟子をこき使いなさい」
そしてどこかで誰かが言ったような言葉を返された。
何故か彼女の方が偉そうな物言いと内容の差に思わず彼も笑う。
わかったと返せば満足したように明るい笑みを彼女は見せた。
「ふふ………で、もう読んでもいいのよね?」
しかし次の瞬間には待ちきれないとばかりに目を輝かせる。
視線はシンイチの手元。『神薙ノ巫女』の古書に注がれていた。
まだかまだかとそわそわしながらも本人なりに感情を押し隠そうと
している様子がどこか飼い主の“待て”に従う犬のようである。
どこかの母刀の「うちの娘って本質的には仕えるタイプなの!」
「妻として巫女として奉仕されたくない?」等という主張が
脳裏に蘇るがシンイチは表情を一切乱さずに思惟から追い出した。
「ほら」
「うん!」
とはいえ。
“よし”とばかりに古書を与えれば奪うように読み始めてしまう。
だが丁寧に、されどうきうきとページを捲る姿には微笑ましさがある。
感情が表情に出やすいせいか。内容を把握している者にはどんな
シーンを読んでいるかが推察しやすい百面相を見せていた。
しかしシンイチ個人としては柔らかな苦笑が浮かぶ。
「そんなに面白い話かね?」
確かにその内容は一人の巫女がカムナギを手にして怪異や悪神を斬る
伝奇時代小説風の─事実をもとにしたらしい─物語ではあるのだが
現代日本人が楽しめる文章かといえば少し違う。そこは思い出補正か。
古書を読み慣れているゆえか。トモエに不満や読み難さは無いらしい。
良かったと予想以上の食いつきに我知らず息を漏らして───苛立つ。
「っ……」
自分はいま何に安堵したのか。頭の中の誰かが冷静に批評する。
『少女の願いと好意を利用して対神戦力に仕立て上げようとはよくやる』
ああ、まったくだ。
否定できぬ悪意混じりのそれに彼は歯噛みすらできない。
ふざけるなという叫びを、殴りたくなる衝動を、平静な顔で抑えた。
だと、いうのに。
「──────随分とまあ怖い顔しちゃって」
そんな偽装など無意味だとばかりに背後から小柄な笑顔が飛び込む。
するりと首元に回された腕で背もたれ越しに抱きついてきた狐娘だ。
常以上の満面の笑みと楽しげに跳ねる狐耳が目と鼻の先にあった。
鼻腔を刺激する落ち着く香りはつけられたものか生来のものか。
一々区別をつける事でもなしと流しながらもその香りを拒絶しない。
「ふふ、どったのイッチー? 人生はスマイルだよ!」
「背後から迫る女が怖くてな。首でも絞められるかと怯えてたんだ」
それでも、通用するわけもない誤魔化しを口にしていたが
彼女は分かっているだろうに乗っかった。
「ふーん、心当たりでも?」
「あり過ぎて困っている」
「だよねー。
今もトモトモといちゃつきながらこんなことやってたし」
「いちゃ?」
差し出された彼女のフォスタより先にその表現が気になった彼だが
ミューヒはもうそこは突っ込まないとばかりに満面の笑みで
画面を見ろと黙って押し付けてきた。
「…………おぅ」
「あは」
そこに表示されていたのは誰かと誰かのテキストでの会話。
発言ごとに併記された日付時刻を見れば正に今しがたの言い合い。
年長者として振る舞いたいらしい女性とそれをおちょくり、
からかう年下の男性らしい二人の通信内容。誰と誰かなど
今更記すまでもない。ただその最後には明らかに男性側に
向けたものではない女性の言葉で締められていた。
『 って話をしてたんだけど、あいつ今本当は何してるの?
ちゃんとごはんとか食べてる? ちゃんと休んでる?
昨日の今朝でもう無茶してたら私の代わりに殴っといて! 』
彼は真横にあるといってもいい距離の顔に視線を送る。
そこにあったのはじつに楽しそうな笑み。
どこかの誰かのようなあくどい顔だった。
「愛されてるねぇ、気遣われてるねぇ、心配されてるねぇ」
「趣味が悪いぞ」
「イッチーがそれ言っちゃう?
トモトモで遊びながらモーちゃんと会話してた人が?
ならボクはあなたの姪とイチャついてますって返事しておくけど?」
遠回しの脅しのようなそれに彼はちらりとトモエを覗いた。
熱心に読み込んでいるせいかこちらを見ることもしていない。
周囲の声など完全に遮断している熱中度に安堵する。血縁に関しては
シスター当人から今はまだ伏せておいてほしいと頼まれていたのだ。
尤も「まずそこな辺りがイッチーだよねぇ」と笑う声が耳元で囁かれる。
そのいかにも解ってますよいわんばかりのそれに眉根が寄った。
「ふんっ、俺の隣で恍惚とした顔してます、ってのも付けておけ」
「うわぁ、なんか別のことを連想させるけど嘘じゃないのがなんとも」
確かに彼女はシンイチの“隣で”座っている。
待ち望んだ展開なのか今は“恍惚とした顔”で古書を読んでいる。
それどこの状況を知らなくては淫靡な方向に想像の翼が広がるだろう。
そんなの返したら大変なことになるにゃー、と彼の耳元で笑う狐娘だ。
ただシンイチに見せたまま彼女の指が打ち込む文字は問いかけには
答えつつも今のやり取りを微塵も感じさせない平和なものであったが。
「……で、何が欲しいんだヒナ?」
次は10月6日




