04-114 経過と出発2
「ほれ」
「ちょっ!?」
そんなラウンジ内の一角からの男子達の半眼は気付いていたが、
あえて無視してフォスタを放り投げてトモエに渡す。見たいのなら
見ればといわんばかりの彼はそのままスプーン片手に食事を続ける。
メニューは多数の揚げ物でトッピングされた大盛りのカレーライス。
朝からそんなに、とばかりに一瞬胸焼け気分になった彼女だが
子供のような笑顔を見せるシンイチに自然と表情が柔らかいものとなる。
尤もそれを「あれでなんで自覚が無いんだよ!」と遠くで叫ぶ幼馴染が
いることをトモエは気付いていないようだ。
「っと、これは…ネットの記事?」
しかし手持無沙汰からか。
あるいは何を見ているのかと自分から問いかけた手前か。
フォスタの画面を覗きこめばニュース記事の見出しが幾重にも。
ただそれらはあまり共通性を見いだせないものばかりであり、
また今朝のニュースというには若干日付がずれている。
どれもここ数日中の話ではあったが、
“□○製薬会社、実質身売りか”
という中堅製薬会社が突然大会社に買収された記事から。
“正面衝突、シニア運転手の大暴走”
世界中に溢れる小さな交通事故の記事の一つ。
“現代の呪いか、続くセレブたちの不審死!”
などというゴシップ記事まで多種多様でまとまりがない。
だが直感というべきかシンイチが無意味な事をするだろうかという
妙な信頼から読み進めた彼女は徐々に勘付いて顔を引き攣らせていく。
「ま、そういうことだよ」
彼女が概ね理解したと察した彼は空になった皿にスプーンを
置きながらそんな言葉を添えた。それだけで確信したのだろう。
引き攣らせていた顔が愕然とした表情に変化したばかりか
開いた口が塞がらない。何せ記事に出てくる関係者、加害者、
被害者たちはトモエも名前だけならよく知っている者たちばかり。
「これ、ミコトさまが?」
「他に誰がやるんだよ」
それは全員が退魔一族に名を連ねる者達であり、同時に彼女による
外部からの調査でも退魔術の悪用や立場を利用しての犯罪行為等の
悪い噂が枚挙にいとまがないほど出てくる家名ばかりであった。
そんな者達がたった数日でナニカを失っている。
資産、表の立場や地位、そして血族や自身の命。
知っている者は誰もが思うだろう────粛清が始まっていると。
トモエは我知らず息を呑んだ。記事全てが事実であると考えた場合、
十や二十では済まない数の家が取り潰しか大幅に弱体化させられている。
無論それをされるだけの罪状があるのだろうがただ処罰するだけでは
もう矯正できる段階ではないとミコトに判断されたためであろう。
「……あんた何したのよ?」
とはいえ突然始まったのも事実であるためか。
トモエはその原因として一番に思いつく人物に疑いの眼差しを送る。
だがその半ば確信がこもった問いかけにシンイチは楽しげに笑う。
オブラートも何もない物言いが彼女らしくて心地よい。
「さて、俺が滅ぼすかお前が何とかするか選べ、とかなんとか
言ったような言わなかったような……忘れたよ、多分」
ただそれと真相を語るかどうかは別の問題である。
はっきりと言い切らない発言ばかりで強引に誤魔化す。
僅かに眉根を寄せたトモエはしかし次の瞬間には溜め息。
「……はぁ、あんたがガチではぐらかすとそうなるのね」
不器用な正直さの逆利用だ、と彼女は盛大に呆れつつ追及を諦めた。
そしてフォスタを返しながら端的にその意味を問いかける。
僅かに不満げなれど理解を示す青い瞳と共に。
「つまり、あたしが触れちゃダメなのね?」
微笑と竦めた肩でだけ応えたシンイチは黙って端末を受け取る。
どうやら妙な形で、されど追求しにくい形で誤魔化したことで
彼女はある意味での理由に辿り着いてしまったらしい。
そんな聡さの前では口にしないことが何よりも雄弁な答えとなる。
案の定トモエはそれ以上なにも問い質してはこなかった。
その横顔は瞳と違って寂寥感を隠しきれていなかったが。
今やミコトは本気で自分の代で全ての膿を出しきろうとしていた。
だがもはや穏便な手段を取れる段階でもない以上はその血生臭さに
次世代の子供達を巻き込むべきではないと判断し、シンイチは
それを尊重しつつも元より当たり前の話だとして不干渉の立場だ。
もっと早くに決断していれば流血も苦労も少なかったのだから。
苛烈さという刀を一度も抜けなかったツケはミコト自身が
払うべきという考えだ。
尤もそれとは別に疎外感のようなものを覚えているトモエの
気持ちもまたわかるシンイチは彼女が飛び出さないように、
意識を別の所に向かわせるために懐から折り紙を取り出した。
「これは?」
手の平サイズの鳥を模した折り紙が脈絡なく彼女の前に置かれた。
ただトモエの“眼”はそれが視界に入った途端に真剣な色を帯びる。
「婆さんがさっき送り付けてきた、わかるだろ?」
「ええ、ミコトさまの式紙ね」
頷くと小さく指を鳴らす。途端に鳥を模したそれは折り方を
遡っていくかのようにおよそ24cm角の一枚の紙となる。
そこには折り紙の時は不思議と見えなかったが美しい筆使いで
複数の家名が箇条書きされていた。
「…九条家に吉備、国見、他にも……これって退魔一族のリスト?」
並べられた数々の家名は彼女の知らない名もあったのだが、
かつてこの日本で退魔一族として世の裏で魔を祓っていた者達だ。
しかし、今は。
「所在不明の、な」
「…離反者?」
「落ち目だったり反土御門派だった事を思えば、十中八九な。
国外に出たと考えて、いまは外国の退魔組織と連絡を取り合って
情報提供や捜査協力を求めている、ってのがマジで今朝の話」
「は、今朝!?」
その繋ぎを結果的にさせられた彼は若干疲れた顔をしていた。
鳥の式紙による文と通信による会話で状況を理解したシンイチに
ミコトは何食わぬ笑顔でこういったのだ。
『どこかに外国のそっち関係の知り合いがいる方いないかしら?』
解っていて言ってやがるこのババア、と渋面になったシンイチだ。
どうやらあの教会のシスターと接触したのを覗き見していたようだ。
教会に入る前まで彼は意識が散漫としていたので“式”等で
見張られていた場合気付けなかったのだろうと考えていた。
あるいはトモエとシスターとの関係を考えれば元々旧知の仲で
あった可能性は否めず、今回の件で連絡を取ったとも考えられる。
尤もわざわざシンイチを介させた点と彼女を実質追い出した過去を
持つ事を考えればミコト側からは連絡が取りづらかったのだろう。
接点を持ったことでこれ幸いと飛びついた気配をひしひしと感じていた。
「で、そこに書かれているのはその中で国外以外に出たと思われる家々だ」
「国外以外って………っ、まさかガレスト!?」
国内においてミコトの眼を誤魔化せる場所などないとトモエは考えている。
そのうえで国外以外となれば現代では異世界ガレストしか残らない。
思いつければ簡単な話だが即座に察したのは学園生徒ゆえか彼女の聡さか。
「そう考えていた方がいい」
頷きつつそう答えれば彼女は真剣な表情でリストを読み返していた。
記憶して、せめて警戒だけでもと考えているのだろう。暗記した後
すっと何気ない仕草で紙面を撫でれば全ての文字が一斉に消え、
元の鳥の折り紙に素早く戻った。
「へえ、そんな仕込みが。
あの婆さん、俺がお前に見せることまで予想済みか。食えないなぁ」
「そりゃ年季が違うもの。でもこれがさっき届いたって事は
ミコトさま、気を付けなさい、っていいたいのかしら?」
「はあ? なにバカなこと言ってんだよ。
どうせ行くんだからついでになんとかして、だろ?」
一瞬怪訝そうな顔をしたのは互いのミコトへの印象の差か。
とはいえそこを否定するよりも彼女はまずの前提を気にした。
「……いやいや、あたしたち修学旅行に行くのよ?
しかも鍛錬や実戦経験のための修学をしにいくのよ?」
例年ガレストへの修学旅行はその意味合いが強い。無論いくらかは
観光めいたことが出来ないわけではないが基本は学園や野外フィールド等
では体験できない実戦経験を積ませるためにかなりハードな授業をする。
二度目であるトモエは当然その過酷さをその身で体験しているからこそ
“ついで”で日本退魔組織から離反した者達を探せというのは無茶と解る。
それぐらい彼女も分かっているだろう、とも。
しかし、それを彼は鼻では笑う。コトはもう難易度の話ではないのだと。
「ハッ、俺がいるんだぞ?
それだけで済むなら明日は日本中で大雪だな」
時は6月中旬。そんなことは余程の異常気象でもなければあり得ない。
そして何も起こらない事はそれ以上にあり得ないのだと断言していた。
根拠が無くとも彼が言いきったことで彼女も嫌な予感がしたのだろう。
苦笑交じりに顔を引き攣らせていた。
「はぁ、あんたといると退屈しそうにないわね」
「バカをいうな。
俺と会う前からお前の人生に退屈など無いだろう」
良くも悪くも。
つまらなそうに、されどそんなものがあってたまるかと憤る声に
虚をつかれたトモエだが、かけられた言葉を噛みしめるように頷く。
そこに嬉しげな微笑みがあることを本人は気付いているのか。
「そう、ね………でもあんたといるとそこそこ面白いのは本当よ」
「そこそこ、か……そうか、なら少し嬉しい」
「少しなの?」
「そう、少しだ」
そこそこ。少し。
微妙な表現の言い合いを確認しあうと、おかしいとばかりに笑いあう。
“それ以上”の想いがそこにあることを彼らは互いに感じ取っていたのだ。
普段と少し違うそんな穏やかなやり取りに二人は暫しそこに流れる空気を
味わうように何も語らずただ静かな時を共有していた。
「だからあれでなんでっ!」
「どうどう、落ち着けシングウジ…」
外から見るとイチャついているようにしか見えないが。
次は10月4日
いま気付いたが、前回と終わり方がそっくりだ!?




